heidi 1-1-7

“Ich möchte nur wissen”, sagte die Barbel forschend, “was der Alte auf dem Gewissen hat, dass er solche Augen macht und so mutterseelenallein da droben auf der Alm bleibt und sich fast nie blicken lässt. Man sagt allerhand von ihm; du weißt doch gewiss auch etwas davon, von deiner Schwester, nicht, Dete?”

「私はただ知りたいの、」バルベルは知りたげに言った、「あの老人は、何に負い目を感じて、あんな目つきをして、たった一人でアルムの中に引きこもって、滅多に人前に姿を現さないのかね。彼についてみんないろんな噂をするが、あんたもきっとそのわけを、あんたの姉さんから聞いたんじゃないかね、デーテ。」

“Freilich, aber ich rede nicht; wenn er’s hörte, so käme ich schön an!”

「ええもちろん。でも、私は話さないわよ。もしそれが彼の耳に入ったら、私が大変なとばっちりを受けるからね。」


was auf dem Gewissen haben あることに責任がある

so käme ich schön an! わかりにくい。できる限り直訳してみた。

heidi 1-1-6

“Ich möchte nicht das Kind sein!”, rief die Barbel mit abwehrender Gebärde aus. “Es weiß ja kein Mensch, was mit dem Alten da oben ist! Mit keinem Menschen will er etwas zu tun haben, jahraus, jahrein setzt er keinen Fuß in eine Kirche, und wenn er mit seinem dicken Stock im Jahr einmal herunterkommt, so weicht ihm alles aus und muss sich vor ihm fürchten. Mit seinen dicken grauen Augenbrauen und dem furchtbaren Bart sieht er auch aus wie ein alter Heide und Indianer, dass man froh ist, wenn man ihm nicht allein begegnet.”

「私なら、あの子の立場にはなりたくないね、」バルベルはまっぴらごめんという身振りで叫んだ。「あの山の上に住んでいる得体の知れない男は、誰とも関わりを持とうとしないし、もう何年も教会に足を踏み入れもしないし、一年に一度ばかり、太い杖をついて山から下りてきてはみんな恐れをなして姿を隠してしまう。あの太い灰色の眉毛ともじゃもじゃした髭はまるで異教徒かインド人のようで、たった一人で彼と遭遇しないことを喜ばない人はいないわ。」

“Und wenn auch”, sagte Dete trotzig, “er ist der Großvater und muss für das Kind sorgen, er wird ihm wohl nichts tun, sonst hat er’s zu verantworten, nicht ich.”

「そうだとしてそれがどうだというの、」デーテは開き直って言った、「彼は祖父であの子の面倒をみなきゃいけないのよ。彼はあの子にまったく何もしてやらないかもしれない。でもその責任を負うのは彼よ。私ではなくて。」


heidi 1-1-5

“Das kann er nicht, er ist der Großvater, er muss etwas tun, ich habe das Kind bis jetzt gehabt, und das kann ich dir schon sagen, Barbel, dass ich einen Platz, wie ich ihn jetzt haben kann, nicht dahinten lasse um des Kindes willen; jetzt soll der Großvater das Seinige tun.”

「そんなこと彼にできっこないわよ、彼はあの子の祖父なのよ、彼にはやらなきゃならないことがある。私はこれまであの子を養育してきたのよ、バルベル。だから、今私が得ようとしている仕事を、あの子のために、諦めたくないって、私には言う権利があるはずよ。今はあの子の祖父がやるべきことをやるときよ。」

“Ja, wenn der wäre wie andere Leute, dann schon”, bestätigte die kleine Barbel eifrig; “aber du kennst ja den. Was wird der mit einem Kinde anfangen und dann noch einem so kleinen! Das hält’s nicht aus bei ihm! Aber wo willst du denn hin?”

「そうね、彼が普通の人だったら、きっとそうでしょうね、」バルベルはむきになって言い張った、「でも、あなた、あの人がどんな人か知ってるでしょう。彼があの子にどんなことをするか。あんなちっちゃな子に!あの子はおじいさんに耐えられないわよ!で、それであんたはどこに行こうっての?」

“Nach Frankfurt”, erklärte Dete, “da bekomm ich einen extraguten Dienst. Die Herrschaft war schon im vorigen Sommer unten im Bad, ich habe ihre Zimmer auf meinem Gang gehabt und sie besorgt, und schon damals wollten sie mich mitnehmen, aber ich konnte nicht fortkommen, und jetzt sind sie wieder da und wollen mich mitnehmen, und ich will auch gehen, da kannst du sicher sein.”

