筆記試験における圧迫面接的要素

某予備校の現国の問題集を読んでいると、なんだってまた現国というものは、こんな不愉快な現代文を読まされ、問題を解かされなくてはならないのだろうという気にさせられる。その中に菊池寛の書いたものが混ざっていて、私はそれを一気に読み終えて、爽快感を覚えた。こんな菊池寛みたいな文章ばかりが出題されたのなら私はきっと現国を好きになれただろうと思う。

要するに現国というものはまず書かれた内容に私はまったく共感もできなければ関心も持てないのだ。むしろ反感しか抱けない。読む気が起きない、こんな文章に付き合わされるのが苦痛でしかたない。中には、理科系や科学に対する露骨な敵意と無理解が綴られただけの文章もある。エセ科学者や科学評論家が書いた鼻持ちならぬ文章もある。衒学的としか言いようがないこむつかしいだけの無意味な文章もある。なぜこんな文章を読まされねばならないのか。おそらく世の中のマジョリティがこうした文章を読むことに快感を覚えているからに違いない。世の中にはそうした需要があり、多くの人はこうした文章を読むことになんら抵抗が無いのだろう。私には信じられないことだが。そして彼らは自分たちがマジョリティであることを確認して安心しているのに違いない。こういう幼稚としか言いようがない現状に、大いなる不幸を感じる。

「自由とは無条件に良いものだと思われがちだが、」そんなこと思ってねーよ。世の中に「無条件で良いもの」なんかあるはずねーだろ。あり得ない誘導するなよ。はなからあり得ない前提に基づいて延々とお説教聞かされている感じ。だから全然読む気になれないんだよ。

世の中で教養人とか文化人ともてはやされている連中の有り難くもない御託や蘊蓄や価値観や思想を強制的に押しつけられ苦痛に耐えるだけのイベントとしか思えない。現代に残る圧迫面接の一種か。マークシートだけでなく記述式や小論文にもそうした筆記試験における圧迫面接的要素はあるのだろう。つまり未だに入試が、出題者が属する学術的コミュニティに受験者が適しているかどうか同調圧力をかけて試す通過儀礼の場、ある種のアカデミックハラスメントとしての性格を有しているからだろう。

完結させないほうがよい。

最近は酒を飲んでも楽しくない。一人で飲むときなどは、缶ビール一本で飽きてしまう。人と飲んでいるときや外で飲む時は逆に飲み過ぎてしまってそれはそれで面白くない。

若い頃は気分を無理矢理盛り上げるために旨くも無い酒をがぶ飲みしたりもしたが、今はまったく逆で、人とトラブルを起こさないようビクビクしながら飲んでいる。そういう飲み方してちゃ、周りのノリについていけないし、面白いはずもない。私はもともと周りに合わせて盛り上がるってことが苦手で、適当に合わせて飲むことができないので困る。

谷川俊太郎とか宮沢賢治とか山之口貘とか萩原朔太郎とか中原中也とか、いろんな詩人がいるんだが、ああいうのはいったいどこが詩なのだろうか。萩原朔太郎にしても、彼の和歌は私にはまあわかるのだが、詩はなんともいえない。谷川俊太郎も「はなののののはな はなのななあに」などは面白いとは思うけど、それ以外のはどうも大したことはない。宮沢賢治も、一日三合の飯で我慢しとか、面白くなくはないけど、だからなんなのだと思う。それを言ったら「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」なんかも、だから何が面白いのかということになる。糸井重里の「インテリげんちゃんの夏休み」なんかも、面白いといえば面白いのかもしれないが、だからなんなのだという気もする。

俵万智も、あれは不倫の歌だから面白いのだが、それ以外は、面白いのは缶チューハイくらいで、なんということもない。

岡本太郎が書いた文章は面白いと言われて読んでみたが、あまり関心しない。結局面白けりゃいいじゃん、みんなが良いと言うのは良い、と言っているだけのように思える。日比野克彦の文章なんかは私にはどうしようもないものにおもえる。しかしなぜだか知らないが岸田劉生の文章は良い。

