昭和史発掘その2

昭和史発掘を未だに読んでいるのだが。ていうか昭和史を全然知らなかったことに愕然とするよ。だいたい小中高で昭和史なんてやらんし。やれないし。トラウマだし。日本人の。石原完爾は大それたやつくらいの印象しかないだろ普通。東条英機は無能だから首相になってA級戦犯になったのだな。だから彼がほんとうのA級戦犯じゃないというのは明らか。田中義一はかなりやばい。というか松本清張はよほど田中義一に恨みがあるのだろうな。その怨念が伝わってくるよ。今は戦争前の世相に似てるとか言うが、似てなくはないと思うが、深刻さの度合いがまるで違うよね。当時はプロレタリア運動やるのもそれを弾圧するのもどちらも理があった。今は無い。明らかに無い。どちらでも良い。

小林多喜二「蟹工船」が無性に読みたくなってきた。ていうかすでに映画化されているよね。今更入手困難だと思うが。

昭和史発掘

松本清張「昭和史発掘」など読む。面白いがねちっこい。さすがに元朝日の記者…。本田勝一よりはましだが。

昔の日本は農村だったわけですよね。株式会社とか大企業というものはない。ほとんど自営農家。もしくは小作。もしくは個人商店。田舎で一番大きな会社というのは役場か学校か郵便局。戦後なら農協や漁協。地方自治体くらいしかまともな雇用環境を提供できなかった。民間企業の力が今ほど強くないから、田舎の人間はみんな地域ごとにコミュニティを作って生きていくしかなかった。今は違う。民間の大企業がどんどんでかい店舗や工場を建てていく。そういうところのサラリーマンになればとりあえず安泰。車社会になったから4車線以上のでかい道路沿いが栄え、或いは特急や急行が止まる駅の周辺の住宅地に人が住み着く。人間関係も町の構造もどんどん変わっていく。

個人商店は赤字でも黒字でもないから法人税は払わない。土地ももってりゃ家賃も払わない。冒険もしないから急に倒産もしない。年金もそれなりにもらえる。となればこれは民間企業の形はしているが公務員と大した違いはない。いや本質的にはニートと変わりない。淘汰圧にさらされることなく滅びることもないが発展もない。特に悪いことをしているわけではないが社会に貢献しているわけでないのは確か。そういう個人経営の商店や農家が日本中の田舎にものすごくたくさんある。ほんとはそれがすごい問題なんじゃないかという気がする。

1929年世界恐慌の頃農村の収入の4割は絹だったそうだ。今じゃ考えられないな。絹のような輸出用の高級消費財が一番打撃を受けたわけだ。たしかに田中義一から226事件までの話は面白いな。浜口雄幸についてはほとんど書いてない。城山一郎は「男子の本懐」で浜口雄幸についてかなりポジティブに書いているが、松本清張は農村を困窮させクーデターを招いたダメな宰相という書き方しかしてない。まー結果的にはそうだな。しかし田中義一はひどい。こんだけ失政に汚職だらけじゃ国会が荒れ右翼が暴れ、首相がばたばた暗殺されるわけだよなあ戦前の日本って。

鳩のように

霊感というものは空から鳩が飛んできて頭に止まるようなものだ、
とは誰が言ったのか。

鳩のようにというのは福音書の話でした。

> マタイ 3:16
イエスは洗礼を受けると、すぐ水の中から上がられた。
そのとき、天がイエスに向かって開いた。
イエスは、神の霊が鳩のように御自分の上に降って来るのを御覧になった。

> ヨハネ 1:32
そしてヨハネは証しした。
「わたしは、“霊”が鳩のように天から降って、この方の上にとどまるのを見た。

> マルコ 1: 10
水の中から上がるとすぐ、天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。

> ルカ 3:21~22
民衆が皆洗礼を受け、イエスも洗礼を受けて祈っておられると、
天が開け、聖霊が鳩のように見える姿でイエスの上に降って来た。

仕事は、整理しようとするとふくらむ。
i.e.、
仕事は寝た子と同じ。起こしてはいけない。
起こすときには十分用心しなくてはいけない。

なんか仕事ないかな~と思っているのは、
無意識に仕事から逃げているか、
緊急の仕事も重要な仕事もないと思いこみたいだけである。
仕事がないと思ったら、まず To Do List を作り、
優先順位でソートしましょう。


