後醍醐天皇
こゝにても 雲井の桜 咲きにけり ただかりそめの 宿と思ふに
わが恋は 久米路の橋の 中たえて 契りむなしき かつらぎの神
わきて猶 こよひぞつらき 夜半の雲 月にはいとふ 習ひなれども
臥しわびぬ 霜さむき夜の 床はあれて 袖にはげしき 山おろしの風
今はよも 枝にこもれる 花もあらじ 木のめ春雨 時をしる比
照らしみよ みもすそ川に 澄む月も にごらぬ浪の 底の心を
春日山 尾の辺の雪も 消えにけり 麓の野辺の 若菜摘まなむ
梅の花 よその垣根の 匂ひをも 木の下風の 便りにぞしる
いかにして 霞のひまの 月を見む さてだにくもる ならひなりやと
都だに 寂しかりしを 雲はれぬ 吉野の奥の さみだれの頃
茂るとも 夏の庭草 よしさらば かくてや秋の 花を待たまし
みじか夜の 月をばめでじ あぢきなく かたぶきやすき 影もうらめし
見る人の 心もなどか すまざらむ 空にくもらぬ 秋の夜の月
幾秋を 送り迎へて いたづらに 老いとなるまで 月を見つらむ
音に立てて 虫も鳴くなり 身ひとつの うき世を月に かこつと思へば
聞き侘びぬ 葉月長月 ながき夜の 月の夜さむに 衣うつ声
うつろはぬ 色こそ見ゆれ 白菊の 花と月との おなじまがきに
竜田山 峯の錦も 中たえぬ 松を残して そむるもみぢ葉
おしなべて空にしらるる春の色をおのが音のみと鶯ぞなく
さのみやは春の深山の花をみん早すみのぼれ雲の上の月
夕月夜をぐらの峯は名のみして山の下てる秋の紅葉ば
身にかへて思ふとだにもしらせばや民の心の治めがたさを
後村上天皇
あがた見に出でたつ人のいかなれば名国ともにとことしかふらむ
あはれはや浪をさまりて和歌の浦にみがける玉をひろふ世もがな
あひみずば思ひたえてもあるべきにつれなからぬもうき契りかな
いつはりのなきためしをや契りおきて待ちならひけむ星逢の空
出づる日に春の光はあらはれて年たちかへるあまのかぐ山
おのづからながき日影もくれ竹のねぐらにうつる鶯のこゑ
おのづから故郷人のことづてもありけるものを花のさかりは
かつきえて庭には跡もなかりけり空にみだるる春のあは雪
きくたびにおどろかされてねぬる夜の夢をはかなみふる時雨かな
しばしこそ雲とも見つれ山桜さかりになれば匂ふ春かぜ
すまの浜のしほたれ衣かさねてもまどほにしあればぬるる袖かな
みそぎする八十嶋かけていましはや浪をさまれるときはみえけり
吉野山花も時得て咲きにけり都のつとに今やかざさむ
わがたのむ西の林の梅の花御法の花のたねかとぞ見る
夏草のしげみが下のむもれ水ありとしらせて行く蛍かな
花山のはつもとゆひの春の庭わがたちまひし昔恋ひつつ
幾日かは富士の高嶺を見てゆかん分くるすそのの道かはるとも
九重にいまもますみのかがみこそ猶世をてらすひかりなりけれ
九重に絶えぬ流れを契りきて春もいく世の宿の川竹
行末を思ふもひさし天つ社くにつ社のあらんかぎりは
高御座とばりかかげて橿原の宮の昔もしるき春かな
咲きぬべきかた枝にうつる心かなかつみる花もめかりせぬまに
四つの海波もをさまるしるしとて三つの宝を身にぞつたふる
思ひやるさが野の春の雪にもや消えける罪の程は見ゆらむ
春はまづ来るもろ人の代々をへてうたふもたえぬ青柳の糸
人しれず物をぞ思ふ津の国のこやのしのやの隙もなきまで
鳥の音におどろかされて暁の寝覚しづかに世を思ふかな
年ふれば思ひぞ出づる吉野山またふるさとの名や残るらん
年をふる鄙のすまひの秋はあれど月は都を思ひやらなん
聞くたびにおどろかされて寝ぬる夜の夢をはかなみふる時雨かな
別れつる袖にかけけりすずか川八十瀬のたきにおつる白玉
明石がたとわたる月の影ふけて雲ものこらぬ秋の浦風
木の葉ふりしぐるる雲の立ちまよふ山のはみれば冬はきにけり
夜やさむき時雨やしげき暁のね覚ぞ冬のはじめなりける
この里は山沢ゑぐを摘みそめて野辺の雪まもまたぬなりけり
匂ふなり木のもとしらぬ梅が香の便りとなれる春の夕かぜ
なほざりに待つ身なりせば嶺の雲かゝるを花と見てややみなむ
あひ思はば見ざらむものか百敷の花も千とせの春のさかりを
浪越ゆと見えしは花の盛りにて春の日数はすゑの松山
五月雨はみかさぞまさる山川のあさせ白浪たどるばかりに
夏かりの玉江の蘆の夜もすがら待ち出づる月はありあけの月
月夜にはあらそひかねてぬばたまの闇ぞ蛍の光なりける
夏草の茂みが下の埋もれ水ありと知らせて行く蛍かな
なる神の音は雲井に高砂の松風ながらすぐる夕立
おとづるる桐の落ち葉もまがふらしあはれなそへそ秋の村雨
錦かと見るだにあるを秋萩の花にむすべる露の白玉
萩が花うつろふ色に高砂の尾の上の風は吹かずもあらなむ
一木まづ霧の絶え間に見えそめて風に数そふ浦の松原
うつし植ゑば山路の菊も今年よりはや九重の色に咲かなむ
枝交わす松はつれなき木の間より紅葉や秋の色をみすらむ
宗良親王
あかで散る花のまぎれに別れにし人をばいつの春かまた見む
あはれてふことにつけつつ口の端に我がたらちねのかからぬはなし
ありそ海のうら吹く風もよわれかし言ひしままなる波の音かは
いかがせむ月もみやこと光そふ君すみのえの秋のゆかしさ
いかになほ涙をそへて分け侘びむ親にさきだつ道芝の露
いざとだにいふ人なくて数ならぬみつのこじまの松はふりにき
いづかたも山の端ちかき柴の戸は月見る空やすくなかるらむ
いづて舟はや来寄すらしあなし吹く駿河の海の三保の興津に
いほざきや松原しづむ波間より山はふじのね雲もかからず
うきほどはさのみ泪のあらばこそわが袖ぬらせよそのむら雨
おくれじと思ひし道もかひなきはこの世のほかのみよし野の山
おなじくは散るまでを見てかへる雁花の都のことかたらなむ
おのづから雪ふみわけて問ひこしも都にちかき山路なりけり
かへる雁なにいそぐらむ思ひ出もなき古郷の山と知らずや
この暮もとはれむ事はよもぎふの末葉の風の秋のはげしさ
