人虎伝

「山月記」はなぜ国民教材となったのかというのを書いたせいで気になって調べてみた。山月記の中で、中島敦は虎に

人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短い

などと言わせているのだが、私はこの台詞がすごく好きなんだが、これが原作の人虎伝にすでにある文句なのか、それとも、中島敦が独自に挿入したものなのか。

人虎伝の原文も現代語訳も、今では簡単にネットでみることができる。当該箇所を読んでみると、それらしきことは書いてなくて、

於南陽郊外、嘗私一孀婦。其家竊知之、常有害我心。孀婦由是不得再合。吾因乘風縱火、一家數人盡焚殺之而去此。爲恨爾。

つまり、女の家に放火して、一家数人をことごとく焼き殺した、などということが書いてある。それでさらに検索してみると、なんと中島敦の本家本元筑摩書房でその箇所について解説しているではないか。

なるほど。「山月記」は国語教科書の定番なので、「人虎伝」までさかのぼって深読みし、指導の助けにしようという教師は少なからずいて、筑摩書房もその要望に応えたというわけだ。

「人虎伝」を読めば明らかなように、人が虎となったのは、密通放火殺人の罪による。中島敦はここをすべて捨て、代わりに、己の詩業に熱中するあまり、妻子を顧みなかったから虎になった、そう読み変えたのだ(家庭をないがしろにする男などいくらでもいる。そういう男がみんな虎になったらたいへんだ。中島敦もだから虎になった理由は明記してない。そんな説得力のある理由じゃない。だから思わせぶりな記述になった)。自分なりにストーリーを書き換えてみたい、あるいは多少のオリジナリティをもたせたいと考えるのは自然で、芥川龍之介もやっていることだ。

この筑摩書房のサイトの解説がなかなかおもしろいのだが、

李徴の詩は、微妙な点において欠けているものがあるから一流になれなかったということなのですが、

李徴の詩が、微妙な点において欠けている、と感じたのは中島敦本人なのである。そう感じたからストーリーを改変した。中島敦はおそらく李徴に自分自身を投影したのだ。しかし中島敦自身は、李徴のような鬼畜な人間ではない。作者は感情移入できない。「妻子とか、生業などに煩わされながら、物書きをしている自分」というものを主人公にしないとそもそも話を物語ることができない。李徴に遭遇した袁傪はただの脇役なのでやはり感情移入しにくいわな。

この微妙な点を生徒の多くは「愛」に求めます。妻子への愛がなかったからいい詩が書けなかったというわけです。私が「では、愛があればいい詩が書けるの?」と問えば、躊躇なく「はい。」と答えてきます。本気で「愛があればなんでもできる。」と信じ込んでいるわけではないのですが、生徒たちは小説・物語はそう読むということに慣れ親しんでいるのだと思います。テレビ・アニメ恐るべしです。

ここで「私」と言っている人が誰なのかと探してみてもよくわからない。署名記事ではなさそうなのだが、いかにも高校国語教師の感想という感じでほほえましい。

妻子への愛があれば良い詩が書けるとは中島敦も考えてなかっただろう。そんな雑な結論を導かれちゃ困るだろう。読者は自分の好き勝手に誤解したがるものだ(そしてそれが当然の権利で正しい行為だと思っている。自分が作者よりもよい解釈をしてやったとすら考えている)。作者の意志などどうでもいいのだ。作者は(と言いながら自分のことを書くが)、そんなありきたりの、誰でも思いつく、誰が書いても同じな、毎日テレビで垂れ流されていてわざわざ自分で書く必要すらない、つまらないストーリーなんか書きたくない。普通の恋愛、普通の推理、普通の歴史小説なんて書きたくない。二重三重に意味を持たせた、トリッキーなストーリーを書きたい。はぐらかしたりだましたりしながら、ちゃんと読めばちゃんとわかるように書いてあるのだ。しかし最初のトリックにつまづいてそこで読了した気持ちになっている読者を見るとがっかりする。

思うに、山月記が説教臭い教材になってしまった理由は、普通の高校生とその教師と親がそういう解釈を好んだためだとしか言いようがないと思う。中島敦が山月記を書いた理由?おそらくは自分の著作活動における自問自答、葛藤のようなものをそのまま書いたのだろう。教科書会社は売れるから載せているだけだ。文科省の役人は特に現状を変更する理由がないから放置しているだけ。「なぜ国民教材となったか」と言われればそれこそ「国民が望んだから」としか言いようがない。文科省の官僚や教科書出版社や指導要領の作成者のせいにするのはよろしくない。

