亦不知其所終 田中久三 aka 田中紀峰のサイト。

Archive for the ‘詠歌’ Category

詠草

09.13.2010 · Posted in 詠歌

この頃は酒飲む金もなかりけり仕事の憂さを晴らす薬を

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学びの窓

05.16.2010 · Posted in 詠歌

我が部屋に文読みをればさ夜更けて人は学びの窓とやは見む

けふまでになさむと思ひしことはせで明日もいとなき日を過ぐすかな

こうしてまた日曜日にまとめて仕事をするのでした。

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ひどい一日だった。

05.12.2010 · Posted in 詠歌

人はいつも おのがありかに 飽かずして 逃れ出でむと 思ひこそせめ

連休明けというだけでなく、何から何まで最悪だった。 良い仕事はしたと思う。 しかし、そのわりには満たされない。 しかし、今自分の居るところが気にくわないと、 仕事や住む所を転々としてみたが、別にどこにいようが、不満がないところなどなかった。 ようするに、愚痴や不満をうまく飼い慣らして、今自分が居るところに落ち着くしかないのだろう。 たとえば年収が今の二倍あればなどと考えるのも似たようなものに違いない。

高崎正風歌論の変質。 おもしろい。 高崎正風はどちらかといえば口べたな方だっただろう。 歌論というほどのいさましい哲学はもってなかっただろう。 御歌所長という重職にあって、辛い思いをしたに違いない。 今のどんな人が、明治天皇やその歌の師の高崎正風の和歌に正当な評価を与えることができようか。 まして高崎正風本人に、自分自身や明治天皇の歌風について論じることは、はなはだ困難だったに違いない。 私は思う、明治天皇や高崎正風の目指していた和歌の方向というものは、きわめて妥当なものであって、 その価値はいずれは正しく評価される時がくるだろうが、 今はまだ全然その時ではないと。私がどうこう言ってもたぶん理解もされないだろうし。 私はただ、明治天皇御製に直接の影響を受けて歌を詠み始め、その正当性を多少とも証さんがために、 和歌を詠むだけだ。

明らかに 治まりし世の 大君の おほみ心を たれか受けつがむ

今の世も とほき御世にも たれか知る 知らむと思へば 知れる心を

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ここちこそせね

05.09.2010 · Posted in 詠歌

データベースで調べてみると古くからけっこうあるのに驚いた。

恋しきにきえかへりつつあさつゆのけさはおきゐん心地こそせね 在原行平

風吹けば川辺涼しく寄る波の立ち返るべき心地こそせね

夜とともに恋ひつつ過ぐる年月は変はれど変はる心地こそせね

頼めたる人はなけれど秋の夜は月見て寝べき心地こそせね 和泉式部

確かに便利な文句ではある。 特に「立ち返るべき心地こそせね」「旅寝の心地こそせね」などが多いようだ。 試しに

夏まだき 春の日かずを 人はいさ 我れはのどけき 心地こそせね

連休もいよいよ終わり、夏までまだだいぶあるしな(笑)。

ものいりのなにかとおほきこのごろはたくはへのあるここちこそせね

いとまあるここちこそせねとしつきをふるともなれぬわがなりはひに

なんだこの愚痴。 しかし「ぬ」はやっかいだわな。 四句目の「経るとも馴れぬ」はここだけみると「馴れた」とも「馴れない」とも解釈できてしまう。 四句切れだと意味が通らないから結句につながる「ず」の連体形と判断できるのだが。 そういう例は多いよ。

いとまあるここちこそせねとしつきをへてもなれざるわがなりはひに

「ぬ」の代わり「ざる」を使えば良いんだがね。

行く春の なごり惜しみて うたげする 人にともしき ここちこそせね

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夏の盛りの思ひやらるる

05.06.2010 · Posted in 詠歌

春たけて 暑さましゆく このごろは 夏の盛りの 思ひやらるる

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たけゆく

05.04.2010 · Posted in 詠歌

また和歌データベースで遊ぶ。 21代集をカバーしているので、そこそこ遊べる。 「たけゆく」だが、 「月」「月影」「日影」「春」「夏」「秋」「年」 など。 一番古いのは古今集かげのりのおおきみ

