民葉和歌集

またまたタイトルを変えてしまった。
[民葉和歌集](/?page_id=4504)。
なんか民謡みたいで変な感じではあるが、
逆に変に作った感じはなく、誰もまだ使ってないみたいなので、
これでしばらくいくことにする。
[民葉和歌集仮名序](/?page_id=4505)を改めて読んでみても、
タイトルとそんな違和感ない。
「くにたみのよろづのことのは」みたいな。
そもそも「くにたみ」なんてのは古語にはなかったと思う。
幕末になって「国民」という概念が輸入されて、
それを大和言葉に翻訳したものだ。
だから時代精神的には適合している。

これ書いたのはおよそ四年前なんだが、
このころのブログを読み返してみると、
丸谷才一の何かを読んだ後孝明天皇御製集を借りてきて読んだようだ。

そんで孝明天皇が勅撰した御製集があったらどうかということを思いついたようだ。
[架空勅撰和歌集](/?p=4494)。
この頃はすでに小説も書き始めていた(将軍放浪記とか)がまだ主に歌を詠んでいたころ。

ていうか幕末から明治初めに活躍した歌人、
というのは、探せばけっこういる。
八田知則とか井上文雄とか橘曙覧とか。
探すのはそれなりに大変だが。

勅撰集を作るわけだから、
それまでの21代の勅撰集に漏れた古い歌をいれるのはいっこうかまわないわけであり、
それこそ柿本人麻呂とか藤原定家の歌を混ぜてみるのもおもしろい。
いろいろ考えるとそれなりに手間がかかる。
まあゆっくりやることにする。

ときどき自分の歌が混ざっててびっくりする。
もうそんな歌を詠んだことなど忘れてしまっていた。

> 花を見て 浮かるる民を 諫むるか みそぎせよとや 春雨の降る

> 夏衣 着て訪ぬれば 九重に 咲き遅れたる 八重桜かな

なんかへんてこな歌だが、
当時の気分としては孝明天皇に捧げた歌というつもりなのだろう。
ちなみに「夏着して」の歌はゴールデンウィーク頃に皇居東御苑、
つまりかつての江戸城本丸に行ったときに、
[御衣黄](/?p=5747)の花を見て詠んだものなのだが、
実はこの花は、
「将軍家の仲人」の中にも出てきて、
徳川家宣がこの花を見て漢詩を作っているのである。

感御衣黄偶成(御衣黄に感じて偶(たまたま)成る)
足下飇風起(足下(そつか)、飇(ひよう)風(ふう)起こり)
渦流吹石砂(渦(か)流(りゆう)、石砂を吹く)
春天猶静謐(春(しゆん)天(てん)、猶(なほ)静(せい)謐(ひつ)にして)
暫得楽残花(暫(しば)し残花を楽しむを得(え)ん)

もちろん家宣が作ったわけではなく私が勝手に作った詩である。
これはも少し後に心臓をやられて入院中にヒマなので漢詩の勉強を始めてから作ったもの。
小さなつむじかぜが起きて地面に散り敷いた桜の花びらを巻き上げながら、足下を過ぎ去っていったのを見て思いついたものである。
足下の花びらをみたあとに、まだ咲き残っている木の上の花を見上げて対句としたのだが、わかってもらえていただろうか。

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