亦不知其所終 田中久三 aka 田中紀峰のサイト。

Archive for the ‘kindle’ Category

無料キャンペーン

02.10.2014 · Posted in kindle

無料キャンペーンやって良いことといえば、ネットやツイッターで検索かけたときにタイトルが出てくること、などだろうか。 今「エウドキア」で検索しても大したものは出てこない。 「エウドキア」と言う人も複数いて、 語源的に言えば、eu (良い)+ dux (支配者) という意味なんだろうな。 ま、どちらかと言えば王族の名のようだ。 eu はギリシャ語だが、dux はラテン語だから、ギリシャがローマに併合された後にできた名前だわな。 ヘレニズム時代にはさかのぼれないな。 eudokia の男性形が見当たらないんだが、女性名しかないのだろうか。 まあそういうこともあるのかもしれんね。

も少ししたら一応お披露目として無料キャンペーンやるかな。 表紙の絵がなかなか切り替わらない。

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auブックパス

02.09.2014 · Posted in kindle

auビデオパスとau歌パスは解約したが、ブックパスは電子書籍業界のお勉強にと思い、継続することにする。 auブックパスの読み放題はすごい。月額562円。 手塚治虫の作品がおそらくはすべて読み放題なので、いくら読んでも読み切れない。 あと土山しげるとか、Cat Shit Oneとか。 小説もものすごくいっぱいある。

それで思うに、電子書籍は売り切れも絶版もないから、 これから電子書籍は無限に増えていき、 キンドル直接出版みたいに誰でも書けるから、 なおのこと増えていき、 一度クラウドの海のなかに埋もれてしまえば、たとえ存在していても誰にも読まれない、ということになるだろう。 これだけコンテンツが洪水のようにあふれていては多少おもしろいものを書いたとしても見向きもされない。 ちょうどandroidアプリが世の中に氾濫しているようなものだ。 実に頭の痛い状況だなと思う。 電子出版はkdpだけで閉じているわけではない。 kdpでいくらがんばっても無駄な気がしてくる。

漫画喫茶も、あまり利用しないんで知らないがこんなもんなのだろう。 しかし漫画喫茶に比べれば便利さがまったく違う。 空き時間にどんどん読めるのがいい。

kdpの困るところは印税70%にするには250円以上の値段を付けなくてはならないとこで、 99円で印税35%だともうけは1/6になってしまう。 99円で印税70%ならとっくにやってると思う。

auブックパスの読み放題みたいなキャンペーンもない。 仮にアマゾンにauブックパス読み放題みたいなサービスがあって、 一つ読まれるたびにたとえば1円印税がもらえるとしたら、 たぶん私はそれをやってるだろうと思う。 今みたいに忘れたころに1冊売れるとかいうのよりはまだ良い気がする。 Kindle Countdown Deal ってのもあるが今は amazon.com か amazon.co.uk しかできない。 co.jp でできるんならもうやってると思う。

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エウドキア ギリシャの女帝

02.09.2014 · Posted in kindle

「ギリシャ人の王国」のタイトルを「エウドキア ギリシャ人の女帝」に変更。 あまりセルジュークやノルマンのことは書かずに済ますつもりだったが、ある程度追記。

小説でもカラオケでも、誰も知らないやつは受けない、そんな気がする。 逆に誰もが知っているネタはただそれだけで受ける。 誰もが知っている人が書けば受ける。 高城剛とか堀江貴文とか。 それが消費者心理(笑)。

今回の「エウドキア」も売れない自信ならある。 でももし売れちゃったら。 マーケティング考え直さなきゃな。 売れなかったら。 当分こんなの書かない。

表紙の画像がなかなか入れ替わらないな。 中身が変わるのもも少し時間がかかるだろう。

無料キャンペーンとかやめちゃおうかな。 しばらく放置。

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アマゾンから振り込まれた印税

02.07.2014 · Posted in kindle

あんまこういうことは書かない方がよいと思うが、 2013年はkdpを始めた年なので、 少し具体的な数字を書いてみようと思う。 ええっと、それで新生銀行にアマゾンから振り込まれる用の口座を作ったのは4月だった。 売り上げは1月から発生していたのだが、最初に振り込まれたのは4月24日。1070円。 この金額が何を意味するのか、よくわからん。

