亦不知其所終 田中久三 aka 田中紀峰のサイト。

Archive for the ‘kindle’ Category

カスタマーレビュー

11.27.2013 · Posted in kindle

最近キンドルで本を出すには自分も読んでカスタマーレビューを書いてみるべきだと思い、 いくらか書いているが(主にキンドル本。もちろん自分の書いたものには書かない)、 私の書いたレビューで不評なのは、女性向けの料理本とかで、どんだけ相性悪いのかと思う。 自分の本に書かれるレビューもその傾向にある。 まあ、読者の期待を(悪い意味で)裏切る話を書く傾向にあるのである程度は仕方ないとも言えるのだが、 そんな書き方したら本は売れないだろうな。

後は、なんてのかな。学者が(業績稼ぎのために)書いてるっぽい本を商業的にも売れるようにしようと、 タイトルだとか体裁だとかその他もろもろを編集者とか出版社がいじってて違和感のある本が、 特に最近の新書とかに多いのだが。 こういうのはみんなでどんどんつついたほうがよいのではなかろうか? 著者の取り巻きのよいしょレビューが多いのも良い気持ちではない。 赤の他人ならそんな親切な(著者に都合の良い)書評は書かないと思う。 出版業界も最近はせちがらくなってきたから著者と出版社の不協和音も余計に目立つのかもしれん。 或いは、ネット時代、個人電子出版の時代だからそういうものがろこつに、あらわになってきただけかもしれん。 これまでの出版業界の実態がどんどんさらけだされるだろう。

だがそれを声高にののしっても仕方がないことで、我々がやってみせなきゃならないのは、 個人出版でもそれなりにおもしろいものが書けるという実例を示すことだ。

ちなみに私の本には今のところ知り合いが書いたとおぼしきレビューは一つも無い。 そもそも私が最近小説もどきを書いていることは知っているかもしれんが、 私の筆名を知っている知人はあまりなく、知っていて読んでる人はさらに少ないし、 レビュー書こうかと言われても断っている。 そういう方針で本を書いているのだから仕方ない。 そのためにわざわざ kdp で書いているんだから、としか言いようがない。

往々にして名著というものは、人と違う体験をして人と違うおもしろい話を書ける人がいて、 かたや常識的で脚色や文字校正がうまい編集者がいて、 その組み合わせてでできるものだろう。 実際には大した話を書くこともできない作家がいて、 おもしろくない話をどうにかこうにかだまして売る出版社があるだけなのだろう。

キンドルのおすすめとかもいろいろいじってみたが最近飽きてきた。 ネット書店としてのアマゾンは、今も変化しつつあるわけだが、 こういう実験をしてくれる書店が日本にほとんどない状態ではアマゾン一択にならざるを得んよな。

中には高度な詳しいレビューを書く人がいて、 いったいどんな人なのだろうと興味ぶかい。

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社長さん

11.07.2013 · Posted in kindle

ある人に社長さんの話をきいた。 その人はもとは役所の清掃部門か何かにいた人だが、もう30年くらい前に独立して、 ペットボトルの再生工場を経営しているという。 ゴミのリサイクルに人より先に目をつけたのは偉いなどというがそれは結果論に過ぎないと思う。 同じような起業家がたくさんいて、彼はたまたま成功したからいま社長でいるだけだと思う。 あまり参考にならない話だ。

未来のことは正直わからん。 キンドルやkdpがどうなるか、どのくらい先行投資してよいものか、わからん。 少なくとも人生のすべてを賭ける気にはならない。 後で悔やむことになるか、ほっとするか、どちらであっても仕方ないことだ。

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新古今集

11.05.2013 · Posted in kindle, 和歌

11月に入ってまだ一冊も売れてない。 私はまあ、本の印税というものは、カラオケの印税みたいなもんで(?)、 いっぺん登録しておけばじわじわ年金みたいにお金が儲かるもんだと思っていたのだが、 そういう人もいるのかもしれんが、私の場合全然ダメで、 そりゃそうだ、まだ売り出して半年のペーペーなのだから(昔新人賞に応募したりパブーで公開していたストックはあった)。

