亦不知其所終 田中久三 aka 田中紀峰のサイト。

Archive for the ‘政治’ Category

10.15.2017 · Posted in 政治

アメリカは好戦的な国だとみなされているのだが、 実際、アメリカほど戦争している国はないわけだが、 しかし、アメリカほど、ほかの国が戦争に巻き込みたい、ほかの国が利用したい国もないわけである。 第一次世界大戦も第二次世界大戦もそうだった。

そういう意味では日本もアメリカに似ている。 日本はかつて挑発されるとすぐカッとなって戦争してしまう国であった。 おっちょこちょいな国と言ってもよい。 必ずしも戦争が好きな国とは言えないが、すぐに戦争に巻き込まれてしまう。 そこがアメリカと似ているといえなくもない。

ほとんどすべての国がアメリカに北朝鮮を懲らしめてほしいと思っている。 つまりアメリカに北朝鮮と戦争してほしいと思っている。 トランプはブッシュほど馬鹿じゃないので自分から手を出さない。 相手から手を出させようとしている。そこがフランクリン・ルーズベルトに似ている。

今から思えば、日中戦争や大東亜戦争に日本を引きずり込んだのは毛沢東だった。 日本が蒋介石と戦い、アメリカと戦えば、共産党に割り込む隙ができるからだ。 日本を戦争に駆り立てたものは日本自身であっただろうか。 中国とソビエトではなかったか。 日本が朝鮮半島に進出し、満州に進出して、中国とロシアは迷惑だった。 イギリスは東アジアに直接かまってられないから、やはりアメリカを参戦させたかった。

つまり、アメリカに日本を懲らしめてほしいと思った。世界中の国が。

朝鮮半島は昔も今も政治的に破綻している。 そんなやっかいなところへ日本はのこのこ出て行って痛い目にあった。 伊藤博文は愚鈍に見えて賢く、陸奥宗光は頭の切れるバカだったと言わざるを得ない。 今日本は朝鮮半島から完全に軍事的に手を引いて代わりにアメリカが出てきて、 アメリカが北朝鮮を懲らしめなくてはならない形になってきている。

アメリカも日本もマスコミが政府の足を引っ張り、あるいは政府に戦争させようとする。 あるいは外国勢力がマスコミを操って政府を弱らせようとする。 これ、日中戦争や大東亜戦争時代の国際情勢と同じじゃないのか。

私は自分が右翼なつもりでいるが、「神在月には出雲大社に参拝しよう」とか言ってる連中にはまったくシンパシーを感じない。

ユネスコ改革

10.14.2017 · Posted in 政治

【社説】米のユネスコ脱退は正しい第一歩

非常に興味深い記事だ。 原文は英語で有料会員制ですでに読めないのだが、現時点でまだ公開されている和訳を読めばほぼ十分だろう。

イリナ・ボコヴァはブルガリア共産党員(ブルガリア共産党は1990年にすでに解散)で、 モスクワ国際関係大学の卒業生で、 2009年からユネスコ事務局長であり、 2016年の国連事務局長選挙にはプーチンの支持で立候補している。 国連本部はニューヨークにあるが、 ユネスコはパリにあってアメリカのコントロールが効かない。 ボコヴァが2011年にパレスチナ自治政府のユネスコ加盟を認めたことから、 米国はパレスチナを国家として受け入れる国連組織への資金拠出を禁じる法律を発動。 別に金がもったいないから拠出しないことにしたわけではないのだ。

また、ユネスコはシリアのアサド政権を支持しているとも言っている。

要するにユネスコはパレスチナにしろシリアにしろ、ことごとくアメリカに楯突いており、 ユネスコはロシアに操られているといってもよい状態なのである。

ユネスコがパレスチナの洞窟を世界遺産に登録したことでもはやアメリカはユネスコを容認できなくなった。 まったく同じことが日本でも起きている。 日本も世界遺産なんてものに依存して商売するのはやめたほうがいい。

日本は勇気を持って行動すべきだ。 ユネスコを脱退する必要もない。 拠出金も払ってよい。 世界遺産をすべて辞退するだけでよい。 それが今のユネスコに対する抗議となる。

日本はただ、観光客目当てで世界遺産登録に躍起になっているだけだ。 ただのさもしい根性にすぎない。 「教育」「科学」「文化」の名のもとに金もうけがしたいだけにすぎないのだ。 だからこの際、世界遺産登録は返上してしまえ。

それでも観光客があとからあとから日本に押し寄せてくるだろう。 それだけの魅力が日本にはあるからだ。 そうしたら多くの国がユネスコを見限り、 ユネスコには利権が集まらなくなる。 そうしてやっと汚らしい政治家たちは去り、まっとうな「教育」「科学」「文化」の場に戻る。 日本がユネスコを改革するとはそういうことを言うのではないのかな?

