フローニの墓

訳者は著者ではないので作品をずけずけと批評できる立場にいる一人であるはずだが、私の場合「フローニ」を「ハイディ」の謎解きのために無理やり訳し、それでもまだ謎が解けきれないから続く数編も訳して読んでみたので、純粋に「フローニ」という作品を読んだとは言えないかもしれない。

「ハイディ」をある程度知ってはいるが深くは知らない普通の人に「フローニ」を読んでもらうと、だいたい同じような印象を持つようだ。つまり、ストーリーは別に面白くはない、しかし、文章にある独特の雰囲気があって、なぜか最後まで読んでしまう、と(ストーリーは面白くなく独特の雰囲気はあるが最後まで読む気にならないものは、ありがちだが、単につまらないということよね)。

その独特の雰囲気というのは明らかに訳者である私の文体のせいではない。逆に私がそのヨハンナの独特の言い回しの影響をうけた、のは確かだ。もちろん私もそれに気付いてはいたが、うまく表現できない。しかし周りの人も同じようなことに気付いているとすれば、やはりそこが「フローニ」のおもしろさであって、もしかすると私は宝石の原石を見つけたのじゃないか、という気にもなる。その雰囲気というのは当然「ハイディ」にもあるんだが、アニメにも表れてはいるが、残念ながら十分に表現されているとは言えないと思う。その雰囲気というのはアルムおじさんやデーテのあたりに濃厚にただよっていて、つまりそれらのキャラクターに何らかの実在のモデルがいることを暗示しているのだ。そしてそのモデルを作中に描写するときにヨハンナは奇妙な、達者というよりはぎくしゃくした表現をして、そこが何かしらの味になっている、と思う。

man ihr das Äußerste in dieser Richtung hätte zutrauen können, wenn nicht die schelmischen Mundwinkel von unten herauf sich wie darüber moquirt hätten.

たとえばフローニの容貌を描写しているこのとても訳しにくい部分。特に moquiren という単語がわからんし(ラテン系の言葉をドイツ語の動詞化したものだが、調べてもわからん。しかたなく口がへの字に曲がってると訳した)、
das Äußerste in dieser Richtung
もよくわからん(目が賢そうなわりに鼻がとても純朴で、その印象がちぐはぐだ、ってことを言いたいらしいのはなんとなくわかる)。
あるいは

Drüben standen die dunkeln Felsenspitzen des Pilatusberges auf dem lichten Abendhimmel, und die Hügel umher lagen so lockend grün im Abendschein.

「ピラトゥス山の薄暗い断崖絶壁が明るい夕空の上に浮かび、夕焼けの中、心があこがれるような緑色の丘があたりに横たわっていた」などのような自然描写。so lockend grün は「心があこがれるような緑色」とでも訳すしかないではないか。

しかしながらヨハンナの作品にはとても退屈なものも混じっていて、そういうものにはたぶんそういう何か屈折した、「魔法をかけるような」描写が盛られてないのだろうと思う。


追記

 man ihr das Äußerste in dieser Richtung hätte zutrauen können, wenn nicht die schelmischen Mundwinkel von unten herauf sich wie darüber moquirt hätten. この moquiren とはなんですか。

moquiren(現代ドイツ語の綴りでは mokieren または moquieren)は、「〜を馬鹿にする」「〜をあざける」「冷やかして笑う」を意味するフランス語由来の動詞です。

通常は再帰動詞 sich über jemanden/etwas mokieren の形で使われ、「〜を冷やかす」「〜について皮肉を言う」という意味になります。

語源や本文でのニュアンスは以下の通りです。

  • 語源: フランス語の se moquer(嘲る、バカにする)がドイツ語に入ってきた外来語です。
  • 文中でのニュアンス: 文中の “wie darüber moquirt hätten” は、「まるでそれを(下から)あざ笑っているかのように」「冷やかしているかのように」という意味になります。

「(口元の)悪戯っぽい形が、上にある真面目さや厳格さを下からからかっているようだ」という、人物の表情を描写する場面で使われています。

das Äußerste in dieser Richtung もよくわかりません。

das Äußerste in dieser Richtung は、直訳すると「この方向における極限・一番極端なこと」という意味になり、文脈としては「その傾向における極度(最大級)の態度や状態」を指しています。

パーツごとに分解すると以下のようになります。

  • das Äußerste: 「極限」「極度」「最も遠いところ / 一番極端なこと」
  • in dieser Richtung: 「この方向に(おいて)」「その点に関して」

本文でのニュアンス

この一節の直前には、その人物が「ある特定の傾向や雰囲気(例えば、非常に厳格な様子、冷酷さ、真面目さなど)」を漂わせていることが描かれているはずです。

したがって、“man ihr das Äußerste in dieser Richtung hätte zutrauen können” は、

「その方向(=その雰囲気や傾向)において、彼女なら**そこまで極端なこと(一番厳しいこと/極度な態度)**でもやりかねない(と人に思わせるほどだった)」

という意味になります。

全体の流れとしては、「彼女の様子からは『そこまで極端なこともやり兼ねない』と思わせるほどの真面目さや激しさ(=das Äußerste in dieser Richtung)を感じさせたが、一方で口元の茶目っ気がそれを自らからかっているようでもあった」という、表情や性格の二面性を表しています。