これにます都のつとはなきものをいざとはばや姑葉の月
さばかりにつらきわたりをみつせ河かはと見ながらなどかへりこぬ
すゑまでもおなじ宿りの道ならば我いきうしと思はましやは
つらなりし枝もあらばと思ひ出でて花咲く春はなおやながけむ
はるばると朝満つ潮のみなと舟こぎ出づるかたはなほ霞みつつ
ひとり行く旅の空にもたらちねの遠きまもりをなほたのむかな
ふるさとと聞きし越路の空をだになほ浦とほくかへる雁がね
へだてゆくゐな野の原の夕霧に宿ありとても誰かとふべき
われを世にありやととはば信濃なるいなとこたへよ嶺の松風
をはつ瀬の鐘のひびきぞ聞こゆなる伏見の夢のさむる枕に
霞めただいづれ都のさかひとも見ゆべきほどの旅の空かは
我こそはあらき風をもふせぎしに独りや苔の露はらはまし
関守のうちぬるひまに年こえて春はきにけり逢坂の山
君がため世のため何か惜しからむ捨ててかひある命なりせば
君のため世のためなにかをしからむすててかひある命なりせば
君をのみたのむ吉野の宮人の同じかざしは桜なりけり
月に君思ひ出でけり秋ふかく我をばすての山となげくに
故郷は恋しくとてもみ吉野の花のさかりをいかが見捨てむ
五十鈴川その人なみにかけずともただよふ水のあはれとは見よ
今更に我に惜しむなほととぎす六十あまりの古声ぞかし
山たかみ我のみふりてさびしきは人もすさめぬ雪の朝あけ
山里の年の暮こそあはれなれ人のたてたる門の松かは
思ひきや手もふれざりし梓弓おきふし我が身なれむものとは
思ひきや手もふれざりし梓弓起き臥しわが身なれむものとは
思ひやる心づくしもかひなきに人まつ山とよしやきかれじ
思ひやれ木曾の御坂も雲とづる山のこなたの五月雨の頃
思ふにはなほ色あさき紅葉かなそなたの山はいかがしぐるる
思ふ人なしとはききつ都鳥今はなにてふ事かとふべき
時鳥いつのさ月のいつの日か都に聞きしかぎりなりけむ
宿からに霞むとのみや嘆かれむ都の春の月見ざりせば
春わけし跡にしをりを残しおきて桜はしるき夏木立かな
春をへてあひ宿りせし鶯も竹の園生にわれ忍ぶらむ
信濃路や見つつわがこし浅間山雲は煙のよそめなりけり
身のゆくへなぐさめかねし心には姨捨山の月も憂かりき
諏訪の海や氷のうへは霞めどもなほうちいでぬ春の白波
数たらぬ嘆きになきてわれはただ帰りわびたる雁の一行
雪つもる越のしら山冬ふかし夢にもたれか思ひおこせむ
千代までとみがくうてなの玉椿うゑて名だたる宿はこのやど
浅茅生の小野の篠原風そよぎ人しるらめや秋立ちぬとは
歎かじなしのぶばかりの思ひ出は身の昔にもありしものなり
朝日いでてのどけき峰の山ざくら花も久かたの光なりけり
天つ空わが思ふ人かほととぎす雲のはたてに声の聞こゆる
都には風のつてにもまれなりし砧の音を枕にぞ聞く
都にも時雨やすらむ越路には雪こそ冬のはじめなりけれ
東路に行きかふ身とはなりしかどしらずよ君に逢坂の関
別れ路にありといふなるしでの山こえて帰らぬ旅ぞ悲しき
片敷のとふのすがごも冴えわびて霜こそむすべ夢はむすばず
忘れずよ一夜ふせやの月の影なほその原の旅心ちして
忘れめや都のたぎつ白河の名にふりつみし雪の明ぼの
北になし南になしてけふいくか富士の麓をめぐりきぬらむ
夢の世にかさねて夢を見せじとや尾上の鐘のおどろかすらむ
面影も見しにはいかに変はるらむ姨捨ならぬ山の端の月
木曾路河あらしにさえて行く浪のとどこほるまをしばし待たなむ
憂きほどはさのみ涙のあらばこそ我が袖ぬらせよその村雨
旅の空うきたつ雲やわれならむ道もやどりもあらしふく頃
露わけぬ人もや袖をぬらすらむとまるは行くをおしむ泪に
浪によるみるめに秋はなけれども松に音そふ浦かぜぞふく
老の波また立ち別れいな舟ののぼればくだる旅のくるしさ
鶯の飛火の野辺の初声にたれ誘はれて若菜つむらん
かざせども老いは隠さで梅の花いとどかしらの雪とみえつゝ
やどからにかすむとのみや嘆かれむ都の春の月見ざりせば
帰る雁なに急ぐらむ思ひ出もなき古里の山と知らずや
誰がためにしひては花を手折るらむさても家路の急がれぬかな
桜花あかれやはせぬ六十あまりながめなれたる老いの心に
嵐吹く野守が庵の花盛りいまいくかとか出でてみるらむ
つらければ花とも見せじよしやただけふこぬ庭の明日の白雪
花咲かばとふべき春の宮人を散るまであやなすぐしつるかな
八声鳴け寝覚めの空のほととぎすゆふつけ鳥のおなじたぐひに
ふかき江も今日ぞかひあるあやめ草君が心にひくと思へば
あやめ引くこよひばかりや思ひやる都も草のまくらなるらむ
秋風に迷ふ群雲もりかねてつらき所やおほ空の月
いかにせむ月も都と光そふ君すみの江の秋のゆかしさ
床はあれて誰が秋ならぬ虫の音をふるき枕の下に聞くかな
ながめつる花も紅葉も散りはてて心の色ぞ今はむなしき
長慶天皇
あつめては国の光と成りやせんわが窓てらす夜はの蛍は
いかにせんしぐれてわたる冬の日のみじかき心くもりやすさを
いく千代もかはらず匂へ植ゑおきて我が春しらむ庭の梅が枝
いにしへにはやたちかへれ水無瀬川ふかき心のすゑの白浪
おしなべて山も青葉に成りにけれ花みし春は昨日と思ふに
おひ出だし磯の姫松ひきわかれあさきねざしにぬるる袖哉
なにとかは又木枯らしのさそふらむ身のみ物うき袖の時雨を
ふりまさる音につけても恋しきは昔の人や雨となりけむ
み吉野は風さえくれて雲間より見ゆる高嶺に雪はふりつつ
むすぶ手のしづくぞかをる白菊の花の露そふ谷のしたみづ
わが宿とたのまずながら吉野山花になれぬる春もいくとせ
をぐら山みねの朝霧たちならし思ひつきせぬさを鹿の声
をさまらぬ世の人ごとのしげければ桜かざして暮らす日もなし
逢ふことのさはるかたにもなれとてや忍べとのみは人のいふらむ
煙たちもゆとは見ゆる富士の峯もしたにこがるる思ひならねば
山たかみ見つつ越えゆく峰の松かへりこむまで面がはりすな