で、4,5,6,7月の売り上げと6,7,8,9月の振り込み額がそれぞれ一致しているから、 2ヶ月後に振り込まれているらしい、ということはわかるんだが、 それ以降の金額は微妙に変動していて、どういう仕組みでこんな揺らぎができるのか、よくわからん。 でもまあ、例の手続きをやったから、アメリカ政府に源泉徴収されてないことは、ほぼ確かなようだ。

で、12月末日までに実際にアマゾンから振り込まれた額は19000円くらい。 1月にならすと1500円くらいか。 まあ体感的にもだいたいこのくらいだった。 微妙。 たぶん、確定申告するとしてもすべて必要経費で控除してもおかしくないレベルだと思う。 印税の必要経費ってどうやって計算するのかね。 も少し儲かれば税理士雇ってもいいくらいだけどね。

amazon.com とか amazon.co.uk でも割と売れたりする。 『古今和歌集の真相』みたいなお堅いのが売れたりして割とびっくりする。

そうだなあ。 年に100万円くらい印税が入ったら、どうどうとキンドル作家を名乗ってもよさそうだが、 まだ道は遙かに遠い。 ただ今後何もしなくてもずっと一定の振り込みがあると考えると(そんな保証は何もないわけだが)、 ちょっとした小遣いくらいにはなるわけだ。 100冊くらい書いてそのうち2、3冊がベストセラーになれば100万円にいきそうな気もするんだが(笑)。

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ギリシャ人の王国

02.07.2014 · Posted in kindle

近々、『ギリシャ人の王国』という物語をキンドルで出版する。またまた旧作のリメイクである。 パブーで公開してたやつの焼き直し。 さほど手間はかかってない。 ただ数年前と比べれば多少テクニックは覚えた(笑)から、 少しは小説っぽくなってるかもしれない。

『エウメネス』が今もときどき売れていてアマゾン和書の中で、 古代ギリシャものの中では5位くらいにつけている。 わりと良い感じ。 印税で食っていくには程遠いが、今のところ突破口はほかに見いだせてない。

私としては『エウメネス』みたいなものをどんどん書いたほうがいいんだろうなと思う。 もとはといえば、『エウメネス』は『ギリシャ人の王国』から派生したものなのだけど、 世の中のギリシャ好きの人たちに受け入れてもらえるだろうか。 私はこの作品が一般受けするかどうか、まったく自信がない。 だけどまあ出さないでおく理由もないので出しておく。

私は、ギリシャと言っても古代ギリシャのことはあまり書きたくない。 『エウメネス』もギリシャものというよりは、ペルシャやインドの話である。 『ギリシャ人の王国』は十字軍が始まる直前の東ローマの話である。 たぶん私は誰もが知ってるわかりやすいネタで勝負するのが怖いのだ。 人気のないものをわざと取り上げるのが好きなのだ。 だから日本の歴史でも戦国時代とか幕末維新とか源平合戦はやらない。 わざとそういうところを外して書く。

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文書の体裁

02.01.2014 · Posted in kindle

アマゾンのカスタマレビューなどで良く指摘される字下げ、句読点と括弧の関係など、 すでに以前に、 字下げ句読点の省略と新聞社について句読点とかぎかっこの件、 などで書いたような基準で意図的にそうして書いているのであって、 私の書いたものに限っては、誤記誤植のたぐいではない。 字下げしてないのもあるがそれは昔そのように書いてしまっていまさら直せないだけで、 今は最初から字下げなしで書いている。

字下げは今のCNNやワシントンポストやその他の英語サイトをみても、どこもやってない。 パラグラフやセンテンス、コンマやピリオドやダッシュ、コロン、セミコロン、引用符や括弧などはすべて欧文の輸入であるから、現在の欧文の主流に合わせるのが自然だと思う。