でまあ、今挙げた人たちの中で100年後、200年後まで残るのは正岡子規と俵万智くらいかなと思うのだが、どうだろうか。たぶん香川景樹や頓阿は残るだろう。吉田類の俳句なんて10年ももつまい。あんなデタラメな漢語を並べただけの俳句をなんでまたありがたがるのか。ただのしゃれなのか。

文章のうまい人、歌のうまい人というのは私の中では確実にいるのである。正岡子規や樋口一葉はうまいほうだと思う。ただし樋口一葉にはあんまり整ってない詠草のような歌が多い。土屋文明が正岡子規や伊藤左千夫の歌を『短歌入門』でとりあげていろいろ解説しているのだが、土屋文明という人はほんとに歌のよしあしがわかっていたのだろうか。

折口信夫も読んでみたが、何を言ってるのかさっぱりわからん。小林秀雄の悪文をつまらなくしたような文章だ。和辻哲郎は、なるほど言いたいことはわかるが、それがどうしたという感じ。寺田寅彦を文系にしたという感じだ。

竹久夢二と夢野久作はなんか似てて間違う。夢野久作の書く文はなかなか良い。たとえば「眼を開く」など。

斎藤茂吉はごくまれに正気に戻ったように良い歌を詠むことがあるのだが、普段はどうしようもなくくだらない歌ばかり詠んでいた。良い歌もあるから一概にダメとは言えないが、ああいう人がいるせいで、世間の人は良い歌と悪い歌の区別がまったくつかなくなってしまったように思う。

たとえば茶道具なんかを骨董の目利きたちがあれが良いこれが良いと言っているのは、彼ら身内の間ではそういう違いがあるというだけで、私からみたら竹のヘラなんてものは茶をかき混ぜられればそれで良いようにしか思えない。おんなじことは和歌にも言えるのかもしれない。私には全然違って見える歌も人からみればどれも似たり寄ったりなのだろう。ただ和歌に関していえば単に竹のヘラのそり具合曲がり具合とは全く違う、本質的な違いがあるように、私には思えるのだ。

『関白戦記』はあれでとりあえず完結しているからいいんだが、『エウメネス』は全然完結してないのに50万字を超えてて、特にむりやり完結させた『エウメネス6』の出来が悪い。『エウメネス5』までにしておいて、『エウメネス』は未完成、ということにしておこうか。うん、完結させないほうが良いような気がしてきた。できないことを無理にできたことにするより、できないままでほったらかしておいたほうが良いのかもしれない。

もっと削らなくてはならない

『関白戦記』辺りはまああれはあれで良いと思うのだが、『エウメネス』はもっと削らなくてはならない。kindleの悪いところは書こうと思えばいくらでも書けてしまうことで、そうすると私の場合なんでもかんでも書けるものは書いちゃおうとするから読みにくくなる。

まず読みやすさを優先して削るところは削るし、読みやすさを優先して冗長にすべきところはくどくど書くべきなのだ。削るところというのはつまり単なる説明をしているところだ。何とかという人の名前とか要するに単なるキャラクター設定の紹介なんかは削らなきゃ駄目だ。どういうキャラクターかということはストーリーを追っていくうちに自然とわかるようにしなきゃダメだ。街の説明、部族の説明。みんなそう。歴史小説ではとにかく固有名詞が多くなりすぎる。そこをなんとかしなきゃダメだ。

冗長に書くべきところというのは逆で、デタラメでも嘘でもいいから想像で街の雰囲気とか、ただ道を歩いているだけの場面とか、なにかの経験を使ってもいいから、だらだらと書く。こういうのをなんというのだろうか。埋め草とでもいおうか。違うな。空気感?雰囲気というか。筋に関係ない、日常のとりとめもないことを適当に挟むと物語っぽくなる。説明っぽさが薄まる。

たぶんだけど、村上春樹の小説は9割空気感でできている。だから読んでも読んでも話は進展しない。私なんかだと、話が長いわりに話が進まないから読んでてつらくなってやめてしまう。えっ。この調子であと何百ページも読まなきゃいけないの?ってなる。しかし多くの人にとって読書体験とは、読書することそのものであり、意味を理解することではないのではないか。たとえばコーヒーを飲む。パンを食べる。できるだけ時間をかけてゆっくりとコーヒーを飲んでパンを食べる。それが心の余裕というものだ。ゆとりというものだ。立ったまま1分間でパンをコーヒーで喉に流し込むこともできる。たぶん、多くの人が望んでいるのはそんなことじゃないのだ。