銃犯罪の本質

10.14.2017 · Posted in 政治

アメリカから銃がなぜなくならないか、マイケル・ムーアの『ボウリング・フォー・コロンバイン』に、明確に結論は示されている。

アメリカもカナダもいずれも銃規制は緩い。 隣り合う国どうしで、しかも、アメリカは重犯罪が非常に多く、一方、カナダにはほとんどない。 カナダのスーパーマーケットでも、銃や弾は比較的容易に買える。

銃のせいではなく、国民性の問題なのである。 おそらく人は、銃を乱射したいと思えば、カナダにいてもアメリカに来て乱射するだろう。 そうするとメディア受けが良いからだ。 インスタ映えというが、同じことで、カナダよりはアメリカでみんなに見せびらかせたほうがより受けるのだ。 同じことはマスコミにもいえる。

マスコミが憎悪を煽るから銃乱射事件が起き、事件はマスコミによって煽られ、再びさらに過激な事件が起きる。その連鎖を断ち切る必要があるのだが、問題の本質は、市民が銃を自由に所有できるかどうか、ということではないのだ。

日本も戦後、銃乱射事件が多発して、規制が強化された。 その結果銃乱射なんてことはめったにおきなくなった。 だからアメリカでも規制はある程度の意味があるだろうと思う。 しかし隣国のカナダが銃規制を行わないのに、原野が広がるアメリカで、銃規制しましょうといっても誰も従うまい。 アメリカはその国土のほとんどが北海道みたいなものだ。 原野に繰り出し野生動物と混じって暮らすにはどうしても銃が要る。

そろそろ備蓄

10.12.2017 · Posted in 政治

そろそろ非常食の備蓄をしておかねばならないような気がする。 戦争が始まるとしたらおそらくは冬、来年早々くらい。 我が家が、私が住んでいるところが、戦争で直接被害を蒙る可能性は低い、と思うが、 戦争だとなると、パニックで買い占めとか、物価高騰などが起きる可能性がある。

だから、普通の値段で買えるうちに、買い置きができるものくらいは買っておいたほうがよいのではないかという気がする。 戦争に限らず、災害というものはいつ起きてもおかしくないのだから、 そういうときのための備蓄はしておくべきだろう。

自民が大勝したら戦争になる確率は上がるだろう。 そりゃそうだ、自民が負けたときにわざわざこちらから仕掛けるなんてことはできない。 自民が大負けしたすきに相手が攻めてくるということも考えにくい。というのは自民が今回そんなむちゃくちゃな負け方をする可能性は低いからだ。

トランプが任期半ばで安倍も続投となれば、何かしかける可能性はある。 もちろん先に手を出させるためだ。 ようはパールハーバーと何の違いもない。

別に自民や安倍が好きで支持しているわけではないが、 今のところ安倍は失政らしい失政はしていないし、 代わる理由が何もない。 別にウィンドウスやビルゲイツが好きではないが、 アップルやジョブズ信者や良い気になるのがイヤだからしかたなくマイクロソフトを使っている。 私の自民党支持というのもだいたい同じで、 ほかの連中が勘違いしないように、せっせと自民党に投票している。

総理は誰がなっても同じ、という状況がマスコミの商売的にはいちばん都合が良い。 そしてマスコミがさわいで政権交代すれば、マスコミも俺の力で政治を動かした、などと調子に乗ることになる。 自民の長期政権、総理の短期在職というのはようするにマスコミや国民のせいであって政府のせいとは言いがたい。

