ヨハンナ・スピリ少年少女文学全集

「ヨハンナ・スピリ少年少女文学全集」をある種の義務感で読破してみようとしたのだが、余りにも退屈で挫折した。
この全集があっという間にその存在を忘れ去られてしまったのは、やはり単につまらないからなのだろう。
簡単な解説、あらすじくらいは付けて欲しかった。
この膨大な文書を読み通す人がはたしているだろうか。

例えば、Arthur und Squirell という話では、工場の経営者の子供に兄と妹がいて、兄は会社を継ぐのが嫌で失踪、社長は妹に婿をとって仕事を継がせようとしたが、妹にはすでに好きな男(牧師の息子)がいて、結局工場は売ってしまい、妹は牧師の息子と結婚した。
二人には男の子が出来たが(この子が主人公 Arthur)、Arthurが小さいうちに両親は他界してしまい、親戚に引き取られて、寄宿学校に入れられてしまうが、そこですったもんだあって、Arthurはある女の子(Squirell)と親しくなる(ボーイミーツガール!)。
そこへ失踪した兄(つまりAuthurの叔父)が大学教授となって戻ってきて(予定調和的な伏線の回収!)、甥Arthurとついでにその彼女Squirellを引き取って楽しく暮らす、という話なのだが、こんな話を延々と読まされたら気絶しそうだ。
あらすじだけで十分な気がする。
主人公が孤児で親戚に引き取られて知らない土地に連れて行かれる、という辺りがなんとなく「ハイディ」っぽい。

なぜ「ハイディ」だけがある程度読むにたえうる作品になり得たか(アニメの「ハイジ」はとりあえずよけといて)という考察は、もう少ししたほうが良いのではないか。
やはりストーリーというよりは、ハイディやアルムおじさんやデーテやロッテンマイヤーなどのキャラの濃さだと思うのだよね。
キャラの濃さという意味では「フローニ」もそれなりのもんだと思うよ。

そんで余りにも頭が疲れたのでヨハンナ・シュピリはやめにして佐佐木信綱を読み始めたのだが、
これも恐ろしく退屈だ。
この人は、少なくとも初期はちゃんと大和言葉だけで和歌を詠んでいた。
江戸時代の和歌や、明治期の桂園派の和歌と大差ない。
だが次第に漢語やそのほかの外来語が混じり始める。
明らかに明星派やアララギ派の影響をうけているのである。
佐佐木信綱の代表作である

> ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一ひらの雲

あるいは正岡子規の代表作といわれている

> くれないの二尺のびたる薔薇の芽の針やはらかに春雨の降る

これらは長く伸びた俳句、或いは漢詩の翻案とでもいうべきものだ。
漢語を交えて叙景、もしくは叙事だけでできあがっている。
確かに古く武士にもこのような直截な叙景の歌はあったかもしれないが、
叙景や叙事が心象風景に転調するところが和歌の骨頂であって、
叙景に仮託した心象の微妙な表現というものはやはり大和言葉、和歌でなくてはならない。

佐佐木信綱は明治の歌を詠みたかった。
新しい時代の和歌は変わらねばならないと思った。
だから明治以後の話題を歌に取り入れなくてはならない、という義務感のようなもので、
いろんな概念、例えば「サタン」のような言葉を取り入れた。

> 敗られしサタンの軍ちりみだれくづるるがごと雲走りゆく

これは単に雨雲がサタンの軍勢のように見える、ということが言いたかったのだが、
こういうものが世間にもてはやされることによって佐佐木信綱という歌人自体が変容していく。

佐佐木信綱の崩れ方というのは昭和天皇の崩れ方と良く似ている。
おそらく昭和天皇も佐佐木信綱の影響をうけたのだろうと思う。
そして今の現代短歌というものは、もはや何でもありのカオスになってしまった。
ましかし、短歌は短歌で勝手にやれば良い。
問題は和歌を詠む人がほとんどいなくなり下手をすると私で断絶するかもしれないってことなのだ。

