西行の歌

身を捨つる 人はまことに 捨つるかは 捨てぬ人こそ 捨つるなりけれ

詞歌和歌集には読人しらず題知らずで載っている。が、世の中では西行の作だということになっている。私も漠然とそう思ってた。が、「山家集」には取られていない。「山家集」はけっこうな分量の歌集なのに、勅撰集にも取られたような歌を載せないことがあるか。

そう思ってみると、すこし西行にしては言葉が荒すぎる。西行の歌には、感情の起伏の激しいものはあるが、言葉はそれほどきつくはない。

「西行物語」では

世を捨つる 人はまことに 捨つるかは 捨てぬ人こそ 捨つるなりけれ

となっているそうだが、こちらの方が意味は通りやすい。「身を捨つる」というのは、出家とは限らない。

そもそも西行の歌が詞歌和歌集に初出で一首だけでしかも読み人知らず。読み人知らずになる理由としては「無名」というのは通りにくい。「罪人」とか時の権力者に背いて忌避されたとか、そういう理由がないとおかしい。

やはりこれは西行の死後にできた伝説に過ぎないのではないか。

成島柳北

岩波書店、新日本古典文学大系『漢詩文集』の中の、『新編成島柳北詩文集』を読んでいる。柳北が書いた漢詩と、朝野新聞に主筆として書いた社説(抜粋?)からなる。他に、入手しやすいものとしては、同じく新日本古典文学大系の『柳橋新誌』『航西日乗』。柳北、47歳で胸の病気で早死にしている。嫌な死に方をしやがる。死んだ年にしても病気にしても、今の自分に近い。

朝野新聞は日本ジャーナリズムの黎明期に、柳北を主筆として流行り、柳北の死去によって衰退した。その社説は、なかなか面白い。主筆自ら社説を書き、おかげで牢屋に入れられたり、その話をまた茶化して書いたりしている。実に軽い。今とは時代が違ったといえばそれまでだが。

柳北の文章で手に入るものは、とりあえず全部読んでみることにする。

ここにもややまとまった文章が置いてある。『硯北日録』の一部、柳北が18歳の時の日記があるが、はてこれはどうだろう。

十八歳の時の漢詩を見るに、ちゃんと偶数句の終わりは押韻していて、感心だ(まあ、それが当たり前なのだろうが)。

古詩とかは、字数も韻も好い加減で、だいたい陶淵明くらいの漢詩。楽府にいたっては民謡なので、ルールがほとんどない。頼山陽も最初は韻や字数にこだわった詩を作っていたようだが、だんだん楽府とか古詩とか言い出して適当になっていたったように思われる。というか、江戸時代の漢詩人の中では頼山陽はかなりいい加減な方に入るようだ。

しかし、この人の名が今日まで残って、新日本古典文学大系に採られているのは、明治初期に大新聞の主筆となったからだろう。或いは永井荷風の影響か。『柳橋新誌』や漢詩は面白いが、このくらいの人は当時いくらでもいたに違いない。

さながら

ふと、「さながら」という言葉が気になったので、

さみだれの 日数まされば 飛鳥川 さながら淵に なりにけるかな

恨むべき 人はさながら 昔にて 世にも知られぬ 身とぞなりゆく

秋ぞ変はる 月と空とは 昔にて 世々経しかげ さながらぞ見る 為兼

思ひ寝の 夢にうれしき おもかげの さながらやがて うつつともがな

桂園遺文

景樹の「桂園遺文」に、

文句は古今に従ひ、都鄙によりてかはりゆくものなれば、たのみがたきものなり。この調べのみは古今を貫徹するの具にて、いささかもたがはざるなり。ひとり大和言葉のみならず、からもえぞも変はらぬものなり。

などと言っている。ここで古今と言っているのは古今集のことではない。語彙や言葉遣いは時代や場所で変わってしまうので、頼りないものだが、調べ(リズム)というものは、時代や地域の違いはなく、言語の違いすらない、などと言っている。

