亦不知其所終 田中久三 aka 田中紀峰のサイト。

Archive for the ‘宗教’ Category

ヤハウェと火山

04.17.2011 · Posted in 宗教

フロイトは、ヤハウェは明確に火山神だと言っているのだが、エジプトにもシナイ半島にもパレスティナにもシリアにも火山はなく、 この付近で唯一火山があるのは、アラビア半島西部、およそメディナの辺りだ。

2009年5月25日に、サウジアラビアのアルアイス地方で、群発地震が起きて、火山が噴火する可能性があるので、 住民が避難した、ということがあったらしい。 アラビア半島には休火山しかなく、有史以来、噴火したという記録はほとんど見られないようだ。 しかし現代でも住民が避難するくらいだし、噴火口跡はたくさんある。 3500年くらい前に実際に噴火があってもおかしくはないわけである。 海(アカバ湾?)が割れる(たとえば地震による津波)くらいの天変地異があってもおかしくない。

ヤハウェの記述は明らかにアドナイとは別のものであり、この二つの神が融合してイスラエルの宗教になったのだろうと、 フロイトは言う。 さらに、イスラエルの12氏族のうち、モーセやアロンなどの指導層が属したレビ族は、 後の時代まで氏名がエジプト語由来のものが混ざることから、エジプト人そのものであり、ユダヤ人ではないのだという。 古代エジプト語とヘブライ語はそうとう遠い言語であるから、この二つの民族は、最初、言葉が通じていなかった可能性が極めて高い。

レビ族なるアメンホテプ4世の一族のエジプト人(彼らは、宗教改革に失敗してエジプトを追われた)が持っていたアトン信仰と、 アラビアの火山地帯に居住していた(もしくはたまたまエジプトに寄留していた)と思われるユダヤ諸族のヤハウェ信仰が、 合わさってできたものが後のユダヤ教なのではないか。 かつ、アトン信仰というのはおそらくシリアのフェニキア人のアドニス信仰に由来するのだろう。

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アドンとエデン

04.15.2011 · Posted in 宗教

昔、けっこう一神教の起源について書いたことがある。 一神教の起源アトンYHWHアドニヤモーセと一神教文献メモなどだ。 状況証拠的に考えて、アメンホテプ4世の時代のアトン信仰と、出エジプト時代のイスラエル人の宗教に、 何の関連性もないと考える方がおかしいのであって、 あとはどうやってその連続性を立証していくかという作業があるにすぎないと、私は思うよ。 それで、そういう話がどうしてあまり広まらないかと言えば、 ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒もいずれも、自分たちの宗教のオリジンが、 古代エジプトにあるとは、あまり考えたくないからだろう。 ただユダヤ人のフロイトだけが、勇気を持って、その説を主張したのだ。

それで、フロイトが書いた、『モーセと一神教』という本があって、私はそれにすべては書き尽くされていると思ったのだが、 フロイトが指摘してない、まだ新しい関連性を発見した。 というのは、 クアルーン(コーラン)では、エデンのことを「アドン」と言っているということだ。 アラブ語はヘブライ語と同じセムハム語系の言語であって、同語源であると言える。 それで、ヘブライ語では「主」のことを「アドナイ」という。これは「アドン」の複数形である。 神の名は一人でも複数形となるのは、あちらの言語ではわりと一般的である。 たとえば神の一人称はWeである。 「アドン」「アドナイ」は「アトン」とほぼ同じ言葉であるというのはフロイトの発見だ。 そして「アドニス」などとの関連性も、フロイトは示唆している。 アドニスはギリシャの神だがもともとはフェニキア人の神であり、フェニキア語はやはりセム語系だ。 アメンホテプ4世の別名「イクナアトン(アクエンアテン)」とは「アトンに愛される者」という意味だ。

それで今度はエデンという語の起源をウィキペディアなどで調べてみたけど、これが恐ろしく古い。 アッカド語、もしくはシュメール語で「園」もしくは「平原」という意味らしいのだ。 ちなみにヘブライ語でエデンは「快楽」という意味らしい。 また、ギリシャ語ではパラデイソス、つまりパラダイスと訳される(いかにもギリシャ語語源な語だわな)。 いずれにしても「天国」とか「神の国」と言う意味だよ。 だけれどまあ、もしエデンとアドンが同語源ならば、一神教はシュメール時代までその起源がさかのぼれることになるよ。 どうよ。