日本離島センターの本

ほとんど品切れ。
どこか図書館に行けば全冊そろってるとか?
まー、ばんばん売れるようなものでもないし、
儲かりもしないのだろうが。
そして日本離島センターの
しましまネット、
名前が脱力。
そして話題の(?)
シマダス。
なんかおもしろそうだよねぇ。
南大東島とかさ。

毒ガス島歴史研究所。
なんなんだこれは。

日本の山。
なごむね。

最近またオートミールを食べるようになったが、
これはみるからに原始的な食べ物のように思われるが、
Wikipediaによれば
カラス麦
は歴史的に比較的最近栽培されるようになったという。
しかも、夏が冷たくて湿った地方、北西ヨーロッパ、
特にイギリスやスコットランドなどで栽培されるという。
ふーん。

氷川清話

氷川清話もじっくり読むとなかなか面白い。勝海舟も面白いが、江藤淳の意気込みがまたすごい。

> 全体大きな人物といふものは、そんなに早く顕れるものではないヨ。通例は百年の後だ。今一層大きな人物になると、二百年か三百年の後だ。それも顕れるといつたところで、今のやうに自叙伝の力や、何かによって顕れるのではない。二、三百年も経つと、ちやうどそのくらゐ大きい人物が、再び出るぢや。其奴が後先の事を考へて見て居るうちに、二、三百年も前に、ちやうど自分の意見と同じ意見を持つて居た人を見出すぢや。そこで其奴が驚いて、成程えらい人間が居たな。二、三百年も前に、今、自分が抱いて居る意見と、同じ意見を抱いて居たな、これは感心な人物だと、騒ぎ出すやうになつて、それで世に知れて来るのだヨ。知己を千載の下に待つといふのは、この事サ。

今の人間はどうだ、そんな奴は、一人も居るまいがノ。今の事は今知れて、今の人に誉められなくては、承知しないといふ尻の孔の小さい奴ばかりだらう。
…

まったくそのとおりだヨ(笑)。中途半端に有名になって、数十年で忘れられるくらいならば、あくせくせず自分の好き勝手やった方がましだろう。

白南準は「芸術家には誰でもなれる」と言ったが、誰もが白南準になれるわけではないのだがノー。

モーセと一神教

ジークムント・フロイト著、渡辺哲夫訳「モーセと一神教」筑摩書房、 勝海舟著, 江藤淳, 松浦玲編「氷川清話」講談社、など読む。

「モーセと一神教」はずっと読みたいと思っていたのをたまたま電車待ちの時間に本屋で見つけて買ったもの。フロイトは80才過ぎてからモーセ論に凝り始めたが、その主張するところは、「モーセはエジプト人」「主(アドナイ)はエジプトのアトン神」「出エジプトはアメンホテプ4世(イクナートン)以後の無政府状態のときにおこった(従ってエジプトの軍勢に追われたり、紅海が割れたというのはすべて作り話)」「ユダヤ教はアトン神(エジプト起源の唯一神)とヤハウェ神(火山の神)の融合」「モーセはユダヤ人に殺された」「割礼はエジプトの古い風習」などなど。アトンは、エジプトの歴史の中で現れた唯一神で、イクナートンの時代に完成され、一旦は破綻した。もともとは無色透明無形な抽象神なのだが、一方でヤハウェは怒りの神、嫉妬の神、えこひいきの神。その本来全く異なる相容れない二つの神が融合したことによって、精神性が非常に高められた一神教が生まれたのだという。フロイトの学説はすべてうさんくさいのだが、モーセ論だけはほんとうじゃないかと思う。多神教でも、すべての神様すべての神話を統合しようとして抽象的な神様を付け足すことはあって、日本神話だと天の御中主の神がそうで、具体的な人格もなければ自然現象や動物や植物などとも関連がない、ただ名前だけがある。しかし名前だけの存在だから、生き生きと動き出すことはまずないし、そもそも後世に人工的に作ったものだから、個別の神話から遊離している。抽象神なのに具体的で強烈な個性というか自我を持った神がどうやってできたのか、というのは実はまだよく解明されてないようだ。