私には、明治の歌人たちは、
明治という一過性の時代に和歌を適合させようとして和歌を破壊した(あるいは和歌から逸脱していった)だけのように見える
(柳田国男などの桂園派の歌人は抵抗した。明治天皇も最後まで大和言葉だけで歌を詠んだ)。
明治は過ぎ去っても和歌は残らねばならない。
和歌は時代の影響をうけるとしても、和歌自体は「永遠の過去」に属するものでなくてはならない。
能や歌舞伎ではそれが当たり前なのに和歌はそのことが軽んじられているのは残念ではないか。

『ハイディ』原作者に見るドイツ精神世界の深淵

> 「アルプスの少女ハイジ」の深層が垣間見えるファン必読の小説集

と書いてあるので(言っておくがこれは私の文章ではない。編集者が考えた煽り文句である)、何も知らないハイジファンがうっかり買ってしまうのではないかという不安が、どんどんつのっている。
ふつうの「アルプスの少女ハイジ」ファンが読んだら激怒するんじゃなかろうか。
しかし私は嘘は何も書いてない。
私は(解説と前書き以外)単なる訳者であって、原著はまぎれもなく作者のヨハンナ・シュピリが書いている。

ちなみに私が当初予定していた副題は

>『ハイディ』原作者に見るドイツ精神世界の深淵

というものだった。
いかにも売れなさそうだ(笑)
後書きの一部をここに自ら引用するくらいはかまわないだろう。

> 今回ヨハンナの作品を読んで、スイスの自然や風俗というよりも、ドイツの文学、特にゲーテの詩や、宗教詩についてずいぶんと学ばせてもらった。聖書についても改めて勉強させてもらった。ヨハンナの視点で、非常に効率良くドイツの古典文学を概観させてもらった。ヨハンナは私たちをドイツ文学の森の入り口まで招待してくれる。そこはかつてヨハンナが生まれながらに住んでいた場所だ。少なからぬ人が『ハイディ』をきっかけにその作家の世界をも知ろうと願う。そうしてさらにその森の奥へ足を踏み入れようとして、その深淵をのぞき見て、ぎょっとすくんでしまう。ヨハンナの童話以外の作品が未だに英訳すらされてないのはそのせいなのだろう。

こういう内容の本だという心づもりで読んでもらえば、びっくりすることはないと思う。


この、amazonに辛辣なレビューを書いた人のサイトを後になって発見した。というよりそのサイトは前から知っていたが、そのサイトを作っている人がレビューも書いたのだということが最近になって記事が追加されていたので判明したわけである。

フローニ他

知り合いに
『ヨハンナ・シュピリ初期作品集』を読んでもらい、いろいろ感想を聞いたので書いてみる。

私はこの本ではできるだけふりがなをふらないつもりでいた。
というのは『定家』ではふりがなのおかげで校正でひどい目にあったからだ。
『定家』は illustrator で版組されていて、ふりがなもすべて手作業で(しかも書き終えた後で追加で)ふってたので間違いが半端なかった。
『シュピリ』は in Design で組み版されているのでそういう間違いはまったくなかったのだが。

また、もともと原作が若者向けのわかりやすい話であったはずだから、わざわざルビをふらなきゃならないような難しい単語や言い回しは(少なくとも本文中は)使わないようにしようと思った(しかし童話のような文体にする気はなかった)。

難しくて読めない単語があったというから聞いてみるとそれは「敬虔」だった。
なるほどこれは確かに子供には読めない。
調べて見るともとの単語は fromm であったり religiös であったりする。
「信心深い」とか「信仰心の厚い」などと訳するべきだったかもしれない。
ただ「敬虔」のほうがドイツの敬虔主義的なキリスト教の信仰を表すにはふさわしい気もする。