エジプトという多神教の世界にいきなり一神教が、忽然として、生まれたというのはやはり無理があり、 それはどこか別の世界からもたらされた、 たとえば、アメンホテプ4世の王妃がミタンニ王女ネフェルティティであったという説があり、 メソポタミア地方に、原初的な一神教が古代から伝わっていた、と考えるのが、やはり自然ではなかろうか。 いや、むしろ、異国の地の神が土着の多神教のエジプトに導入されたときに、他の神から阻害され、切り離された存在となって、 それが先鋭化して一神教という形になったのかもしれんわな。 山本七平が言う、「オリエントの専制君主制が宗教化したもの」ではあるかもしれないが、 さらにはそこで、専制君主が多神教社会の中で宗教改革を断行しようとした結果、外来の、異邦の一つの神が、 絶対化されて、一神教が生まれたのかもしれん(当時のエジプト王がいわゆる「専制君主」といえるかはわからん。 神官の長のような権威的存在だったかもしれんし)。 とかく、宗教改革というのは、一つの神に権威を集中させ、他を排斥しがちなものであり、 いわば、宗教改革というものが、一神教を生み出した根源的な原因かもしれん。 その歴史的な最初の例がアメンホテプ4世だったのではないか。

くどいが、一神教だから宗教改革に発展したのではなくて、宗教改革の結果、一神教が生まれたのではないか。

ミタンニは印欧語族だという。 エデンの園が東の方にあったというのは、ミタンニ王女の国がエジプトの東方であったことを意味しているのかもしれんよ。

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文献メモ

11.09.2009 · Posted in 宗教

バートン・L・マック著、秦剛平訳「失われた福音書 – Q資料と新しいイエス像」青土社

加藤隆著「一神教の誕生」講談社現代新書。 これによれば、ダビデ、ソロモンの時代には、ヤーヴェはユダヤ教の主神ではあるが、ユダヤ教は一神教ではなく、 イスラエル王国の滅亡やバビロン捕囚などを経て、 一神教に収束していった、つまり、徐々に多神教から一神教が生まれたように書かれている。

いや、もちろんそういう要素はあったかもしれんが、 私としては、フロイトの説のように、一神教はもともとはエジプトのアトン信仰に由来するものであり、 アトン信仰がユダヤ教と融合することによってユダヤ教も最終的に一神教になったのだと思う。 で、フロイトも指摘しているように、アトン信仰も古代エジプトで忽然としてアメンホテプ4世の時代に創作されたというよりは、 シリアなどでもっと古くから存在していたのではないか。

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モーセと一神教

02.15.2004 · Posted in 宗教

ジークムント・フロイト著、渡辺哲夫訳「モーセと一神教」筑摩書房、 勝海舟著, 江藤淳, 松浦玲編「氷川清話」講談社、 など読む。

「モーセと一神教」はずっと読みたいと思っていたのをたまたま電車待ちの時間に本屋で見つけて買ったもの。 フロイトは80才過ぎてからモーセ論に凝り始めたが、その主張するところは、 「モーセはエジプト人」 「主(アドナイ)はエジプトのアトン神」 「出エジプトはアメンホテプ4世(イクナートン)以後の無政府状態のときにおこった(従ってエジプトの軍勢に追われたり、紅海が割れたというのはすべて作り話)」 「ユダヤ教はアトン神(エジプト起源の唯一神)とヤハウェ神(火山の神)の融合」 「モーセはユダヤ人に殺された」 「割礼はエジプトの古い風習」 などなど。 アトンは、エジプトの歴史の中で現れた唯一神で、 イクナートンの時代に完成され、一旦は破綻した。 もともとは無色透明無形な抽象神なのだが、 一方でヤハウェは怒りの神、嫉妬の神、えこひいきの神。 その本来全く異なる相容れない二つの神が融合したことによって、 精神性が非常に高められた一神教が生まれたのだという。 フロイトの学説はすべてうさんくさいのだが、モーセ論だけはほんとうじゃないかと思う。 多神教でも、すべての神様すべての神話を統合しようとして抽象的な神様を付け足すことはあって、日本神話だと天の御中主の神がそうで、 具体的な人格もなければ自然現象や動物や植物などとも関連がない、 ただ名前だけがある。 しかし名前だけの存在だから、生き生きと動き出すことはまずないし、 そもそも後世に人工的に作ったものだから、個別の神話から遊離している。 抽象神なのに具体的で強烈な個性というか自我を持った神がどうやってできたのか、 というのは実はまだよく解明されてないようだ。