おそらく「人虎伝」で種明かしをされてしまうと怒り出す高校生や国語教師がたくさんいるのではないか。そんなの俺の「山月記」じゃねえ、とか言い出して。アニメとかラノベのファンなんてみんなそうだ。

追記。やや嫌らしいが、教育指導要領の方もみておこう。

李徴が虎になった原因が三点も記されていることについて考える。

それは、中島敦が、本来の理由を削除して、自分なりの解釈に改変したが、その解釈を読者に押し付ける自信がなかったからだわな。

李徴が詩に執着した理由を考える。

詩人が詩に執着して何がいけないのか。

現代小説に特徴的な主題を読み取り、現代小説に親しむ。

ていうか現代小説を書いているつもりの私にも「現代小説の特徴」なんかわからんよ。主題を読み取るというが、この小説に何か明確な主題なんてあるのか。元の伝記小説にはあったかもしれんが。つか小説なんてのは、特に近代や現代の小説てのは(漫画とかアニメとか娯楽物でない限り)、何か具体的な主題に沿って書かれるものじゃないだろ。無理に高校生に主題を読み取らせようとするから筑摩書房のサイトに書かれているような頓珍漢な答えが出てくるんじゃないの(それとも自己流に解釈すればそれはそれで、自分で頭を使ったからよいということか)。

さらに、「山月記」なんか読んで現代小説に親しめるか?

現代小説独特の表現に親しみ、その特性を理解する。

同上。

表現とそのリズムに親しむとともに、表現された心情を考えながら音読・朗読する。

音読、朗読か。なぜわざわざそんなことをさせたいのかよくわからない。それって必要なのか。てか、朗読させたければ詩にすればいいんじゃないか。

運命に対して無抵抗であり、理由の分からないものをただ受け入れざるを得ないという不条理、人間という存在に対する嘆きがあります。人間がこの世界に投げ出された状況とは、まさにこういうことでしょう。理由などないのです。それを人間は、自分たちの物語に理由づけようとして悪戦苦闘しているのです。

いろんな理由を考えさせて、高校生を悩ませておいて、結論はこれなのだろうか。答えは「理由はない」。世の中は不条理だ。人間は苦しんでいる。それが現代小説の特徴なのだろうか。はて。うーん。ニーチェとかサルトルみたいなもん?(笑)

なんか、もっともらしい理由づけではあるが、高校生に読ませる教材なんだよね?もっとほかにふさわしいのがありそうなものだが。いやいくらでもある。やはり、いろいろ生徒に悩ませておいて、最後にこうですと、手の内をあかして、けむに巻いてみせたいだけなんじゃないかと勘繰りたくなる。

ネット時代の今、そんな手口はもはや高校生には通用しないんじゃないのかなあ。一時期「ポストモダン」な人たちが風靡してたころはそんなわかったようなわからないような禅問答的解釈でよかったかしれんが、今はググればごまかしはすぐばれるよ。

追記あり〼

池田雅延氏 小林秀雄を語る

小林秀雄の『本居宣長』について今までいろいろ書き散らしてきたのだが(小林秀雄でこのブログを検索してもらったほうが話は早い)、担当編集者池田雅延氏の詳しい講演があり、『本居宣長』がどのように執筆されて成立したかがわかる。130分もあるので、ゆっくり聞くことにする。もともとは茂木健一郎がソニーのサイトにアップしたものらしいが、その大もとのMP3はもはやなく、適当に検索したら見つけたのが上のリンク。

単行本では50章に分かれているが、もともとは『新潮』に64回連載された記事であり、11年半も連載した。と、いうことは、2ヶ月に1回程度の寄稿であったか。それを1/3くらいに縮めて、最後に1章新たに付け足して、単行本にしたのだそうだ。ふーん。すごく削ったな、もったいないな、というより、そんなに削ったのにまだあんなに冗長なんだ、というのが素直な感想なんだが。

追記 wayback machine

国語教科書の闇

ついでに読んでみた。

これを読んでまず思ったのは、小説を読んでもらうなら、高校国語までの教養で理解できる範囲のことを書かなきゃならないということだ。普通の日本人は「こころ」「羅生門」「山月記」を読む。そこから先は読まない。大学に入ると専門に分かれるから、定番の読み物なんてものはない。大学に行かないひとも多いし、行っても勉強しない人が大半。だから、(総体としての)日本人の教養といっても高校止まり。

