『伊勢物語』の主人公は紀有常ではなかろうか。

そして『伊勢物語』の筆者は紀氏の誰か、有常から昔話を聞けただれかだろう。
紀貫之である可能性もある。
貫之は『土佐日記』で渚の院に言及しているが、
彼は当然、渚の院における惟喬親王や在原業平、そして紀有常の故事を知り得る立場にいた。

紀有常は名虎の子で、妹に静子があり、静子は文徳天皇の更衣となり、文徳の長男・惟喬親王を生んだ。
藤原良房の関心は文徳からその皇子の惟仁(後の清和天皇)に移りつつあった。
文徳朝末期、有常は伊勢権守となる。
これゆえに『伊勢物語』というのではないか。
権守というのだから実際に伊勢に赴任したのである(ほんものの伊勢守はおそらく王(皇族)で遥任)。
69段、

昔、男ありけり。その男伊勢の国に狩の使にいきけるに、かの伊勢の斎宮なりける人の親、「つねの使よりは、この人よくいたはれ」といひやれりければ、親のことなりければ、いとねむごろにいたはりけり。朝には狩にいだしたててやり、夕さりは帰りつつそこに来させけり。かくてねむごろにいたつきけり。

二日といふ夜、男われて「あはむ」といふ。女もはた、いとあはじとも思へらず。されど人目しげければえ逢はず。使ざねとある人なれば遠くも宿さず。女の閨近くありければ、女人をしづめて、子ひとつばかりに男のもとに来たりけり。男はた寝られざりければ、外の方を見出して臥せるに、月のおぼろなるに小さき童を先に立てて人立てり。男いとうれしくて、わが寝る所にゐて入りて、子一つより丑三つまであるに、まだ何事も語らはぬにかへりにけり。男いとかなしくて寝ずなりにけり。

つとめていぶかしけれど、わが人をやるべきにしあらねば、いと心もとなくて待ちをれば、明けはなれてしばしあるに、女のもとより詞(ことば)はなくて、

君や来し 我や行きけむ おもほえず 夢か現か ねてかさめてか

男いといたう泣きてよめる、

かきくらす 心の闇に まどひにき 夢うつつとは こよひさだめよ

とよみてやりて狩に出でぬ。野にありけど心は空にて、こよひだに人しづめていととく逢はむと思ふに、国の守、斎宮の守かけたる、狩の使ありと聞きて、夜ひと夜酒飲みしければ、もはらあひごともえせで、明けば尾張の国へたちなむとすれば、男も人知れず血の涙を流せどえ逢はず。夜やうやう明けなむとするほどに、女がたより出だす杯の皿に歌を書きて出だしたり。とりて見れば、

かち人の 渡れど濡れぬ えにしあれば

と書きて末はなし。その杯の皿に続松の炭して歌の末を書きつぐ。

又あふ坂の 関はこえなむ

とて明くれば尾張の国へ越えにけり。

斎宮は水尾の御時、文徳天皇の御むすめ、惟喬の親王の妹。

これが実話であるとすると、伊勢国の守、兼、斎宮の守というのが有常。
「狩の使」とは朝廷の用にあてる鳥獣を狩るために地方に使わされた使者だが、
負担が大きいとして、平安初期から延喜五年までしか行われなかった。
この狩の使というのは、誰だかわからないが業平である可能性は必ずしも高くない。

有常が伊勢に赴任したのは857年。
この年の伊勢斎宮は晏子内親王。
文徳天皇の第一皇女だが、惟喬親王の実母妹ではない。
惟喬親王の実母妹、つまり静子の娘・恬子内親王が伊勢斎宮であるというのが通説のようだが、
なんか違う気がする。
業平との年の差は20歳くらいある。
有常815年生まれ、業平825年生まれ、惟喬844年生まれ、恬子848?年生まれ。
恬子は晏子の次、861年(13歳頃)に伊勢に下る。

斎宮が晏子だとすると
「伊勢の斎宮なりける人の親」とは文徳天皇のことではなくて藤原列子(従四位上・藤原是雄の女)ということになり、
その列子が「つねの使よりは、この人よくいたはれ」と言った勅使の男とは、はて、誰だろうか。
普通に考えれば藤原氏の誰かだろう。
だがまあ、もともとは有常と晏子の話だったのが、だんだんに恬子と混同され、業平の話になっていった可能性はある。

