俊寛

平家物語では、巻第二「大納言死去」「康頼祝詞」から巻第三「赦文」「足摺」「有王」「僧都死去」まで、延々と、ずいぶんな分量を費やして、俊寛が流されて死ぬまでの話が記述されている。また、有王が俊寛を訪ねたのは、清盛が死ぬより前、平家全盛の時代で、流刑になった三人のうち二人だけが恩赦で帰ったすぐ後である。俊寛の家族は妻と娘、さらに若君が京都に残されていたが、若君に続いて妻がなくなり、娘の手紙を有王が髪の毛の中に隠して俊寛にもたらしたことなっている。そして俊寛は食事をとらずに餓死する。

倉田百三の話はだいぶオリジナルに似ているが俊寛の家族はみな死に絶えたと有王から聞き、俊寛自身は岩に頭をぶつけて自殺する。

菊池寛の話では、平家が滅んだ後に有王が訪ねてくると、俊寛は土地の女性と結婚し子供ももうけており、釣りや農耕などして自給自足、楽しく暮らしている。平家が滅んだと聞いても都に戻る気すらない。有王には、「都に帰ったら、俊寛は治承三年に島で果てたという風聞を決して打ち消さないようにしてくれ。島に生き永らえているようなことを、決していわないようにしてくれ。・・・俊寛を死んだものと世の人に思わすようにしてくれ」
と言って分かれる。

芥川龍之介の話では、有王が訪れる時期は清盛が生きている間なのだが、俊寛はすでに現地で妻がおり、なんとなしに隠遁生活を送っており、四方山話をしたあと「見せばやな我を思はん友もがな磯のとまやの柴の庵を」との歌を残して有王と分かれることになっている。この辞世の歌は平家物語には見えないが源平盛衰記では俊寛が一人島に残されたときに詠んだことになっており、有王に残したとはかかれてない。

ふと、芥川龍之介はなんでこんな退屈な内容の「俊寛」をわざわざもう一つ付け足さなくてはならなかったのか、と思う。わざわざ倉田や菊池の前作を参照してまで、何か新たな解釈がしたかったのだろうが、読んでみて、いったいどこで何を言いたかったのか、よくわからんのである。

鬼界ヶ島

平家物語を、鬼界ヶ島に三人の男が流される、という辺りまで読んで、なんかどこかで読んだことがあるなと思ったら、菊池寛の「俊寛」だった。三人のうち俊寛だけが許されず、鬼界ヶ島に住み続けるのだが「自分で拓いた土地に、自分の手で蒔いた種の生えるのを見ることは、人間の喜びの中では、いちばん素晴らしいものであることを、俊寛は悟った。」といった具合にいつの間にか原住民の暮らし最高みたいな話になっていく。

この話は実はけっこう有名で、近松門左衛門が浄瑠璃にし、菊池寛に続いて芥川龍之介も小説にしたらしい。

ははあ、なるほど。芥川龍之介の俊寛の冒頭で、「ある琵琶法師が語ったのを聞けば、俊寛様は御歎きの余り、岩に頭を打ちつけて、狂い死をなすってしまうし、わたしはその御死骸を肩に、身を投げて死んでしまった」といっているのは倉田百三の戯曲「俊寛」のことで、「またもう一人の琵琶法師は、俊寛様はあの島の女と、夫婦の談らいをなすった上、子供も大勢御出来になり、都にいらしった時よりも、楽しい生涯を御送りになった」と言っているのが菊池寛の小説「俊寛」なのだなあ。

西光が斬られる、辺りまで読んだ。

平家物語には驚くべきことに、保元の乱も平治の乱も出てこない。いや、保元・平治の頃などという言及は出てくるのだが、物語として記述されてない。不思議と言えば不思議だ。保元・平治の乱については既知として読まねばならない。

