著者不在読者万能

私の小説の中では「エウメネス」「エウドキア」がよく売れている方なのだが、比較的マイナーなはずのエウドキアが売れている理由がよくわからなかった。だがオタクの世界では、エウメネスほどではないにせよ、エウドキアはよく知られたキャラであり、エウドキアがどんな人であったか知るために(もしかすると二次創作のための設定資料として)ポチる人が多いのではないか。私以外の全然別の人が全然別の話を書いても同じくらいには売れたのではないか。とすれば私という書き手は不要であり、不在であり、存在するのは読者だけということになる。私が書かなくてはならない必然性がない。

本を売るということは、それを買う読者がいるということであり、ようは読者万能ということである。同じ事はすべてに言える。政治家にしろ君主にしろ、近代・現代は国民万能時代だからどうしてもそうなる。売れっ子ライターやアルファブロガーなどみんなそうだ。ツイッターではそういうよく読まれる人のことは、なんと呼ばれているのだろか。

私は話の中で登場人物を死なせるのが嫌いだ。もちろん歴史小説では死ぬが、それはその人が死ぬことが歴史的に確定しているからだ。私が勝手にこしらえた人物を殺すのは忍びない。ほとんど唯一の例外は墨西綺譚に出てくる乾長吉だが、墨西綺譚は今は非公開にしている。

石原慎太郎、村上龍、山田詠美、村上春樹などの流れをみると、読者はあきらかに暴力やセックスを求めている。ラノベにすらその傾向はある。ミステリー・ホラー小説もつまるところ人が殺されるからおもしろがって読むのだ。人が死なないミステリーなどほとんど見向きもされないだろう。

私の場合、男女が恋愛関係に至る過程を書くことはあっても、恋愛関係そのもの、つまり情事を書くことはほとんどないが、それも一般読者には不満だろう。

村上春樹から暴力やセックスを差し引いたらあんなに売れると思うかね?


追記20260928

エウドキアは今は全く売れてない。エウメネスは kenp で少し読まれている。

王

ふと「エウメネス」の最初の頃のバージョンを読み返してみた。それはこんな具合に終わっている。

兜の持ち主は、王の手から空の兜を受け取り、元のようにそれをかぶった。
私は驚嘆した。王はまさしく世界の王である。この世に人類が生まれて何千年、何万年が経っただろうか。これから何万人、何百万人の王が地上に生まれるだろうか。しかし、私は彼以上に偉大な王はかつても、これからもいないと確信する。
そんな惚けた私の顔を見て、私の心を見透かしたのか、王は照れくさそうに言った。
「エウメネスよ。おまえは私がやることなすことを一つ漏らさず後世に伝えたいと言っていたから、今私が兵士らの前でやったことも、一つの美談として書き残すに違いない。
よろしい。私が死ぬまでは真実を語ってはならない。しかし私が死んだら、ありのままにこう記してほしい。
おまえは、私があの水を飲まなかったことが、きわめて立派なことのように思っていよう。しかし違うのだ。私は用心していたのだ。私は素性の知れない水は飲まぬ。奉られた食べ物も食べぬ。兵士らが食らっている食い物を横から手を伸ばして食い、兵士らが飲んでいる水を分けてもらって飲む。毒を盛られるのを怖れているのだ。
また、仮に、兵士に悪意なくして、水を献上したとしてもだ。砂漠の案内人が飲んで良いと言った水しか飲まぬのだ。岩山の洞窟にたまっていた水など、得体の知れないものを飲んで腹を壊してはならぬ。遠征途中で病気になってもいかぬ。だから飲まなかっただけなのだ。
だが、兵が王に献上してくれた水をただ捨てたのでは、兵は腹を立て、私が兵を信頼しないように、兵も私を信頼しなくなってしまうだろう。だから私は少し演出を加えて、私がたぐいまれな克己心によって、水を飲むことを拒否したように思わせたのである。」

わかりやすい。エウメネスは明確に王の書記官として、史官として現れていて、王がときおりエウメネスに自分の真情を語って聞かせるのは、エウメネスに託して後世に伝えるためだ、と書かれている。まだアマストリーもラオクシュナもここには現れない。

さらに古いバージョンではタイトルは「メガス・バスィレウス」となっており、

アフガンの山岳地帯を抜け、ペルセポリスへ向かう途中に、ペルシャ高原でも一番に過酷な砂漠が横たわっている。その東半分は塩の平原。太古の昔、カスピ海やアラル海のような、閉ざされた塩辛い海が広がっていたのだろう。さらに西へ進めば、砂の砂漠。塩と砂の他には、不毛の岩山がそびえているだけ。あとは何もない。

