零戦

なぜか零戦のDVDを買う。なかなか良いできだ。中島飛行機製オリジナルの栄エンジンを積んで実機で飛行できる状態のはこれ一台しかないらしい。エンジンがかかる音がすばらしい。縁日の発動機や草刈り機に似た軽快な音。エンジン始動時に一瞬カウルから吹き出す煙もまた良い。操縦士がコクピットに乗るときの足場の位置とかそれにどのように足をかけて登っていくかなどのディテイル。実機でなくてはわからない。エンジン音やら振動やらの臨場感を3DCGで再現しようとすると、どのくらいの手間ヒマがかかろうか。気が遠くなる。

なぜかベオウルフ呪われし勇者とか見る。ファイナルファンタジームービーっぽいフル3DCG。悪くない。ときどきムービーの3DCGに嫉妬することがある。ゲーム用ローポリではこのクオリティは出せないし、そもそもレンダリングをうちらはやらないから。3DCGで再現されたアンジェリーナ・ジョリーは笑える。ここが一番の見所だろう。

オネアミスの翼

久しぶりにオネアミスの翼を見た。前見たときとは全然違うところに感動した。絵がマクロス。マクロスの作画ですよねこれ。しかも、人物描いてるのはエヴァンゲリオンと同じ人らしいじゃないですか。全然作風変わってるじゃん。

割と初めの辺りに機体の後ろにプロペラ付けた戦闘機出てくる。好きだなあと。まったくマクロスだなあと思う。ヒロインの顔がまるでマクロス。

液体酸素をタンクに注入したときタンクの表面が徐々に白く凍っていくところなど芸が細かい。それが打ち上げられるときに氷の破片になって落ちていくところ。そこは昔感動したシーンだが今回はそうでもなかった。記憶は常に現実よりもふくらんでいくのだな。

そうだな。エヴァンゲリオンを見てから見るといろんなシーンがかぶってくるんだよな。

ま、しかし、ロケットは大陸間弾道ミサイルに使えるからあれだけ軍事予算つぎ込んだわけで、まるで実用性のないやっかいもののように描かれているのはどうかと思う。ストーリー設定的にあり得なくね。

ブリトニー

ヨドバシのたまったポイント消化でブリトニーのDVDを買ったのだが、これがまた、ハワイのワイキキ海岸でやったライブがほんの少しと、同時にロケで収録したなんとも言えないテンション低い映像と、そのほか過去の映像のつぎはぎで、失敗したなと思ったのだが、amazonのレビューを見るとみんなまあそこそこの高評価で、ブリトニーファンとしてはこういうぬるーい映像も見ておきたかったのかしもれんなあ。

ブリトニーのDVDで、グレイテスト・ヒッツ:マイ・プリロガティヴDVDというのがあるが、これは私が音楽DVDを買い漁るきっかけとなったものすごく良くできたDVDなんだけど、すべてがこれと同じクオリティで作られているわけじゃあないと痛感した。

ライブのDVDではラスベガス版があってこちらはもう少しライブ主体で構成されているようだ。今度はこちらを買ってみるかな。ていうかamazonのレビューみてから買えよと。 思いつきで買うなよと。

ピノキオ

ディズニーのピノキオとかファンタジアなんてのは著作権切れてるのかな。ピノキオ見ると、どう見ても現代の3DCG映画に見える。当時の状況を考えれば、すべてのキャラクターにいちいち実物模型を使ってそれを人が目で見て平面に描いているとしか思えない。ものすごい立体感というか3D感がある。おそらくディズニーのことだから圧倒的物量と大勢の優秀な人材でもってちからわざで作り上げたのに違いない。おそろしいことだ。こういうのがあったからアメリカ映画はすんなりとトイストーリーのような3DCGアニメに移行していけたのだろう。というかアメリカにしかこういう伝統はないのかもしれない。コンピュータというものがない時代から、人海戦術である程度のクオリティのものを作れることを証明するというやり方はアメリカしかやらない。ヨーロッパはそんなアポロ計画みたいなことはしない。ヨーロッパアニメのルーツは影絵か切り絵か砂絵かまあそのたぐいでしょう。日本の場合は漫画か浮世絵だしな。

以前にも書いたかもしれんが、プロダクトデザインだと2Dと3Dは別の人が担当して、2D担当と3D担当の共同制作のような形で作品ができあがるらしい。2Dだけでできあがるグラフィックデザインとの根本的な違いはそこらしい。2Dというのは直感的感覚的に、まあ好きな絵を描ければそれでおしまいだけど、3Dは2Dから与えられた設定資料というかラフスケッチから実物をこしらえなくてはならない。いきおい、2D屋さんがプロデューサとか企画を担当し、3D屋さんが技術職を担当することになる。そういう関係が生まれる。映像産業のプロデューサとディレクタの関係に似ている。