「フランクフルトよ、」デーテは答えた、「私はそこでとても良い待遇の仕事をもらうの。そこのご主人様は去年の夏に温泉にいらして、私はその方の部屋を担当しお世話したの。その方はその時すでに私に一緒にきてほしがったのだけど私はここを離れることができなかった。そして今その方がまたいらして、私を連れて行きたがっていて、私も行きたいの。ねえあなた、わかるでしょ。」

heidi-1-1-4

Jetzt trat eine breite gutmütig aussehende Frau aus der Tür und gesellte sich zu den beiden. Das Kind war aufgestanden und wanderte nun hinter den zwei alten Bekannten her, die sofort in ein lebhaftes Gespräch gerieten über allerlei Bewohner des ‘Dörfli’ und vieler umherliegender Behausungen.

そこへ、恰幅の良い気のよさそうな見た目の女が戸から出てきて、二人に加わった。女の子は立ち上がって、デルフリやその周辺の住人らについてありとあらゆることをかしましく喋り始めた二人の女たちの後をついて歩き始めた。

“Aber wohin willst du eigentlich mit dem Kinde, Dete?”, fragte jetzt die neu Hinzugekommene. “Es wird wohl deiner Schwester Kind sein, das hinterlassene.”

「でもさ、その子をいったいどこに連れて行こうってんだい、デーテ?」新しく加わった女が訊いた。「その子はあんたの姉さんの子だろ。一人っきり残された。」

“Das ist es”, erwiderte Dete, “ich will mit ihm hinauf zum Öhi, es muss dort bleiben.”

「そうよ、」デーテは答えた、「私はこの子をおじさんのところへ連れて行くの。この子はあそこにいるべきだわ。」

“Was, beim Alm-Öhi soll das Kind bleiben? Du bist, denk ich, nicht recht bei Verstand, Dete! Wie kannst du so etwas tun! Der Alte wird dich aber schon heimschicken mit deinem Vorhaben!”

「なんだって。その子をアルムおじさんのところに置いていくって?あんたちょっとおかしくなったんじゃないの、デーテ!どうしてあんたはそんなことができるんだい!でもあの老人はきっとあんたと一緒にその子を家に送り返すだろうよ!」


Der Alte wird dich aber schon heimschicken mit deinem Vorhaben! 意味通じにくい。直訳すれば「その老人はきっとあんたをその計画とともに家に送り返すだろう。」

project gutenberg の英訳:

The old man, however, will soon send you and your proposal packing off home again!

The old man, however, will soon send you both packing off home again!

I am sure the old man will show you the door and won’t even listen to what you say.

heidi 1-1-3

Die Angeredete stand still; sofort machte sich das Kind von ihrer Hand los und setzte sich auf den Boden.

その言葉に娘は立ち止まった。するとすぐに女の子は娘の手を振りほどいて地面に座り込んだ。

“Bist du müde, Heidi?”, fragte die Begleiterin.

「疲れたの、ハイディ?」娘は尋ねた。

“Nein, es ist mir heiß”, entgegnete das Kind.

「ううん。暑いの。」女の子は答えた。

“Wir sind jetzt gleich oben, du musst dich nur noch ein wenig anstrengen und große Schritte nehmen, dann sind wir in einer Stunde oben”, ermunterte die Gefährtin.

