航西日記1

明治17年8月23日午後6時、汽車は東京を出発した。横浜に着いて林家に泊まる。この旅行を命じられたのは6月17日だった。ドイツに赴いて衛生学を修め、同時に陸軍の医事を調査せよとのことである。

7月28日、宮城に参内して天顔を拝謁し、賢所に参拝する。8月20日、陸軍省に行って旅行手形を授かる。大学を卒業した直後から、私には西洋に遊学してみたいという志があった。思うに今の医学は西洋から来ている。たとえその文を読んで、その会話を修得したとしても、現地に実際に行ってみないことには、ただ遠い国の学説というに過ぎない。明治14年にありがたくも学士を称した。そのとき詩を作った、曰く、

一笑名優質却孱 おかしなことに 優れた名誉を受けても、私の性質は依然として弱い
依然古態聳吟肩 いまだに漢詩を吟じ肩をそびやかして闊歩する古臭い学生に過ぎない
觀花僅覺眞歡事 花を見るとわずかに本当の喜びを感じる
題塔誰誇最少年 最年少で及第したことを誰に誇ろう
唯識蘇生愧牛後 首席にならなかったことを恥じるべきだ
空敎阿逖着鞭先 人に先鞭をつけさせてしまった
昂々未折雄飛志 雄飛の志は昂然として未だくじけない
夢駕長風萬里船 万里の彼方に洋行する夢を見る

あの頃、魂はすでにエルベ川のほとりに飛んでいたのだった。まもなく軍医に任ぜられ、軍医本部僚属となる。細々とした雑務に追われ、帳簿や書類の中に埋没し3年が経ち、やっとこうして旅行に出ることとなった。喜ばずにおれようか。

本文

明治十七年八月二十三日。午後六時汽車發東京。抵橫濱。投於林家。此行受命在六月十七日。赴德國修衞生學兼詢陸軍醫事也。七月二十八日詣闕拜天顏。辞別宗廟。八月二十日至陸軍省領封傳。初余之卒業於大學也。蚤有航西之志。以爲今之醫學。自泰西來。縱使觀其文諷其音。而苟非親履其境。則郢書燕說耳。至明治十四年叨辱學士稱。賦詩曰。一笑名優質却孱。依然古態聳吟肩。觀花僅覺眞歡事。題塔誰誇最少年。唯識蘇生愧牛後。空敎阿逖着鞭先。昂々未折雄飛志。夢駕長風萬里船。盖神已飛於易北河畔矣。未幾任軍醫。爲軍醫本部僚屬。躑躅鞅掌。汨沒于簿書案牘之間者。三年於此。而今有茲行。欲母喜不可得也。

註

名優。諸説有り。俳優のこととも、エリートのこととも言う。ここでは優れた名誉と訳しておいた。

郢、燕はともに古代中国の国の名。

森鴎外は文久2 (1862) 年生まれ。明治14 (1881)年 19才で東京医学校本科を席次8番で卒業。阿逖とはこのとき首席で卒業した同級生の三浦守治を言うとされる。同年12月、陸軍軍医副(中尉相当)になり、東京陸軍病院に勤務。

明治15 (1882) 軍医本部付となる。

明治17 (1884) 年、ドイツ留学。

易北河。エルベ川。

掛け布団カバー

今までは何気なくアマゾンで一番安い掛け布団カバーを買っていたのだが、最近は、いやいや、外資系企業がネット通販している、外国工場に丸投げした製品ではなくて、ちゃんと日本で作った品物を日本の企業から買ってやらねばなるまいと思い、楽天市場など見るがだいたい出品が(本気で売る気あるのかというくらい)割高だし、送料も高い。では店舗で買うかとなるのだが、メーカーはニトリかアイリスオーヤマあたりが安いらしいんだが、近頃は何もかもが値上がりしたせいかとにかく安い掛け布団カバーがない。