それでだいたい分かったことは、新作を常に投入しなきゃならないということだ。 一年に二冊では少ないくらいで、 もっとハイペースで出していく。 そのたびに無料キャンペーンかなんかやる。 そうすると目立つ。 旧作もついでにうれる。 ファンも徐々に獲得できる。 そうして10年くらいがんばってみないと結果はでない。 それが営業というものだろう。

最近は新作を出すと驚いたことに最初の5冊くらいはすぐに売れる。 ありがたいことにすでに何人か私のファンがいるらしい。

3月くらいから10月までkdpで本を出版して1万円とちょっとくらい売れた。 確定申告しなきゃならんな、大した額ではないが。 全部必要経費で落とせる程度ではあるが。 そういうことも学んでいかねばならん。

そんでまあ老い先も短いのだが、 エウメネスが一番売れていて、残り全部合わせてその半分以下くらいだと思う。 では私は古代ギリシャの小説を書くべきなのだろうか。 とりあえずエウメネスの続編か姉妹編を書くべきなのだろうか。 それはまあそれとして、 たぶん私が他人に対して比較優位なのは和歌だと思う。

和歌はやっている人が極めて少ない。 大野晋も丸谷才一も亡くなってしまったし、 あとは、京極派の研究をやっている岩佐美代子という人くらいしか思いつかない。 いや、他にもいるのかもしれないが、 ともかくあまりいない。 私が今本業でやっているようなことはいろんな人が世界中でやっていることであり、比較優位とは言いがたい。

人生が無限にあればやりたいことすべてをやれば良いかもしれんが、 良い仕事をただすれば良いというのではなくて、 優先順位をつけて、 その中で重要度は高い割に競争相手が少ない仕事をすべきだと思う。 エウメネスはまあ2番目くらいに置いておく。

本業の方は一応つきたい仕事に就いたわけでしかしなってみると全然物足りないわけで、 しかも自分くらいのやつはざらにいる。 となると、本業の範囲でできることはもちろんがんばるとして、 それ以外の分野、特に子供の頃から好きだったこと(趣味)で何か仕事をしてみたいと思うわけだ。 しかし、本業をやめて趣味だけで生きていく金もなければ自信も無い。

それで古今和歌集を調べて一冊書いてみて次に新古今集を見てみると、 古今集は非常に危なっかしくてナイーブなのだが、 新古今集はすっかり成熟して安定していて安心して読んでいられるのが心地よい。 古今集は、いろいろ謎解きするのが楽しいのだが、 新古今集は完全に観客席に深々と腰掛けて、後鳥羽院の演出を楽しめばよい。 古今集の場合は、つい自分も舞台に上がっていろいろいじくり回したくなってしまうのだが、 新古今集に関してはそれはほとんどない。 遠くから眺めていてぼそぼそ批評をつぶやくくらいだろう。

古今集はつまらん埋め草や屏風歌も多いし単なるだじゃれ以上でかつ当時の人の内輪受けみたいなのが多い。 ああいうのが新古今にはまったくない。 すべては後鳥羽院によって緻密に構築されている。 丸谷才一が後鳥羽院や新古今が好きなのはそんな絶対安心感のようなものによるのに違いない (そして多くの人はそこから派生した小倉百人一首を無批判に楽しむのだ)。 彼は、本居宣長や香川景樹や細川幽斎の歌の中から秀歌を拾い出すようなことはしない。 室町時代より後だからだ。 むしろ彼は江戸狂歌の蜀山人を好むのだが、 蜀山人の歌には良いものもあるが全体に粗雑で私には鑑賞に堪えない。

新古今集という名前も非常におもしろい。 それまで既存の和歌集に「新」をつけた例はなかったのではないか。 後鳥羽院の万能感が反映された題名。

というわけで新古今集でもこんどはいじろうかと思っているのだが。

もし和歌の研究者が今の百倍くらいいたら、私がこないだ書いたようなことくらいとっくに指摘されていて、 わざわざ私は本を書くこともないか、 或いはもっと先を調べるのに手間取っただろうと思う。 他にも疑えば疑えることがたくさんあるわけで、今本屋に新書で並んでいるような程度しかまだ研究されてないのなら、 私に書けることはまだまだいくらでもある気がしてくる。

