タルコフスキー

タルコフスキーという映画監督がおもしろいというので,いくつか借りてみた.「惑星ソラリス」はずいぶん前に見たので今回は借りなかった.話せば長いことながら,富田勲の「宇宙幻想」というアルバムを中学一年生の頃聞いた.その最後に富田勲が編曲した「惑星ソラリス」があった.で,スタニスラフ・レムの原作「ソラリスの陽の下に」(のハヤカワの和訳)を読んだり,ビデオを借りて見たりした.原作の方を先に読んだから,というのは,僕が高校生の頃までビデオレンタルというのはほとんどなかったからだが,映画がそれほど優れたものだとは思わなかった.だけど,その映画の監督だと言えば多少は期待がもてるというもの.

さて,「僕たちの村は戦場だった」と言うのをまず見たのだが,これはずいぶんダークな映画だ.12才の少年斥候兵が戦後ドイツ軍に絞首刑になったことがわかるというオチ,少年とその妹が無邪気にみずべで遊ぶラストシーン.みなきゃよかったと思った.それから,「アンドレイ・ルブリョフ」という二本組の長編だが,これは途中であまりにも退屈なのでみるのをやめた.

ポーランドの森を思い出した.僕は1994年くらいにポーランドに国際会議で出かけたのだが,会場が森の真ん中の少年自然の家みたいなところだった.お金がかからないようにと気をきかせてくれたのだが,僕たち日本人ならワルシャワの一番高いホテルに泊まってもぜんぜん平気だっただろう.その方が観光もできてよかったのに,森の中じゃ退屈きわまりなかった.ポーランドの子供たちが屋内プールで泳いでいるところを眺めてもおもしろくない.楽しみは夜パブでビールを飲むくらいだった.毎日,食べたこともないようないろんな種類の雑穀を食べさせられた.森と言っても日本の雑木林のようなウラジロやヨモギやそういった下草がほとんどなくて,白樺みたいな木の幹がすっとのびていて,どこまでもどこまでも歩いていける恐ろしい空間だ.迷い込んだら出られなくなるだろうな.

切腹の起源 2

いろいろ調べ始めたがさっぱりわからん.とりあえず岩波新書「武家の歴史」を借りた.わかったことといえば,平安時代の武家の源氏とか平氏とか藤原氏とか言うのは,かなりいい加減だということだ.あと岩波文庫の日本外史も借りる.頼山陽は,最初に切腹した人が誰か知っていただろうか.そういえば,靖国神社で「日本外史を読む」とか言う講座をやってたような気がする.

ちょっと検索してたら徳川慶喜所有の日本外史の版木で作った火鉢と言うのが出て来た.うーむ.たとえば ここ には「尊皇攘夷運動のバイブル「日本外史」」とか書いてあって,まさにそうなのだが,倒幕された側の慶喜がその版木で火鉢を作って使っていたとは.どういう心境だったんだろうなあ.慶喜が駿府に移って住んだ寺にあったものだというから,ほんとに使ってたんだろうな.昭和 15 年に失火したときに,住職が庭に放り投げて守ったとか書いてある.

ところで上の二つの頁はどちらも ntt.co.jp なのだが,NTT って郷土の歴史に力いれてるのかなあ.

蝙蝠を撃て!

雁屋哲が「週刊金曜日」で「蝙蝠を撃て!」という漫画の原作をやってるらしい.「諸君!」によれば「左翼版ゴーマニズム宣言」を試みたもの,だそうである.今度読んでみるかな.ここで言っている「蝙蝠」とは戦後の「転向」とか「反動」のことらしい.例えば,江藤淳.私の知る限り,かつてこの人ほど「転向」よばわりされた人はない.「転向の象徴」なのだろう.世の中のすべての「右翼」は左翼からみると,たかだか「左翼からの転向」なのであろう.でもこれは一昔前の事情である.吉本隆明の「我が転向」を挙げるまでもなく,いまどき転向者は掃いて捨てるほどいるようだ.

江藤淳は東工大教授だった.江頭先生という名前で,こちらが本名なのだろう.一度,教官室までおじゃましたことがある.どういういきさつだったか今では良く覚えていないが,諌早の詩人伊東静雄のことなど話をした.伊東静雄の話になると長くなるので,やめておこう.

「左翼版ゴー宣」が出て来るということは「元祖ゴー宣」はつまり「右翼」なわけだ.小林よしのりも,もう引くに引けないところまで来てしまったわけだなあ.

どうでもいいことだが,「ナニワ金融道」の原作者の青木雄二は,ばりばりのコミュニストらしい.蟹工船まがいの漫画を一度見た覚えがある.また,なんとかという週刊誌にコラムを書いていた(アサヒ芸能の「天下極楽人生相談」か?).おそらく「ナニワ金融道」はそのへんのエキスを薄めて作られたものだろう.

