明治20-29年

明治20年 (34才)

あさなあさな 鳴く鴬の こゑすなり 窓のたかむら 霜はおけども

春のよの おぼろ月夜の 影ふけて 窓の内まで かをる梅かな

つばくらめ 飛ぶかげたえし 小山田の ゆふべさびしく なく蛙かな

夏草も 茂らざりけり もののふの 道おこたらず ならし野の原

あしひきの 山のはいづる 月かげに 大海原の 波を見るかな

秋風のさそふこの葉にさきだちて浮びそめたる池の水鳥

池水のうへにもしるしよもの海なみしづかなる年のはじめは

こまなべてわが行く道に聞こゆなりとほきくもゐの初かりのこゑ

苔ふかき谷のいはまを行く水は音きくだにもすずしかりけり

明治21年 (35才)

海原はみどりにはれて浜松のこずゑさやかにふれる白雪

明治22年 (36才)

さざれ石の巌とならむ末までも五十鈴の川の水はにごらじ

明治23年 (37才)

ふるさとの 花のさかりを きて見れば なく鶯の こゑもなつかし

くろけぶり 空をおほひて いくさぶね のりまはす日の いさましきかな

動きなき神路の山に万代を民とともにもわれはいのらむ

あたらしくつくりし伊勢の宮柱うごかぬ国をなほ守るらし

わたどのの下ゆく水の音きくもこよひ一夜となりにけるかな

なるかみのおともはげしく雨ふりて部崎の波に夜をあかすかな

思ひきや小豆のしまの朝霧にゆくさきみえずなりはてむとは

ここちよくはしる車のうちながらあかぬは富士の見えぬなりけり

ふりつゞく雨の音きけばあづき島霧こめし日もおもほゆるかな

新玉のとしを迎へて万民ひとつごころに国いはふらし

明治24年 (38才)

千早ぶる神ぞ知るらむ民のため世をやすかれと祈る心は

とこしへに民やすかれといのるなるわがよをまもれ伊勢のおほかみ

春の花秋のもみぢにみな人のうかれ遊ぶはたのしかるらむ

明治25年 (39才)

うつしうゑしそのふの梅はさきにけり臣をつどへていざうたげせむ

武蔵野のなごりも見えて庭のおもの芝生に生ふるつくづくしかな

春の日の光やよもに満ちぬらむ園生の桜さきそめにけり

こがねゐの里ちかけれどこの春も人づてにきく花ざかりかな

春ふかき庭の芝生を見わたせば散りしく花に夕風ぞふく

この春も見る人なくてふるさとの庭の苔路にはなやちるらむ

時すぎて散るも残るも風ふけばひとしくかをる梅の花ぞの

咲きそめしかきねの梅の一枝をおみのためにと手折りつるかな

いづる日の光もそひて山ざくらまばゆく見ゆる花のいろかな

山吹のさきかくしたるわが庭のほそきながれに蛙なくなり

高殿にのぼればすずし品川のおきもまぢかく月にみえつつ

浜殿の堀にうかべるあし鴨をいづこの鷲の来てはとるらむ

かがり火をたかせてみれば庭桜ひるにもまさる花のいろかな

わがために枝をえらびて手折りけむ花の匂ひのふかくもあるかな

のる駒の鞍のまへわにちりかゝる匂ひ桜の香こそたかけれ

むら雲を嶺のあらしにはらはせてさしのぼる月の影のさやけさ

すめがみの広前てらす月かげに神楽のこゑもすみまさりつゝ

山のはにかゝれる雲もはれそめてのぼる朝日のかげのさやけさ

明治26年 (40才)

たかどのにのぼれば遠き品川の台場もみゆる秋の夜の月

秋風の雲をはらひし大空に高くも月のさしのぼりたる

さしのぼる月の光に霜おほひかけたる菊の花も見えつつ

乗る駒に水かひながら滝野川ふかきもみぢのいろを見るかな

桜田の堀の水鳥けさ見れば芝生の上にむれてねぶれり

なみ風の しづけきよるも 品川の 沖にかかれる いくさぶねかな

宮のうちもふくかぜさむくなりにけり山べはいまや時雨ふるらむ

魚はみな底にしづみてもみじ葉のうかぶも寒し庭の池みず

やま松の霜ふきおとす木枯にさえこそまされ冬の夜の月

さゆる夜の嵐のおとに夢さめてしづがふせやを思ひやるかな

うごきなきあきつ島根のいはの上によろづよしめて亀はすむらむ

明治27年 (41才)

新しき年のはつ日に富士のねの雪もにほへる朝ぼらけかな

ふぢかづら釣り花いけにさしてこそながきしなひは見るべかりけれ

あつぶすまかさねてもなほ寒き夜にとほつみおやのめぐみをぞ思ふ

逢坂のせきのふるみち春ゆけば杉生かすみて鶯ぞなく

すみしよの春なつかしきふるさとの梅のさかりを誰かみるらむ

浮雲もはれたる空の月かげにかくるるものは蛍なりけり

いけみづは蓮の浮葉にうづもれて露のみひかるあさぼらけかな

桜田のほりちかければ水鳥のさわぐ羽音をきかぬ夜ぞなき

春風もふくここちしてあらたまの年の初日に匂ふうめかな

やままつのしげみがなかにきこゆなりいまだ巣だゝぬひな鶴のこゑ

明治28年 (42才)

