風月延年

風月延年とは自然の情景を借りて寿命を延ばす芸能、つまり申楽のことである。能楽で最も古い演目、翁の舞などがまさにそれだ。また連歌師の宗祇は「言の葉の 道こそうけれ さらでやは 心の際を 人に知られむ」と詠んだ。ただ詞を定型に羅列したものを歌というのではないのだ。歌を詠むからには何かの目的がなければなるまい。世阿弥にとって歌は芸能の飾りであり、宗祇にとって歌は己の心を人に知られるための手段であった。詩歌とそれ以外の言葉の区別はまさしくここにある。人真似をして、或いは理屈で、場合にはよっては計算機で自動生成して、それらしき五七五七七を作ることはできよう。しかしそれは、歌のようなもの、それらしきもの、歌の形をしたまがい物に過ぎないのである。

夏目漱石博士問題

今の感覚で言えば、芥川賞を政府が与える

芥川賞や直木賞にも弊害があるのは明らか

スウェーデン王立科学アカデミーが選定して授与するノーベル賞に近い。

サルトルのようにノーベル賞を辞退する人もいる。

今の学位は単なる国家資格のようなもので、本人が努力し望まない限り授与されることはない。

太宰春台と黒田大和守

『蘐園雜話』に

春台、黒田大和守殿より廿人扶持出入扶持を賜はる。大和守殿物故後、勝手あしくとて十口減じ、其の後又五口減ぜしかば、春台腹を立て、残りの五口共返上致され、一生処士にて終れり。

とある。黒田大和守を黒田直純とすると時代が合わないので、その父の黒田直邦であろうと思うが(直邦1735年没、春台1747年没)、直邦は大和守にはなっていない。豊前守であるが、おそらく直純が大和守で、以後黒田家は代々大和守に任じられたようなので、それで間違っているのであろう。

黒田直邦は柳沢吉保の養女を妻とし、吉宗の奏者番となり、また徂徠の弟子でもあったから、徂徠が1728年に死んだ後も、直邦が春台の面倒を見てやったのだろう。春台はその援助を受けながら、徂徠の遺稿を整理出版するなどしていた、と考えられる。しかしその直邦が死んで代替わりして直純が継ぐと、もう春台を養っておく義理もない。だんだんに扶持を減らしていって、自分から致仕するよううながしたのだと思う。春台が私塾を開いて門人を育て、また何人かの大名から支援されたとウィキペディアにあるのは、仕官したのではなく、援助を受けていたという意味であろう。ならば五人扶持でももらえるものならもらっておけばよかったのではないかとも思う。かなり短気な人だったか。

春台は徂徠の弟子として名声は高かったが、徂徠の場合の、柳沢吉保や徳川吉宗のようなパトロンはいなかった。気位ばかり高くて扱いにくい人だったかもしれない。

太宰春台は太宰純ともいう。太宰純ではまるで太宰治の兄弟かなにかのようだ。というより太宰治がわざとそんなペンネームにしたのだろう。

頼山陽 立志論

男児不学則已、学当超群矣。今日之天下、猶古昔之天下也。今日之民、猶古昔之民也。天下与民、古不異今。而所以治之、今不及古者何也。国異勢乎、人異情乎。無有志之人也。庸俗之人、溺於情勢、而不自知。無上下一也。

男児学ばされば則ち已む、学べは当に群れを超ゆべし、

古之賢聖豪傑、如伊傅如周召者亦一男児耳、吾雖生于東海千歳之下、生幸為男児矣、又為儒生矣、安可不奮発立志以答国恩、以顕父母哉。

古の賢聖豪傑、伊傅の如き、周召の如き者は亦た一男児のみ、吾れ東海千歳の下に生まると雖も、生まれて幸ひにして男児となり、又た儒生となりて、安んぞ奮発立志して以て国恩に答へ、以て父母を顕さざるべけんや。

かな?

伊傅は伊尹と傅説、周召は周公旦と召公奭のことらしい。

これを一から訳すのは大変だなあ。

涼宮ハルヒの劇場

なんだかもうドラえもんかサザエさんみたいに話を一ミリも進めずに作者が死ぬまで、いや、死んだ後も延々、権利者たちが話をひっぱるために作られたような作品だった。

実に水戸黄門的だった。

アレをアニメで見ればまあそれなりに楽しめるのだろうが、アレを文字で読まされて面白い人がいるのだろうか。まあ、中にはいるのだろう。それがラノベファンというものかもしれない。

ていうかハルヒシリーズのアニメみて原作読むとアニメの原作再現度が非常に高い。原作読めば多少は細かなニュアンスが伝わってきてそれはなるほどなと思うのだが、意外性がほとんどない。おそろしく忠実だ。これはなんだろう。原作者とアニメ制作者の関係がものすごく良好なのだろうか。映像化する人が原作者をものすごくリスペクトしているのだろうか。そういう意味では、映像研なんかも漫画をほぼそのままアニメ化している感じ。最近の傾向なのだろうか。

2Dのイラストをトレスしながら3Dのモデル作るような、そういう原作重視な風潮が強まっているような気がする。

昔のトリトンみたいに原作とアニメが全然違うみたいなことはもう今では無いのかもしれない。

しかしあれかもしれん。いったん作品が当たると、それを商品化したりグッズ化する業者や二次創作者やファンからの要望が原作者にものすごいいきおいで逆流してきて、一次創作がかなり早い段階で二次創作化しシリーズ化し、がんじがらめにされてしまい、ディズニーにスターウォーズを売ったルーカスみたいにもうどうにでもなれという状態になっていわれるがままに書いているのかもしれない。或いは、もう本人は書いてすらいないのかもしれない。