「私たちはすぐに上まで行かなきゃならないの。おまえはもう少し辛抱してしっかり歩いてね。そしたらあと一時間で上に着くから。」娘は連れの女の子を励ました。

heidi 1-1-2

Auf diesem schmalen Bergpfade stieg am hellen, sonnigen Junimorgen ein großes, kräftig aussehendes Mädchen dieses Berglandes hinan, ein Kind an der Hand führend, dessen Wangen so glühend waren, dass sie selbst die sonnverbrannte, völlig braune Haut des Kindes flammend rot durchleuchteten. Es war auch kein Wunder: Das Kind war trotz der heißen Junisonne so verpackt, als hätte es sich eines bitteren Frostes zu erwehren. Das kleine Mädchen mochte kaum fünf Jahre zählen; was aber seine natürliche Gestalt war, konnte man nicht ersehen, denn es hatte sichtlich zwei, wenn nicht drei Kleider übereinander angezogen und drüberhin ein großes, rotes Baumwolltuch um und um gebunden, so dass die kleine Person eine völlig formlose Figur darstellte, die, in zwei schwere, mit Nägeln beschlagene Bergschuhe gesteckt, sich heiß und mühsam den Berg hinaufarbeitete. Eine Stunde vom Tal aufwärts mochten die beiden gestiegen sein, als sie zu dem Weiler kamen, der auf halber Höhe der Alm liegt und ‘im Dörfli’ heißt. Hier wurden die Wandernden fast von jedem Hause aus angerufen, einmal vom Fenster, einmal von einer Haustür und einmal vom Wege her, denn das Mädchen war in seinem Heimatort angelangt. Es machte aber nirgends Halt, sondern erwiderte alle zugerufenen Grüße und Fragen im Vorbeigehen, ohne still zu stehen, bis es am Ende des Weilers bei dem letzten der zerstreuten Häuschen angelangt war. Hier rief es aus einer Tür: “Wart einen Augenblick, Dete, ich komme mit, wenn du weiter hinaufgehst.”

細い山道をたどって、晴れた六月の朝、この山に生まれ育った背の高い娘が、一人の女の子の手を引いて登っている。女の子の頬は、すっかり日に焼けた茶色の肌を通して真っ赤になるほどほてっている。暑い六月の日差しにもかかわらず、女の子は寒さを耐え忍ぶためのように、厳重に厚着させられている。その子はまだ五才になるかならないかくらいだったが、二着も三着も重ね着した上に、赤い木綿の布を巻き付けられていたので、実際にはどのような体型をしているのかわからぬほどで、その上、鋲を打った重たい登山靴を履いていた。二人は谷間から一時間余りも登って牧草地の中腹、アルムにある「デルフリ」と呼ばれる集落に着いた。ここで二人の訪問者は、道ばたや、窓や戸の中から、いちいち村人らに声をかけられた。というのはここはその娘の生まれ故郷だったからだ。娘は立ち止まらずいちいち挨拶に返事をしながら、家並みがまばらになった集落のはずれまで来た。ここで誰かが戸口の奥から声をかけた。「ちょっと待ってよ、デーテ。あんたがもっと上までいくんなら私がいっしょについていくからさ。」

heidi 1-1-1

Zum Alm-Öhi hinauf

Vom freundlichen Dorfe Maienfeld führt ein Fußweg durch grüne, baumreiche Fluren bis zum Fuße der Höhen, die von dieser Seite groß und ernst auf das Tal herniederschauen. Wo der Fußweg anfängt, beginnt bald Heideland mit dem kurzen Gras und den kräftigen Bergkräutern dem Kommenden entgegenzuduften, denn der Fußweg geht steil und direkt zu den Alpen hinauf.

アルムおじさんの山小屋へ登る

気さくな村人らが住むマイエンフェルトから一本の杣道が木立の多い緑野を抜けて、雄大な渓谷を見下ろす丘の麓まで伸びている。その道をたどり始めるとすぐに、たけの低い草や野生の山草が生い茂る藪からかぐわしい香りがただよってきて、さらにその道はまっすぐに険しいアルプスの上まで続いている。


zu は場所へ、hinauf は上へという意味だからそのニュアンスを出すには意訳するしかないか。

kräftig は強い、というより、たくましい、野生の、という意味だろう。

Bergkräuter、Kraut には薬草、香草、香辛料となる草、つまりハーブという意味もあるが、ただの葉、あるいはキャベツの意味もある。ここでは単に山草と訳した。

作者ヨハンナにとって、マイエンフェルトは土地勘のある場所ではなかったはずだ。鉄道が通り、駅が出来、ふるくからある修道院の湯治場が開発されてラガーツ温泉という保養所ができて、それでヨハンナはチューリッヒから汽車に乗ってマイエンフェルトに訪れることになった。そうして初めてヨハンナはこの地で小説を書くために現地の人たちから取材をした。そういう意味で、この freundlich は、普通の田舎の村や町がよそものに対して「閉鎖的」で「親しみにくい」のに対して、マイエンフェルトやラガーツ温泉が、「観光客」であるヨハンナにとって、「開放的」で「親しみやすい」、というような意味合いであったはずだ。このようなニュアンスの差はヨハンナが書いた他の小説の冒頭と比較してみればもっとわかりやすいと思う。ここでは無難に「気さくな村人らが住む」と訳してみた。そんな気さくな村人の典型がデーテやバルベルだというわけだ。

