鳥羽天皇という人は、よくわからん人だ。 まず、和歌が残っていない。 二十八年間も院政を敷いて、この当時の天皇としては異例だ。 普通、天皇の和歌というものは、何かしら残るものだ。 成人して院政までやっていれば、少なからぬ和歌、もしくは今様などそれに相当するものが残るのが当たり前だろう。 勅撰集も編ませていない。 その上、上皇になった後の妃・得子に皇室の財産の多くを相続させている。 普通皇室の財産は子孫の天皇に相続するものだろう。 白河院の時代から世の中は中央集権から地方分権に転換し、天皇家は日本最大の領主、 以上の存在ではなくなっていた。 その所領を無造作に妻に相続させてしまう。
得子の専制はそれまでの藤原氏外戚というのとも、少し違うような気がする。 鳥羽天皇の死後、保元の乱、平治の乱と、得子を原因とする大乱が二度も起こり、 源平の争乱、鎌倉幕府へと続いていく。
鳥羽天皇や得子のサロンには文化の匂いがまったくない。異様だ。 もしかすると、鳥羽天皇は、相当に暗愚だったのかもしれん。 得子も貪欲ではあっても聡明ではなかったろう。 少なくとも無気力であったのは間違いなかろう。
白河天皇も、崇徳天皇も、後白河天皇も非常に個性的なのに比べて際立っている。 非常に不幸なことだと思う。 日本の黒歴史の始まり、とも言える。 崇徳天皇が挙兵したのも、実は相当深刻な問題をはらんでいたからではなかろうか。