思ひつつぬれば見し世にかへるなり夢路やいつも昔なるらん
十かへりの花咲くまでと契るかな我が世の春にあひおひの松
風わたる池の水もとけそめてうち出づる浪に春やたつらむ
来む世には廻りあふともいかがせん契りおきける身ともしらずば
久かたのあまの岩戸を出でし日やかはらぬかげに世を照らすらむ
六つの塵あまねく照らすひかりこそ三世に常なる悟りなりけれ
松蔭を思ひやるこそ悲しけれ千代もといひし君が心に
春の宮に木だかく匂ふ花ならば分きてや見まし宿の梅が枝
里の海人の袖の浦風のどかにていさりにくたす春の夕なぎ
春はまた我が住むかたに帰るなり蘆屋のあまの衣かりがね
吹く風もをさまる春の花盛り飽かぬ心にまかせてぞみる
ありへての後をば知らず桜花散りてぞ人に憂きめ見えける
ほのかなる寝覚めの空のほととぎすそれとも聞かじ待つ身ならずば
夕風になびく岡辺の花すすき入り日をかへす袖かとぞ見る
小倉山峯の朝霧立ちならし思ひ尽きせぬさ小鹿の声
風はやみしぐるる雲もたえだえに乱れて渡る雁のひとつら
散らでなほ千とせの秋も色そへよはこやの山の峰のもみぢ葉
光厳天皇
あかしかぬる時雨のねやのいくねざめさすがに鐘の音ぞきこゆる
あさくしもなぐさむる哉と聞くからにうらみの底ぞ猶ふかくなる
あさ霜のむすびもはてぬ契ゆゑさてこそけなめ知る人をなみ
あすのうさも我が心からかなしきに今夜よ今夜とへやとぞ思ふ
あはれ今はかくて契やつくば山しげきうらみの我もそふ比
あまの原おほふ霞ののどけきに春なる色のこもるなりけり
いたづらにふる白雪をあつめもたぬわが光なみ世さへくもれる
いとはやも風すさまじみそれとなき虫も籬にやゝ鳴きたちぬ
いのる事わたくしにてはいはし水にごりゆく世をすませとぞおもふ
いふきははおよばぬうさのそこふかみあまるなみだをことのはにして
いまぞおもふたのみしうちのいくあはれかざるがうへのなさけなりける
いもがうへにおもひうらぶれねずてあかす此の夜すがらの雨の音はも
いろねにもうれへのすゝむたねとして我に物うき花鳥の春
うきがうへになげくぞ猶もあはれなるちかひし末を人の爲とて
うきにたへずうらむれば又人も恨むちぎりのはてよたゞかくしこそ
うきはさぞなあはれなるさへくるしきよ人に心のなべてならなん
うしとすつる身をおもふにも更に猶あはれなりける人に契りよ
うつりにほふ雪の梢の朝日影今こそ花の春はおぼゆれ
おきてみねど霜ふかからし人の声の寒してふ聞くもさむき朝明
おほかたの秋てふ秋のながき夜をこよひともがな星合の空
おりみだれよもの山べに雲もみち野風はげしみ雨になる暮
かげうすき有明の月に鳴く鳥の聲さへしづむ霜のをち方
かねのおとに夢はさめぬる後にしもさらに久しき曉の床
かをりにほひのどけき色を花にもて春にかなへるさくらなりけり
くるゝ空に待ちつるまゝのながめよりすだれおろさぬ月のよすがら
くれかゝる花のにほひをしたひがほにさらにうつろふ夕日影哉
くれはてて色もわかれぬ花の上にほのかに月のかげぞうつろふ
けさの雨のなごりの雲やこほるらんくれゆく空の雪に成りぬる
ことし又はかなく過ぎて秋もたけかはる草木の色もすさまじ
このごろの藤やまぶきの花ざかりわかるるはるもおもひおくらん
この夜半やふけやしぬらん霜ふかき鐘のおとして床さえまさる
こひあまり我がなく涙雨とふるやこのくれしもの雲とづる空
こひしとてかへさむとはたおもほえずかさねしまゝの夜の衣を
これ程も又はいつかの別れ路をくれよのちよのやすのたのめや
さえくらすあらしに雪やちかゝらしさきだつ霰軒におつなり
さぞやげにわれぞつれなき待ちよわる明方の窓にきゆる燈
さむからし民のわらやを思ふにはふすまの中の我もはづかし
さ夜ふくる窓の燈つくづくとかげもしづけし我もしづけし
しづむ日のよわき光はかべにきえて庭すさまじき秋風の暮
しのぶべき昔はさりな何となく過ぎにし事のなぞあはれなる
しらざりしながめやなにぞよしなしに物おもふ身にはならじと思ふを
しらざりしふかきかぎりはうつりはつる人にて人のみえけるものを
すゑとほきかり田のおもの雪の中にたてるや庵の見るもさびしき
そのまゝにはらはぬ庭の苔の色にたえにし人の跡も見えけり
それと見えし霜のくち葉も猶落ちてふる枝ばかりの庭のはぎ原
それまでは思ひいれずやとおもふ人のうらむるふしぞさてはうれしき
たゞしきをうけつたふべき跡にしもうたてもまよふ敷島の道
たのむまこと二なければいはし水ひとつながれにすむかとぞ思ふ
たのむゆゑのふかき心はへだてぬをいつかみかさの山のしら雪
たびにして妹を戀しみながめをれば都の方に雲たなびけり
たまさかの夜をさへわくるかたのあれや鳥のねをだにきかぬわかれぢ
つばくらめすだれの外にあまたみえて春日のどけみ人かげもせず
てらすらん千里の人の秋の思ひ月にやうつす影のかなしき
てりくもりさむきあつきも時として民にこころのやすむ間もなし
といふ名のみはなべてふりぬめり我が思ひをばいかゞいはまし
ときは木のその色となき雪の中も松は松なるすがたぞみゆる
とぢつもる氷も雪も冬のみをとけむごもなき我が思ひ哉
とぶ螢ともし火のごともゆれども光をみれば涼しくもあるか
とほつそらにゆふだつ雲を見るなへにはや此の里も風きほふ也
とまる名はながらの橋のはしばしら朽ちてのちしも猶殘りける
ともしするほぐしの松のつきもあへずは山が峯は雲明けぬ也
ともし火に我もむかはず燈もわれにむかはずおのがまにまに
ながめやるかぎりも見えずかすみゆく野原が末は雪としもなし
なにぞこのうはの空より吹く風の身にあたるさへ物のかなしき
なれも又此の夕暮を待ちけりな初ねうれしき山ほとゝぎす
にしの山にくだる夕日の影みればけふはたくれぬ妹をみなくに
ぬれておつるきりのかれ葉は音おもみ嵐はかろき秋のむらさめ
ひびき残るとほちの鐘はかすかにて霜にうすぎる曙の空
