亦不知其所終 田中久三 aka 田中紀峰のサイト。

Archive for the ‘歴史’ Category

南北朝系図

09.19.2010 · Posted in 歴史

wikipedia のTemplate:皇室南北朝などいじっていたのだが、 だいたいどの天皇にも親王がたくさんいて、それはわざわざ系図には書かれてない。 もしすべての親王や内親王や法親王を系図に書き込むとおそろしく複雑なものになってしまう。 親王の子や孫まで書くとなおさら。 適当なとこでやめとくことになるんだろうね。

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鴎外の仮名遣意見

07.21.2010 · Posted in 歴史

假名遣意見 森鴎外。 すばらしいね、こういうものがさくっと検索してただで読めるのだから。 この中で、本居宣長のことは、本居とか、本居先生とかで出てくるのだが、

扨(さて)古學者が假名遣のことをやかましく論じて居るのに、例之ば本居の遠鏡(とほかゞみ)の如き、口語で書く段になると、決して假名遣を應用して居らぬと云ふことを、假名遣を一般に普通語に用ゐるのは不可能である、或は困難であると云ふ證據に引かれますけれども、是れは少し性格が違ふかと思ふ。古學者達は文語と云ふものは貴族的なもののやうに考へて居りますから、そこで貴族の階級を極く嚴重に考へまして、例之ば印度(インド)の四姓か何かのやうに考へまして、ずつと下に居る首陀羅(しゆだら)とか云ふやうな下等な人民は、是れは論外だ、斯う云ふ風に見て居りますから、所謂俗言と云ふものを卑(いや)しんだ爲めに、俗言のときは無茶なことをしたのであります。若し假名遣を俗言に應用する意があつたならば、所謂俗言を稍※(二の字点、1-2-22)重く視たならば、あんなことはしなかつたらうと思ふのであります。

本居の遠鏡というのは 古今和歌集遠鏡のことだが、 確かにこれは宣長の著作としては珍しく、古今集を当時の完全な口語訳を、しかも逐語訳的に作ろうとしたものである。 しかし、森鴎外の言うように、宣長は、俗語というものを卑しんだがために、ぞんざいな口語訳を作ったかというと、そうとは言えないように思うし、 また仮名遣いという意味では、きちんと「を」「お」や「い」「ひ」「ゐ」などを使い分けているように見える。

それでありますから芳賀博士が、若し本居先生などが今在つたならば決して假名遣を國民に布くなどと云ふことは云はれないだらうと云はれるのは、同意が出來兼ます。本居先生が今在つたならば、必ずや國民に假名遣を教へようとしただらうと思ひます。本居先生のみならず堀秀成先生の如きも、是れは死なれてから間もありませぬけれども、若し今日居られたら矢張假名遣を國民に行はうとしたであらうと思ふ。

明治も終わりのころまで仮名遣いをどうするか、 結論が出てなかったということだな。 本居宣長が明治に生きていて、国民に「俗語的な仮名遣い」と「歴史的な仮名遣い」とどちらを教育しようとしたか、ということについては、 まったく見当もつかないのだが。 ていうか鴎外は、本居宣長の心境になりかわって、本居宣長ならばどう考えただろうかというような思考実験をしているようにはとても思えない。 ただ宣長という権威を利用して自分の説を補強したいだけのようにみえる。

鴎外は要するに、ドイツ語にも英語にもフランス語にも正書法 (Orthographie) というものがあり、綴りと発音は決して一致していないのであり、 それが当たり前なんだと言いたいわけだ。 フランス語や英語に関してはまったくその通りで、特に英語はひどい。 ドイツ語はかなり綴りと発音が近いが、 lieben の形容詞 lieb が [li:b] ではなく [li:p] と発音するなどの例をわざわざ探し出している。 そして「歴史的仮名遣い」という言い方自体が何か過去の遺物のような印象を持たせてよろしくないから単に「仮名遣い」と言うべきだ、 などと言っている。

