亦不知其所終 田中久三 aka 田中紀峰のサイト。

やまと

07.06.2017 · Posted in 雑感

ヤマトという言葉なのだが、 ヤはおそらく八洲や八百万と同じく「八」(たくさんの)という意味だろうと思う。 トは水戸や江戸や瀬戸と同じく「戸」、つまり入り江という意味だろうと思う。 ではマは何かといえば「まほろば」の「ま」であるかもしれない。 だから漢字表記すれば「八真戸」となるか。

ともかく「八」と「戸」は間違いないように思える。 「山」とはたぶん関係ない。 ヤマトという名は「大和」という内陸部に都ができるようになるずっと以前の名前であろう、 海と関係のある名前であろうと思う。

でまあ、ヤ・アマトがつながってヤマトになったのではなかろうかとも思える。 アマトとはつまりアマノイハト(天の岩戸)のことだ。

天の岩戸というのは、具体的には、岩礁にうがたれた岩窟のようなものではないか。 天の岩屋戸、天の岩屋、天の岩船みな同じ。 宗像神社の奥津宮(沖ノ島)のようなものを考えても良い。

アマトと母音で始まるとおさまりが悪いのでヤ・アマト、ヤマトとなったのではないか。 東シナ海から瀬戸内海に続く多島海のことをヤマトと言っていたような気がする。 つまり、ヤマトと八洲はだいたい同じ意味なんじゃないかとおもう。

あと、ヤマタのおろちのヤマタとヤマトの関連性は疑ってみてよいとおもう。 ヤマタは単に山田かもしれんが。

邪馬台国はヤマト国であり、北九州地方にあったと考えるのが自然だ。

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