普通の人には古今集のほうが新古今より簡単に見えると思う。 新古今はそうとうにひねってあるからだ。 しかし、慣れてくると古今集は古さ故の難解さがあり、 逆に新古今は出典さえ調べれば割と簡単にわかる、見た目だけの難しさだということがわかる。 逆に先行研究や資料がそろっているぶんつまらないともいえるかもしれない。

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青空文庫的有料キンドル本

10.25.2013 · Posted in kindle

青空文庫とは限らず、 著作権切れの本を、無料でキンドルで読むにはという話は割とみるが、 有料でも良いからキンドル本で買いたい、という話はあまりまだないようだ。

与謝野晶子訳の源氏物語は買った。 青空文庫だと「桐壺」「箒木」みんなばらばらなのを一冊にまとめて100円。 まあ買っても良いかな。 昔電話帳みたいなの高い金出して買ったが家が狭いので捨てたくちなんで、まあいいかな。

レ・ミゼラブル。まあこれもちまちま青空文庫で読んでもいいんだが、 キンドル本で一冊にまとまって47円。 まあ買ってもいいんじゃないのかという気がする。

赤と黒とかパルムの僧院とか。スタンダールは好きだから、100円なら買っても良いと思うが、 まだ著作権切れてなさそうだな。

永井荷風全集とか菊池寛全集が100円なら買ってもよい。

50円とか100円なら買って良いというものは割とある。

頼山陽全集なら1000円以上でも買うんだがなあ。 まあどこもださないだろうなあ。 当分。 『司書夢譚』でも書いたんだが、『儒林外史』とか『紅楼夢』とかあの辺の中国の長編小説の和訳が出てくれると助かるのだが。 何しろかさばるし重いし。 そうだなあ。1000円でも買ってもいいかもしれんね。 まあどこも出さないだろうなあ。

勅撰21代集全集とかあれば、まあ、2000円出してもいい。 絶対出ないがね。

今回の『古今和歌集の真相』だが、ダウンロード数では今までで一番になった。 落としている人はおそらくいつもの無料キャンペーンで取り合えず落としとく人だと思うが、 それ以外に、どうも一般の教育者が読んでるのではないかという気配がある。小中高の教員とか。 アマゾンのおすすめリストとか見てると。 でまあ断言できるが、小中高校の教員は私の小説をおもしろいとは絶対思わないだろうと思う。 古今和歌集の評論なので仕事のネタとして一応読んでみようかと思ったのだろう。

古今和歌集の研究者はキンドルの無料キャンペーンなどそもそも読んでないと思うし、 そんな研究者は日本に数人しかいないだろう。 大学生はたくさんいるかもしれんがやはりそういう国文系の学生はキンドルは読んでないと思う (いや中にはいてもおかしくはないんだけど一般的傾向として)。

どうもキンドルはストライクゾーンが狭くて困る。 未だに紙の本しか読まない人が多すぎる。 時代が変わるのにもう少し待たないといけない。 紙の本は死ぬ とか言われているうちはまだ死んでない。 死ぬのはおそらく十年くらい先だ。 今の紙の教科書もいずれはタブレットに置き換わる。 小学校では、そろばんや書道をやるように、古典的メソッドをなぞるという意味で、紙の教科書を使い続けるだろうが、 それ以外はもういちいち紙とかやってらんなくなる。

大学では未だに黒板にチョーク、ホワイトボードにマーカーという授業をする人がいる。 昔はOHPシートでやってた。 ダメとは言わない。徒手空拳でも授業ができるというフェイルセーフな意味では良いのかもしれん。 むしろ階段教室で黒板とチョークだけで授業ができるというスキルは、大学教員としてもってなきゃいけないのかもしれん。 eラーニング(笑)とか言ってるやつはろくなのいないしなあ。 私も小学生の頃「機器室」というところで授業を受けたが、今も機械に振り回されて本質を見失ってる授業もおおいし。 それよか階段教室黒板チョーク授業のほうがまだましなことが多いのかもしれん。