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藤原氏も徳川氏も大差ない。

07.20.2010 · Posted in 歴史

思うに、徳川氏だって、武力によって強権的に統治していたのではなく、 常備軍を撤廃し、諸侯の軍事行動も極力抑制・抑圧し、 武装解除に近いことをして、 鎖国やキリスト教の禁令などによって生産性や社会的な発展を犠牲にし、 天皇家の権威を飼い慣らして、 「無為な大平」状態を作り出すことによって、 世の中を治めたのだ。 天皇家や藤原氏がかつて平安時代に統治した方法と大差ない。 足利氏とも大差ない。 実際、黒船が来たり外様大名が本気で蜂起したらひとたまりもなかったではないか。 日本では為政者は戦争状態でないときには常備軍を持たないし、 定期的に動員することもない。 ある意味で、それがまずい。 常備軍を持ち、常に臨戦状態だったのは(戦国時代は別として)鎌倉幕府の北条氏くらいだろう。 さぞ神経をすり減らしたに違いない。 源氏や足利氏、天皇家など、身分の高い家柄も統治し得たのは奇跡に近い。 北条氏はおそらく日本で初めて本当の「政治」を行ったというところが強みなのだろう。

ところで、応仁の乱によって、守護大名は京都に常駐しなくなった。 それまで守護職は一応将軍の命令で赴任するものだったのだが、 勝手に領国を取り上げたり与えたり鎌倉公方を廃しようとした義教が殺されたりしたもんだから、 守護大名はいわば勝手に実力でなるようになった。 応仁の乱で大名は領国から出てこなくなる。 足利幕府は合議制で成立していたから、 有力大名が京都に常駐しないから、幕府そのものが存在しないと同じ状態になる。 そうすると守護大名たちは幕府という行政・司法が存在しないから隣国と勝手に交戦するようになる。 守護職も形式的に将軍に事後承諾を取る形になる。 だから自然と戦国時代に突入する。

応仁の乱というのはつまり単に山名氏と細川氏が一定の和解に達して終了したことになっているが、 実はそのまま戦国時代につながっているということがわかる。

また、応仁の乱を避けて京都から公家が地方に散ったために地方文化が栄えたというのだが、 たぶんそれは嘘だ。 京都の戦乱はたかだか3、4年程度の散発的なものだったはずで、その程度で公家が地方に行きっぱなしになるはずがない (公家は宮中行事に関わることで食いつないでいるのだから、地方で生きていけるはずがない。 明治の奠都でほとんどの公家が天皇と一緒に東京に移り住んだようなもんだろ)。 太田道灌等のように、地方の武士が文化の担い手になったというだけだと思う。 当時の地方武士はすでにそのくらいの教養はあっただろう。

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国造

07.08.2010 · Posted in 歴史

司馬遼太郎の「歴史と風土」という文章(昭和46年)に、 大化の改新があっても地方の豪族、国造が残った。 だから天皇というのは最初から権力ではなくて権威だった、と言っているのだが、これはおかしな結論だ。 彼は、大化の改新の頃も、平安朝も、その後の武家政権もずっと天皇は権威であって権力ではなかったと言いたいらしい。

しかし、普通は、大化の改新の頃には天皇の権力もまだ完全には浸透しておらず、 地方豪族らを国造という形で中央集権の枠組みに取り込まなくてはならなかったということを言っているだけ、そう解釈するのではないか。 そもそも、大化の改新というのは単なるクーデターと律令制の導入に過ぎない。 それだけで地方豪族が服従するはずがない。

だが、土佐日記の頃になると、国司、つまり守や介らが中央から派遣されて、 国造らもはや存在しない状態になる。 だから大化の改新に始まった律令制というものは次第に地方にも浸透していって、 初期には国造らの地方豪族が残っていたが次第に国府、国司らによる中央集権的支配が確立していった、と解釈するのが普通だろう。