おそらく放送業界や出版業界のマーケティングもそうなっているはずだ。無難に高校教育までの範囲で本を出していきましょう。それ以上の冒険をしても売れませんよ、と。日本の高校教育までで必要十分な教養が身に付くという考え方もあるが、それはあまりにも狭い世界で、定番で、既視感で、予定調和で、昨日もどこかのテレビでみたような話、となる。そこから一歩出れば新しい珍しい話もいろいろある。しかし、結局、発展途上国へ旅行するのを取りやめて、せいぜい海外といっても先進国、或いは国内旅行に切り替えるようなもの。

別にね、ハリーポッターとか、シャーロックホームズとか、高校生の男子と女子がどうしたこうしたなんて話を、私は読みたくはないんです。そういうラノベを中学生や高校生が読むのはいい。ラノベは読みやすい。読者も多い。従ってそういうのの作者になろうとかそういうのを商売にしようという人も多いだろうと思うよ。

私が書いているものは、そんなに難しいものじゃあない。半導体理論や量子力学に比べればはるかに簡単だ。それでも理解できないのは、普通の人の教養が、高校教育までで閉じていて、その外の世界の存在を想定してないからだろう。

それから今回初めて森鴎外の舞姫を読んでみたのだが、なんじゃこりゃという感じ。

げに東に還る今の我は、西に航せし昔の我ならず、學問こそ猶心に飽き足らぬところも多かれ、浮世のうきふしをも知りたり、人の心の頼みがたきは言ふも更なり、われとわが心さへ變り易きをも悟り得たり。

は?それが何か、としか言いようのない陳腐な擬古文。擬古文を読ませたいならば、他にもいくらもあるだろうが、擬古文はたいてい国学つまりは右翼思想が混じっている。やはりこれも戦後、GHQのチェックが入って、なんとなく鴎外ならよかろうということになっただけの話じゃないのか。こんなもの勉強させられても何のやくにもたたないよ。

たぶん、検定教科書作ってる出版社の人も、検定している文科省の人も、そんなことは言われなくてもわかっている。しかし、教科書を最終的に採用するのは地方自治体の教育委員会とか日教組とかPTAとか校長先生だろ。そうすると「舞姫」みたいな、衒学的な話を好む。なんかかっこよさそう。それから、なんかよその学校も同じこと教えてるから安心、みたいな。鴎外の雅文体教えられる俺かっこいい、みたいな。「山月記」あるいは「羅生門」「こころ」にも、そんなところはあるだろう。そんで戦後GHQの時代のことはともかくとして、教員もPTAも世代交代して、俺が私が子供の頃はこんなの読まされました、だからうちの息子娘にも読ませよう、みたいな怪しげな一子相伝・免許皆伝みたいなものが形作られてくる。時代に合わせて変えるのは大変だがそのまま残すのは簡単だから出版社もじゃそれでいいわとなる。

「舞姫」と「山月記」に共通するのは、頼山陽や本居宣長といった本物を隠蔽して、その代用品を提供するというところにあるわけ。最初から頼山陽や本居宣長を読めばいいんだよね、明治時代みたいにさ。或いはそういう右翼思想が嫌なら、永井荷風がやったように、為永春水や山東京伝を読めばいいんだけど、仮名遣いがむちゃくちゃだし、しょせんは江戸時代のラノベだから、教材にはなりにくいわな。

さらに、菊池寛とか楽しくておもしろいのにわざわざ「こころ」とか「羅生門」を読ませたがる。ねじけてるよね。戦後左翼思想だよね、典型的な。そこまでねじけたければ葉山嘉樹でも読ませりゃいいのに。

今年のセンター国語、センター試験「国語(古文)」を解いてみる。などにも書いたことだが、今の高校国語なんてセンター試験で高得点出すための手段にすぎないわけ。だから教材も定番なほうがいいに決まってる。どれが正解でもいいようなどうでも良い選択肢のうち一番間違ってないやつを選ぶ技術を競うだけ。法律や契約書の文言解釈にはこういう技術が必要なんだろう。或いは特許とか?曖昧に書かれた文言の中にある真意を読み取る駆け引き。実用性はあるっちゃあるが、しかし文芸とは関係ない。そんなら最初から民法や刑法の条文を試験に出せばいい。著作権関係の法律なんか特に役立つに違いない。あるいは本物の契約書を読み解く試験をすればいいだけじゃんか。最初からそう割り切らないと良い点取れないんだわ。