喫茶店かなにかでだらだらと本を読んでいる時間が心地よければそれでよいのではないか。逆に意味を理解しないと読書できないのであれば、気が散って(笑)、読書に集中できないのではなかろうか。

多くの人は映画館で映画を見るように本を読みたいのではないか。どっぷりと映像の中に浸って、ほかのことは考えないで。私もそうしたいときがごくたまにあるけど、普通は、ユーチューブかブルーレイで、止めたり戻したり、場合によっては早送りしたりして、せっかちに、こまぎれにして、意味を見ようとする。内容を理解すればそれで良いと思っている。そして場合によってはおなじシーンを繰り返し見て精査する。村上春樹の読者はそんなことはまったく望んでいないのではないか。

ブログに戻る その2

ブログに戻るの続きなのだが、最近は本を書いてたりとか(出版はされるだろうがいつになるかはわからない)、給料をもらっている方の仕事が忙しかったりとか、そもそもブログを書くことに意味を見いだせてなかったからずっと放置していた。レンタルサーバーも解約し、ここのサイトもハテナブログ辺りに置きっぱなしにしていたと思う。

レンタルサーバーは入金が無いといきなりこの世から消滅してしまう。死んだ後にも何か書き残しておきたいという目的にはまったくむいていない。だから個人で借りているレンタルサーバーよりかはハテナブログにでも書いておいたほうがまだ後まで残る可能性が高い。ハテナが将来つぶれても、archive.org あたりが断片でも残してくれている可能性がある。

archive.org aug 2009 などみると、このサイトは当時「亦不知其所終」というタイトルだったってことがわかる。うん。「はかもなきこと」はもっと昔から書いてた「ウェブ日記」のタイトルだったはずだ。はてなブログのほうは「不確定申告」というタイトルだった。こちらも一応残しておこう。

kindleに書いたのものも残ってくれるだろう。amazonがたとえ潰れたとしてもあれだけのコンテンツが無に帰するということはないはずだ。にしても、後世に書いたものを遺したいという希望はなんと曖昧で不確かなものだろうか。たぶんこういう考えを私が早くからもっていたのは内村鑑三の『後世への最大遺物』を読んだせいだと思うが、はなから書いたものは後に残るという前提でものを考えてしまうが、内村鑑三が書いたものが残ったのだって、たまたま世の中が文明開化して、彼はそれなりに有名になったから残っているだけのことであり、また、書き残しはしたものの、ほとんど誰の目にも触れないゴミくずになる可能性も大いにあるわけだ。

それでもやはりブログを書こうと思うのは、本はもちろん良いのだが、本には書ききれないこともある。書いては削り書いては削りするからその削りしろのもって行き場がない。この削りしろの量というのは馬鹿にならないし、削ってしまうともうどこにも書けないと思うと思い切って削ることができず、そのためらいが文章を読みにくくしてしまう。だから削るものはどんどん削らなくてはならない。で、とりあえずメモ程度に書いておくものが必要で、それにはブログがちょうど良い。削りしろといえば小林秀雄の『本居宣長』なんてまさに削りしろ無しに思いついたことをそのまんま全部書いているようなもので、本人はあれでもだいぶ整理したというから、もともとの文章はもっとダラダラと冗長なんだろうな。そういう文章を読むのも時には楽しいが、調べ物しているときなんかにはどこに書いてあるかすぐ出てこないから困る。

SNSにあいそがつきたというのもある。もうSNSには書きたくない。それとほぼ同じ理由で、もしマスコミに何か書けと言われても書きたくはない。どっちも同じだ。ああいうところに書くのはもうやめにしたい。自分のペースで自分の書きたいことだけを書こう。

archive.org だけど、おそらく金儲けのためだと思うが、トップページからいくら検索しても自分のサイトはでてこない。直接save page now というページに行くのが良いと思われる。

このブログは昔 markdown記法で書いていたのだが、今は最新のwordpressの記法にそろえようとしている。古いやつはリンクが無効になっていたり、改行があちこち入っていたりするので、そのうちちゃんと直しつつ文章も手直ししようかとは思っている。