伊勢物語23段

筒井つの 井筒にかけし まろがたけ 過ぎにけらしな 妹見ざるまに

女、返し、

くらべこし ふりわけ髪も 肩過ぎぬ 君ならずして たれかあぐべき

これは有常とその妻(藤原内麻呂の娘)のなれそめの歌ではなかろうか。

さらに867年、有常(52歳)は下野国の権守となる。このころではなかったか、

名にし負はば いざ言問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと

この歌が詠まれたのは。
そして伊勢物語16段は、有常が貧乏なので妻(藤原内麻呂の娘)が尼になるという話。

昔、紀の有常といふ人ありけり。三代の帝につかうまつりて、時にあひけれど、のちは世かはり時うつりにければ、世の常の人のごともあらず。人がらは、心うつくしくあてはかなることを好みて、こと人にも似ず。貧しく経ても、猶昔よかりし時の心ながら、世の常のことも知らず。年ごろあひ馴れたる妻、やうやう床離れて、つひに尼になりて、姉のさきだちてなりたる所へ行くを、男、まことにむつましきことこそなかりけれ、今はと行くを、いとあはれと思ひけれど、貧しければ、するわざもなかりけり。思ひわびて、ねむごろに相語らひける友だちのもとに、「かうかう今はとてまかるを、何事もいささかなることもえせで、遣はすこと」と書きて、おくに、

手を折りて あひ見し事を かぞふれば とをといひつつ 四つは経にけり

かの友だちこれを見て、いとあはれと思ひて、夜の物までおくりてよめる、

年だにも とをとて四つは 経にけるを いくたび君を たのみ来ぬらむ

かくいひやりたりければ、

これやこの あまの羽衣 むべしこそ 君がみけしと たてまつりけれ

よろこびにたへで、又、

秋や来る 露やまがふと 思ふまで あるは涙の 降るにぞありける

有常の歌は82段にも載る。業平の歌への返しである。

ひととせに ひとたびきます 君待てば 宿貸す人も あらじとぞおもふ

あるいは

おしなべて 峰も平に なりななむ 山の端なくは 月も入らじを

業平の室は有常の娘、その子が棟梁、棟梁の子が元方である。

丹念に探せばもっと証拠が見付かるかもしれない。

業平は確かに50過ぎて相模権守になってるから、相模までは行ったことがあるはずだが、
相模の国府は寒川辺りだ。
武蔵と下総の境の隅田川をこえて下野国まで行ったのは有常であった。
また彼が愛妻家であったことも確かだろう。
彼の場合は赴任というよりは左遷に近かった。
藤原良房や高子、基経らにとっては邪魔な惟喬親王の近親であったからだ。
文徳朝後期以降、抑圧され不遇に暮らした。

身をえうなきものに思ひなして、京にはあらじ、東の方に住むべき国求めにとて行きけり。もとより友とする人、ひとりふたりして、いきけり。道知れる人もなくて惑ひ行きけり。

京都にはろくに仕事もない地方官にでもなろう、というやけくそな感じではなかったか。

『伊勢物語』に出て来る藤原高子関係の話は、紀氏の伝承とはソースが別なような気がする。
高子は遍昭の愛人だったはずだが、それがいつ頃からはわからない。
業平や有常とはあまり関係ないような気がするがよくわからない。

以下は関連する書きかけのメモ。

仁明天皇の皇太子には最初、嵯峨天皇によって淳和天皇の皇子・恒世親王(母は桓武天皇皇女)が想定されていた。
恒世親王が死ぬとやはり淳和天皇の皇子・恒貞親王(母は嵯峨天皇皇女)が皇太子になった。
ところが承和の変で恒貞親王は廃太子され、
代わりに仁明天皇の皇子・道康親王(母は藤原順子、冬嗣の長女で、良房の妹)が立太子される。

この頃すでに天皇と内親王の間にできた皇子は政治的経済的基盤が弱く、
有力な外戚を持つ皇子には勝てなくなっていたのである。

道康親王は即位して文徳天皇となる。
文徳天皇の長男・惟喬親王の母は紀静子、名虎の娘であった。
紀氏は家柄としては藤原氏にはとうてい勝てなかった。
文徳と藤原明子(良房の娘)の間に皇子・惟仁が生まれると、生後八か月で皇太子となる。

文徳が死ぬと、惟仁は九才で即位、清和天皇となる。

清和天皇と藤原高子(長良の娘、良房の養子、基経の妹)の間に皇子・貞明が生まれるとわずか生後三ヶ月で立太子される。
惟喬親王が出家したのはその四年後なのだが、
おそらくこのとき承和の変に匹敵する政変があったはずだ。
幼主の外戚となり、自ら摂関となる。摂家の濫觴、「貞観の変」とでも呼ぼうか。