私が狙っているところと、キンドルのストライクゾーンは、 残念ながら重なってない。 だから、キンドルのストライクゾーンを基準にすると外れたボール球を投げることになる。 ものすごい暴投でキャッチャーが取れないくらいの。 潜在的読者がなんかの機会に目に触れるかもしれないから投げている。今のところは。仕方なく。 自分と同じ趣味の人、同好の士を探したいだけなんだよね、結局は。 アマゾンもマーケティングやってるわけで、ストライクゾーンは広げたいと考えているのに違いないが、 とにかく今年2013年には、このストライクゾーンしか用意できなかったわけよな。 将来どうなるかはまだわからんわけ。 まだ日本でkdp始まって1年弱なわけで。

私は高校生の頃から丸谷才一の愛読者だった。『日本語のために』とか読んでた。 歴史的仮名遣いにあこがれがあったりもした。 丸谷才一は最初小説書いてて、それから評論とかやり始めて、エッセイとかずっと書いてて、 去年87歳でとうとう死んだのだが、 思うに、 87歳まで長生きしてエッセイのようなものは書けるのかもしれんが、 心血注いだ作品というのはやはり60歳くらいまでに書き終えてないといけない気がする。 司馬遼太郎も年取ってから雑文と講演ばかりやるようになったが、あまりよろしくない。 自分の中では子供の頃読んだ『項羽と劉邦』あたりが好きだったなあ。 今読むと大したことないんだが、そりゃある意味仕方ないこと。 『燃えよ剣』の前半部分は評価するんだが。

私がいま小説を書きたいと思い書いているのは40過ぎてやっと書ける気がしてきたからだが、 しかし小説を書くのに適した年齢というのはそんなに残ってない、後10年くらいしかないと思う。 とすると、余計な雑文を書いているヒマはない。 専業で書くわけにはいかんから、どんなに多くても20冊くらいだろうと思う。 そんなに多くない。

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メモ

10.25.2013 · Posted in kindle

President Online

うーん。 だいたい普通のこと言ってるだけかな。

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99円

10.15.2013 · Posted in kindle

で、KDPセレクトの90日中に5日間の無料キャンペーンなんだが、 新刊でちょろっと配布されて、 二回目からはほとんど意味がない。 私としては99円で売ろうが250円で売ろうが、買う人はあんま気にしてないだろうし、 250円だと印税70%だが、99円だと35%になるんで、 99円にすると250円にするよか6倍売らないと同じもうけにならんということになる。

だけどなんか、99円とか100円とかのが主流な気がするし、 有料で何部売れたかというのは割と重要な気もするんで、 一度全部99円にしてみようと思う。 それにはKDPセレクトが切れるのを待つ必要がある。

※追記 KDPセレクトが切れるのを待つ必要はない。

ともかく1000部とか2000部とかコンスタントに売れんことには意味ない。 35%で99円で1000部だと3万円くらいしか儲からないんだが、まあいいや。 儲けがーとか言ってる段階じゃないしな。

99円に設定しておいて、細く長く売れ続けるのも一つの戦略かもしれんと思う。 いろいろ試してみるのはいずれにしてもよいこと。 250円+KDPセレクトでまず無料キャンペーンやったらしばらくして99円にすりゃいいのかもしれん。

自分で買おうというときも250円だと何か心理的抵抗があるように思える。 じゃあ、99円なら気楽に買うかというとそれも違う気がするが、 日常生活では、大した額ではないのに不思議なものだ。

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だんだん良くわからなくなってくる。わかってきたのかもしれないが。

10.08.2013 · Posted in kindle

まあ、ふつうの作家も、自分の作品全部が良いできばえだとは思ってないだろうけど、 しばらく時間をおいてみると、 できのよしあしが感じられてくるようになる。

将軍放浪記、将軍家の仲人、エウメネス、巨鐘を撞く者、この四つは、まあおすすめできる。 おもしろいと感じるかどうかは人によると思うが。 基本的に将軍放浪記の流れでできている。

安藤レイと紫峰軒は現代もので、これも好みはわかれるかしれんが、普通に読めると思う。

アルプスの少女デーテ、川越素描、司書夢譚は、 たぶん読みにくい。長編、なんだよね。読んで読めなくはないと思うが。 読みにくくてもおもしろいところだけ拾って読める人にはいいかもしれん。

