御衣黄

飯田橋で電車を降りて、東京大神宮、靖国神社、千鳥ヶ淵、皇居御苑などをぶらぶら歩く。気持ちの良い一日だった。最近は、テレビも「パワースポット」などという言葉を流行らせようとしているが、これは要するに新手の霊感商法のようなもので、こんなものに荷担するのはいかがなものかと思う。

飯田橋から東京大神宮の間にバーガーキングがあり、昼飯代わりに食べる。日本で簡単にワッパーが食べられるようになり幸せ。肉はニュージーランド産なのだな。

それはそうと東京大神宮はもともとは明治政府が作った伊勢神宮の遙拝所から始まり、今のところに移転したものらしい。昔は高台にあったもののようだが、今やビルに囲まれて伊勢神宮の方角など見えないわけだが。かつては、神社の前の、南西方向に延びた道が伊勢神宮を遙拝する目的の表参道だったのかもしれない、今神殿は南面しているので、礼拝する人は伊勢神宮に背を向ける形になる。遙拝所という意味ではかなりおかしいが、神明神社だと思えば別に変ではない。神前結婚式がここで始まったというのもなんとなくそんなものかもしれんと思った。もとは伊勢神宮の出張所で首都布教の拠点だったわけだからな。その後大正時代になると明治神宮が出来、東郷神社や乃木神社などが出来ていく過程で広まっていったのだろう。赤福を食べた。東京大神宮を詠める:

武蔵野の原より はるか神風の 伊勢のやしろを 拝む丘かな

靖国神社は新緑がきれいだった。八重桜がまだ咲いていた。いろんな種類の桜があるようだが、花が咲いてないとよくわからない。特に「吉野桜」というのがソメイヨシノを言うのかヤマザクラを言うのかがわからない。ソメイヨシノという名前が紛らわしすぎる。ここの桜は、ぎりぎりまで植え替えないのだろう。またおそらくは、あまり農薬などは使わないのだろう。かなり年を取った桜が見られる。街路樹や公園の桜などは幹が黒々として太くごつごつしている。ここの桜はどちらかと言えば細く、幹は苔むしていて緑色である。育て方が根本的に違うと見える。

植ゑられし 古きさくらは 苔むして 朽ち折れてゆく やすくにの庭
苔むして 蟻むれたかる 一筋の 道さへとほる 朽ち桜かな
老いにける 桜なれども 宮人に まもられ保つ 命なるかな
朽ち木立つ このやすくにの 宮の庭 かたへに苗ぞ かつ植ゑらるる
植ゑられて あるがまにまに 生ひ育ち 老い朽ち果つる 宮桜かな

元宮と鎮霊社にもお参りする。元宮は、京都に作られたほこらを移したというもので、特に問題もないが、鎮霊社は、「靖国神社本殿に祀られていない霊と、諸外国の戦死者や戦争で亡くなった人の霊が祀られている」とのことでなにやらただ事ではない。調べてみると賊軍として死んだ白虎隊の隊員や、西南戦争で死んだ西郷隆盛らが祭られているとのことだった。靖国神社の献木としては桜が多いとは思うが、そうでない木、たとえばモッコクなどがたくさん植えられている。何かいわれがあるのだろうか。

鎮霊社を詠める:

やすくにの 庭居に百千 植ゑられし 木の間に暗き 隠れ宮かな

千鳥ケ淵戦没者墓苑。ほとんどひとけがない。比較的新しい施設のように思われる。

御製:

戦なき 世を歩みきて 思ひ出づ かのかたき日を 生きし人々

昭和天皇御製:

国のため いのちささげし 人々の ことを思えば むねせまりくる









千鳥ヶ淵沿いにかえで、西洋かえで、八重桜などが植えてあり、これがまた美しい。皇居御苑には「御衣黄」という珍しい桜が咲いていたので、少し写真を撮った。

花の形から八重桜の一種であることがわかる。花びらに葉緑素があるので、黄色または黄緑色に見えるが、花心はピンク色。栽培種で、日本全国の庭園など100箇所くらいで見られるという。


