必死剣鳥刺し

『必死剣鳥刺し』を見たのだが、美しい映画だが、おそらくは脚色に問題がある。原作がこんなに間抜けなはずはない、と思うのだ。

まず、お家騒動というものはこのように起こるものではない。家老の帯屋が主君を隠居させて世嗣を立てようとしたとして、いくら帯屋が剣客であろうが、一人で城に日本刀をひっさげて乗り込むはずがない。死ぬ気で諫めるというのならともかく、本気で主君を斬ろうとしているようにしか見えない。あり得ないことだ。

また、お家騒動というものは頻繁に起きたことで、家老レベルならともかく、徒党も組まずに、主人公の兼見三左エ門が義憤で側室を殺害するなどというのはかなり苦しい筋書きだと思う。たとえ妻を亡くして死に所を探していたとしてもだ。側室連子の横暴ぶりが殺害動機のように演出しているのはどうかと思う。いずれにしても、兼美はごくまじめな目立たない武士だという設定では違和感がある。かなり奇矯な性格だった、とするならばまだわかる。

それから、やくざの出入りであっても槍や長刀は使う。まともな考証をしたやくざ映画ならそうする。武士だからといって全員が日本刀で斬り合うということはあり得ないし、大名ならば鉄砲ぐらいもっているだろう。乱心者が出るとわかっているのであれば、鉄砲と槍を用意しておけば足りる話であり、これもまた、日本刀どうしで斬り合いを演出するための間違いだ。

藤沢周平の原作を読んだわけではないので推測するしかないのだが、原作はこんなではなかっただろう。ああいう派手な殺陣のシーンで盛り上げるためにこんなふうになったのに違いない。里尾という亡き妻の姪との交情というのも、たぶん後付けのものだろう(まあ別に入れたけりゃ入れてもいいが)。

たとえば吉良邸討ち入りだって、ほんとに討ちとろうとするならばああいうふうに用意周到にやるものだ。

テレビドラマならともかく、キルビルじゃあるまいし、まっとうな映画なら、日本刀だけの殺陣のシーンなんてものは作らないものだ。

私ならば、帯屋は、少数の手勢をつれて深夜に屋敷に侵入しようとすることにするだろう。帯屋は家老なのだから、一部の内通者が手引きして、主君の寝所まで帯剣のまま入り込めるかもしれない。それを察した兼美と帯屋の間で斬り合いが起きる、という筋立てなら無理がない。

そういう、映画にするため付け足したと思われる部分が気になってしかたない作品だ。たぶん、売れる映画を作るためにそうしたのではない。どうみても売れる映画を作ったようには見えない。おそらく役者と、役者のファンのためにこのようなことをしたのだろう。どうも今の日本映画は、どれもこれもそんなふうに、芸能プロダクションと一部のファンが牛耳っているようなな気がしてならない。

兼美が帯屋を殺すとわかっていて、兼美をいかしておいたという設定も、かなり苦しい。 都合がよすぎる。兼美を用心棒として飼っておいて、たまたま帯屋が乗り込んできて、彼を討ち取らせたあと、兼美の乱心だと見せかけるために、兼美を殺した、という手を思いついたというならまだ良い。お家騒動はかならず幕府の処分を受けるので、隠そうとするのはわかる。

続き: 鳥刺し2

今敏

今敏の劇場版アニメ4作を全部見終わったので、感想を書いておく。

今敏監督が原作も書いた『千年女優』と『東京ゴットファーザーズ』はやっぱ雰囲気似てるのよね。『パーフェクトブルー』『パプリカ』はやっぱり原作の骨が残っていて、『パプリカ』はかなり勝手にいじったっぽいが、筒井康隆原作だと言われればなるほどそうかと思わせる。

しかし『パーフェクトブルー』は原作もしくは脚色の原型がかなりそのまんま残っている感じで、監督はもちろんアニメーションの部分はコントロールしてるわけだが、今敏監督以外の要素がかなり濃厚だとみた。いろんな伏線も後でちゃんと説明されている。演劇と現実がちゃんぽんされているのでわかりにくいが、全部見終わってみると、どこがドラマで、どこが現実で、どこが夢か妄想か、というのがわかるようになっている。竹内義和というサイコホラーの作家がきちんとサイコホラーを書いているからだと思う。ごまかしがない。もしかすると原作はもすこしストレートな話で、それをアニメ化するにあたって少し謎解きをひねったのかな。原作は入手困難のようだが、アマゾンの作品解説とか読むと。