私としては西川のようなまっとうな国産の高級品が買いたい(買って応援したい。日本経済に貢献したい)わけではない。ただ単に布団の生地が傷まず、汚れてもカバーだけ洗えば済むような一番安いやつが欲しいのである。病院の四人部屋とか自衛隊のベッドに使われているような無地のカバーで十分。というわけで某イトーヨーカドーに行ったのだが、ニトリ売り場の掛け布団カバーはどれもネット販売のものよりも高い。大量にいろんな種類の掛布団カバーがこれでもかこれでもかと売られているがどれも高い。

それでイトーヨーカドーの衣服売り場に行ってみるとなんと掛け布団カバーが700円(税込み770円)で売っているではないか。この物価高の御時世に恐るべき安さである。ヨドバシ価格の2分の1か3分の1だ。おそらくそうとう長い間ここで売れ残っていたのだろう。イトーヨーカドーの売れ残り在庫がすごいという話は聞いたことがあったが、私にとっては実にお買い得だった。中国製と書かれていたのでもしかしてこれも〇〇人の〇〇労働で作られたものなのかなあと心が痛んだが、とりあえず満足した。

ニトリは安値を売りにはしているがなんとかブランドイメージと価格を維持しているんだが、イトーヨーカドーはとにかく無駄なく在庫をさばこうとしているようにみえるんだよね。これからもハイエナのようにイトーヨーカドーの売れ残り在庫を物色していこうと心の中で誓った。みんなが世の中の商業主義に目くらまされず、イトーヨーカドーに行って安く買い物をすれば、家計も助かるしイトーヨーカドーも助かるんだがなあってたかだか特売の掛け布団カバー買ったくらいで、すごい偉そうなこと言ってみた。

ついでだが、キャベツ1玉1000円とか世間では煽っているが私の見たところ、まあ、小玉1個で500円か600円というくらいか。東京都の最低時給と比べているところがせこい。キャベツが食えなきゃ白菜を食えばよかろうと思った。白菜もまあまあ高かったけど。

還暦

若い頃は遥か遠くにあるもののように見えていた還暦というものが間近に迫ってくるとやはり人は誰しも苛立ちとか焦りのようなものを感じるのだろう。また二度目のアブレーションを受けることが決まり、結局私の考えていたことよりも医者が言っていたことのほうが正しかったことがわかって、それもまたいら立つ原因になっていたと思う。

ある立ち飲み屋のおばさんは、確かな年齢は知らないが私よりたぶん10才くらい年上だろう。一時期大病を患って店を閉めたり開けたりしていたが、普段からテニスやスキーなどをやっているせいか今は極めて健康であるという。

私の周りの60過ぎたおっさんおばさんたちは、健康な人も病気がちな人も、みんなあっけらかんとしていて、私だけがくよくよ気にしているような気がしてしかたない。私の場合46才から今までずっと入院したり退院したり通院したり、また入院して手術を受けたり、薬を毎日飲まなきゃならなかったりで、病気と常に真正面に向き合っていなくてはならず、体はともかくとしてメンタルをやられてしまった。若くして癌にかかってしまい闘病生活を続けている人も同じような気持ちなのだろうと思う。定年後時間が有り余るようになって病院に通うようになるのはもう覚悟も決まっているしそんなにストレスにはならないのではなかろうか、などと考えたりもする。

私の場合、拡大性心筋症というやつなので、心臓にはできるだけ負担をかけないようにしなくてはならないし、そもそも運動とかスポーツというものが嫌いだからやる気もないのだけど、これからは心臓に負担をできるだけかけないようにして、心臓をできるだけ長持ちさせて死ぬまでだらだら生きていくしかない。私の場合自覚症状はないし日常生活には何も困っていないのだが、でも重症であることには変わりないわけで、運が悪かったとも言えるし、この程度ですんでよかったということもあるのかもしれない。ともかく問題は体というよりは気の持ち方だと思う。考えすぎるのが良くない。だが考えないというのがこれがまた非常に難しい。こういうふうにブログに吐き出したほうが楽になるともいえるし、書けば書くほど考えてしまうからよくないともいえる。なんとも言えない。