世にたかくひびきけるかな松樹山せめおとしつる突撃の声

うちいだす高崎山のつつの音もしづまりはてて年立ちにけり

夏ふかき木のまがくれに見し月のかげははやくも庭にさしけり

風つよく降りたる雨のいつはれて空さやかなる月になりけむ

ふりつづく雨風やみて天のはらかがやく星の光をぞ見る

かずしらず仇のきづきしとりでをもいさみてせむるつつゆみのおと

明治29年 (43才)

梅ばやし残らず咲きぬさきがけにかをりし花はいづれなるらむ

ふるさとの荒れたる庭の花つつじ松の古葉をかづきてぞさく

あま雲もいゆきははゞかる富士のねをおほふは春の霞なりけり

軒近き松をつたひてわがまどの上までかかる藤波のはな

つれづれと雨のふる日はうぐひすも竹のはやしにこもりてぞ鳴く

花の色もまだみえそめぬ曙にいづくなるらむ鶯の啼く

あさ清めをはりにけらし窓ちかくなく鶯のこゑのきこゆる

むつまじく枝をかはしてさく梅もさかりあらそふ色はみえけり

故郷のかきねに今もなびくらむわがさしおきし青柳のいと

こころして朝ぎよめせよ若草のはつかにもえし九重のには

夕霞たなびく空にほのぼのと山のはみえていづる月かな

をすのとにいでて花みる人かげもおぼろにうつる春のよの月

春がすみたちなかくしそ九重の内外へだてぬ花のさかりを

吹く風ものどかなる世の春まちてわが庭桜さきそめにけり

よものうみ波をさまりてこの春は心のどかに花を見るかな

散りやすきうらみはいはじいく春もかはらでにほへ山ざくら花

たますだれかかぐる窓の朝風にわたどのかけてちる桜かな

しづのをも門田のくろをゆづる世になにかしましく蛙なくらむ

虫のねをききし野末にきてみれば春さく花もちぐさなりけり

人みなの花をかざしてゆくみればわが世の春ものどけかりけり

春寒き梅の林をきて見ればひらくもあればひらかぬもあり

みなぞこのかげとひとつにみゆるまで池の上近くとぶほたるかな

月もよし風もすずしと高殿にのぼりてひとり世をふかしつつ

山の端の入日にかかる雲もなしあすは晴れなむさみだれのそら

いけのおもは月にゆづりて蘆の葉のしげみがくれをゆく蛍かな

月清き庭のまさごぢふむ人のかげも涼しくうつるよはかな

夏草のしげきをみればあらたよにいまだひらけぬ道もありけり

夏草のしげる中にもひとすぢの道こそ見ゆれ那須のしの原

駒はせてとりてきにけむ堀切のあやめはいまだ露もかわかぬ

かがり火の光にみれば長良川うの羽の色もさやけかりけり

ふじのねにつもりし雪もとけぬらむけさいただきの青く見えたる

蚊遣たくしづがわらやのいぶせさも空にしられてたつけぶりかな

手もたゆくならす扇にまねかれてまことの風もふくゆふべかな

なかなかに色こそよけれつくろはぬしづが垣根の朝顔のはな

さやかなる月夜の庭のきりぎりすいづこのくまにかくれてか鳴く

よもすがら鳴きもたゆまぬ虫のねにわれもねぶらであかしつるかな

としどしに光そひてもみゆるかなやまとしまねの秋のよの月

心にもかかる雲なきこの秋のもなかの月のかげのさやけさ

月清く波をさまりて海ばらもそらもひとつにみゆる夜半かな

月きよきにはの芝生のものかげになりゆくみれば夜はふけにけり

たましきの庭のまさごに照る月のかげは千年の秋もかはらじ

はらふべき雲ものこらぬ大空の月にふくなりよはの秋風

高殿のうへまで松の影みえて月は低くもなれる夜半かな

このまよりさしのぼりけり山遠きみやこの空の秋のよのつき

ちはやぶる神路の山にてる月のひかりぞ国のかゞみなりける

わたつみのほかまでにほへ国の風ふきそふ秋のしらぎくの花

夕日影てらすをみればをぐら山まつよりおくも紅葉なりけり

ひとつらはきえ行くそらの霧のうちにまたあらはれて渡るかりがね

いくたびもうたげして見むわが庭に久しくにほへ白菊の花

霜のうへにうつる枯木の影きえていまはとしらむ在明の月

夏だにも風さむかりし二荒山いくへか雪のふりつもるらむ

戦ひにかちてかへりしいくさ船けふもかゝれりしながはの沖

天の下にぎはふ世こそたのしけれ山のおくまで道のひらけて

西の海なみをさまりてもゝち船ゆきかふ世こそたのしかりけれ

冬浅きほりのうちにもあしがものけさひとつがひ浮きそめにけり

朝日さすふじの高ねのしら雪は薄くれなゐに見えわたりけり

空高くまふとはすれどあしたづのなれし雲ゐの庭ははなれず

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