『千年女優』もやはり演劇と現実をちゃんぽんにした作品で、単なる劇中劇ではなくて、劇の中に劇を入れ子にしてさらに相互に絡めたりして、『パーフェクトブルー』の延長線上にあるわけだが、かなりファンタジー色が強い。一応最後までみて、ヒロインの回想や妄想がファンタジー仕立てになっている、ってことはわかるんだが、『パーフェクトブルー』みたいに緻密ではない。理屈でちゃんと説明できない要素が多い。かなり迷走している。ヒロインが一目惚れした男を一生追いかけ続けるという設定も少し無理があると思う。

『パーフェクトブルー』と『千年女優』を見た筒井康隆が今敏に『パプリカ』のアニメ化を希望したというのはあり得る話だと思う。『パプリカ』ではこんどは夢と現実が入り交じる。これもストーリーはほとんど破綻しかけている。映像のおもしろさで強引にまとめている。

『東京ゴットファーザーズ』は一種の群像劇なんだけど、ストーリーがご都合主義すぎて、何でもアリな展開で、途中でついていけなくなる。今敏という人が、自分でストーリーまで作ってしまうと、こういう浪花節的なものになってしまうのだろうか。

でまあ、映像的には『パプリカ』がやはり一番すごい。でもまあこれは監督一人の力というよりはマッドハウスのスタッフがすごいんだろうと思う。

『パーフェクトブルー』は映像以外の部分は今敏の作品とは言いがたいが、完成度は一番高いと思う。

『千年女優』はまあまあ。

『東京ゴッドファーザーズ』は映像のおもしろさはもちろんあるのだが、あまり評価できない。

僭主と王

僭主(τυραννος)と王(βασιλεύς)の違いはなんだろうかということをずっと考えていた。

Wikipedia の「僭主」を読んでもよくわからないと思う。英語由来のタイラントだともっとわからない。タイラントには「暴君」という意味しかない。これは一般化するよりは、古代ギリシャ世界における特有の呼び分け方だと思ったほうが理解しやすいと思う。

王というのは、血縁と地縁があって、その族長がなるものである。だから王には血統があって、血筋というものが重視され、才能などはまあどちらでもよいということになる。族長というものはどんな原始社会にもある。王は、歴史に残らぬ古代から現代までずっとある君主の形態である。人の集団は多かれ少なかれ、地縁と血縁、宗教や習俗でできているからであり、それは昔も今も大差ない。

これに対して、僭主はある程度文明が発達した社会にしか生まれ得ないはずである。

たとえば、地縁や血縁が強固なスパルタには僭主は生まれ得ない。王しかうまれない。

いっぽうアテナイやテーバイなどでは、無産階級が生まれ、奴隷や富豪などさまざまな、
地縁とも血縁とも関係のない市民がいた。同じことはペルシャでもいえるのだが、ペルシャのような巨大な国では皇帝独裁というものが発達した。アテナイのようなミニチュアのような国では逆に、市民全員が政治に口出しする直接民主制というものが生まれた。

アテナイでもペルシャでも、一代で財をなしたり、あるいは領主となったり、あるいは領地を相続したり、あるいは武力にうったえて政治権力をもったり、戦争に功績があった将軍が民衆の支持を得て独裁を行ったり、そういう形で僭主が生まれることがあるわけだ。

アテナイでは直接民主制もしくは貴族による寡占政治から逸脱した状態として、僭主が嫌われた。

しかし、ペルシャのように、大昔に支配者と被支配者が完全に分離した社会では、ある日突然、一般人が領主になることがある。それは婚姻によるものであったり、跡取りがない領主が親しい奴隷に領地を相続させたりする。宮廷の官僚や宦官などが王位を簒奪して領主になることもある。

アテナイではペイシストラトスとかテミストクレスが僭主と呼ばれる。ペイシストラトスは貴族の親玉だった。無産階級をたくさん雇って農地や鉱山を開発させて一代で巨富を得た。テミストクレスは戦争の英雄だった。サラミスの海戦でペルシャ艦隊を覆滅させた。
どちらも大衆を扇動して権力を独裁しようとしていると疑われたわけだ。