ヨハンナはみずからファンタジーを好んで書く人ではなく(そのような需要やリクエストは多かったに違いないが)、その描写はいつも克明で具体的でリアルだが、翻訳の段階で多くは「夢の国」「子供の楽園」スイスというファンタジー要素が付加されてしまっているように思われる。

エウメネス再考

10年以上続けてみないと見えてこないものはあるわけで。2013年にkdpで『エウメネス』を出して、以来、なぜか私が書いたものの中で『エウメネス』だけが読まれ続けていて、なぜかなと思って調べてみると、エウメネスを主人公とする漫画『ヒストリエ』があり、ああ、『ヒストリエ』を読んだ人がついでに私の小説にも興味を示して読んでくれているのだろう、とそのときは納得していた。
そのままずっとそれで納得してたのだが、最近は、必ずしもそれだけじゃないんじゃないかと思い始めた。
私が書いたもので比較的継続して読まれているものには、カクヨムで出している『伊勢物語』がある。この『伊勢物語』と『エウメネス』に共通しているのはどちらも娯楽ものというよりは教養ものという性質の読み物であるということ、学習参考書的な性質を持っているということだと思う。
思うに、『ヒストリエ』を読んでアレクサンドロス大王に初めて興味を持った、という人はおおぜいいるに違いないが、そうでなくとも、アレクサンドロス大王に興味を持つ人はいるに違いない。世界史を学んでいて、『ヒストリエ』を参考にしようとしても、『ヒストリエ』は時代考証的にはかなり怪しいので、楽しみながら読めてもう少し役に立つ読み物はないかと探すと『エウメネス』にたどり着くのではないか。
あとはやはり、アマゾンでポジティブなレビューがついているのはやはり大きく、ときどきランキングで浮上して目に付くというのもかなり効いていると思う。
古代ギリシャものというのは古代ローマものと同じくらいに日本人には人気が高い。ギリシャものを読みあさっていくと、アレクサンドロス大王についてしっかり書いたものはそれほど多くはない。塩野七生も『ローマ人の物語』の二番煎じで『ギリシア人の物語』というものを書いた(書かされた)が、このできがあまり芳しくない。いろんな意味で不満が多い。少なくとも私としては。
これが英語圏の書籍であればアレクサンドロス大王について書いた本はゴマンとあって無名の作家が書いても埋もれてしまうのかもしれんが、日本語だとあまりない。あったとしても、断片的で、全体をざっと俯瞰し網羅するのに向いてなかったりする。あるいは逆に、概要だけで詳細がつかめないとか。
日本語でギリシャものといえば、神話とかアテナイとかあのへんのやつばっかりで、アレクサンドロス大王とかマケドニアあたりは案外手薄だ。
今はウィキペディアがあるから手間をかけて調べようと思えば別に小説を読む必要はないのだが、時間かけてあちこち調べるよりも手っ取り早くまとまった本を読みたい、という需要はやはりあるはずだ。
つまり、需要はあるが供給がない状態、ブルーオーシャンになっているのだろうと思う。
『伊勢物語』に関していうと、たぶん、これは高校生や受験生が見に来ているのだと思うが、ほかにも似たようなサイトはいくらでもあるのだけどたまたま、カクヨムだと検索の上位に来やすいとかそういう理由で見にきているのではなかろうか、と思う。極めて残念なことながら『伊勢物語』を読んだあとにカクヨムにおいてる他の私の作品も合わせて読まれているという傾向はほとんど無いと言って良い。
カクヨムでいうと『六波羅殿御家訓 現代語訳』もなぜかかなり読まれていて、といっても『伊勢物語』に比べると1%くらいだが、こういうものにはある一定の需要があることがわかる。

『エウメネス』を読んだ後にたとえば『エウドキア』などを読んでくれていることは、まったくないわけではなさそうだが、しかし、私の著書を一通り全部読んでみようという人は、まだおそらく、ごくわずかしかいない。
つまり私は、教養ものとしてはまあそこそこ読まれてはいるものの、娯楽ものとしてはほとんど需要がない、という状態にある。カクヨムだとあるところまでは読まれるが、それ以後ピタリとPVが止まる。それはkindle本でも同じように言える。読まれないものは永久に読まれず、埋もれてしまい、存在しなかったことにされてしまう。
10年近く小説を書いてみてわかったのはそういうことだ。また、10年続けてて少しずつ認知はされてきているのだと思う。