重盛の性格描写も清盛に劣らぬくらい不自然だよなあ。

思うに、応仁の乱の頃は登場人物も多くなんかごちゃごちゃしてて、よくわからんがそれに比べると鎌倉幕府の頃まではシンプルでわかりやすいと思っていたのだが、実際のところは後世になるほど日記などの基本資料の数が増えて、説話や軍記物に頼らずとも歴史が構築できるので、自然と話がややこしくなるのだろう。平家物語は、敵味方や善悪があまりにも単純化されていて、歌舞伎や浄瑠璃程度しか歴史を反映してないのだろう。清盛や重盛がほんとはどんな人間だったかなどはほんとはよくわからないのだな。

途中で滅んでしまった平氏にくらべると源氏のほうはそうとう詳しく歴史が残ってる感じだわな。

二代の后

ふたたび、平家物語。「二代后」という話があって、藤原多子(「まさるこ」と読むらしい)が近衛天皇の后となったが、近衛天皇は17才で崩御し、多子は太皇太后となる。太皇太后といっても当時まだ多子も17才だった。

その後、後白河天皇をはさんでその次の二条天皇の強い要望により(と平家物語には書かれている)再び入内して后となった。それで多子のことを「二代后」という。当時、多子21才、二条天皇は18才。しかし二条天皇も23才で崩御し、その後多子は出家する。ちなみに近衛天皇は二条天皇の叔父に当たる。

ふうん、そんな話があったんだ、とは思うものの、これまた源平合戦とはなんの関係もない、単に平家一門全盛時代にあった一つのエピソードに過ぎんよなこれは。

この、平家物語を読んで行くに、確かに平清盛はやってることはえげつなく、悪者だったかもしれんが(笑)、権力抗争というものはどうしても極端まで行ってしまうものであり、 同じことをかつて藤原氏がやってきたのであって、平氏だけが責められる筋合いのもんではないような気がする。藤原道長だって四天王とかいう自警団もっててそうとうあくどいことやってたに違いない。

清盛の嫡男、重盛は忠と孝のはざまで苦しんだ「義人」のように書かれているが、これもどうだろうか。あの状況では平氏は藤原氏に取って代わるより他に方法はなく、清盛がやっていたことも、その後源氏や北条氏がやってきたことと大差はない。藤原氏が平氏を憎んで滅ぼして、結局は源氏がその役割を引き継いだに過ぎない。ならば重盛がもっと要領よくやった方が動乱は少なくすんだ可能性が高い。天皇家や藤原氏とうまくやっていれば平家一門はもっと長く続いただろう。

いやあ、しかしすごい時代だな。政争・戦乱、また戦乱。

ジョージ秋山のアシスタント

明らかに風邪を引いてしまった。咳が出て、たまに頭痛がする程度なのだが、この時期接客をして変に疑われても困るんで、龍角散など飲んでみる。子供の頃はただまずいだけに思えたが今飲んでみるとなかなか生薬がいける。まずくはない。

ジョージ秋山のアシスタントを30年やっていま52才という人の本を読んだ。もとはブログだそうだが、どこにあるのかわからない。おもしろいかと言われればおもしろい。

ああ、たぶんこれだ。

http://blog.goo.ne.jp/yes-de1/e/6312e213555f9e1c04cd3bfc833c44d2

ボーナス前になると金欠になるのである。毎年、性懲りもない。今年も結局徐々に貯金を切り崩し、大して残らない。ま、しかし、多少残った気もしなくもない。去年はひどくて、生命保険の切り替えにあたってたからその支払いをしないで済ましたが、例年通り支払ってたらたいへんな赤字だったわけである。そんなことにならないように倹約してきたのだが、まあ、今年はとんとんくらいかな。

カブトエビの飼育セットがなかなかかわいらしい。どんどん大きくなる。

寝付けなくて困る。外飲みして帰ってくるとばたっと寝れるのだが、家飲みだと寝付けない。そもそも寝るタイミングが早すぎる。

最近ダイキンの除湿・加湿機能付き清浄器を買ったのだが、部屋干ししてる部屋でターボ除湿とかやると、ものすごく部屋が暑くなる。そしてみるみる洗濯物が乾燥していく。乾燥し終わると部屋の温度が下がっていく。すごいなこれは。