今の私の書き方は、基本的にはこのブログのスタイルシートに合わせている、と言える。 文書の体裁やレイアウトはテキストではなくスタイルが決めるべきである。 著者が空白文字を使っていちいち字下げするなど論外だ。 パラグラフは空行で区切るのみ(キンドルでは通常改行のみ。たまに空行を入れることもある)。 パラグラフはp要素だから、p要素の先頭にマージンを入れるようにすれば字下げは自動的に実現されるだろう。 しかしスタイルシートをいじろうという気持ちにさえならない。

国語教科書ではパラグラフの先頭を一文字あけて、パラグラフの間は特に必要なければ改行のみ、だろう。 私はもはやアマゾンで個人作家でいくことに決めているので、 出版業界の慣習にも文科省の指導にも従うつもりはない。

ところでフローニの原文とかみるとやはり字下げしてある。 昔は欧文も字下げしていて、 それが日本に輸入されたのであろう、と思うのだが、 塙保己一が始めたという説もあり、彼は江戸中期なのでなんとも言えない。

他人の小説やブログなどみると、一番脱力するのは、 1センテンスごとに改行してたり、 1センテンスが1パラグラフになってたり、 パラグラフがどれも異様に短いのにパラグラフ間の空行がやたら広かったりすることだ。 たまにおもしろいのがあれば読むけど、 章立てはまだしも、 センテンス、パラグラフなどの文書構造の基本がでたらめな(いわばマンガのセリフが羅列されたような)文章は読む気がしない。

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改版

01.30.2014 · Posted in kindle

以前は、My Kindle で一度削除して、無料キャンペーン期間中に買い直せば、 新しい版と入れ替えられたのだが、今はそれがうまくいかない。 いつまでも誤植のある昔の版になってしまう。 どこまで読んだかとか履歴が残ってるんだよな。

なんかうまい方法ないんかね。 お問い合わせ以外に。

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フローニの墓に一言

01.27.2014 · Posted in kindle

というわけでしばらくずっとドイツ語と格闘していた。 シュピリのHeimatlosというやつも読み始めたのだが(もういい加減疲れたので英訳の方を読んでる)、 こちらはイタリア人の男の子とお父さんと叔母が出てくるという話で、あんまり関連性はないようだ。 ただイタリアの話をシュピリが書くというのはやや意味深で、 アルムおじさんがナポリで傭兵になったという話を連想させる。

スイス人がイタリアの話を書いても何も不思議じゃないんだけど、 やはりシュピリとロイトホルトの関係を考えさせられる。

フローニはぎりぎりまで内容をブログに書いたりしなかったんだが、 それは、 ハイディに出てくるアルムおじさんのモデルがハインリヒ・ロイトホルトというヨハンナ・シュピリと同い年で同郷の詩人をモデルにしているってことが、割と重大な発見に思えたからだ。 これは、ほぼ確実だと思っている。 今回も結局(古典の翻訳という形をとった)論文みたいなものを書いてしまった。

ていうか「西行秘伝」もほとんど元ネタは平家物語なんだよね。 戦前まで平家物語は、最初から最後まで、娯楽として、古典の教養として、歴史書として読まれていた。 だから、平家物語を読んだという人は、祇王を知っているし、二代后を知っているし、文覚や俊寛を知っているし、 義経の腰越状を知っていた(腰越状なんてのは昔は漢文のお手本としてみんな習った、らしい)。 今の人は、冒頭の祇園精舎のとこと、富士川の戦いから壇ノ浦までしか知らん。 もちろん原文読んだりウィキペディアの説明読めば全部書いてあるんだが、 一番「マンガ的」なところしか知らないし興味を示さなくなってるんだよな。 ハイディのアニメ化もまったく同じなわけなんだが、 活字が映像表現される時代ではどうしてもそうなっちゃうわけなんだよな、たぶん。 ある意味映像化されることによって、それまでは見えていたものにフィルターがかかって見えなくなる現象ともいえるわな。

