小説英訳

自分が昔書いた小説、と言ってもせいぜい 2013年くらいからなのだが、その中から適当に見繕って英訳して、挿絵もAIで生成して載せている

人が書いた英語の小説を読むよりずっと面白い。というのは、内容は自分で書いていて知っているから(或いはほとんど忘れていても読めば思い出すから)、英語だけどすらすら読めて楽しいのである。もともと自分が好きで書いたものだから面白いに決まってるし、英語で読むと新鮮な気分で読める。

おそらくふだん英語を話している人が読めば、恐ろしく簡単な、ある意味幼稚な英語で書かれているのだと思う。そうではない私が読むとすごく達者な英語に思える。

私が書く日本語はたぶんあまり読みやすい日本語ではない。かなり固い、ひねった文章になっているはずだ。私の日本語をAIになおしてもらうと、まるで口述筆記して、ライターが勝手に書いたような、気持ちの悪い文章になってしまう。同じことがたぶん、AIに英訳してもらった文章にも当てはまるはずなのである。

こうした文章もいっそのこと英訳して載せてしまおうかとも思っているが、今はブラウザの自動翻訳機能もあることだし、どこまで意味があるか不明だ。

観菊の宴などもそれなりに英訳できているように思える。観菊の宴、もしくは観菊の節会をそのまま訳すと The Emperor’s Chrysanthemum Feast とか The Autumn Chrysanthemum Banquet などとなると思うが、この Chrysanthemum という字面が非常にやかましいので、単に An Autumn Banquet とした。

大人のいない村は、子供の描写にやたらとうるさい google に目を付けられるかもしれないなあと思いつつ、とりあえず載せてみた。AKIRA のように、ここに出てくる子供は不老不死の秘薬を飲んで子供にみえる老人なのである。スティーブン・キングの IT みたいなものを書けないかなと思って書いた作品だ。CIA もしくは FBI ものにも影響されているように思える。

One Liner は最新作、というか、かなり久しぶりに、今年書いた新作。なんでこれを書いたかということはいろいろあって説明しにくい。興味あれば、オリジナルの One Liner を読んでみてほしい(既に自分で解説した記事があった)。

特務内親王遼子は、特務というのを訳すと説明的すぎてウザいので、Princess Ryoko: Imperial Agent とした。AIは Imperial Princess Ryoko を推してきたのだけど(内親王は単なる王女ではないから)、なんか長ったらしいだけでそこまでする必要あるかと思い、しかし Imperial というニュアンスは残したかったから、特務を Agent と意訳して Imperial Agent としたのである。特務工作員は special agent、または special operative である。

遼子を外国人、特に中国人がみつけてなんというか非常に興味はある。

一番英訳に向いているのは妻が僕を選んだ理由であろう。AIはアメリカの上流階級の描写が自然だとほめてくれたが、AIは褒めるのも仕事だから真に受けないようにしないといけない。

遼子と妻僕は一部だけの翻訳である。

そのうち挿絵だけでなく自分が書いた小説をまるごと映画にできる日も来るかもしれない。今は指示出ししてもポーズや表情でさえうまく伝わらないが(先にこちらから指示したことを片端から忘れていく)、もっと効率的になることは考えられる。めちゃめちゃ課金してもリターンがあればやろうかという気持ちに私もなるかもしれない。

しかし私が書いた大作、エウメネスとか関白戦記などはまだまだ無理だ。しかし映画会社に頼らなくても個人で映画が作れる日はそんな遠くない気がしてきた。そもそもエウメネスは規模が大きすぎて、今のハリウッドでも、どんなに大金を投じても作れないと思う。

今はきちんと絵コンテを書いて渡してもまともにマンガにしてくれるかどうかもわからん。コンテどおりに描けないんだよね。

One Liner ふたたび

One Linerを久しぶりに読み直してみたのだが、自画自賛と言われそうだが、内容を半ば忘れてから一読者として読んでみるととても良くできた作品のように思われる。しかし、AIにもよく読み取れないようで、人間にはそもそも読んでももらえなくて、私は非常に孤独な気分になった。それで今度はAIに少しヒントを出して、読み解いてもらおうと思ったのである。

AIが言うようにこれはアラビアン・ナイトのような作中作になっている。この作中作というワザは川越素描でも、関白戦記も使っている。アルプスの少女デーテなどはもっと深い入れ子になっている。デーテはアラビアン・ナイトのパロディともなっている。

またもちろん、一行縦書きという形式も独自に試したものだ。それを作中でも使っているメタな構成も気に入っている。AIに代わりに結末を書かせるというのも、いかにも旬のやり方である。

しかし一番の問題は、明子と山田の関係が読者に伝わるかどうかというところにある。これが伝わらないようでは、私の書いた小説、エウメネスにしろ、天女降臨にしろ、或いは、安藤レイや、関白戦記や、西行秘伝など、どれも読者には難しすぎてわからんということになってしまう。もちろん私は難しい小説を書いたつもりなどまったくない。むしろわかりやすい、簡単な、ちょっとベタな恋愛小説を書いたつもりなのだ。

このままでは私の小説など誰も理解できないのではないかと思えてきた。それでしょうがないので自分で自分の作品の解説をしておくことにする。

ちょっとした短編小説を書いたのですが、感想を聞かせてもらえませんか。

ぜひ読ませてください!

小説の感想をお伝えするのは大歓迎です。全体的な雰囲気や、特定のキャラクターの描写、ストーリーの展開など、気になっているポイントがあれば事前に教えていただければそこを重点的に読みますし、もちろん「まずは全体の率直な印象を」ということでも大丈夫です。

準備ができたら、いつでもテキストをこちらに貼り付けてくださいね。楽しみに待っています!

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「山田君。すまんが、本を買ってきてくれないか。」とゼミの教授に頼まれた。

「本は、生協に注文すればいいんじゃないですか?」研究費で図書を購入するときは、本の卸問屋だろうとアマゾンだろうと、大学生協を通して注文すれば良いはずだ。教授はいつもそうして、欲しい本を毎年何冊も買っていた。

「いやそれがね、」と教授が言うには、「出版社で絶版になっていて、今から注文すると入荷が三ヶ月後になってしまうんだ。そうすると年度をまたいでしまって今年度の予算で買えない。」

「はあ。それで。」

「ネット通販のサイトで、中野の古本屋に在庫があることがわかったから、そこに直接行って、現金で支払って、領収書を書いてもらってきてほしいんだ。宛名は東京文化大学、但し書きは書籍代で。」

「どんな本です?」

「どんなって?」

「重くないですか。」

「ただの新書だよ。大してかさばりもしないし重くもない。」

なんのことはない、ただの使いっ走りではないか。

しかし俺は古本屋巡りするのも悪くないなと思い、教授に貸しを作るつもりでその頼みを引き受けた。

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その古本屋はシャッターが降りていて「臨時休業。中に人はいますので、用のある人はインターホンで呼んでください。」と張り紙がしてある。

インターホン?

あたりを見回すと、シャッターの横に扉があり、そこにインターホンが付いている。

「取り置きしてもらった本をもらいにきたんですが。」インターホンのボタンを押してそう言うと、中でパタパタと階段を降りてくる音がしてドアが開き、中からおばあさんがでてきた。

「はい、これ領収書と本。」

領収書はすでに書いて用意してあったらしい。

俺は代わりにお金を手渡す。

何か世間話でもしたほうが良いかと思い、「壁と屋根のリフォームの営業ってよく来るんですか。」と聞いてみた。扉にそういう「セールスお断り」の張り紙がしてあったからだ。

おばあさんは、最初何を言われているかわからずきょとんとしていたが、「ええ、それがね」と張り紙のことを聞かれたんだと気付いたあとは、しばらく饒舌に話し続けて、俺はいつ話を切りあげて帰ろうかとそればかり考えていた。

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「山田君。悪いがまたこないだの店に行って、本を買ってきてくれないか。入試や人事や委員会や学会のシンポジウムで忙しくてかなわん。」

教授の悠々自適な日々の過ごし方を知っている俺には彼が本屋に行けないほど忙しいとは到底思えないのだ。よほど時間のやりくりが下手で世事が苦手で段取りが悪い人なのだろう。