さ夜ふけてなかばたけゆく久方の月ふきかへせ秋の山風

次は実朝

さよふけてなかばたけゆく月かげに飽かでや人の衣うつらむ

どうでも良いがどちらも大した歌じゃないな。実朝のは本歌取りというより習作か。 後鳥羽院宮内卿

差し登るひかげたけゆく朝凪の雲無き空に田鶴遊ぶなり

「たくる」 も少ないがある。為家

老いらくの来ると見ながらふりにけり霜のよもぎに秋たくる身は

よもぎに「世」、秋に「飽き」をかけているのだろうが、まあどうでも良いか。

「たけて」 新古今、西行:

年たけてまた超ゆべしと思ひきや命なりけりさやの中山

うーん。きざな歌だな。「年たけて」とは「年をとって」と同じ意味のようだ。

春たけて紀の川白く流るめり吉野の奥に花や散るらむ

誰の歌だろう。知ってるような知らないような。

明日香井雅経

春も過ぎ夏もたけぬる今年かな今秋冬もあはれいくほど

悪くないが良くもない。 定家来た。

朝なあさな散り行く萩の下もみぢうつろふ露も秋やたけぬる

うーん。さすがというか。ひと味違う。

ゆふさりて すずかぜふけど なつごろも ここちよきまで はるぞたけぬる

「すずかぜ」というのは割と新しい言葉のようだな。 そうか、芭蕉が使ったのか。 しかも晩夏の涼風を言うらしいぞ。まあいいか。

曽禰好忠

なつかしく 手には折らねど やまがつの 垣根のうばら 花咲きにけり

なるほどね。 なかなか良い歌ではないか。

新葉集文貞公花山院師賢:

風寒み 秋たけゆけば つゆしもの 布留の山辺は 色づきにけり

なるほど。

わがやどの かきねのうばら としごとに はるたけゆけば 咲かむとすらむ

すべもなく なすこともなく ひとりゐて ことしのはるの たけゆくをみる

だって歩き回ると金かかるし。 家に居ても、良い考えが浮かんでくるわけでなし。 連休もまだ残ってるし。 だめだめ。

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春の家居

05.02.2010 · Posted in 詠歌

日の光 満ちぬる春に 家ゐして 庭の木の芽の 伸びゆくを見る

たけ高く なりゆきなむと 庭の木に 春の日差しの たのまるるかな

軒近き 隣のやぶも 今はなし とほくに来鳴く うぐひすを聞く

やはらかき 庭土踏みて 生ひ出づる ちぐさもも草 根引き抜く頃

こぞの夏 食ひ荒らされし 我が庭の 木の芽に虫を はらふ頃かな

昼下がり ほのくらがりの 部屋にゐて かくてひねもす あらじとは思ふ

高き日も やがてかたぶき ありわびて 出でても行かむ 方はあらなくに

わが宿の いばらのとげは 痛けれど なほいつくしむ 心はいかに

連休は飲み屋が開いてないので行くところがない、まじで。

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御衣黄

04.30.2010 · Posted in 写真, 詠歌

飯田橋で電車を降りて、東京大神宮、靖国神社、千鳥ヶ淵、皇居御苑などをぶらぶら歩く。 気持ちの良い一日だった。 最近は、テレビも「パワースポット」などという言葉を流行らせようとしているが、 これは要するに新手の霊感商法のようなもので、 こんなものに荷担するのはいかがなものかと思う。

飯田橋から東京大神宮の間にバーガーキングがあり、昼飯代わりに食べる。 日本で簡単にワッパーが食べられるようになり幸せ。 肉はニュージーランド産なのだな。

それはそうと東京大神宮はもともとは明治政府が作った伊勢神宮の遙拝所から始まり、今のところに移転したものらしい。 昔は高台にあったもののようだが、今やビルに囲まれて伊勢神宮の方角など見えないわけだが。 かつては、神社の前の、南西方向に延びた道が伊勢神宮を遙拝する目的の表参道だったのかもしれない、 今神殿は南面しているので、礼拝する人は伊勢神宮に背を向ける形になる。 遙拝所という意味ではかなりおかしいが、神明神社だと思えば別に変ではない。 神前結婚式がここで始まったというのもなんとなくそんなものかもしれんと思った。 もとは伊勢神宮の出張所で首都布教の拠点だったわけだからな。 その後大正時代になると明治神宮が出来、東郷神社や乃木神社などが出来ていく過程で広まっていったのだろう。 赤福を食べた。 東京大神宮を詠める:

武蔵野の原より はるか神風の 伊勢のやしろを 拝む丘かな

靖国神社は新緑がきれいだった。 八重桜がまだ咲いていた。 いろんな種類の桜があるようだが、花が咲いてないとよくわからない。 特に「吉野桜」というのがソメイヨシノを言うのかヤマザクラを言うのかがわからない。 ソメイヨシノという名前が紛らわしすぎる。 ここの桜は、ぎりぎりまで植え替えないのだろう。 またおそらくは、あまり農薬などは使わないのだろう。 かなり年を取った桜が見られる。 街路樹や公園の桜などは幹が黒々として太くごつごつしている。 ここの桜はどちらかと言えば細く、幹は苔むしていて緑色である。 育て方が根本的に違うと見える。

植ゑられし 古きさくらは 苔むして 朽ち折れてゆく やすくにの庭

苔むして 蟻むれたかる 一筋の 道さへとほる 朽ち桜かな

老いにける 桜なれども 宮人に まもられ保つ 命なるかな

朽ち木立つ このやすくにの 宮の庭 かたへに苗ぞ かつ植ゑらるる

植ゑられて あるがまにまに 生ひ育ち 老い朽ち果つる 宮桜かな

元宮と鎮霊社にもお参りする。 元宮は、京都に作られたほこらを移したというもので、特に問題もないが、 鎮霊社は、「靖国神社本殿に祀られていない霊と、諸外国の戦死者や戦争で亡くなった人の霊が祀られている」 とのことでなにやらただ事ではない。 調べてみると賊軍として死んだ白虎隊の隊員や、西南戦争で死んだ西郷隆盛らが祭られているとのことだった。 靖国神社の献木としては桜が多いとは思うが、そうでない木、たとえばモッコクなどがたくさん植えられている。 何かいわれがあるのだろうか。

鎮霊社を詠める:

やすくにの 庭居に百千 植ゑられし 木の間に暗き 隠れ宮かな

千鳥ケ淵戦没者墓苑。ほとんどひとけがない。比較的新しい施設のように思われる。

御製:

戦なき 世を歩みきて 思ひ出づ かのかたき日を 生きし人々

昭和天皇御製:

国のため いのちささげし 人々の ことを思えば むねせまりくる

千鳥ヶ淵沿いにかえで、西洋かえで、八重桜などが植えてあり、これがまた美しい。 皇居御苑には「御衣黄」という珍しい桜が咲いていたので、 少し写真を撮った。

花の形から八重桜の一種であることがわかる。 花びらに葉緑素があるので、黄色または黄緑色に見えるが、花心はピンク色。 栽培種で、日本全国の庭園など100箇所くらいで見られるという。


宮城の 千鳥が淵に 春たけて 散りそめにける 八重桜かな

大君の 千代田の宮の 苑におふる 浅葱桜の 盛りなるかな

九重の 千代田の苑も いにしへは 日比谷の海の 入り江なりけむ

今に見る 千代田の城の 石組みに もののふの世の いにしへを思ふ

もののふが 開きし海の あとなれや 千鳥が淵の 深き濃緑

春たくる 千鳥が淵を 見渡せば 水面も岸も みな青みたり

花散らす 風は吹けども 夏近き 千鳥が淵に さざなみもなし

城の濠 巡りて走る 外つ国の人は やまとの春を知るべし

外つ国の 人にみせばや 武蔵野の 千代田の城の 春の盛りを

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忘れ草

04.23.2010 · Posted in 詠歌

八千草のいづれがそれか忘れ草名にのみ聞きて我れ知らなくに

野辺に出でて我れも摘みてむ忘れ草よもまがはじよ忍ぶ草とは

忘れ草忘れな草ととりよろふ野の八千草にまどひぬるかな

忘れ草同じ忘るるものならば酒飲むこともなほ忘れなむ

牛ならばひねもす野辺にたむろして草をはみつつもの忘れせむ

なかなかに忘れがたくば野の牛になりてひねもす草もはままし

忘れ草生ふる尾上に住む鹿は妻を忘れてうれひなからむ

うーんと。 ワスレグサは初夏に、ワスレナグサは春に咲くもののようだ。 忍ぶ草とは、吊りしのぶのようなシダのことだろう。季語は秋だが、 初夏に萌え出でる。

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酒を抜いた日

04.22.2010 · Posted in 詠歌

今日は珍しく、外歩きもせず、家でも酒を飲まなかった。 酒を飲まないと一日が長い。 仕事もしたし、遊びもした。金は使わなかった。まあそんな感じ。

酒なくば 明け暮れもせで ありけるが 飲までこよひは 過ぐしけるかな

酒もなく 浮かれ歩きも たはぶれも あらぬ一日は のどけかりけり

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