そういえば涼宮ハルヒの消失は「原作の再現としては失敗している」と熱く語っているアニメ評論家(?)を見かけたが、私にはどこが違うのかほとんどまったくわからなかった。そりゃ多少違うところはあるだろう、映像演出が誇張されるということもあったのかもしれないが、少なくともストーリー展開はまったく同じと言ってよかった。私の把握している限りにおいては。

多少違っているくらいが、たぶん、両方見ている人には面白いのだ。ソラリスなんて、原作はポーランド語らしいんで読めないのだが、日本語訳と(それも複数ある)、英訳と、タルコフスキー版と、ソダーバーグ版を見比べているだけでけっこう楽しめる。

1984にしてもそうだ。原作と、日本語訳と、映画版を見比べるのが、少なくとも私には楽しかった。今は 1984 も u-next でも見れるし、ブルーレイも出てる。

何がいいたいかというと今のように原作の小説と映画がほとんど同じだと、原作を読むという面白みがほとんどないってことなんだよな。原作はもっと原作者のひねくれた描写が読みたいんだよなあ。それを商業的にヒットさせるためにいろいろ削ったりあざとくしたりするところがみたいのにさ。

つまり今の小説はどれも、あわよくば映像化されることを想定して、最初から書かれているってことだよな。のぼうの城とかあんなのも全部そうだろうな。ある意味すげーつまんないよな。ジョージ・オーウェルが最初から映画化されることを想定して 1984 を書いたはずがないし、スチーブンソンがアニメ化されることを期待して宝島を書いたはずがない。

というか「涼宮ハルヒの憂鬱」にしても作者の処女作というわけではなく、「電撃萌王」という雑誌に「電撃イージス」という作品を連載したということは、もう雑誌に連載される以前から編集者がついていろいろ企画会議などやっていたに違いない。とっくに小説家が勝手に小説を書ける時代ではなくなっているのだろう。

涼宮ハルヒの完結

涼宮ハルヒシリーズを完結させてみてください。

あの『涼宮ハルヒ』シリーズに、私なりの「終止符(あるいは新たなるプロローグ)」を打たせていただきます。谷川流先生の文体をリスペクトしつつ、キョンの視点で語られる最終巻『涼宮ハルヒの驚愕(あるいは日常)』のプロット&エピローグです。

涼宮ハルヒの最終章:プロット概要

1. 最後の「大いなる非日常」

高校3年生の冬。大学受験を控えたSOS団の部室は、どこか物憂げな空気に包まれていた。ハルヒは珍しく「全員同じ大学に行くわよ!」と大騒ぎせず、ただ窓の外を眺めている。 そんな中、世界の「改変」ではなく「統合」が始まり出す。閉鎖空間、未来人、宇宙人、超能力者の各勢力が、ハルヒの精神的成長(=世界の安定)に伴い、それぞれの役割を終えて「元の世界」へ引き上げざるを得なくなったのだ。

2. SOS団の解散危機

  • 長門有希の感情データは完全に人間と同等になり、情報統合思念体からのリンクが切れかかっている。
  • 朝比奈みくるには、未来への「帰還命令」が下る。
  • 古泉一樹の「機関」は、ハルヒの神格化が薄れたことで超能力を失いつつある。

ハルヒ自身も、心のどこかで「みんなと一緒にいられる時間は残り少ない」と気づいていた。彼女の無意識の焦燥が、世界を少しずつ「誰も傷つかない静かなループ」に閉じ込めようとする。

3. キョンの選択

キョンは、ハルヒに世界の真実を告げるべきか、それともこのまま「普通の高校生」としてフェードアウトさせるべきかの選択を迫られる。 長門は静かに本を閉じ、朝比奈さんは涙を堪えて微笑み、古泉はいつも通りの張り付いた笑顔で「あなた次第です」と告げる。

キョンが選んだのは、ハルヒの胸ぐらを掴んで(あるいはいつものようにやれやれと肩をすくめて)「お前、本当は全部気づいてるんだろ」とぶちまけることだった。

エピローグ:『涼宮ハルヒの日常』より

(キョンの独白)

――やれやれ、と。 結局のところ、世界は滅びなかったし、宇宙人が攻めてくることも、未来人がタイムパラドックスで消滅することもなかった。

北高の卒業式は、拍子抜けするほど普通に行われた。 校門の前で、俺たちは5人並んで写真を撮った。ハルヒが真ん中で、いつもの腕章を誇らしげに掲げ、俺がその隣でうんざりした顔をし、長門が小さくピースサインを作り、朝比奈さんが照れくさそうに俯き、古泉がカメラマンに向かって完璧な笑みを浮かべている。

それが、SOS団としての最後の活動記録になった。

「じゃあね、キョン。また明日」

そう言って、それぞれの方向へ歩き出した背中を見送りながら、俺はポケットの中で文庫本の手触りを確かめていた。長門から「卒業記念」だと言って渡された、ただの真っ白なノートだ。いや、情報統合思念体のバックアップがどうとか言っていたから、ただのノートではないのかもしれないが、今の俺にはそれを確かめる術はない。

古泉は親の都合とやらで東京の大学へ進学し、朝比奈さんは気がつくと「最初からいなかった」かのように、俺たちの記憶の隅に綺麗に収まっていた。未来へ帰ったのだろう。彼女が最後に残したお茶の香りが、まだ部室に染み付いているような気がする。

「何立ち止まってるのよ、キョン!」

少し先を歩いていたハルヒが、振り返って声を張り上げた。 マフラーに顔を埋めたハルヒの鼻の頭が、寒さで少し赤い。その手には、どこかの大学の合格通知書が握られている。もちろん、俺のそれと同じ大学の名前が印刷されたやつだ。