いずれにしても、『定家』では最初の数ページでギブアップした人も、今回「シュピリ」は、本文は最後まで読めてくれたようで、多少堅苦しい言い回しはあったようだが、誰でも読める本になってると思う。
普通の翻訳ものに比べて解説が異様に長くてこ難しいのは訳者の趣味なので勘弁してもらいたい。
ドイツ語の引用が多いのはドイツ語をひけらかしたいとか厳密を期したというより、むしろ訳者が自分の訳に自信がないからだ。
私にしてみれば、ゲーテの詩集が原文の引用なしであんなに出ていることの方が不思議だ。
小説ならそんな必要はないかもしれんが。
確かに私もドイツ語なら原文が多少気になるが、アラブ語やロシア語の原文をいちいち引用されては迷惑な気もする。
普通翻訳というのはそんなものだろう。

「フローニの墓に一言」をkindleで出版したのは2014年1月のことだった。
ここでは、ハインリヒ・ロイトホルトがアルムおじさんのモデルである、などと書いているがこれは間違いだ。
「若い頃」に出てくるヨハネスがハインリヒ・ロイトホルトをモデルにしたものであるとすれば、ロイトホルトは「怖い大工」ではなく、少年の頃からふにゃっとした詩人タイプであったはずだ。

「ハイディ」は処女作「フローニ」を土台として構築されたメルヒェンであると考えてほぼ間違いなかろうと私は今も考えている。その考えは2014年以降、他の初期作品も訳し終えてみて変わってない。
「ハイディ」はヨハンナの他の子供向け作品と比べると宗教色が濃厚である。
初期作品よりはずっと薄められているが、例えば1878年に出た Am Silser- und am Gardasee 《小さなバイオリンひき》(ジルス湖とガルダ湖のほとりで)、Wie Wiseli’s Weg gefunden wird 《ヴィーゼリの幸福》(ヴィーゼリの道はどうやって見つかるか)などの作品が完全な童話として構成されている(ただし主人公は片親だったり孤児だったり、家が貧乏だったりして不幸な子供のことが多い)のに対して、ハイディには暗い死の影が落ちている。
それはやはり、生涯童話作家になりきれなかったヨハンナが、フローニを下敷きにハイディを書いたからだと思われるのだ。
「ハイディ」を書いた動機は、ハイディという少女を描きたかったというよりも、フローニを不幸に死なせてしまったアルムおじさんの魂を救済するため、またフローニという不幸な娘の霊を慰めるために、ハイディという、ある意味聖なる少女をアルムおじさんのもとに遣わしたいという衝動であったのに違いない(というより、書いているうちどうしてもそっちのほうに話がひっぱられていった)。
つまりフローニの夫を悔い改めさせることによってフローニの物語を完結させたかったのだと思えるのである。ここでハイディは牧師役でもあるし、天使役でもある。
フローニを弔うという意味でやはりハイディはフローニの続編とみなしてよいと思うのだ。
ヨハンナは単に宗教的な作品を書きたかったのではない。おそらくは実在のモデルに基づくフローニという人を哀れんだゆえに宗教的になってしまった。
しかしフローニの話から書き始めるともう話が複雑でかつ暗くなってしまって児童文学にはならない。ハイディを児童文学として書きたかったヨハンナは、その代わりに、ハイディの母アーデルハイトや父トビアス、そしてアルムおじさんについてのなにやら思わせぶりな噂話をデーテに語らせている。
そして読む人が読めばわかるような仕掛けがしてあるのではなかろうか。
ハイディの続編、クララが山に来て立つという部分は明らかに当初の執筆動機から逸脱している。しかしながらクララが立たないことにはハイディは成り立たないことになってしまった。
ハイディが世界に通じる一個の仮想物語(メルヒェン)になり得たのは、そうしたいという出版社の意図と助言があったからだろう。ヨハンナ自身の意志もあったかもしれないが。

