聖橋

震災復興再開発事業#関東大震災などにも書かれているが、震災後、内堀通り、靖国通り、昭和通りなどが幹線道路として整備された。このうち内堀通りというのは、本郷から聖橋、神田橋を経て丸の内に至る道で、聖橋はこのときに初めて架けられたのだ。遷都しないと決めたのは後藤新平、復興予算を30億円と決めたのも後藤。しかし予算は5億円程度に削られてしまった。思うに遷都した方が良かったのではなかろうか。日比谷公園・上野公園・靖国神社参道などはバラックの難民キャンプで埋まっていたらしい。

当時の写真などもいろいろ見てみる。駿河台にはニコライ堂がそびえ立っており、はるかお茶の水から遠望できた。

横浜中華街は、震災前は二階建ての洋館や蔵造りの商館がみっちり立ち並んでいたのが、震災後は平屋木造バラック小屋みたいなのばかりになっている。また当時は中華街とは言わず、南京通りと言っていたようだ。

追記: 関東大震災の時に、那須あたりに遷都しておけばよかったのだ。

製造業

95年くらいに円が対ドルで84円になったころ、製造業はもう駄目だなどと言われて、この頃に日本が脱製造業に向けてさっさと方針転換をしていれば、いまのような惨状にはならずにすんだのだ。95年というのはWindows 95がやっと出てきた頃。ISPがやっと出始めた頃。このころ製造業以外にはいくらでも商機があった。しかし日本は、いつまでもいつまでも電機や自動車にこだわり続けた。実に悔しいことだ。あの頃アメリカはまだ青色吐息で、マンハッタンには乞食があふれていた。日本にはまだまだ余力があった。

なぜ日本はあのとき製造業に見切りを付けて、或いは製造業を原資として、インターネット産業に投資しなかったのか。あの当時、ちょっと頭を働かせれば誰にもわかったことではないのか。ビルゲイツにだってわかっていたことがなぜ日本人にわからなかったのか。

日本はしかし、だんだんに円安となり、海外に少しずつ生産拠点を移すなどして、円高に強い体質になったなどとうそぶいていた。私は、いつまでもトヨタなどの旧態依然とした会社が日本社会を牛耳っていることに、いつもいつも首をかしげていた。しかし結局はトヨタなどの会社の法人税によって日本は支えられていたのも事実だった。愛知万博やらセントレアやら中部地方がこれからどんどん栄えていくかのように言われていた。

しかし今やとうとう日本にとって製造業が斜陽産業となりはてた時代が来た。そしてインターネット産業で日本はまったく出遅れている。実に嘆かわしいことだ。

プレスリー

エルビスプレスリーのDVDなど見ると、プレスリーは言われているほどデブではない。
1977年に42才で死んだのだが、1974年くらいまでのビデオでは普通に腹は出ていない。
コルセットで締め上げているのかもしれないが。

で、プレスリーは毎日ドーナツを百個食べて死んだとか、いやハンバーガーだとか、いやスイカを毎日二個食ったから死んだとか、いろいろ言われているが、せいぜい40代前半で、多少食い過ぎたくらいで健康ならば死ぬはずはない。多少不健康になるかしれんが、40代前半で死ぬというのは相当大変なことだと思う。50才60才なら糖尿病か何かの合併症で死ぬかもしれんがね。

FMレコパルという雑誌(FMファンとあと週刊FMだっけか、FMをエアチェックするためだけの週刊誌があったというのは今では考えられんなあ)があり、たしか黒鉄ヒロシの漫画でプレスリーが西瓜を毎日二個食ってデブで死んだとかいうのを私は読んでそれを今でも覚えている。私よりも五歳か十歳上の人もだいたいそれと同じような記憶。西瓜がドーナツだったりする位の違い。

しかし死ぬ直前に多少デブだったかもしれんが、もう少し長生きすればダイエットしてやせたかもしれんのに、たまたま死ぬ直前の数年に太ったからといってあそこまで、デブで死んだとかなんとか言われるのはかわいそうな気がしてならん。

かなりどうでも良いことだがFMレコパルのマンガにはかなり影響を受けた気がする。メシアンの世の終わりのための四重奏曲などというみょうちくりんな現代音楽をわざわざ聞いたのも、その影響だった気がする。他にも覚えてないがそうとう影響受けた。そうそうたしか石森章太郎だった。Wikipediaにも書いてあるから間違いない。第二次大戦中に牢屋に入れられたときに作曲したんだった。