思うに、景樹の歌論にはかなり無理がある。景樹の歌が当時の京都の人々の話し言葉で詠まれているとは誰も思ってないだろう。景樹は確かに俗語や口語を和歌に取り入れてみたが、100%俗語口語で歌を詠んだのではない。今日の、現代短歌のような意味での口語の和歌ではないのは明らかだ。また、誠実に歌を詠めば自然と良い調べの歌になる、というのも単なる精神論にしか思えない。結局何を言いたいのかがわからない。景樹は、歌人としての天性の才があったのは間違いないが、いろんな人の影響を受け、またいろんな人の批判も受け、そのため歌論のようなものを主張しては見たが、そもそもあまりロジカルな考え方をする人ではない、というのがまあ、だいたいの結論と言ってよかろう。

その時代にしか通じない言語で歌を詠んでしまうと、その歌はたちまちに陳腐化する。わずか50年後に見ても何か違和感を感じるだろう。明治期の万葉調の和歌や、戦後の左翼歌人らの和歌、俵万智の模倣者らの歌などがまさにそうだ。ところで景樹の歌などは今から200年ほど前の歌なわけだが、それなりに今でも鑑賞できるし、古今集なども多少古典文法を学んでおけば何の説明もなしにわかる平易なものが少なくない。それは、古典文法や文語文法というものがそのような時代を超えて生き続ける生命力を持っているからであり、だからこそ和歌を文語文法に則って詠む必要があるのだと思う。