皇室典範草庵談話要録

10月10日の産経新聞の記事に、明治20年3月20日に開かれた高輪会議とその覚え書きらしきもの「皇室典範草庵談話要録」が出てくるのだが、この「皇室典範草庵談話要録」というのはこれまでまったく知られてなくて謎である。記事によれば、参加者は伊藤博文、井上毅、柳原前光、の三名しかいなかったらしい。とすると、井上が皇室典範の原案を作り伊藤がダメだしをした。柳原というのはこの覚え書きを残した公家であろう。

この記事を書いた奥原慎平という産経新聞の記者もよくわからないが、おそらく奥原が柳原家に伝えられたメモ書きを直接見たということだろう。おそらくそのメモ書きというのは断片的でささいなものであり、記事にはほぼその全文が引用されたのではなかろうかと推測される。つまり、この奥原の記事がすなわち「皇室典範草庵談話要録」と考えてよかろうと思えるのである。

それでこの明治20年3月20日の高輪会議というものだけで皇室典範が決まったわけでもなく、他にもいろんな会議が開かれ、いろんな議事録が残され、その多くは散逸したのに違いない。ただ紛れもなく言えることは、天皇の譲位を禁じるこの皇室典範というものを定めたのは公家ではあり得ないということ。例えば岩倉具視の意見とは思えない。武家に違いなく、武家でも天皇の意志に反して意見を述べられる一部の元勲しか考えられない。明治天皇に強く反対できるのは伊藤博文くらいしか考えられない。

傍証としては、伊藤博文が辞表を出そうとしても明治天皇が決して認めなかった、伊藤は辞表が出せても、朕には辞表というものがない、とかなり露骨に伊藤に嫌みを言ったという良く知られた事実がある。つまりはこれが伊藤と明治天皇の生の対立関係であったということになる。伊藤と天皇がただの仲良し仲間だったはずがないのである。

明治20年というのは日清日露戦争よりは前で、西南戦争の後であるから、西郷隆盛みたいな「権臣」が皇族を擁立して南北朝が再現されるおそれというものはまだまだあったのである。外征よりは内乱の危険性の方がまだ高い。西郷隆盛は朝敵そのものであった。実際、足利尊氏はいったん九州まで逃げ落ちて、そこから巻き返して、京都を奪い返し、北朝を建てたのである。この頃京都は東京に対して西京といったが、東京にいた明治政府は西郷離反に慌てて、西京に大本営を移したのである。伊藤博文には西郷隆盛が足利尊氏に見えていたに違いない。明治天皇には兄弟や従兄弟などはいなかったが、もしいたら、「権臣」が現れて、皇統が分裂していた可能性は高いのである。その際、譲位ということがあって、天皇の他にも何人も上皇がいたら、明治政府としてはたいへん困ることになる。明治政府としては明治天皇はしっかりおさえてあるが他の皇族まで手が回らないかも知れない、伊藤博文はそういう事態を危惧した。

日露戦争が過ぎた頃には明治天皇が譲位しても何の問題もなかった。伊藤博文にも明治天皇の譲位に反対する理由はなかった。しかし伊藤はすでにハルピンで安重根に暗殺されてこの世にはいなかった。

宣長が養子縁組みして離縁した件

神社は氏子、寺は檀家という。しかし伊勢神宮では檀家という。この伊勢神宮の檀家を束ねるのが御師。

宣長は伊勢山田妙見町の今井田家に養子に行った。 『宣長さん』によれば、今井田家は紙商で御師。

氏子というのは村の神社があって、その村に住んでいれば勝手に氏子扱いされた。 寺は一つの村や町に複数あることがあって、 徳川幕府によってどれか一つの寺に属さなくてはならなかった。 いわゆる檀家制度だ。

伊勢神宮が氏子と言わず檀家というのは、 神宮の氏子なのではなく、神宮寺の檀家だからであろう。 神宮の氏子は厳密に言えば天皇家だけだ。

全国を行商して、檀家を組織し、お札や暦を売る。 神主や氏子はそんなこと普通しない。
神仏習合というものがあって、御師があって、檀家があるのだ。

神宮寺は幕府や領主が檀家となったために、いわゆる一般の村民や町人の檀家はいなかったことになっている。 はたしてそうなのか。 明治の神仏分離令によって神宮寺が廃寺となったときに、かなりの数の檀家がその帰属する宗教的コミュニティをうしなった。 冠婚葬祭ができない。これは困る。 その檀家を吸収するために神道系の新興宗教が興った。 明治の神道系新宗教の多くは神宮寺に由来するのではないのか。

