蛍雪苦学の志を断って

#### 佐野竹之介「出郷作 」

決然去国向天涯 決然国を去って天涯に向ふ
生別又兼死別時 生別また死別を兼ぬるの時
弟妹不知阿兄志 弟妹は知らず阿兄の志
慇懃牽袖問帰期 慇懃に袖をひいて帰期を問ふ

固く心に決めてふるさとを去り,異郷に向かう。
生き別れが死に別れを兼ねる時。
弟や妹は兄の志を知らず、
袖をひっぱって,帰る期日を親しげにたずねる。

#### 大和田外記「述懐 」

東陽豈料封夷襄   東陽豈に料(はか)らんや封夷の襄
取義成仁在此間   義を取り仁を成すは此の間に在り
男子必非無激涙   男子必らずしも激涙なきに非ず
雲中泣指日光山   雲中泣いて指す日光山

#### 武林唯七「偶成 」

三十年来一夢中 三十年来一夢の中
捨生取義幾人同 生を捨て義を取る幾人か同じき
家郷臥病双親在 家郷病に臥して双親あり
膝下奉歓恨不終 膝下歓を奉じて恨むらくは終わらざることを

#### 頼三樹三郎「百印百詩 」

##### 1 清晨

山青残月薄 山青くして 残月薄し
燈白古邨寒 燈白くして 古邨寒し
橋霜人未過 橋霜 人未だ過ぎず
満耳水珊々 満耳 水珊々たり

##### 2 開窓

開窓何甚早 窓を開く 何ぞ甚だ早き
今日有清課 今日 清課有り
印士与吟人 印士と吟人
百詩戦百顆 百詩百顆を戦はす

##### 3 汲泉

早起向華泉 早く起きて華泉に向えば
霜威如剣稜 霜威は剣稜の如し
北荒百川凍 北荒の百川凍てるも
有井独無氷 井有りて独り氷るなし

##### 4 澆園

命僮汲門井 僮に命じて門井を汲み
潅樹遍庭隅 樹に潅ぐ庭隅に遍し
主人還自汲 主人もまた自ら汲んで
細潅石菖蒲 細やかに潅ぐ石菖蒲

##### 5 炊煙

朝霞家百万 朝霞の家百万
炊靄四瀰漫 炊靄四方に瀰漫す
伏思明天子 伏して思う明天子
登台有御歓 台に登りて御歓有りしを

##### 6 鴉出林

紅霞抹青嶂 紅霞は青嶂を抹し
鳥語感吾心 鳥語は吾が心を感ぜしむ
彼也雖禽鳥 彼また禽鳥といえども
毎晨知出林 毎晨林を出づるを知る

##### 7 宿雲

杲々雖日出 杲々(こうこう)として日出づといえども
未遽離前峰 未だ遽かに前峰を離れず
莫乃類吾拙 すなはち吾が拙(つたな)きに類するなかれ
莫乃類吾慵 すなはち吾が慵(ものう)きに類するなかれ