忘れ草

八千草の いづれがそれか 忘れ草 名にのみ聞きて 我れ知らなくに

野辺に出でて 我れも摘みてむ 忘れ草 よもまがはじよ 忍ぶ草とは

忘れ草 忘れな草と とりよろふ 野の八千草に まどひぬるかな

忘れ草 同じ忘るる ものならば 酒飲むことも なほ忘れなむ

牛ならば ひねもす野辺に たむろして 草をはみつつ もの忘れせむ

なかなかに 忘れがたくば 野の牛に なりてひねもす 草もはままし

忘れ草 生ふる尾上に 住む鹿は 妻を忘れて うれひなからむ

うーんと。 ワスレグサは初夏に、ワスレナグサは春に咲くもののようだ。 忍ぶ草とは、吊りしのぶのようなシダのことだろう。季語は秋だが、 初夏に萌え出でる。

雨 みぞれ 雪

春雨を 家に籠もりて やり過ごし 晴れなば明日は いづこへか行かむ

ことしげき なりはひつづき あめふれば たまの休みは やすらひにけり

春たけて 春雨ならで さみだれは まだしき雨を 何とか呼ばむ

我がやどに 春のみぞれは 降りにけり 寒さも知らで 籠もりゐたれば

風さえて 寒き雨降る 明くる日は 尾上の雪も 消えやかぬらむ

山の奥は いまだに春も 知らぬらし 里のさくらは 葉もしげれども

スランプ。

遅く起きて 雪は降りつと 聞きにけり 積もりたるとも 見えぬけはひは

二条為世の歌

たくさんあるのでとりあえず新千載集から為世の歌。

明けやすき空に残りて夏の夜は入ること知らぬ月のかげかな

夏は月が入るより先に夜が明けてしまう。

あくがるるものと知りてや秋の夜の月は心をまづさそふらむ

恨み侘び夕べは野辺にこゑたてて来ぬつまこひに鹿ぞ鳴くなる

音たててこずゑを払ふ山風もけさよりはげし冬や来ぬらむ

ひさかたの空に積もると見えゆるかなこ高き峰の松の白雪

白波も寄せつるかたにかへるなり人をなにはのあしと思ふな

白波でも心を寄せる方に帰るのだから人を悪く思うな、と。まあ縁語などがそこそこ面白い。

言ひ初めて心変はらばなかなかに契らぬ先ぞこひしかるへき

したもえの我が身よりこそ立てずとも富士のけぶりのたく人は知れ

うーむ。

うつつにはまた越えも見ず思ひ寝の夢路ばかりの逢坂の関

おのづからいつはりならで来るものと思ひ定むる夕暮れもがな

うーむ。

同じ江の葦分けを舟押し返しさのみはいかが憂きにこがれむ

長き夜もひとり起きゐてまどろまぬ老いの友とは月を見るかな

いく夜かは見果てぬ夢のさめぬらむ松の戸叩く峰の嵐に

月かげの夜さすほかはみなと江に行くかたもなきあまの捨て舟

さかのやま照る日のかげの暮れしより同じ心の山に迷ひき

確かに平坦、確かに平凡。幽玄とか有情とか言えばそうかも。題詠なんだろう。これが二条派なんだな。なんか、ドリルを解いてるみたいだよな。頓阿、契沖、宣長に通じる。

定家の前衛的なところとか西行や和泉式部の情熱的なところとかは京極為兼に行き、定家や西行の無情感とかわびさびは二条為世に受け継がれた。こってりと情緒的な京極派は仏教、とくに禅宗が流行った中世の雰囲気には合わずに衰退した。文芸の担い手に僧侶が多かったことも、京極派には災いしただろう。そういう芸術家肌のこってり情緒的な公家文化を担っていけるような余力のある公家というものも、もはや存在しなかった。武士にも愛好されることがなかった。狩野派の絵や茶道のように家元の言う通りに作法を学べば万人にも嗜むことができる、それが二条派。陶芸や書道のように希少性(カリスマ性や芸術性)を要求されるのが京極派。前者をデザインと言えば後者はアートだ。あるいは、前衛的実験的なデザインがアートであり、逆に定型化し普遍化したアートがデザインといえようか。そんなところだろうか。

近世和歌撰集集成

上野洋三編「近世和歌撰集集成」明治書院全三巻。新明題集、新後明題集、新題林集、部類現葉集などの堂上の類題集など。他には若むらさき、鳥の跡、麓のちりなどの撰集。これらは地下の巻に入っているのだが、通常は、堂上に分類されないだろうか。私家集はない。国歌大観にもれた珍しい近世の撰集というだけあって、かなりマイナー感がある。しかもこれまた電話帳。なぜか貸し出し扱いになっていたが、家に持ち帰ってももてあますだけなので、とりあえずそのまま借りずに返却した。借りたくなったらまた行けば良い。「近世和歌研究」加藤中道館。論文集みたいなもの。それなりに面白い。

霊元天皇

車をも止めて見るべくかげしげる楓の林いろぞ涼しき

契沖

我こそは花にも実にも名をなさでたてる深山木朽ちぬともよし

数ならぬ身に生まれても思ふことなど人なみにある世なるらむ

高畠式部。
江戸後期の人だが、90才以上生きて明治14年に死んでいる。
景樹に学ぶ。少し面白い。

春雨に濡るるもよしや吉野山花のしづくのかかる下道

さよる夜の嵐のすゑにきこゆなり深山にさけぶむささびの声

なかなかに人とあらずは荒熊の手中をなめて冬ごもりせむ

最後のはやや面白いが、

なかなかに人とあらずは桑子にもならましものを玉の緒ばかり

なかなかに人とあらずは酒壷になりにてしかも酒に染みなむ

などの本歌がある。「桑子(くはこ)」とは蚕のこと。「なかなかに人とあらずは」は「なまじ人間であるよりは」の意味であるから、「なまじ人間であるよりは荒熊になって、てのひらでもなめて冬ごもりしようか」の意味か。