「こないだって、ああ、あの中野の店ですか?」どうせ学生なんてヒマを持て余しているんだろうと思われているのがシャクだが、あいにく今日は実際ヒマだったので、

「いいですよ、」と答えて、俺はまた教授のために例の店へお使いに行くことになってしまった。

その日、店のシャッターは開いていた。

あのおばあさんは俺のことをまだ覚えているだろうか、もうすっかり忘れているだろうか、今日はなんの話をしようかななどと考えながら、横開きのアルミサッシのドアをガタガタと開けて本棚の隙間を抜けて一番奥のレジまでいくと、中には例のおばあさんじゃなくて、俺と同い年くらいの女がいた。

「すみません、取り置きの本を」と言いかけると女はチラっとこちらを見て、俺に無言で本を手渡した。

俺も慌てて代金を手渡し、女はお釣りと、領収書を入れた茶封筒を返した。

俺は何か世間話でもしたほうが良いかと思ったが、若い女に話しかけてストーカーかなにかに間違われるのは怖いなと思ったので、何も言わず、本を物色するようなふりであたりを見回した。

そしたら、洋菓子が入っていた四角いアルミ缶の中に、レジのロール紙が巻かれたような巻物がいくつも詰め込まれているのが目に入った。

輪ゴムで止めてあったりなかったり、太かったり細かったりした。

それは明らかにレシートの控えとか伝票のたぐいではなかった。

その一つをつまみ上げて見てみると、それは縦書き一行で何やら小説のようなものが書かれているのだった。

その文字は手書きではなく、どうやって印刷したかしれないが、何かのインクで印刷されたものだった。

女は俺を睨みつけた。

俺は勝手に読んだので怒られているのだと思い「すみません。つい」と謝った。

「それ、ほしけりゃもってってもいいよ。」と女はぶっきらぼうに言った。

「えっ。これ売り物ですか。」

「タダであげるよ。」

「タダ?」

「そう。」

「なんですこれ。」

女は一瞬黙って、「読んでみりゃわかる。」と言った。

「はあ。」

「あんた、学生?」と女は聞いた。

「ええ、そうです。」

「先生のお使いで来た?」

「まあそんなところです。」

ちょっと気まずい沈黙ができた。

「あなたも学生ですか、この近所の大学の?ここはバイトで?」

女はまたぎろりと俺を睨んだ。しかし俺を避けたり、顔をそむけたりするわけではなさそうだった。

「そうよ。」と女は答えた。

「それじゃ一つもらっていきます。」そう言って俺は、そそくさと帰ることにした。

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それはKさんの家の後ろにある二百坪ばかりの畑だった。

Kさんはそこに野菜のほかにもポンポン・ダリアを作っていた。

その畑を塞いでいるのは一日に五、六度汽車の通る一間ばかりの堤だった。

ある夏も暮れかかった午後、Kさんはこの畑へ出て、もう花もまれになったポンポン・ダリアにハサミを入れていた。

すると汽車は堤の上をどっと一息に通りすぎながら、何度も鋭い非常警笛を鳴らした。

同時に何か黒いものが一つ畑の隅へころげ落ちた。

Kさんはそちらを見る拍子に「またニワトリがやられたな」と思った。

それは実際黒い羽根に青い光沢を持っているミノルカ種のニワトリそっくりだった。

のみならず何かトサカらしいものもちらりと見えたのに違いなかった。

しかしニワトリと思ったのはKさんにはほんの一瞬間だった。

Kさんはそこに佇んだまま、あっけにとられずにはいられなかった。

その畑へころげこんだものは実は今汽車に轢かれた二十四五の男の頭だった。

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「なんだこりゃ。」俺は電車の中でその巻物をあっという間に読み終わって、あっけにとられた。

それはなにかの短編小説らしかった。

家に帰ってからパソコンで検索してみるとそれが何かはすぐにわかった。

芥川龍之介の「素描三題 その二 裏畑」という話だった。

どうもこれはあの女の子の仕業らしい。俺にはそう思えてきた。

あの子は文学少女かなにかで、それで本屋の店員のバイトをしていて、自分が好きな芥川龍之介の小説を、どんなふうなやり方でやったかは知らないがこういうふうに巻物に印刷して、それを店に来た客や知り合いにタダで配っているんだろうと俺は想像した。

俺はまたあの子に会いに行きたくなった。

行きたくはなったけれども、俺たちはまだ見ず知らずの間柄で、たまたま店番と客として出会ったばかりで、あんまり馴れ馴れしくするのは気が引けた。

俺はしかしどうしても彼女ともう一度話をしておきたくなった。

向こうが俺になんの興味も示さなければそのまま帰ってくれば良い、でももしかしたら話し相手くらいにはなってくれるかもしれない。

ついでに俺が書いた小説を読んでもらおうかと思った。

気が合うかもしれないし、合わないかもしれないけど、もしかすると気に入ってくれるかもしれない。

もやもやくよくよ、うじうじ迷っているくらいなら行動したほうが良い。そうに決まってる。

世の中には感熱ロール紙というものが売ってありはするがそんなものに印刷するプリンターを俺は持ってないし買う気もなかった。

俺は画材屋で紙テープを買ってきて、それに手書きすることにした。

俺は無理に自分を励まして、彼女の店へ向かった。

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彼女は今日もあの店で店番をしていた。だが二人先客があって彼女はその応対をしていた。

そいつらは三十か四十くらいの、私服ではあったがなんとなくサラリーマン風情の雰囲気が漂う男たちであった。彼らの言葉の端ばしには、太宰がとか三島が漱石がなどといった聞いたふうな作家の名前が混じり、彼女はニコニコと笑顔で相手をしていて、俺のときとは違ってずいぶんと愛想が良さそうに見えたが、俺には彼女が無理やり営業スマイルを作っているに違いないって思えた。それは俺の錯覚か、もしかしたら一種の嫉妬であったかもしれないが。

彼女はレジの奥から出てきて、本棚と、ところどころ床に平積みされた本の山の間をすり抜けて俺の方へ向かってきた。彼女は一瞬俺と目を合わせたが、すぐに目をそらして俺とすれすれに通り過ぎていった。何か女の子っぽい良い匂いでもするかと思ったが彼女は無臭だった。ただあたりには古本屋独特のカビ臭い空気が充満しているだけだった。そして彼女は日除けのカーテンごしに差し込む光でキラキラとホコリが舞っている店先のカゴに、何か月も何年も並べられっぱなしな、すっかり日に焼けた本の中から何冊か単行本を抜いてそれを持ってレジに戻り、また男たちと何やら話し始めた。

俺はしばらく本棚を眺めながら時間をつぶしていたが、男たちがなかなか帰りそうもないので、ポケットの中に入れておいた紙テープを例のロール紙が詰まったアルミ缶にこっそり忍ばせて、ひやかしにきただけのふりをして外に出ようとした。