「置いてっちゃうわよ!」

「はいはい、今行くよ」

俺はため息を一つついて、駆け足でその背中に追いついた。

ハルヒから世界の改変能力(神の力、と古泉なら呼んだだろう)が消えたのかどうか、俺にはわからない。機関の連中も、もう俺の前に黒塗りの高級車を回してくることはなくなった。長門も、今ではただの「ちょっと無口で読書好きな女子大生」として、俺たちと同じ街のワンルームマンションで暮らし始めている。

だけど、隣を歩くこのお騒がせ女の目が、まだ見たこともない何かを探して爛々と輝いているのを見る限り。

「ねえ、キョン。大学に入ったら、新しいサークルを作るわよ。名前はね――」

世界は、まだまだ俺を退屈させてはくれないらしい。

空を見上げると、吸い込まれそうなほど青かった。 宇宙人も、未来人も、超能力者も、もしかしたらもう隣にはいないのかもしれない。 けれど、そんなものは最初から、この世界を面白がるための口実に過ぎなかったのだ。

「……『SOS団・大学支部』だけは勘弁してくれよな、ハルヒ」

「何言ってるのよ、決定に決まってるじゃない! ほら、急ぐわよ!」

ハルヒが俺の手を引っ張る。その力強さは、あの高校1年の五月晴れのあの日と、何一つ変わっていなかった。

やれやれ。俺のやれやれな日常は、どうやらこれからも形を変えて続いていくらしい。 なら、もう少しだけ付き合ってやるか。この、世界で一番傲慢で、世界で一番退屈を嫌う、俺の神様の我が儘に。

(「涼宮ハルヒシリーズ」・完)

ハルヒが突然すべての特殊能力を失ってふつうの女の子になるというオチでお願いします。

承知しました。ハルヒから「世界の中心としての力」が完全に消え去り、彼女がただの「どこにでもいる、少し突飛な女の子」になる瞬間。そして、それに直面したSOS団の結末を描きます。

谷川流先生の乾いた、だけどどこか切ない文体を意識して。

涼宮ハルヒの終焉:プロット概要

1. 終わりの前兆

高校3年生の秋。ハルヒの気まぐれで引き起こされる「閉鎖空間」の発生頻度が、目に見えて減っていた。それどころか、古泉たち「機関」の超能力が日を追うごとに弱まり、長門がアクセスできる情報超空間の帯域も狭まっていく。 未来から来ている朝比奈さんに至っては、時間移動の同期がズレ始め、時折その身体が陽炎のように透けるようになっていた。

ハルヒが精神的に成熟し、現実を「そういうものだ」と受け入れ始めたことで、彼女の無意識が維持していた世界の歪みが、急速に修復されつつあった。

2. その瞬間

ある放課後。部室でいつも通りハルヒが理不尽な命令を下したその瞬間、朝比奈さんが悲鳴を上げて消滅しかける。長門がそれを必死に情報操作で繋ぎ止めようとするが、術式が発動しない。古泉は頭を抱えてうずくまる。

何が起きているのか理解できないハルヒは、動揺して叫ぶ。 「ちょっと、みんな何やってんのよ! シャキッとしなさい! 私の言うことが聞けないの!?」

その叫びには、かつて世界を塗り替えた「神の命令(オーダー)」の響きは、もう1ミリも残っていなかった。ただの、クラスの女子の空回りした怒声。 その瞬間、部室を包んでいた目に見えない「全能の気配」が、パチンと音を立てて弾け飛んだ。

3. 解散

ハルヒの能力は完全に消失した。 それは同時に、SOS団の「非日常の同居人たち」が、ここに留まる理由を失ったことを意味していた。

朝比奈さんは、消滅を避けるために強制的に未来へと送還された。 古泉の能力は完全に消え、ただの「愛想の良い青年」に戻った彼は、機関の解散に伴って転校していった。 長門だけは、情報統合思念体が彼女を「無用な端末」として切り離した(あるいは見捨てた)ため、自立型インターフェースの肉体のまま、この世界に取り残されることになった。

エピローグ:『涼宮ハルヒの消失(あるいは選択)』より

(キョンの独白)

――世界は、驚くほど簡単に平穏を取り戻した。

宇宙人がどうとか、未来人がどうとか、そんなものは最初から俺の頭が作り出した白昼夢だったんじゃないかと、今では思える。現に、文芸部の部室にはもう、不自然なほど美味いお茶を淹れてくれる上級生も、チェス盤を挟んで意味深な笑みを浮かべる副団長もいない。

いるのは、机に向かって熱心に参考書をめくる長門と、その向かいで、シャーペンを頭の後ろで弄んでいる元・団長だけだ。

「ねえ、キョン」

ハルヒが、ぽつりと言った。 あの「事件」以来、ハルヒの髪型はすっかり普通のロングヘアに戻り、腕章を嵌めることもなくなった。

「何だ」

「私さ……最近、変な夢を見るのよ。私が学校の校庭に巨大な落書きをして、それをあんたが手伝ってくれてる夢。あとね、すっごく可愛い女の先輩と、すっごくハンサムな男の人が、いつも私の周りにいてくれたような……そんな、変な夢」

