芋粥に飽きるこということ

麦茶というのは,ほとんど水のようなものなのだろうが,どんな成分が人はうまいと思うのだろうか.味なのか香りなのか.鼻が効かないとうまくないのか.最近は米や小麦などを一緒に煎ったものもあるようだ.よけい香ばしくなるのだろうが,じゃ米でも麦茶のようなものは作れるのか.最近はずぼらになっていつもペットボトルだ.あれも買って帰るのがかさばって重くてよくないのだが.

お茶漬けなんてものは,冷やご飯と水,あと漬け物だけでも案外うまく食えるものかもしれないが.

今昔物語の「芋粥に飽きるということ」を読んでみたが,芥川龍之介の芋粥とほとんど同じ内容だった.芥川のいじけた脚色がないぶん面白かった.蛇を魚と偽って売る話も,原作にはそれなりの面白みがある.鼻に関しては,さすがに芥川の方が込み入ってて面白いかと思うのだが,原作もそれなりにシンプルでよい.

司馬遼太郎の小説は,「項羽と劉邦」の他は今度読んだ「だったん疾風録」くらいしか読んだことがない.普通は,坂本龍馬とかを読むものなのかもしれんが.

メモ

我恋は 千尋の海の 捨小舟 寄る辺なしとて 波のまにまに

志賀直哉「真鶴」

あらたのし 思ひははるる 身はすつる うきよの月に かかる雲なし
さすが涙の ばらばら袖に こぼれて袖に 露のよすがの うきつとめ

芥川龍之介「或日の大石内蔵之助」

夜の夜中に延々とアニメをやっている.子供が夜更かしするのでなければ,大の大人が見ているのだろう.なんかよくわからん.アニメといっても,セル画の中のほとんどは動かない.できるだけ手間のかからないように作られているなあ.なんてことは,子供のころは考えもしなかったなあ.