最初から3DCGしかやってこなかった人は、そういう2Dの世界も知らんし、2Dと3Dの間の共同と対立の関係も知らん。ただ、2Dの人たちが3Dのことを知ってるとも思えない。多くの有意義ではあるが不幸な問題がそこから生まれてくる。3Dの人がプロデュースや企画をやるということは、めったにない。それでいいのかという気もする。

上意討ち

三船敏郎主演「上意討ち ― 拝領妻始末 ―」というのを借りて見たのだが、想像と違って陰々滅々としたやな感じの映画。こんなのだれが好きこのんでみるのかと思った。養子に入って何十年も嫌みな妻に我慢してついにぶち切れてお家断絶、息子も嫁も全部死んで最後は自分も死ぬ。

終わりのほう、仲代達矢との立ち合いは椿三十郎のエンディングに似たデジャブ感。その後鉄砲隊に三船敏郎は殺されてしまうという落ち。

というか、こういうのを上意討ちというのか。つまり主人公が上意討ちにあったということなのだよな。主君の命で上意討ちにいく侍が主人公なのかと思うじゃないですか。

未来少年コナンDVD

なぜか未来少年コナンDVD全7巻購入。絵コンテ担当が最初とか最後はさすがに宮崎駿で固めているが、途中がけっこう違う人。高畑勲も混ざってたりする。その気になって観察したらけっこう違うのかも。

中東の地図を見てて、カラチャイ・チェルケス共和国とか、カバルダ・バルカル共和国とか、一度も聞いたことないような長い名前の国を発見。チェチェンやアゼルバイジャンほど暴れないので注目もされないのだろう。キヨスミ・シラカワとかアンナカ・ハルナとかキョウドウ・ミヤノサカみたいなものか。けっこう地名の括りがアレというか。ウラジカフカースという名前の町も。これはウラジヴォストークが「東方を支配せよ」という意味のように、「カフカスを支配せよ」という意味のようだ。カフカスにしてみれば迷惑な話だな。同じようなロシア語名に「ウラジミール」(世界を支配)、「ウラジスラブ」(スラブを支配)、などがあるようだ。

踊る大捜査線

踊る大捜査線、テーマは「警察から政治を排除して、命懸けで仕事している現場の人間に納得いく仕事ができるようにしよう」であっているでしょうか。危険思想なんだよな。危険思想に満ちあふれているよ。戦前の青年将校だって同じことを言うだろう。

警察は政治そのものなんだよ。世論が「たとえ警官が撃たれても警官は撃ってはいけない」と言うなら、たとえ現場の人間がそうではないと思っても、またドラマを見ている人間がそれに同意したとしても、主権者である国民の意思に背いてはいけないだろう。

同僚が撃たれたから普段よりも真剣に捜査するというのであれば、民間人が撃たれたときは相対的に不真面目に仕事していることになるだろう。現場の人間の心理によって仕事の質が変動するのは事実であろうが、それを肯定するのはどうであろうか。

「現場の警官にもっと権限を持たせて、現場の判断で拳銃を撃てるようにする」ということが正しいかどうか判断するのは主権者である国民だし、それこそまさに政治なのだが。

National Geographic はお説教臭いのと、アメリカ中心主義なのが鬱陶しいが、そこに目をつぶればまあまあだ。同じ番組を何度も流すのも、復習できてむしろよろしい。

9.11にしろ煎じ詰めればアメリカの国内問題なのに、「世界が変わった」みたいな言い方されると不愉快なんだよね。

CNNj はなんかもう。あの同時通訳みたいのが鬱陶しいだけ。BBC も bloomberg も似たりよったり。

ディスカバリーチャンネルも、アニマルプラネットもいまいちおもしろくない。この程度のドキュメンタリーなら、地上波垂れ流しでもまま見られるし。

地上波のドキュメンタリーも悪くないんだが、National Geographic スタイルにして1チャンネルまるごとドキュメンタリーみたいにすると、クオリティもさらに良くなるのでは。オンラインのビデオレンタルみたいになるのが理想型かな。