宮城の 千鳥が淵に 春たけて 散りそめにける 八重桜かな

大君の 千代田の宮の 苑におふる 浅葱桜の 盛りなるかな

九重の 千代田の苑も いにしへは 日比谷の海の 入り江なりけむ

今に見る 千代田の城の 石組みに もののふの世の いにしへを思ふ

もののふが 開きし海の あとなれや 千鳥が淵の 深き濃緑

春たくる 千鳥が淵を 見渡せば 水面も岸も みな青みたり

花散らす 風は吹けども 夏近き 千鳥が淵に さざなみもなし

城の濠 巡りて走る 外つ国の人は やまとの春を知るべし

外つ国の 人にみせばや 武蔵野の 千代田の城の 春の盛りを

ナポレオン13巻

いつの間にか出てたので買った。エジプト遠征。シリア。なんかはしょりすぎではないか。もっと引き延ばそうと思えばのばせたネタのように思うが。イタリア戦役の長さに比べるとあっという間ではないか。さらに言えば、あまり面白くない。イタリアのときはだらだらしてたわりになんとか読めたのだが。

雨

雨降れば せばき我が家の 軒端より せばき庭のみ ながめくらしつ
降れば照り 照ればまた降る 我が宿の 庭木の若葉 はぐくまれけり
枯れにきと 思ひし木より 若き芽の 生ひたる見れば ほほゑまれけり
我が宿の せばき庭にも 年ごとに 植ゑたる苗木 増えまさるかな
なほ広き 庭も持たまし 富しあらば 老いたるのちの なぐさめとせむ

酒の出費がバカにならないということを

このごろは つひへもおほく なりければ 酒飲むならひ やめましものを

ふと

なりはひの日々に疲れてうつろなる思ひに耽くるやまと民くさ
かくありてしのがばやがて夏は来むかくありてまた年は暮れなむ
何か良きたづきはありやかくありてなどて我が世の人まかせなる

ふと

京極派風(笑)

朝の日のまぶしさにたへで戸もあけず伏したるままにもの思ひする
朝と夜酒を飲めると飲まざると人の心のかくもうつろふ
寝覚めしてふすまかぶりてあれこれと朝はもの思ふときにこそあれ
よべのことを思ひ出づればあさましきここちのみする浮かれ歩きか
ゑひは抜け夜も明けぬれば楽しきと思ひしことの憂ひとぞなる

影響受けやすいたちかもしれない。

永福門院

伏見天皇の中宮で、天皇と共に京極為兼に学ぶ。京極派最高の歌人の一人とも。

過ぎ移る時と風とぞ恨めしき花の心は散らむともせじ
風に聞き雲にながむる夕暮れの秋の憂へぞたへずなりゆく
夕暮れの庭すさまじき秋風に桐の葉落ちてむらさめぞふる
川千鳥月夜を寒みいねずあれや寝覚むるごとにこゑの聞こゆる
音せぬがうれしき折りもありけるよたのみ定めて後の夕暮れ
たまづさにただ一筆と向かへども思ふ心をとどめかねぬる
過ぎて行く月日を返すものにあらばこひしきかたをまたもみてまし
むら雲に隠れあらはれ行く月のはれもくもりも秋ぞかなしき
月の姿なほありあけのむら雲にひとそそぎするしぐれをぞ見る
むらむらに小松混じれる冬枯れの野辺すさまじき夕暮れの雨
寒き雨は枯れ野の原に降りしめて山松風の音だにもせず
鳥のこゑ松の嵐の音もせず山しづかなる雪の夕暮れ
荒れぬ日の夕べの空はのどかにて柳のすゑも春近く見ゆ
さても我が思ふ思ひよつひにいかに何のかひなきながめのみして
あやしくも心のうちぞ乱れ行くもの思ふ身とはなさじと思ふに
とはぬかなとふべきものをいかにあればきのふもけふもまた過ぎぬらむ
山あひにおりしづまれる白雲のしばしと見ればはや消えにけり