墨西綺譚は習作なんで、これはもうどうにもしがたい。このまま読んでもらうしかない。

西行秘伝と、古今和歌集の真相は、まあ、悪くはないが、 ここのブログと同じでうだうだだらだら書いている箇所があって、 それもまあ味だと思って読んでもらえればいいんだが、 たぶん読みにくいと思う。 うまい書き方を見つけられてないから書き換えなきゃならないと思うが、 どう書き換えてよいかもわからない状態。 ブログ以上、小説(論説)未満な状態、というか。

スース、遼子、超ヒモ理論に関しては、 こいつらはまあ最初から色モノとして書いたものなので、 自分の中でもどう評価して良いのかわからん。 ここらをどう伸ばしていくかも現時点で決めかねている。 なんか第三者の意見とか参考にしたほうがよいかもしれん。

なんか一度全部出版停止にしたい気にもなるが、 無料キャンペーンでもしない限り売れないし、 ということは読まれもしないわけだから、 しばらく放置ということで良いと思う。 エウメネスと将軍放浪記がたまに忘れた頃に売れるんだが、それも今までどおりで良いと思う。 しばらく頭を冷やしたい気分だ。

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kdpの年

10.02.2013 · Posted in kindle

まあ、おもうに、今年の最初のころは kdp 始まったばかりでみんなおもしろがって書評かいてくれたりしてたけど、 今は一応無料キャンペーンで数は出るが、 たぶんもうみんないろんなうぞうむぞうな本が出てくるから疲れちゃって、 チェックしてらんない、読んでらんない、 ていうか疲れたていうか、飽きちゃった状態なんじゃないかと思う。

私自身最初のころはわくわくしながらランキングを毎日眺めてたが、 なんかもう最近は見るのもいやんなった。ていうか慣れたというか疲れたっていうか。

でまあこれが本来な姿なわけでみんながみんな好き勝手自分の本を出すから、 なんか新しい仕組みが出てこないとみんな疲れ果ててしまうと思うのよね。

それと、超ヒモ理論出して感じたのだが、 ツイッター界がだんだん kdp に適応してきて、いきなりアマゾンをリツイートしたりするんだが、 ただのリツイートばかりがあふれて、 感想も書評もないからこっちとしてはなんなんだこれはというしかない。

あと、超ヒモ理論は理系の人たちにタイトルとあらすじだけ受けて、 理系の人って中身はたぶん読まないから、それ以上のリアクションない。 小説読む人はたぶんなんじゃこりゃと思って、 気に入ってもらえたら二度くらい読んで、 だいたい二度読みすると書評を書く気がなくなる、たぶん。 つか、慎重になって書けなくなってしまう。

書評書くってのはふつうは一気に読み終えてなんか一言いわずにおれないから書くわけで、 あとで冷静になってから書くってのは、そりゃ、仕事でならかくかも知れないが、 一円にもならんのにわざわざ他人の書評を書いてあげる親切な人はいないと思う。

書評を書くってのは本を執筆するのと同じくらい大変な仕事なわけで、 実名ならなおさらで、 匿名のカスタマーレビューにしても、もの書きの人ならなおさら、 うかつには書けんわな。

あとですね、タイトルと内容紹介だけ読んで本文読まない人ってのは、 キンドルもってないから読まないんでしょうね。 アマゾンランキングで目立ってそのままウェブで読めれば読んでくれてると思う。 しかしそれでは胴元のアマゾンがもうからんしな。 わざわざキンドルに落として読むってのは、めんどい。 いくら無料でも。 いくらタブレットもっててキンドルアプリ入れてても。 普段からキンドル読む人なら別として。

内容紹介に最初の数ページ分を抜き書きしておくってのもありかもしれん。 どういう文体のどんな雰囲気の小説かってのはそれでわかるし。 キンドルもってれば体験版落とせるわけだが、ウェブで見れた方がてっとりばやいわな。