Wikipediaなど読むとエドサリバンショーではわざと下半身を映さず放送したとか、たしかにプレスリーは下半身が命なんだ。若い頃の全身が映った映像は確かに衝撃的。

でもそれを言うとベリーダンスはどうなんだという話になる。ベリーダンスは太鼓の伴奏とシンクロして胸と腹と腰を別々に揺らすからすごい。ただ腰だけ揺らすのはフラダンスだってやってる。

冥王星

なんか世間と感覚がずれているのかな。冥王星なんてどうでもいいし。ていうかほんとの科学者ならあっそうで終わりじゃないの。科学者じゃない連中の琴線に触れる部分があるんじゃないかなとか。そうじゃなきゃこんな大騒ぎしないでしょ。教育関係者とか、インテリってこういう話好きだよな。立花某とか専門でもなきゃわかりもしないくせに科学談義大好きだしな。子供の頃小学校で「一番遠い惑星は冥王星です」って教わりましたみたいなノスタルジー。科学的な客観的事実とか、科学者どうしが決めたクライテリアよりも、検定教科書になんと記述されているか、教育指導要領にはどのように定められているか、入試にはどのように出題されるか、その方が100倍重要なんだろう。明らかに科学的態度からは乖離しているよね?果ては「科学者の傲慢」とか言い出す始末。そのうち「科学は非民主的」とか言い出すよ。アホかと。だいたい論文の新規性や有効性だって査読者どうし話し合いで決めてるんだよ。ノーベル賞の審査基準だってそうだろ。今更なんだよって感じだよね。

「冥王星」って名前の響きはいいよね。でも月より小さいひねこびた岩の固まりなんでしょ。

ジミ・ヘンドリクス勉強会。

ツタヤでJimi Hendrix at WoodstockのDVDを借りてくる。アメリカ国歌の演奏が実に印象的。Wikipediaによれば

1969年8月に6人編成でウッドストック・フェスティバルに出演しトリを務め、音楽史に残る名演「The Star-Spangled Banner」(星条旗、いわゆるアメリカ国歌)を演奏。
フィードバックやアーミングといったエレクトリックギターの特殊奏法の限りを尽くし、爆撃機が空襲を行い民衆が泣き叫び逃げまどう様子を、音で完璧なまでに再現してみせた。
これは泥沼化して先が見えないベトナム戦争と、希望のない戦争にのめり込むアメリカ合衆国への痛烈な批判であった。

だということだが、そんなことはさっぱりわからんのだが、ともかくすごい演奏だと思った。

Purple Haze、 Voodoo Child もかっちょいい。

「紫のもや」試訳:

紫のもやが脳の中に充満している
近頃は何もかも違ってみえる
おかしな具合だがなぜだかわからない
空にキスする間ちょっとまって

紫のもやがあたり一面立ちこめている
どっちに歩いているかもわからない
俺は幸せなのかみじめなのか
ともかくあの子は俺に呪文をかけた

助けて助けて
なにもわからない

紫のもやが目の中にいっぱいだ
昼だか夜なのかもわからない
おまえは俺の心を吹き飛ばした
明日かそれとも時の終わりか

何もわからん
助けて
教えてくれ
さあこい

「ブードゥーの子」試訳:

山のそばに立って
手刀で叩き割り
破片を集めて島を作る
小さな砂を軽々と持ち上げるように

だって俺様はブードゥーの子だから
神様も俺がブードゥーの子だと知っている
最後にもひとつ言いたい
あなたのすてきな時間をとりあげるつもりはなかった
そのうち返してあげる

もしこの世で二度と会わないとしたら
次の世で会うだろう
そのときは遅れるな
遅れるな

俺様はブードゥーの子
問いはいらない
答えもない

こんな感じでしょうか。 wikiでジミヘン和訳集とか作るとおもしろいかな。

普通のハードロックやヘビーメタルなどの曲にはリズムとメロディーがあるのだが (そしてそのテンポがしばしば異様に速い)、それがジミヘンにはない(ことが多い)。ジャズの即興演奏に近いかも。あるいは津軽三味線のようなものも連想させる。ときどきバンジョーのような弾き方もする。ドラムはジミヘンの演奏に合わせて適当に太鼓をたたいているだけのように見えるし、ときどきドラムを合わせきれずに苦笑しながら眺めていたりする。私はバンドというのはよくわからんのだが、ドラムとかベースとかボーカルとか役割分担が決まってて、即興のように見えてある程度までは整然と演奏されるのだと思う。しかしジミヘンの場合は空から霊感がおりてきて、ジミヘンがそれをギター演奏として表現し、周りのスタッフがそれに合わせて適当に太鼓たたいたりマラカスふったりしている。シャーマニズムにも近いものがあるのかもしれんし、もしかするとネイティブアメリカンの音楽の影響もあるかも。