昔は、首相や政府が暴走して、国民をだまして、マスコミが政府批判で騒いで、それでもしかたなしに戦争になるのだと、漠然と思っていた。 しかしそうではない。 政治が不安定になるとマスコミが国外勢力や国内の敵対勢力と結託して政府をつついて、政府をできるだけ弱らせようとする。 国民を騙してできるだけ自分の国に不利な判断をさせようとする。 政府が弱り国民を制御できなくなるから、いよいよ戦争が起きるのだ。

日清戦争も、日露戦争も、満州事変も、日中戦争も、大東亜戦争もだいたいそういう流れでおきた。

いまマスコミが騒いでいるのは政府の失政のせいではない。 国外勢力がマスコミを操ってできるだけ日本政府を弱らせようとしているのである。 そんなことは大昔から中国の史書に書いてある。 同じ事が何千年もの間、繰り返されてきただけのことだ。

まったく度しがたいのはマスコミだ。 現在、NHK以下、すべてのマスコミが発狂している。朝日なんかは昔から偏向していたが、今の状況はどうみても異常事態だ。 このこと自体、戦争が近いことを予感させる。 いつの時代も、戦争前夜、まずまっさきにマスコミが発狂した。

ドイツ人みたいに個人主義な国民は全体主義に傾いたときはヒトラーのような独裁者を立てる。 そして「ヒトラーという個人」に国民を率いさせるのだが、 もちろんヒトラーには個人的な資質やカリスマがあるんだろうが、 独裁者を立てて全体主義を完遂させるのであるから全体主義には変わりない。 日本の場合、いろんな理由があるんだろうが、全体主義が行き着いた先に国民の総意で独裁者を立てるという発想にはなりにくい。

日本の場合は、平常の全体主義的傾向が破綻して、すべての社会常識がリセットされてやっと個人主義が台頭し、その最終形態として、信長や秀吉や家康が出てくる仕組みになっているような気がする。 ドイツと逆だ。ドイツだと平時は個人主義だが国難が迫ると全体主義的民族主義的になり、しかしそうした空気の中でも個人主義が尊重される結果独裁者が擁立されるのである。

自衛隊機の夜間飛行差し止め

05.25.2014 · Posted in 政治

自衛隊機の夜間飛行差し止め 厚木基地の第4次騒音訴訟で初判断 横浜地裁

近隣住民の一人として言わせてもらえば、 まったくなんの意味もない判決だ。 22:00から6:00まで戦闘機は今現在ほとんど飛んでいない。 少なくともうちの近所では。 自衛隊機だけで米軍機を差し止めないのでは意味がない。

二重の意味で意味がない。

P3Cみたいな静かな飛行機は別に飛んでも良い、と思う。 偵察機や対潜哨戒機なんてのはもともと静かなんだよな。 プロペラの音はのんきだし、ジェットエンジンでもすごいしずか。 輸送機は図体はでかいがプロペラで割と静か。 新聞社のヘリコプターのほうがずっと迷惑。 ファントムもまあ許す。 しかし、最近になって飛び始めたスーパーホーネット。 あれはキチガイだ。 次から次にうるさい戦闘機が開発されて、 どんどん騒音がエスカレートしていくのであれば、 そりゃだまされたと思うわな。 今でさえ引っ越したいのにもっとうるさい戦闘機が配備されたらどうしようって思うわ。

だから、戦闘機は飛ばしてもいいから、 ある一定の騒音の基準をきめて、それを越えないでほしい。 スーパーホーネットF18とか論外。 どんくらいうるさいかというのはなかなか比較できないんだが、 福岡で箱崎天満宮の上をジャンボが低空飛行するくらい、と言えばよいか。 しかし、 スーパーホーネットはほんとに常識外れにうるさいので、 民間機のジャンボと同じかどうか私にはよくわからん。 というかうまく比較できない。 箱崎ではさすがにうるせーなとは思った。 だが福岡空港の便利さを考えると仕方ないのかなとも思う。 こんな日本でも最も人口密度の高いところに米軍の飛行基地があること自体間違っている。 もし、この騒音がなくなったら、どれほどたくさんの人のQoLが向上し、 不動産の資産価値が上がると思ってるのか。 頭おかしい。 も少し国土を有効利用してもらえないだろうか。 日本は狭いようで広いんだからさ。 どんどん地方過疎化して人が全然住んでないところが増えてるのになんでいまだにこんな都心の近くで戦闘機飛ばすかね? ともかくまず、マスコミは、 町田上空あたりをスーパーホーネットが飛ぶときの取材でもしてくれよと言いたい。 わざわざ沖縄いくより近場で取材費節約になるだろ(笑)。 あのうるささは実際体験してみないとわからん。