「フローニ」を読まねば「ハイディ」はわからんよということに多くの人がだんだんに気付くに違いない。

「彼らの誰も忘れない」に出てくるロベルトとザラの関係は、アルムおじさんとハイディの関係に近いかもしれない。

ある人は頭からどんどん読んでしまったが、またある人は、時代背景が難しくてなかなか読めないといって進まない、らしい。
確かに、たとえばグリム童話で、継母に森に捨てられた兄妹が魔女に騙されるという話、これなどは時代背景などいらない。
そういう(現実世界とは切り離された架空の)世界観の中にさっくりと読者を連れ込めれば良い。
アニメの「ハイジ」もまた同様な手法を採っている。
19世紀末のスイスの時代背景やドイツ文芸事情なんてものをいちいちアニメを見る子供にわからせてはいられない。
ヨハンナはゲーテファンだったからゲーテの話から始めます、という悠長なことは言ってられない。

ズイヨーはハリウッドやディズニーの手法を取り入れたのだと私は思う。
アメリカは歴史が短く文化が貧困な国だから、ヨーロッパから盛んに原作を輸入して、アメリカンにアレンジして、実写化し、アニメ化した。
ヨーロッパの歴史的伝統的でドリーミーな要素をよりこってりと濃縮し、一方ヨーロッパ固有の暗くて重い宗教観をそぎ落とすという脚色手法を取り入れた。
キリスト教を絡めるとイスラム諸国に売れなくなるなどとズイヨーの会長は言っているようだが
高橋茂人,日本におけるテレビCMとTVアニメの草創期を語る(TCJからズイヨーへの歴史)、

> イデオロギーは,みなそれぞれ違う。それを出すべきではないと思う。「ハイジ」には深層に流れているものがある。それはキリスト教思想なんだ。しかしそれを正面きっては出せない。世界に広く作品を売ろうとするなら,キリスト教のほかイスラム教の国もあり,例えば中近東では売れなくなってしまう。

高橋茂人が当初からそこまでワールドワイドにアニメを売ろうとしていたとは考えにくい。
ヨーロッパの市場はそれなりに大きいから、ヨーロッパ人に受けるようにキリスト教的な要素を盛り込もう、という戦略もあり得たはずだ。

ハイディをヨハンナの作品群の中の一つに戻す。
ヨハンナを当時のドイツ文学界の中の作者の一人に戻す。
そして当時のスイス、ドイツ文芸界、ドイツ語圏の社会情勢の中で、では、ヨハンナとは、ハイディとは何だったのかということを示してみせたことになっただろうか。
いろんな本を効率良く読もうという忙しい人は、本をいちいち頭から読んだりしない。
その概略だけさらっと知りたいと思うだろう。
解説から読み始めるかもしれない。
ところがそういう読み方をする人にはこの本は時代背景が難しすぎてなかなか読めない、ということになる。そりゃそうかもしれない。
私もそんなに簡単に読める本を書いたつもりはない。
しかしできるだけいろんな人に読んでもらいたい。
だからこんな本になった。

ロッテンマイヤーはスイスの少女に聖なる幻想を持つ人だった。
一方デーテやハイディは生の、野生のスイス娘だった。
デーテ対ロッテンマイヤー、あるいはハイディ対ロッテンマイヤーのやりとりは、もしかするとヨハンナと編集者の間のものであったかもしれない。
つまりロッテンマイヤーみたいな潔癖でかつスイスに幻想を抱いているドイツ女がいて、編集者として、もっとこんな風なストーリーにしましょうよ、などとヨハンナに提言する。
ヨハンナはそれに対して半信半疑に従ったり抵抗したりする。
もしかすると、ヨハンナの多くのかなり退屈な童話群というのは、Gotha Friedrich Andreas Perthes にいたロッテンマイヤー女史みたいな人の要望に沿ったもので、ハイディはそんな編集者への反発を反映したものかもしれない。
などと空想するのは楽しい。