といきなり沙漠の話から始まり、

「では我らマケドニア人がはじめてこの砂漠を越えてみせようではないか。キュロス王やダレイオス大王よりも、我らが偉大で強いことを後世に伝えるために。」

と言わせている。これまたわかりやすい。そして最後にエウメネスに「バスィレウス(王よ)!」と叫ばせてしめくくっている。

だが私はその後エウメネスに絡ませるため、また王が兜の水を捨てるシーンをよりドラマティックに演出するため、アマストリーというヒロインを登場させ、さらに男女関係を複雑にするためにアパマまで追加して、ガンダーラから話を始めることにし、スーサ合同結婚式を後書き代わりに付けたした。またエウメネスの主観視点(一人称)の話にした。「バスィレウス(王よ)!」というしめの台詞も省略し、

「私が今言ったことはアマストリーには秘密だ。他の誰にも秘密だ。なぜだかふいに、おまえにだけは打ち明けてみたくなったのだ、エウメネスよ。」

と、王はただの気まぐれでエウメネスを自分の独り言の聞き役にしたことにしてしまった。わかりにくい。なぜこの話はここでいきなり終わっているんだ?と不思議に思うだろう。読者はこれはエウメネスの物語だと思うだろう。よく読めばそうではないことがわかるが、読まない人はエウメネスが主人公でアマストリーがヒロインのはずだが、なんかおかしな話だなと思うだろう。

今から思えば私はアマストリーのキャラを立てすぎた。しかもエウメネスは他のマンガの主人公になっていて、やはり余計にキャラが立ちすぎた。ほとんどの読者はその先入観なしでこの小説を読まない。本来、王の観察者にして読者の代理人にしかすぎないキャラが立ちすぎて、ほんとの主人公みたいになってしまった。書いてるうちに脇役が勝手に暴走し始めるのは私の小説ではよくある。いつの間にかメインのキャラの一人になってしまうことがあるが、それはそれで面白いのでほうってある。

もともとこの小説は、アレクサンドロス大王が主人公の話であった。アレクサンドロスというよりは、アノニマスな「王」について語る話だった。歴史上もっとも王らしい王、典型的な王、誰もが知っている有名でわかりやすい王という意味でアレクサンドロスを選んだが、しかし、作中ではずっと「王」で通した。「王とは何か」ということを読者に問う作品だからなのだ。

「王とは何か」とは私の中では「天皇とは何か」という問題であって、それはより根源的には「武士とは何か」という問題である。武士と天皇は相対的なものである。その二つはもとは「王」という一つのものであった。私はずっとこの問題について考えてきた。私の歴史小説は要するにその問いに対する解答を記述しているものだ。

もしエウメネスが「王よ!」と叫ぶ台詞であの小説をしめくくっていれば、或いは「メガス・バスィレウス」というタイトルであれば、私の意図はもっとわかりやすかっただろう。しかし私は読者をもっと作中に没入させ、自分の問題として考えさせたかった。FPS (first person shooter) の手法を借りて。つまり作者はどうしても神の視点から物語を作ってしまう。神がいろいろ親切にヒントを与えてしまう。それは避けたい。プレイヤーはノーヒントでいきなり現実の中に投げ込まれる。そして自分で答えを見つける。そういう小説にしたかったのだ。そう、ハーフライフ2のように。

もし王がそういうふうに自分だけに真情を吐露したときに、自分ならそれに対してどう思うか。怒るかもしれない。あきれるかもしれない。がっかりするかもしれない。余計に王を好きになるかもしれないし、嫌いになるかもしれない。だが、エウメネスに「王よ!」と叫ばせてしまうと、その答えを作者が提示してしまうことなる。それは避けた。読者に私とは違う解釈をする余地を残したつもりだった。

だが、そこまでたどり着けた読者がいただろうか。そう、私自身、当初の意図がわからなくなりかけている。まして私以外の人が正確に読み解くことができようか。

エウドキアや江の島合戦はもっと読者に親切に書いてある。私が読者というものを以前より信頼しなくなったからでもある。

もしおまえが苦痛に快楽を覚え、快楽に苦痛を感じるようになれば、おまえもまた王の仲間入りをしたのである。
王は、戦場にいて、勝ち続けているうちだけが安全なのである。
王は、自ら偶像を演じねばならぬ。

だが一方ではこんな具合に「王とは何か」という答えを王に言わせてしまったりしているから、難易度はいくぶんか下がっているはずだ。たぶんこれも読者にはわかりにくいと思う。私はバブルの絶頂期に隠者のような仕事を選んだ。世の中が安定を求めるようになると転職した。他人と逆のことをやるのが正しいと信じているところがある。それが「王」に対するシンパシーになっているのだが、多くの読者には共感できないだろう。こんなふうに種明かししない限りは。