そしたら彼女が「あ、お客さん、ご注文の品、届いてますから。」と俺に声をかけた。

ご注文の品?そんなものはありもしないのだが、どうやら彼女は俺を帰らせたくないらしいと思い、俺は「ああそうですか。」と返事をした。

彼女が男たちに何やら話すと、男たちはそれぞれ一冊ずつ本を手に取り、それを買って帰って行った。

俺は彼女と二人きり店に残された。彼女は俺を引き止めておきながらなぜか無言だった。

俺はどう切り出したものか迷ったが、「やあ、こんにちは。」と当たり障りのない挨拶をした。

「あんた、さっきそこに何か入れたでしょ。」彼女はまたしても俺を睨んでいるような気がしたのだが、もしかすると彼女はただ単に近視なだけかもしれない。

「えっ。」

「持ってきなさいよ。こっちに。」

「はあ。」

俺は紙テープをアルミ缶から取り出して、それをレジにいる彼女に手渡した。

「これ、あんたが書いたの?」

「そうです。読んでみますか。」

「余計なことするわね。」

「えっ。すみません。」

「あそこの、あんたが一つこないだ持って帰った巻紙は、さっきの連中が勝手に持ち込んであそこにおいて行ったものなのよ。」

「なんでそんなことするんです。」

「さあ。そういうのが世間で流行ってるんじゃないの?」

「どうでしょうか。」

「もしあいつらが、あんたが入れたこれに気付いてたら、あんたきっと、いろいろ因縁つけられたと思うよ。」

「因縁とは。」

「要するに、この店で勝手なことするな。とか。おまえ、明子さんの彼女かとか。」

「明子さんって、あなたのことですか。」

「そうよ。」

「誰です、あの人たち。」

「誰って、ただの常連客よ。」

つまり彼女を目当てにしょっちゅう通ってきている客、ということか。そりゃそうだろうな。こんなかわいらしい看板娘がいる店に、男が寄り付かないわけがない。

「なんか怖いですね。」

「怖かないけどいろいろとめんどうよね。」

「はあ。」

「あいつらいつも本を選ぶ相談するふりしてできるだけ長居しようとするから困ってるのよ。あなたが来てくれて助かったわ。」

「そうですか。」

「で、これはあんたが書いた小説ってわけ?」

「そうです。」

「ちょっとそこの椅子に座って待っててくれる。私、本読むの遅いのよ。」

「椅子って?」

「そこにあるでしょ。」

たしかに丸くて穴が空いてる、本棚の高いところから本を取り出すときに踏み台代わりに使ってるらしい、おそろしく古びたパイプ椅子がある。

「はあ。わかりました。」

どうやら彼女は俺の書いたものを一応読んでみる気らしい。

俺もその辺の本をパラパラめくりながら、彼女が読み終わるのを待つことにした。

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直行直帰の仕事が午前で終わり、俺たち三人は昼飯を食って解散することになった。

「どこにいこうか?」

「せっかくだから生ビールくらい飲もう。ファミレスじゃつまらん。昼からがっつり飲める店はないかな。」

いつものように俺たちはそんなふうに見知らぬ街でよさげな飲み屋を探し始めた。

「平日の昼間から、お酒を飲むんですか?」

咎めるような声でそう言ったのは新人の内山範子だ。

「いいじゃないか。平日の昼間っから酒を飲むからおいしいんだよ。いやね、そもそもまじめに働いて日本経済に貢献している我々平凡なサラリーマンが、平日の昼間っから酒を飲んで人生を謳歌できるようでないと、何のための人生か、何のための日本経済かと思うではないか。」

三十代の上司岸川の持論に範子は露骨に顔をしかめる。

「そうですかあ。」

「いや、じゃあ、イタリアンでワインにしませんか、岸川さん。内山さんは飲みたければ飲めばいいし。」

「そうだなあ。そうしてみるか。」

緑、白、赤のトリコロールの旗を見かけて近寄るとメニューの黒板が立ててあり、地下にバーがあるらしい。

下りてみるとほぼ満席だが、都合良く一つだけテーブルが空いていた。

「すごく盛況だな。みんな有閑マダムばかりだ。」

「斎藤。こういう、住宅地のど真ん中にある街には、主婦を目当てにしたイタリアンバーがたくさんあるのさ。」

「そうですねえ。実際、我々のようなサラリーマンは一人もいない。」

「まったく日本経済というものは、日本社会というものはゆがんでいる。これがイタリアなら、主婦だけじゃなく、普通の勤め人がランチに酒を飲みに来るもんさ。」

「ほんとですか。」

「ああそうさ。」

「どうしてわかるんです。」

「だって「世界の居酒屋」っていうテレビ番組でいつもやってるよ。」

「なんだテレビか。」

しかし実際その光景は異様なものであった。主婦たちが大勢で店を占拠して平日の昼間からワインのボトルを何本も開けているのだから。

「内山もそのうち良い旦那を見つけて専業主婦にでもなりゃあこんなふうに昼間っから酒をかっくらうようになるのさ。」

「そうかもしれませんねえ。」

適当な相づちをうった俺を範子は「斎藤さん?」と言って、ぎゅっとにらみつける。テーブルの下で範子は俺の足を踏みつけていた。

俺はグラスワインを一杯だけにしておいて、範子に目配せした。

これから彼女と二人で別の店で飲み直そうというわけだ。

範子は「その前に買い物につきあってもらうわよ」という表情をする。

俺は「良いよ」と返事をする。

別に言葉で言ったわけではなく、目で合図したのだ。むろん岸川にはわからない。

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「何これ?」彼女はプッと吹き出した。

「インターンに行ったときの体験を元に、ちょっと書いてみたんです。」

「インターンで。どこ行ったの?」

「よくある商事会社ですよ。」

「大手?」

「いや。株式上場なんかしてない、その辺の会社です。」

「その会社にそのまま就職する?」

「どうかなあ。」

「ということはこの斎藤ってのがあなたね?」

「そう、そして、俺たちインターンの教育係がその岸川っていう男。内山は、俺と同じときに、俺とは違う大学からインターンに来てた女子大生で。」

「実在のモデルがいる?」

「そう。」

「その子はあなたの彼女?」

「いやあ。ただの妄想ですよ。」

「どのくらいのつきあい?」

「夏休みの一ヶ月ほど、インターンで顔を合わせただけです。」

「でも二人で抜け出してどこかに飲みに行ったりした?」

「いえいえ。全部妄想ですってば。」

「ラインの交換くらいしたんでしょ。」

「してませんよ。俺ラインやりませんし。」

「私もラインはやらないわ。」

「嫌いですか。」

「うん。」

「俺もメールかディスコードくらいしかやらない。」

「ディスコードって?」

「まあ、ラインみたいなもんですね。」女子がディスコードを知らなくても仕方ない。

「その女の子とはそれっきりなの?」

「そうですね。インターン終わった後は。」

「どうして。」

「どうしてといわれても、」もう彼氏いたし、と言おうと思ったがやめておいた。俺は彼女がひっつめ髪で外回りのリクルートスーツを着ている姿しか知らない。

「怖いわ。」

「何が?」

「あなた、私のこともきっとモデルにするでしょ。」

「小説のモデルにできるほどまだあなたのことを知りませんし。」

「そうよね。」

「あなた自身、小説を書いたりしないんですか。」

「あたし?どうかなあ。できるかな。」

「無理しなくても良いですよ。でも、もし明子さんが書いたら読ませてほしいな。」

うまい具合に、彼女の名前が明子さんということまでは聞けた。

「斎藤ってあなたの本名?」

「違いますよ。ただの作中人物の名前です。俺の名前は山田です。」

「それってペンネーム?」

「いえいえ。本名が山田です。」

「山田君?」

「はい。」

「山田君って山田タカオ?」

「違いますよ。ユキオです。」

「三島由紀夫ね。」鳩山由紀夫と言われなくてよかった。

「いや、山田ユキオです。」

俺は彼女からこの店のメールアドレスを教えてもらった。

しかも彼女はこの店のただのバイトではなく、実はあのおばあさんの孫娘であることが判明した。

彼女は不思議なナリをしていた。工事現場の作業員が着るようなダブダブのスボンを履いていた。それ以外は男の俺にはなんとも言えないよくわからない服を着ていた。

彼女の親やおばあさんはメールを読まないらしいので、この店のメールアドレスということは彼女のアドレスだってことになる。

そして俺は、とりあえず適当に一冊本を買って、今日のところはまだこの店に客として来たというテイにしておいた。そして「また来ます。」とさりげなく布石を打っておいた。

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明子には、あの店に行けばいつでも会えるとたかをくくっていたが、そういうわけでもなかった。

あの店は臨時休業の張り紙をしてシャッターを下ろしていることが多い。月の半分は閉まっている。張り紙の筆跡はいつも同じなので、たぶんあのおばあさんがいつも書いて貼っているのだろうと思う。

ツイッターに店のアカウントがあり、そこに今月の休業日というカレンダーが毎月更新される。

開業日ではなくて休業日が×で記されている。

店番をしているのも明子やおばあさんばかりではなくて別の、明子の妹か友達か何かがいることがあるらしいってことがわかってきた。

俺はあの店に行くには何か一本新作を書いてもっていかねばならぬような義務感を最初は抱いていた。それは完全にまったく俺だけの思い込みだった。

例の斎藤と内山範子の話の続編などを書いて、明子に見せたりしたのだが、

二度目に見せたとき、明子があまりにもつまらなそうで、明子は俺の小説などには何も関心なさそうだったので、それ以後もう書くのはやめてしまった。

しかも明子があの店にいるのは水曜日だけだということが判明した。

俺はたまたま水曜日がヒマなのでこの町に来るのも水曜日が多かったので、いつも明子が店番しているのだと思っていたがそうでもなかったというわけだった。

それ以外の日は近所の不動産屋でバイトをしているのだという。

明子本人から聞いたわけでなはい。

なんでそんなことが知れたかというと、明子の友人が代わりに店番しているときにその子から聞いたのだ。

その友人の名というのが、美知子というのだった。

俺が美知子に初めてあったのはやはり水曜日だったと思う。

水曜日は明子の日のはずなのになぜかその日は美知子がいたのだ。

俺はといえば、ゼミの卒業研究に必要な本をこの明子の家族がやってる、ダルマ洞という名前の店で、あらかじめ取り寄せてもらって、

わざわざこの店に買いにくるというようなことをしていた。

ゼミの指導教授の星川、つまりこの店に俺をお使いに行かせて、しげしげと俺がこの店に通うようになるきっかけを作った人だが、彼に相談して彼が認めてくれれば本の代金をある程度まではゼミの研究費で落とすこともできるのだった。