しかし今の訴訟のやり方には失望する。 何の問題提起にもなってない気がする。 マスコミも頓珍漢なこと言ってるし。 勝訴とか敗訴とか控訴とかどうとでもなれって感じ。 気がめいる。

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暴力装置2

11.22.2010 · Posted in 政治

続き

「暴力装置」の起源と系譜。 なるほど。つまり、マックス・ウェーバーはマルキストではないが、レーニンやトロツキーに言及することで、 「暴力」という言葉を使ったのだから、 もとはといえば、共産主義用語なんだな、きっと。 いや、つまり、当時の状況として、共産主義思想にかぶれた学生たちに向けた演説なわけだから、 彼らにわかりやすいように、左翼用語に言及して、それとはまったく違う意味合いで、 「暴力」を再定義して見せているんだよね。

小室直樹も言及しているってところが面白いね。 小室直樹は、完全に、ウェーバーが「暴力」と言った意味で「暴力装置」という言葉を使っていて、 たまたま、左翼の用語(「訳語(?)」)を(意図して?あるいはわざと?)借りただけだと思うのだが。 というより、なぜ小室直樹が「暴力装置」という左翼用語に言及し、それをわざわざウェーバー風に解釈しなおしたのか。 それがわからん。他人の著書の解説だったからではないのか。

ウェーバーがトロツキーの用語に言及したからといってウェーバーがマルキストなわけでないように、 小室直樹が左翼用語に言及したからといって、左翼思想に「影響」を受けたわけではなかろう。

はっきり覚えてはいないが、小室直樹が海賊ドレイクを例えに、近代以前には国家が暴力を独占していたわけではない、 ということを他の著書でも言っていたと思う。 たぶんカッパブックスのどれか。

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暴力装置

11.21.2010 · Posted in 政治

国家というものが、「暴力」を独占する唯一の存在だと言ったのはたぶんマックス・ウェーバーで、 『職業としての政治』だと思う。

と思ったら、それをすでに記事に書いている人がいた。 ウェーバーは、 「近代主権国家を合法的な暴力行使を独占する組織と位置付けた」 のである。 どういう場で言ったかはわからないが、文脈的には失言だったのかもしれない。 しかし、ここまで話がでかくなったら仕方ない。 堂々と、反論すれば良いのに。

いちいち、補足する必要もないと思うが、マックス・ウェーバーと共産主義、もしくは共産党とは何の関係もない。 というか、『職業としての政治』のもとになった演説は、第一次世界大戦でドイツが敗北して、 共産主義にかぶれた学生たちに向けて警句として放たれたものだ。 ウェーバーはばりばりの反マルキスト、右翼、帝国主義者、国粋主義者、大ドイツ主義者だった。 ビスマルクの信奉者だったと思う。たぶん。 共産党の議員たちは、純粋に、政治学を専攻した人間として、擁護してくれたのだと思う。 でも多くの代議士には、そのくらいの常識もない。 そういう意味では、一番まともな政治家は共産党員なのかもしれん。

ていうか、国会議員やジャーナリストは『職業としての政治』くらい読まんのか。 岩波文庫で、簡単に手に入るのだぞ。

暴力を飼い慣らすために国家というものができて、国家よりも上位の政治システムはまだ出来てないのだから、 国家が暴力を行使する権利を独占するのは当たり前であり、 そのために、文民統制というシステムがある。 その最高司令官が内閣総理大臣だ。 良くできたシステムだ。 それを、否定したいのか、なんなのだろうか。 たとえば頼朝は暴力を独占した。幕府というものだ。なんの正統性もない。しかしうまく機能したのは、 頼朝が、政治の本質を把握してたからだろう。違うかな。

まあしかし、菅直人が、自衛隊の最高司令官だという自覚がなかったのには、苦笑した。

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