司馬遼太郎のように「だから天皇は最初から権力ではなく権威だった」などという結論が導かれてくるのはおかしい。 wikipedia にも、 国造は律令制が導入される以前のヤマト王権の地方支配形態の一つ。6世紀代のヤマト王権が任命する地方官、とある。 その通りで、律令制以前のなごりがしばらく残ったと言うにすぎない。 律令制下における出雲氏は、延暦17年(798年)に解かれるまで、引き続き出雲国造を名乗る、とあるように、 例外的に「地方官」として勅令によって残っていた出雲国造も798年にはなくなっている。

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大義名分論

07.07.2010 · Posted in 歴史

昔の人は大義名分論というものに、真剣に悩んだのだ。

天皇はなぜあんなにまずい政治をするのか。 逆賊と思える身分の低い連中がなぜあんなに良い政治をするのか。 良い政治をする逆臣と、悪い政治をする天皇と、どちらが正しいのか。 そもそも天皇とは何か。日本とは何か。 なぜ逆臣は結局皇位を簒奪しなかったのか。 なぜ日本だけでそうなのか。 ということについて真剣に悩んだ。 そこで儒学や宋学や朱子学や陽明学や、あるいは国学で説明しようとした。 それでもわからん。 西洋の歴史との比較でなんとか説明しようとした。 たとえばイギリス型の君主とかローマ法王とか。 でもうまくいかない。

今の日本史教育ではそんなことで悩むなどということはないだろう。 世界史でもそうだが。

ある意味、そういう問題をスルーするのに適した思想は司馬史観だといえる。 天皇はお公家さんです、神主さんです、実権を持たないのが正常な姿です。 象徴天皇です。 みごとなスルーだわな。 一方で、天皇制廃止論者もいるのだが、どちらかより無責任だろうか。 大差ないような気もする。

身分の低い苦労人ほど良い政治をする。 天皇の政治は失敗だらけだった。 でもなぜ日本には天皇がいるのか。 誰か説明してみよ。 今の日本人は、生まれてから大学受験まで、そのような思考実験をしたことがない。

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陰暦・陽暦変換

05.21.2010 · Posted in 歴史

探せばけっこうあるのだが 換暦 などがシンプルで便利か。

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中台危機ダイジェスト

05.12.1996 · Posted in 歴史

新聞が溜ってきたので,捨てる前に「中台危機ダイジェスト」でも 書いておこうと思っていろいろ読んで見たら, ものすごい量なので,ちょっといやんになってきた. でも時間あるだし.やってみるか.

華声和語ものぞいて見たが,あんだけ大騒ぎになったわりには あまり記事がない. かなり遠慮していると見た.

2/1 台湾株価急落

国民党系企業,中央銀行の連日の介入. 今から思えばこの時期の株は「買い」だったよな.

2/2 米の不確実性有益

ナイ前米国防次官補に聞く.

--中台間で衝突が起きたらどうするのか.

米国政府はそうした質問には答えないことにしている. 台湾を守ると言えば,台湾は冒険をしようとするかもしれないし, 逆ならば,今度は中国がより攻撃的な姿勢をとるかもしれないからだ.

この問題では(米国がどう出るか分からないという)不確実性こそが戦略的に有益な役割を果たす. 朝鮮戦争の際に何が起きたかを思い起こすべきだ. 当時,米国はいったん韓国を防衛しないと表明,その後, 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が韓国を攻撃し,結局, 米国が韓国防衛に乗り出した.

この記事については既に3/8 にも言及している. さて,上の朝鮮戦争のときと全く同じことが南沙諸島問題についても言えるだろう. フィリピンから米軍基地が撤退したことが,現在の南沙諸島問題の遠因になっている. 結局フィリピンは中国に対抗するために米軍の軍事力が必要なのであり, フィリピンはまっさきに,日米安保見直しに賛成した (日経 4/18.ラモス大統領「米国がアジア太平洋地域と軍事的関わりを持ち続けることがはっきりした.宣言を歓迎する.」).

2/8 福建省で軍事演習

人民解放軍が 2/10 未明から福建省沿岸で陸海空軍の合同演習. 旧正月(19日)前に終了.

