直行直帰の仕事が午前で終わり、俺たち三人は昼飯を食って解散することになった。 「どこにいこうか?」 「せっかくだから生ビールくらい飲もう。ファミレスじゃつまらん。昼からがっつり飲める店はないかな。」 いつものように俺たちはそんなふうに見知らぬ街でよさげな飲み屋を探し始めた。 「平日の昼間から、お酒を飲むんですか?」 咎めるような声でそう言ったのは新人の内山範子だ。 「いいじゃないか。平日の昼間っから酒を飲むからおいしいんだよ。いやね、そもそもまじめに働いて日本経済に貢献している我々平凡なサラリーマンが、平日の昼間っから酒を飲んで人生を謳歌できるようでないと、何のための人生か、何のための日本経済かと思うではないか。」 三十代の上司岸川の持論に範子は露骨に顔をしかめる。 「そうですかあ。」 「いや、じゃあ、イタリアンでワインにしませんか、岸川さん。内山さんは飲みたければ飲めばいいし。」 「そうだなあ。そうしてみるか。」 緑、白、赤のトリコロールの旗を見かけて近寄るとメニューの黒板が立ててあり、地下にバーがあるらしい。 下りてみるとほぼ満席だが、都合良く一つだけテーブルが空いていた。 「すごく盛況だな。みんな有閑マダムばかりだ。」 「斎藤。こういう、住宅地のど真ん中にある街には、主婦を目当てにしたイタリアンバーがたくさんあるのさ。」 「そうですねえ。実際、我々のようなサラリーマンは一人もいない。」 「まったく日本経済というものは、日本社会というものはゆがんでいる。これがイタリアなら、主婦だけじゃなく、普通の勤め人がランチに酒を飲みに来るもんさ。」 「ほんとですか。」 「ああそうさ。」 「どうしてわかるんです。」 「だって「世界の居酒屋」っていうテレビ番組でいつもやってるよ。」 「なんだテレビか。」 しかし実際その光景は異様なものであった。主婦たちが大勢で店を占拠して平日の昼間からワインのボトルを何本も開けているのだから。 「内山もそのうち良い旦那を見つけて専業主婦にでもなりゃあこんなふうに昼間っから酒をかっくらうようになるのさ。」 「そうかもしれませんねえ。」 適当な相づちをうった俺を範子は 「斎藤さん?」 と言って、ぎゅっとにらみつける。テーブルの下で範子は俺の足を踏みつけていた。 俺はグラスワインを一杯だけにしておいて、範子に目配せした。 これから彼女と二人で別の店で飲み直そうというわけだ。 範子は「その前に買い物につきあってもらうわよ」という表情をする。 俺は「良いよ」と返事をする。 別に言葉で言ったわけではなく、目で合図したのだ。むろん岸川にはわからない。
第6話終わり 第7話に続く