「山月記」はなぜ国民教材となったのか

私は中島敦が好きなのでこの本を読ませてもらったのだが、まず、高校国語教師というのは、おおよそただの人である。指導要領もなしに授業などできない。では指導要領を作るひとたちはどうかと言えば、別に彼らが特に中島敦を理解できるわけではないだろう。だから「山月記」が高校の国語の教材として採録されれば、このような「誤読」や間違った「教育」が行われうるのは当たり前であって、国語教育批判はたとえば丸谷才一の『日本語のために』などが古くからあるのに、今更わざわざ怒ってどうするのかと思う。

次にこの作者は『山月記』がわかっていてこれを書いているのか。いや、わかる必要はない。自分なりの解釈、自分なりの思い込みがあればそれでよい。しかし、結局言っていることはこれは古潭という連作の中から切り取られて、わざと短編小説となって、わざとらしいお説教臭い教材に仕立てられたというだけだ。

中島敦生誕百年やガス抜きとしての中島敦に書いた通りだが、ドナルド・キーンがなんといおうと中島敦の作品は戦争小説ではない。あれは、南洋の現地人に日本語を教育するための教科書の教材として自ら書いてみたものだ。

「山月記」がなんで漢文調かっていえば、それは漢文をいきなり教えるのは難しいが、
漢文は日本語教育に不可欠だから、わざと漢文調の文章をこさえたのである。

それからみんなだまされているが中島敦は必ずしも漢文は得意じゃない。漢学の家に生まれたわけでもない。商人の祖父が趣味で漢詩をかじってただけで、中島敦よりも漢詩がうまい人は明治時代にはざらにいるし、江戸時代ならもっといる。昭和だとそんな多くなかったかもしれないが、少なくとも永井荷風は中島敦よりちゃんとした漢詩を作った。中島敦も彼の叔父も漢詩は平仄がむちゃくちゃ。「山月記」に出てくる漢詩も中島敦には決して作れないまともな詩だ。

それでまあ考えられるのは中島敦は、山月記とか李陵なんかは、わざと、擬古文みたいにして、難しい和漢混淆文を書いたのだということ。もともと教科書の教材として書いたものだから教科書と相性が良くてもおかしくない。

山月記自体は面白い教材だと思うが、私ならちょっと悪趣味だが「山月記」と一緒に原作の「人虎傳」を読ませるだろうと思う。

隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。

というところは

隴西李微博學弱冠從州府貢焉時號名士天寶十五載春於尚書右丞楊門下登進士第後數年調選補尉江南微性疎逸恃才倨傲不能屈跡卑僚

の訳である。「才穎」「虎榜に連ね」などという表現に若干のオリジナリティーがあるが、
だいたいは同じである。いきなり「人虎傳」を教材にしては難しすぎるから、中島敦が多少現代風にアレンジした、というあたりが真実だと思う。

追記: 人虎伝、中島敦の書簡と日記。

cat shit one vol. 1

cat shit one を読み終えた。シリーズ化第一巻だけあって非常に読み応えがある。そのへんの凡百のベトナム戦記ものよりためになるだろう。

インドシナ史の入門書として読むのもありかもしれない。

cat shit one の前に dog shit one という劇画調の漫画があって、月刊コンバットマガジンという雑誌に連載され、それも収録されているのだが、正直大しておもしろくない。アメリカ兵がウサギでベトナム兵がネコという意外性がなければ、ミリオタではない私がこれを目にすることはなかったと思う。

夏目漱石『坑夫』

夏目漱石『坑夫』をkindle版で再読しているのだが、無駄に長い。冗長。こんなだらだらしたものを書きたいから書いたんだろうけど、付き合うほうはよほどおっとりした性格でなくてはなるまい。

昨夕東京を出て、千住の大橋まで来て

とあるから、おそらく日光街道を越谷、春日部あたりまでを二日がかりで徒歩で歩き、ここから鉄道で古河、小山、桐生、足尾とたどった、という設定だろうと思うのだが、越谷や春日部のあたりは一面の田んぼのはずであり、どこまでも続く松原、なんてものがあるとは思えない。

