亦不知其所終 田中久三 aka 田中紀峰のサイト。

御衣黄

04.30.2010 · Posted in 写真, 詠歌

飯田橋で電車を降りて、東京大神宮、靖国神社、千鳥ヶ淵、皇居御苑などをぶらぶら歩く。 気持ちの良い一日だった。 最近は、テレビも「パワースポット」などという言葉を流行らせようとしているが、 これは要するに新手の霊感商法のようなもので、 こんなものに荷担するのはいかがなものかと思う。

飯田橋から東京大神宮の間にバーガーキングがあり、昼飯代わりに食べる。 日本で簡単にワッパーが食べられるようになり幸せ。 肉はニュージーランド産なのだな。

それはそうと東京大神宮はもともとは明治政府が作った伊勢神宮の遙拝所から始まり、今のところに移転したものらしい。 昔は高台にあったもののようだが、今やビルに囲まれて伊勢神宮の方角など見えないわけだが。 かつては、神社の前の、南西方向に延びた道が伊勢神宮を遙拝する目的の表参道だったのかもしれない、 今神殿は南面しているので、礼拝する人は伊勢神宮に背を向ける形になる。 遙拝所という意味ではかなりおかしいが、神明神社だと思えば別に変ではない。 神前結婚式がここで始まったというのもなんとなくそんなものかもしれんと思った。 もとは伊勢神宮の出張所で首都布教の拠点だったわけだからな。 その後大正時代になると明治神宮が出来、東郷神社や乃木神社などが出来ていく過程で広まっていったのだろう。 赤福を食べた。 東京大神宮を詠める:

武蔵野の原より はるか神風の 伊勢のやしろを 拝む丘かな

靖国神社は新緑がきれいだった。 八重桜がまだ咲いていた。 いろんな種類の桜があるようだが、花が咲いてないとよくわからない。 特に「吉野桜」というのがソメイヨシノを言うのかヤマザクラを言うのかがわからない。 ソメイヨシノという名前が紛らわしすぎる。 ここの桜は、ぎりぎりまで植え替えないのだろう。 またおそらくは、あまり農薬などは使わないのだろう。 かなり年を取った桜が見られる。 街路樹や公園の桜などは幹が黒々として太くごつごつしている。 ここの桜はどちらかと言えば細く、幹は苔むしていて緑色である。 育て方が根本的に違うと見える。

植ゑられし 古きさくらは 苔むして 朽ち折れてゆく やすくにの庭

苔むして 蟻むれたかる 一筋の 道さへとほる 朽ち桜かな

老いにける 桜なれども 宮人に まもられ保つ 命なるかな

朽ち木立つ このやすくにの 宮の庭 かたへに苗ぞ かつ植ゑらるる

植ゑられて あるがまにまに 生ひ育ち 老い朽ち果つる 宮桜かな

元宮と鎮霊社にもお参りする。 元宮は、京都に作られたほこらを移したというもので、特に問題もないが、 鎮霊社は、「靖国神社本殿に祀られていない霊と、諸外国の戦死者や戦争で亡くなった人の霊が祀られている」 とのことでなにやらただ事ではない。 調べてみると賊軍として死んだ白虎隊の隊員や、西南戦争で死んだ西郷隆盛らが祭られているとのことだった。 靖国神社の献木としては桜が多いとは思うが、そうでない木、たとえばモッコクなどがたくさん植えられている。 何かいわれがあるのだろうか。

鎮霊社を詠める:

やすくにの 庭居に百千 植ゑられし 木の間に暗き 隠れ宮かな

千鳥ケ淵戦没者墓苑。ほとんどひとけがない。比較的新しい施設のように思われる。

御製:

戦なき 世を歩みきて 思ひ出づ かのかたき日を 生きし人々

昭和天皇御製:

国のため いのちささげし 人々の ことを思えば むねせまりくる

千鳥ヶ淵沿いにかえで、西洋かえで、八重桜などが植えてあり、これがまた美しい。 皇居御苑には「御衣黄」という珍しい桜が咲いていたので、 少し写真を撮った。

花の形から八重桜の一種であることがわかる。 花びらに葉緑素があるので、黄色または黄緑色に見えるが、花心はピンク色。 栽培種で、日本全国の庭園など100箇所くらいで見られるという。


宮城の 千鳥が淵に 春たけて 散りそめにける 八重桜かな

大君の 千代田の宮の 苑におふる 浅葱桜の 盛りなるかな

九重の 千代田の苑も いにしへは 日比谷の海の 入り江なりけむ

今に見る 千代田の城の 石組みに もののふの世の いにしへを思ふ

もののふが 開きし海の あとなれや 千鳥が淵の 深き濃緑

春たくる 千鳥が淵を 見渡せば 水面も岸も みな青みたり

花散らす 風は吹けども 夏近き 千鳥が淵に さざなみもなし

城の濠 巡りて走る 外つ国の人は やまとの春を知るべし

外つ国の 人にみせばや 武蔵野の 千代田の城の 春の盛りを

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