いつかパタッとPVが止まるのではないか、というのは恐怖で、逆に、今後もじわじわPVが続く、というのはとても心強いものだ。
とはいえ、一番売れてる『エウメネス1』でさえ、実売は500冊くらい。しかし、これが今後1000冊、2000冊となったらどうか。出版社に持ちかければ書籍化してくれるかもしれない。
まったく無名の作家が広告費もかけずに500冊売ったということにどれくらいの可能性があるものだろうか。

eumenes english edition

人に言われてその気になって、『エウメネス1』を英訳してみたものの、ほとんど誰にも読まれないってことがわかっただけだった。英文ならどんどん読者を獲得できるのではないかと期待したが、そんなことはなかった。

和文と英文を分離して、和文は縦書きに戻すことにした。やはり縦書きのほうが全然読みやすい。

今回書き足してしまってずいぶん長くなった。短ければあっさりしすぎていると思われ、長いと飽きられる。簡潔で読みやすく、気がつけば次々に読んでしまって、長さを感じさせないというか、長さが気にならないようなのが良い文章なのだろう。誰も別に長編を読みたいわけではないのだ。面白い作品なら、長ければ長いほどうれしいだけなのだ。

英文もせっかく書いたからどこかにタダで公開しようと思うのだが、英文の小説投稿サイトはもちろんたくさんあってそっちに投稿すりゃ良いのかもしれんが、そこにもまた有象無象の小説があって、結局は埋没してしまうのに違いなかった。

日本語の投稿サイトもいろいろ検討してみたものの、どこも英語の匂いがしない。小説サイトなのに学問の匂いがしない、というのは変な言い方かもしれんが、ああいう文芸サイトというものには、結局、私は受け入れられない気がする。

まだハテナブログのほうが、英文に関心を持つ読者いるのではなかろうかと思われたので、とりあえずこちらに公開することにした。

一度に公開しないのはもったいぶっているせいではなく、マジで最近時間が無いからだ。私の場合、趣味と本業が分離してしまって久しい。もう10年以上そうだ。しかし、少しばかり、本業にも身をいれようと思うようになった。

本業と趣味を分離してしまうと趣味ばかり本気になってしまい、それはそれで疲れる。

やはり学閥というものはあるのだと思う。大学の同期や先輩後輩、師匠はやはり頼りがいがあるものだ。自分の実力だと思っていても、実は学閥というマーケティングないしは広報が効いているからこそ、社会に露出し、世間に認めてもらえるのだ。

つまり学者になりたければアカデミアのコミュニティに属しなくてはならず、小説家になりたければジャーナリズムのコミュニティに属さねばならぬ。そのためには大学に入るのが一番良い方法だ。だからあんな一見何の役にも立たない大学というものが存在しているのだ。

自分が属する世界に飽きてしまってその外の世界で活路を見いだそうとしても、うまくはいかない。逆に自分の学閥の中でぬくぬくと活動していて、良い気になっていても、それはほんとうの実力ではない。ホンモノでなければいずれ遠からず忘れ去られるだけだ。

二足のわらじというが、単に本業と副業があるというだけではないのだ。複数のコミュニティに属するにはどうすれば良いか。一つの大学を出て、年を取って他の大学も出ればよいのか?なるほど、それもありかもしれない。しかし今更他人の弟子になって頭を下げる気など起きない。そこまでして他人に搾取されたくない。

世の中は実に馬鹿げている。身内で盛り上がっているだけではないか。そんなものは死んでしまえば何も残らない。学者ならば常日頃学者を観察しているはずだ。そこから導かれる結論は学者は馬鹿だという以外無いはずだ。それなのに、学者のくせに学者を擁護する。そういう学者ばかりだ。

メガス・バスィレウス

『エウメネス』の一番初期の草稿を読んでみたのだが、まず、タイトルが『エウメネス』ではなく『メガス・バスィレウス(大王)』になっていて、一人称ではなく三人称になっていて、エウメネスではなくて、アテナイ出身の貴族ニコクラテスという人が主人公になっている。いやそもそもこのニコクラテスなる人物は主人公というほどでもなく、王の次くらいに主要な登場人物というにすぎない。 アマストリーもまだ出てこない。 拙い、5000字足らずの草稿のようなものだが、『エウメネス』のエッセンスはとりあえず最初からここにそろってる。沙漠の話しかしてない。アッリアノスの『東征記』を読んで一番面白かった箇所を抜き出して小説風に脚色しただけ。これを多少膨らまして中編小説としてどこかの新人賞に応募したが、何の反応もなかった。