宣長は学問が好きで、子供の頃から漢籍や仏典も良く読み、僧侶になりたいと考えたこともあった。 今井田家には実子もいたらしく、宣長は学問を生業にしたくて今井田家の養子になったものと考えられる。

しかし、今井田家で本格的に学問を始めると、 宣長は、仏教や、神宮寺や、御師というものに疑問を感じ始めただろう。 漢学や仏教から離れ、古学、歌学、皇学を志した宣長は、今井田家に居続けることができなくなった。

ねがふ心にかなはぬ事有しによりて

宣長は養子に行くより前から和歌を詠み始めているが、 和歌に執着し、添削も受けるようになったのはこの養子時代だ。 まだ契沖には出会っていない。 和歌を学ぶということは、大和言葉を学ぶということだ。 和歌からさまざまな文芸がわかれていった。今様、連句、俳諧、猿楽。 それらは漢語や仏教語を取り込んでいった。 しかし、かたくなにそれらを退けて、大和言葉にこだわったのが和歌である。 和歌にのめり込むということ、和歌を学ぶということは、漢学や仏教の影響をうけない古代の大和言葉を追求するこということであって、 そこから当然、国学、皇学への志向が生まれてくる。

宣長という人は寺に仏式の墓を建て、その中には遺骨は納めず、 山の中に神式の墓を建ててそこに葬られた。 墓を二つ作った。 それが宣長なりの神仏分離であり、後世に遺した宣長のメッセージだった。 神仏分離という思想の源流が宣長なのは間違いない。


追記。思うに宣長は神道も好きだったが仏教も好きだった。だから神宮寺の檀家になるのが一番好都合だと思ったのかもしれない。若き日の宣長にとっては神仏習合の吉田神道や神宮寺のようなものが理想だった。しかしだんだんに知識が増えるにつれて、やはり神道と仏教は別物であり、というよりある一定の区別、けじめが必要であり、ついに神宮寺の檀家となり御師となることにジレンマを感じるようになってしまったのかもしれない。

ローラーとバイオリン

わざわざ見るほどのものではないと思うが、なぜこのタルコフスキーの学生作品がニューヨークの学生コンクールで優勝したかを考えてみるのは面白いと思う。

アスファルトを平らにならすローラーを運転している貧しい若者と、バイオリン教室に通う金持ちの子供の話。アメリカ人にしてみると、社会主義ソビエトにも、貧富の差とか、文化の差があるのかと興味深かったと思う。そういう好奇心をかき立てる作品だったのではなかろうか。

ボウリング・フォー・コロンバイン

この映画のキモなんだが、2001.9.11 以後に取材されたものだと思われるが、アメリカとカナダでは銃や弾の所有率や買いやすさなどはほとんど同じなのに、カナダではほとんど銃犯罪が起こっておらず、のうえカナダでは家に鍵をかけさえしない、ということだと思う。犯罪の街デトロイトの対岸サーニアですらそうなのだ。

マイケル・ムーアはその理由を分析するが、アメリカという国が原住民を銃によって虐殺し、さらには黒人奴隷が白人に対して暴動を起こすのではないかと内心怖れているために、護身用の銃がないと精神的に不安なのではないかというのだ。

アメリカでも犯罪は減っているが犯罪を報道する回数は何倍にも増えているという。メディアが不安を煽ることが、銃乱射という犯罪を生み出しているのではないかともいう。

なるほど、人種差別や凶悪犯罪はじょじょに減っているのだろう。しかし、視聴者の関心が高いという理由で、メディアがある特定の犯罪を取り上げることによって、そういう刺激的な犯罪が次第にエスカレートしていき、模倣犯を生むという悪循環を作っているのだ。この連鎖は、一度生み出されると、つむじ風のように、簡単には消えず、エネルギーを吸収して成長すらする。そのエネルギーを供給しているのは明らかにマスメディアであり、民衆の恐怖心だ。多くのアレルギーや精神疾患がそうであるように、一度発症してしまうと、もとに戻すのは難しい。アメリカではその不安と恐怖が世代をこえて再生産されている。

カナダにはそんな悪循環がない。もともと犯罪件数が圧倒的に少ない。だから、スーパーマーケットで銃弾を売っていても、免許さえあれば簡単に銃を入手できても、アメリカの俗悪な犯罪ドラマが国境を越えてあふれていても、犯罪はおこらない。