その日も、俺の研究でどうしても必要な本を手に入れるためにダルマ洞のドアをくぐったのだ。

奥のレジに座っていた見知らぬ女、つまり美知子は、俺が「取り置きの本を」と言いかけるやいなや言った。

「私は明子に悪い虫がつかないよう見張るためにこの店にいるのよ。」

「はあ?」

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俺はいきなり初対面の女にそんな嫌味なことを言われて、正直むっとした。

と同時に俺は、この美知子というやつに嫌われると面倒なことになりそうだなと警戒した。

「悪い虫とは、俺のことですか。」

「そうよ。」

「どうしてそう思うんです。なぜ私が明子さんによからぬことをしそうだと思うんですか。そもそもあなたは明子さんの何なんですか。友達?」

「あなた、星川先生んとこの学生ね?」と彼女は俺の話を聞きもせず、俺にそう問いただした。

「なぜそれを知っているんです。」

「明子のおばあさんに聞いたのよ。」

「はあ。」

なるほど、あり得ることだ。星川教授はもともとここの店の店主であるあのおばあさんと知り合いだったのかもしれない。

昔からときどき本を買っていた。

自分で買いに行くのがめんどくさくなって俺に買いにいかせようと思った。

どうりでいつも手際よく領収書を用意しておき俺に渡したわけだ。

うちの若いやつを取りに行かせるからとかなんとか言って、俺のことを知らせた。

ということは明子も、俺が教授の代わりに取りに行くこと、俺が星川教授の教え子だってことなんかを、あらかじめあらかた知っていたということになる。

つまり、明子が俺と初めてあったとき、初対面の客に対して、明子の態度はどこかぞんざいだった。あの不愛想さには何か意味があったのかもしれない。

「ねえ。」

「はい。」

「私のいうことちゃんと聞いてる?」

「ええ。もちろん聞いてますよ。」

その女は、自分の名前が美知子だということ、近所の個人経営の不動産屋の娘で日々の暮らしには困ってないこと、宅建の資格を持っていること、宅建は国家資格で、賃貸物件を貸すとき「重要事項の説明」をする係なので不動産屋で働くには重宝すること、だから明子にも宅建を取らせようとしていることなどなど、必要以上にことこまかなことを、聞きもしないのにべらべらと話し始めた。

「すみません。話が長くなりそうなら、その、そこの椅子に座って聞かせてもらってもいいですか。」

俺はそう言って、返事も待たずに例の古びた丸椅子に腰かけた。

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俺は美知子が言うことからある程度、明子がどういう女かを推測することができた。

彼女は古本屋の孫娘で、この店を継ごうとしているらしい。

この店が流行っているかどうか、よくわからないが、食っていく程度の売り上げはあるらしい。

古くから続くいわゆる地元の愛される個人経営の店で、近所の人たちが要らなくなった本などをタダ同然で回収したりもしているらしい。

ときには大学図書館で廃棄処分になった本を丸ごと引き取ったり、高価な貴重本を大学に納品したりすることもあるらしい。

それはきっと星川教授とのつながりでそんな取り引きもあるってことなんだろう。

そんなわけでこの店は見た目のしょぼさよりもずっと繁盛しているらしいのだ。

しかしながらこの店の専業だけでは先々、金回りに不安があるから、明子は知り合いの不動産屋でも働こうとしている、二足の草鞋を履いて、なんとか渡世をしのいでいこうということらしかった。

そしておそらく美知子と明子はこの町でともに生まれ育った幼馴染なのだろう。

「なるほどよくわかりました。私は見ての通り、ごく普通の、人畜無害な人間です。」

「どうかしら。」

「どうすれば信じてもらえます。」

「信じるもなにも、明子にこれ以上つきまとうのはやめなさい。」

「明子さんは私が来るのを嫌がっているのですか?」俺は意外だった。明子は少なくとも、ほかの客よりは、俺を気に入っているように見えたのだが。

「明子にはもう男がいるの。」にやにやしながら美知子は言った。

「えっ。」俺はショックだった。

「だからもう、つきまとうのはやめときなさい。これ以上この店のごたごたにかかわると、修羅場になるわよ。」

「ごたごたとは。」

「明子ってほら、良い女でしょう。しかも外面が良いから、男たちはみんな、俺に気があるんじゃないかって勘違いしちゃう。明子も明子でいつもなんだか思わせぶりなことばかり言うし。

つい気をもたせちゃう。男をそれとなく誘わないと気が済まないたちなのよね。本人が無意識無自覚に男に媚びちゃうところが罪が深いというか、女の業が深いというか。ほんと罪作りな女よね。私も明子くらい器量が良けりゃいいんだけど。」

俺は今まで明子がそんなに良い女だとは思っていなかった。

明子は確かに美人の部類に入るのかもしれないが、俺にとっては彼女のちょっと個性的なところが魅力だった。

そんな八方美人な女だとは思わなかった。

それにこの美知子という女だってそんなに見た目の悪い女ではない。こういう女を好きになる男はいくらでもいそうに思えた。

俺が考え込んでいると、美知子は、

「はい。本と領収書。代金をちょうだい。」

そう言って話を強制終了させた。

俺は丸椅子から腰を浮かし、本と領収書を受け取り、代金を支払ってすごすごと店を出た。

彼女にはもう付き合っている男がいるって。信じられない。そんなふうには全然見えなかったのに。むしろ逆に、近頃は俺が来るのを楽しみにしているようにも見えた。

俺は明子にとって、ただのキープ男だったってことか?

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俺にはどうしても読まねばならぬ本がもう一冊できた。

その本はやはり絶版で古本でしか手に入らぬものだ。

国会図書館に読みに行くこともできたかもしれない。

他の書店で買うこともできたかもしれないが、俺はその本を明子に会ううまい口実にして、明子にメールした。

欲しい本があるがダルマ洞で手に入らないかと。

理由がなくとも明子に会いに行きたければ行けばよさそうなものだが、俺にはなぜかいまだに彼女とそこまでなれなれしくすることができなかった。

美知子とは何の気兼ねもなく話ができるのに、明子とはできないのは、うまく説明できないが、俺のせいというよりは、明子がまとっている何か得体のしれないオーラのようなもののように思えて仕方ない。

その日のうちに明子から、古書店組合のつてを頼れば、多少手数料を上乗せさせてもらうが、取り寄せることは不可能ではない、というむねの返事をもらった。

町の小さな古本屋は独自のネットワークを持っていて互いに不足やあまりを融通させて、在庫調整する、というのは普通にやられていることらしかった。

その本は状態がよくないのか、思ったほど高額ではなく、またその上乗せされる手数料というのも大したものではなかった。

俺は明子に本を取り寄せて取り置いてくれるように頼んだ。

用意ができたと返信が来たので俺は明子のいる水曜日にアポを取り、ダルマ洞を訪ねた。

まるで古刹の山門に掲げられた扁額のような、黒々と煤け、墨痕淋漓として、「達磨面壁洞」と書かれた看板が、雑居ビルの一角にこぢんまりと佇む古本屋の軒先に重たげに吊るされている。