だけど、同じギリシャ人のポリスでもシチリアあたりだと全然違う。どちらかといえばペルシャ世界と近い。

ギリシャ本土以外では、領主が血縁以外で継承すると僭主と言われる。娘婿でもたぶん僭主扱い。ただそれだけだ。

アテナイでは血縁や地縁が薄れてきたので、王政が貴族政に移行したのだろう。直接民主制に移行したのは直接的にはペリクレスのせいだが、狭いポリスで、アゴラに無産市民が集まって好き勝手いう環境が民主制というものを生み出したのだ。でも同じギリシャ人でも、スパルタではそうはならなかった。無産市民が発生せず、市民はみな農村にはなればなれで暮らしていたせいだろう。


追記: 要するに世襲でない王、一代で成り上がった権力者のことを僭主というのだ。西アジアでは、僭主がその部下や召使い、奴隷に財産と権力を継承することがあった。これは父から子への相続ではないから、僭主から僭主が生まれることになる。実の男子だけでなく、娘婿に継がせる場合は世襲である。ゲルマン法、ローマ法というが、ローマ法(ローマ皇帝の継承法)というのはマケドニア王国の継承法を真似たものであろう。当然、東ローマはマケドニア王国の王制をそのまま引き継いでいる。一方でゲルマン法では不動産(領地)は男子にしか所有権、継承権が無い。

タイラントが暴君か独裁者かなどということは関係ない。単に私有財産制、相続制度の問題なのだ。

東ローマの後裔

東ローマ帝国が滅びる直前一番近かったのはキエフ公国だった。血筋が一番近いのはグルジアとかアルメニアだったかもしれないが、近隣諸国で一番でかいのはキエフだったし、 その後継のハールィチ・ヴォルィーニ公国とかモスクワ公国とか。ともかく東ローマが滅んだ後にその血統と文化を継承したのは、いまおおざっぱにいうところのロシアの中にみんな入ってる。なんでそうなったかといえば、キリスト教がカトリックとギリシャ正教に分かれたせいで、両者の間ではほとんど通婚がなかったわけだ。西ヨーロッパは、のちに宗教改革があるけど、要するに、王侯はみんな親戚どうしだから、いざとなれば外敵には団結してあたるけど、東ローマは血縁関係が薄いから見捨てられてしまった。おなじようにギリシャも。

だけどまあ、近代になって、西ヨーロッパが対外進出し始めると、一度は見捨てて見殺しにしたギリシャ世界、というか、ヘレニズム世界に食指を伸ばし始める。オックスフォード辺りの学者が一生懸命ギリシャ語の勉強をやる。その背景にはやはり、新約聖書がもともとはギリシャ語で書かれていたからでもある。

それで東ローマが滅んで400年近くたってから、やっぱギリシャは俺等のもんなんじゃね、という機運が西ヨーロッパで盛んになる。イギリス人もドイツ人も夢中になる。一方、ロシアを含めたギリシャ正教の国々は旧態依然としてたわけよね。というより、ロシアもペテルブルクなんか作ってドイツとかの西ヨーロッパの文化文明に憧れて、もうギリシャとかどうでも良いと思ってた。

まあそれが今ちょっと話題になってる「社会問題」化しちゃったわけで、ヨーロッパの若者がフィーバーして、ギリシャ独立戦争とかにつながる。ギリシャは最初独立して王国になったが、その王様がなんとバイエルン王国の王子。その理由が、東ローマ皇帝の血を引いているからってものなんだが、ものすごいこじつけだ。ドイツ人のヘルダーリンも『ヒュペーリオン』とかいうおかしな小説書くし。ゲーテもヨハンナ・シュピリもギリシャ大好きだった。冷静に観察するとかなり頭おかしい。しかも頭おかしいってことに自覚症状が無い。自分たちがギリシャ人の子孫だって本気でおもってる。ギリシャ人の子孫は今のトルコ人だよな。明らかに。ついでにイタリアもオーストリアもイギリスもフランスもロシアもどんどんオスマントルコに進出して、領土を切りとりはじめた。

でまあ、オックスフォードで始まった古代ギリシャ研究というのはすごいものではあるのだが、もともとはなんの根っこもないもので、特に初期の研究はけっこうおかしなものもあり、それをいままじめな学者は一生懸命修正しようとしているのだが、いったん定着したステレオタイプはなかなか消せない。キリスト教とか19世紀のヨーロッパの哲学なんかとすごく深い教義の部分で絡み合ってしまっているので、分離できなくなっている。