2/10 中台軍事力比較

米国介入なしでも台湾は自力防衛できる,との楽観的な見方も. ただしミサイル攻撃にはほとんど無防備.

ついでに台湾に旅行したとき見聞したことを書く. 台湾では social service や military service がある. いわゆる徴兵・兵役である. 蒋介石を祭った中正紀念堂というのがあって, ここで女子高生らしき連中が日曜の午後にブラスバンドとかバトントワラーとかやっている. 一見なごやかな光景である. しかし,よくよく見るとバトンと思っていたものが銃剣なのである. つまりこれも軍事演習の一部と見てよい. 日本では,普通の女子高生が武器の取扱いの稽古をしたりすることは,ない. つくづく日本は平和である. と思った.

2/13, 14 中国の集結部隊「大規模ではない」

40 万人という数は,台湾の経済に影響を与えるために流された可能性がある. とのこと. 実際は 15 万人以下(台湾国防省発表). また,李登輝総統の得票率を下げるため,とも.

2/14 米政府高官相次ぎ中国牽制

ペリー国防長官.

中国は今こそ正しいメッセージを米国に送るべきだ,

この段階では言葉による牽制.

2/23 台湾の歴史

台湾には外省人(共産党政権誕生後,中国本土から移り住んだ人)と、 本省人(それ以前から台湾に住んでいた人)がいる.

1947年,台湾住民は初め中国復帰を喜んだが, 国民党の強権と腐敗に失望.本省人の騒乱を武力鎮圧.

1949年,国民党は共産党との内戦に敗れ,台湾に移動. 少数派の外省人が権力の一切を握る. 本省人の亡命者国外活動.

1988年,本省人の李登輝総統登場. 独立運動も合法化. ちなみに李総統は本省人.京大 OB だそうだ.

2/29 米国対中赤字急増

米国の対日赤字が減少する半面,対中赤字が急増し, 対日赤字に迫る勢い.

そうか~. 中国ってけっこう儲けてるんだな. それで米国は対中制裁とかって言ってるんだな.

3/4 二・二八事件

1947.2.27 国民党政府の警官がヤミタバコ売りの中年婦人を殴打. 翌日には台湾全体の騒動に. 蜂起した人々が親日的であったことが災いし, 国民党関係者との凄惨なリンチ合戦に. 南京中央政府は精鋭部隊を派遣して暴動を鎮圧. 二万人以上の台湾人が殺された. 台湾人は国民党に失望.

3/5 ミサイル演習発表

人民解放軍は 3/5 から 3/15 まで,台湾に近い東シナ海と南シナ海でミサイル発射訓練をすると発表.

3/6 即時反撃

台湾国防部長.

中国軍の発射したミサイルが一発でも台湾の領海 12 カイリに着弾した場合,台湾は直ちに反撃する.

3/8 ミサイル演習強行

発射されたのは地対地中距離ミサイル M9. 台湾を緩やかな経済封鎖に置く形.

橋本首相

公海上では法的に問題ないのかもしれないが,不幸な方向にあると思う.

3/11 空軍機避難打診

台湾が,フィリピン,シンガポール,インドネシアなどに, 中国との軍事衝突になった場合に空軍機を避難させられるかどうか, 非公式に打診した.

中国は,空軍設備をミサイル攻撃して制海・制空権を握ったのちに, 台湾に上陸してくると考えられるため.

3/12 中国実弾演習

広東省沖海空軍実弾演習.

横須賀を母港とする米第七艦隊空母インディペンデンスを台湾沖に派遣. 原子力空母ミニッツ,ペルシャ湾から急行. ミニッツは通常パキスタン・インド間の紛争に備えてインド洋辺りにいる.

クリストファー国務長官

中国の演習は無謀な威嚇であり危険な威圧だ. 米国は必要な場合に助けになるため台湾に近付く。

橋本首相

公海上で動いているわけだから,第三国がとやかく言うことはできない.

確かに.しかし限りなく当事者に近い第三国である.