SEO その2

SEOの続編なのだが、私自身は SEO (Search Engine Optimization) とかまったく興味がなかったのだが、私の周りの人で、私が多少 web に詳しいからといろいろ質問されることが多く(1994年からやってりゃそりゃ少しは詳しくなる)、そういう人たちはともかくgoogleの検索上位に来てくれないことがまず不満なのらしい。それで調べたりするのだけど、技術的なことなら私にもわかりはするが、google が内部でどんなふうに検索してどんなふうにインデックス化してどういうふうに順位付けしてるかなんてこと、内部の事情を知らない限りわかりゃしないし、わかったとして一年後、半年後には変わってしまっているかもしれない。

今のところここのサイトは、「はかもなきこと」で検索するとまず、和泉式部日記を現代語したブログサイトが2つ来る。その次に wikisource の「和泉式部日記」が来る。

その次に、なんと「はてブ」の「はかもなきこと」(つまりこのサイト)が来る。はてブしてくれている人がいるのはありがたい。

その次は「ブログ村」の「はかもなきこと」が来る。「ブログ村」は登録削除したからそのうち消えてなくなってくれると思う。別に「ブログ村」に参加したかったわけではなく、「ブログ村」に参加している人のために「ブログ村」を調べていただけなので、もう無くてよい。

それで結局私のサイトがズバリ検索で出てくることはなかった。

ところが Microsoft bing で検索すると、ここのサイトのページがいくつか直接上位に上がってくる。私の感覚では昔は bing の検索結果が当たり前であったが、近年では、google の結果はかなりいろんな対策、あるいは、対策の対策、対策の対策の対策、なんらかの基準に基づく最適化をしている結果のように見えるのである。

確かに、世の中には古文を勉強する人が多い。そういう需要が高い。そうした人が見たいのは私のサイトではなく、古文の解説をしてくれるサイトなわけである。ある一つのキーワードについて知りたいのではなく、そのキーワードの周りのいろんなことを知り得たほうが、検索する人にとっては都合が良い。そういうふうに最適化されているのだろうと推測される。

実際、クオーテーションで囲って「”はかもなきこと”」で検索すれば私のサイトが一番に出てくるので、google はここのサイトを知らぬわけではないので、「キーワードそのもの」で検索すれば私のサイトを一番に出さざるを得ない。しかし世の中の人は「キーワード」そのものではなく、その言葉で表される何らかの情報を知りたいわけで、google の検索結果はしょうがないのかなとも思えてくる。

あと、いくら独自ドメインだからと言っても個人のサイトよりはハテナとかブログ村のような多くのユーザーが使っているサイトの方を google は優先している。要するに、顧客の利用頻度が高いサイトやページが優先されるようになっているのだ。

SEOとかアフィリエイトで儲けようなんてサイトを立ち上げて1年で1月100万円儲かるようになりました、なんていうサイトが多いんだが、要するにみんなが「SEOとかアフィリエイトで楽して儲ける」情報を知りたがっているからそういうサイトはそれなりにアクセスが稼げるのだろう。1サイトで月に1万円儲かるならそんなサイトを100サイト作れば100万円儲かるというような仕組みになっているに違いない。実に馬鹿げたことだ。

結婚式

シャイニングを、原文と和訳を見比べながら読んでいるのだが、なかなか面白い。これによると、キリスト教徒の伝統的な結婚式では、神父(牧師)が新婦の父親に

Who giveth this woman?

と尋ねて、それに

I do.

と答えるらしいんだが、つまりこれは女は父の持ち物から夫の持ち物となるという、完全な家父長制の、というかゲルマン法に基づく儀式であって、「バージンロード」というからには処女の娘を夫となる男のところへ連れて行くのは父でなくてはならず、従って新婦の母親はいなくてもよいし、新郎の父もいなくてよいことになる。

この箇所、和訳では「この男にめあわすために、この女を渡すのは誰か?」「われこれを行なう」となっていてしかも傍点までふってある。日本でも昔は教会でこういうふうなセリフを使ったのかもしれない。そのまま訳しちゃわけわかんないから略さずに言うセリフを探し、さらにそれを古風な和訳に置き換えたのだろう。翻訳者の苦労がわかるね。

heidi 1-3-4

»Wo bist du schon wieder, Heidi?«, rief er jetzt mit ziemlich grimmiger Stimme.

