「山田君。悪いがまたこないだの店に行って、本を買ってきてくれないか。」 「こないだって、ああ、あの中野の店ですか?」どうせ学生なんてヒマを持て余しているんだろうと思われているのがシャクだが、あいにく今日は実際ヒマだったので、 「いいですよ、」と答えて、俺はまた教授のために例の店へお使いに行くことになってしまった。 その日、店のシャッターは開いていた。 あのおばあさんは俺のことをまだ覚えているだろうか、もうすっかり忘れているだろうか、今日はなんの話をしようかななどと考えながら、 横開きのアルミサッシのドアをガタガタと開けて本棚の隙間を抜けて一番奥のレジまでいくと、中には例のおばあさんじゃなくて、俺と同い年くらいの女がいた。 「すみません、取り置きの本を」と言いかけると女はチラっとこちらを見て、俺に無言で本を手渡した。 俺も慌てて代金を手渡し、女はお釣りと、領収書を入れた茶封筒を返した。 俺は何か世間話でもしたほうが良いかと思ったが、若い女に話しかけてストーカーかなにかに間違われるのは怖いなと思ったので、何も言わず、 本を物色するようなふりであたりを見回した。 そしたら、洋菓子が入っていた四角いアルミ缶の中に、レジのロール紙が巻かれたような巻物がいくつも詰め込まれているのが目に入った。 輪ゴムで止めてあったりなかったり、太かったり細かったりした。 それは明らかにレシートの控えとか伝票のたぐいではなかった。 その一つをつまみ上げて見てみると、それは縦書き一行で何やら小説のようなものが書かれているのだった。 その文字は手書きではなく、どうやって印刷したかしれないが、何かのインクで印刷されたものだった。 女は俺を睨みつけた。 俺は勝手に読んだので怒られているのだと思い「すみません。つい」と謝った。 「それ、ほしけりゃもってってもいいよ。」と女はぶっきらぼうに言った。 「えっ。これ売り物ですか。」 「タダであげるよ。」 「タダ?」 「そう。」 「なんですこれ。」 女は一瞬黙って、「読んでみりゃわかる。」と言った。 「はあ。」 「あんた、学生?」と女は聞いた。 「ええ、そうです。」 「先生のお使いで来た?」 「まあそんなところです。」 ちょっと気まずい沈黙ができた。 「あなたも学生ですか、この近所の大学の?ここはバイトで?」 女はまたぎろりと俺を睨んだ。しかし俺を避けたり、顔をそむけたりするわけではなさそうだった。 「そうよ。」と女は答えた。 「それじゃ一つもらっていきます。」そう言って俺は、そそくさと帰ることにした。
第3話終わり 第4話に続く