少なくともカナダの事例を見れば、銃規制に意味はないという全米ライフル協会の主張は正しい。これは歴史的、社会心理的な問題なのだろう。

日本を見るに、日本はもともと銃や刀の規制は緩かった。しかし戦後、暴力団どうしの抗争が社会問題化することによって、銃刀法がだんだんに厳しくなっていった。戦前も刀を使ったやくざの出入りというものはあったのに違いないが、あまり問題視されていない。 やはり戦後の混乱とマスメディアのせいなんじゃないかと言う気がする。そして銃規制や、ましてゲーム規制なんてことはあまり関係ないんじゃないかという気がする。

探偵物や刑事物に出てくる事件も統計と乖離しているのはあきらかである。女性がいきなりストーカーに刺される、みたいなドラマにしたてやすい事件ばかりが繰り返し出てくる。こういう風潮が社会心理というものを著しくゆがめ、犯罪を助長し再生産ているのではないのか。

文中の(  )にあてはまる文字を入れなさい

今更読んでみた。読んだがよくわからなかったのでネットでぐぐってみた。そうするとだんだんわかってきた。感想を書いている人が多いのにすこしびっくりした。

つまりこういうことか。麻美は百崎Pにそそのかされてボーカルになりステージにあがったがうたいだしが思いつかなかった。パニックに陥り「少女3」のところで、異世界にとばされたのだ。なんだつまりは異世界ものか、と思った。つい最近「パプリカ」を見たのでそれに似ているなと思った。よくわからない(と、いうより、わざとはぐらかしたような)ハイテンションが続く展開。

少女パートと少年パートが交互に進んでいって最後にボーイミーツガール話になるかと思ったら、そういう可能性もあるがそうしなかったみたいなメタな結末。

それで伊能忠敬がよかったとか、異世界に飛び込んだ感じが良かったとか感想書いている人がいて、自分はそこでツボらなかったし、ハイテンションな疾走感のある、というか迷走してる感じの文体というかストーリー展開に引き込まれることもなかった。そういう展開の中に自分から飛び込んでいき浸れる人には面白いのだろうが、私はそういう読書をするには年を取り過ぎたし、いや、年を取ってもそういう読書をする人はいるんだろう。祭りだから踊っとけという人だけが祭りの中へ入っていける。私はもはやそうではないんだなってことを改めて知った。では実験小説、前衛小説として評価しますかと言われたら、うーん。では次回作まで判断は保留しますか、という感じかなあ。ま、次回作ももう読んじゃったんだけどね。

ダダイズムの詩や絵画みたいなもので異世界を表現されても、普通の前衛小説の表現と見分けがつかなくて、どこから異世界に入り込んだのか私にはわかりにくかったのでした。
私が、異世界ものを普段読まずになれてないせいかもしれないが。

たとえば 1984 を読んでいるときに、途中で異世界やファンタジーが混ざり始める、なんてことは決して考えずに、私たちは読み進める。ふだんからそういう頭でいる人間にはファンタジーまじりのフィクションは読めない。読んでて途中でわからなくなるのはしかたないよね。

1984 から 1Q84 を調べてて知ったのだが、1Q84 ってボーイミーツガールな異世界転生話なのね? てことは今ラノベ界で大流行な「ボーイミーツガールな異世界転生話」というのはもしかして村上春樹の影響なの?もしかしてラノベって多かれ少なかれ村上春樹に影響されてるの?もしかしてこの世界が理解できない私というのは、村上春樹を全く読まないからなのだろうか。そんな気がしてきた。 けっこうな人たちが村上春樹の方向へつっぱしてっている世の中で取り残されたような気分がしている。

1984

1984を書き遺したジョージ・オーウェルという人は、大英帝国の末期に生きたイギリス人なわけだ。「ビルマの日々」「動物農園」などをあわせよんでみると彼の輪郭がだんだんはっきりしてくる。

殉教者を作ってはならない (one must not make martyrs.)。

これこそまさに大英帝国がその数百年にわたる帝国支配において、というより、キリスト教社会において、長い年月をかけて学んできたことだ。

キリスト教は「殉教者ビジネス」の先駆だ。教祖のイエスが殉教者の典型であったが、しかし、ユダヤ教の預言者にその前例がなかったわけではない。イエスがその殉教という演出方法を完成した。ほかの、例えばバラモン僧が自分で火あぶりになって死ぬみたいに、悟りや救済のために自発的に死を選ぶ「殉教」ではなくて、キリスト教の「殉教」は権力者による宗教弾圧とセットになっている。

宗教的弾圧を受けることによってより強固な共同体を作り出し、民衆、特に貧民を組織し、国家を侵食していって、やがて国教におさまって国家を乗っ取る。キリスト教とはそのような宗教である。