なかなかに人とあらずはこころなき馬か鹿にもならましものを

これは狂歌(笑)。

なかなかに人とあらずは花の咲く里にのみ住む鳥にならまし

古歌

われひとり もの思ふとも 思はれず とも思はれず もの思ふ身は

へんてこな歌を詠んでいたものだな。

はかはかと 部屋片付けて 暑さのみ いかにもえせで 過ぐすよはかな

エアコンなんてなかったんだな。「はかはかと」は「はかばかし」からの連想だろうが、造語だなこりゃ。

クレンザーを スチールウールに しみこませ 磨く急須の うらものがなし

たっぷりと お湯をつかって さっぱりと したい気分だ テストがすんで

学生時代の気分はもうピンとこないな。

レポートが あと三つある プログラム 実習いれたら あと五つある

ははっ。わろす。

首を振る 扇風機より 風を受けて いくらか冷ゆる 洗い髪かな

生協の ステーキにさへ ミディアムと レアの違いが あるというのに

こめられて 飛ばずなりにし 水鳥の そのひねもすの うきしづみかな

六時には 起きむと思ひて めざましを あはせはすれど 起くるものかは

ははっ。わろす。

ありがたい ことに今日から 夏休み さあはりきって レポートやるか

「レポート」は「やる」ものなのかな。

みつよつの 中間テストも かたづきて 休講がちなる 年の暮れなり

楽章も なかばでやっと キーシンの ピアノ始まる ショパンなるかな

これは。

あさましや 人みな思ひ たがひては もだすべきのみ 言ふかひもなし

かりそめに 髪を洗ひて ますかがみ むかふはうたた おのれなりけり

はらからは あらずやと見し 野の鳥の けふはとをほど 群れ来たるかな

植林の まもなき尾根の 深草の いづこにかくも ひぐらしや鳴く

しろたへの 中国製の Tシャツの 漂白しても 落ちぬしみかな

ちはやぶる 神田うるほす 神田川 千代に流れて 名のみ残れり

部屋の中 くまなく探し あらかたは かたづきたれど ものは出で来ず

うぶすなの 山に見慣れし 花なれば つつじを見れば かなしかりけり

ひさかたの 明治の御代の かたみにと たてる代々木の 大君の宮

音に聞く 明治のわざを 目にも見むと とつくに人も おほく参るらむ

緑深き 代々木の杜に 七五三 祝ふ親子ら あまたつどへり

この岡に 銀杏をおほみ ぎんなんを 拾ひに町の 親子おとづる

買ひ置きも 寒さたのみて ことごとは 冷蔵庫には しまはざるなり

あまざかる ひなの子なれば みやこなる 富士の根飽かず うちまもるらし

風を強み 町の通りの 店先に うちたふれたる 鉢や自転車

はや春の ながめはすれど かたくなに 時をまもりて 桜ふふめり

年の瀬の 忘年会の またの日に 朝七時から バイトかと思ふ

風をいたみ 吹き落とされし ものほしの ズボンをとれば 雨に濡れたり

天長節に参賀したる日、本丸跡にて詠める

すずかけの 葉もこそしげれ かなへびは 穴より出でて 石垣をはへ

今日もまた 連休なので クレーンが 昨日の姿勢で 佇んでいる

夏休み ひかへて心 やすらはず いつの年にも かくありにしか

道の上 異郷の公衆 電話にて 試験報告 しつる思ひ出

水無月の おはらむとして 光満ち 木々のいよいよ さかゆくを見る

禅僧が 梅干しの種を 吐くごとく そをビニールの パックに受けつ

かくありて 時計の音の つぶつぶと 打つを聞きゐて 良かるものかは

つかれゐて やうやくすする 豚汁の こちたき味の つきづきしきや

やかんにて 作りし麦茶 冷えぬれば ほかへうつさず 口つけて飲む

とつくにの ねにぞ鳴くてふ しきしまの 鳥はたがねを まねびたるにや

ふつかみか さみだれ続き 何もかも 乾くまもなし ここちよからず

休日に 活字忘るる てふエディター されば詩人は ことば忘れむ

君たちが わかる言葉で 歌うなら わかる言葉で 悪口を言おう

潟近き 芦辺に子らが 踏みなしし 道もとほろひ 我はもとほる

いまさらに たが手もからじ 我が友と 見ゆるものこそ 我がかたきなれ

出入り口 ふさいで並ぶ 自転車を 皆蹴飛ばして 出ようと思う

金のない 貧乏人には この酒が 良いよと我に ジンを勧める

面白い 匂いがするね この酒は いったい何から 作るんだろう

夜更けて テレビ終われば 今日もまた 二階のやつは ファミコンをやる

飽きもせず 二階のやつは 一晩中 たかたたかたと ファミコンやるよ

最近は 二階じゃビデオも 見るらしい ダーティーペアの声が 聞こえる

最後まで 寝ずに応援 してたのに 岡本綾子は 負けてしまった

朝まだき 真夏の中原 街道の アスファルト白く えんじゅふりつむ

日々に海 ながめてあらむ 湾岸の 高きところに つとむる人は