私の祖父は75才くらいで死んだのだが、最期の頃は足がむくんでいた。つまり心臓が弱っていたのだが、ある日突然心臓が止まって死んだ。まあそんな感じで死ねたら別に悪くもない。むしろあまり長生きして家族に面倒をかけたり、老人ホームに入って無駄飯を食うのは嫌だ。しかしぼけてしまった方が自我がなくなって楽に死ねそうだから、そうなりたいという気持ちもどこかにある。

いずれにしても今後年寄というものはどんどん社会のリソースを食ってしまう。どうにかすべきではなかろうか。できるだけ社会に負担のかからない方法で年寄を本人が気のすむまで生かしておく方法というものはできないものなのだろうか。正直私は定年後は、遊んでも良いが仕事はもうしたくない。こりごりだ。

話は全然違うんだけど、普通の人にとって読書とは、今日はどこそこのレストランで食事したとか、どこそこの温泉に泊まったとか、そういうイベントというか、趣味というか、余暇の過ごし方の一種のように思える。

若いうちは、本をかたっぱしから乱読するのも良いかもしれない。

しかし今の私にとって、ゆっくり本が読める喫茶店とか、ファミレスとか、あるいは図書館などというものはまったく必要ない。むしろ、図書館にいると本が読めなくて困る。東京都立中央図書館とか国会図書館で紙の本を読むのが一番苦手だ(この二つの図書館は本の貸し出しをやってないので館内で読むしかない)。

私にとってはすべての本がデジタル化されていて、読みたい箇所がただちに検索できればそれでよい。ゆっくり本が読みたいと思うことはあるが、読み始めるとすぐに読み続けるのがつらくなる。基本的につまみ食いしかできないたちなんだと思う。

昔の人はLP盤のレコードを擦り切れるまで聞いたとかいうけど、ほんとかどうか知らないが、そういう読書をする人が案外多いのだろう。レコードや本の蒐集家にはそういう人が多そうな気がする。私はもちろん蒐集家ではない。手元に置いておいたほうが便利な本だけを身の回りに置いている。ただそれだけだ。

最初から最後まで著者が書いていることが自分が読みたいことであれば読めるかもしれないが、たいていはそうではない。著者に付き合って読み続けることが苦痛になってくる。どうしようもなく退屈になってくる。だから途中でやめてしまう。若い頃は本に書いてあることすべてが珍しく新鮮で面白く全部読んでしまう。読了した時点ではまだその本のことがわかってない。二度、三度と読んでいるうちにだんだんわかってくる。この本好きとか嫌いとか、この著者好きとか嫌いというのが、5年とか10年後にわかってくる。

そうやって好き嫌いというものがはっきり最初から固まってしまったから、今は1冊読み終わる前に飽きてしまう。いろんな本を読み過ぎたせいで先がだいたい読めてしまう。たぶんそういう状況なんだと思う。

村上春樹は1Q84を最初の1章だけ読んでみたのだが、ははー、こんな文章を書く人なんだなと思い、それで読むのをやめてしまった。私の場合、続きを読んでみたいとか、結末まで読んでみたいという気にはならなかった。

たぶんそんなふうになったのが、40代半ばくらいで、読みたい本がなくなってしまったので、それで自分で小説を書くようになったのだと思う。小説を自分で書くと言うことと、その小説をうまくかけるようになるというのはまた違うのだけども。