かつて日本にやってきた宣教師も弾圧され殉教した。ローマ法王は日本で殉教した宣教師を列聖することによって、日本にキリスト教の種を植え付けようとした(日本も爆心地の浦上天主堂をそのまま遺しておけば殉教のシンボルとすることができたのだが、建て替えてしまい、惜しいことをした)。殉教によって信仰がより強固になることを知った徳川幕府は、彼らを殺してしまってはいけないということに気付いた。改宗させるか、改宗しないまでも、生かして閉じ込めておくことにした。死ぬと殉教者になってしまい、信者たちの心の拠り所にされてしまうからだ。

20世紀には独裁国家が多数生まれ、殉教者もまた大量生産された。欧米の独裁者たちもまた、殉教者を自ら作り出さないように腐心した。独裁者たちは死に至らしめない肉体的拷問方法をたくさん編み出した。そしてもっとも巧妙なのは、反逆者らを精神的敗北者にしてしまうことだった。そのために一番効果的なのは、同志を告発させ、裏切らせ、転向させることだった。日本の「踏み絵」と良く似ている。「異端者」を「自由意志にもとづいて」「屈服させる」。「消極的な服従」にも、「至高の服従」にも満足しない。自分の最も愛する人を裏切り告発することで人は心が折れてしまい、反逆者として存在しなくなってしまう。これは反逆者を死刑に処すよりもずっと効果的なのだ。ということが 1984 に描かれている主題だ。

しかしながら、そうやって反逆者を消し去ったようにみえて、結局は、スターリンや毛沢東も、殉教者を完全に抹殺することはできなかった。無数の、無名の殉教者がいることを私たちは知っている。

殉教者を実数より少なくみせることも、逆に多くみせることも、殉教者ビジネスの一種だ。この「殉教者ビジネス」は今日でも「被害者ビジネス」「社会的弱者ビジネス」として健在なのは驚くべきことだ。イエスが自分で意図してこのビジネスモデルを発明したとすればおそるべき慧眼といえる。

アンプルフォースという詩人がキップリングの詩集を編纂していた。その詩の一つに、rod と韻を踏むために god という単語が出て来た。脚韻のために god を詩から削除することができず残した、それで思想警察に捕まってしまう、という話が出てくる。

君は考えたことがあるかね、イギリス詩の歴史は、全般的にいえば、英語が脚韻に乏しいという事実によって決定づけられていることを?(‘Has it ever occurred to you,’ he said, ‘that the whole history of English poetry has been determined by the fact that the English language lacks rhymes?’ )

「英語が脚韻に乏しい」よく見かける文句だが、これは 1984 が初出なのだろうか。どうもそうらしいのだが、だとするとずいぶん新しい。

ところで 1Q84 は 1984 に触発されて書かれたものであって、それゆえに 1984 を読み返す人が多いというのだが、それはどうだろうか。

ジョヴァンニ・バッティスタ・シドッティ

シドッティは白石に対し、従来の日本人が持っていた「宣教師が西洋諸国の日本侵略の尖兵である」という認識が誤りであるということを説明し、白石もそれを理解した。

いや、それはどうだろう。新井白石の著書から、そんなことが読み取れるだろうか。彼の認識は「我国厳に其教を禁ぜられし事、過防にはあらず」であろう。

白石は、問題をこじらせないためには、宣教師を本国に送り返すのが上策だし、でなきゃめんどうだが幽閉してしまえ。処刑するのは下策だ。転向させたり拷問することは無意味だ、と提言しているだけだ。国内的には一般人から隔離して「存在しない」ことにしてしまえばそれで足りる。対外的には迫害や殉教という事実がそもそも「存在しない」ことを示せば足りる。

ソラリス総括

結局ソラリスを一から全部見直すことになってしまった。

ツタヤで借りてきたタルコフスキー版の DVD は 2013年製で、これは今年出た「新装版」Blu-Ray と内容的には基本的にはまったく同じものである、と思う。画質音質などに違いはあるのかもしれないが。タルコフスキー傑作選Blu-Ray Box を出すにあたりついでに「新装版」を出したということだろうと思う。それより前の DVD を入手するにはアマゾンあたりで中古を買うしかないようだが、そこまでする気にはなれなかった。

