沢庵

沢庵にカビが生えた。冷蔵庫に入れておいたのにカビるとは思わなかった。大根に生える青カビじゃなくてなんか気持ちの悪い白っぽいぶつぶつの吹き出物みたいなカビだった(最初は塩がふいたのかと思ったが違った)。カビが生えたのは一種類だけでほかのは無事だったようだ。どこのメーカーのがカビたのだろうか。今となってはわからない。

沢庵は難しい。真ん中あたりはうまくても端のほうがまずい沢庵もある。試しながらだんだんに商品を絞り込んでいくしかないのか。東京はものがあふれているがまともな沢庵やまともな梅干しを買うのは難しいところだ。

梅干し

小田原駅前に「ちん里う本店」という店があって、そこに天保5年に漬けた梅干しが展示してあった。

少し調べてみると、日本最古(世界最古)の梅干しは天正5 (1576)年のものであるという。

ちん里うの梅干しはどれもちょっとお高め(とはいえ都内の百貨店の食品売り場よりはずっとリーズナブル)。5年干しのものを買ってみた。

だるまという料亭に行った。ここはたぶん2度目だと思う。おみやげに800円の梅干しを売っていたから買った。これはたぶん、店で食事をした人向けにかなりお得な値段設定になっていると思う。だるまは明治26年創業ちん里うは明治4年創業らしい。

家に帰り、だるまとちん里うの梅干しを食べ比べてみた。ちん里うは、古漬けだけあって味わいが濃く深い。だるまはたぶん去年漬けたものだろう。味わいは浅いがうまい。

単純でさっぱりした味が良いか、複雑でコクのある味が良いか。どちらが好きかとは言えないが、ふだん気軽に食べるには味わいが浅くてうまい梅干しのほうが食べやすいかもしれない。

ともあれ小田原に行ったら、金目鯛の干物やかまぼこよりは梅干しを買うべきだと思う。良い梅干しというものはそんなにどこでも手に入るものではない。曽我梅林は地元では別所梅林と呼ばれている。

水戸の偕楽園にも梅林があって、やはり梅干しを作っているらしい。一度食べてみたい。

沢庵

日曜日の浅草は観光客が多すぎてほんとうに苦痛だ。駅の改札を通れないで立ち往生する人、道の真ん中に固まってどっちへ行こうか思案している人、スマホを見ながらだらだら歩く人。こちらも観光気分で何かまだ見落としているものでもないかなと物色する気分の時は良いが(実際浅草というところはそんな簡単に見尽くせるところではない)、普段道を歩く時と同じ感覚で歩くととにかく精神衛生に悪いから近寄らないほかない。

上野のヨドバシで品物を取り置きしてもらい、散歩がてら上野まで歩く(40分くらいか)。私がここらをくまなく散歩して回れるのも浅草に部屋を借りている数年限りだから、せっせと見て回ろう、などと思う。途中下谷神社に寄る。正岡子規の碑が立っていた。

寄席はねて上野の鐘の長夜かな

下谷神社が寄席発祥の地であるという。上野の寄席とは鈴本演芸場のことだろうか。寛永寺の鐘であろうか。暮れ六つの鐘であったろう。長夜は秋の季語なので、早く日が暮れてしまい、これから長い夜が始まる、というような意味合いであったか。それとも当時すでに西洋式に18:00に暮れ六つを打っていただろうか。

上野の博物館は異様に混んでいる。特に西洋美術館がいつもとんでもなく混んでいて建物の外まで行列しているがあれはショップに並んでいるのかもしれない。今はミロ展の最中で、こないだはモネ展だったが、とにかくモネだかミロだかのグッズをどうしても買わねば気が済まない人がたくさんいるらしい。とりあえず上野の博物館群は人の多さにあきれて素通りした。

天海僧正毛髪塔というものがあった。この天海というやつが家康をたぶらかしておかしな宗教にはまらせたのだ。

上野松坂屋地下食品売り場で沢庵を買った。それから吉池でカマスの一夜干しとかメザシのようなものを買った。吉池は地上部分はユニクロ化してしまったが地下の食品売り場はすばらしい。浅草のいかなるスーパーよりも吉池のほうが良い。御徒町に来たら吉池に寄って晩御飯の支度をするべきだ(これからの季節、保冷剤は持参したほうが良いかも)。