これまた全然関係のないことではあるが、世の中には、柳田国男はどうして桂園派にこだわり現代短歌を拒絶したのかとか、江藤淳はなぜアメリカ留学までして戦後に保守派、右翼になったのかとか、最初から結論ありきで論文を書く人がいる。どんな愚かなことを書いているかと思って読んでみると、どうでもよいことをいろいろ調べ上げて、こまかなことをだらだら書き記して、読んでみても結局、だからどうなんだという感想しかでてこない(そういうユーチューブの動画やブログ記事は多い。長いだけで結局何も言ってない。カマラ・ハリスの演説みたいなもんだろう)。そして、柳田国男や江藤淳の考え方を理解しようとか、寄り添おうという気持ちは一切無い。自分の先入観を書き換える気ははなから無いのだ。世の中にはこういうたぐいの研究者しかいないわけではなく、きちんとまじめに地道な仕事をする人もいる、世の中にはそうした当たり外れがあるものだとあきらめるしかない。

サンテFX Vプラス

サンテFX Vプラスっていう目薬をさしてみたら、これがオレの目か、っていうくらい白目が白くなった。

最初から目薬させよって思った。

だがしかし今度から血管収縮剤の入ってない目薬にしようとは思った。見た目だけ充血が消えてもしかたない。

よく見たら使用期限2015年だった。今ではもうこの目薬ふつうに売ってない。

サンテPCなど買えばよかろうか。

手の震え

たぶん加齢のせいだと思うが最近手が震える。

緊張したときには特に震えるのだが、緊張しなくても震えることがある。左手はほとんどまったく震えないが右手が震える。右手も、腕の角度によっては、腕をねじったりすると震えないことがわかった。右手を、ゆったりと自由な状態で、前に差し出した状態にしたときに一番震えやすい。

はんだ付けしていたのだが、右手にはんだごてを持ち、左手に銅線を持っていたりすると右手が震えるから左右持ち替えてもこんどは銅線が震えるから同じこと。両腕を使ってこまかい作業をするときに困る。

右手で箸を持ってものを食べるくらいの雑な動きならほとんど影響はない。

針の穴に糸を通すなどの作業は肘をついたりして腕を固定するから特に問題にはならない。

酒に酔っているときは逆に震えないことが多い。たぶん筋肉(神経)が弛緩しているのだろう。

いろいろ調べるとパーキンソン病とかアルコール依存とかいろいろ怖い病名が出てくるのだが、おそらくは加齢による原因不明の姿勢による震え(姿勢時の振戦)だと思う。若い頃ははんだ付けするときにこんなに苦労することはなかった。

大勢の前でパソコンでプレゼンするときマウスを持つ手が震えることはわりと昔からあった。これは完全に緊張によるもので、大して緊張していないつもりでも、意識すればするほど震える。これについては、慣れでほぼ震えなくなった。

喫煙という悪臭(悪習)

なんのへんてつもない田舎のラーメン屋があった。大してうまくはないことはgoogle mapsのレビューなど見ればほぼ確定的なのだが、特別まずいわけではないらしく、この町に来た記念に一度くらいは食べておこうかという気持ちで、炎天下にわざわざ出かけてみた。

そうすると先に来ていた客がなんのことわりもなく灰皿を取って煙草を吸い始めた。

私はエアコンの風上にいたが部屋は閉め切っているからそのうち煙は店内全体に充満した。私のこの店に対する好感度は65点くらいから0点まで落ちた。

こんなことなら来なければよかったと思った。というより、このあたりの飲食店やら居酒屋を一通りめぐってみようかとも思っていたのだが、その気持ちは一気にうせた。帰り道、それらの店の前を通ってみたがどこにも禁煙のシールは貼られていない。店頭に消毒液をいまだにおいているのに禁煙ではない店もあった。シャレオツな見た目のイタ飯屋にも、どこにも禁煙のマークはなかった。ああ、この大いなる田舎よ。

もうこの町では飲食店に入るのはやめようと思った。というよりこの沿線のどの駅に降りてもこうなのだから、もう一切ここらで飲食店に入るのはやめようと思った。店に入ったらまず店内を見回して灰皿を置いていたらそのまま出るくらいじゃなきゃダメ、というより、店先に禁煙のシールが貼ってない店にはもう入るのはよそうと思った。ここでは喫煙できるのがデフォルトなのだ。健康増進法などという法律はいまだここには存在していないのだった。