さて、ハリウッド版、というか、ジョージ・クルーニーが主演して、ジェームス・キャメロンとスティーブン・ソダーバーグが作ったソラリスだけども、最初の雨のシーンや、宇宙ステーションに流れているBGMがバッハなのは明らかにタルコフスキー版のオマージュである。レムの原作では、クリス・ケルヴィンは特に誰かに呼ばれたというわけでもなく、何かソラリスで事件があったからというわけでもなく、たまたま何かの通常任務としてソラリスに赴き、そこで宇宙ステーションの異常事態に気付くことになっている。ギバリャンとはかつて一緒に仕事をしたことがあるが、ギバリャンに呼ばれたわけではない。
ケルヴィンの肩書きはたしかに作中で「心理学者」と言及されているが、心理学者だからわざわざソラリスの非常事態に派遣されたのではない。そういうふうな書き方ではない。
ケルヴィンは物理学的な素養も充分持った、一般的な自然科学者として描かれている。

しかしソダーバーグ版では、冒頭でかなりの尺を使って、「精神科医」あるいは「セラピスト」として勤務しているクリスが描かれる。さらに、クリスは一人でベッドに寝ており、「私をもう愛してないのね」という女のセリフが流れることによって、昔つきあっていた女がいたが、今はいないことが示唆される。

そして、知り合いの科学者ジバリャン(原作ではギバリャン)が、ソラリスからビデオメッセージで助けを求めたのでクリスがおもむくことになる。そのメッセージは謎めいていてよくわからない。ジバリャンはいかにも心を病んでいるようにみえる。

このイントロは、おそらくアメリカ社会において、心理学者とか精神科のカウンセラーというものが日常生活に浸透していて、その「わかりやすさ」をシナリオに利用したのだろう。アメリカ人でない私には最初良くわからなかったが。原作にはそんなニュアンスは一切無い。

クリスがソラリスに着いてみるとジバリャンはすでに自殺していた。見ている側では、ああ、ジバリャンは心を病んでとうとう自殺を図ったんだなと思う。クリスは間に合わなかったんだなと思う。そう思えば自然な流れだ。それからスノウ(原作ではスナウト)とゴードン(原作ではサルトリウス)に会う。ジバリャンが何故死んだのかを聞き出すためだ。これまた自然な流れだ。ここまでSF的要素は極めて希薄である。スノウやゴードンという名前もおそらくはSF色(というかロシア色)を消すために変えてある。ソラリスというものについても何も説明されない。単に、クリスはジバリャンの心の治療のために宇宙まで呼び出され、患者はすでに自殺していたという流れだ。レムの原作を知って見ていると何が言いたいのかよくわからない展開だが、先入観無しに見ればそういうことになるはずだ。

いよいよ死んだ妻レイア(原作ではハリー)がクリスの元に現れる。セラピストのクリスが妻を自殺で死なせたという伏線がここで生きてくる。セラピスト自身がソラリスの謎の心理現象に対峙することになるわけなのだが、以後、妻との不仲と和解というものがしばしばメインテーマとなるハリウッド映画路線を突っ走ることになる。死んだ妻との再会、懺悔。ある意味アメリカ映画にありがちな、オカルト的な展開と言えなくもない。

これもハリウッドの事情を知らず、レムの先入観を持っている私などがみると、なんとも意味不明に見えてしまう。おそらくアメリカでは倦怠期の夫婦が映画を見に行くことが多いのだろう。精神科医やカウンセラーに夫婦仲を相談するということも一般的。そういうアメリカ社会の背景を下敷きにしいてみると、やっとこれがすごくわかりやすい映画なんだってことがわかる仕掛けなのである。

でまあそこまで考えてみるに、この映画の脚本家は一応大衆向けの映画を作る気でいたのに違いない。別に難解なソビエト映画のリメイクをやろうとしたのではないのだ。

アメリカではたぶん、男一人で、あるいは女一人で、映画を見に行くというのは罪悪に近いのではないか。だから、アメリカではオタクな映画は流行りにくい。男女の恋愛というものが描かれないと映画館に人を呼びにくい。きっとそういう事情がある。日本で子供向けの映画が流行るのと同じ理由だ。

われわれは自分を聖なる接触の騎士だと思っている。ところがそれが第二の嘘だ。われわれは人間以外の誰をも求めていない。われわれには地球以外の別の世界など必要ない。われわれに必要なのは自分をうつす鏡だけだ。他の世界など、どうしていいのかわれわれにはわからない。われわれには自分の世界だけで充分だ。ところが、その地球はまだなんとなく住みにくい。そこでわれわれは自分自身の理想的な姿を見出したいと思う。広い宇宙には、地球の文明よりももっと完全な文明をもつ世界があるにちがいない。また、非常に幼稚であったわれわれの過去の生きうつしであるような世界もあるだろう。

