楽天アフィリエイトは簡単にブログに入れられるので入れてはみたものの、今のところ報酬はない。そりゃそうで、100万人が見にきてそのうち1万人がうっかり楽天のアイコンをクリックして、そのうち1人くらいが買い物をして、その1%が報酬になるのであるから、とにかくめちゃくちゃアクセスがなければ儲かるはずがないのである。そんなことは最初からわかっていたではないか。
なので初心に還って、浅草地下街情報をインバウンド客向けに発信して薄く広く、Google Adsense で儲けるという方針に戻ろうと思う。英語ページの露出はまだまだ少ないがゼロではない。ここを突破口にして徐々に入口をこじあけていくしかあるまい。
で、それ以外のページはほとんど読まれることはないわけだから、だいたい今まで通り、自分用のメモとか、なんか言いたいことのはけ口に使えばよい。とりあえずトップページは英語サイトへの誘導に使う。
ていうかむしろ日本人には目立ちたくない。インバウンド客だけに重宝されて、それで小遣い稼ぎができているのがベスト。
こういうアフィリエイトとかやり始めると人生に達観してくるというか、スポーツとか旅行とか食事なんてものは金持ちが大衆から金をむしりとるためのツールに過ぎず、金があれば、いやな仕事をせずに済ますとか、いやな隣人と会わずにすますとか、隣の家の犬にイライラせずに済ますとか、たばこの煙を吸わされずに済ますとか、もっと、楽に生きるとか、楽に移動するとか、そういうことに使えばよいのだ、などと思えてくる。
私にいわせればスポーツなどは特に無駄で、自分でやるならともかく、人がプレイしているのに一喜一憂していったい何の意味があるのか、自分にとってなんのメリットがあるのかと思ってしまう。スポーツというものは要するに人間が国家などというものを作って戦争などするときに、大衆がそういう大義に激昂する習性をもっていたほうが種族として生き残りやすかったから形成されてきたものに違いない。私には何の関係もない。
もちろん自分が年を取ってきたせいもあるが、うまいものをくいたいとかしらない町を歩いてみたいなどという欲望もずいぶん薄れてきた。最後まで残るのはやはり知らないことを知りたいという好奇心くらいか。
知的生命体というが、人類が知的生命体といえたのはせいぜい100万年くらいしかなく、宇宙全体の歴史からすれば一瞬だ。こういう有機生命体に知性や知能を宿し続け、知識を伝達していくことは極めて不安定で不都合で不合理だから、きわめて近い将来に、知性というものは生命に依存しない形で存続することになろうと思う。というようなことはすでにH.G.ウェルズがタイムマシーンで言っていたことであり、またユヴァル・ノア・ハラリもホモ・デウスで言っている。士郎正宗はゴーストなどという概念に縛られてしまった。そんなものは必要無い。
今後も人類の進化が自然選択 (natural selection) という生命機構に委ねられている限り、人間の知能が機械の知能にはるかにおいていかれるのは間違いあるまい。そうした場合、人類は進化と繁殖という能力を用いて宇宙に散らばっていくかもしれないが、家畜化された状態におかれることになるのだろうと思う。