なぜこの話はこんな中途半端な終わりをしているんだろう。作者の意図は何か。作者はたぶん読者を突き放して、ラストは自分で考えよと言っているらしいな。読者はそこまではたして気づくものだろうか。私自身久しぶりに読むとそこがとても心許ない。

ジグソーパズルは途中まで組み立てれば何の絵が描かれているかはわかる。残りは読者の想像に任せよう、自分と同じように補ってくれるかな。それとも全然違う絵で補間してしまうだろうか。そんな楽しみはある。「川越素描」も長編なのに「素描」と言っているのは、書かれていないことの方がずっと多いからだ。ある意味私の作品はすべて素描だ。細密画のようにすべてを緻密に描きこんでいるわけでない。

ドゥカス王朝の皇帝交替問題

[ドゥカス王朝の皇帝交替問題 という論文を見つけたのだが、なかなか興味ぶかい。ま、エウドキアはフィクションなんで脚色してて別にかまわないわけだが、この論文を読んでもらえば、だいたい史実に沿ってる、ってことはわかってもらえるだろう(めんどくさいから誰も読まないと思うが)。

ローマノスとヨハネスの間のマラズギルト敗戦後の関係が少し違うといえば違う。確かにWikipedia英語版読むとそう書いてある。だが結局これらの話はすべてはミカエル・プセロスという人の伝記がソースであり、おそらく相当正確ではあろうが、ただ彼がそう書いているというだけであり、彼は単にエウドキアに比較的近かった学者というだけで、政治の駆け引きというものが実際にはどうだったかなんてことは結局はわからない、と思う。 だからこそ状況証拠という名の補助線が必要になってくるわけだが。

ミカエル・プセロスの原典を当たってみないとわからんことではあるが(それはたぶん私には無理)、上掲論文ではイスタンブルのことをコンスタンティノープルではなくコンスタンティノーポリでもなく、ちゃんとコンスタンティノポリスと呼んでいる。

おんなじようなところに疑問を持ってるわな。なぜイサキオスはコンスタンティノスを後継者に指名したか。なぜ帝位は再びコムネノス家のアレクシオスに戻ったか。なぜエウドキアはローマノスと再婚したのか。伝記だけではわからんのよね。論文は仮定以上のことは書けない。小説だから大胆に創作して書ける。

ヨハネスとは実際どんな人物であったか、兄コンスタンティノスとの関係はどうだったか、ってとこが難しい。状況証拠的にはそうとう仲が悪かった。仲の悪い理由は不明なのでそこは推測して創作するしかなかった。

旧作

久しぶりにエウメネスを読んでみたのだが、比較的新しい作品なんでたかをくくっていたのだが、すでに相当古びてしまっていて驚いた。新作を書いたり旧作をリメイクしたりするうちに自分の文体というものがどんどん変わっていく。たくさん書けば書くほど変化する。一年もして昔書いた物を読むと他人の文章のように感じる。そもそも乗りが今と違う。自分が書いたものによって自分自身が変わっていく。そりゃそうだわな。書くという行為によって自分は変わる。自分と作品は相対的なもので、自分が作品を作るように作品が自分を作る。どうしたらよかろうか。

ポントスとボスポロス

へレースポントスにポントスは固有名詞なんじゃないかと書いたのだが、 昔黒海にはポントス王国というものがあったようだ。 またアゾフ海からクリミア半島あたりにボスポロス王国があった。 イスタンブルの海峡をボスポラスというのだが、どういうつながりがあるのだろうか。

wikipedia

ボスポラスとは「牝牛の渡渉」という意味で、ギリシャ神話の中で、ゼウスが妻ヘラを欺くため、不倫相手のイオを牝牛の姿へ変えるが、ヘラはそれを見破り、恐ろしいアブ(虻)を放った。そのためイオは世界中を逃げ回ることになり、牛の姿のままこの海峡を泳いで渡ったとされる。

bous βοῦς ‘ox’ + poros πόρος ‘means of passing a river, ford, ferry’, thus meaning ‘ox-ford’,