今昔物語

平凡社東洋文庫の今昔物語集を読破しようとしているのだが、なんかヤバイ本だよねこれ。インド、中国、日本、のいろんな説話を集めたものなんだが、執筆者はおそらくヒマを持て余した僧侶だろう。それも共同執筆かな。

インドもひどいが中国もひどい。日本の説話に至ってはこれはもう日刊ゲンダイか夕刊フジかというレベル、しかしインドや中国の説話にくらべればまだかわいげがある。中世の仏教が、いかにして恐怖と罪悪感によって純真爛漫な庶民を改宗させようとしたか、中国の儒教が、いかに孝行を絶対視して人間性をゆがめてきたか、今昔物語集をとばさず全部読むとわかるだろう。魯迅が中国や儒教を批判したのがピンと来ない人は今昔物語集を読むときっとわかる。魯迅の副読本というのかな。

適当に有名なやつだけ拾い読みしたり、子供向けに脚色したやつ読んだのではわからないだろう。

ひとつだけ例を挙げておこう。

あるところに天真爛漫な漁師が住む島があった。そこに魚がたくさん押し寄せてきて人間のように「阿弥陀仏」としゃべるので、漁師たちはわけもわからず「阿弥陀魚」という名前をつけた。「阿弥陀仏」と呼ぶとさらにたくさん押し寄せてくる。捕まえて殺して食べたが逃げもしない。「阿弥陀仏」と唱えれば唱えるほどおいしく感じる。あまり唱えない人は少し辛く感じる。そこでみんな味の良さに夢中になって「阿弥陀仏阿弥陀仏」と唱えまくる。そのうち最初にその魚を食べた人の一人が寿命で死んで、三ヶ月してから紫の雲に乗って戻ってきて人々に告げるには「魚は阿弥陀仏が姿を変えたものである。私たちが仏の教えも知らず愚かなのを憐れんで、念仏を勧めにやってきてくれたのだ。この縁によって私は浄土に生まれ変わった。」これを信じた漁師たちはみんな慈悲の心を起こし、永久に殺生をやめて阿弥陀仏を念じ奉った。やがてみんな浄土に生まれ変わって、島には一人も人が居なくなった。
(今昔物語集巻4第37)

うーむ。私には、狂信的宗教のために島民が全滅した話にしか思えないのだが。

清朝末期の改革

1894年の日清戦争から1911年の辛亥革命までの清朝末期の改革は、よく調べるとけっこう面白いのかもしれん。キーワードは、戊戌維新、百日維新、康有為、梁啓超、光諸帝、変法維新、章炳麟、etc。西太后は当時の中国社会そのもので、「もし西太后がいなければ」という仮定は無意味だと思う。西太后が居なくても他の皇族が担ぎ出されただけだろう。1898年、光諸帝が康有為や梁啓超らにうまく立憲君主制を作らせていれば、1900年の義和団事件も1911年の辛亥革命も未然に防げたかもしれない。そうするとそもそも日露戦争も起きなかったかもしれないし、そうなると韓国は一時的に日清の保護下に置かれたかもしれないが、韓国併合はなかったかもしれないし、そのうち日清韓同盟が力を付けていけば、遼東半島もロシアから取り戻せたかも。というか日本が遼東半島を割譲して三国干渉を招いたのがまずかったのかなぁ。とかいまさらどうにもならんことではあるが。

呉智英「犬儒派だもの」比較的新しい本だが、世田谷中央図書館にあった。すばらしい。
冒頭「声に出して笑いたい誤文・悪文」で長尾真の岩波新書「「わかる」とは何か」がやり玉に挙げられている。きわめて普通の工学書で、それ以上でも以下でもない。が、彼はどういうわけか京大総長になった。たぶん理系人間が京大総長になったのが気に入らなかったのだろう。岩波新書か何かに科学論めいたことを書かされて、わざわざ批判の矢面に立って、呉智英に馬鹿にされるとはあわれなことだ。どうも工学者は偉くなると哲学をほいほい語り出すのだが、専門となんの関係もなく実にナイーブだ。岩波新書なんてものに書くから読者も期待して読む。岩波の編集者も偉い人だからとほいほい書かせる。書けば中身に関わらず買うやつは買う。
そして皆が不幸になる。