で、日本なんかはただのヨーロッパの受け売りだから、よけい始末に負えない状態に今ある。

水尾の里と小野の里

清和天皇と惟喬親王の扱われ方というのは良く似ている。二人は文徳天皇の皇子で、異母兄弟なのだが、二人ともほぼ同じころに宮廷を追いだされて、山の中に幽閉された。惟喬親王は貞観14年(872年)、京都の東、比叡山中の小野の里に。清和天皇は元慶3年(879年)5月、京都の西、嵯峨野の山中・水尾の里に。まあ要するに、藤原基経高子兄妹によって、傀儡陽成天皇を立てて、要らなくなったから追放されたのだ。

ひどい話だなと思っていた。

でもまあよくよく考えるに、惟喬親王も清和天皇も生活も経済力も外戚に丸抱えされていたわけである。天皇や親王が個人所有している資産というものが、この時代にはなかった。飛鳥・奈良時代にはあったんだろうが、律令国家というものを作って、官僚組織を作って、中央独裁にした結果、天皇個人の財産と国家の財産というものの区別がなくなり、国家から切り離された天皇個人の財産というものがなくなった。桓武天皇とか嵯峨天皇のころにそうなっちゃった。

それで日本では、通い婚、婿取り婚の伝統があるから、本卦還りしてしまって、天皇は嫁さんの実家の経済力に頼らざるを得なくなった。摂関政治の本質はそこだよな。

摂家の陰謀で、清和天皇と惟喬親王は追放された、というよりは、二人とも隠居後の資産なんて何ももってなかったから、京都近郊の山の中を開拓して、水尾の里と小野の里というものを作って、そこに住民も移住させて、死ぬまで生きていけるようにした。ようは老後のための年金として水尾の里と小野の里が与えられたのだろう。今も山の中に老人ホーム作ったりしてるがあれと同じ。そんなふうに思えてきた。別に幽閉されたというわけではなかったようだ。京都近郊をうろうろしてた。

惟喬親王は宮中を追いだされて25年後に54才で死んだ。まあまあ長生きしたほうだ。

清和天皇は貞観18年(876年)突然譲位。まあ、失脚したんだわな。そして3年後、出家して水尾に入り、翌年あっという間に、30才で死んでしまった。よっぽど嫁さんに嫌われてたみたい。あんまり指摘されることはないのだが、清和天皇ってかわいそうなひとだったんだなってことに新井白石は気付いていた。たぶん。

で、似たような状況が後三条天皇までは続いた。だから、花山院みたいな悲惨な上皇もいた。皇太子や天皇の間はちやほやされるが上皇になったらもう見捨てられちゃうみたいな(時代は違うが後鳥羽院にもなんとなくそのけがある)。白河天皇は、その反省から、天皇家が自分で資産を持つようにしたわけよね。そうして、外戚の資産に頼らなくて済むようにした。それがまあ白河院が目指した院政というものだわな。

naturalist と natural history

実におかしな感じである。

『種の起源』にわざわざ名前を挙げて出てくる naturalist はほぼみな間違いなくプロの学者であり、学会に属し、論文を書き、研究をしている。

これに対していちいち名前は挙げていないが「飼育家(raiser)」「(家畜の)育種家(breeder)」「愛好家(fancier)」「園芸家(gardener)」「(栽培植物の)育種家(cultivator)」などについても多く言及していて、彼らは明らかに naturalist とは異なる立場の、別の世界に生きている人間として描写されている。つまり研究のプロ対アマチュアという構図である。

多くの naturalist は飼育や栽培というものを研究の対象に値しない、無視している、だがこれもまた絶好の研究対象であるというのが私の信念などと言っている。つまり私(ダーウィン)はあえて、これまで素人がやってきた品種改良のための「選択」というものを研究対象とします、と宣言しているのだ。またたとえば、

May not those naturalists who, knowing far less of the laws of inheritance than
does the breeder, and knowing no more than he does of the intermediate
links in the long lines of descent, yet admit that many of our domestic
races are descended from the same parents…

breeder よりも遺伝の法則についてほとんどわずかしか知らず、また、品種の長い連鎖についてはなおさら知らない naturalist たちでさえ、多くの家畜品種が単一の親に由来することを認めるのではないか。

つまり素人の愛好家や飼育家たちは、どちらかと言えば、遺伝現象について極めて博識であるがゆえに、たくさん亜種が一つの親から派生したとは容易に信じない。むしろそうした家畜や園芸種の繁殖の知識に乏しい naturalist のほうが、たくさんの亜種が一つの種に属すると考えているのである。