沢庵は難しい。宮崎県産の沢庵は好きだ。野崎漬物、道本食品のは安心して買える。しかし九州の沢庵はどうも甘味が気になる。甘味料を入れないか、もっと減らすわけにはいかないのだろうか。と思って和歌山産や山形産の沢庵を買ってみたのだが、山形のやつ「田舎たくあん」は販売者が山形の晩菊本舗三奥屋だが、製造所はキムラ漬物宮崎工業株式会社で、キムラ漬物は愛知県の会社である。甘味は強くない。おいしい沢庵なのでこれは良しとする。和歌山の沢庵は甘くはないがすっぱい。漬物が乳酸発酵してすっぱいのはよくあることなんだが、私はすっぱい沢庵が食べたいわけではないのである。熱海の七尾たくあんも甘くはないが、かなりすっぱく、しかも固い。もしかするとそういう沢庵が本格派なのかもしれないのだが、私が食べたいのはそういう沢庵ではないのである。

なんというのかな。私が食べたい沢庵というのは、色も白っぽくて、塩分もそんな高くはなく、しゃりしゃりした浅漬けのような歯ごたえではなく、きちんと漬かっていて、しかしながらあまり筋っぽくもなく固くもなく、砂糖など甘味料はいっさい使ってないものが食べたい。食塩とぬかと大根だけで作られたものが(もし現代にそんなものがあるなら)食べてみたい。煮干しとか昆布だしとか鰹だしとかそんなものは入れてほしくない。どこかにそんな沢庵は無いものか。燻製にしたいぶりがっこは好きではない。壺漬けもべったら漬けも好きではない。

沢庵というのは沢庵和尚が発明したのだろうか。となると江戸初期、家光の時代だ。当時の沢庵とはどんな味だったのだろうか。沢庵に適した白首大根を大量に生産しているのは宮崎や鹿児島くらいらしい。つまり、消費者に近い関東などでは生食用の青首大根を、消費地から遠い九州南部などではあまり一般的ではない漬物用の品種をもっぱら栽培している(かつ南国なので育ちやすい、火山灰の砂地で育ちやすい?)、ということではないか。となるとその他の地域の漬物屋でも大根は宮崎産を使ったり、全国展開するような大きな漬物屋は宮崎に工場を作ったりするのかもしれない。

沢庵にこだわりのある人というのはごく一部で、老若男女、特に子どもが食べるのには柔らかくて甘い沢庵が好まれるのだろう。私も子どものころはそうした沢庵を食べていたのかもしれないが。スーパーに売られている量産品はみんなそんなやつだ。

伊勢沢庵は名高いけれども東京ではほとんど売られていないようだ。沢庵は結局、百貨店の食品売り場などをしらみつぶしに探してみるしかなさそうだ。

6月6日になってイオン(まいばすけっと?)が外米を売り始めたらさっそく買うつもりだ。実に待ち遠しい。

米の値段

米の値段が下がらないのは、生産者、米農家や農協、農林水産省のせいばかりではないと思える。消費者が日本の米を食うことにこだわり続ける限り、行政も変わらないし、農家だって高く売れるほうが良いに決まっているんだから、米の値段は下がりようがない。

日本産の米にこだわる必然性はほとんどない。日本人の多くはしかし米は日本産に限ると思い込んでいる。または思い込まされている。非常に保守的だ。保守というがたまたま戦後はそうだったというだけで、江戸時代じゃあるまいし、米がまったく輸入されてこなかったわけではなく、国産米にこだわってきたわけじゃあるまい。そもそも日本人も今や米ばかり食っているわけではない。米よりも小麦が食えなくなるほうがずっと大きな打撃だろう。小麦はほとんど輸入に頼っているにもかかわらず。米が国産かどうかなどということは全体から見ると些細な、プライオリティの低い問題に過ぎない。そもそも石油が輸入できなくなった時点ですべてが終わる。米が輸入できるかどうかなんて言っている場合じゃない。

たいていの人は米というと頭に血が上って冷静な思考ができなくなる。玉子や生乳のように日持ちしないものは国産に頼るのが合理的だが、米などは世界中で栽培して世界中から輸入するのが良いに決まっている。中国インド、東南アジアなど稲作地帯は人口の稠密地帯であるが、北アメリカでもオーストラリアでも栽培できるんだから世界中どこでも育つに違いない。南米でもアフリカでもどこでもジャポニカ米を栽培すりゃいいだけのことだ。なぜそういうところに日本の外交努力を注ぎ込まないのか。農協や米農家の陰謀ではあるまい。消費者が馬鹿なのだ。消費者はいつも他人を攻撃し不満を言うだけで何も考えようとしない。大衆が馬鹿だから大衆を煽るしか能の無い馬鹿メディアがはびこるのだ(大衆が先かメディアが先か問題)。