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アドニヤ

09.29.2000 · Posted in 宗教

たとえばダビデの第四子の名はアドニヤというが (サムエル記 3:4、列王記上 1:5, 2:13、歴代誌上 3:2)、 これがアドンに由来するのは間違いあるまい。 他にもアドニラム、アドニカム、 アドニ・ツェデク、アドニ・ベゼクなどの名前もある。 ただしアドニ・ツェデク、アドニ・ベゼクは、 ヨシュアが滅ぼした王の名であって、 ベゼクの主、ツェデクの主、と言う意味にも取れるのだが。

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YHWH

09.27.2000 · Posted in 宗教

いろいろ読んでみると、 YHWH をヤーウェとかエホバと読んでいるのはキリスト教徒だけであり、 ユダヤ人は、いつからかは知らないがそうとう昔から今日に至るまで、 アドナイと読んでいるのだそうだ。

昔は、YHWH にはちゃんとした発音があったのだが、 神の名をみだりに称えてはならないために、 アドナイという新しい呼び名が考え出され、 本当の名前はいつのまにか忘れられた、のだそうである。

本当にそうなのだろうか!? むしろ、YHWH という神聖四文字の方が新しく、 アドナイという呼び方の方が古いのではないか、と思えるのだが。

アドナイと同じくらい古いのはエル(神)、シャダイ(全能者)などか。

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アトン

09.26.2000 · Posted in 宗教

どうもいろんなものを読んでみて思うに, イスラエル 12 部族のうち, ヨセフの一族(エフライム族)というのは, もともとエジプト人だったか, エジプトに寄留し,半ば隷属した遊牧民(ヘブル人)だったか, あるいはエジプト人とヘブル人の混じり合ったものだったのだろう. あるいはエジプト人の中で零落した階級がヘブル人だったかもしれない. ヨセフの一族はイクナートン派で,一神教の継承者だった. それでエジプトを脱出し,当時のエジプトの辺境であるイスラエルに来た. もともとイスラエルに住んでいた人たちは多神教,というかそれほど明確な宗教を持ってなかった. そこで,エジプトから脱出してきたヨセフの一族の宗教を中心にして, 共同体を作った. 部族ごとにばらばらに伝承があったが, それをうまく混ぜ合わせたのがユダヤの神話だということになる. そうすると,まるで,一神教というものがイスラエルという遊牧民族に自然発生したようにみえる. しかし,遊牧民族の中で一神教が生まれるというのは理解しがたい. もし遊牧民族に一神教が生まれる性質があるというなら,世界中に生まれていただろう. 「専制君主が人民に契約を命じる」という形を取っているのだから, エジプトや,あるいはバビロニア,ヒッタイト,アッシリアなどのような, 当時のオリエントの大国の影響を受けたと考えるのが自然だろう.

「主 == アドナイ or アドーナイ == アトン」という珍説はなかなか面白い. フロイトが初めてそれを言ったというのも面白い. 出エジプト記や申命記の中の「主」を「アトン」で置き換えると, すらすらと意味が通るところがいくらもある. 例えば出エジプト記 6:2~

神はモーセに仰せになった. 私はアトンである. 私は,アブラハム,イサク,ヤコブに全能の神として現れたが, アトンという私の名前を知らせなかった. 私はまた,彼らと契約を立て,彼らが寄留していた寄留地であるカナンの土地を与えると約束した. 私はまた,エジプト人の奴隷となっているイスラエルの人々のうめき声を聞き, 私の契約を思い起こした. それゆえ,イスラエルの人々に言いなさい. 私はアトンである. 私はエジプトの重労働の下からあなたたちを導き出し, 奴隷の身分から救い出す. 腕を伸ばし,大いなる審判によってあなたたちを救う. そして,私はあなたたちを私の民とし,私はあなたたちの神となる. あなたたちはこうして,私があなたたちの神,アトンであり, あなたたちをエジプトの重労働の下から導き出すことを知る. わたしは,アブラハム,イサク,ヤコブに与えると手を上げて誓った土地にあなたたちを導き入れ, その地をあなたたちの所有として与える. 私はアトンである.

ヨセフが仕えたエジプトの王がイクナートンだったとする. イクナートンは,エジプトの伝統的な上流階級の人々ではなくて, ヨセフのような寄留者たちを自らの改革に抜擢したかもしれない. その見返りとして,当時エジプトの領土の一部であって, ヨセフたちがかつて寄留していた,辺境の地カナーンをやる,という約束をしたかもしれない. これはごくありそうな話である. イクナートンという人は地方で反乱が起きても鎮圧したりせず, 放っておいたくらいだから,イスラエルを自分の言うことを聞いてくれた現地人にくれてやる, ということくらいは言ったとしてもおかしくない. というかこれは封建制度そのものだ.