テレビの報道なんか見てても、浅田真央はバンクーバーオリンピックで泣いたり笑ったりいろんな表情をしているはずなんだが、 映像的には、浅田真央はキム・ヨナに負けて泣いていなくてはならない。 笑っている場面は全部捨てられてしまう。 無理矢理泣いてる一瞬のシーンだけを切り取って「絵」にしてしまう。 小説はそういう嘘の付き方はしない。 もっと違う嘘の付き方をする。

なんかいわゆる世間一般の「キンドル作家」からどんどん一人だけ離れて勝手に行動しているような気がするが、 まあしかたない。

ハインリヒ・ロイトホルトは Wetzikon Wiki など読むと少しわかる。でもこれもそんな詳しくない。 いろんな情報をつなぎ合わせると、 ハインリヒとヨハンナがヒルツェルで同じ学校に通っていたのは、おそらく、 8歳から13歳くらいまでだったろうということがわかってくる。 また20歳くらいの大学の休暇中に会っていたことはあっただろうと思う。 ハインリヒの父も、ある史料には小作人(eines Landarbeiters und Milchhändlers)と書かれているが、 どうも、このヴェツィコンというハインリヒの生まれ故郷のウィキを読む限り、農園主、酪農家(ここで Schönenberg 村出身の父は酪農を経営した。Hier betreibt sein aus der Gemeinde Schönenberg stammender Vater eine Sennerei。SchönenbergはHirzelに隣接するGemeinde)だったらしい。 つまりアルムおじさんの境遇にかなり近づく。 ていうか当時ただの小作人の子がわざわざ大学までいくか。 よっぽど母親の再婚相手が裕福ならともかく。 とにかく調べれば調べるほどわからんことが増える。

ハインリヒはかなりエキセントリックな人だ。 えーとそれはここに書いてもいいんだが、「フローニ」でも解説してあるし「フローニ」本編も合わせて読んだ方がよくわかるかもしれん。 若い頃のアルムおじさんってたぶん こんな顔 してたと思う。 怖いね。普通か。

今回はもうこれ以上文章を書き換えることはないと思う、たぶん。 今後表紙は替えて、挿絵を入れる予定。

原文 は public domain なんでどうぞ適当に配布しちゃってください。 オリジナルのpdfはこちら

あ、ごめん。 こっち のほうがずっときれいです。

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誤字脱字

01.21.2014 · Posted in kindle

私の場合、特に最初の頃は、小説の筋を考えながら書くという癖があったから、 なかなか筋が収束しない。 一番ひどいのはアルプスの少女デーテで、2008年頃からちょこちょこ書き足している。 最初から決め打ちで書き上げたのは「エウメネス」「紫峰軒」くらいで、 わりと最近のものである。 どちらもどこかの新人賞に応募した。 一応新人賞に応募する小説としての体裁を整えてから書き始めている。 投稿したあとは書き換えられないもんね。 でもパブーやキンドルに出すときにはまた書き換えたりする。 一度ボツにしたやつをほとんど新作といえるくらいに書き換えてまた出すこともある。 或いは途中までで放棄したやつを他の小説の小ネタに使い回したりとか。 そういや、超ヒモ理論は私がまだ大学生だった頃に書いた漫画が元ネタだ。 それに新しいネタを足して合わせ技で小説に仕立て直した。

「紫峰軒」は応募した最後だ。 「紫峰軒」自体はそんな一般受けするような話じゃない。 でももう新人賞は諦めた。 新人賞には頼らないと決めた。 昔は新人賞に応募したあとパブーで公開してた。 いまはいきなり kdp に出している。 新人賞に応募して落ちたやつを kdp で出版するという個人作家がいてもおかしくないと思うが、あまりみかけない。 或いはそう表明してないだけか。 じじ臭い言い方だが、若い人は、kdpでいきなり出版せず、まず新人賞に応募すればいい。 もったいない。 年寄りが新人賞に応募してもいいことはない。 年寄りはひねくれているから出版社のいいなりにはならないし自分の書きたいことを書きたがる。 作家としてデビューするためには何でもやる、などとは、少なくとも私は考えない。 若者ならどうだろう。