ふくる夜の燈のかげをおのづから物のあはれにむかひなしぬる
ふけぬなりほしあひの空に月は入りて秋風うごく庭のともし火
ふりうづむ雪に日数はすぎのいほたるひぞしげき山陰の軒
ふりうづむ雪の野山は夜ふかきにあくるかとりのとほ里の聲
ふるさとやちくさが庭の花の秋かきねの露に松虫の聲
ほにいでて我のみまねく糸薄くる人あれなふるさとのあき
まちすぐす月日のほどをあぢきなみたえなんとてもたけからじ身を
みな底のかはづの聲も物ふりて木ぶかき池の春のくれがた
むかしをばうづみや殘す白雪のふりにし世のみうかぶおもかげ
むかひなす心に物やあはれなるあはれにもあらじ燈のかげ
もゝしきや庭に見馴れし呉竹のみじかきよこそ猶あはれなれ
ゆきてかよふ夢てふもののあるならばこよひの心見えざらめやも
よどみしも又たちかへるいすず川ながれのすゑは神のまにまに
よはさむみ嵐の音はせぬにしもかくてや雪のふらんとすらん
よもの梢かすむを見ればまだきより花の心ぞはや匂ひぬる
わがながめなににゆづりて梅の花さくらもまたでちらむとすらん
わかれましつらからましと聞くもつらし八こゑの鳥の明方のこゑ
をさまらぬ世のための身ぞうれはしき身のための世はさもあらばあれ
をしや我もあはれかなしのいくふしをひとつうらみのうちになしぬる
雲かかるとほ山まつはみえずなりてまがきの竹に雨こぼるなり
雲こほる木ずゑの空の夕附くよ嵐にみがく影もさむけし
雲のゆふべ嵐のこよひふりそめぬ明けなば雪のいくへかも見む
雲の色星のひかりも同じ空の長閑になるやあかつきになる
何事をうれふとなしにのどかなる春の雨夜は物ぞ佗しき
夏山や木だち涼しき村雨のゆふべを時となくほとゝぎす
花のうちにあそぶこてふのもゝ年よさむるうつゝは猶やみじかき
花もまだき草の籬のあさぼらけ露のけしきに秋は來にけり
花も見ず鳥をもきかぬ雨のうちのこよひの心何ぞ春なる
過ぎにし世いまゆくさきと思ひうつる心よいづらともし火の本
蚊遣火のけぶりまさると見る程にくれぬるならし入あひの聲
我がながめなににゆづりて梅の花さくらもまたでちらんとすらむ
我が戀よけぶりもせめてたちななんなびかぬまでも君に見ゆべく
我はおもひ人にはしひていとはるるこれをこの世のちぎりなれとや
我もさぞあすともなしのけふの世にあればあるてふさゝがにの露
我やたそあやしやつひにたえはてばあらじと思ふをけふまでの身よ
岩も木もすがたはさすが見えながらおのが色なき雪の深山べ
起きいでぬねやながらきく犬のこゑのゆきにおぼゆる雪のあさあけ
空のうみ雲の波もやこほるらん夜わたる月の影のさむけき
空はしもくもるとは見えぬ朝明のしもにうすぎる世の氣色哉
月に鳴くやもめがらすは我がごとく獨りねがたみつまやこひしき
月影はまだなか空にのどけきをはやとりきこゆあけぬこのよは
見しぞかしかゝることの葉そのふしとさらに涙もふるき玉づさ
軒につゞく檜原が山に雲おりてくるゝ木ずゑに雨おちそめぬ
軒の松にかよふ嵐の音だにもたえていくかの雪のふるさと
軒の上はうす雪しろしふりはるる空には星のかげきよくして
軒ふかき花のかをりにかすまれてしらみもやらぬ宿の曙
言ふきははおよばぬうさの底ふかみあまる涙をことのはにして
更くる夜の庭のまさごは月しろし木陰ののきに水鷄聲して
更けぬなり星合の空に月は入りて秋風うごく庭のともし火
降りつもる雪の梢にゐる鳥の羽かぜもをしき庭の朝明
今も此の有明のそらに鳥はなけどわかれし人にまたあはぬ哉
咲きやらでしばしもあれな庭の菊待つべき花の又もあらなくに
山松の梢をわたる夕嵐軒の檜原に聲おちぬなり
散りまよふ木の葉にもろき音よりも枯木吹きとほす風ぞさびしき
散ることははやしと思ふを櫻花ひらくる程のあやに久しき
思ひつくしあはれに物のなりたちてすべて涙のおちもとまらぬ
思ひつくす思ひのゆくへつくづくと涙におつる燈のかげ
思ひとりしその僞のならひゆゑ人にもひとの猶たのまれぬ
思ふ事ありあけの空の時鳥わが爲とてやいまき鳴くらむ
思ふ色のいはれぬきはをうつしみせむかゞみもがなや君が心に
時にふるゝなさけのうちも心すむは月にしらむる糸竹の聲
時わかぬ竹のさ枝に吹く風のおとしも秋に成りにけるかな
秋になるねざめぞいとゞうれはしき物おもふ身にはありもあらずも
秋の夜をさびしきものと何か思ふ水鷄こゑするよひの月影
秋はまだあさけの庭の池の面にはやすさまじき水の色哉
秋風によわき尾花はうごけども月にのどけみふけすめる夜半
秋風ののきばの荻よなにぞこのうれへのたねを植ゑ置きにける
舟もなく筏もみえぬおほ川にわれわたりえぬ道ぞくるしき
春の日ののどけき空はくれがたみいたづらにきく鶯の聲
春の夜のおどろく夢は跡もなし閨もる月に梅が香ぞする
春をへていかなる聲に鳴くなればはつ鶯のいやめづらなる
鐘のおとに夢はさめぬる後にしも更にさびしきあかつきの床
心とてよもにうつるよ何ぞこれただ此れむかふともし火のかげ
身こそあらめ花は昔をわするなよ馴れし戸ぐちの庭の秋萩
人しれずわがたちすまむ宿のあたりとがむる犬もせめてなつかし
人はとはぬみやまの庵にあはれ猶ところもわかずふれる白雪
人まなみたゞにはいはぬそこの色を見しらぬにして過ぎんとやする
人やうきさもいはしろのむすび松むすばぬ世々の身の契りこそ
人を思ふ世にふりざらむことのはの君にはじめていはまほしきを
吹きすぐる梢の風のひとはらひこゝまで涼しよその夕立
吹きみだしはらひもあへぬ竹の葉の嵐のうへにつもるしらゆき
世の色のあはれはふかくなりゆくよ秋はいくかもいまだあらなくに
世世のちぎりいかがむすびしとおもふたびにはじめてさらに人のかなしき
星きよき木ずゑの嵐雲晴れて軒のみ白きうす雪の夜半
雪にだにつれなくてやは山城のときはの森も色かはる也
雪はまだきたゞ冬枯の草の色の面がはりせぬ庭ぞさびしき
川とほき夕日の柳きしはれてさぎのつばさに秋かぜぞふく