したがって、訳者が言うように、

ダーウィンがナチュラリストと呼んでいる人物の多くは在野の自然観察者や昆虫マニア、園芸家であったりすることが多く、いわゆる「学者」のイメージにそぐわない。

というふうには私にはとても読めないのである。

そもそもダーウィンはアメリカ海軍の艦長の許可を得てわざわざ南米、オセアニアを探検して回ったプロの研究者であるし、本文中に言及されているウォレスなどもマレー諸島を探検しているプロだ。マルサスも、チャールズ・ライエルも、ジョセフ・ダルトン・フッカーも、イジドール・ジョフロワ・サン=ティレールも、フリッツ・ミューラーも、プロスパー・ルーカスも、その他もろもろの人たちもみんなその道のプロの学者だ。

いったいどこから「ナチュラリスト」が「昆虫マニア」のたぐいだという発想が出てくるのか。不思議だ。

というより今日「ナチュラリスト」と言うと、どちらかと言えば、少なくとも日本語においては、「自然保護主義者」とか「自然回帰主義者」とか、動物愛護団体とかベジタリアンとかヒッピーとかアナーキストのようなものを連想すると思う。naturalist を「博物学者」と訳してきた歴史は長く、訳語としては非常に安心して使える。わざと新しい訳を試みてちと勇み足したのではないのか。

しかし私にとってもっと奇異に感じるのは man’s selection を「人為選抜」と訳し、natural selection を「自然淘汰」と訳しているところだ。ダーウィンは明確に、man’s selection を拡張解釈した先に natural selection というものがあるに違いない、という論理展開をしている。ダーウィンの人為選択説はそのまま優生学や家畜や作物の品種改良の理論に通じるものである。ダーウィンはそれまでの品種改良に用いられてきた経験則的選択(methodical and unconscious selection)を、人為選択という概念でまとめ直して、博物学的に扱えるようにし、さらに近代科学へと橋渡ししたのである。ダーウィンはきちんと自分で多くの鳩の品種を飼って交雑させて、鳩が単一の種であることを確かめた。彼の鳩に関する実験と研究と考察は今日にも通用するまっとうなものである。いっておくがダーウィンは鳩の愛好家の一人ではない。鳩を学術研究の対象にした学者である。

ところが彼がそこから類推した自然選択というものは、彼の空想に過ぎず、何の根拠もない。

私は、「人為選択」を確立し、「自然選択」という新しい概念をこしらえて、「人為選択」と「自然選択」を対比させて、「自然選択」の存在を予言したのがダーウィンの仕事だと思う。しかるに、「人為選抜」「自然淘汰」と訳してしまっては、その対比関係がまったくわからなくなってしまうではないか。

どうも日本人に「自然淘汰」と訳したがる一群の人たちがいるらしい。それを「自然選択」に直そうと努力する人たちもいるのだが、なぜかまぜっかえされる。しかも「選抜」という進化論ではあまりなじみのない訳語を引っ張り出してきたのはどういうつもりなのだろう。選抜というのは高校選抜野球みたいに、なんだか個体間や集団間の闘争や競争のようなものをイメージしてしまうのだが。無色透明な「選択」という言葉でなぜいけないのか。

単純に「選択」という訳語を使っておいてあとは読者に判断させればよい。それをときに「選抜」と訳しときに「淘汰」と訳すのは訳者の恣意であり、おそらくは何らかの思想への誘導であり、或いは単なる奇をてらった訳であって、読者を混乱させる。

また、natural history を「自然史」と訳すのもおかしな感じがする。natural history はもはや時代遅れな用語であって、「自然史」などと科学用語(自然科学?社会科学?それとも人文科学?)のような訳し方をするのは奇異である。natural history はやはり「博物学」とでも訳しておいたほうが無難ではなかろうか。そうすればこれが19世紀に流行った、近代科学よりも少しだけ前の時代の、それこそ手塚治虫や荒俣宏が描く牧歌的な世界であることがわかるだろうと思う。

私にはどうも、natural history という言葉には、キリスト教的創造説のニュアンスを感じる。人間に歴史があるように、神が創造した自然にも歴史があるのだ、という考え方。これは東洋の、中国の史学とはまったく相容れないものだ。歴史とは人が後世に書き遺すものだからだ。