##### 8 煮茶

世貴口中蜜 世は口中の蜜きを貴ぶも
煮茶心思深 茶を煮て心に思うこと深し
終古無人識 終古 人の識るなし
玉泉嘗苦心 玉泉苦心を嘗めたるを

##### 9 掃塵

男子霊臺裡 男子は霊台の裡
不容一點塵 容さず一点の塵も
何況窓幃際 何ぞ況や窓幃の際
亦須日々新 また須らく日々に新たなるべし

##### 10 磨刀

文嬉到第九 文嬉は第九に到り
勢似捲風濤 勢いは風涛を捲くに似たり
刻雕喜明快 刻雕明快を喜び
不恠君磨刀 怪しまず君が刀を磨ぐを

##### 11 賣花聲

韶風猶料峭 韶風なほ料峭として
殘雪擁山城 残雪は山城を擁す
今暁賣花去 今暁花を売りて去く
春生満市聲 春は満市の声に生ず

##### 12 味無味

世上真佳境 世上は真の佳境
自従無味生 自づから無味に従って生ず
香篆烟颺影 香りは篆烟の影に颺る
山茶花落聲 山茶 花落つるの声

##### 13 挿華

東籬折黄菊 東籬に黄菊を折り
瓶裏貯清秋 瓶裏に清秋を貯う
休言殺風景 言うを休めよ殺風景と
也是一風流 是また一風流

##### 14 松桂心

磊砢無媚意 磊砢として媚びる意なく
淡潔有餘清 淡潔余清有り
松也将桂也 松かはた桂か
誰能得此情 誰かよくこの情を得たる

##### 15 煙霞鑄痩容

汗漫無好句 汗漫として好句なく
愧對群仙顔 愧じて群仙の顔に対す
苦唫痩如隺 苦吟痩せて鶴の如く
猶自入名山 なお自ら名山に入る

##### 16 鐡心石腸

黄金積如土 黄金は積んで土の如く
明眸媚似花 明眸は媚びて花に似たり
両皆無一思 両ながら皆一思なし
濯脚釣臺波 脚を濯ふ釣台の波

##### 17 人澹如菊

月影如明水 月影明水の如く
秋香吹満家 秋香吹いて家に満つ
冷在東籬下 冷は東籬の下に在り
人邪将菊邪 人かはた菊か

##### 18 霜鐘

西窓殘月落 西窓に残月落ち
霜気凍鐘聲 霜気に鐘声凍る
喚回十年梦 喚回すれば十年の夢
獨泊姑蘇城 独り泊す姑蘇の城

#####

海月清風静
金波澹不流
無人賞此景
一擲付漁舟

#####

驩然引太白 驩然として太白を引く
一百課成時 一百の課成るの時
寒詩與頑印 寒詩と頑印と
狂跡留天涯 狂跡は天涯に留めん

#### 頼三樹三郎「凾嶺を過ぐ 」

当年意気欲凌雲 当年の意気雲を凌がんと欲す
快馬東に馳せて山を見ず 快馬東馳不見山
今日危途春雨冷 今日危途春雨冷やかに
檻車揺夢過函関 檻車夢を揺るがして函嶺を渡る

#### 頼三樹三郎「辞世」

吾が罪は 君が代おもふ まごころの 深からざりし しるしなりけり

#### 橋本左内「獄中作」

二十六年如夢過 二十六年夢の如く過ぐ
顧思平昔感滋多 平昔を顧思すれば感ますます多し
天祥大節甞心折 天祥の大節甞て心折す
土室猶吟正氣歌 土室猶吟ず正気の歌

苦冤難洗恨難禁 苦冤洗い難く恨み禁じ難し
俯則悲痛仰則吟 俯しては則ち悲痛仰いでは則ち吟ず
昨夜城中霜始隕 昨夜城中霜始めて隕つ
誰識松柏後凋心 誰か識る松柏後凋の心

#### 陸奥宗光15才の作

朝踊暮吟十五年 朝踊暮吟十五年
飄身漂泊似難船 飄身漂泊難船に似たり
他時争得生鵬翼 他時争ひて鵬翼を生ずるを得ん
一挙排雲翔九天 一挙に雲を排して九天に翔けん

十五年間何不自由なく、踊り歌って遊び暮らしてきたが、
今、一家離散の憂き目に会い、まるで難破船のように漂流している。
いつか大鳥の翼をはやして、
一気に雲を突き抜けて九天を翔けめぐりたい。

#### 陸奥宗広

色にこそ名の数もあれ菊の花香はたヾ同じ香に匂ひつゝ
春ごとにつもる齢は老いぬれどひとり老せぬものも有りけり
もののふの八十氏人(やそうじひと)のつどひ来る御代の盛りも花にこそ見れ
あらし山花の盛りを来て見れば我はむなしく老いせざりけり

海行かば 波風荒し
山行かば 岩が根凝(こご)し
こヾしとして 山やはこえぬ
嵐とて 海やは行かね
浪風の しくにもあらず
岩が根の さやるにもあらず
とにかくに 苦しき道は 世の中の道

#### 月性「將東遊題壁」

男兒立志出郷關 男児志を立てて郷関を出づ
學若無成不復還 学もし成らざればまた還らず
埋骨何期墳墓地 骨を埋むるにいずくんぞ期せん墳墓の地
人間到處有青山 人間到る処青山有り

男子が志を立てて故郷を出たのだから、学問が成就しないうちは再び帰らない。
死んで骨を埋めるのにどうして墓が必要だろうか。
世の中いたるところに青く美しい山々があるというのに。

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