1972 年に田中角栄が北京で作った,七言絶句.
国交途絶幾星霜
修交再開秋将到
隣人眼温吾人迎
北京空晴秋気深
丸谷才一の「日本語のために」という本に載っている.中国人は出来栄えはともかく喜んだんだそうだ(と陳舜臣が指摘したそうだ).
1972 年に田中角栄が北京で作った,七言絶句.
国交途絶幾星霜
修交再開秋将到
隣人眼温吾人迎
北京空晴秋気深
丸谷才一の「日本語のために」という本に載っている.中国人は出来栄えはともかく喜んだんだそうだ(と陳舜臣が指摘したそうだ).
「梁塵秘抄」があったので借りてきて読む.
我が子は二十に成りぬらん 博打してこそ歩くなれ 国々の博党に
さすがに子なれば憎か無し 負かいたまふな 王子の住吉西の宮
という歌があり,冒頭の「我が子は二十に成りぬらん 博打してこそ歩くなれ」
の部分なんて,不良息子を持った母親の愚痴のようで面白いよなあ.
山伏の 腰に付けたる ホラ貝の ちやうと落ち ていと割れ
砕けてものを 思ふころかな
これはなんてふざけた歌だろうか.と思ったら,実は山伏の失恋の歌なのだそうだ.
ますますふざけてる.