ジェーン・エア

嵐が丘を書いたエミリ・ブロンテのお姉さんがシャーロット・ブロンテで,その人の書いた小説がジェーン・エアで,その映画化されたビデオを嵐が丘のついでに借りてきた.普通に楽しめた.主人公(ヒロイン)が幸薄い孤児で,

愛された人のためなら馬に蹴られても牛に突かれてもいいわ!

と言うところなんか,思わず馬の後脚にぱかっと蹴られるシーンや,牛の角にどかっと突き飛ばされる姿を想像してしまって泣けた.

小説にも映画化しやすいのとしにくいのとあるだろうけど,ジェーン・エアはごくしやすい方ではないか.

嵐が丘は難しいよね.私も読む前に恋愛小説だという話は聞いていたが,読み始めてしばらくは誰と誰が愛し合うのかさっぱり分からず,もしこのまま映画化すれば,最初の 30 分間はただもう殺伐として陰惨な家庭のありさまが延々と描写されるだけだ.映画化するにはある程度小説としてのディテイルを落したり,或いは筋を整理したり流れをつかみやすくしなくてはならないと思うが,そうするとあの独特の粗野で雑然とした雰囲気が伝わらなくなってしまうだろう.そのうちキャサリン・アーンショウという気性の荒い女の子と,アーンショウ家に拾われてきた(或いはその家の亭主の隠し子?)ヒースクリフという男の子がこの話の主人公らしいことがわかってくる.この二人は幼い頃嵐が丘で野性児のように放任されて育つ.互いに相手を自分の分身のように考えていたが,そのうちキャサリンだけがおしとやかな女性として育てられるようになり,とくに好きでもない近所の金持ちの家の息子エドガー・リントンと結婚してしまう.ヒースクリフはいじけて家を飛び出す.三年後ヒースクリフはお金をたんまり稼いで嵐が丘に戻って来る.そしてアーンショウ家とリントン家に徹底的な復讐を開始する.ヒースクリフはエドガーの妹イザベラをかどわかして結婚する.わがままなキャサリンは夫エドガーというものがありながらヒースクリフとの交際も続けたがり,エドガーにも彼との交際を勧めるが,エドガーはそれを拒絶する.キャサリンは三日三晩自室に閉じ籠って怒り狂った挙げ句,脳膜炎をわずらい半病人になってしまい,ヒースクリフと再会したとき発作をおこして死んでしまう.ヒースクリフはいよいよ復讐の執念を燃やす.という救いようのないお話なのでした.まあ凡庸な監督が映画化しても収拾つかん筋書きだよなぁ.西原理恵子なんかが漫画化すると笑えるかもしれん.

嵐が丘2

なかなか面白い.これは,キャンディキャンディとか赤毛のアンとか(赤毛のアンは実は読んだことも見たこともないが :-P)よりもむしろシドニーシェルダンに似ている.penguin books の本も借りてくる.ビデオも借りて来る.しかしこの映画はとんだデキソコナイだ.借りて損した。

嵐が丘

ある複数の女性の知合いからすすめられて嵐が丘を読み始めたが,まだ最初の百頁ほどしか読んでないのだが,どうしてこんな陰湿な話が多くの女性の人気を集め得るのか全く理解できない.イギリスの本場の「嵐が丘」を訪れる女性が少なからずいる.決して風光名媚でもなんでもないただの荒野らしいのだが.女性にはきっと「こわいもんみたさ」みたいなものがあるんだろう.よくわからん….キャンディキャンディとかならまだわかるのだが.

中国大陸

少年マガジンの「中華一番」という漫画を読んでいたら,中国の形に盛りつけされた「真鯛大陸封」という料理が出て来るのだが,これは時代設定は清朝だったのではないかな. だとすれば外蒙古が中国領に含まれてないとおかしい.中華民国では外蒙古は中国領だったはずで,つい最近台湾政府が地図を書き換えたのじゃなかったかな.

追記:

華声和語
によれば,1996年1月,台湾政府は中国本土の県以下の地名を大陸風に改めたが,モンゴルは未だに中国領に含まれているそうだ.

また,1689 年ネルチンスク条約当時ならば外興安嶺まで中国領だったはずだ…つまりこの中国の形は人民中国のものなのだが….まあどうでもいいか.漫画だし.

さらにどうでもいいことではあるが,中国でもマダイを真鯛と言うのだろうか.非常にあやしい.そもそも中華の冷菜に刺身が出るというのは,皆無とは言えないかもしれないが,極めて怪しい!