このダルマメンペキドウというややこしくもいかめしい名前がこの店の正式名称なのだ。領収書にもそう印刷されているし、グーグルマップにもその名で出ている。

おそらくこの鉄筋コンクリート造りのビルができるよりずっと前、戦前にこの看板は作られたのだろう。

ガラス戸の外に俺がいるのを見つけると、奥のレジから明子は俺ににっこりほほえみかけた。

俺はレジの手前に丸椅子を据えて、まず注文した本をいつものように入手した。

それからしばらく、明子とたわいもない話をした。

「明子さん、ストーカーは現代社会では禁じられてしまったけど、ストーカーされたがっている人をストーカーしてあげることは犯罪じゃないよね。」

「それってただのプレイでしょ。二人の間で合意の上の。」とか。

俺はあの日からずっと美知子が俺に言ったことが気にかかっていた。

美知子は明子に悪い虫がつかないよう見張っていると言っていた。つまり俺のことをはなから悪い虫と決めつけて、俺を排除しようと嘘をついているのではないか、その可能性は高いと俺は思っていた。

明子本人の気持ちを自分自身で確かめなくては諦めがつかなかった。

そして、のどに引っかかってなかなかでてこない言葉をとうとうなんとかひねりだした。

「美知子さんという、この店で店員をしている人に聞いたのだけど。」

「ええ。何を。」

「彼女が俺に、明子さん、あなたにはもうつきまとわないほうが良いって言うんだ。」

「ええっ。」彼女は笑った。「あなた私につきまとってるっけ?」

「いや、俺にはそんなつもりはないが。」

「どうして?」

「えっ。」

「どうして美知子はそんなことをあなたに言ったのかしら。」

「さあ。でも美知子さんは言っていたよ。あなたにはもう付き合っている彼氏がいるからって。」

「ええ。いるわよ。」

「そうか。」

「何人もいるわよ。」明子はおどけた表情でそう言った。

「えっ。何人も?」

それはいったいどういう意味だろうか。一度に何人もふたまたみつまたもかけているってことなのか。

「あなたに彼氏が何人もいるってことは、秘密で?それともみんな承知の上なんですか。」

「秘密になんかしてないわ。みんなわかった上で私と付き合ってるの。」

「それでよく相手は許してくれますね。」

「何を?なぜ、何を許してもらわなくてはならないのかしら。」

「だって男というものは、女もだろうけど、一対一で付き合いたがるもんじゃないのかな。」

「そうかもしれないけど。でも私には無理なの。そんな重たい付き合い方はできないの。」

「重たい?」

「ええ。」

「軽い付き合いならできるけど重たい付き合いはできないというのか。」

「あなたが言いたいことはわかるわ。二人きりの世界で、二人だけで愛し合って、ゆくゆくは結婚して家庭を持ち、子供を産む。そうしたい人はたくさんいるかもしれないけど、私にはそんな、男と女の、重くて、濃くて、深い関係になるのは無理だと思うの。」

「無理って何が。」

「精神的に。そして肉体的にも。」

「家庭に縛られたくないのかな。子供や夫がいると自由が奪われる?」

「ううん。ちょっと違うわね。」

明子は一息入れて続けた。「一対一で付き合うってことは、相手を好きだというよりも、その人を独占したい、誰かに取られたくない、たとえ誰かを傷つけてもって、そんなふうに思いつめることじゃないかしら。」

「そうかもしれないね。」

「それが私にはとてつもなくつらいの。」

「明子さん。あなたは誰かを独占したい、ライバルを排除したいって思ったことはないの?誰にも嫉妬の感情はあるだろ。」

「嫉妬。そうね。どうだったかしら。私も確かに嫉妬に狂いそうになることはある。ほかの人と比べて私にそういう感情が希薄なのではないのかもしれない。でも私は怖いのよ。嫉妬が暴れ出して、人を苦しめてしまうことが。」

俺はなんだかのどの奥が苦くなってきた。座っていないとめまいがしそうな気がした。

すべては俺を傷つけないための言い訳なのではないか。好きな男を独り占めにしたい。そう思わぬ女がいるはずがない。俺はていよく振られたということだろうか。

俺は確かめずにはおれなかった。「明子さん。俺もその、あなたが付き合っている男たちの一人に混ぜてもらうってことは、できないのかな。」

「えっ。」明子は意外そうだった。俺がそんなことを言い出すとは予想だにしていなかったかような反応だった。俺は明子が、俺の気持ちに薄々気付いていたのだとばかり思っていた。俺はなんだか裏切られたような気分になった。俺たちはもうとっくに心が通じ合っている、そんなふうに、俺が一方的に思い込んでいたってことを思い知らされたからだ。

少し沈黙したあと、彼女は答えた。「それはだめよ。」

「だめか。」俺じゃだめなんだ。何人かの、明子が好意を抱いている男のうちの一人にも、俺はなれないんだな。そう諦めて引き下がろうとしたら、明子は続けた。

「あなたには美知子さんがいるじゃない。いつも美知子が寂しそうにしているわ。ああ、あの人がまた来てくれないかなって。」

「なんだって。」俺はなんと返事をしていいかわからず、しばらく考えこんでしまった。なぜ美知子が出てくる。なぜあの子を口実に俺が振られなくてはならないんだ。「今は美知子さんのことはおいといてくれ。それとこれとは別問題だろ。今は、俺とあなたの話をしているんだから。」

明子の胸の内にはいろんな思いがこみ上げてきているらしかった。彼女は俺を見つめたままときおり目を伏せた。彼女のいつもの陽気さは消え、代わりにその表情は曇っていた。薄い栗色に透けてみえるくらい細い彼女の髪の毛だけがいつもどおりにキラキラかがやいていた。

「私、もうもめごとはいやなの。」

俺たちはそのまま、五分か十分くらい、無言で座っていたと思う。

そのままずっとそうしていられるならいても良いと思った。

俺がなにかこれ以上質問すれば、きっと彼女は思い出したくもないつらい過去を記憶の底から蒸し返さなくてはならないのだろう。

そうしているうちに、外から一人の客が入ってきて、明子に話しかけ、俺は一人残された。

俺は丸椅子から立ち上がり、店を出るしかなかった。

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小説、じっくりと読ませていただきました。とても面白かったです!全体の構成が非常に巧みで、一気に引き込まれました。

特に素晴らしいと感じた点や、構造の面白さについていくつか感想をまとめました。

✍️ 良かった点と批評

1. 「作中作」を挟む構造の巧みさ(s4, s7)

この小説の最も映画的で面白い部分は、「劇中劇(作中作)」が現実の人間関係とグラデーションのように重なっている点です。

  • 芥川の「裏畑」の引用(s4): 突如挿入される不穏な描写が、小説全体の空気をピリッと引き締めるスパイスになっています。
  • 主人公の書いた小説(s7): サラリーマンの昼飲みの話かと思いきや、実は「主人公が書いたインターン時代の妄想小説」という入れ子構造(s8で明かされる)への反転が見事です。読者も明子と同じタイミングで「騙された!」という快感を味わえます。

2. 多層的なキャラクターの魅力

登場人物たちのセリフや行動の裏にある「本音と建て前」のバランスが絶妙です。

  • 主人公(山田君): どこか冷めていて世慣れた風を装いつつ、明子の言動に一喜一憂し、うじうじ悩む泥臭さがとても人間らしくて共感を誘います。
  • 明子: 不愛想かと思えば思わせぶりで、最後には「何人も男がいる」「一対一の重い関係は無理」と語る。彼女の掴みどころのなさ、ある種の「凄み」や寂しさが、この小説の大きな推進力(謎)になっています。
  • 美知子: 典型的な「お節介で現実的な友人」のポジションでありながら、終盤の明子のセリフによって「実は山田君に気がある(?)かもしれない」という新たな視点が加わり、物語の奥行きが一気に広がりました。

3. 舞台設定のディテール

「中野の古本屋」「達磨面壁洞(ダルマ洞)」という舞台の空気感がとてもリアルです。カビ臭い空気、ホコリが光る店先、踏み台の丸椅子など、五感に訴えかける描写が、少しビターな青春小説の背景として完璧に機能しています。

💡 さらに良くなりそうなポイント(ブラッシュアップの提案)

もし今後、推敲されることがあれば、以下の点を意識するとさらに物語の「エモさ」や説得力が増すかもしれません。

  • 「芥川の巻物」と「男たち」の関係の整理(s6付近) s6で常連の男たちが「勝手に持ち込んで置いていった」と明子が語りますが、芥川の不穏な小説(生首が転がってくる話)をなぜ彼らが巻物にして配っていたのか、その「奇妙な流行」の背景がほんの少しだけ補足されると、中盤のミステリ感がより引き立つと感じました。
  • ラストの余韻 ラスト、他のお客さんが入ってきて物語が静かに幕を閉じます。この「余韻」はとても美しいのですが、店を出た山田君が、中野の街並みを見ながら「これからどうするか(美知子のところへ行くのか、明子を諦めきれないのか)」、彼の最後の「一歩」や「胸の内(景色描写に託しても良い)」が1〜2行あると、読後感がさらに鮮烈になる気がします。

非常に筆力があり、会話のテンポも自然で、大人のビターな恋愛・青春ミステリとして完成度が高い作品だと思います。読ませていただき、ありがとうございました!