原作でレムはスナウトにそう言わせている。これがレムのSFなのだ。他人が書くSFとの違いをここまではっきり丁寧に説明している。レム以外のSFというのは要するに人間自身を映している鏡に過ぎず、実際に起こり得る地球外生命との接触などというものからほど遠いのだ、レムはそう言いたいのである。レムの小説を読む価値はここにある。レムと一緒になって、ほんとうの未知との遭遇とはどんなものだろうかってことをあれこれ思考実験する。人間の持つ先入観と戦う作業。しかしそれでは世間一般のSFにはならないし、ソビエト映画にもハリウッド映画にもならない。観客を映画館に呼ぶこともできない。

ソダーバーグ版の見どころを一つ言えば、スノー役のジェレミー・デイビスは名演技だった。難点を言えば、これは人類に不変な真実を描いたものではない。私に言わせればこれはハリウッド映画にありがちな、アメリカ人のオナニーというのに近い。

wikipedia にも書いてあるのだが、90分に縮めた日本語吹き替え版は、レムの原作に近いという意味では良く出来たものになっていると思う。おそらくタルコフスキーよりはレムに同情的な人が、台詞やナレーション、効果音などをふんだんに補完して編集したのに違いない。ある意味力作だと言える。ただしタルコフスキー的要素を完全に切り捨てられなかったために、ラストが意味不明になってしまっている。誰かがレムの小説に忠実に映画化すれば良いのに。そうすればソダーバーグ版やタルコフスキー版を理解する助けになるだろう。

タルコフスキーのソラリス

原作では中程に出てくる「バートン報告」が冒頭に持ってこられているのがきわめて興味深い。

先に、「バートン報告」こそが「ソラリス」の核であり、その前後は後から付け足したのかもしれない、などと書いたのだけど、タルコフスキーはそれに気付いていたか、或いはレムから直接聞いたのかもしれない。その「ソラリス」のキモであるバートン報告を省略することなく、むしろフィーチャーしようとしたのは良い。が、こんな台詞棒読みの謎シーンにしてしまっては、まったく生きてこない。前振りになっていない上に邪魔ですらある。レムの原作を読んだことがある人、特にまじめに読んだことがあるひとは、おやっと思って、そして腹を立てると思う。

主人公クリス・ケルヴィンはリトアニア人のドナタス・バニオニスが演じる。クリスの妻のハリー役はナタリア・ボンダルチュク。彼女がソラリスをタルコフスキーに紹介したという。スナウト役はエストニア人のユーリー・ヤルヴェト。クリスの父ニック役はウクライナ人のニコライ・グリニコ。

この他、後半でクリスの夢の中に若い頃の彼の母親が出てくる。この女性の意味もよくわからない。そしてこの夢を見た後、ハリーは置き手紙をしていなくなる。

冒頭はクリスの父ニックの家。叔母のアンナがいる。車でバートンとその息子が到着する。この家には少女と馬と犬がいる。この少女はアンナの娘(クリスの姪)であるらしい。クリスはバートン本人からバートン報告と調査委員会のビデオを見させられるのだが、そもそも原作ではクリスとバートンは出会ってないし、バートン報告のビデオなどないし、ニックもアンナも、馬も犬も出てこない。宇宙に旅立つ息子に「親の死に目にも会わないつもりか」などと父が怒ったりもしない。

バートンの息子は馬にびっくりする。タルコフスキー映画によく見られる雨や水辺の映像。もちろんこれらはレムの原作にはまったくないものだ。バートンは息子を連れて帰る。その際に東京の首都高をぐるぐる走るシーンが入る。今 youtube にアップされている東宝の日本語吹き替え版では、このバートンと会ったシーンは完全に削除されている。しかし首都高のシーンはツタヤで借りたDVDで見たことがあるので、私がかつてみたソラリスはも少し違った編集がされていたものとおもわれる。

アメリカ映画

ハリウッド映画やアメリカドラマでは、よく夫婦が離婚する。離婚した状態で物語が始まる。或いは別居中である。仕事はできるが夫としては頼りない男が主人公で、ヒロインは別れた妻で、子供は妻に取られてて、困難を克服して夫婦はふたたび仲直りする。というストーリーになっているのがすごく多い。ナンデヤネン。

一方で、主人公が軍人の場合には(退役軍人をのぞく)、彼は理想的な男であり、良き夫であり、妻とも子とも仲が良い。しかし軍人なので家を離れがちであり、しばしば愛する妻に電話した後に死んだりする。

この扱われようの違いはなんだとおかしくなる。

アメリカでは、軍人は頼りない夫であってはならない。そんなストーリーはタブーなのだ。