途中の街道の描写は川越街道、武蔵野の光景に酷似している。

だいたい二日もぶっとおし歩けば、川越か春日部あたりまでいけるだろう。

川越の手前は川越河岸というものがあって、ちょうど

いつの間まにやら松がなくなったら、板橋街道のようなけちな宿の入口に出て来た。やッぱり板橋街道のように我多馬車が通る。

というのがこの川越河岸だか福岡河岸あたりの光景だろう。さらに進むと、

そのうちに人通りがだんだん多くなる。町並がしだいに立派になる。しまいには牛込の神楽坂くらいな繁昌する所へ出た。ここいらの店付や人の様子や、衣服は全く東京と同じ事であった。

これはおそらくは川越のことだろうと思う。春日部がどんなだかは知らない。

ここにはわざと云わない。

などと書いていて、しらばっくれているのは、ほんとうは春日部日光街道(奥州街道)なんだが、そっちは取材してなくて、たまたま知ってた川越街道のことを書いたんじゃなかろうか。或いはだれか(漱石本人か)が川越のあたりまで出奔したという話と、足尾銅山で働かされた誰か別の人からの取材があわさってできているのかもしれん。でないと、この前置きの冗長さを説明できん。

そういうどうでもいいごまかしのために、或いは文字数を増やすがために、やたらとだらだらわけのわからない文章を書かれては困る。川越なら川越、春日部なら春日部と書けば良いものを。わからんことは取材してから書けばよいのに、と思う。

きちんと実名を出し、余計な回想だかをくどくど繰り返さなきゃ、この鉱山行の話は十分の一ですっきり片付くだろうと思う。

板橋街道

というのがぽろっと出てくるがこれは中山道と川越街道が板橋で分かれる手前のあたりを言うと思われる。

追記あり

喰いしん坊!

「極道めし」の方は紙の本で6巻くらいまで買ったが、そのへんで飽きてやめてしまった。
「喰いしん坊」は要するに大食いの話なのだが、「極道めし」のほうが明らかに脚本がよくできていると思う。ま、しかしこういう紙の本にはどんだけ経費がかかっているのかしれぬ。99円は安い。ブックオフの中古とかならありえるわけだが。

銭ゲバ

なんか500ページくらいあって読んでも読んでも終わらないので驚いた。 前半はスピード感があって面白いが、 後半だんだんだれてくる。 最後の「恋」などはのちのジョージ秋山の連載ものにありがちな人情話になってしまっている。

人を殺し、兄を殺し、妻も子も殺してしまう、 そうなるともうどんなストーリー展開もありになってしまって、 リアリティを失ってしまい、しらけてしまうのだが。

子供の頃リアルタイムで読んでたのは「ゴミムシくん」かな。 1972年連載開始だから、まだ小学生になったばかりくらいだな(笑)。 そのイメージが強い。 「銭ゲバ」のほうが先なんだな。 あの頃はアニメもゲームも大したことなかったから漫画のインパクトはやっぱでかかったなと思う。

「ゴミムシくん」って中古ではものすごい値段ついてるけど、 大して人気はないからkindleで復刊しても元はとれんのだろうな。 難しいもんだなあ。

ハナのずぼら飯

しまった。ついぽちった。『だんどりくん』とかはすでに買って読んでるのだが、カスタマーレビューの否定的なコメントと、良いと悪いの評価が分かれていたのが面白そうなんで買ってみた。これから読む。

追記:悪くはない。買ってよかった。しかし完全に予想通りの内容だった。一般女子が買うと裏切られるのだろう。

万歳

半七捕物帳 三河万歳 に屋敷万歳や町万歳、出入り万歳、乞食万歳、 などという言葉が出てくるが、 普通の国語辞典や古語辞典を見ても意味が通じない。 ネットを検索してみると、 正月に武家屋敷や町屋などを回って、悪鬼を祓い福をもたらす芸のようなもの、 千秋万歳というのが正式らしい。

コトバンク

まんざい【万歳】

民俗芸能。祝福芸,門付芸の一つ。正月に家々の座敷や門口で予祝の祝言を述べたてるもので,〈千秋万歳(せんずまんざい)〉の末流と考えられる。平安時代後期成立の《新猿楽記》には〈千秋万歳之酒禱〉と見え,千秋万歳はこのころすでに職能として存在していたと思われる。鎌倉時代以降には宮中をはじめ寺社,武家などの権門を訪れるようになり,室町時代の中ごろには一般の民家にも門付してまわるようになった(《臥雲日件録》)。