浅緑みじかき草の色ぬれてふるとしもなき庭の春雨
草むらの虫のこゑよりくれそめてま砂のうへぞ月になりぬる
霜がれのをばなが庭に風ふれてさむき夕日はかげさえぬなり
霜にくもるありあけがたの月影にとほちの鐘もこゑしづむ也
霜にとほる鐘のひゞきを聞くなへにねざめの枕さえまさるなり
霜のおくねぐらの梢さむからしそともの森に夜がらすの鳴く
待つもとふもつゝむにふくる時のまよあぢきなからぬ一夜ともがな
朝日さす松のうれよりおつる雪にきえがたにしもつもる木のもと
長閑なるむつきの今日の雨のおとに春の心ぞ深くなりぬる
鳥かへるそともの森のかげくれてゆふべの空は雲ぞのどけき
庭のうへのまさごにみちててれる日のかげみるなへにあつさまされる
庭の日は木陰も見えずてりみちて風さへぬるみ暮れがたき比
冬をあさみまだこほらねど風さえてさゞ波寒き池の面哉
冬枯の草木の時をあはれとや花をあまねくふれる白雪
如何になるけさのながめぞこよひ我みるとしもなき夢のなごりに
年くると世はいそぎたつ今夜しものどかにもののあはれなるかな
風になびく竹のむらむら末見えて夕日にはるゝ遠の山本
風わたるたのものさなへ色さめて入日のこれるをかの松原
伏見山かど田の末は明けやらで松のこなたの空ぞしらめる
物ごとに我をいたむるゆゑはあらじ心なりけり秋のゆふ暮
聞き侘びぬ枕の山の夜のあらし世のうきよりは住みよけれども
忘れずよ萩の戸ぐちのあけたてはながめし花のいにしへの秋
妹待つと時ぞともなきながめして蓬が庭も霜がれにけり
木の葉こそもろくもならめ夕嵐我がなみださへたへずも有る哉
木の葉ぬれてそゝくともなき村時雨さすや夕日のかげもさながら
目にちかき軒のうへよりしらみそめて木ずゑかをれる雪の曙
目にちかき面影ながら年もへぬ雲井の庭の星合の秋
夜がらすはたかき梢に鳴きおちて月しづかなる暁の山
夜はさむみ嵐の音はせぬにしもかくてや雪のふらんとすらん
夜もすがら雪やとおもふ風の音に霜だにふらぬ今朝の寒けさ
夜をさむみいねずてあれば月影のくだれるかべにきりぎりす鳴く
野山皆草木もわかず花のさくゆきこそ冬のかざり成りけれ
夕霞かすみまさるとみるままに雨になりゆく入あひの空
夕日かげたのもはるかにとぶさぎのつばさのほかに山ぞくれぬる
夕日さすおち葉がうへにしぐれすぎて庭にみだるるうき雲のかげ
夕日さす梢の色に秋見えてそともの森にひぐらしの声
夕暮の春風ゆるみしだりそむる柳がすゑはうごくともなし
嵐吹きあられこぼるゝけふの暮雪の心やちかづきぬらし
里の犬のこゑをきくにも人しれずつつみし道のよはぞ恋しき
立ちのぼるけぶりの末をあはれともたれかはとはむをのの炭竈
恋しともなにか今はと思へどもただこの暮をしらせてしがな
浪の上はあまぎる雪にかきくれて松のみしろき浦の遠方
戀しきはしのびがたきをいかゞせんうきは身をしるなぐさめもあり
戀しともなにかいまはとおもへどもただこのくれをしらせてしかな
鶯のわすれがたみの声はあれど花は跡なき夏木立かな
暮れはてて色も分かれぬ花の上にほのかに月の影ぞうつろふ
吹きみだる花の白雪かきくれてあらしに迷ふ春の山道
山里は明け行く鳥の声もなし枕の峰に雲ぞわかるる
十年あまり世をたすくべき名はふりて民をしすくふ一事もなし
見し人は面影ちかきおなじ世に昔語りの夢ぞはかなき
啼きそむる外面の鳥も声さむみ霜にかたぶく杜の月かげ
亀山天皇
あかなくの匂ひを散らす梅がえの花にいとはぬ庭の春風
あきはいま けふくれぬとぞ おどろかす むかひのてらの いりあひのかね
あけやすき なごりぞをしき 春の夜の 夢より後の 梅のにほひは
あさましや うちまどろめば 今日も又 くれぬとかねの 音ぞきこゆる
あぢきなく しのぶしのぶと いつまでか 恋にわが身を そへてなげかむ
あぢきなや われはみじかき こころにて 山どりのをの ながき恋をば
あづまぢは ききてもとほき 旅なれど 心のおくは へだてなきかな
あはぬまに 浪こしすぎて すゑのまつ まつぞひさしき 契のこせる
あはれげに しらばや人の ことの葉を こころのそこの いくへありとも
あはれわが いまはおいとや なげかまし 四そぢののちの 春もいつたび
あひみても さてすみはてぬ 月のかげ 人のこころと わがいのちとに
あやにくに ををしからぬみに をしまるる 月はいりがたの 秋の山のは
いかがせむ こころのうちの へだてをば まくらかはして あまたねつれば
いかにして 月をとどめむ なかぞらに かはす枕の 秋の一夜を
いくとせの 秋をかへけむ つれなさを 月にかこちて ながらふる身は
いく秋も おいせぬ菊の かげとめて ちとせすむべき たにのした水
いざよひの 月はいりぬる なごりにて うのはながきに かげぞとまれる
いづくをか さしてとまりと おもふべき うきたる舟の 風をまつ身は
いでてさは つれなかるべき ありあけの この山もとは いりがたのかげ
いとどまた みやこをとほく へだつらん 山はかすみの 名にたてる春
いとはるる 身のうへしらぬ なみだこそ さもあやにくに 心よわけれ
いまはまた たのむかげなき 我が身にも こころぼそきは 春の雨かな
いまは我 野にも山にも すみなれて みやこぞたびの ここちなりける
いまよりは のどけかるらし 春日山 さすやあさひも はるのけしきに
いろかへぬ やどのかざしと なりにけり にはにむれたつ まつの一むら
いろそへて かざりし松を よそにして わればかりなる ふぢのむらさき
いろみえで いく里こえて しらるらん むめさきぬとは はるの山かぜ
うきことの ひかずにそへて つもりぬる ことしのくれは をしまれぬかな
うきことを なににたむけん みそぎ河 神もゆるさば 夏はらへせむ
うきふしを しらぬやどにて すごすとも おもふかたには なびけくれたけ