※追記: 今は全6巻、文字数は、1巻平均10万字として、50万字は軽く超えてるだろう。よくまあ書いたものだ。もはや自分でも読もうと思っても読めないくらい長い。

以下にその最初期の草稿全文を公開する。

メガス・バスィレウス

田中久三

アフガンの山岳地帯を抜け、ペルセポリスへ向かう途中に、ペルシャ高原でも一番に過酷な砂漠が横たわっている。その東半分は塩の平原。太古の昔、カスピ海やアラル海のような、閉ざされた塩辛い海が広がっていたのだろう。さらに西へ進めば、砂の砂漠。塩と砂の他には、不毛の岩山がそびえているだけ。あとは何もない。

「ところどころにオアシスくらいあるだろう。砂漠というところは、要するに、飛び石のように点在するオアシスをたどってゆけば越せるはずだ。」

王は砂漠の案内人らに尋ねた。

「この砂漠には、十日もの間一つの水場もない箇所があります。越えることはできません。」

「なんだ、たったの十日間か。キュロス王であればこの砂漠を越えただろう。」

案内人の一人が遠慮がちに答えた。

「我がペルシャ帝国建国の祖キュロス王とて同じです。」

「ではダレイオス大王ならば越えたであろうか。」

「いいえ。この砂漠は誰一人として生きては返しません。この砂漠を越えられぬことを、我がダレイオス大王自らが立証したのです。」

「ほう。おまえたち、どう思う。」

幕下に参集した指揮官たちは、一様にうつろな眼をしていた。打たれ強い、というよりは、あまりに打たれすぎて惚けてしまったようだ。 ニコクラテスという男がたまらず口を挟んだ。彼はマケドニア人ではない。アテナイ人である。彼はたびたび王に諫言をなした。王もそれを許した。

「おお、我らが王よ、バスィレウスよ!沙漠行は確かに我ら自らが望んだことでありました。一日も早く故郷に西帰するために。しかし今一度お考え直しください。」

かつて王は聖なる川ガンガーの岸辺でマケドニアの将兵らを集めて言った、

「ヘタイロイたちよ。我ら全員が乗れるほどの船を調達し、この川を下ってそのまま東の海へ出でて、アジアの海を一巡りして、カスピ海に戻ってこよう。船旅もまた面白そうではないか」、と。

いつも従順なマケドニア兵たちも、このときばかりは抵抗した、首に縄を付けられ、岐路で嫌いなほうへと導かれる散歩途中の飼い犬のように、身をくねらせ足を踏ん張って。

王は考えた。ニネヴェのアッシュールバニパル図書館で見た世界地図によれば、ガンジス川の河口からシナの海とカスピ海はつながっていた。シナもアフリカの奥地もカザフ平原もきわめて矮小に描かれていた。我らは苦も無くそれら全世界を経巡ることができる、と。しかし、兵卒らの本能は察知していた、「世界がそんなに小さいわけはない。海や大陸はどこまで続いているかもしれない。生きてマケドニアまで戻れる保証はない。」