油菜橋

なぜか秦野へ。静かで美しい町。それから栢山の二宮尊徳記念館。3150円の金次郎像を買う。油菜橋というのがある。孤児となり、叔父に養われていた二宮金次郎が菜種を植えて油を作り、初めて自力でお金を稼いだという場所。時あたかも菜の花が咲いていた。ちょっと感動した。内村鑑三は、中学三年のころ二宮金次郎から間接的に影響を受けているのだった。内村鑑三はクラーク博士に農学を学んでいる。江戸時代の先達として二宮金次郎を尊敬していたのである。

それはそうと天孫降臨の天孫が天照大神の孫のニニギノミコトだということを日本人の99%は知らない。日教組の戦後教育の成果を見る思いだな。そんなことで女系天皇は是か非かなどと議論してるのだからばかばかしい。

宇宙に満ちた気

脳科学を検索してみると出てくるのは心理学か哲学ばかり。ゲーム脳がどうしたこうしたとか、クオリアがどうのこうのとか、なんか怪しげな世界だ。あまりお近づきにならない方がよいのか。

脳科学といっても結局PETとかMRIで領野のどこが活動してるか調べてるだけだ。そこからゲーム脳などという安直な珍説が生まれてくる。マスコミは自然科学からこういう道徳的で啓蒙的なデータが出てくるとすぐ飛びついて祭り上げる。日本人の科学的な訓練(科学リテラシーというかのか)はまだ脆弱だから、あっという間に明治以前の道徳と学問が不可分に結びついた暗黒時代まで退行してしまうのだ。きわめて危険だ。今でも大学教授というものはネクタイ締めて偉そうなことを言ってるとか、白衣を着て実験してるというようなステレオタイプでみられているが学問とか科学とはそんなこととは何の関係もない。

ゲームをやってる最中に脳のどの部位が使われているかとか脳波がどのように変化するかだけで、ゲームが有害かどうかを決めつけられるはずがない。

ともかく今は脳のどこそこが梗塞したらどの機能が損なわれるとか、これこれという行動をとれば脳のどこそこが活動するかとか、その程度のことを「非侵襲的解剖」などと言ってありがたがってるのだから困ったものだ。

アトムの前身であるメトロポリスなど読むと手塚治虫がもともとは東洋思想の強い影響下にあったことがわかる。生命とは「宇宙に満ちた気」であって太陽の異常黒点活動によって人工生命が生まれたり滅んだりする。朱子学の陰陽説そのものだ。ところがそれから手塚治虫は多少科学を勉強したらしく、アトムには機械論は出てくるが陰陽説っぽさはまったく出ない。50年前の日本人は東洋思想にとらわれていたが現代人でも似たようなもんだ。マトリックスとか攻殻機動隊なども「脳」とか「意識」というものがまるでわかってないから、あのような壮大な妄想が出てくるわけで、わかってしまえば「脳」とか「意識」というものは多少複雑ではあるかもしれんが、もっと当たり前な自明のものに違いない。

だいたい世相がだんだん悪くなるとかいやな時代になりましたねえなどというが、20世紀ほどひどい時代はなかったんで、あのころは犯罪も不正も非常に多く治安も悪かったが、たいていはローカルな社会に閉じてたからよその地域のことなど知りもしないし知る方法もなかった。サザエさんなんか読んでると昔は戸締まりというもんがなかったから、刑務所帰りの押し売りが平気で縁側まで押しかけて婆さんにゴムひもかなんか売りつけてる。
今じゃありえない話だ。今じゃ日本のどこかでおかしな事件が起きるとマスコミがよってたかって大騒ぎするが、そんなの昔は日常茶飯事だったに違いない。じゃあ19世紀やその昔はまだましかというとおそらくは20世紀よりずっと悪かったに違いなく、時代をさかのぼるほど世の中は粗雑で悲惨で無知でいい加減だったのはほぼ間違いあるまい。