うき事も みの思でも すぎぬれば ゆめならでやは むかしみるべき
うしといふ ありあけのそらの 月なくは おもかげとめぬ わかれならまし
うつしううる 山は吉野の はなながら かかるためしは あらじとぞおもふ
うらみても さすがなれにし 面かげの うかりしままに たえむとや見し
うれしくも とよあしはらの よしよしと わがすゑずゑの まぼるべき国
うゑおきし 花はむかしと にほひきて やどからちかき あらし山かな
おいらくの 後の春とは しらねども ことしも花は うゑそへてける
おとづるる たよりもさびし 人ならで かけひの水と 山のあらしと
おとにきく よもぎが島の あととめて かめのを山に われいへゐせり
おほゐがは ところをかふる おなじ名も ひとつながれと 君やくみしる
おほゐ河 くれぬる秋の はやきせを とりあへぬさをに くだすいかだし
おほゐ河 すゑなるはしは なかたえて かすみぞわたる 春のがよひぢ
おもかげも わするばかりに 雲とぢて この月はみぬ 五月雨のそら
おもかげを 雲のいづくに やどすらん そらがくれする ありあけの月
おもかげを 二にわりし ますががみ これやかぎりの ためしなるべき
おもひいづや ことしげかりし むかしをも ゆふぐれいそぐ せみの声には
おもひいでは 身にそふかげと 契りしに 月ばかりなる ねやのさびしさ
おもひやれば みやこぞたびに なりにける われにおくれね 月のかげみて
かぎりある 秋よりほかに ゆめとみし ながきわかれの なが月のそら
かぎりあれば 袖のなみだも つきぬらん 身にはじめたる 別ならねど
かぎりなき 心うつりて おもかげを 見るはおもひの ますかがみかな
かずとりて さのみや月に うれふべき 身もあらぬよの むかしがたりを
かたいとの たえなばたえね 中中に あふをあふとも たのまれぬ身は
かはりぬる 身はわが身とも おもほえず 世はよにまさる ひとこともなし
かへるかり 涙をしらぬ ゆふぐれは 聞くわれのみぞ まづなかれける
かへるさに ことしもききし かりぞかし 秋のひかずぞ いまいたりぬる
かめのをの いはねのたきの しらいとの しらずこののち いくよへむとも
から国の しらぬさかひを へだつとも かよふこころの すゑはあひなん
きさらぎや 花かあらぬか かづらきの 雲こそかかれ よそのながめに
きのふより けふはあだなる 我がなみだ いまいくかありて 袖のたきつせ
くもりなき かげさへ身には いとふかな あらはれぬ名を 月によそへて
くもりなくて しのびはつべき ちぎりかは そらおそろしき 月の光に
くれかかる ゆふ日の峰に やどとへば もみぢほかも くれなゐの山
くれてゆく 秋のあらしの やまちかく わがすみなるる やどの池水
くれて行く 秋のひかずの うつろふを まがきにのこす しらぎくの花
くれなゐも なみだの色の あらはれば いつはりもなき こころとはみん
けふくれて あすだにしらぬ 世のうさに かたがたをしき はるのくれかな
こころざし ふかくうゑける 山ざくら 松よりしげく 花をみるかな
ことうらの 月をながめし こころより 秋風さむし あさの衣で
こととはで すぎ行く人は うぐひすの なきてもつげよ なさけありとは
このごろは うづきのみしめ ひきはへて ところどころに 神まつるなり
このよには きゆべきのりの ともしびを 身にかへてこそ 我はてらさめ
この世にほ いつはりもせぬ 身としらば わがことのはぞ 人もたのまむ
この里は さこそはゆきも のこるらめ 山のをぐらの かげにまかせて
こひわたる その名ばかりは かひもなし ながらのはしの むかしながらに
こよひこそ 月にあらしの 音すみて をのへにしかの 声おくるなり
こよひこそ 世にみちぬらめ 秋の色の くもらぬかげの 月はひと庭
さきそめて あだなる花に ならひせで つれなくすごす 人ごころかな
さきなばと おもふばかりの けしきにて げに花さかぬ 山ざくらかな
ささがにの やどりくるしき しら糸の こころみだるる をぎのうは風
さすがまた みやこにもにぬ けしきかな 秋をもまたぬ 松のあらしは
さすさをに 浪もくだけて おほゐ河 こほりのせぜを くだすいかだし
さだめなき しぐれはもとの しぐれにて めぐりもあはぬ 君がおもかげ
さびしくて かたらふ人も なき身には ともなし千鳥 我にこととへ
さびしさは 色も光も ふけはてて かれ野に霜の ありあけの月
さゆる夜は うはげの霜ぞ かさねける つがはぬをしの よるのふすまも
さらばまた 我がすむさとの さびしさに しられて秋も よそにゆけかし
しづかなる わがやどからの 思ひなしに なほすぎてこそ はるさめはふれ
すみなるる はるのさがのの わかくさを ゆききのみちに いまぞつみける
すみなるる 山のおくなる いへゐには みやこぞたびの ここちなりける
すみのぼる こゑもみやまを いでにけり 月におくれぬ さをしかのこゑ
すゑとほき ちよのためしの ひめこ松 なほさかえよと 契りおくかな
せく袖の つつむにあまる おもひ川 おもひぬるめば たえずこそゆかめ
たちよらば 袖にありかを 吹きとめて にほひをうつせ 梅のしたかぜ
たづねとふ 人はまれなる わがやどに ところきらはず はるぞきにける
たなばたの こころながさは ためしにて たれしらいとを かしはじめけむ
たのめしも 人はなげなる ことの葉を われやわすれず くれをまつらん
たのめずは ただおほかたに まちやせん わきて身にしむ 入あひのかね
たのめねば いつはりとだに 人をいはで わがおもひねの 月ぞいでぬる
たのめねば いつはりとだに 人をいはで わがおもひねの 月ぞふけぬる
たび人の あさたつ野べは きりこめて をのへのしかは みねに入るなり