「またしても君はどこへいっちまったんだ、ハイディ?」彼はちょっと腹を立てたような声で叫んだ。

»Da«, tönte es von irgendwoher zurück. Sehen konnte Peter niemand, denn Heidi saß am Boden hinter einem Hügelchen, das dicht mit duftenden Prünellen besät war; da war die ganze Luft umher so mit Wohlgeruch erfüllt, dass Heidi noch nie so Liebliches eingeatmet hatte. Es setzte sich in die Blumen hinein und zog den Duft in vollen Zügen ein.

「ここよ、」どこかからそんな声がした。ペーターには誰も見えなかった。ハイディは香りの高いスモモが茂る小高い丘の裏側に座っていたのだ。そこはまだハイディが嗅いだこともないようなかぐわしい空気に満ちていた。その子は花々の中に座って思い切り匂いを吸い込んでいた。

»Komm nach!«, rief der Peter wieder. »Du musst nicht über die Felsen hinunterfallen, der Öhi hat’s verboten.«

「こっちにおいで!」ペーターはまた叫んだ。「君は岩から落っこちないよう用心しなきゃダメだ。おじさんがダメだって言ったんだ。」

»Wo sind die Felsen?«, fragte Heidi zurück, bewegte sich aber nicht von der Stelle, denn der süße Duft strömte mit jedem Windhauch dem Kinde lieblicher entgegen.

「岩はどこにあるの?」ハイディは聞き返した。しかし、一息ごとにかぐわしい香りが漂ってくるので、その子はその場から動こうとはしなかった。

»Dort oben, ganz oben, wir haben noch weit, drum komm jetzt! Und oben am höchsten sitzt der alte Raubvogel und krächzt.«

「上のほうさ、もっとずっと上だ。僕らはもっと先まで行かなきゃならないんだ!その山のてっぺんには年を取った猛禽がギャーギャー鳴いているんだ。」

Das half. Augenblicklich sprang Heidi in die Höhe und rannte mit seiner Schürze voller Blumen dem Peter zu.

その説明でハイディは一瞬で飛び起きて、エプロンを花で満たしたままペーターのところへ駆けていった。


Prünellen は、Kriechen-Pflaume、英語で plum、学名で Prunus、和名で大雑把に李(すもも)という種の、数多くある俗名の一つであるという。

heidi 1-3-3

Nun ging es lustig die Alm hinan. Der Wind hatte in der Nacht das letzte Wölkchen weggeblasen; dunkelblau schaute der Himmel von allen Seiten hernieder, und mittendrauf stand die leuchtende Sonne und schimmerte auf die grüne Alp, und alle die blauen und gelben Blümchen darauf machten ihre Kelche auf und schauten ihr fröhlich entgegen. Heidi sprang hierhin und dorthin und jauchzte vor Freude, denn da waren ganze Trüppchen feiner, roter Himmelsschlüsselchen beieinander, und dort schimmerte es ganz blau von den schönen Enzianen, und überall lachten und nickten die zartblätterigen, goldenen Cystusröschen in der Sonne. Vor Entzücken über all die flimmernden winkenden Blümchen vergaß Heidi sogar die Geißen und auch den Peter. Es sprang ganze Strecken voran und dann auf die Seite, denn dort funkelte es rot und da gelb und lockte Heidi auf alle Seiten. Und überall brach Heidi ganze Scharen von den Blumen und packte sie in sein Schürzchen ein, denn es wollte sie alle mit heimnehmen und ins Heu stecken in seiner Schlafkammer, dass es dort werde wie hier draußen. – So hatte der Peter heut nach allen Seiten zu gucken, und seine kugelrunden Augen, die nicht besonders schnell hin und her gingen, hatten mehr Arbeit, als der Peter gut bewältigen konnte, denn die Geißen machten es wie das Heidi: Sie liefen auch dahin und dorthin, und er musste überallhin pfeifen und rufen und seine Rute schwingen, um wieder alle die Verlaufenen zusammenzutreiben.