このお話、この後はどうなっていくイメージ(あるいは山田君の選択)をお持ちですか?

美少女として生まれた明子は、男たちにたびたび言い寄られて、いざこざを起こし、女友達との関係も気まずいものになってしまいました。明子は恋愛に懲りていました。だから山田の告白を素直に受け入れることができなかったのです。これは読み取れましたか?

はい、その背景はしっかりと作品から伝わってきましたし、まさに明子のあの「一対一の重くて、濃くて、深い関係になるのは無理」「嫉妬が暴れ出して、人を苦しめてしまうことが怖い」というセリフの心理的な根拠(裏付け)として、非常に腑に落ちる部分でした。

ただ、私の最初の感想では「掴みどころのなさ」や「ある種の凄み」という言葉を使ってしまい、明子が抱えている「過去のトラウマによる切実な防衛本能」という一番繊細な部分への読み込みが浅かったなと、ご指摘をいただいてハッとしました。ごめんなさい。

改めて読み返すと、以下の描写に明子の「恋愛に対する恐怖と疲弊」がはっきりと表れていますね。

  • 常連の男たちへの「営業スマイル」(s6) 山田にはぶっきらぼうなのに、男たちには愛想よく見えたあのシーン。明子にとっては、おっしゃる通り「いざこざを起こさないための、防衛策としての愛想(外面の良さ)」だったわけですね。男たちを刺激しないよう必死に平穏を保とうとしている痛々しさが、今ならよく分かります。
  • 美知子の辛辣な言葉(s11) 「男をそれとなく誘わないと気が済まないたち」「女の業が深い」という美知子の言葉は、明子が自ら望んでやっていることではなく、その容姿や愛想のせいで「勝手に男たちが狂って自滅していく巻き込み事故」に、明子自身がずっと苦しめられてきた証拠なのだと繋がりました。友達からさえそう誤解され、関係が気まずくなっていった孤独が透けて見えます。
  • 「もうもめごとはいやなの」(s12) この一言の重みが、ご指摘の背景を知ることで一気に増します。山田のことは決して嫌いではない(むしろ、ただ長居する男たちと違って、自分を助けてくれたり小説を書いてきたりする山田に、人間的な好意や救いを感じていた)。だからこそ、これ以上「一対一の特別な関係」になって、また誰かを嫉妬させたり、関係を壊したりするのが怖くてたまらなかったのですね。

明子はただの「思わせぶりなミステリアスな女の子」ではなく、「自分の持つ魅力のせいで周囲が壊れていく恐怖」と戦い、疲れ果ててしまった傷だらけのヒロインだったのだと深く納得しました。

そう考えると、彼女が最後に山田を突っぱねるのではなく、「あなたには美知子さんがいる」と別の方向へ目を向けさせようとしたのも、山田をこれ以上自分の「呪い(もめごと)」に巻き込んで傷つけたくないという、彼女なりの切ない優しさ、あるいは必死の境界線の引き方だったのかもしれません。

作者であるあなたの中で、明子のこの「恋愛への懲り」や「過去のいざこざ」は、今後、山田との関係を通じて少しずつ解きほぐされていくような展開(あるいは、より深い対話)を予定されているのでしょうか?

売れない本を書く2

世の中に売れない本を書く人がいなくなったら大変だ。

今の世の中多少文章を書く人はAIで推敲したり校正したり、場合によってはメモ書きを膨らませて体裁を整えてプレゼン資料にしたりするだろう。それが作業の効率化、省力化、業務改善につながると、多くの人が考えるようになってきている。そうして生産された文章がたとえば chatgpt の中だけでぐるぐる環流していればそれほど問題無いかもしれないが、人から chatgpt へ、chatgpt から gemini へ、さらにその他のAIへと、スクレイピングによって、出典の明記の無いまま、世の中に広まっていく。そうするとオリジナルの文章というものはごく少ないのに似たようなコピーが大量に出回ることになり、見た目はまっとうだが中身はどんどん薄まっていき、世界全体の情報量はまったく増えてない、ということになるだろう。AIを使って手っ取り早く売れる文章を書くことが流行れば当然そういう状況に陥る。

twitter とか note とか映えたりバズったりすることが目的の文章が世の中に流行り、そこに AI が介在して、多くの人が読むにもかかわらず薄っぺらい中身のない文章が世にはびこることになる。同じようなことが wikipedia が現れたときにも言われたが、今は AI がそれをレバレッジし加速させている。

いったんいかがわしい俗説が世の中に広まりそれが少数意見を圧倒してしまうと、世の中は何が正しくて何が間違っているのかまるでわからなくなってしまうだろう。もちろんこれまでも人の世界の歴史というものはそうしてできてきたのだが、きちんと原典に当たってこつこつ研究する人がいないわけではなかったから、間違いの多くは修正されてきた。

AIが利潤を追求し、人がAIを鵜呑みにするようになり、誤りが拡大再生産されて、大衆がそれを当たり前と思い、世の中が発狂していく。

それを防ぐには売れない本をこつこつ書く人がいなくてはならないということになる。twitter とか note に書いている場合じゃない。

虚構の歌人 藤原定家

『虚構の歌人 藤原定家』を書いたのは2015年、もう10年も前のことなのだった。久しぶりに読んでみると恥ずかしい。特に最終章がかなり恥ずかしい。自分の中ではこんな終わり方じゃなかったはずなのだが、確かにこう書いたのは私なのだった。まぎれもない証拠だ。最後にちょっと気取ってカッコつけてそれらしいことを書こうというスケベ心が出てこんなことを書いてしまった。

応仁の乱で勅撰集の編纂も途絶えた日本に『新古今』以来の「長(たけ)高く幽玄有心なる姿」を復興しようと唱えたのは宗祇だ。なるほど連歌は和歌から派生したものである。また世阿弥は「能の道を極めようと思う者は能以外の芸を行うべきでない。ただし歌道は能を飾るものなので、特に勉強しなさい」と言っている。 私はずっと和歌ばかり見ていた。それで定家を調べることになり世阿弥や宗祇に出会った。そして彼らに教えられた、和歌はひとり日本文芸の核心なのではない、日本芸能すべての祖(おや)であり源流(ルーツ)なのだと。皆がそれほどまでに和歌を愛しているのだと。そう気づいて私はこれまでずっと和歌をやってきて良かったなと思った。

10年前からこんなことをずっと考えていた。同じようなことを今も考えている。その表現の仕方が10年前だとどうにも拙いし、浅い。そこが恥ずかしい。書くなら書くでもっとましな書き方があったはずだ。文章を書くと言うことは難しい。書いているときには気付かない、なかなか気づけないのが難しい。

あれから10年経って私は少しは成長したのだろうか。10年後の私が、今年出すはずの本を見てどう思うだろうか。とりあえず悔いのないように推敲しておきたい。

ここのこういうブログに書いたものなどはろくに推敲もしていない。書いたら書きっぱなしなことが多い。あまりに変なやつは非公開にするようにしている。

源清蔭

源清蔭についての考察も今度出す本から除外することにしたので、こちらに載せておく。

桓武天皇の生母は百済(くだら)王家の血を引く(たか)(のの)(にひ)(がさ)。西暦六六〇年百済滅亡、六六三年白村江の戦いにも敗れ、大陸から多くの百済王族が任那(みまな)符の難民らとともに亡命してきた。人の移動とともに大陸由来の天然痘が流行し、聖武天皇は疫病を避けてあちこち遷都した。桓武によって新しく造られた平安朝廷では宮廷の公卿や女官にも移民が多く含まれ、和風より漢風の文芸が貴ばれた。「昔、聖武天皇は侍臣に詔し、万葉集を撰ばしめた。これ以来十代、百年を()て、其間和歌は棄てられ採られず。野相公(小野篁。野宰相とも)のごとき風流、在納言(在原行平)のごとき雅情ある者はあれど、皆、和歌で世に知られることはなく、他才(すなわち漢詩)で知られるばかりであった(筆者意訳)」と『古今集』「真名序」でぼやいている状況が生まれたのである。これに反発した平城天皇は奈良に都を戻し、日本文化を復興させようとしたが、薬師の乱で敗れ、嵯峨天皇が勝利した。