ちぎりおく ことはたがはで あひみばや わが世もしらず 人の身もいさ
つつむとて したの思ひの よわらばや げに世をしのぶ こころなるべき
つねにゐる はちすのうへの こころをや まだしらぬ人は たまとあざむく
ときわかず よのはえもなき 山のおくは われとぞ春を 思ひなしける
としへても あふにかふべき 契なれば しらぬいのちに 涙くらべん
とどまらぬ ならひありとは なぐさめて 秋もわかれぬ きぬぎぬのそら
とにかくに おもへばものの おもはれて おもひいれねば 思ふことなし
とにかくに もろきなみだの 神無月 袖より山に しぐれゆくなり
とりのこゑ かねのひびきに かへるさの 月よりほかも われしたふなり
ながき夜の おもひありとも なくむしの こゑぞまくらに かつかよひける
ながき夜も しられぬまでに ふけにけり わくかたもなく 月をのみみて
ながき夜も まどろまでかつ あけぬれば いつをねざめの 心ちだにせず
なが月の きくのまがきに 露きえて かをこそしたへ のきのたち花
なつかしく おもひしなかの かはるとて うらめしといふ 人はあらぬか
なつぐさの ことしげかりし むかしにも あらずさびしき 山のおくかな
なにとこの あふはあふにて さてやまで 見るにもおつる なみだなるらん
なにとなく おどろかれける 風の音も げにおもひしる 秋のそらかな
のちをまたむ いのちもしらず かへるさの 月もありあけの 心ぼそさに
のぼりにし 霞のすゑを おもふにも うきはさがのの きさらぎのころ
はなみむと 我やみやこへ いでなまし とてもかくても やまにすむ身は
はるかなる かた山かげの 木づたひを 風に聞きよる ひぐらしのこゑ
はるといへば みねの霞は たちながら 山はあらしの なほもさえつつ
はるのはな 秋のもみぢの いろいろも ところがらにぞ をりをしてみる
はるをまつ ひかずもいまは ちかきかな よしののみやの うしや世の中
はる秋を おなじみやこに かへつれば いまやこしぢの はつかりのこゑ
はる風や なみにまかせむ かたよりに ふるかはやなぎ いともみだれん
ひきうゑし まつは木だかき やどなれば またやちとせを けふにはじめん
ひさかたの 月のかつらの かは水も おぼろなればや 春をしるらん
ひとかたに なびきもはてず かるかやの ただこのごろの 人ごころがな
ひとはいま 庭のをしへの あさき世に 身ぞうづもるる けさのしら雪
ひと夜とぞ わがあふ事を いのりしに またこののちに なにとなげかむ
ふみわくる あとだにみえず さくらばな あまた木ずゑ 散りつもりつつ
ふみわけて とふべき人も なき身には やどからしげる 庭の夏ぐさ
ふりつづく あめはれぬらし ゆふぐれの こけのたもとに 風かよふなり
ふるさとの おもかげさへぞ わすれぬる はなにまよへる しがの山みち
ふるままに みやまの松は 枝たれて かきねは雪の まだあさきかな
ほしあへぬ 袖のしたゆく なみだがは 月やどれとは 契らざりしを
ほととぎす たのめぬねをも としどしに なにとくるしく まちならひけむ
まだしらぬ こひはいかなる なみだぞと うさになれぬる 袖にとはばや
まつほどの こころはれぬる 我が身には いでぬにみゆる 月のおもかげ
まよひつる 人をみちびく たよりなる ほとけののりは わがことの葉よ
みじか夜の ま屋ののきもる 月かげの ほどなくあくる 夏のそらかな
みどりなる きしのやなぎの 池水に うつるすがたに なみぞかずそふ
みな人の こころごころに 月をみば くもらぬかげも くもるとやいはん
みやこ人 いかがはすらん やまかげの 野ざはのわかな はるあさき色
みやまべや しぐるる雲を わけいれば もみぢも秋も ふかく見えけり
むすびおく 露をば月の やどりにて 光そへたる 庭の白ぎく
ものおもへと たれかならはす 秋ぞとて ゆふべをわきて 涙おつらん
もろともに 世をはるならぬ 心地して たにの戸いでぬ うぐひすの声
やほかゆく そともの木かげ たちよれば 秋吹きぐして 風ぞすずしき
やまぶきの はなをうつせる 水のいろの ちとせすむべき 井手の玉河
ゆくかりの つらをはなるる 一めをも たえてもたえぬ 契とぞみる
ゆくすゑは いかに契も たのまれず ただめのまへに かはるこころは
ゆくすゑも さぞなさかえむ ちかひあれば 神の国なる 我がくにぞかし
ゆくすゑを けふのねのびに ちぎるかな ちとせのかひも あまたところに
ゆるしなき こころのうちの なみだかな ころはもみぢの いろにいづれど
よしやただ わがこころをば われぞしる 人のためには なにしのぶらん
よそにみて しらぬあたりの 花よりも やどからをしき 山ざくらかな
よそにやは ほたるをもみむ ゆふぐれの もゆるおもひも われやなになる
よなよなの あか月ふかき ねざめには われよりのちぞ とりもなきける
わかれにし 秋にことしも あひぬるを こよひばかりと をしみかねつつ
わけすぐる みちのささはら 冬きては しもこそむすべ ひとよふたよに
わけわぶる たにのほそみち けふしこそ みちありけりと 雪つもりぬる
わすれにし やどとはしらで はるばると 花のこずゑに たづねきにけり
わたつうみの とわたるふねの ゆくへしも ほのかになりぬ きりのをちかた
われのみぞ みやまの秋も なれにける 月のいで入る すみかしめゐて
わればかり みをやつしぬる ふぢごろも 人は冬とや たもとかふらん
をしがもの すむいけみづは さゆる夜も おもひありとや こほらざるらん
雲かかる いはほとならん ひさしさを まつもかひある 君が御代かな
花の色 鳥のこゑをも ききそへて げに世にしらぬ 春のあけぼの
花の色は はるのひかずに うつろひぬ あかぬこころの なににそふらん