せんずまんざい【千秋万歳】

〈せんじゅまんざい〉とも読む。正月の祝福芸能の一つ。また,それを業とする者をさす場合もある。鎌倉期では《明月記》《勘仲記》などにその参入の記事がみえる。《名語記》によると散所法師が初子の日に家々を訪ねて行う祝言芸で,それによって禄物を得たという。室町期に入ると,声聞師が正月に禁裏(5日),公方邸(7日)をはじめ,諸家に赴いて,千秋万歳を演じ,曲舞を舞った記録が多い。

岩波古語辞典

年の初め、家々を訪れて、家門・寿命の長久を祝い、歌舞を演じて回った下級の法師・陰陽師。

今日万歳参啓、祝言、退出。

一種の乞食輩、歳首に人家に到り祝言を歌ふ、世に之を万歳と号す

万歳はマンザイとも読み、漫才に通じるという。 もともと漫才は正月にやるおめでたい芸能だったのかもしれず、 今の正月三ヶ日のテレビ番組にその痕跡があるといえるのかもしれない。

尾張万歳というものもあるらしく、三河万歳とか、もともとあの辺りから回ってくる渡り芸人的なもの、 もしかすると熱田神宮や伊勢神宮なんかに属する祝(はふり)や巫女(かむなぎ)などの渡りの神職とか、山伏などと関係するものなのかもしれない。

『半七捕物帳』は関東大震災以前に書かれた時代小説なので(※連載後半は違う)、東京にも江戸の町並みがほぼそのまま残っていただろうし、 作者の岡本綺堂も、江戸時代の生き証人から直接話を聞くことができたのだろう。 江戸時代のことをうだうだ書いている私にとっては、当時の江戸の雰囲気が感じられる、非常に貴重なものだ。 明治維新からまだ50年弱しかたってない。 彼にとっての江戸は、私にとっての昭和30年代みたいなものなわけだ。

野村胡堂は、文藝春秋から「岡本綺堂の半七捕物帳のようなものを」と依頼され、『銭形平次』を書いたという。 昭和の戦前戦後に渡って書かれたものだ。 『新選組始末記』は昭和の初め。 『鬼平犯科帳』ともなると完全に戦後だ。 このへんになるともうあまり役に立たない。 永井荷風の作も、役に立つような立たないような。

もっと江戸や明治の小説をきちんと読まねばな。

「どうだ、半七。けさの行き倒れは、何者だと思う。あんな因果者を抱えているのをみると、香具師やしの仲間かな」と、弥兵衛は云った。

「さあ、手のひらの硬い工合ぐあいがどうも才蔵じゃねえかと思いますが……」

「むう。おれもそう思わねえでもなかったが、香具師ならば理窟が付く。やあぽんぽんの才蔵じゃあ、どうも平仄が合わねえじゃあねえか」

「ごもっともです」と、半七も考えていた。「しかし旦那の前ですが、その平仄の合わねえところに何か旨味があるんじゃありますまいか。ともかくもちっと洗いあげてみましょう」

「平仄が合わない」こんな使い方するんだな。

才蔵。

雑芸人の名称。千秋万歳や万歳はふつう2人一組で演じられ,一方を太夫,一方を才蔵と称する。
万歳は太夫と才蔵の掛合が基本で,太夫は烏帽子,直垂(または素襖)姿,才蔵は投頭巾(大黒頭巾)に裁着姿が一般的である。シテ役の太夫は扇子を持って千代万歳の祝言を言い立て,才蔵はワキ役で太夫の語りの間をぬって相槌を打ち,鼓を打ち鳴らし,囃したり,歌ったりしながらモドキの役割と滑稽な三枚目を演じる。

正月の万歳に小鼓を打ちながら大夫の相手をして人を笑わせる役

才蔵は飲みかねまじき面っ付

「やあぽんぽんの才蔵」とは、よくわからんが、要するに太鼓叩きの芸人、とでもいう意味か。

悪質な香具師に因果者師というのがいて、身障者を見世物にして、 「親の因果が子に報い」などとやったらしい。 なので、香具師が子供を抱えて行き倒れしたなら平仄が合う、太鼓持ちだとちとおかしい、そう言いたいわけだ。 で実際この子供は生まれつき犬歯が生えた鬼っ子で・・・。 なんかむずいな。