王は言った。 「よろしい。ではアジアの海を航海するのと、ペルシャの沙漠をよぎって帰還するのでは、どちらがよいか。おまえ達が好きな方を選べ」と。

「我らは皆、東の海よりは西の沙漠の方がましです、後生ですから、沙漠に行かせてください。」

王はニコクラテスに向き直り、栗色の縮れ毛の下に光る、その黒い瞳をみつめて言った。

「私はペルシャのキュロス大王よりも偉大だろうか。」

ニコクラテスは答えた、

「もちろんでございます。王より偉大な王はこの世界にはおりません。」

「では我らマケドニア人がはじめてこの砂漠を越えてみせようではないか。キュロス王やダレイオス大王よりも、我らが偉大で強いことを後世に伝えるために。」

ニコクラテスはめまいがした。王はまったくひるまない。むしろ闘志を燃やしていた。

「ペルセポリスはまさしくこちらの方角か。」

「王よ。その通りです。しかし交易路はずっと北を迂回しております。まっすぐに砂漠を抜けることはできません。」

ニコクラテスの父はアテナイの貴族で書記官だった。王の父フィリッポスはアテナイやテーバイからなるギリシャ連合軍をカイロネイアの戦いでうちやぶり、マケドニアが全ギリシャの盟主となった。アテナイはマケドニアの要請に応じて、ニコクラテスを王の旅団に派遣した。以来彼は、いつ果てるともしれぬその大遠征 に従い、王の記録係を司っていた。立場上、王の相談役となることもあった。しかし、彼の意見が取り入れられることはなかった。王は何事も自ら即決するの だった。この王ほど参謀を必要としない王はあるまい。

王はもちろん気が狂っている、と彼は思う。

「四の五の話していても埒があかぬ。そろそろ行こうではないか。」

王は常々、インド人が乗る象ほども巨大な、スィリア産の白馬プケパラスに乗馬していた。しかし今、みずから鞍を外して荷駄を載せ、自分は徒歩で、プケパラス の手綱を引いて塩の海へと歩みだした。全軍が魔法にかかったように、すっくと立ち上がり、王の後について歩き出す。ニコクラテスはもはや驚かない。ただ、 王だけではない、マケドニア人はみな気が狂っている、そう思った。

分厚い岩塩の下には、ときおりコールタールのように真っ黒で腐った水がたまっていた。馬やらくだが塩を踏み抜いておぼれてはたいへんだ。案内役は注意深く、全軍を安全なルートに導く。

「次のオアシスまで、あと5日の行程です。」

日の出とともに進み、日の入りとともに野営する。それを3回繰り返したら、涸れた塩の湖がついに尽きて、標高が1スタディオンもあるかという、砂丘が現れ た。足が熱砂に膝まで埋もれた。一つ砂丘を上るとそのいただきから次の砂丘が見える。その砂丘に上ってもただまた次の砂丘が見えるだけだ。

「今日の野営地はここだ。」

皆は砂丘の斜面をベッドに寝た。王もまた兵士らとどうように直に砂の上に寝た。

王はバクトリアで敵将オクシュアルテスの娘ロクサナを娶った。王の両脇にロクサナとオクシュアルテスが添い寝する。

「ロクサナ。なんとやわらかな砂地だろう。ペルシャ王宮の絨毯や、フラミンゴの羽布団よりも、この砂漠の寝床の方がここちよいではないか。」

ロクサナは飼い猫がそうするように、無言でじろりと主を見ると、あきれかえって眼をそらした。

「叔父上よ。なんと見事な夜空ではないか。まるで星が鼻の先で光っているようではないか。手でつかめそうだ。地平線まで雲一つなく、空気がどこまでも透き通っている。」

王は水もなく飛ぶ鳥さえない死の沙漠のただ中にいて、恐れるどころか、むしろ楽しんでいる。オクシュアルテスは戦慄した。王は艱難辛苦がお好きなのだ。艱難辛苦によって得られる名声や富ではなく、艱難辛苦そのものがお好きなのだ。炎暑の沙漠に焼かれ、酷寒の雪原に凍え、断崖絶壁をよじり大河を渡河する、そういうこと自体がお好きなのだ。

翌朝また出立し、いくつかの砂丘を越えると、眼下に青々とした、小さな湖が見えた。

「オアシスだ。」

兵卒らは砂丘をわれ先に滑り降り、服を脱ぐのももどかしげに、湖の中に飛び込んだ。後から後から兵士らが飛び込み、多くの家畜らも後を追ったものだから、水面に浮かび上がることができず、少なからぬ兵がおぼれしんだ。また、余りにも一度に大量の水を飲んだために、急死するものまで出た。

「なんというざまだ。」

王は死者を砂に埋めて葬った。王は案内役に言った。

「これからはオアシスに着くより20スタディア手前で宿営することにする。これ以上部下を死なすわけにはいかぬ。」

一行は次第に深い砂漠に沈んでいった。日にちの感覚が失せていき、永遠に砂漠の中を彷徨するのではないか、という錯覚に陥る。

「恐れながら王よ。一つだけお聞かせ願えませんでしょうか。私が常々抱いております疑問について。」

「なんだ、オクシュアルテス。申せ。」

「王は何故に、困難なことと簡単なことの二つを選ぶときに、必ず困難な方を選ぼうとなさるのでしょうか。王都に安住せず、危険な世界を経巡ろうとなさる。ひとときも心休まるときはありますまい。」