私はあの和牛の霜降り肉が、やたら高くて脂がべちゃべちゃしてぶよぶよしてて大嫌いで、あんな病的で気色の悪いゲテモノがちゃんとした肉食文化のある国で受け入れられるわけないと思っていたが、今では世界中で一定の需要があるらしい(ちゃんとした海賊文化があるイギリスやスペインでもワンピースが流行るようなものなのだろう)。つまり国産の、比較的高価な牛肉が国際市場で通用しているということだ。日本酒にしても日本の米にしても、高級路線に特化して海外で売りまくれば良い。その代わり安くて普通の米は海外から買えばよい。米が不足しているのになぜ米を輸出しているのかなどと言ってる連中は経済がそもそもわかってないのだろうか。煽りたいだけなのだろうか。政府を攻撃したいのだろうか。

脂身と赤身が分離した固くて歯ごたえがある肉はアンガスとかオーストラリア産を輸入すりゃいい。だれでも格安で海外旅行できて、アフリカの海で採れたタコを輸入するような、極限まで流通が発達した現代で、国産だけでどうにかしようという理由がない。なぜそういう風潮にならないのか不思議でならん(天照大神の呪縛だろうか。ならば神道ごと稲作栽培を世界に普及させれば良い)。

越生の梅干し

越生には越生梅林というものがあるというのは昔東上線沿線に住んでいたのでなんとなく知っていた。小田原には曽我梅林というものがあって、熱海にも熱海梅林というものがあり、梅林のあるところはだいたい梅干しが名物なので、越生にも梅干しがあるのかなと思ったらやはりあった。

これが安くてうまい。大粒で20粒くらいで1000円いかないくらい。塩と梅の実しか使ってない本格的な梅干しで1粒50円はかなり安い(追記。この梅干しは農家の人が自宅で作って市場で売っていたものだというので、多少安いのは当たり前なのかもしれない)。

しかもこの越生の梅干しは、あまり塩辛くもなく酸っぱくもなくそれでもちゃんと梅干しの味がして、皮も薄くてやわらかくて、おいしいのだ。

昔ながらの梅干しとか言って売られているものはやたらと塩分が高くて22%とかある。なるほど昔はそうした長期保存用に塩辛い梅干しを作っていたかもしれんが、今はそんなことする必要なかろう。

今スーパーで売られている梅干しは、いわゆる調味梅干しというもので、蜂蜜を入れたり、出汁や鰹節を入れたりして味を調整しているからほんとうの梅干しの味というものがわからなくなってしまっている。たぶん塩と梅だけで梅干しを作っても簡単にうまくはならないのでいろんなものを足してごまかしているのだ。越生の梅干しみたいにシンプルに塩味も薄くして酸っぱさも控えめにしてしかもちゃんと梅干しの味がするほんものの梅干しを作るってのはたぶん超絶技巧なのだと思う。すごく熟成期間なんかも絶妙に管理しているのではないか。こういうものが出回れば普通の梅干しなんて食べられたもんじゃないと思う。安くてほんとうにおいしい梅干しを食べているのは実は埼玉県民、或いは越生に近い群馬県民なのかもしれない。

だがしかし越生の梅干しが安くてうまいことがばれて需要が高まったら値段も上がってしまうに違いない。越生の梅干しはこれからもずっとこのままでいてもらいたい。

越生はしかし池袋から東上線で行くにも一時間半はかかる。いかにも遠い。池袋あたりで越生の梅干しは売られているのではなかろうか。

酒を飲みたいという欲求が減ってきた

今年度に入っておおかれすくなかれ気負いがあったのは確かだ。未知の要素がだんだん減ってきて自分の状況が見えるようになってきた。あれもやろうこれもやろうと思っていたことを、しないことにした。そうしたら明らかに仕事が減ってきた。心配することが減った。昨年度までやってきた役職と比べても減った。

それでストレスが減ったので酒を飲みたいという衝動があまりなくなったのだと思う。

酒を飲むことに飽きたというのもあるし、年を取って酒に酔うこと(酔いが残ること)がだんだん不快になってきたというのもある。明らかになにか美食をしたり飲み歩き、食べ歩きをすることに興味を失ってきている。

20代後半から毎日、夕方になると、飲酒という強制イベントが発生していた。それがなくなると余計に時間があまって楽になる。困るのは新しい出会いがなくなるとか、人付き合いが減るとかそのくらいだろうか。

日によって忙しいと(対人的に)、やはり飲みたくなるけれど、でも惰性で独り呑みはもうこのままやめてしまおうかとも思う。

それはそうとこのブログで読まれる記事とそうでない記事には明らかに偏りがある。なぜこうなるのか。