そんで無料キャンペーンやってカスタマーレビューかいてもらって有料でも買ってもらうというビジネスモデルってんですか。それがまああんまりうまくいかない気がしてきた。 パブーと大差ない感じもしてきた。 全然別の仕組みがいると思う。 悩む。 だいたい個人出版というのはこの辺まではみんなやってる。 こっからさき伸びるのかどうかが kdp の未知の可能性なわけよね。

あと、アマゾンの分類に怒っている人とかいて、 「毬恵って誰だよ」とか言ってて、 それは「司書夢譚」の主人公の名前なんだが、 「司書夢譚」は日本史に分類されているんだが、 「司書夢譚」は実を言うとこれは日本史です。 読んでみればわかります。 一番詳しいのは護良親王の話なんで、明らかにこれは小説仕立ての日本史の話なんだけど、 カテゴリー分けはたまたまこれは間違ってないのだが、 どんなアルゴリズム使ってるか知らないけど、 ひどいよな。 超ヒモ理論なんて絵本に分類されていたのだが、 どこが絵本ですか。 まえまえからそれは気になっていた。 なんで出版するときジャンルを書かせているのにカテゴリー間違ってるのかわけわかんない。

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kdp

09.29.2013 · Posted in kindle

『超ヒモ理論』は自分でもすっかり忘れていたが、 最初は 2011.4.25に山崎菜摘名でパブーに公開したものだった。 つまり、2011.3.11の東日本大震災の直後に書いたのだ。

「完全にパブーのエディタだけを使って書き下ろした」「三日くらいで書いた」 とか書いてるから、全然覚えてないが、たぶん最初はそうだったのだろう。 割と短編で、その後いろいろ書き足したりしたのだが、 大まかなストーリーラインは同じ。 2012年4月くらいのことまでが書いてある。 当時はもうしばらく納豆などというものは食べられないのかと思っていたが、 案外早く普通に出回るようになったよな。 まあそのくらいで、後から予測が外れて書き直さなきゃならんようなことは特になかった。

『超ヒモ理論』の元ネタは実は大昔私が大学生の頃に書いた漫画なのだが、 それをさらに手直しして小説に仕立てたのである。 もとの漫画はたわいないものだが、 寺の娘と結婚すると良いとか、禅宗は儲からないから○○宗がよいとかなんとか。 ま、そういうことを学生どうしで話したのをそのまんま漫画にしたかんじ。

山崎菜摘というのは『川越素描』に出てくる作家志望の女子大生で、 彼女が小説書いたらこんな感じかなというので書いてみたのだった。 ちなみに「エウメネス」は今は未公開の別の小説の中に出てくるエウドキアという東ローマ帝国の女帝が書いたらこんな小説になるんじゃないかという設定で書いたものです。

そんでまあ知り合いにイラストを頼んで、 花宮さちというペンネームも決めてもらって出したわけだが、 残念ながら今回もキラーコンテンツとはならなかったようだ。 ランキングも徐々に下がり始めている。 最近はカスタマーレビューをほとんど書いてもらえないのが痛い。 ツイッターやブログでいろいろ書き散らしているせいもあるかもしれないな。 まあしかしこのスタイルを変えるつもりもない。

いろんな種類の本を出してみて思うが、 ジャンルとかたぶんあまり関係ない。 マーケティングというものがなければまず本は売れない。 マーケティングすれば売れるというものじゃないだろうが、 しなければ、あるとき突然話題になるのを待つしかない。 kdp始めてまだ1年経ってないわけだし、気長に待つしかないのかと思う。

仮に誰かに広報お願いしていまよりずっと売れたとする。 そしたらその人にも売り上げのかなりの部分を折半しなくてはならなくなるよね。 それでも売り上げ増のほうが大きいのなら広報した方がいいんだろうけど、 今のところその気がない。 ていうか、広報したから売れるという確信がもてないし。 このままでしばらくやってていいじゃんと思わなくもない。 出版社の人に相談にいけば、とアドバイスされることもある。 でもなあ。 廃業した出版社の社長さんも知ってて、 菓子折もって持ち込みにいこうか悩んだが、 結局やめた。