シュピリ

「シュピリ」はアマゾンに入荷が無いせいで売れているんだかいないんだかまったくわからないのだが、図書館の蔵書は出て1ヶ月でかなり伸びてて、それなりに貸し出されていることがわかる。
実名で共著で書いたものはいくらかあるが、おそらくそのどれよりも売れることになるのじゃないかと思ってる。
「定家」は全然売れなかった。
「シュピリ」は売れてもらわないと困る。少なくとも増刷くらいはしてもらわないと次に続かない。

それでまあ、「定家」「シュピリ」と筆名というか匿名みたいなもんで出したわりには「シュピリ」の調子がよさそうなのは、やはり「シュピリ」の名前がそれなりに知れているからだろう。

個人出版

私はKDP作家や同人作家や個人出版作家を自称したことはないはずだ。それはあきらかに事実と異なる。世の中でそういう電子出版が流行るよりか前に小説を書きたくなった。また同人活動というものにはほとんどまったく興味がなかったし、やってもこなかった。ただブログを日記代わりに書いていただけだ。私が小説を書き始めたのは『剣豪将軍義輝』を読んで、自分も南北朝や室町時代の小説を書いてみたくなったからだ。『剣豪将軍義輝』というよりも腰越公方の息子の茶々丸の話(『将軍の星 義輝異聞』収録「前髪公方」)が面白いなと思った。こういうものが小説になるんだと思った。そして自分にも書けるかもしれないと思った。それまで個人的に『日本外史』の現代語訳などはやっていた。人の作品を読んでも面白くない。古典とかそういう歯ごたえのあるものしか面白いと感じなくなり、どんどん古くて難解なものを読むようになっていった。そういうものを自分なりに現代文で書いてみて、需要があれば良いなと思った。

今から思えば、腰越公方の話が一般受けするわけはなかったのだ。足利将軍が主人公の剣豪小説が珍しくて受けていただけだ。南北朝のマイナーな話が好きな人などいるはずもなかったのだ。

私は手当たり次第に新人賞に応募した。出版社に知り合いがいないわけではなかったが、恥ずかしくて相談できなかった。新人賞に落ちたやつをPubooで公開し始めた。そのあとPubooからKDPに引っ越してきた。新人賞に応募するのはすっ飛ばして新作もそのままKDPに出すようになった。

私はそれまでも紙の本を書いていた。しかし単著ではなく、共著で名前を連ねているというだけだった。私がほとんどすべて書いていても、自分の名前が最初に来ることはなかった。内容も別に自分が書きたいから書いたわけではなかった。その上、書けば書くほど、自分の文章が嫌になった。自分にはものを書く能力がないと思った。小学生の頃にも同じようなことを感じた。

論文などはわりとたくさん書いてきた。私は要するに、その辺に良くいる、売れない物書きの一人に過ぎない。今は結局出版社の知り合いのお世話になって、やっと単著の本を二冊書くことになった。ただそれだけの人間だ。少しイメージチェンジをしていかなくてはならないのかもしれない。KDPにまた戻ってくることは大いにあり得る。

「ハイディ」邦訳疑惑

矢川澄子訳『ハイジ』は

のどかに広がる昔ながらの小さな町、マイエンフェルトから、一筋の小道が、木立の多い緑の牧場をぬけて、大きくいかめしくこの谷を見おろす山々のふもとまでつづいています。

で始まる。野上弥生子訳だと

スウィスのマイエンフェルトといふ古風な、気もちの良い村から、一すぢの路が緑いろの牧場を抜けて、うねうねと遠く山の麓まで曲つてゐます。

となる。しかるに原文

Vom freundlichen Dorfe Maienfeld führt ein Fußweg durch grüne, baumreiche Fluren bis zum Fuße der Höhen, die von dieser Seite groß und ernst auf das Tal herniederschauen.