イエス小池という人であろうと思う。

萬壽無疆

なるほど。出典は詩経だったんだ。

詩經 小雅 谷風之什 信南山

信彼南山,維禹甸之。畇畇原隰,曾孫田之。我疆我理,南東其畝。
上天同雲,雨雪雰雰。益之以霢霂,既優既渥。既霑既足,生我百穀。
疆埸翼翼,黍稷彧彧。曾孫之穡,以為酒食。畀我尸賓,壽考萬年。
中田有廬,疆埸有瓜。是剝是菹,獻之皇祖。曾孫壽考,受天之祜。
祭以清酒,從以騂牡,享于祖考。執其鸞刀,以啟其毛,取其血膋。
是烝是享,苾苾芬芬。祀事孔明,先祖是皇。報以介福,萬壽無疆。

詩經 小雅 白華之什 南山有臺

南山有臺、北山有萊。樂只君子、邦家之基。樂只君子、萬壽無期。
南山有桑、北山有楊。樂只君子、邦家之光。樂只君子、萬壽無疆。
南山有杞、北山有李。樂只君子、民之父母。樂只君子、德音不已。
南山有栲、北山有杻。樂只君子、遐不眉壽。樂只君子、德音是茂。
南山有枸、北山有楰。樂只君子、遐不黃耇。樂只君子、保艾爾後。

詩經 小雅 鹿鳴之什 天保

天保定爾、亦孔之固。俾爾單厚、何福不除。俾爾多益、以莫不庶。
天保定爾、俾爾戩穀。罄無不宜、受天百祿。降爾遐福、維日不足。
天保定爾、以莫不興。如山如阜、如岡如陵。如川之方至、以莫不增。
吉蠲為饎、是用孝享。禴祠烝嘗、于公先王。君曰卜爾、萬壽無疆。
神之弔矣、詒爾多福。民之質矣、日用飲食。群黍百姓、徧為爾德。
如月之恒、如日之升。如南山之壽、不騫不崩。如松柏之茂、無不爾或承。

滿洲國國歌にも使われてたんだ。

神光開宇宙 表裏山河壯皇猷
帝德之隆 巍巍蕩蕩莫與儔
永受天祐兮 萬壽無疆薄海謳
仰贊天業兮 輝煌日月侔

蒋介石総統宛て田中角栄首相の親書(『中央公論』2003年4月号,p73)にも使われていらしい。

蒋介石總統閣下鈞鑒
謹啓者
閣下鼎祺安燕履祉吉祥我が久しく仰望神馳する所であります 近来我が國と北京政府との交渉に関し議論紛紛
閣下の左右亦之を我が國政府の降志辱身自ら國格を損する行為として論難さるるを傳承致しまして茲に謹んで本問題に関する日本政府の所見を開陳し
閣下の諒察を仰ぎたいと存じます
顧みれば戦後二十餘年
閣下の日本國及國民に對する終始渝らぬ高誼優待は日本國政府及國民の齊しく欽尚する所であり、一九五二年我が國が貴國政府との間に平和條約を締結して以来政府民間擧ってあらゆる機會を通じ一貫して 貴國との友誼を勵行して参りました 特に昨年の國連に於る中國代表権問題の審議に當っては我が國政府が率先挺身して難を排し紛を解き國連に於る 貴國の議席確保に奔走盡瘁致しましたことは長く青史に傳えて両國の為に友邦齊しく感銘する所であります
然るに近年國際情勢は激變し國連総會に於る中國代表権問題の議決北京政府承認國の續出 ニクソン大統領の北京訪問等北京政府との関係改善を謀るに世を擧げて滔々たる者が有ります 我が國は此等と亦自ら撰を異にし 古来中國と斯文の交深く且久しく國民大衆が中國大陸との社稷蒼生を敬愛するの情尋常ならぬものが有り 従って即今の時勢に鑑み日中國交正常化の時機已に熟すとして政府の決断を仰望すること誠に止むを得ぬ情勢となっております 我が國は言うまでもなく議會制民主主義を國政の基本原則とし 政府は國民多數の意思と願望を政治の上に具現すべき責任を有します 是れ我々が慎思熟慮して北京政府と新に建交する所以で徒に勢の為に迫られ 利の為に誘われて所謂親媚北京短視政策を採るものではありません
但本政策を實行に移すに當っては固より 貴國との間に痛切なる矛盾抵觸を免れず 時に又粗略有るを免れぬことと存じますが 自靖自獻の至誠を盡して善處し
閣下至仁至公の高誼を敬請する次第であります
閣下萬壽無疆を謹祝申上げます
一九七二年九月十三日
日本國内閣總理大臣
田中角榮(署名)謹白