よくわかんねえ。 英語の ox-ford と同じとか言ってる。

また、ポントスというギリシャ神話の海の神がいるようだ。

クリミアという地名はロシア語で、ギリシャ語ではタウリカというようだ。 またケルソネソスという言い方もある。 c.f. パンティカパイオン、スキュタイ。

へレースポントス

『エウドキア』に「ヘーレスポントス」と書いていたのは「へレースポントス」の間違いだった。 修正せねばならない(※追記 より正確にはヘッレースポントスだろう)。 へレースポントスは海峡に名付けられた名ではなく、あの細長い海に付けられた名のようである。意味はずばり「ギリシャの海」。ヘラス、ヘレニズム、ヘレニカなどはすべてギリシャ人が自分らの国や言語のことを言う言葉だ。つまりへレースポントスという名は、ギリシャ人にとって非常に重大な意味を持っている。

黒海は単にポントスと呼ばれたらしい。ポントスとへレースポントスの間の海がプロポンティスだが、これはポントスの手前の海と解釈できる。へレースポントスからプロポンティスを経てポントスに入る、というニュアンスがそこにはある。っと細かく言えば、ボスポラス海峡は紛れもなく海峡である。プロポンティス海は海である。そして、へレースポントス海峡は、海峡ではなくて、古代ギリシャ人の感覚では、へレースポントス海と呼ぶべきだろう。

ではエーゲ海はなんと呼ばれていたかというと、この海はエーゲオペラーゴあるいはアルキペラーゴと言って、ポントスではない。ギリシャ語で「海」をペラーゴといったりポントスと言ったりするわけだが、もとは両方とも固有名詞であったか。あるいはポントスだけが固有名詞だったか。どういう使い分けか、よく分からない。ギリシャ人がいつから自分たちのことをヘラスとかヘレニカと言い出したのだろうか。その中心的な部族や土地はどこだったのだろう。

いやはや。しかし、昔書いたものを手直しすることの大変さと言ったら。

エウドキア ギリシャの女帝

「ギリシャ人の王国」のタイトルを「エウドキア ギリシャ人の女帝」に変更。
あまりセルジュークやノルマンのことは書かずに済ますつもりだったが、ある程度追記。

小説でもカラオケでも、誰も知らないやつは受けない、そんな気がする。逆に誰もが知っているネタはただそれだけで受ける。誰もが知っている人が書けば受ける。高城剛とか堀江貴文とか。それが消費者心理(笑)。

今回の「エウドキア」も売れない自信ならある。でももし売れちゃったら。マーケティング考え直さなきゃな。売れなかったら。当分こんなの書かない。

表紙の画像がなかなか入れ替わらないな。中身が変わるのもも少し時間がかかるだろう。

無料キャンペーンとかやめちゃおうかな。しばらく放置。

西行秘伝レビュー

『西行秘伝』にレビュー を書いてくださった方がいて、 その方が書いた他のレビューも読ませていただいたが、 日本史の専門家の方というよりは一般の読者のようにお見受けしました。

非常に的確なご指摘で、感謝しております。 「確かな歴史観に裏打ちされた良質なフィクション」とは私には最高の褒め言葉です。 「歴史に基づかないいいかげんなドキュメンタリー」の逆ということですよね。

私自身は理系なので歴史の高等教育を受けたわけではなくて独学なのだけど (古文と漢文はIIまでやったけど)、 ごく普通の読者が一気に読めてしまったというのに驚いている。 もちろん私も誰にも読めないような難解な話を書くつもりはなく、 「読んで楽しくためになる」ものを書いているつもりだけど、 たぶん一般読者には読めないのだろうなと尻込みしていた。 たとえば和歌や古文に特に現代語訳を付けてないところがあって、 高校古文II程度の学力があれば普通に読めるとは思うが、 世の中そんな人ばかりではないはず。

『将軍家の仲人』なども読めない人とさらっと読んでしまうひとがいる。 読める人のために信じるように書けばよいということだと思った。

追記: 今ちょっと読み返してみたのだが、 最後の、後白河院に頼朝が謁見するあたりが、かなりわかりにくい。 もう少しなんとかしなきゃならないなと思う。 まあ、これはこれで、このまま放置するという手もあるのだが。

陽成天皇暴君説

陽成天皇が暴君だったかどうか、判断するのは難しい。同時代資料としては『日本三代実録』があるが、これには大したことは書かれてないようだ。ぼかして記述してあるというが、陽成天皇に不利な部分がぼかしてあるのか、有利なことがぼかされているのか、どちらとも解釈できる。

私はおそらく、『日本三代実録』は、宇多上皇が編纂させたものであり、藤原時平の関与はさほどなかったように思う。つまり事実が淡々と書かれているだけであって、暴君というのは隠されたというよりは、もともとなかっただけじゃないかと思う。