外務省

西側諸国がさまざまな行動を起こしているにも関わらず,中国側は必ずしも期待したような自重と自制の方向にない。

わが国が自制を求めたにも関わらず,新たに実弾射撃訓練まで公告したのは, 台湾周辺での軍事訓練を本格化させるもので,アジア全体の安定にとって好ましくない。

この日の産経新聞第三面「怪刀乱麻・江沢民さんの記念碑を」 は,いかにも産経らしい論説.

  1. 中国がおっかない国であることを自分からみせつけた.
  2. 中国は安心できないと周辺諸国がつくづく思い知らされた.
  3. 日米双方で安保の重要性が増してくる

ことから,江沢民の記念碑を浦賀に建てよう,という話.

3/13 米議会に「親台」広がる

イギリス,強い批判. ロシア,自制要望. 中国,米艦隊派遣批判.

3/14 防衛庁分析

3/15 日経朝刊第一面左下

12~13日,米軍と自衛隊が,「演習を装って集結した中国軍部隊が台湾海峡にある金門, 馬祖両島やそれ以外の台湾の島に対して限定的奇襲攻撃をかける恐れがある」と判断,極めて高度の厳戒体制に入っていた ことが14日防衛庁筋が明らかに.

「防衛庁筋」とは?

この件については3月10日 にも触れた.

金門島というのは,マカオのすぐ近くにある島で, 福建省から数キロしか離れてない. 台湾領土ではあるが台湾本島よりも中国本土に近い.

3/18 福建省沖陸海空軍合同演習

3/19 米下院台湾防衛決議可決

3/19に米下院. 中国が台湾を攻撃した際に軍事介入を米政府に求める決議を可決.

アメリカは中国による侵略,ミサイル攻撃,海上封鎖から台湾を守らなければならない.

艦艇,航空機,対空防衛システム供与を政府に求める.

総統選候補者

李 登輝
与党 国民党
優先課題は中台敵対状態の集結
長期的には中台統一.
彭 明敏
野党 民進党,元台湾大学教授,政治学部長
台湾独立.日米による牽制望む.
林 洋港
無所属,前司法部長.前国民党副主席.
中台統一
国家は一つ.統治権は二つ.
陳 履安
無所属,前監察院長
中台統一
李総統のあいまいな態度が中台緊張の原因.

3/20 米,台湾にミサイル供与

米政府.台湾に地対空ミサイル「スティンガー」供与決定. 台湾要請の潜水艦供与は見送り.

3/21 米上院決議

米上院も,下院同様決議.

3/23 総統選開始

3/24 台湾総統直接選挙

「中国世界初」の最高指導者直接選挙. アジア諸国のコメント慎重. 中国に遠慮か.

中国発言「台湾は中華人民共和国の一部」から「一つの中国」へ軟化.

李総統勝利宣言,公用語の北京語ではなく台湾語で.

党派の利益を越えて一票を投じてくれた方にお礼したい.

中国の軍事演習の危機感のために, 与党国民党ばかりでなく,野党民進党の独立派本省人の支持を広く受けて圧勝したことを指す.

民進党候補が 30% 得票すれば, 選挙後国民党と民進党の連立政権が誕生するというシナリオであったが,結果的には国民党の一人勝ちになった.

開票結果

李 登輝 54.0 %
彭 明敏 21.0 %
林 洋港 14.9 %
陳 履安 10.0 %

3/27 米艦隊撤収

26日,ペリー米国防長官

危機は今や過ぎ去った,と理解している.

中国は軍事演習を終え,自軍へ撤収した.楽観的な見方さえしている.

米国務省バーンズ報道官

中国側の発言は,台湾との平和的な対話の場を模索しているかのようだ.

米空母インディペンデンスは母港横須賀へ帰還を開始. 米原子力空母ミニッツはオーストラリアへ移動.

参考文献

華声和語

[ 4/1 No. 80] [ 3/26 No. 79] [ 3/18 No. 78] [ 3/12 No. 77] [ 3/4 No. 76]

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