そこでその子は喜びいさんでアルムに登った。夜中に吹いた風が小さな雲まで全部吹き飛ばして、空は一面深い青色で、その真ん中にお日様が笑っていて、緑のアルプを輝かせていた。小さな青や黄色の花が花冠をもたげ、楽しげだった。ハイディはあちこち飛び跳ねて、お日様の下、あるところにはすてきな赤いサクラソウの群生を見つけ、また真っ青なリンドウの茂みを見つけたり、またあるところでは柔らかい葉を茂らせた黄色いスミレをみつけ、そのたびに喜びの声を上げた。キラキラと輝いて手招きする花々を渡り歩いているうちにハイディはすっかりペーターや山羊たちのことを忘れてしまった。辺り一面に咲く黄色や赤の花がその子を魅惑した。ハイディはそれらの花々をいちいち摘んで自分のエプロンの中に詰めた。家に持って帰り、干し草のベッドの上にまいて、色とりどりの花で飾ろうと思ったからだ。ペーターは辺りを注意深く見張ったが、その目はあまりすばやく動けない。山羊たちもハイディとおなじようにあちこち動き回るので、彼は鞭を振り、口笛を吹き、大声で叫んで、それらの山羊たちをとりまとめ引き連れていくのにてんてこまいだった。


Kelch ワイングラスのように台と足がついたコップ。ここでは花冠と訳した。

Himmelsschlüsselchen。Echte Schlüsselblume、Wiesen-Primel、Frühlings-Schlüsselblume、Wiesen-Schlüsselblume、Arznei-Schlüsselblume などさまざまな名前がある。Himmelsschlüssel を直訳すれば「天国の鍵」。英語では primula、日本語ではサクラソウと訳すのが無難か。

Enzian は英語でGentiana。リンドウと訳せばよいか。

Cystusröschen = Cistus + Ros (バラ) + chen (小さな)。Cistus にはゴジアオイ、あるいはニンニチバナなどの名があるが、バラなのかもしれない。英語では Cistus または rock-rose。「みやまきんぽうげ」と訳した例もあるが、あまり品種にこだわることには意味は無いと思い、ここでは無難にスミレと訳した。

ヨハンナの作品にはしばしばこのようにたくさんの植物の名が出てくる。

シラカバ(Birke)。
イチジク(Feige)。
レモン(Zitrone)。
百合(Lilie)。
バラ(Rose)。
スミレ(Veilchen)。
忘れな草(Vergißmeinnicht)。
サクラソウ(Schlüsselblume)。英語ではcowslip (ウシスベリ)などと呼ばれるが、ぴったりの和名はない。
梨(Birne)、梨の木(Birnbaum)。
トネリコ(Esche)。セイヨウトネリコとも。英語では Ash tree。
銀盃花(Myrte)。ギンバイカ。
月桂樹(Lorbeer)。ゲッケイジュ。
モミ(Tanne)。
赤松(Föhre)。Kiefer、 Waldkiefer、ヨーロッパアカマツとも。単にマツと訳してもよかったかもしれない。
蔦(Epheu)。
麦の穂(Halm)。穀物の茎のことだが、「麦の穂」と意訳する。
麦畑(Kornfeld)。直訳すれば「穀物の畑」。
カーネーション(Nelke)。ナデシコ科の植物。
ローズマリー(Rosmarin)。
ツルニチニチソウ(Immergrün)。直訳すれば「常緑」。
イチゴ(Erdbeer, Beer)。時に「野イチゴ」とも訳した。
ハシバミ(Hasel)。セイヨウハシバミとも。落葉低木。種子はヘーゼルナッツ (Hazelnut) と呼ばれてケーキなどに使われる。
シナノキ(Linde)。ボダイジュと訳されることもあるが別種。
トウヒ(Fichte)。ドイツマツ、ドイツトウヒ、ヨーロッパトウヒなどとも呼ばれる。シュヴァルツヴァルト(黒い森)やアルプスなどに生える。高い針葉樹。モミの木に似て、クリスマスツリーに使われる。
サフラン(Zeitlose)。和名はイヌサフラン。秋のクロッカス、芝生のサフラン、などとも呼ばれる。クロッカスは早春に咲き、サフランは秋に咲く。作中では特に厳密に区別する必要はないと考えて、サフランと訳した。
ブナ(Buche)。
カシ(Eiche)。ブナ科のカシやナラの総称。英語ではOak。

heidi 1-3-2

»Willst mit auf die Weide?«, fragte der Großvater. Das war dem Heidi eben recht, es hüpfte hoch auf vor Freude.