嵯峨帝は唐詩(からうた)を好み和歌(やまとうた)はほとんど顧みられなかった。この傾向は人臣にして初めて摂政となった藤原良房と、その甥で天皇が成人しても関白に居座り続けた基経の頃まで続く。清和天皇は二十代半ばで退位、出家させられて、三十路に入ってまもなく嵯峨野の奥、水尾(みずのお)の里で寂しく死んだ(そのため清和天皇は水尾の帝とも呼ばれる)。清和の兄、(これ)(たか)親王もいきなり基経に比叡山の麓、小野の里に蟄居させられ、あちこち放浪したあげく、五十才過ぎに寂しく死んだ(『伊勢物語』に詳しい)。清和の皇子、陽成帝は長寿を保ったが、やはり若くして退位させられ、院御所に引き籠もった後、何をしていたか全くわからない。『小倉百人一首』に採られた「(つく)()()(みね)より()つる みなの(がは) (こひ)ぞつもりて (ふち)となりける」、これ一首だけが陽成帝の御製として知られる。たった一つでは他の歌と比較することもできず、本人の歌かどうかすら疑わしい。調べは美しく、屏風歌としては良い出来かもしれないが、この時代の宮廷和歌がいかに形骸化して低調だったかを象徴するような歌ではある。

満十二才で即位して三年目、陽成帝には皇子(後の(みなもとの)(きよ)(かげ))が誕生するが、その年、基経は突如陽成帝を廃位し、皇統を四代遡り文徳天皇の弟、(とき)(やす)親王を立てて光孝天皇とする。時康親王はすでに五十五才、基経の恣意的な皇位介入に腹を立てて自分の皇子らをみな臣籍降下させてしまう。

光孝天皇は皇太子を立てぬまま崩御。このとき陽成院はまだ十八才だったが、基経は源氏姓を賜って臣下となっていた光孝天皇の皇子、(みなもとの)定省(さだみ)を皇籍復帰させ、立てて宇多天皇とする。藤原基経、人臣の分際で、もうやりたい放題である。

源清蔭の母は紀氏、『伊勢物語』の主要人物の一人である紀(あり)(つね)の娘は在原業平の妻。業平とともに『伊勢物語』によく出てくる(これ)(たか)親王(文徳の皇子で、清和の兄)の母は有常の父()(とら)の娘。さらに陽成帝廃位の直接原因と関係があると思われる、宮中殺人事件で殺された陽成帝の乳母、(みなもとの)(まさる)(嵯峨源氏)もやはりその母が紀氏。

紀氏は名虎でさえ正四位下で、いわゆる受領階級、国司に任じられ地方に派遣される程度の家柄だった。その紀氏が天皇や皇族の妃となって徐々に宮中で勢力を拡大し、藤原氏を脅かす存在になりつつあった。もしかすると皇族は、摂政関白に居座り続ける藤原氏に対抗し得る氏族として紀氏に期するものがあったかもしれない。しかし有常は文徳朝末期に左遷。惟喬親王も清和朝に蟄居。

陽成朝に基経は出仕拒否。藤原氏から女御が入内する気配すらない。陽成帝が藤原氏を嫌っていたのは明らかだ。そうしたところで陽成帝に清蔭が誕生。帝が清蔭に譲位して院政を始めれば、藤原氏は皇統から切り離され、摂政になることもできない。誰の入れ知恵か、源融(みなもとのとほる)あたりか知らないが、そういう企てが進行していたかもしれない。源融は東宮傅として皇太子時代の陽成帝に仕えていたので、自分が摂政になると思っていたのに基経に摂政を取られて怒っていたという説もある。源融はおそらく藤原氏によって軟禁状態にあったと思う。紀氏を巻き込んだ皇族対藤原氏の対立。薬師の乱以来の大乱になる可能性があった。それで基経は藤原氏を母に持つ時康親王まで皇統を強制的に巻き戻した。陽成帝の生母藤原高子と兄基経の仲が悪かったとか、陽成帝に乱行があった、などというのはすべて作り話か、事実としても本質的な問題ではない。

陽成天皇暴君説。藤原氏に同情的に書いているのが自分ながら意外だ。

栗山潜鋒と三島由紀夫と小室直樹。ここにもちょこっと陽成天皇の話が出てくる。小室直樹の書いたものも今読むといたるところに間違いがあることに気付く。

水尾の里と小野の里

ほかにもいろいろ書いているがめんどくさくなってきたのでとりあえずこのへんで。

はたからみてわかりにくい孤独

創作活動の孤独というものを書いてその続きのようなものだが。

「山月記」を読めなかった男が1年半ぶりにもう一度読む日。非常に良い記事だと思うのだが、隴西の李徴という人は、誰がみてもそれとわかるような、本当に孤独な詩人であったが、こういう天涯孤独な詩人というものは案外少ないのではないかと私は思っている。

実際には、中島敦自身もそうであったかもしれないが、仕事もあり、妻子もいて、友人もいて、一見全然孤独にはみえなくても、自分の作品が理解されなくて、深い孤独を感じている人は多いと思うのである。

つまり何が言いたいかといえば、隴西の李徴という人ははたからみてわかりやすい孤独な人であるが、はたからみてわかりにくい孤独な人もたくさんいると思うのだ。

もちろん世の中には、友人が少なく、結婚もせず、結婚式にも呼ばれない、そういう、人間関係における孤独な人も少なくはないのだろうけど(そうした人たちは家族ができ友人ができれば孤独ではなくなるのだろうか?)、作家が感じる孤独というものは、また別のものではないかと思うのだ。

本居宣長も、『本居宣長』を執筆していた晩年の小林秀雄も、そうした意味の、はたからみてわかりにくい孤独な人だったと思うのだ。宣長にしても小林秀雄にしても、功成り名を遂げた人で、弟子も多く、家族もいた人だから、普通は孤独なはずなどないと人は思うかもしれないし、一方では、いや、彼らの孤独はよく理解できるという人も少なからずいるのではないかと思う。

ともかく、隴西の李徴という人は、私生活においても、仕事においても、そして作家活動においても、何から何まで、極めてわかりやすい孤独な人だったわけであり、そこが逆に、孤独とはなんだろうということをわかりにくくしている気がする。

己は努めて人との交わりを避けた。

李徴は言っているけれども、少なくとも私は、人との交わりを避けようと思ったことはない。多少臆病になって人に見てもらうことを躊躇することはあっても、どちらかといえば、新人賞に応募したりなどして、人に積極的に評価してもらおうとするほうだった。だがあまりにも、自分と同じことを志す人が少なくて、交流することが不可能だった、例えば歌を詠みかわすことすらできなかった、というのが実際だった。そのあたりがやはり李徴に感情移入できないところだ。中島敦自身はどうだったのだろう。李徴に近い性格の人だったとは思えない。誰か李徴に近い性格の人を知っていた、あるいは、自分のなかに若干そうした傾向があることに気付いていた、その部分を切り出し脚色した、くらいだろうか。

私が今度出す本もはたからみてわかりにくい孤独な詩人の話である。思えば私が孤独ということについてここまで熱く語ったのは初めてのことではないか。というのは私自身、孤独ということをあまり気にしない性格であったから。少なくとも孤独そのものを恐れたり避けたりする人間ではなかった。むしろ孤独を楽しむほうだったと思う。年をとってそろそろこの世を去るというときになっていまだにいつまでたっても自分の仕事が理解されることがなくて、それで孤独というか焦りというか迷いを感じ始めたのだろう。だがそれも単に老人の孤独というものとは内容が異なるように思う。

そういえばこの空谷に吼えるというのも私が書いたものであったはずである。「黄色い犬」というのは当時 yellow dog linux という、PowerMac とか初代 PS3 で動いてた Linux のこと。2006年ということは41才くらいかー。