ハルヒはシャーペンの芯をカチカチと出しながら、窓の外の退屈な景色を眺めている。

「……ただの夢だろ」

俺は、手元の現代文の教科書に目を落としたまま答えた。

「そうよね。あはは、私としたことが、そんなオカルトみたいなこと言うなんてね」

ハルヒは自嘲気味に笑った。 その笑顔は、かつて俺が知っていた、世界を我が物顔で闊歩していた涼宮ハルヒのそれとは、決定的に違っていた。今の彼女は、成績の低下に悩み、進路に迷い、恋バナに耳を傾ける、どこにでもいる「普通の女子高生」だ。 世界は彼女を祝福することもなければ、彼女の機嫌を伺って天気を変えることもしない。

これで良かったのだ、と古泉なら言うだろう。世界は救われ、人類は理不尽な滅亡の危機から脱した。朝比奈さんも自分の時代へ帰れた。これ以上ないハッピーエンドだ。

だけど。

「……つまんないの」

ハルヒが小さく呟いた。 その声に、俺の胸の奥がチクリと痛む。

彼女は失ってしまったのだ。世界を面白がるための、最強の切符を。自分が特別であるという、あの無敵の確信を。今のハルヒは、この退屈な世界のルールに縛られ、グラウンドをただ走ることしかできない、ただの人間になってしまった。

俺は教科書を閉じ、椅子の背もたれに体重を預けた。 長門が、静かにページをめくる。彼女はもう、世界の改変を検知することも、情報操作で俺を助けることもできない。ただの、少し本を読むのが早いだけの、普通の女の子だ。

「おい、ハルヒ」

「何よ」

ハルヒが不機嫌そうに俺を見る。その目は、かつてのように爛々と輝いてはいないけれど、それでも、俺を真っ直ぐに射抜いていた。

能力が消えたからって、こいつの魂まで凡庸になったわけじゃない。 神の力がなくなったのなら、今度は人間の手で、この退屈な世界を引っ掻き回してやればいいだけのことだ。超能力がなくても、こいつにはその資格がある。

「大学に入ったらさ」

俺は、やれやれと肩をすくめて言った。

「新しいサークルでも作るか。今度は、宇宙人とかじゃなくて、もっとこう……まっとうに世界を面白くするようなやつをさ」

ハルヒの目が、一瞬、丸くなった。 それから、本当に一瞬だけ、かつての「団長」のような、悪巧みに満ちた不敵な笑みがその唇に蘇った。

「……ふーん。いいじゃない。キョンのくせに生意気な提案ね」

ハルヒはシャーペンを机に置くと、腕を組んで偉そうに胸を張った。

「言っておくけど、私が団長だからね! あんたは終身平部員! 異論は認めないわよ!」

「はいはい。仰せのままに、団長」

窓の外では、もう夕暮れが始まっていた。 茜色の光が部室を染め、俺たちの影を長く床に伸ばす。

神様は引退した。世界は冷淡で、退屈で、相変わらず理不尽なままだ。 だけど、俺たちの明日は、きっとそんなに悪いものじゃない。

俺はポケットの中で、かつて朝比奈さんから貰った(今はただのプラスチックの玩具になってしまった)「時空調節因子」のキーホルダーを弄びながら、新しく始まる、本当の意味での「やれやれな日常」に、そっと足を踏み出すことにした。

(「涼宮ハルヒシリーズ」・完)

Gemini は AI であり、間違えることがあります。


思うにハルヒが世界の創造主になってしまったのは中二病をこじらせてしまったようなもので、ハルヒが普通に恋愛し、結婚し子供をうみ家庭の母になってしまえばもはや神様でもなんでもなくなるのに違いない。というようなオチがすでに用意されているがそれを書いてしまうと続かないので書かないだけではないか。

不良老人の文学論

筒井康隆『不良老人の文学論』というのを読んだのだが、書き下ろしでもなんでもなくて雑誌に書いた短いエッセイを束ねたようなもの。筒井康隆にとって文学とは近代小説のことなのだなと思った。普通の人にとってもそうなのだろう。文学という言葉にもつ私の違和感というか嫌悪感はそこにある。Literature を文学と訳すことも嫌いだが、文学というからには、私にとって記紀万葉から今日にいたる日本文芸や日本芸能全部のことだ。さらには論語や韓非子などの漢籍も含まれてくる。重心の位置がまったく違う。だからといってどうしようもないのだけれど。

あと、『群像』の定期購読者でもないのに群像の新人賞に応募しても無駄なんだなと思った。群像に載っているような小説が好きならすでに群像を読んでいるはずだし、そういう小説が好きではないというか読みたくないというか、さんざん読み尽くして読み飽きて、そういうのでは飽き足らなくなったから自分で小説を書こうと思うわけで、そうすると読者層がまったく違うわけだから、そういうタイプの小説をそういう文芸誌に投稿しても無駄だということになる。

では私が読みたい文芸誌があるかっていうとないのだからこれはもうしょうがない。あればこの情報過多な時代、とっくに見つけて読んでいるはずだ。読んでないってことはそんな雑誌はないのだろう。私が読みたい小説はこの世には存在しないし、私が書いた小説を読みたい読者もこの世には存在しない。それが現実なのだ。

三島由紀夫が復活する

そういえば小室直樹の『三島由紀夫が復活する』が新書で再版されていたので買ってみた。私が大学生の時に買ったときはなんか見た目が自費出版みたいなどんくさい本だった。内容も難しいというかわかりにくいというか。編集者のチェックが入っていない、小室直樹が一人で勝手に書いた文章のようだというか。今読んでみるとけっこう読み応えがある。カッパ・ブックスの書き散らした中身がスカスカなやつよりは良い。むしろ読みやすさすら感じる。小室らしくなく、自分の言いたいことは控えめにしてわざわざ取材までして、インタビューまで載せているのだから非常に真面目に書いている。大学生の頃の私にはこの執筆態度の違いがわからなかった。