を忠実に訳すならば、

親しげな村マイエンフェルトから一本の小道が緑の木立が多い野原を通って、谷を見下ろすほうへひらけた、大きくいかめしい高地の麓へ続いている。

とでもなろうか。多少の意訳は当然あり得るとして、原文には「昔ながら」とか「古風な」などという言葉は一言も出てこないのである。実際マイエンフェルトには当時ちょうど鉄道が通って駅ができた。産業革命の波がようやくスイスの山奥まで到達しつつあるときだった。だから、昔ながらの古風な村ではあり得ないのである。

1919年の英訳(ELISABETH P. STORK)によれば、

The little old town of Mayenfeld is charmingly situated. From it a footpath leads through green, well-wooded stretches to the foot of the heights which look down imposingly upon the valley.

小さな古い町マイエンフェルトは愛らしいところだ。そこから小道が、緑の、木立の多い、谷を堂々と見下ろす高地の麓へ伸びている。

とでもなろうか。

「スウィスの」と補ったのは良いとして、「うねうねと」などは原文のニュアンスにはない。どちらかといえば「まっすぐつっきっている」とでも訳したいくらいだ。「のどかに広がる昔ながらの小さな町」というのも訳者の勝手な想像というしかない。

あきらかにどちらの邦訳も英訳の影響を受けている。矢川澄子訳の方は一応ドイツ語原文にも目を通しているらしい。

牧場という言葉も、原文、英訳ともに出てこない。Flur を注意深く訳すならば「野原」もしくは村の外に広がる畑のことであり、必ずしも牧場とは限らない。牧場と訳しても間違いではないが。

アニメよりずっとまえ、邦訳よりも前の、英訳のころから、スイスの外の世界の人は、スイスという国は、浮き世離れした、時間が止まったメルヒェンの世界だというふうに考えたかったわけだ。『ハイディ』はそのイメージにぴったりだったから受け入れられたし、受け入れがたい部分は勝手に解釈してきたというわけだ。下界のフランクフルトとアルプスは対極的な存在でなくてはならない。古代ギリシャの神話のように、現世から神話の世界へと転生する話に再解釈された。後編でクララの足が治るのも、天上界に転生したので治ったのと同じ意味にとらえられた。ヨハンナ・シュピリの作品の中でも最も非現実的なこの『ハイディ』という作品しか、世界は受け入れてくれなかった。ヨハンナはきっと悔しい思いだったのに違いない。

いやいや、問題はそこではないかもしれない。ヨハンナ・シュピリは童話作家だと思われていた。その作品は童話でなくてはならない。読者も出版社も童話を読みたい、童話を売りたいと思っている。だから原作とは異なる、グリム童話のような雰囲気に、訳する段階で無理矢理改変されたのかもしれない。

ヨハンナ・シュピリ

ヨハンナの長兄はテオドールTheodor。 1846年に医師免許を取り、 1847年に軍医として分離同盟戦争(スイスの内戦)に従軍。

次兄はクリスチャンChristian。 1847年頃にベルリンに留学。ブラジルに渡り、農場を作る。

もう一人男子がいたが早世した。

姉妹は、アンナAnna 25、ヨハンナJohanna 23、エガEga 19、メタMeta 14。 1850年時点で彼女らはみなまだ実家にいた。

Ich möchte nicht das Kind sein!

Ich möchte nicht das Kind sein!

直訳すれば、「私はあの子供でありたくない」だろうか。敢えて英訳すれば

I might not be that child!

とでもなろうか。で、英語版では

I am glad I am not the child!

「私があの子供でなくて良かった」。

矢川澄子訳は

あの子の身にもなってごらんよ!

となっている。なるほど。

エウドキア ギリシャの女帝

「ギリシャ人の王国」のタイトルを「エウドキア ギリシャ人の女帝」に変更。
あまりセルジュークやノルマンのことは書かずに済ますつもりだったが、ある程度追記。

小説でもカラオケでも、誰も知らないやつは受けない、そんな気がする。逆に誰もが知っているネタはただそれだけで受ける。誰もが知っている人が書けば受ける。高城剛とか堀江貴文とか。それが消費者心理(笑)。