世の中には心優しい人がいてタバコの煙なんかきにしない、そんなことで店を選んだりしないという人がいるが、私にとっては、どんな料理を出すかとか、どんな日本酒をおいてるかとかそんなことより禁煙かどうかのほうがずっと重要だ。そして、喫煙可でも、喫煙不可でもどちらでも良いという心優しい人が多ければ多いほど、喫煙という悪習はこの世からになくならない。喫煙者は淘汰されないのだ。

田舎者ってなぜあんなにコロナを恐れるくせにタバコには無頓着で寛容なのだろう。田舎の人間には何を言っても無駄だということもまた真理なので、私はただここのブログに愚痴を書くだけにする。

世の中はうるさい

農家はうるさい。一年中、朝からうるさい。農家は工務店や工場と同じくらいに自分の家の隣にはありたくないものだ。私たちはなにか牧歌的なイメージで農村とか農家というものを考えるが、実際農家の隣に住んでみると実にいらいらする。農家というものは朝雨戸をあけるがこの雨戸の数が半端ない。庭に小屋のようなものを建ててその下に業務用の洗濯機か何かを置いて、服だか農作業用の何かだか知らないが延々と洗濯しているからうるさい。

第一種低層住宅地にも農家は存在するからタチが悪い。また、第一種低層住宅地には工務店のようなものはないけれど、そういう規制のないところにはけっこう工務店があったりして、そういうところではきまぐれに板金を叩いたりするから油断できない。古い農家の納戸か何かのように見えて実は中で機械を使って作業していたりする。何か味噌か醤油でも作っているのだろうか。まったくもって油断できない。少し田舎にいくと雑草や植え込みなんかがいたるところにある。それを原動機付きチェンソーで朝から晩までずっと刈っていてうるさくて仕方ない。

かといって住宅街の中もまったく静かではない。まず自動車。冬場は延々と暖気運転するやつがいる。ドアをやたらと何度も開けたり閉めたりするやつがいる。ケルヒャーで外壁をしつこく洗浄するやつがいる。ときどきバイクをもちこんで空ぶかしするやつもいる。深夜三時になると原付で新聞を配達しにくるがこれがまたうるさい。あと、小型犬だから鳴き声もかわいいでしょうと遠慮なく窓を開けっぱなしで無駄吠えさせるやつもいる。非常にうるさい。

バイクにしろ自動車にしろ、ガソリンエンジンの車はうるさいし臭いので早く絶滅したほうが良い。電気自動車が別に好きというわけではないのだが、せめて街中は電気にすべきではなかろうか。街中は無人運転のタクシーみたいにしてシェアするのが一番良いと思う。

私のような人間の場合鉄筋コンクリートの建物の地下の宿直室みたいなところが静かで快適でよく眠れるのだろうと思う。ひとけがなくて、冷蔵庫と簡単なキッチンがあって、ベッドとシャワールームがあって、クローゼットがあって、歩いて近くにトイレがあればよい。近所にスーパーとホームセンターとコンビニがあるとなお良い。というか、そういうところは探せばいくらでもありそうなものだ。

とにかく周りに人がいるといらいらする。朝は朝日があたる部屋じゃなきゃいけないという人もいるようだが私は別にどうでもよい。朝日なんかなくたって普通の精神状態で暮らせると思う。

岡本太郎2

相変わらず岡本太郎を読んでる。

岡本太郎は伝統は過去のものではなく現代のものだと言っている。確かにその通り。過去の、死んだものではなく、その継承者や文化、生活とともに in vivo に保存されたものでなくてはならない。しかし、続けて言うには、

「伝統」は、もっぱら封建モラル、閉鎖的な職人ギルド制の中で、むしろ因襲的に捉えられて来ました。今日でもほとんど、アカデミックな権威の側の、地位をまもる自己防衛の道具になって、保守的な役割を果たしています。