「おまえも上の牧場まで行きたいか?」おじいさんは尋ねた。もちろんそれはハイディの望むところだった。その子は喜びのあまり飛び上がった。

»Aber erst waschen und sauber sein, sonst lacht einen die Sonne aus, wenn sie so schön glänzt da droben und sieht, dass du schwarz bist; sieh, dort ist’s für dich gerichtet.« Der Großvater zeigte auf einen großen Zuber voll Wasser, der vor der Tür in der Sonne stand. Heidi sprang hin und patschte und rieb, bis es ganz glänzend war. Unterdessen ging der Großvater in die Hütte hinein und rief dem Peter zu: »Komm hierher, Geißengeneral, und bring deinen Habersack mit.« Verwundert folgte Peter dem Ruf und streckte sein Säcklein hin, in dem er sein mageres Mittagessen bei sich trug.

「しかしその前に、体をきれいに洗いなさい。そうしないと、お日様は、とても美しく輝いているのに、おまえが真っ黒けなのをみて、笑うだろうよ。見なさい、そこにお前のために用意しておいた。」おじいさんは戸の前に置いてある水で満たされた桶を指さした。ハイディは飛び上がり、水をぱちゃぱちゃさせて体中きれいになるまでこすった。その間おじいさんは小屋に入ってペーターを呼んだ。「お前の袋をもって、こっちに来い、山羊の大将。」ペーターは呼ばれて驚き、自分の粗末な弁当を入れた袋を手に後に続いた。

»Mach auf«, befahl der Alte und steckte nun ein großes Stück Brot und ein ebenso großes Stück Käse hinein. Der Peter machte vor Erstaunen seine runden Augen so weit auf als nur möglich, denn die beiden Stücke waren wohl doppelt so groß wie die zwei, die er als eignes Mittagsmahl drinnen hatte.

「開けろ、」老人は命じて大きなパンの塊と、同じくらい大きなチーズの塊を袋に入れた。ペーターは驚いて目を開けるだけ見開いた。それは自分が昼に食べるよりどちらも二倍くらい大きかったからだ。

»So, nun kommt noch das Schüsselchen hinein«, fuhr der Öhi fort, »denn das Kind kann nicht trinken wie du, nur so von der Geiß weg, es kennt das nicht. Du melkst ihm zwei Schüsselchen voll zu Mittag, denn das Kind geht mit dir und bleibt bei dir, bis du wieder herunterkommst; gib Acht, dass es nicht über die Felsen hinunterfällt, hörst du?« –

「そうだな、お椀も入れておいてやろう、」おじさんはつけたした。「あの子はおまえみたいに飲むことはできないからな。あの子は山羊とはどういう生き物か知らんのだから、近づけないようにしろよ。あの子にはお椀に二杯のミルクを昼飯時に与えろ。あの子はおまえと一緒に行き、おまえが降りてくるまで一緒にいるから、岩からあの子が落ちないように、おまえが気を付けて見張っておくんだぞ。わかったな?」

Nun kam Heidi hereingelaufen. »Kann mich die Sonne jetzt nicht auslachen, Großvater?«, fragte es angelegentlich. Es hatte sich mit dem groben Tuch, das der Großvater neben dem Wasserzuber aufgehängt hatte, Gesicht, Hals und Arme in seinem Schrecken vor der Sonne so erstaunlich gerieben, dass es krebsrot vor dem Großvater stand. Er lachte ein wenig.

