古歌

君が行く道の長手を繰り畳ね焼き滅ぼさむ天の火もがも 狭野弟上娘子

霜雪もいまだ過ぎねば思はぬに春日の里に梅の花見つ 大伴三林

佐保川の小石踏み渡りぬばたまの黒馬来る夜は年にもあらぬか 大伴坂上郎女

千鳥鳴く佐保の川瀬のさざれ波やむ時もなし我が恋ふらくは

来むと言ふも来ぬ時あるを来じと言ふを来むとは待たじ来じと言ふものを

千鳥鳴く佐保の川門の瀬を広み打橋渡す汝が来と思へば

かくばかり恋ひつつあらずは高山の磐根し枕きて死なましものを 磐姫皇后

黒髪のみだれもしらず打伏せばまづかきやりし人ぞ恋しき 和泉式部

つれづれと空ぞ見らるる思ふ人あまくだりこむものならなくに

夕暮に物思ふことはまさるやと我ならざらむ人にとはばや

世の中に恋といふ色はなけれどもふかく身にしむものにぞありける

涙川おなじ身よりはながるれど恋をば消(け)たぬものにぞありける

いたづらに身をぞ捨てつる人をおもふ心やふかき谷となるらむ

逢ふことを息の緒にする身にしあれば絶ゆるもいかが悲しと思はぬ

絶え果てば絶え果てぬべし玉の緒に君ならむとは思ひかけきや

君恋ふる心は千々にくだくれどひとつも失せぬものにぞありける

かく恋ひばたへず死ぬべしよそに見し人こそおのが命なりけれ

人の身も恋にはかへつ夏虫のあらはに燃ゆと見えぬばかりぞ

人はゆき霧はまがきに立ちとまりさも中空にながめつるかな

ともかくも言はばなべてになりぬべし音になきてこそ見せまほしけれ

見し人に忘られてふる袖にこそ身を知る雨はいつもをやまね

枕だに知らねば言はじ見しままに君語るなよ春の夜の夢

白露も夢もこの世もまぼろしもたとへて言へば久しかりけり

かをる香によそふるよりはほととぎす聞かばやおなじ声やしたると

ながむらん空をだに見ず七夕にあまるばかりの我が身と思へば

待つとてもかばかりこそはあらましか思ひもかけぬ秋の夕暮

秋風はけしき吹くだに悲しきにかきくもる日は言ふかたぞなき

まどろまであはれ幾日になりぬらむただ雁がねを聞くわざにして

さにつらふ君が手をとり人知れぬ我がしめのへといざなひゆかむ

思ひなき人を思はで思はれむばかりの人ぞ思はまほしき

ほにいでてなどかは思ひつげざりき秋の薄もほにはいでける

つれそはむいもと思はばさつきやみほととぎすだにねにはもらすを

君により思ひならひぬ世の中の人はこれをや恋といふらむ 在原業平

恋ひつつもけふはありなむたまくしげあけむあしたをいかでくらさむ 柿本人麻呂

なにかそれおもひすつへきあつさ弓又ひきかへす時もありなむ 中院右大臣

われこふるをりもありなむ明日香川きのふのふちもせにかはるなり 太皇太后宮小侍従

浮かれ女の浮かれて宿る旅やかた住み着き難き恋もするかな 藤原季経

つはものに召し出だされしわが背子はいづこの山に年迎ふらむ 「山」山梨県陸軍歩兵二等卒妻 大須賀松枝 明治三十八年

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