幻魔大戦

すごく久しぶりに幻魔大戦 (DVD) を見た。1980年代の紙と木でできたぺらぺらの家屋に住む日本人って感じが良く出てた。1983年ですよ。まだCDプレイヤーとかもなかった時代。
いや、一部にはあったかもしれんが。アニメとしては非常に稚拙だが、中身はかなり濃い。超能力モノのアニメとしてはバビル二世がかなり古いような。ガンダムもイデオンもそうだしね。なんか超能力はやってたよねー。ユリゲラーのせいかな?めちゃくちゃ手を抜いて静止画で済ませてたり、ほんとまじで紙芝居並に止まってたりして、しかしサビんとこはディズニー並にこまかく動かしてたり、作り込みにムラがあるのよねー。まー、昔のアニメってそうだよね。破裏拳ポリマーもそうで、ときどき気合い入れて動きが良い場面とかあると、あー、ほんとは全編通してこのくらい作り込みたいんだろうなあとか同情したりして。

つーか、そういう意味じゃ、技術的には当然進歩したけど、大して進化してないんじゃないかなと思うね日本のアニメって。

あと、今じゃ絶対作れないくらい原色の明滅がきつい(笑)。私は全然平気だけど。ナムジュンパイクとか新興宗教の自己啓発セミナーとかこんなだよねきっと。

FF XI はすごいと言えばすごいんだろうけど、今時これくらいできて当たり前な気もするし、じゃあ自分でやりたいかって言われたらどうかな。

なんか、ガソリンスタンドでバイトしながらお金貯めて、バイク買って首都高とか峠をつるんで暴走するとかいうゲームなら、ちょっとやってみたいかも。追体験というのかな。事故っても死なないし。

シェンムーオンライン横須賀どぶ板編とかさ。毎日フォークリフトのバイトするとかさ。バイト仲間で弁当食いながら会話するとかさ。カモメにエビ天のしっぽ投げるとみゃーみゃー鳴きながら寄ってくるとかさ。

あるいは戦後の新宿の闇市で成り上がっていくヤクザ者のオンラインゲームとか。

初代ガンダムのDVDを見る.

なぜか中国繁体字字幕.フラウボウがなぜか「美美」とか呼ばれている.ガンダムは「高達」.二十年ぶりくらいに見てみると新たな感動がある.アニメーション技術的にはきわめて稚拙だが,それなりに手をかけているようにも見える.ストーリー展開のなんとみごとなことか!

フラウボウの家族がみんな死んでしまう.アムロのお父さんは宇宙に吸い込まれる.なんかとても残酷で衝撃的だ.

シャアはいつもこむつかしい独り言ばかり言っていて違和感ある.

バッドエンド (パーフェクトストーム)

「パーフェクトストーム」はアメリカ映画には珍しいバッドエンドで,軽い衝撃を受けた.
普通のアメリカ娯楽映画なら,たとえば主人公のうちの一人くらいは大波を乗り切って救出される,などの救いが残されているものだが,この映画では乗組員全員が行方不明になるのだ….
ラストシーンはお葬式でみんなが泣いている….
ハリウッド特有のぐいぐい引き込む手法でバッドエンドに持って行かれるとなかなか辛いものがあるかも.
ていうか,どうせハリウッド映画だから,ピンチでも助かるだろうと油断してたところで不意打ちをくらった,というべきか.

追記: パーフェクトストームは事実に基づいているので、ハッピーエンドにしようがなかったということだろう。

伏線がなかったとは言えない.
「オレたちゃ男だ!」とか時代錯誤的で無謀なことを言うやつは,アメリカ映画では死ぬことになっている.
特攻精神をちょっとでも賛美したら,パールハーバートラウマ的に罰せられるのだ.
これはジャンヌダルクにもちと当てはまる.
インディペンデンスデイでも特攻するやつがいるが,アメリカ人が特攻するには何重にも理由付けが必要なのである.
犠牲対効果が極めて大きい,機体が故障した,別に犯した罪をつぐないたい,冷静な自意識によって判断した結果,などなど.
カミカゼとキリスト教的殉教は違うんだ,という冗長で神学的な説明付けが必要なのであり(大した差はないと思うのだが),これによってアメリカのキリスト教的ボランティア精神は少しだけ洗練されたものになったかもしれない.

「アイアンジャイアント」も見たが,これもバッドエンドだったらもう少し切れ味があったかもしれない.
しかし,ハリウッドアニメの性なのか,最後にちょっとだけ救われる.

アメリカ映画でハッピーエンドでないのは珍しい.
ベトナム戦争もの以外では.「ジャンヌダルク」「ジーザスクライストスーパスター」は宗教映画で且つ史実をあらかじめ知っているから,必ずしもバッドエンドとは言えないのかも.
あ,「危険な情事」もバッドエンド?