毛沢東も

偉大的導師、偉大的領袖、偉大的統帥、偉大的舵手毛主席萬歳!
敬祝我們心中最紅、最紅的紅太陽毛主席萬壽無疆!
偉大領袖毛主席萬歳!萬歳!萬萬歳!

などと言われていたらしい。

青野春秋の謎

改めて、「俺はまだ本気出してないだけ」を3巻一気読みしてみた。電車の中ヒマだったので何度も何度も読み返した。そしてやっぱしゃれにならんマンガだなとは思いつつ、青野春秋という作家についていろんな疑問がわいてきた。マンガ自体は非常に良く出来ているので、われわれはついこれは作者の自伝的なマンガなんじゃないかと錯覚してしまうが、それは巧妙なるやらせのたぐいであって、作者は40のおっさんではなくて20代の女性かもしれない、とさえ思える。

イキマンという作家発掘養成のための新人賞、いや、イッキという雑誌そのものをもり立てるための壮大なやらせなのかもしれない、ヘタウマ風の画風さえやらせであり、新人賞当時の画力を編集者らに無理矢理保持させられているだけなんじゃないかとさえ思える。いや、それならそれでもかまわんのだが、だまされたとわかったときのショックをできるだけ和らげたいと思うのだった。

ははあ。なるほど。ネットに散らばっている情報を集めるとおぼろげに見えてくる。イキマン「走馬灯」受賞時2005年11月に青野27才。素直に逆算して1978年生まれ、現在30才くらい。性別不明。2001年ヤングマガジンにて「スラップ スティック」が第45回ちばてつや賞優秀新人賞受賞、とあるがこのとき推定23才。10代から漫画家のアシスタントやってると。まあ、作者はごく普通の漫画家だわな。で、女性であればおそらく作者は鈴子に近い立場。もしくは読み切り「生きる」に出てくる女性。男性ならマクドナルドのバイトの田中とかか。

「走馬灯」掲載が06年2月。「いきる」掲載が07年1月。読み切り「俺はまだ本気出してないだけ」掲載が07年3月。連載開始が07年5月。

第3巻の発行が三ヶ月ほど遅れたのは作者の体調不良によるらしい。

同じイキマン出身の福満しげゆきは作家本人がそうとう露出しているのにくらべて青野はやはり謎に包まれている。


追記。青野春秋、普通のおっさんだった。東京新聞の取材に応え、顔出しもしている。

マダガスカル

テレビでマダガスカルを見る。 マダガスカル2広報用にぶつぶつに編集されCMを挿入されたやつだが、まあおよその雰囲気はわかった。 これは、ジャングル大帝などでは曖昧にぼかされていた禁断のテーマをパロディ的に解決したものであって、動物園を逃げたライオンが仲間の草食動物ではなくて寿司を食うことによって野生の本能をコントロールするというもの。 なんかかなり納得できないというかそれでいいんかいというものを感じた。