私はたとえば Gesang を「賛美歌」と訳すのが嫌いだ。単に「歌」と訳す。Gesang には「賛美」なんて意味はどこにもないから。そういうもとの言語にない日本語固有の色を付けるのは嫌だ。

村上春樹『ノルウェイの森』の薄気味の悪さ

村上春樹『ノルウェイの森』の薄気味の悪さ(Ⅰ)

少女漫画のように読みやすいということ、食べ物・音楽・ファッションなど衣食住に関する描写が心地よく感じられること、それからさらに何か得体の知れない薄気味の悪さがある

少女漫画のように読みやすい、というのは、そうかもしれないなと思う。何も難しいことは書いてなく、書いてあってもそれは表面をなぞるだけで中に入っていくわけではない。ただのBGM。たとえば、村上春樹には、第一次大戦と第二次大戦に挟まれたチェコスロバキアの人民が幸せであったかどうかなんてことを深く追求するつもりはないのだ。村上春樹にとってハプスブルク家は中世以来の圧政的・絶対王政的な封建領主であり、ヒトラーは独裁者なのだ。だからその両者から自由であったチェコスロバキアは自由だったはずだ、と言っているだけのことであり、実際に自由だったかどうかを考証するつもりもない。単に世界史的にはそのように教科書に記述されている、それで充分なのだ。ヤナーチェクの音楽がどうだということを語るつもりもない。単にそれらは、読みもしないのに本棚に飾られている革張りの書籍と同じだ。

そして唐突に殺人や自殺やセックスが挿入されるのはまさに少女漫画的展開であり、テレビドラマ的でもある。軽薄すぎる、とさえ言える(私は冒頭いきなり人が死ぬ話が好きになれない。多くのミステリーがそうだが。いきなり事件が起きて、謎解きするだけ。1Q84もある意味そうだ。殺意もとってつけたような場合が多い。殺意は単に、推理に必要とされるヒント、加害者と被害者の関係性としてだけ利用されている。そんなただのパズルみたいな話はいやだ)。

居心地がいいけれど、厨房の奥に底知れない闇があるような、そんな喫茶店

グリムの「ヘンゼルとグレーテル」に出てくるお菓子の家

人さらいのいるサーカス小屋

着飾った女性たちのいる遊郭

そう、村上春樹は読者に魔法をかけてやろうと待ち構えている。そんな「薄気味の悪さ」は確かに村上春樹の作品の特徴だろうと思う。そうして、そこにやらせを感じて、読むのをやめてしまう人もいるはずだ。私はどちらかと言えばそっちだ。魔法をかけてもらおうとよろこんで身を委ねる人もいるだろう。彼の読者はおそらくこちらのタイプだ。

この小説は本当に恋愛小説といえるのだろうか? 本当に恋愛小説として読まれているのだろうか? 精神病者の観察記録やポルノグラフィーとして読まれている可能性はないのだろうか?

何をもって恋愛小説というかだが、たとえば、氷室冴子の小説が恋愛小説だとすると村上春樹は全然違うと思う。志賀直哉や吉行淳之介や安岡章太郎なんかとは全然違う。谷崎潤一郎とか田山花袋とも違う。どちらかといえば、三島由紀夫や川端康成のそらぞらしさに近いものがあるかもしれない(ちなみに私が書くものは比較的志賀直哉や吉行淳之介に近い、と本人は考えている)。ちなみに宮崎駿の作品には恋愛ものはない。若い男女の非日常があるだけだ。

作者とワタナベ君のみ息が合っていて、女性ばかりが蚊帳の外という感じなのだ。恋愛小説で、作中人物が如何に鈍感であろうとも、作者が鈍感であることは許されない。そのような滑稽さ、苛立たしさを感じるのはわたしだけだろうか。

そう。村上春樹は実はほんとは恋愛なんかしたことないんじゃないかと思いさえする。

村上春樹『ノルウェイの森』の薄気味の悪さ(Ⅱ)

村上春樹という男は、触ったもの全てに自分の臭いをこすりつける性癖がある。作品の中で、ある世界観を物語るためだけに一面的に引用されたこれらは、食い散らされて、本来の持ち味を、意味合いを、香りを、輝きを失わざるをえない。何という惨憺たる光景であることか!