うーん。ふつう? 確かに京極為兼の影響は見えるが。 伏見天皇の歌も見たが、こちらもごくふつう。だいたいこの三人しかいないんだよな、京極派って。結局、為兼が突然変異だった、ということだろう。

二条為世の歌

たくさんあるのでとりあえず新千載集から為世の歌。

明けやすき空に残りて夏の夜は入ること知らぬ月のかげかな

夏は月が入るより先に夜が明けてしまう。

あくがるるものと知りてや秋の夜の月は心をまづさそふらむ
恨み侘び夕べは野辺にこゑたてて来ぬつまこひに鹿ぞ鳴くなる
音たててこずゑを払ふ山風もけさよりはげし冬や来ぬらむ
ひさかたの空に積もると見えゆるかなこ高き峰の松の白雪
白波も寄せつるかたにかへるなり人をなにはのあしと思ふな

白波でも心を寄せる方に帰るのだから人を悪く思うな、と。まあ縁語などがそこそこ面白い。

言ひ初めて心変はらばなかなかに契らぬ先ぞこひしかるへき
したもえの我が身よりこそ立てずとも富士のけぶりのたく人は知れ

うーむ。

うつつには また越えも見ず 思ひ寝の 夢路ばかりの 逢坂の関
おのづから いつはりならで 来るものと 思ひ定むる 夕暮れもがな

うーむ。

同じ江の 葦分けを舟 押し返し さのみはいかが 憂きにこがれむ
長き夜も ひとり起きゐて まどろまぬ 老いの友とは 月を見るかな
いく夜かは 見果てぬ夢の さめぬらむ 松の戸叩く 峰の嵐に
月かげの 夜さすほかは みなと江に 行くかたもなき あまの捨て舟
さかのやま 照る日のかげの 暮れしより 同じ心の 山に迷ひき

確かに平坦、確かに平凡。幽玄とか有情とか言えばそうかも。題詠なんだろう。これが二条派なんだな。なんか、ドリルを解いてるみたいだよな。頓阿、契沖、宣長に通じる。

定家の前衛的なところとか西行や和泉式部の情熱的なところとかは京極為兼に行き、定家や西行の無情感とかわびさびは二条為世に受け継がれた。こってりと情緒的な京極派は仏教、とくに禅宗が流行った中世の雰囲気には合わずに衰退した。文芸の担い手に僧侶が多かったことも、京極派には災いしただろう。そういう芸術家肌のこってり情緒的な公家文化を担っていけるような余力のある公家というものも、もはや存在しなかった。武士にも愛好されることがなかった。狩野派の絵や茶道のように家元の言う通りに作法を学べば万人にも嗜むことができる、それが二条派。陶芸や書道のように希少性(カリスマ性や芸術性)を要求されるのが京極派。前者をデザインと言えば後者はアートだ。あるいは、前衛的実験的なデザインがアートであり、逆に定型化し普遍化したアートがデザインといえようか。そんなところだろうか。

