枕の山

なんかむしゃくしゃしたので、宣長の「枕の山 桜花三百首」をブログに書き写す。
300首きりではなくて、315首くらいあるようだ。
なんかwordpressではあまり長い文章は書けないようなので、三つに分けた。
[1-100](/?page_id=5429)、
[101-200](/?page_id=5431)、
[200-315](/?page_id=5433)。

思うに、この枕の山は、宣長の歌集の中では特殊で、あまり二条派らしくないのだ。
本人による跋文にもあるように、

> 歌のやうなることどもの、おのづからみそ一文字になりて

> いたくそぞろきたはぶれたるやうなること、はたをりをり混じれる

のであって、みずからこれらを「戯れ歌」のようなものと言っている。
単なる謙遜で書いているのではない。
詠むべきでないものを詠み、残すべきでないものを残した、と言っているのだと思う。
私には京極派の歌のようにすら見える。
それは、宣長にしてみれば、これまで「風雅」とか「詞の美麗さ」などの理性によって完全に押さえつけてきたものであって、

> ゆめかかるさまをまねばむとな思ひかけそ、あなものぐるほし

と、おもしろがる教え子たちを戒めている。
私にはやはりこの枕の山が、宣長の歌集の中では格別に面白いものに思える。
宣長らしくない、というより、宣長が確かに詠んだという証拠がなければ、宣長の歌だとは信じられないような、
そんな歌ばかりなのだ。

> さくら花 水の鏡も 我れながら はづかしからぬ かげと見るらむ

> 春雨に 落つるしづくも なつかしき さくらの花は 濡れてこそ見め

ここらの歌も宣長にしては「情緒的」「現代的」すぎて(たとえば「はづかしからぬ」「ぬれてこそみめ」など)、
かなりきわどいが、しかし宣長が詠んだというならそうかな、と思うけれども、

> 桜花 深き色とも 見えなくに 血潮に染むる 我が心かな

> 我が心 休む間もなく 疲れ果て 春は桜の 奴なりけり

> 桜花 散る間をだにと 思へども 涙にくれて 見えずもあるかな

> 散る花を 見れば涙に かきくれて 夜か昼間か 夢かうつつか

> はつしぐれ 降ればおもほゆ くれなゐの うす花桜 時ならねども

> 死ぬばかり 思はむ恋も さくらばな 見てはしばしは 忘れもやせむ

弟子たちも、まさか宣長がこんな歌を詠むとは思わなかったと思うんだよな。
その異常さを発見したのも、やはり小林秀雄なんだよな。

> さくら花 飽かぬこの世は 隔つとも 咲かば見に来む 天駆けりても

この歌も、ふだんの宣長の死生観から言って、かなり異様だ。
たとえ死んであの世に行ったとしても、飽きぬ桜のあるこの世には、
咲いたと聞いたならば、あの世とこの世が遠く隔たっていたとしても、天を駆けて見に行こう、
などと言っているのだ。
神道ならば人は死ねば黄泉の国に行くだけだ。あるいは浄土思想によるものだろうか。
ともかくも異様な歌だ。

> したはれて 花の流るる 山河に 身も投げつべき ここちこそすれ

たとえばこの歌を、宣長を良く知ってはいるが、この歌(というか枕の山の存在)をたまたま知らない人に見せて、
宣長の歌だということを当てられる人はいないのではなかろうか。

なんかネット調べたらすでに
[枕の山のデジタルデータ](http://www.norinagakinenkan.com/norinaga/shiryo/makuranotama.html)
があった。
わざわざ手入力した私の立場は(笑)。

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