ファウスト第2部冒頭、アリエル(シェイクスピアのテンペストに出てくる空気の妖精らしい)が草地に寝そべっているファウストに歌う歌
Wenn der Blüthen Frühlings-Regen
Ueber Alle schwebend sinkt,
Wenn der Felder grüner Segen
Allen Erdgebornen blinkt,
Kleiner Elfen Geistergröße
Eilet wo sie helfen kann,
Ob er heilig? ob er böse?
Jammert sie der Unglücksmann.
der Blüthen は複数2格、der Felderは複数2格、Kleiner Elfen は単数2格強変化、に思えてならないのである。2格やばいよ2格。2格(所有格)は口語ではほぼ使われなくなった古い雅文的な言い方という。英語では ‘s で表されるアレ。
Kleiner Elfen Geistergröße Eilet wo sie helfen kann、これは、小さな妖精の魂の大きさは、が主語で、Größeは女性名詞だから人称代名詞はsieだけれども彼女ではなく、それ、と訳すべきではないかと思うんだ。だから直訳すれば「小さな妖精の魂の大きさは、それが助け得る(者がいる)場所へ急ぐ」となるはずだ。
普通は Kleiner Elfen が1格で主語、Geistergröße はその形容的な言い換えのようなものと思えるはずだ。しかしもしElfenがElf (もしくは Elfe) の複数1格だとしよう。もしそうだとすれば Kleine Elfen になるはずではなかろうか。
いろんな訳を見てみたが(英訳を含めて)妖精たちとか妖精の群れとか little elves などと訳しているものが多いのだが、私にはどうもこれが複数には見えないのだ。sie eilet, sie jammert どちらも単数にしか見えないではないか。3人称複数(あるいは2人称複数)なら sie eilen, sie jammern となるんじゃないの?
となると、「小さな妖精の魂の大きさ」とはアリエルが操る妖精の群れ、ではなく、アリエル自身のことにならんか。アリエルが自分でファウストを助ける、という意味なのではないのか。私は体は小さいが心は大きいからあなたを助けてあげましょう、と言っているようにみえる。
Segen blinkt は他動詞とみるしかあるまいと思う。
というわけでできるだけ直訳してみると、
花の春雨があらゆるものの上に漂い落ちる時、野の緑の恵みが地に生まれ出たあらゆるものをきらめかす時、小さな妖精の魂の大きさは、それが助け得る所へ急ぐ。彼が善良であろうと、彼が邪悪であろうと、それは不運な者を憐れむ。
となるのではないか。ちなみに英訳すると、
when spring rain of the flower falls floating on all, when green blessing of the fields sparkles all birth on earth, spiritual greatness of the little elf harries where it can help, whether he is holy or he is evil, it pities the unlucky man.
とでもなるか。
難しいなゲーテ。特に2格!人称代名詞を略したり、適当に意訳したりしてごまかすことはできるんだがなー。
ちなみに森鴎外はこう訳している。
雨のごと散る春の花
人皆の頭の上に閃き落ち、
田畑の緑なる恵青人草に
かがやきて見ゆる時、
身は細けれど胸広きエルフ(Elf)の群は
救はれむ人ある方へ急ぐなり。
聖にもせよ、悪しき人にもせよ、
幸なき人をば哀とぞ見る。
桜井政隆という人はおそらく鴎外訳を参考にして、次のように訳している。
咲匂ふ花、春雨のごと、
なべての上に漂ひ散れば、
野も狭に満つる緑の恵み、
天が下もろ人の眼に輝けば、
細身のエルフの群は強き霊もて、
救ひ得る方へと急ぎゆく、
聖なりとも、悪しき人なりとも、
幸なき者をあはれと見つつ、
中島清という人はこう訳す。
樹々の花、春の雨にもまがひつつ、
すべての者の上にひらひら降りかかり、
みどり色なす野の恵み、輝き匂ひ、
地に生まれたる者皆に笑みかくる時、
小さきエルフェの大いなる霊のつとめと、
群れて急ぐは、救はれむ人あるところ。
よし其の人に罪はありとも、あらずとも、
その幸なきぞエルフェの身には傷ましき。
秦豊吉という人はこう訳す。
花は春の雨のごとく
すべての上にひらめき落ち
野の緑なる恵みは
すべての地に生ふる者に輝けば
心大きく身は小さきエルフは
人を救はんと急ぎゆくなり。
尊き人をも悪しき人をも
幸なき者を哀れと思ふなり。