ハイディが中に走ってきた。「もうお日様は私を見て笑わないかしら、おじいさん?」その子は不安げに尋ねた。お日様が恐ろしくて、その子はおじいさんが桶の隣にかけておいた粗布で一生懸命顔や首や腕をこすったので、肌が真っ赤になっていた。おじいさんはちょっと笑った。

»Nein, nun hat sie nichts zu lachen«, bestätigte er. »Aber weißt was? Am Abend, wenn du heimkommst, da gehst du noch ganz hinein in den Zuber, wie ein Fisch; denn wenn man geht wie die Geißen, da bekommt man schwarze Füße. Jetzt könnt ihr ausziehen.«

「いや、もう笑うことはないだろうよ、」彼は請け負った。「しかし、夕方お前が家に帰ってきたら、今度は魚のように全身を桶に浸して洗わなきゃならんよ。なぜならおまえが山羊のように歩けば、お前の足はまっ黒になってしまうからな。さあ、もう行っていいよ。」


Willst mit auf die Weide? これは、略さずに書けば Willst du mit ihnen auf die Weide gehen? おまえはあいつらと一緒に上の牧場まで登るか、となるか。

einen großen Zuber この Zuber は「手桶」と訳されることもあるようだが、ハイディが魚のように全身入れるくらいの大きな桶なのだろう。

angelegentlich 熱心に、痛切に、或いは一大事であるかのように、とでも訳すか。

heidi 1-3-1

Auf der Weide

牧場で

Heidi erwachte am frühen Morgen an einem lauten Pfiff, und als es die Augen aufschlug, kam ein goldener Schein durch das runde Loch hereingeflossen auf sein Lager und auf das Heu daneben, dass alles golden leuchtete ringsherum. Heidi schaute erstaunt um sich und wusste durchaus nicht, wo es war. Aber nun hörte es draußen des Großvaters tiefe Stimme, und jetzt kam ihm alles in den Sinn: Woher es gekommen war und dass es nun auf der Alm beim Großvater sei, nicht mehr bei der alten Ursel, die fast nichts mehr hörte und meistens fror, so dass sie immer am Küchenfenster oder am Stubenofen gesessen hatte, wo dann auch Heidi hatte verweilen müssen oder doch ganz in der Nähe, damit die Alte sehen konnte, wo es war, weil sie es nicht hören konnte. Da war es dem Heidi manchmal zu eng drinnen, und es wäre lieber hinausgelaufen. So war es sehr froh, als es in der neuen Behausung erwachte und sich erinnerte, wie viel Neues es gestern gesehen hatte und was es heute wieder alles sehen könnte, vor allem das Schwänli und das Bärli. Heidi sprang eilig aus seinem Bett und hatte in wenig Minuten alles wieder angelegt, was es gestern getragen hatte, denn es war sehr wenig. Nun stieg es die Leiter hinunter und sprang vor die Hütte hinaus. Da stand schon der Geißenpeter mit seiner Schar, und der Großvater brachte eben Schwänli und Bärli aus dem Stall herbei, dass sie sich der Gesellschaft anschlossen. Heidi lief ihm entgegen, um ihm und den Geißen guten Tag zu sagen.

ハイディは朝早く、大きな口笛の音に目を覚ました。目を開くと丸い明かり窓から黄金の光がベッドや傍らの干し草の上に差し込んで、すべてが黄金色に光っていた。ハイディは驚いてあたりを見回し、自分がいったいどこにいるのかわからなかった。だがおじいさんの太く低い声が外から聞こえてくると、ハイディはすべてを思い出した。自分がどこから来て、おじいさんと山の上の牧場に住んでいて、もうウルゼルばあさんのところに預けられてはいないということを。そのおばあさんはほとんど耳が聞こえず寒がりでいつも調理場の窓か居間の暖炉のそばにいて、耳が聞こえないから、ハイディがどこにいるか目でみてわかるようにその子をいつも自分の目の届く範囲にいさせた。ハイディにとってそこはあまりにも狭苦しすぎて、しばしば外に飛び出してしまいたくなった。なので、その子は新しい家で目を覚まし、昨日どれほどたくさんの新しいことを経験し、今日もまた見ることができるということが、特にシュヴェンリとベルリに会えることがとてもうれしかった。ハイディは急いでベッドから飛び起きて、昨日着ていた服に着替えたが、大して着込むわけではないので数分で済んだ。それからその子はハシゴを急いで駆け下りて、小屋の前へ飛び出した。そこにはペーターが山羊の群れを連れてきていて、ちょうどおじいさんがシュヴェンリとベルリを家畜小屋から連れ出してペーターに預けるところだった。ハイディはペーターと彼の山羊たちのところへ行き、挨拶した。