いずれにしても、書く前からすでに完成していたと言えるのは、「エウメネス」「紫峰軒」くらいからなんだが、そういえば「エウメネス」には後書きを追加したな。うん、一度で確定してないじゃないかやっぱり。

そもそも最初の頃は自分がどういう文章を書く人間かということすら自分で把握してなかったので、とにかく書き始めてみるしかなかった。 小説を書いてみて改めて自分がどういう人間か再確認してる感じ。 コンテやネーム、企画書なしにいきなり書き始めるタイプ。 今もけっこう途中で仕様変更しながら書いている。

何度か校正すれば誤字脱字はなくなるはずだという指摘をされることがあるが、 書き換えているうちは新たな誤字脱字が発生するので、何度読んでもなくならないのである。 それは言っておきたい。 よく書き換える人ほど間違うだろうと思う。 一度書いてそのままだとあまり間違えはおきない。 書き換えた箇所に間違いが起きるのだ。 書き換えるということは追記したり良い表現に訂正したりする。 時間的にも文言もつぎはぎなのでどうしても間違いが混入する。 だから、小学生の書き取りの間違えと一緒にしないでほしい。 間違いを見つけたら、ははあ作者は、ここで何度か文章を書き換えたらしいな、と考えてほしい。

kdp 作家の文章に誤字脱字があるのはある意味当然で、 市販の書籍でも初版第一刷にはやっぱりある。 紙の本も一応書いたことがある私がいうんだから間違いない。 編集が校正して完全にミスを無くしてくれるわけではない。 小谷野敦氏だってブログでしょっちゅう訂正している。

誤字脱字が無くなるのは初版第一刷以後の、「書き終わった」本を読んでいるからだ。 個人出版なんだからそのへんの間違いを指摘されても困る。 もすこし違うところを指摘してほしい。

このブログなんかも単なる書き切りの日記ではなくて、 何度も書き直したり書き足したりしている。 エッセイの草稿みたいなもんだな。 ブログ記事をまとめて小説書くこともあるしな。

ちなみに安藤レイは太宰治賞の一次選考 に通ったことがある。 これも落ちてからかなり追記した。 安藤レイにしてもそうだが、もしあのとき心臓の除細動で死んでたら、 今出版している小説の多くは世に出なかったことになる。 そう考えると何か不思議だ。 あれで死んだとして完全な形で残せたのは「将軍放浪記」くらいということになるが、 あれもかなり加筆したからな。

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西行秘伝レビュー

01.16.2014 · Posted in kindle

『西行秘伝』にレビュー を書いてくださった方がいて、 その方が書いた他のレビューも読ませていただいたが、 日本史の専門家の方というよりは一般の読者のようにお見受けしました。

非常に的確なご指摘で、感謝しております。 「確かな歴史観に裏打ちされた良質なフィクション」とは私には最高の褒め言葉です。 「歴史に基づかないいいかげんなドキュメンタリー」の逆ということですよね。

私自身は理系なので歴史の高等教育を受けたわけではなくて独学なのだけど (古文と漢文はIIまでやったけど)、 ごく普通の読者が一気に読めてしまったというのに驚いている。 もちろん私も誰にも読めないような難解な話を書くつもりはなく、 「読んで楽しくためになる」ものを書いているつもりだけど、 たぶん一般読者には読めないのだろうなと尻込みしていた。 たとえば和歌や古文に特に現代語訳を付けてないところがあって、 高校古文II程度の学力があれば普通に読めるとは思うが、 世の中そんな人ばかりではないはず。

『将軍家の仲人』なども読めない人とさらっと読んでしまうひとがいる。 読める人のために信じるように書けばよいということだと思った。

追記: 今ちょっと読み返してみたのだが、 最後の、後白河院に頼朝が謁見するあたりが、かなりわかりにくい。 もう少しなんとかしなきゃならないなと思う。 まあ、これはこれで、このまま放置するという手もあるのだが。

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