京極為兼の歌

玉葉集や風雅集などは、なかなか図書館にもない。けっこう困る。十三代集などはだいたいが入手困難。しょうがないので21代集データベースから。

為兼の歌。すこし面白い。玉葉から

冴ゆる日の しぐれののちの ゆふ山に うすゆき降りて 雲ぞ晴れゆく
ねやの上は 積もれる雪に 音もせで 横切るあられ 窓たたくなり

ここらの冬の叙景がなかなか良い。屋根に積もる雪は音も無いが窓を叩く霰の音がうるさいという。雪と霰が同時に降るというのはどうかとも思うが。

泊まるべき 宿をば月に あくがれて 明日の道行く 夜半の旅人

まるで敦煌の駱駝の旅のようだな。

旅の空 あめの降る日は 暮れぬかと 思ひてのちも 行くぞ久しき

雨の日の旅は空も暗く、もう暮れたかと思いながら久しく行くという意味か。面白い。

さらにまた 包みまさると 聞くからに 憂さ恋ひしさも 言はずなるころ
人も包み 我も重ねて 問ひ難み たのめし夜半は ただ更けぞゆく

相手がへそを曲げてふさぎ込んでいるのでとやかくものも言えない。

恨み慕ふ 人いかなれや それはなほ 逢ひみてのちの 憂へなるらむ
言の葉に 出でし恨みは 尽き果てて 心にこむる 憂さになりぬる

恨み言は言い尽くして今は内にこもっている。

辛きあまり 憂しとも言はで 過ぐす日を 恨みぬにこそ 思ひ果てぬれ

こちらはあまりにもつらいので、なんとも言わずに過ごしているのを、 恨まないというのはもう気持ちが離れてしまったからだろう、と。

もの思ひに けなばけぬべき 露の身を あらくな吹きそ 秋の木枯らし

面白いじゃないか。風雅集から

春のなごり ながむる浦の 夕凪に 漕ぎ別れ行く 舟も恨めし

春の叙景。

松を払ふ 風はすそのの 草に落ちて 夕立つ雲に 雨きほふなり

夏の叙景。「(峰の)松を払う風が裾野の草に落ちる」とか「夕立ち雲に雨が競う」とか、映像に立体的な動きがある。なかなか良い。本歌取りや縁語などの仕掛けがまるで見られないのも気持ちよい。ただもう、情景を言葉で巧みに表現したというもの。

秋風に 浮き雲高く 空すみて 夕日になびく 岸の青柳

「秋風に浮き雲高く空すみて」辺りの叙情が現代的。 また秋の叙景に青柳というのが新鮮。「夕日になびく岸の青柳」こういう言い回しは現代では当たり前だが、中世では珍しかったに違いない。

庭の虫は 鳴き止まりぬる 雨の夜の 壁に音する きりぎりすかな

「庭の虫」「壁のきりぎりす」の対比が面白い。

野分立つ 夕べの雲の あしはやみ しぐれに似たる 秋のむらさめ

秋の台風による驟雨と冬の時雨が似ているという、おもしろい歌。なかなか楽しそうだな。「足が速い」という言い回しが、当時にもあったのだろうか。

朝嵐の 峰より降ろす 大井川 浮きたる霧も 流れてぞ行く

「あさあらし」とか「浮きたる霧も流れてぞ行く」とかなんか表現が独自で面白い。

降り晴るる 庭のあられは 片寄りて 色なる雲に 空ぞ暮れ行く

「ふりはるる」とか「あられ」が「かたよる」とか「色なる雲に空ぞ暮れ行く」とか実に技巧的。

ふるさとに 契りし人も 寝覚めせば 我が旅寝をも 思ひやるらむ

ふつうに面白い。

結び捨てて 夜な夜な変はる 旅枕 仮り寝の夢の あともはかなし

ふつうに面白いだろ。

初しぐれ 思ひそめても いたづらに まきの下葉の 色ぞつれなき

まあ普通。

大井川 はるかに見ゆる 橋の上に 行く人すごし 雨の夕暮れ

いやあこれはまるで浮世絵の風景のようだ。大雨の中、遠景に橋がかかりその上を人が渡っていく。なるほど「異端」とされるのもわからんでもない。叙景にしろ描写にしろ、なにか若々しい躍動感がある。若い頃の定家や実朝にも通じる何か。これの対極にあるのが二条派の「平坦」とか「わびさび」とか「伝統墨守」というものだと言われれば、妙に納得がいく。

大空に あまねく覆ふ 雲の心 国土(くにつち)潤(うる)ふ 雨くだすなり

何か物狂おしいような。雨乞いの歌だろうか。「大空をあまねく覆う雲の心」が「国土を潤す雨をくだす」とかすごいな、自然賛歌。まあ、たぶん一種の天才肌だったんだろうな。他人は真似しにくいわ、これは。