そうした不毛なペダンチズムに対する憤りから、岡本太郎は『日本の伝統』を書いたのだという。「伝統」と言っても明治後半に作られた新造語に過ぎず、「内容も明治官僚によって急ごしらえされた」「文部省がバックアップして権威になると」「無批判に、ウムを言わさず国民に押し付けてしまう」「新しい日本の血肉に決定的な爪あとを立ててはいない」「大層に担ぎあげればあげるほど、かえって新鮮さを失い、新しい世代とは無縁になりつつある」「学者、芸術家、文化人、すべてが官僚的雰囲気の中で安住している」、要するに、東京大学文学部の亀井勝一郎、竹山道雄なんかが嫌で嫌でたまらないんだろうなってことはよくわかった。私が佐々木信綱に抱く感情に近いものがある(佐々木信綱には私が好きな歌もあるが、考え方で相容れないところも多い)。

まあよろしい。しかし

絵描きには浮世絵や雪舟よりも、ギリシャ・ローマの西洋系の伝統の方が、現実の関心になっている。

などとくると、はて、それは単に、あなたの感想ですよね、としか言いようがなくなってくる。浮世絵や、明治に入ってからの錦絵などにも、面白いものはいくらでもあるではないか。もちろん明治の錦絵や、もっと後の川瀬巴水なんかは西洋画の影響を受けたものではあるのだが。

源氏物語だとか(中略)新古今だとか俳諧だとか(中略)それよりもスタンダール、ヴァレリー、ドストエフスキー、サルトルでも、カフカでも、フォークナーでも構わない。多少のインテリなら、若い日、むしろそういうものに夢中になり、魂が開かれ、(中略)音楽でも、ベートーヴェンやショパンよりも第何世常磐津文学兵衛の方がぴんとくる、なんていう若者は珍しい

などというに至っては、それってただの西洋かぶれですよね?としか言いようがない。スタンダールも私は読んでみたが長すぎて展開が遅すぎてとても読めなかったんだが、岡本太郎は読んだことがあるのだろうか。サルトルなんてばかばかしくて読む気もおきない。三遊亭円生が落語の中で常磐津なんかをうたったりするが、常磐津がすごく好きなわけじゃないが、ああいうふうに歌えたらきっと気持ちが良いだろうなとは思う。

岡本太郎の視界には、杜甫や李白、史記、平家物語や吾妻鑑や太平記、日本外史、三国志演義、西遊記、水滸伝、紅楼夢のようなものはまったく入ってこないのだろう。彼に見えているものは伝統そのものではなく、伝統を掲げてふんぞり返っている官僚や学者、虎の威を借りる狐らの姿なのだ。トゥキディデスやクセノフォンやアリアノス、イブン・バトゥータも見えてはいるまい。

岡本太郎は、どこか書きすぎるところがある。突っ走り過ぎるところがある。面白いことを言ってるけれども、明治政府が作り出しそこに乗っかった権威主義的アカデミズムが嫌い過ぎて、そこへ自分自身の偏見と無知が加わって、いたるところで論理がねじ曲がり破綻しており、勢い、明治以前の文芸を否定し西洋を礼賛している、ように見える。しかしながらしょせん彼は言論の人ではない。評論家ではない。画家であり芸術家であるから、多少おかしなことを言っても、あーあの人は芸術家だからと見逃されているだけだ。

私もつい先日文学というものを書いたが、私が感じている近代文学のいかがわしさというものを、岡本太郎も感じているのだと思う。

おじさんはなぜぶつかってくるのか

普通の電車の普通の座席に詰めて座っていると腰が痛くなってくる。他人と体が接触していると無意識のうちに気を使い体に力が入るので、それが腰に来るのだ。だいたい15分以上そうした状態が続くと後でずっと腰痛が残って、電車で座れる以上に疲弊するので、途中で立つようにしている。