Linus の Just For Fun(和訳)を読むと、世の中にはやはり文系と理系の厳然とした違いがあるなと思う。フィンランド人でも日本人でも違いはない。背が高い低いとか太ってるとかやせているというのは外見だから、見てすぐにわかる。しかし、文系理系というのは脳の中身のことなので、見ただけではわからん。そんな区別はないものだと言いたがる人もいる。しかし状況証拠から見ればやはり明らかにあるように思われる。

理系文系の違いは、理系は数学や物理に美しさを感じるということ。数学に心地よさを感じる人たちが集まった集団が理系。まあ、そういって間違いない。芸術学部の連中は、なるほど彼らは確かに美しさということに敏感であるし、関心が高いのであるが、数や数式が美しいとは決して考えない。いや、数を美しいと感じないからこそ、それ以外のものを美しいと感じる能力が発達しているのだと思う。数を美しいと感じる人は逆にそれだけで満足できてしまい、それ以外のものをわざわざ追求しないのだろう。

Linus が成功したのはタイミングが良かったからだろう。Linus と同程度の才能と意欲を持つ人間はいくらでもいたが、成功するには何か新しい流れが生まれるその現場に居合わせなくてはならない。Linus のような人材はつまり理系であり、オタクである。そういう人間を芸術学部の中で育てるのは不可能だ。そういう人材が欲しければ募集を工夫するしかない。カリキュラムでどうにかなるレベルを超えている。

康有為

たまたま康有為というマイナーな人の伝記があったので思わず借りてみる。

読んでみたが大して面白くない。改革してみたが、地方の役人や官僚がまったく言うこと聞かなくて、みんな西太后の言うことばかり聞くので、日清戦争の敗戦で始まった変法自強運動も三ヶ月で頓挫してしまった、というのがあらすじ。

なんていうか西太后は国を滅ぼした悪女のように言われるが、西太后がもし康有為のような改革をやろうとしても、同じように失敗したんじゃないか。官僚と役人と民衆が言うこと聞かなきゃ改革なんてやっても無駄だ。無駄だとわかってたから彼らの好きにさせただけなのかもしれん。光緒帝も別に無力でも無能でもなく。

西太后というのは東条英機みたいなもんかな。彼も別に無能でも悪人でもなかっただろう。

大清帝国はだからだめなんだと言ってみるのは簡単だが、現在の日本も似たようなもんだ。改革しようとしても官僚や民衆が言うこときかない。その点小泉君はよくやっとる。
彼の改革は遅いと民衆はいうようだが、私からみればずいぶん速い。ていうか改革はゆっくり遅いくらいでちょうどいい。役に立てばいいんで、即効性なんて必要ない。少子化というか、少人口化は私はむしろもっと進行した方がよいと思う。日本人は日本に五千万人もすんでりゃ十分だろ。要らなくなった田舎は自然に還せばいい。生活はずっと快適になるだろう。でも年金は困る。だから税金を注入すればいい。財源は間接税でいいじゃんか。福祉は別に考えればよく、消費税と絡ませる必要はなんもなし。結果的に北欧のような高福祉の国になるんだろうけど、それで別に何の問題もなし。

なんでそういう簡単なことがすっとできないのかなぁ。康有為も王安石くらい暴れてくれりゃ、或いは金玉均みたいに暗殺されたりすれば、もっと伝記も面白いのかもしれんが、
地味なんだだよねぇ。まあ別に歴史に残らんでも一個人としては、それなりに普通に暮らせればいいんで、その点では康有為は王安石や金玉均よりもお利口さんだったのかもしれんし。

百歳以上生きた宋美齢は日本人は口べただと言ったらしい。また、日本人は短気ですぐ切れる人種だと思われている。つまり日本人というのは無口で短気なわけで、中国人は相対的に饒舌でねばり強いというわけだ。まあ中国人から見れば周囲の蛮族はみんなそんなもんだと思うが。無口で短気で癇癪持ちだから明治維新では一時的にうまく行ったように見えて、その後ひどく失敗した。失敗したんで懲りたかというとそうではなくて、戦後日本なんて戦争中と大して精神構造は変わってない。プロジェクトXで黒四ダムがどうしたとか言ってるようだが、多くの人死にを出すほどの緊急性があったのか。技術的な成熟を待ってやれば一人も死なずに工事できたんじゃないのか。巨人の星のようなスポ根モノが大嫌いだ。そういう、気分や勢いで戦争されても困るし、そのままの勢いで戦後復興とかされても困るんだよね。

