宣長の二度目の上京

享和元年(1801)、最晩年の年、宣長は若き日の上京以来(宝暦7年(1758年)帰郷)、43年ぶりに京都に赴く。 11月5日(旧暦で9月25日)に亡くなっているのだが、宣長と景樹が京都でやりとりした歌、
宣長

涼しさに 夏もやどりも ふるさとに 帰らむことも みな忘れけり

かへし、景樹

ただひと目 みえぬる我は いかならむ ふるさとさへに 忘るてふ君

かへし、宣長

ふるさとは 思はずとても たまさかに あひ見し君を いつか忘れむ

から察するに、宣長が京都に行ったのは真夏の8月(旧暦6月)くらいだっただろう。

「伊勢国本居宣長京都逗留日記」というものがあるらしい。

京都滞在は面白い。なるほど、3月28日(おそらく旧暦)、