今回の「エウドキア」も売れない自信ならある。でももし売れちゃったら。マーケティング考え直さなきゃな。売れなかったら。当分こんなの書かない。

表紙の画像がなかなか入れ替わらないな。中身が変わるのもも少し時間がかかるだろう。

無料キャンペーンとかやめちゃおうかな。しばらく放置。

kdpの年

まあ、おもうに、今年の最初のころは kdp 始まったばかりでみんなおもしろがって書評かいてくれたりしてたけど、今は一応無料キャンペーンで数は出るが、たぶんもうみんないろんなうぞうむぞうな本が出てくるから疲れちゃって、チェックしてらんない、読んでらんない、ていうか疲れたていうか、飽きちゃった状態なんじゃないかと思う。

私自身最初のころはわくわくしながらランキングを毎日眺めてたが、なんかもう最近は見るのもいやんなった。ていうか慣れたというか疲れたっていうか。

でまあこれが本来な姿なわけでみんながみんな好き勝手自分の本を出すから、なんか新しい仕組みが出てこないとみんな疲れ果ててしまうと思うのよね。

それと、超ヒモ理論出して感じたのだが、ツイッター界がだんだん kdp に適応してきて、いきなりアマゾンをリツイートしたりするんだが、ただのリツイートばかりがあふれて、感想も書評もないからこっちとしてはなんなんだこれはというしかない。

あと、超ヒモ理論は理系の人たちにタイトルとあらすじだけ受けて、理系の人って中身はたぶん読まないから、それ以上のリアクションない。小説読む人はたぶんなんじゃこりゃと思って、気に入ってもらえたら二度くらい読んで、だいたい二度読みすると書評を書く気がなくなる、たぶん。つか、慎重になって書けなくなってしまう。

書評書くってのはふつうは一気に読み終えてなんか一言いわずにおれないから書くわけで、あとで冷静になってから書くってのは、そりゃ、仕事でならかくかも知れないが、一円にもならんのにわざわざ他人の書評を書いてあげる親切な人はいないと思う。

書評を書くってのは本を執筆するのと同じくらい大変な仕事なわけで、実名ならなおさらで、匿名のカスタマーレビューにしても、もの書きの人ならなおさら、うかつには書けんわな。

あとですね、タイトルと内容紹介だけ読んで本文読まない人ってのは、キンドルもってないから読まないんでしょうね。アマゾンランキングで目立ってそのままウェブで読めれば読んでくれてると思う。しかしそれでは胴元のアマゾンがもうからんしな。わざわざキンドルに落として読むってのは、めんどい。いくら無料でも。いくらタブレットもっててキンドルアプリ入れてても。普段からキンドル読む人なら別として。

内容紹介に最初の数ページ分を抜き書きしておくってのもありかもしれん。どういう文体のどんな雰囲気の小説かってのはそれでわかるし。キンドルもってれば体験版落とせるわけだが、ウェブで見れた方がてっとりばやいわな。

そんで無料キャンペーンやってカスタマーレビューかいてもらって有料でも買ってもらうというビジネスモデルってんですか。それがまああんまりうまくいかない気がしてきた。パブーと大差ない感じもしてきた。全然別の仕組みがいると思う。悩む。だいたい個人出版というのはこの辺まではみんなやってる。こっからさき伸びるのかどうかが kdp の未知の可能性なわけよね。

あと、アマゾンの分類に怒っている人とかいて、「毬恵って誰だよ」とか言ってて、それは「司書夢譚」の主人公の名前なんだが、「司書夢譚」は日本史に分類されているんだが、「司書夢譚」は実を言うとこれは日本史です。読んでみればわかります。一番詳しいのは護良親王の話なんで、明らかにこれは小説仕立ての日本史の話なんだけど、カテゴリー分けはたまたまこれは間違ってないのだが、どんなアルゴリズム使ってるか知らないけど、ひどいよな。超ヒモ理論なんて絵本に分類されていたのだが、
どこが絵本ですか。まえまえからそれは気になっていた。なんで出版するときジャンルを書かせているのにカテゴリー間違ってるのかわけわかんない。