日露戦争物語

江川達也が「BE FREE」「ラストマン」「東京大学物語」と来て、今は「日露戦争物語」。
教育モノが好きなんだね。で、今は日清戦争にさしかかったところ。

江川達也が「王道の狗」を読んで影響を受けていたかどうかは微妙。金玉均の描き方がまるで違うところをみれば、おそらくは読んでないか。では「坂の上の雲」を読んでいるかといえば、もちろんそうだろう。司馬遼太郎は「坂の上の雲」を原作とした映画やらを禁じているそうだが、原作というほど似てはいない。しかし秋山真之が主人公なところはそっくりだがなー。

「坂の上の雲」では金玉均についての描写はあまりなかったような気がする。一応全部通して読んだはずだが。

江川達也「日露戦争物語」司馬遼太郎「坂の上の雲」安彦良和「王道の狗」を読み比べるというのはなかなかおもしろいんだが。「坂の上の雲」は超ベストセラーで、「日露戦争物語」もそこそこメジャーだと思うが、ミスターマガジンに連載された「王道の狗」を読んでる人というのはきわめてまれだろう。安彦良和は最初ガンダムのキャラクターデザイナーとして現れ、それからアリオンという空想的というか浪漫的なギリシャ神話ネタの漫画を書いた。はっきり言ってアリオンは大した漫画ではない。ところがギリシャ神話を取材にギリシャに行って、それからトルコでクルド人というのを知って、「クルドの星」という漫画を書いたのだが、これがなかなかの傑作。またトルコで日本近代史というものに開眼したのだと思われる。日本神話にも関心を持ち神武天皇とか大国主の命の話も書いているが、こちらはどうにもこうにも。さらに幕末から日清戦争までを書いた「王道の狗」は傑作だと思うが、ノモンハン事件あたりを書いた「虹色のトロツキー」はかなり異常で難解。割と好きなのは「三河物語」で、大久保彦左衛門と一心太助が大阪の陣に徳川方で参戦するという話。これはメディア芸術祭か何かで賞をもらってたようだが、知名度はほとんどないんじゃないか。

「王道の狗」は前振りをざっくり省略すれば、自由民権運動で投獄され脱獄した主人公が金玉均の用心棒となり、その遺志をついで日清戦争後も朝鮮でゲリラ活動を繰り広げるというもの。「日露戦争物語」みたいに読んでわかった明治時代、みたいな書き方にはなっていない。

なんかとりとめのない話になってしまったな。

で、金玉均もそうだが陸奥宗光がまた。PHP文庫に岡崎久彦「陸奥宗光」というのがあり、また新潮文庫に角田房子「閔妃暗殺」というのがあるのだが、読んでも読んでもようわからんのだが、その中でも江川達也の描写というのはなかなか的確でわかりやすいなあと思った。彼はそうとうに努力していると思う。

ただ、江川達也の書き方だと、陸奥宗光も金玉均も、日本と清が一戦交えることで、清、朝鮮でそれぞれ日本の明治維新のような改革が進んで、日本、清、朝鮮の三国によって西洋による東洋の侵略をくい止めることができる、と考えていたことになる。それでいいんだろうか。

志賀直哉

志賀直哉の「剃刀」は27才のとき、「清兵衛と瓢箪」は29才のとき、「小僧の神様」は36才のときの作品なんだねぇ。もう私はそんな年とっくにすぎたよ。しかし「濠端の住まい」は41才、「晩秋」は43才、「万暦赤絵」は54才ですよ。そう言われてみると、確かに「剃刀」「清兵衛と瓢箪」は若さに満ちあふれとるし、「万暦赤絵」はいかにも年寄りじみてるし、「濠端の住まい」「晩秋」は四十路のおやじが書きそうだ。「小僧の神様」は年齢不詳(?)だが、三十台半ばといわれれば、はぁと思い当たる節もあるようなないような。じゃあおまえ年の順に並べてみろといわれてもできないようなできるような。

しかし若いと言えば中島敦は若いよねぇ。ほとんどの作品が32~33才。「山月記」も「李陵」も「名人伝」も。

いやしかしねぇ。

筒井康隆も読み返してみてるが、まあなんていったら良いのか。明らかにあまりにもひどいのもあるよねぇ、筒井康隆は。