動物園の猿を観察するというので結局6000円の安物の双眼鏡を買った。オリンパスの軽いやつ10倍。8倍でも良かったのかもしれん。重くてでかい防水なやつはかっこいいが腕が疲れそうだ。双眼鏡で見るともちろん立体視できるのだが、遠くの物体が皆平面に見えておもしろい。双眼鏡ごしでは数メートル数十メートルの視差は認知できるが、数センチの視差はわからんのだな。片目で見た方が逆に奥行き感がある。おもしろいねぇ。両眼視差を完全にキャンセルする双眼鏡があるとおもしろいかもね。ていうかそれ左右同じ映像にすれば済む問題なのか。いや、そうではあるまい。視差のあるところと無いところがあるから視差を感じ、奥行きを感じるのだろう。視差がまったく無いと片目で見たときのように脳が奥行きを知識ベースで勝手に補完するのでないか。みんな平面に見えるような仕掛けって作れるのかなぁ。

Inner vision

S. Zeki の本 Inner vision は確かに衝撃的だが、煎じ詰めれば、視覚領野を統合するような視覚領野は存在しないと言ってるだけ。各種画像処理に特化した視覚領野は全部横並びであり非同期であって、低レベルの視覚特徴から高レベルの統合特徴を作ったりはしないということ。少なくともリアルタイムでそういう作業はしてない。つまり我々が普段見ている光景というのはほとんどすべてが無意識のうちに見ていると言ってるにすぎない。コップの水を飲むのにこれはコップ、黄色い冷たい陶器のコップ、透明の水、などといちいち意識しないようなもので、それは当たり前のことだ。自動車を運転するときもそうだろう。いちいち意識していたら運転できない。歩くこともできまい。意識しすぎれば身動きとれない。自意識過剰という状態だ。

ブルース・リーが言う Don’t thik, Feel. というのが無意識。高次な統合意識にとらわれず、低次の非同期で素早い反射行動を鍛えろいうことだ。

しかし人間に意識とか認識がないわけではない。それとこれは別だ。

無意識というのはつまり複数の低レベルの処理が非同期無連絡に行われている状態と考えればよいだろう。意識というのは何か統合とか同期とかが必要な処理で、フレームレートでいうとせいぜい 1fps とか 0.5fpsとかそんな非常に遅い処理。しかも同時並列にはできない特権プロセスのようなもんで非常に重い処理なのだろう。

ただそれだけのことだ。当たり前と言えば当たり前のことだな。

十年一日のごとき授業

筒井康隆の小説のモデルになった某大学文学部の教授会は、事実しゃべりたい人だけが延々としゃべり続け、途中退席して喫茶店で休憩してもよく、戻るとまだ同じ話が続いているらしい。

e-Learningの授業を未だに手書きOHPシートでやっているという某教授によれば、授業をやっている時が公務の中で一番楽な時間なんだそうで、なぜかといえば授業中だけは電話もかかってこず、学生に向かって自分がこれまでずっとやってきたことを語る場だからだそうだ。
何十年も大学教員をやっているとそんな境地に達するのだろうか。

放送大学は編集も取り直しも一切やらず本番撮りっぱなしなんだそうだ。講師が収録までに十分に練習しておくということなのであろう。落語の寄席と同じで学生が聴講する実際の授業を収録しないとライブ感がなくておもしろくないという。放送大学の授業は講演会を15回やるのと同じ程度に周到に準備されているように見える。

落語のネタを15本しかもってなかった名人の話があるけれども、また十年一日のごとき授業という言い方もあるが、授業というものは同じ内容でも毎回毎年違うというのも真実なのであって、同じ授業も回を重ねれば次第に密度が増し話芸としての完成度も高まり、学生への教育効果も高まるのかもしれん。そうやって年月を経て練り上げられた授業というものは、独り講師から学生への一斉授業というにとどまらず、むしろ講師と学生との合作というべきものであって、まさしく古典落語のような名人芸へと昇華するのかもしれん。
そこまで練られた授業であればこそライブ収録する価値もあろうと思う。

実際には単に十年一日同じことを繰り返す授業の方が多いのだろうが。