「ははは。私はそなたたちとものの考え方が違っているからこのように世界の王になれたのである。極めて自然なことだ。そなたたちに困難と思えることが私にはむしろ簡単であり、簡単と思えることが逆に困難なのだ。楽しいと思えることが私には耐えがたい苦痛であるし、苦痛はむしろ快楽なのだ。

叔父貴よ。これは、そなただけに打ち明けることであるから、他言は無用であるが、私がマケドニアかバビロンの宮廷に戻れば、臣下らは、みな喜び安堵するであろう。しかし、この私にとって宮廷ほど危険なところはない。

今我らは世界征伐の途上にあって、我が旅団も生きるか死ぬかという緊張状態にある。私が真の意味に必要とされている場所は戦場なのだ。私が、このアレクサンドロスが宮廷にいれば、逆に誰も私を必要としなくなってしまう。我が父フィリッポスもまた同じであった。父は戦場で死んだのではない。宮廷の祝宴のさなかに死んだのだ。だから、私もまた祝宴も、宮廷も好きではない。戦場こそが私の安住の地なのだ。我が兵ら、ヘタイロイらもまた、危難の中にあればあるほど私に従順である。宿営地に集めておれば全軍を即座に掌握できる。もし我が故郷へ帰ってめいめいの家の中に入ってしまえば、私の目は届かず、何を企んでいるかもしれないではないか。」

王はそこまで話すとオクシュアルテスの返事を待たずに立ち上がり、尻や腕の砂を払うと、ロクサナの手を取り、砂の中から起こし立たせた。王は娘をバビロンに連れていき、そこで正式に挙式して、王の妃に立てるという。王がそう言うのであるからそうするのであろう。そしてまたどこかの戦場へ旅立つだろう。それまで私も王の軍にいるしかないのである。

王は沙漠の民を案内人として、水場から水場へと行軍した。日の出とともに行軍を開始し、日の入りとともに野営した。翌日も、また翌日も、同じように進軍した。

或いは駱駝や馬を屠ってその生き血をすすり、或いは奴隷のはらわたを割いてのどを潤さねばならぬ。すくなくともロバや羊は沙漠を出る前にみな食われてしまうだろう。

岩陰には夜露がたまっていることがある。夜中のうちに岩に当たって冷えた空気が結露して、わずかな雫が窪地に集まって、人ののどを潤すほどの量になることがある。兵卒らはあらそってそれらの水をすすり岩をなめた。

ある兵士が洞穴を見付け、兜一杯分の水をくんできて、それを王に献上しようとした。

「これだけか。」

「はい。」

「私もまた、マケドニアのヘタイロイの一人にすぎぬ。皆が渇きに苦しんでいるときに、私だけがこれを飲むわけにはいかぬ。おまえが見付けたのだから、おまえが飲めば良い。」

「それはご勘弁ください。」

「我が軍全員の分がないのに私だけ飲んでも意味が無い。捨てるとしよう。」

そう言って、全軍注視の中、兜一杯の水を砂地に撒いた。水はたちまち沙に吸い込まれ、太陽がたちまち乾かしてしまった。兵士らは無言でその信じられない光景を見ていた。まるで、砂が一杯の水を飲み込んだように、全軍が等しく一杯の水を飲んだかのような感覚を共有しつつ。

兜の持ち主は、王の手から空の兜を受け取り、元のようにそれをかぶった。

オクシュアルテスは言った、「ニコクラテス。おまえは、王があの水を飲まなかったことが、きわめて立派なことのように思っていよう。しかしそれは違うのだ。王は用心していたのだ。王は素性の知れない水は飲まぬ。奉られた食べ物も食べぬ。兵士らが食らっている食い物を分けて食い、兵士らが飲んでいる水を分けて飲む。王は自分のヘタイロイの一人に過ぎぬというつもりでそうしているのではない。毒を盛られるのを怖れているのだ。

また、仮に、兵士に悪意なくして、水を献上したとしてもだ。砂漠の案内人が飲んで良いと言った水しか飲まぬのだ。岩山の洞窟にたまっていた水など、得体の知れないものを飲んで腹を壊してはならぬ。遠征途中で病気になってもいかぬ。だから飲まなかっただけなのだ。」