それでまあ、状況証拠だけから言えば、清和天皇を子供の頃から面倒見てきたのは藤原基経・高子兄妹なわけだが、清和天皇の皇子・皇女の数というのは、成人してから死ぬまでの間がほんの短いことを考えると、異常なまでに多い。子供が生まれてないケースを考えれば、そうとう多くの女性に手をつけているはずである。天皇の場合、養育費や扶養の費用を天皇自身が負担するわけではなく、女性の親族が負担するわけだが、それにしてもあれだけ遊ぶには膨大な金がかかっただろうと思う。どうように膨大な時間もかかった。政治なんかやってらんない。

天皇のお小遣いを出したのは当然基経なわけだが、すべては、基経・高子としては清和天皇が子供を産んで高子が国母つまり皇太后になるための投資なわけである。つまり皇太子貞明が即位してくれないことには、元手が回収できない。大損なわけである。おそらく実務は摂政である基経がこなしたのだろう。どういう実務だったかは知らないが、律令国家というものが今の法治国家のように法律だけ決めれば官僚組織によって自動的に動く、はずもない。いまの法治国家ですら裏で賄賂が横行するのだから、平安時代に理想的な律令国家があったとするほうがおかしい。となると、全権を委任された基経はありとあらゆる手段を使って日本全国から税金を集め、官僚を搾取し、私有地を開墾し、寄進を募る。そのお金で主君を養い、その遊興費を捻出し、面倒みてあげて、その代わりに自分の懐にもしこたま金を入れる。すべては必要経費に計上。そうやってひたすら金と権力の日々を送る。一方、天皇は外を出歩いてひたすら愛人を作ってきままにくらしている。

ある日とつぜん、清和天皇は言ったかもしれない、基経、おまえもういいわ、俺成人したから全部自分でやる。あるいはこういったかもしれない。高子、俺兄さん(惟喬親王)に譲位して隠居するわ。俺の子供、まだ若すぎるから、後は兄さんに頼む。

いずれにしても基経・高子には許されない話である。これまで一生けんめいにがんばってきたことがすべて無駄になる。特に高子としては、自分の息子を即位させる、ただそれだけのためにしんぼうしてきたのに、今更他人に譲位されちゃこまると。

ま、そんなわけで清和天皇に非があったかどうかしらんが、彼はひどい死に方をした。
兄の惟喬親王もまた、悲惨な末路に。

ところが高子の子・陽成天皇も基経・高子をないがしろにしただろうね。もう成人したから摂政いらんわ、とか、藤原氏の女御なんかいらんわ。そう言った可能性が高い。基経出仕拒否の時期が元服以後で、また女御・后に基経の関係者がいない。陽成天皇ってもしかするとけっこう男気あふれる名君だったのかもしれんが、それは基経・高子には許容できないことだった。今までいくらおまえに金貢いできたと思っているの。どうしてもそうなる。

言い方はいろいろできるがだいたいそういうことだったろうと思う。

嵯峨天皇、清和天皇、陽成天皇と、コントロール不可能な天皇が続いたのだろうと思う。天皇何もしない。陽成天皇が藤原氏を切って親政をしていたら。外戚の紀氏とかがうまく仕事をした可能性もあるが、どっちかと言えば、いきなり国家破綻したかもしれん。しかしまあ、藤原氏に任せても遅かれ早かれ律令制は崩壊したんだけどね。

誰かが何かしないといけないのだが、その仕事を一手に引き受けたのが藤原冬嗣、良房、基経。ある意味、頼朝、頼家、実朝のころの北条氏に似たような立場だっただろう。うまみがなくちゃやってられないという気持ちはあったと思う。

仁明天皇、文徳天皇なんかは割とまとも、コントロールしやすい天皇だったと思う。
そういう系統で光孝天皇が選ばれたのではなかろうか。

ますらを

「ますらを」というのはもともとは大夫、丈夫、とか、立派な男子、勇ましい男子、という意味であった。朝廷の官僚を言ったこともある。そのほか、「ますらたけを」とか「ますらがみ」とか「ますらをのこ」とか。だが、古今時代になると、「漁夫」「猟師」「農夫」のことを言うようになり、さらに新古今時代では「賤男」という意味に使われるようになる。非常にネガティブなイメージになっていく。

「ますらを」は現代では「復権」しているとはいえ、たとえば平安時代から江戸時代くらいの歴史小説に出てくる和歌に「ますらを」などと使うのは問題がある。「もののふ」などとするのが無難だろう。

たとえば太田道灌の客将で歌人の木戸孝範が江古田原の戦いで

ますらをや えごたのぬまに すむとりの はねよりかろき いのちなりけり

というのを詠んだことにしたのが、これはやはり「もののふ」にすべきであろうと思う。