おじさんはなぜぶつかってくるのか、という話があるが、今日ぶつかってるおじさんを目撃した。おじさんは怒っているのだ。ぼーっと歩いている人に対して、君は間違って歩いているよ、よく周りをみて歩こうね、そこは君が歩くところじゃないよ、スマホ見ながら歩くなよ、横に広がって歩くと邪魔だよと、ぶつかることで警告しているのだ。ああいうふうに体を張って赤の他人を教育しようとしている人をみると私なんかは畏敬の念すら覚える。ああいう人がもっと増えれば世の中はもっと良くなるのではないか。私はやらないけど。

中には若い女性にぶつかりたいだけの変態おじさんもいるのかもしれない。だがどちらかといえばそういう「犯罪的」「反社会的」な「ぶつかりおじさん」は少数派であり、多くのおじさんはこのごみごみした都会に義憤を感じ義挙しているのだと思う。多くの場合、自分のだらしなさを隠すために、そういう「犯罪的ぶつかりおじさん」が時々槍玉にあがって、「ぶつかられ女子」たちの自己正当化に使われているのではないかと推測する。「なぜ私はいつも人にぶつかられるのかしら」と思っている人の多くは、なぜ自分がぶつかられるか、ふだん人混みの中で(いや、空いてる道でもそうだが)どんなに軽率な歩き方をしているか自己認識できてないだけだと思う。普段そういうぞんざいな歩き方をしている人が電動アシスト自転車なんか乗った日には今度は加害者に回ってしまうのだ。非常に恐ろしい。

普通、人は、町なかを歩くとき、自分の動線に入ってくる人を予測しながら歩いていると思う。自分と他人のどちらの動線が優先かを判断し、こちらの動線のほうが明らかに優先であれば進み、向こうが優先、もしくは、こちらが優先ではあるけれども状況的に向こうに譲ったほうが無難だなというときにはこちらが避ける。人が多く通る重要な通路の上で溜まってる人たちがいたり、逆行してくる人がいたりすると邪魔だなと思いつつも迂回する。そういう「普通でない人」が雑踏の中に1%もいればすごく目立つし、見てていらいらする。「普通の人」はそういう「普通でない人」たちにいちいちメンタルをやられないように無視しながら日常を生きている。中には自分と同じかそれ以上に動線を気にしながらしかしせかせか歩いている人に遭遇することがあり、そんなときにはどっちに回避して良いかわからずとまどうこともある(まあそれはしかし仕方ない)。

はてな匿名あたりでもよく話されていることではある。

悪いのはいつまでも工事している小田急だ。小田急という会社の性格の悪さがいろんなところに出ている。ほとんどの人はそういうところを見逃しているかまったく気にしていない。だからいつまでたっても改善されることはない。なぜさっさと首都機能移転しないのだろうか。東京は世界で一番人がたくさん住んでるとか、新宿は世界一の駅だとか、インバウンド万歳とか、何をいい気になってるんだ。馬鹿じゃなかろうか。さっさと分散させろ。

野球とかサッカーとか競馬とか、人のしのぎにいいように踊らされて、なんて人って馬鹿なのかと思う。

ネトウヨ政党

私自身は決してネトウヨ政党ができても支持することはないが、ネトウヨはある程度いても仕方ないと思っている。今の日本には左翼が多すぎて、特に全共闘世代の年寄り連中がまだ闊達に活動している現状では、対抗勢力として多少のネトウヨがいないと釣り合わない。自民党は政権与党の地位を維持するのが最優先で、あまり過激なことは言えないので、自民党以外の右翼政権というものはどうしても必要になる。

ネトウヨはアサハカだというが左翼だってアサハカなんだから別に問題ない。アサハカな人たちが支持するアサハカな政治家がある一定数いるのは民主主義では当たり前だろう。そうとはいえ、県知事を直接選挙で選ぶのはもうそろそろやめても良いのではないか。余りにもおかしな知事が多すぎだろう。まず市町村長を直接選挙で決めて、市町村長が知事を選出するとかにしてはどうか。