そう。1Q84のヤナーチェクもまさにそう。別に何の必然性もない。

陸奥宗光とその時代

岡崎久彦『陸奥宗光とその時代』を読んでいるのだが、 昔読んだときは、ただそのまま感心して読んだのだが、今読んでみるとアラの多いのに気付く。

陸奥宗光の父・伊達宗広は和歌を良く詠んだのだが、 今あらためてみてみると、岡崎久彦が「絶賛」するほどすごいわけでもない。 当時の紀州藩は和歌山から南紀、伊勢、松坂までぐるりと、内陸の大和地方を取り巻いて、紀伊半島の東、南、西を知行地としていた。 本居宣長は従って松坂紀州藩支配の学者であるから、紀州徳川家に召し抱えられて、 のちには養子の本居大平が宣長の代わりに紀州藩に仕え、大平が宗広に和歌を教えたのである。
この本居宣長から出た歌道はそのまま明治の桂園派の一支流となった。 桂園派はもちろん香川景樹を祖とするが、これが宮中御歌所で本居派の歌道や後水尾院以来の堂上和歌と混淆して、明治の桂園派をなしたのである。 そうした流れで見てみると、宗広の和歌はごくふつうの桂園派の範疇にあるといわねばならず、 また典型的な江戸後期の地下の和歌であり、上田秋成もそうであったように、当時の民間歌謡である都々逸や常磐津などの影響を濃く受けている。 ということを歌人でもなく、また江戸・明治期の桂園派に詳しくない岡崎久彦が考察できるはずもなかろうと思う。

江戸時代の日本には古学派というものができた。これは江戸時代という、学問が高度に進んだ社会における独特な現象である。何世紀もの間、朱子学が正統学として確立し、他の学説などは邪説としてほとんど存在しなくなっていた東洋社会に新説が生まれたのである。二百年間の徳川は平和で社会が安定していたので、正統派以外の説が出ても政治体制がビクともしない余裕があり、それだけの言論の自由があったということができよう。

新説と言っても奇抜なアイデアということでなく、孔子、孟子の思想を原典に遡って日本人特有の徹底した真面目さで学んでいるうちに自然と出て来たのである。

などと書いている。 まるで、江戸時代の日本でいきなり古学が生まれて、それを荻生徂徠が発明したような書き方をしている。これは非常に問題がある。

江戸時代の日本の儒学者は当然のことながら、明末清初の学者の影響をうけた。 朱子学以外の儒学がなかったはずがない。当時の黄宗羲や顧炎武は考証学を先駆し、朱子学の理念に囚われない史学的、考証学的考察を行った。 また朱子学に対して陽明学があった。 陽明学を直接輸入したのは中江藤樹で、これを展開したのが熊沢蕃山だった。 江戸時代の日本に陽明学が深く浸透していたことは大塩平八郎の名をあげるまでもなかろう。 朱子学を正統とする林羅山らの官学に対して、在野では古学、考証学、陽明学が流行して、これが、もっぱら論語と孟子を読めという伊藤仁斎の古義学となり、荻生徂徠の古文辞学となり、れが堀景山を経て本居宣長に伝わり、大平に伝わり、伊達宗広に伝わったのだ。そう書かなくてはおかしい。
もちろん「日本人特有の徹底した真面目さ」というものを伊藤仁斎がもっていたのは確かだろうが、彼がいきなり古典を直接読めなどと提唱したはずがない。

咲けば花 散れば塵とぞ はらひける あはれ桜も 人の世の中

この、いかにも江戸期の花柳界で口ずさまれたような句をつづっててできた歌は、直接的には香川景樹の影響によるものに違いない。

岡崎久彦がいきなり、古学は日本独自に荻生徂徠が発明した、なんて珍説を唱えるはずがないから、岡崎は誰かの説を生かじりしたのだろう。 江戸時代の雰囲気を紹介したつもりで全然できてない。 岡崎という人は面白い文章を書くけど講談めいている、 彼の祖父の岡崎邦輔は、陸奥宗光の従弟だというのだから、 どうもそこらあたりの内輪褒めの話が中心になっているようだ。 用心して読まなくてはならないと思う。