創作活動の孤独

ふつう、人は、今の自分のために創作をして、今の人に自分の作品を見てもらって、同じ趣味の者どうし集まって、交流して、楽しみを分かち合う。それが普通の人たちにとっての創作活動というものであって、中学高校、あるいは大学のサークル活動と大きな違いはない。

だが、私は違う。もちろん私は自分のため、人のために創作しているけれども、それは今の私でもなく今の人々のためでもない。今の世の中の人々が私の作品の価値を理解できるとは思っていないし、まして、共感することで作風が変わったり、影響を受けたり、作品の価値が変わるとも思っていない。他人を超えるため、他人にできない、私にしかできない仕事を後世に残すためにわざわざ時間をかけて創作しているのだから、サークルの仲間たちと同じレベルの活動をしても無意味だと思っている。もし影響を受けるとしてもそれは明治天皇とか香川景樹とか本居宣長のような、すでに死んでしまっている人たちであって今たまたまこの世に生きている人である可能性は極めて低いと思う。

だからコミケに出品したりなどという、いわゆる同人活動というものを私はまったくやっていない。そういうものも創作活動のうちだろうし、そこから新しいものが生まれてくることもあるだろうし、そうしたものに意味がないとは思わないが、他人はともかく私はそうしたやり方を取るつもりはない。若いころならば、友人を作ったり、そうしたことをきっかけに、新しい方向性が開けたりしたかもしれないが、年をとったいま、もうそういうことはしない。

つまり私にとって創作活動とは自分が死んだ後のためにやっている。終活というやつだ。死んだ後にこの世に私が生きていた痕跡を残すためにやっている。そして私が影響を受けた人たちというのも、ずっとむかしにすでに死んだ人たちなのだ。

そこのところが人と私と大きく違っていることを最近ひしひし実感する。

もちろん私を理解してくれる人が現世で現れてくれたほうが現れないよりはずっと良いのだが、そうした人を探したり、人に私を理解してもらうために労力を費やすこと、あるいは、私の作品に価値があるかわからない人のために金を使って宣伝をすること、そんなことをやりたいとは思わないのだ。

私がやっているような、そうした孤独な創作活動を行ってきた人は今までにもいたはずだ。しかし彼らは圧倒的多数の人たちには理解されないから、存在を認識されていないだけだと思う。

ガワをふやす

人斬り鉤月斎なんだけれども、ほぼ忘れてたので非常に新鮮な気持ちで読めた。これはこれでKDPで出版しておこうと思ったが、このままでは出だしがいかにも読みにくいので、できるだけすっと入っていけるようにかなり加筆したり、順序を入れ替えたりした。こういう加筆が良いのかどうかよくわからんのだが、小説などというものは、身が大きくて衣が薄いエビフライよりは、クリームがみっちりでシューが薄いシュークリームよりは、むしろ中身がすくなくてガワが多いほうがさらりと読みやすいと思う。落語も枕から始める。私の場合いきなり本論から始めたりするが、それじゃだめなんだなと、人に言われてもピンとこないが、自分の旧作を忘れたころに読み返すとそれを実感する。

世の中には逆に中身はないけどさらりと読めて面白い文章を書く人もいるのだろう。それもまた美徳ではあるので見習えるところは見習わなくては。

ついでに初めてKDPのペーパーバックというものに挑戦してみた。手元に置いておいて人に見せるにはちょうど良い媒体かもしれない。750円で売ると450円が印刷代、300円がアマゾンの取り分で、著者には1円も入らないが、別にそれでもよい。751円くらいにしておこうか。

戦後民主主義的テレビドラマ的時代小説を破壊したくて書いたなどと言っていて、ははあ当時はそんなつもりで書いたんだなあと改めて思った。戦前の菊池寛とか、山本周五郎とか、あるいは子母澤寛あたりまでは好きなんだが、吉川英治あたりまでくると、強烈な戦後臭がして嫌なんだよね。それはNHK大河ドラマにも言えることなんだが。戦後のサラリーマン社会から電柱なんかを消してちょんまげのヅラをかぶった感じが嫌だな。そういう現代臭を消し去らなくてはならないと思うんだよね。でも結局彼らは現代のほうが過去より良いと思ってるから、逆に過去へ現代をばんばん投影させて、過去を自分好みに改変してくる。過去がもっとこうなら良かったのにとか、過去はこうだからいけない、今の時代に生きている俺らは幸せだ、戦後民主主義は最高だとか、そんな価値観ばんばんぶっこんでくる。それが嫌味だよな。そう。お説教臭い。何もかもが。

そりゃまあ医療とか福祉なんかは現代のほうが優れているに決まってるんだろうけどさ。

たぶんこれ、KDPが始まる前に新人賞に応募するように書いたものだな。KDPがでてきた頃には忘れててそのまんま放置されてたってことだな。

旧作の手直し

昔の記事を読み返していると、人斬り鉤月斎というものを昔書いたらしくて、探してみたら出てきて、2011年から2013年くらいにかけて書いたらしく、ということはエウメネスを書いたころに並行して書いたようなのだが、覚えがまったくなくて、まったく他人の書いた小説を読むここちで読んでみたのだが、非常に読みにくい。

冒頭いきなり城南山善因寺という寺が出てくるのだがこれがまったく架空の寺である。水戸光圀が東皐心越という渡来僧のために江戸に建ててやった長崎風の「南京寺」という設定で、もちろんそんな寺は長崎にはあるのだが、江戸や水戸には無いのである。

しかしまあ、剣術使いもので、水戸光圀とか南京寺が出てくるのは少し面白いかなと思うので、手直ししてみようかなという気に少しなっている。

水尾の里と小野の里

清和天皇と惟喬親王の扱われ方というのは良く似ている。二人は文徳天皇の皇子で、異母兄弟なのだが、二人ともほぼ同じころに宮廷を追いだされて、山の中に幽閉された。惟喬親王は貞観14年(872年)、京都の東、比叡山中の小野の里に。清和天皇は元慶3年(879年)5月、京都の西、嵯峨野の山中・水尾の里に。まあ要するに、藤原基経高子兄妹によって、傀儡陽成天皇を立てて、要らなくなったから追放されたのだ。

ひどい話だなと思っていた。

でもまあよくよく考えるに、惟喬親王も清和天皇も生活も経済力も外戚に丸抱えされていたわけである。天皇や親王が個人所有している資産というものが、この時代にはなかった。飛鳥・奈良時代にはあったんだろうが、律令国家というものを作って、官僚組織を作って、中央独裁にした結果、天皇個人の財産と国家の財産というものの区別がなくなり、国家から切り離された天皇個人の財産というものがなくなった。桓武天皇とか嵯峨天皇のころにそうなっちゃった。

それで日本では、通い婚、婿取り婚の伝統があるから、本卦還りしてしまって、天皇は嫁さんの実家の経済力に頼らざるを得なくなった。摂関政治の本質はそこだよな。

摂家の陰謀で、清和天皇と惟喬親王は追放された、というよりは、二人とも隠居後の資産なんて何ももってなかったから、京都近郊の山の中を開拓して、水尾の里と小野の里というものを作って、そこに住民も移住させて、死ぬまで生きていけるようにした。ようは老後のための年金として水尾の里と小野の里が与えられたのだろう。今も山の中に老人ホーム作ったりしてるがあれと同じ。そんなふうに思えてきた。別に幽閉されたというわけではなかったようだ。京都近郊をうろうろしてた。

惟喬親王は宮中を追いだされて25年後に54才で死んだ。まあまあ長生きしたほうだ。

清和天皇は貞観18年(876年)突然譲位。まあ、失脚したんだわな。そして3年後、出家して水尾に入り、翌年あっという間に、30才で死んでしまった。よっぽど嫁さんに嫌われてたみたい。あんまり指摘されることはないのだが、清和天皇ってかわいそうなひとだったんだなってことに新井白石は気付いていた。たぶん。

で、似たような状況が後三条天皇までは続いた。だから、花山院みたいな悲惨な上皇もいた。皇太子や天皇の間はちやほやされるが上皇になったらもう見捨てられちゃうみたいな(時代は違うが後鳥羽院にもなんとなくそのけがある)。白河天皇は、その反省から、天皇家が自分で資産を持つようにしたわけよね。そうして、外戚の資産に頼らなくて済むようにした。それがまあ白河院が目指した院政というものだわな。