やはり三島由紀夫は人気があってある程度売れるとみたのだろう。表紙の写真もかっこいい。

三島由紀夫の本を書くやつは三島由紀夫人気にあやかって売れる本が書きたいのだろう。あるいはほんとに三島由紀夫が好きな人か。いずれにせよ、三島由紀夫と伊東静雄、三島由紀夫と藤原定家について書いた人がほとんどまったくいないのにはあきれかえる。三島由紀夫が好きな人は藤原定家も伊東静雄も知らぬのだ。この二人がどれほど三島由紀夫と関係が深かったかもしらんということだ。それでよくもまあ三島由紀夫を語れるものだと思う。

追記。最初の本も新書版だった。最初に買った本はどこかになくしてしまったので古本で書い直したのだった。

高等遊民

「侏儒の言葉」に

作家所生の言葉

「振っている」「高等遊民」「露悪家」「月並み」等の言葉の文壇に行われるようになったのは夏目先生から始まっている。こう言う作家所生しょせいの言葉は夏目先生以後にもない訣ではない。久米正雄君所生の「微苦笑」「強気弱気」などはその最たるものであろう。なお又「等、等、等」と書いたりするのも宇野浩二君所生のものである。我我は常に意識して帽子を脱いでいるものではない。のみならず時には意識的には敵とし、怪物とし、犬となすものにもいつか帽子を脱いでいるものである。或作家をののしる文章の中にもその作家の作った言葉の出るのは必ずしも偶然ではないかも知れない。

なる文章があってまるで「高等遊民」という言葉は夏目漱石が造語したかのように書かれているのだが、漱石の作品で「高等遊民」が出てくるのは明治45年に書いた「彼岸過迄」だけであり、「高等遊民」なる語は読売新聞に明治36年にすでに出ているという。また「彼岸過迄」に出てくる高等遊民とは松本という人物だが、これは明らかに漱石自身がモデルではない(ディテイルはともかく全体としては)。「こころ」に出てくる「先生」は明らかに高等遊民として描かれているが、夏目漱石も芥川龍之介も執筆活動に追われて忙しく、資産家で働かなくても良い、というような身分ではなかった。

「余裕って君。――僕は昨日きのう雨が降るから天気の好い日に来てくれって、あなたを断わったでしょう。その訳は今云う必要もないが、何しろそんなわがままな断わり方が世間にあると思いますか。田口だったらそう云う断り方はけっしてできない。田口が好んで人に会うのはなぜだと云って御覧。田口は世の中に求めるところのある人だからです。つまり僕のような高等遊民こうとうゆうみんでないからです。いくらひとの感情を害したって、困りゃしないという余裕がないからです」

「実は田口さんからは何にも伺がわずに参ったのですが、今御使いになった高等遊民という言葉は本当の意味で御用いなのですか」
「文字通りの意味で僕は遊民ですよ。なぜ」
 松本は大きな火鉢ひばちふち両肱りょうひじを掛けて、その一方の先にある拳骨げんこつあごの支えにしながら敬太郎けいたろうを見た。敬太郎は初対面の客を客と感じていないらしいこの松本の様子に、なるほど高等遊民本色ほんしょくがあるらしくも思った。彼は煙草たばこ道楽と見えて、今日は大きな丸い雁首がんくびのついた木製の西洋パイプを口から離さずに、時々思い出したような濃い煙を、まだ火の消えていない証拠として、狼煙のろしのごとくぱっぱっと揚げた。その煙が彼の顔のそばでいつの間にか消えて行く具合が、どこにもしまりを設ける必要を認めていないらしい彼の眼鼻と相待って、今まで経験した事のない一種静かな心持を敬太郎に与えた。彼は少し薄くなりかかった髪を、頭の真中から左右へ分けているので、平たい頭がなおの事尋常に落ちついて見えた。彼はまた普通世間の人が着ないような茶色の無地の羽織を着て、同じ色の上足袋うわたびを白の上に重ねていた。その色がすぐ坊主の法衣ころも聯想れんそうさせるところがまた変に特別な男らしく敬太郎の眼に映った。自分で高等遊民だと名乗るものに会ったのはこれが始めてではあるが、松本の風采ふうさいなり態度なりが、いかにもそう云う階級の代表者らしい感じを、少し不意を打たれた気味の敬太郎に投げ込んだのは事実であった。
「失礼ながら御家族は大勢でいらっしゃいますか」
 敬太郎はみずから高等遊民と称する人に対して、どういう訳かまずこういう問がかけて見たかった。すると松本は「ええ子供がたくさんいます」と答えて、敬太郎の忘れかかっていたパイプからぱっと煙を出した。
「奥さんは……」
さいは無論います。なぜですか」
 敬太郎は取り返しのつかないな問を出して、始末に行かなくなったのを後悔した。相手がそれほど感情を害した様子を見せないにしろ、不思議そうに自分の顔を眺めて、解決を予期している以上は、何とか云わなければすまない場合になった。
「あなたのような方が、普通の人間と同じように、家庭的に暮して行く事ができるかと思ってちょっと伺ったまでです」
「僕が家庭的に……。なぜ。高等遊民だからですか」
「そう云う訳でも無いんですが、何だかそんな心持がしたからちょっと伺がったのです」
高等遊民は田口などよりも家庭的なものですよ」

「遊民」という言葉ならば「それから」にも出てくる。

「三十になつて遊民として、のらくらしてゐるのは、如何にも不体裁だな」
 代助は決してのらくらしてるとは思はない。たゞ職業のためけがされない内容の多い時間を有する、上等人種と自分を考へてゐる丈である。