ちなみに花宮さちさんとは売り上げを半分ずつ分ける約束になっている(笑)。

イラスト、装丁、広報とか、出版にはいろんなコストがかかるわな。 作者に一割印税が入るのは少ないようで実は多い気もする。 売れなかったときのリスクを作家がとらなくて済む形だ。 逆に、売れたときの取り分がいまいちなわけだが。 ちなみに紙の本も実名(共著の下っ端)で出したことはある。 まだ二十代の頃だ。 そのとき搾取されたのが今も嫌な思い出だ(笑)。 初版3000部で再版しなかったから出版社はたぶん損したとおもう。 売れ残っても印税まとめて先払いでしょ。悪くないかもね。 学生バイトとしては。

三十代でもやはり共著の下っ端でだしたことがある。 こちらは再版かかったからもうけはあったんだろうけど、 仕事としては最悪つまらんやつだった。 ワープロソフトのマニュアル本書くみたいなやつ。 いまさらそんな本書いてもしょうがないと思う。 時代が違うからそんな紙の本書いても売れないだろうし。

図書館に行くと未だにたくさん紙の本を読む人がいるなと思う。 彼らは賢い。私も自分でわざわざ本を買って読んだりしないほうだ。 第一紙の本だと部屋が狭くなる。 キンドル本は、有料のものを買わないわけではないが、 私の場合、漫画とかラノベとか推理小説とか買う人たちに比べればほとんど買わないに等しい。 その代わり漫画の週刊誌は週に四、五冊も買っていたけど、 今はそれもない。 なんでか知らないが読むといらいらするのでやめてしまった。 今、通勤移動中の暇つぶしはもっぱらタブレット。

ああそういや、岩波文庫の再版とかは割と買うわな(笑)。 すぐ買わないとまた絶版になるからね。 あの、再版と絶版を繰り返すの、あれなんなのかね。 まあ、アマゾンで古本買えば済む話なんだが。

でも十年二十年と経てば紙の本から電子書籍に人が移ってきて、 読者の数が桁違いに変わってきて、 私の本が目に触れる機会も増えるだろう。 今はあまりに読者が少なすぎる。 そんな気がする。

「限界集落温泉2巻」99円セール中 これを読んでね。考えさせられるわけです。 鈴木みそは好きな作家なのでほぼ全部読んでる。 原発ネタは嫌いなのでそこだけよけて読んでないけどね。

「限界集落温泉第1巻」は電子版で17000部売れてるんですね。100円なので。 2巻以降は400円と値段があがるために、1巻→2巻の継続率が低かった。 2巻は7000部強なので、40%にも届いてない。

そう。で、値段が安ければ買っても良いという潜在需要が 10000部くらいあるわけじゃないですか。 そこで値引きキャンペーンをやった結果、

エンジン全開!もう走れないよ… うーん。 トータルでさらに1000部くらいはいきそうな勢いだけど、 10000部はとうていいかないってことよね。 1巻の50%くらいまでかね。

私の場合有料で1000部なんて今のところ夢のまた夢でして、 100部いけばいいくらい。 ほんといえば無料でどんどん読んでもらって一部だけ有料で残したいくらいなんだが、 無料にしたからといっても1000部いくのはたぶん難しい。

どうすれば読んでもらえるのかね。 今のとこ『古今和歌集の真相』は無料キャンペーンしない予定。 いや、一度くらいやってもいいかな、無料キャンペーン。 それで誰かカスタマーレビュー書いてくれるといいけど。

いずれにしてもこれ買うひとってのは「古今和歌集」で検索して見つけてくれる人だと思うのよね。放置するしかないと思うんだわ。 自分自身、古今集を深く読み始めたから古今集に興味がわいたわけで、 普通の人がいきなり古今集の本を読みたいと思うはずがないと思う。 まして宇多天皇なんてマイナーな天皇に興味持つはずがない。

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来たるべき日曜日 他6編

09.17.2013 · Posted in kindle

うーん。 短編集の二話目まで読んだ。

悪くないが、これはなんか、ギャグ漫画を文字おこしした感じだな。 展開が現実離れしてて、しらける。 マンガとしてならさらっと楽しめるかもしれんが・・・。

日本刀は折れないと思う。 曲がるだけだ。 なんだ頭で考えて作った話かと、しらけた。 そこでもう、話にのめりこめなくなった。

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