ところがイクナートンの改革は失敗し,ヨセフらは奴隷の身分に落とされた. ヨセフの子孫はイクナートンとの間の「契約を思い起こし」, エジプトで奴隷となっているよりはと,イスラエルを目指して脱出したのではないか. つまりイクナートンの宗教改革は確かに一神教というものを創始したのだが, それを「神との契約」という形に完成させたのはやはりイスラエル人なのだ.

ヨセフらの神には名前はなかったのだが, このとき初めて「アトン」という名前が明らかにされた. 「主」が一般名詞であれば,「私はあなたたちの神,主である」 などというくどい言い方をするだろうか. 「主」は本来固有名詞,つまり「アトン」だった可能性は高い.

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一神教の起源

09.25.2000 · Posted in 宗教

今日、ステーキのドンで山川出版の世界史小事典をながめていて、 ふとヒラメいたのだが、 それはユダヤ教の起源ということだ。 山本七平は、ユダヤの一神教は、オリエントの専制君主制が宗教化したものだ、 と言っている。また、ユダヤ教はオリエントの多神教の中では唯一例外だ、 とも言っている。 しかし最も古い一神教というのはエジプトのアトン信仰である。 エジプト新王国、第 18 王朝のアメンホテプ 4 世、 またの名をイクナートンと言うが、彼の宗教改革によって、 世界史の中に忽然と現れたのが、最古の一神教だ。 イクナートンの宗教改革は失敗し、彼は BC 1354 年に死ぬ。 そのあと第 18 王朝は滅びて、 古くからのアメン神を中心とする多神教が復興し、 アメン祭司長が王に即位し、 第 19 王朝が始まる。 この王朝の基礎が固まったのは、 BC 1290 年に即位したラメス(ラメセス) 2 世からである。

さて、出エジプトという事件が起きたのがまさに、 このラメス 2 世の治世のことだと言われている。 モーセという指導者が (たまたまエジプトに寄宿し)、 奴隷階級で圧政に苦しめられていたイスラエル人を率いて、 エジプトを脱出し、カナーンへと旅立つのである。

さて我々はここに注目しなくてはならない。 一神教というのはいったん成立してしまうと、 なかなかしぶとくしつこいものだ。 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、皆同じ。 ところが、エジプト史では、ただ一代限りのこととして、 雲のように消えてしまったことになっている。 しかし、ほんとうは、BC 1354 年にイクナートンが死んでも、 しばらく彼ら一神教徒は存在していただろう。 その中には王族もいれば庶民もいただろう. 彼らはおそらくは、政治闘争に敗れたのだから、被支配階級として! つまりは最下層民として、奴隷階級として,存在しており, 抵抗運動も行なっていたに違いない. これがイスラエル人なのだ!

BC 1290 年にラメス 2 世が即位し、 エジプトの新しい王朝がうまく行き出して、 もはや挽回の機会はないと観念したイスラエル人たち、 彼ら一神教の信者たち、 或いは旧王朝の遺民たちは,自らの信仰と自由を守るために、 エジプトを脱出したのだ。 ピューリタンが新天地を求めてアメリカに渡るようなものだ。 いわゆるカナーン、いまのパレスチナは、 もともとエジプトの領土だったこともあるのだから、 国外逃亡というよりは、地方に反中央政権を作ろう、 というくらいのつもりだったかも。

モーセの出エジプトは、 イスラエル人がまだエジプト人だったころの遠い記憶をとどめているのだよ。

あまりにうまくすっきりと説明できるので私は驚いたね。 このような説がいままで世の中に出てないとは信じられないのだが、 誰かどこかで聞いたことはありますか。

あっ, ここ にも同じことが書いてある. 柄谷行人の本で、フロイトが「モーゼはエジプト人だった」と言ったという話.

補注.第 18 王朝は,イクナートンの次のツタンカーメンで BC 1345 年に終わる. 名前でわかるように,彼はアメン信仰に改宗させられている. 思うに,イスラエル人が生粋のエジプト人だったか, 或いはどちらかというと辺境からきた寄留者だったかというのは微妙だ. 旧王朝の王族だった連中はもともとのエジプト人だっただろう. しかし,新しい信仰に共感したのは,昔からのエジプト人というよりは, 古い伝統には関心が薄い寄留民たちだったかもしれない. だからアトン信仰は主にエジプトに集まってきた外来の遊牧民たちに広まったのかもしれない. どちらにしろ,明確にどっちということはできないように思う. うーむ.しかし,イクナートンが遊牧民の影響を受けた,とも言えなくはない.

おおっ. これは詳しい.

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