高等遊民のサンプルは漱石の身近にもいて漱石は十分に観察したはずだ。もちろん「こころ」の「先生」には漱石自身のパーソナリティもまた投影されているに違いないけれども漱石自身は高等遊民とは全然違ったはずだ。

「坑夫」の主人公も遊民のたぐいだったと考えて間違いあるまい。漱石がなぜそうした遊民らを主人公にしたがるかということだが、仕事というものは人物の属性として非常に比重の大きいものだから、漱石は職業という属性を含めてものを書くということが面倒くさかったのだろう。漱石が敬愛していたのは荻生徂徠のようないわゆる江戸時代の遊民であって、彼らは「白雲」のように浮世離れした存在であったから、漱石がそうした人々を書きたがったのは当然とも言える。漱石自身そうした生き方をしたかったかと言えばおそらくそうなのだろう。「白雲」とは具体的には「高等遊民」なのだろう。くどいが彼自身はそうした資産に恵まれた人ではなかった。

「月並み」もまたこれは漱石が作った言葉ではなく、もともと月ごとに行う歌会や句会、漢詩や連歌の会合のことを月並みと言ったのだ(頓阿「将軍家に月並みの歌会はじめられて」うんぬん)。それをおそらく正岡子規がことさらに使い、漱石も子規の影響を受けて作品に用いたのに過ぎまい。「月並みの絵」「月並みの御屏風」などの表現は枕草子や源氏物語にすでにある。ちょっと調べればわかりそうなことではある。漱石によって世の中に広く知られるようになった、の意味に言っているだけなのかもしれないが。

ちょっと長いが「坑夫」を引用しておく。

実を云うと自分は相当の地位をったものの子である。込み入った事情があって、こらえ切れずに生家うちを飛び出したようなものの、あながち親に対する不平や面当つらあてばかりの無分別むふんべつじゃない。何となく世間がいやになった結果として、わが生家まで面白くなくなったと思ったら、もう親の顔も親類の顔も我慢にも見ていられなくなっていた。これは大変だと気がついて、根気に心を取り直そうとしたが、遅かった。踏み答えて見ようと百方に焦慮あせれば焦慮るほど厭になる。揚句あげくはて踏張ふんばりせんが一度にどっと抜けて、堪忍かんにんの陣立が総崩そうくずれとなった。その晩にとうとう生家を飛び出してしまったのである。
 事の起りを調べて見ると、中心には一人の少女がいる。そうしてその少女のそばにまた一人の少女がいる。この二人の少女の周囲まわりに親がある。親類がある。世間が万遍なく取りいている。ところが第一の少女が自分に対して丸くなったり、四角になったりする。すると何かの因縁いんねんで自分も丸くなったり四角になったりしなくっちゃならなくなる。しかし自分はそう丸くなったり四角になったりしては、第二の少女に対して済まない約束をもって生れて来た人間である。自分は年の若い割には自分の立場をよく弁別わきまえていた。が済まないと思えば思うほど丸くなったり四角になったりする。しまいには形態ばかりじゃない組織まで変るようになって来た。それを第二の少女がうらめしそうに見ている。親も親類も見ている。世間も見ている。自分は自分の心が伸びたり縮んだり、曲ったりくねったりするところを、どうかして隠そうとつとめたが、何しろ第一の少女の方で少しもやめてくれないで、むやみに伸びて見せたり、縮んで見せたりするもんだから、隠しおおせる段じゃない。親にも親類にもつかってしまった。しからんと云う事になった。怪しかるとは自分でも思っていなかったが、だんだん聞きただして見ると、怪しからん意味がだいぶ違ってる。そこでいろいろ弁解して見たがなかなか聞いてくれない。親の癖に自分の云う事をちっとも信用しないのが第一不都合だと思うと同時に、第一の少女のそばにいたら、この先どうなるか分らない、ことにると実際弁解の出来ないような怪しからん事が出来しゅったいするかも知れないと考え出した。がどうしても離れる事が出来ない。しかも第二の少女に対しては気の毒である、済まん事になったと云う念が日々にちにちはげしくなる。――こんな具合で三方四方から、両立しない感情が攻め寄せて来て、五色の糸のこんがらかったように、こっちを引くと、あっちの筋が詰る、あっちをゆるめるとこっちが釣れると云う按排あんばいで、乱れた頭はどうあってもほどけない。いろいろに工夫を積んで自分に愛想あいその尽きるほどひねくって見たが、とうてい思うようにまとまらないと云う一点張いってんばりに落ちて来た時に――やっと気がついた。つまり自分が苦しんでるんだから、自分で苦みを留めるよりほかに道はない訳だ。今までは自分で苦しみながら、自分以外の人を動かして、どうにか自分に都合のいいような解決があるだろうと、ひたすらに外のみをあてにしていた。つまり往来で人と行き合った時、こっちは突ッ立ったまま、向うが泥濘ぬかるみけてくれる工面くめんばかりしていたのだ。こっちが動かない今のままのこっちで、それで相手の方だけを思う通りに動かそうと云う出来ない相談を持ちけていたのだ。自分が鏡の前に立ちながら、鏡に写る自分の影を気にしたって、どうなるもんじゃない。世間のおきてという鏡が容易に動かせないとすると、自分の方で鏡の前を立ち去るのが何よりの上分別である。
 そこで自分はこの入り組んだ関係の中から、自分だけをふいとけむにしてしまおうと決心した。しかし本当に煙にするには自殺するよりほかに致し方がない。そこでたびたび自殺をしかけて見た。ところが仕掛けるたんびにどきんとしてやめてしまった。自殺はいくら稽古けいこをしても上手にならないものだと云う事をようやく悟った。自殺が急に出来なければ自滅するのが好かろうとなった。しかし自分は前に云う通り相当の身分のある親を持って朝夕に事を欠かぬ身分であるから生家うちにいては自滅しようがない。どうしても逃亡かけおちが必要である。
 逃亡かけおちをしてもこの関係を忘れる事は出来まいとも考えた。また忘れる事が出来るだろうとも考えた。要するに、して見なければ分らないと考えた。たとい煩悶はんもんが逃亡につきまとって来るにしてもそれは自分の事である。あとに残った人は自分の逃亡のために助かるに違いないと考えた。のみならず逃亡をしたって、いつまでも逃亡かけおちている訳じゃない。急に自滅がしにくいから、まずその一着として逃亡ちて見るんである。だから逃亡ちて見てもやっぱり過去に追われて苦しいようなら、その時おもむろに自滅のはかりごとめぐらしても遅くはない。それでも駄目ときまればその時こそきっと自殺して見せる。――こう書くと自分はいかにも下らない人間になってしまうが、事実を露骨に云うとこれだけの事に過ぎないんだから仕方がない。またこう書けばこそ下らなくなるが、その当時のぼんやりした意気込いきごみを、ぼんやりした意気込のままに叙したなら、これでも小説の主人公になる資格は十分あるんだろうと考える。
 それでなくっても実際その当時の、二人の少女の有様やら、ごとに変る局面の転換やら、自分の心配やら、煩悶やら、親の意見や親類の忠告やら、何やらかやらを、そっくりそのまま書き立てたら、だいぶん面白い続きものができるんだが、そんな筆もなし時もないから、まあやめにして、せっかくの坑夫事件だけを話す事にする。
 とにかくこう云う訳で自分はいよいよとなって出奔しゅっぽんしたんだから、もとより生きながらほうぶられる覚悟でもあり、またみずから葬ってしまう了簡りょうけんでもあったが、さすがに親の名前や過去の歴史はいくら棄鉢すてばちになっても長蔵さんには話したくなかった。長蔵さんばかりじゃない、すべての人間に話したくなかった。