山形赤湯温泉合宿免許

大学三年生の夏。22才。青春だなあ。車と中免の同時教習だった。

ふかきより ふかき思ひに 入りにけり 今ひとたびと 求むるにより
いねし間に 町に夕立は ふりにけり よひの祭りを 清むるごとく
花も実も あらで畑に おふる木を つくづく見れば 桜なりけり
思ふさまに 林檎は育ち 鳥は鳴き 川には土地の 子らさへ遊ぶ
ひさしぶりに つくづく熱き 湯に入りて あがればビール ふと飲ままほし
柿の種 買はむと来つる 夜の店に なんとラムネは 五十円なり
さすがプロ 全然こぼさなかったねと おせじを言って くれるおばさん
アメリカや オーストラリアに 行かずとも 空の広さは 日本にもある
国つ神に 我が来しことを 告ぐるなり ひとりつとめての 外山に登り
けふひと日 雨は降りけり ゆく川の 流れは満ちて ささにごりたり
おみくじを 結びおくため ひとむらの あをささだけぞ まうけられたる
こぞの夏 買ひし麦わら帽もがな けふしも日差し 強くなりけり
ゆふされば おほかたのせみは しづまりて みやゐの杜に ひぐらしぞ鳴く
やうやくに みづかさは減り 子らもまた 来むと見しまに 雨はふりけり
たかさごの 尾根をつたひて ゆく雲の いづこにけふは つどはむとする
えも言はず 夏の光に みがかれて 指に乱るる みづの流れを
暗幕で 外は見えねど ひぐらしの 鳴く声きこゆ ゆふさればにや
いくにちか そるもうたてと ありしひげも 思ふともなく けふはそりけり
あたたかき 部屋に戻りて かけおきし 作業着におのが 匂いをかぎぬ
思ひみな しづめむとして 湯に入りて 伊東静雄の 歌くちずさむ
おもいきり バイクの第二段階の 急制動でこけてしまった
この分じゃ 帰るころには ばらばらに なるんじゃないか おれのからだは
汗をかいてそのあと風呂に入るのもビールをうまく飲むだけのため
けふよりは残しし仕事はじめむと思ひしことのほかにもあるかな
卒検にこさめ降らなむふらふらと道に出で来る人もこそ減れ
とみに雨降り始めける部屋にありてこころあてなき日を過ぐすかな
わが宿のかたへに川の水は満ちかたへに稲の穂ぞ実りける
かの車とくも行かなむかのおうなな出でそ我は検定中ぞ
たれかこの川わたるらむこことかの岸辺に続く道はあれども
卒検を受けてののちにくらぶれば昔はものを思はざりけり
卒検はおはりにけりないたづらに歩道をわたるおうなを知らで
あめやむはありがたかれどしかすがにおきなおうなら道に出づらめ
温泉に栄ゆる町にゐやあつく神はとやまにまつらるるなり
故郷でも今日より盆にいりにけむ祖父の初盆なれどあらぬかも
初盆にみかんはいまだ青からむとぶらふ人もまたおほからむ
こぼすなよ、心配無用、ゆっくりと半クラッチでコルク抜くから
夜さりて窓のあかりにはむしらはあまた来れども我は帰るも
とをあまりやうかのあひだこの町にあれどもあした我はいぬめり
始発ではないのでつばさもやまびこも最悪の場合たちどほしだな
かへるさに小室直樹の新刊を買へばつれづれなぐさまれけり
立ったまま食う幕の内のんびりと釜飯なんか食ってられるか
立ちぼうけ弁当売りの姉ちゃんがとほれるくらいの混み具合にて
時間割吹き流してる扇風機夏休みあと幾日もなし
一枚にふたつきごとのカレンダーながつきなればあらためにけり