和歌の道は花鳥風月から入るべし

根岸に住む人に歌を見てくれと言われて見た。

春の朝 うぐひすの声は 聞かねども 根岸の里は のどかなりけり

人の歌を添削するというのは難しいものだ。 私なら、

うぐひすの はつねはいまだ 聞かねども 根岸の里に 春はきにけり

とでも詠むだろうか。 特段良くなったわけではないが、古語を使い、古典の言い回しを使えばこうなると思う。

「根岸の里」というのが、和歌というよりは俳句であまりに有名なフレーズで、 逆に扱いに困るのだが、 実際根岸に住んでいるというのだからしかたない。

上野山 鳥はなけども うぐひすの 声はいまだに とどかざりけり

わかる。でも私なら「とり」はたとえばだが「ももちどり」、 「鳴く」は「すだく」として、

ももちどり うへのの山に すだけども いまだまじらぬ うぐひすのこゑ

とでもするだろうか。まあ、そもそもこういう歌をいまさら私は詠まないと思うのだが。

花鳥風月から和歌の道に入ろうというのは今時の人には珍しい。 今はいきなり口語で短歌を詠むでしょう。 いきなり時事問題を扱ったり。 恋人と逢った別れたと。 あれは私は好きではない。 俵万智だっていきなり口語で詠んだとは思えないのよね。 でも彼女の追随者たちはみな、古典をすっとばしていきなり短歌を詠んだ。

でまあ、私が根岸に住んでいたら、写生の歌を詠むと思う。 使い古された単語ではなく、言い回しではなく、 写生によって古いことばに新しい命を吹き込もうと思うだろう。 目の前の光景をそのまま切り取って。それはでも一通り、花鳥風月で練習したあとのことだと思う。

まわりくどくふるくさいやりかただとは思わないでほしい。


追記。根岸に住む和歌を詠む人とは誰だろうか。一人くらいしか思いつかないが、その人が、たまたま試しに詠んだのだろうか。まったく思い出せない。

砧から渋谷へ

1Q84を頭から読み始めて、とりあえず第1章を読んでみた。

ヤナーチェクのシンフォニエッタから第一次大戦後のチェコスロバキアの話がでる。ハプスブルク家の支配とヒトラーの侵攻のはざまでつかの間の平和を楽しんでいる。この歴史認識からして私にはステレオタイプに見える。わざとなのか?それともほんとうにそう思っているのか。ハプスブルク家がいようといまいと、ヒトラーがいようといまいと、中欧の小国はパワーポリティクスにふりまわされて、ひとときも安らぎなどなかったはずだ。 さらに日本で大正が終わり昭和になって「日本でも暗い嫌な時代がそろそろ始まろうとしていた。モダニズムとデモクラシーの短い間奏曲が終わり、ファシズムが幅をきかせるようになる。」などと書いている。わざとなのか。わざとこんな陳腐なことを書いてみせているのか。青豆という人がそういう考え方をする人だといいたいのか。それとも作者が本気でそう思っているのか。大正を美化しすぎているし、昭和を、戦後民主主義史観でしかみようとしてないようにみえる。

それから、砧から渋谷へ、タクシーで行く、しかも首都高に乗ってという話なのだが、まああり得ないことだと思う。よほど土地勘がないのか、タクシーに乗るのが好きならともかく。砧は確かに不便なところだが、少し歩けば新玉川線か小田急線がある。タクシーが渋滞に巻き込まれたのが3:45。待ち合わせが4:30。何時にタクシーを拾ったのだろうか。3:30くらい?首都高や一般道が渋滞することは当然予測できるはずだ。待ち合わせの時刻まで1時間しかないなら、普通の人なら安全確実な電車に乗る。新玉川線ならそのまま渋谷まで出れるし、小田急線なら下北沢で井の頭線に乗り換えるだけのことだ。

文章はところどころ非常に凝っていて、それ自体は少しおもしろい。

女性の姓が「青豆」でそれについてくどくど説明しているのはまあよいとする。

第2章も読んだ。芥川賞うんぬん。新人賞の下読みうんぬん。どうなんだろうこれは。

第3章も読んだ。なるほど。青豆は4:30に人と待ち合わせたわけではなかったのか。では4:30でなくてもよかったわけだ。つまり、もともと急ぐ必要はなかったのだが、急にタクシーを降りてみたくなったのかもしれない。それと、人に自分の特徴のある表情を見せたくなかった。警官が自動拳銃を持っていてそれが9mmで13発入る、なんてことを普通の女性が気にするはずがないのだが、それも理由があることだったわけだ。

まあ、ここがつかみだわな。いきなり殺人事件がおきる。主人公青豆は必殺仕置き人みたいな暗殺者だった。

あざやかなイントロだとは思う。多くの人はここで引き込まれてどんどん読んでいくんだろうなあ。