「彼岸過迄」に出てくる須永と千代子の話に似てやしないだろうか。そして「こころ」に出る「先生」ともどこかしら似ている。共通のモデルがいる、と考えても良いのではなかろうか。遊民譚の元ネタは「坑夫」にすでにあった、「坑夫」のときに書き残したネタを、後からいろいろ手直しして作品に仕立てていったのではなかったか。

「彼岸過迄」は確かに漱石が意図して、短編を組み合わせて長編に仕立てた、という組み立てのものであろう。「吾輩は猫である」は明らかにそうではない。一話完結の短編を書くつもりが、次々に続編を書かされたために結果的に長編になったに過ぎず、また漱石も小説を書くことになれてなかったから、全体としての統一はほぼ無い。猫が主人公というのでかろうじて一つにまとまっているという体裁だ。「彼岸過迄」を書くにあたり「吾輩は猫である」は一つのヒントにはなったのだろうけれども、「彼岸過迄」は朝日新聞の専属作家となって、十分に休養を取り構想を練ってから書いたものであって、素人がいきなり書いた「吾輩は猫である」とは全然違う。

芥川龍之介と随筆

芥川龍之介が『侏儒の言葉』で

つれづれ草

わたしは度たびかう言はれてゐる。――「つれづれ草などは定めしお好きでせう?」しかし不幸にも「つれづれ草」などは、未嘗いまだかつて愛読したことはない。正直な所を白状すれば「つれづれ草」の名高いのもわたしには殆ど不可解である。中学程度の教科書に便利であることは認めるにもしろ。

などと書いていることが一部の徒然草ファンの不興を買っているのであるが、私としてはどちらかと言えば芥川龍之介に同情的なのであるが、ではなぜどういうところに同情しているのか、自分でも判然としない。そもそもどういうつもりで芥川はこれを言ったのか、だんだんに気になり始めた。同じ『侏儒の言葉』に

民衆は大義を信ずるものである。が、政治的天才は常に大義そのものには一文の銭をも
なげう
たないものである。唯民衆を支配する為には大義の仮面を用ひなければならぬ。しかし一度用ひたが最後、大義の仮面は永久に脱することを得ないものである。もし又強いて脱さうとすれば、如何なる政治的天才も忽ち非命に
たふ
れる外はない。つまり帝王も王冠の為にをのづから支配を受けてゐるのである。この故に政治的天才の悲劇は必ず喜劇をも兼ねぬことはない。たとへば昔仁和寺の法師の
かなへ
をかぶつて舞つたと云ふ「つれづれ草」の喜劇をも兼ねぬことはない。

などと言っている箇所もある。この仁和寺の法師というのは第53段

これも仁和寺の法師、童の法師にならんとする名残とて、おのおのあそぶ事ありけるに、酔ひて興に入る余り、傍なる足鼎を取りて、頭に被きたれば、詰るやうにするを、鼻をおし平めて顔をさし入れて、舞ひ出でたるに、満座興に入る事限りなし。

などというアレである。

芥川龍之介が他にも徒然草について書いているものはないかと検索してみると、「解嘲」というものに、

しかし又君はかう云つてゐる。「それと同じやうに、随筆だつて、やつぱり「枕の草紙」とか、「つれづれ草」とか、清少納言
せいせうなごん
兼好法師
けんかうほふし
の生きた時代には、ああした随筆が生れ、また現在の時代には、現在の時代に適応した随筆の出現するのは
むを得ない。(僕
いはく
、勿論である)夏目漱石
なつめそうせき
の「硝子戸の中」なども、芸術的小品として、随筆の上乗
じやうじよう
なるものだと思ふ。(僕
いはく

すこぶ
る僕も同感である)ああ云ふのはなかなか容易に望めるものではない。観潮楼
くわんてうろう
や、断腸亭
だんちやうてう
や、漱石
そうせき
や、あれはあれで打ち
めにして置いて、岡栄一郎
をかえいいちらう
氏、佐佐木味津三
ささきみつざう
氏などの随筆でも、それはそれで新らしい時代の随筆で結構ではないか。」

などということを書いている。芥川龍之介は枕草子や徒然草を読んでいないわけではないし、高く評価していないわけではない、少なくとも夏目漱石の「硝子戸の中」くらいには評価しているわけだ。

ますますわからないのだが、この「解嘲」というものは随筆というものについて書いた文章であるから、今度は芥川龍之介が随筆について書いたものを他にも探してみると、「野人生計事」というものがみつかる。この中で芥川は

随筆は清閑の所産である。少くとも僅に清閑の所産を誇つてゐた文芸の形式である。古来の文人多しと
いへど
も、
いま
だ清閑さへ得ないうちに随筆を書いたと云ふ怪物はない。しかし今人
こんじん
は(この今人と云ふ言葉は非常に狭い意味の今人である。ざつと大正十二年の三四月以後の今人である)清閑を得ずにもさつさと随筆を書き上げるのである。いや、清閑を得ずにもではない。
むし
ろ清閑を得ない為に手つとり早い随筆を書き飛ばすのである。

などと書いている。どうもこの大正13年1月に「野人生計事」なるものを書いて、それに対して当時、新潮を編集していた中村武羅夫なる人がいろいろと批評をした。それに対する反論が「解嘲」であったらしい。

「侏儒の言葉」「野人生計事」「解嘲」はいずれも随筆のたぐいである。しかも芥川は出版社から随筆を書け書けと言われて仕方なく書かされている。「侏儒の言葉」もまたそうして書いたものだったのに違いない(「侏儒の言葉」は大正12年1月から14年にかけて文芸春秋に連載された)。随筆なんてものはヒマがなきゃ書けないはずのものだが、今の人はヒマなどないから手っ取り早く随筆を書き飛ばす。そこで

随筆は多少の清閑も得なかつた日には、たとひ全然とは云はないにしろ、さうさう無暗
むやみ
に書けるものではない。
ここ
に於て
、新らしい随筆は忽ち文壇に出現した。新らしい随筆とは
なん
であるか? 掛け値なしに筆に
したが
つたものである。純乎
じゆんこ
として純なる出たらめである。

という具合に今の随筆はみな筆に任せて書き殴ったまったくのでたらめだ、とまで言っている。さらによくよく見ていくと、近頃の読者は永井荷風の断腸亭日乗などを褒めて、芥川のような若手の書く(「侏儒の言葉」などの)随筆を嘲笑している、などということまで書いている。

こうしてみていくに、芥川は、出版社から「徒然草」のような名調子の随筆を書いてくれとせがまれている。中村武羅夫もまたそうして芥川にせがんでいる一人であるのに間違いあるまい。つまり


うせ随筆である。そんなに
むづ
かしく考へない方が
い。あんまり出たらめは困るけれども、必しも風格高きを要せず、名文であることを要せず、博識なるを要せず、
ることを要しない。素朴
そぼく
に、天真爛漫
てんしんらんまん
に、おのおのの素質
そしつ
に依つて、見たり、感じたり、考へたりしたことが書いてあれば、それでよろしい」と云つてゐる。それでよろしいには違ひない。しかし問題は中村君の「あんまり出たらめは困るけれども」と云ふ、その「あんまり」に
ひそ
んでゐる。「あんまり出たらめ」の困ることは僕も
また
君と変りはない。唯君は僕よりも寛容
くわんよう
の美徳に富んでゐるのである。

この「あんまりでたらめ」とは芥川の「純なるでたらめ」のことを言っているのは明らかだ。芥川はあまりでたらめな文章は書きたくないと言っている。

芥川は編集者らや読者らから、せいぜい徒然草を愛読して徒然草のような随筆を、さもなくば「硝子戸の中」や「断腸亭日乗」のようなものを、あまり難しく考えず、名文であることを要せず、しかしあまりでたらめにならぬ程度に、どしどし書いてくれ、と言われていたことになる。そりゃあ徒然草に対してああいう言い方をしたくもなるよな、ということにならんか。少なくともそんな気分の中であのようなことを書いたのだ。「わたしは度たびかう言はれてゐる」というのは具体的には文藝春秋や新潮など雑誌の編集者から若手作家に対する指導訓令のように言われていたのだろう。

当時芥川は30代前半。彼の文章をいろいろ見てみるに、確かに若気の至りで発作的に書き殴ったようなものが多いように思う。彼にとって徒然草は取り立ててどうこう言うほどのものではない。知ってはいるけれどそんなに関心の高いものでもなく、研究したいとも思わない。それをみんなが名文だと言い、愛読すると言う。趣味を押しつけられ強制されるように感じる。同じように永井荷風や夏目漱石を褒め、自分の書いたものは貶される(ように思える)。だからついああいうことを書いただけのことではないか。

観潮楼とは森鴎外のことを指すらしい。やれやれ。

大正6年「はつきりした形をとる為めに」、大正7年「永久に不愉快な二重生活」は「中村さん。」で始まるがこれも中村武羅夫(明治19年生まれ、芥川の6年年長)のことであろう(文藝春秋社を興した菊池寛は明治21年生まれ、芥川の4年年長)。