暁の こゑこそかよへ うぐひすの ねぐらの竹は よのまこめつつ
九日の こぞのかざしは うけれども いまはかたみの 庭のしらぎく
君がため いかにかいはむ ひめこまつ なべてねのびの 松のちとせを
契りしも わがなかぞらの うきくもの たえまたえまに 月はへだてぬ
契るとも さのみやまたむ とし月を わが世もしらず 人のこころも
月かげや さえたる色を さしそへむ しものふるのの あけがたの空
月すめば またたがさとと きこゆなり かぜのつてなる 山おろしのかね
見るたびに これやかぎりに ありあけの 月こそよしと かへるさのみる
見る人の こころもさぞな つきぬらん はなもかつちる いりあひのかね
五月雨の はれぬひかずに いひなして ことしはほさじ すみぞめの袖
山かげの こけのみどりの あらぬいろに さえてのこれる にはのしら雪
山たかく つたふるこの葉 ちりてのち まほにぞ月の かげやどしける
山の端の 雲はあらしに あとなくて 月にみがける さをしかのこゑ
山の端を いでぬとかげは みえながら 月によこぎる みねのしら雲
枝かはす 人のかきねの ふぢのはな わがまつことは いまはなきみぞ
秋の夜の ふけ行くかはの はやきせを くだればのぼる 月のかげかな
秋萩の うつろふかたの した露や ものおもふ人の なみだなるらん
秋風に たれかうらみと よろふらん くずはふかきの 中のへだてを
秋風の 月のかつらの うかひぶね くだすか浪の せぜさわぐなり
春の夜は 月のとがとは くもらぬを かすみやなかの へだてなるらん
春雨のふる木の桜けふしこそおりえて花の色もみえけれ
常棄なる 松をためしに 契置きて きみにつかへむ すゑはかぎらじ
身にたえぬ おもひはたれも あるものを さはのほたるの いかにもゆらん
水ぐきの をかのやかたに 風すぎて ひとむらすすき たれまねくらん
世のなかの 人のこころの 色みせて はるはくるとも さけや山吹
世の中に おもふことなき わが身かな とてもかくても あるにまかせて
世中は 夢がうつつか あさがほの はなのまがきの 露のよすがも
袖もひち まくらもうきて なみだのみ よもにみちぬる 月のかげかな
大井河 ふけ行くかはの はやきせを くだればのぼる 月のかげかな
大井河 ゐせきの水の くれなゐに われとあつまる みねの紅葉葉
中々に ありとはききて あはぬよは いくたびこころ ゆきかへるらん
中々に こころはあたと なりにけり おもひいれずは 忍びはてまし
中々に わびしきものを あひそめて かへらんとおもふ ほどのなごりは
風さえて かれののすすき 雪ちれば のこるをばなぞ かずまさりぬる
峰こめて そらにかすみは うづめども よそにうつろふ あさひかげかな
木ずゑをば 風のさそふと 見しかども 庭はもみぢの やまとなりけり
夜のつるの こころはさぞと おもひやれど なくねかひある 時をまたなん
夜半の月 みざらましかば たえはてし そのおもかげも 又はあらじを
夕しぐれ そめつるいろを のこしつつ 雲のはやしに 秋はかくれぬ
露じもに たへぬ木のはや かつがつも しぐれをまたず 色にでぬらん
浪のうへも 光みちたる 月かげに 河音すめる 秋の夜半かな
尋ね来て飽かぬ心にまかせばな千とせや花のかげにすぐさむ
さびしさも誰にかたらん山陰の夕日すくなき庭の松風
海山のはても恋路と思ふにはあはれ心をいづちやらまし
おしなべて月やひとへに宿るらむ花の千草の秋の白露
伏見天皇
あくがるる魂の行くへよ恋しとも思はぬ夢にいりやかぬらん
あしの葉にひと夜の秋を吹きこして今日より涼し池の夕風
あはれにもおのれうけてや霞むらん誰がなす時の春ならなくに
あればある命もさすが限りあれや又ひときはの思ひそふ頃
いくたびの命にむかふ嘆きして憂き果てしらぬ世を尽くすらん
いたづらにやすき我が身ぞはづかしき苦しむ民の心おもへば
いづくにも秋の寝覚の夜さむならば恋しき人もたれか恋しき
いつはとも心に時はわかなくに遠の柳の春になる色
うちむれて天飛ぶ雁のつばさまで夕べにむかふ色ぞかなしき
かすみゆく波路の舟もほのかなりまつらが沖の春の明けぼの
けふはこれ半ばの春の夕霞きえし煙の名残とやみん
こぼれおちし人の涙をかきやりて我もしほりし夜半ぞ忘れぬ
こぼれ落つる池のはちすの白露はうき葉の玉と又なりにけり
さ夜更けて宿もる犬の声たかし村静かなる月の遠かた
そのかたちその草木まで全くして神の心はなほ盛りなり
そのままに添はまし見ましいたづらにをしや哀れやよその年月
それをだに思ひ醒まさじ恋しさのすすむままなる夕暮の空
つれて飛ぶあまたのつばさ横切りて月の下ゆく夜半の雁がね
なさけある昔の人はあはれにて見ぬ我が友と思はるるかな
なびきかへる花の末より露ちりて萩の葉白き庭の秋風
ならびたつ松のおもては静かにて嵐のおくに鐘ひびくなり
なれし世の名残もさすがありけんと忍ばれそめし頃も恋しき
にほひしらみ月の近づく山の端の光によわる稲妻のかげ
のどかにもやがてなり行くけしきかな昨日の日影けふの春雨
ひととせはみな春ながら過ぎななむのどかに花の色もみるべく
ふりつもる色より月のかげになりて夕暮みえぬ庭の白雪
ほかにのみ夏をば知るや滝つ瀬のあたりは秋のむら雨のこゑ
まだ暮れぬ空の光と見る程にしられで月の影になりぬる
もとがしは神のすごもにふりそそぎ白酒黒酒の御酒たてまつる
雨の音の聞こゆる窓はさ夜更けて濡れぬにしめる灯し火のかげ
浦がくれ入江に捨つる破れ舟の我ぞくだけて人は恋しき
浦風はみなとのあしに吹きしをり夕暮しろき波のうへの雨
雲鳥もかへる夕べの山風に外面の谷のかげぞ暮れぬる
遠方の山は夕日の影はれて軒端の雲は雨おとすなり
何しかも思ひみだるる露ふかき野辺の小萱のただ仮の世を
夏草のことしげき世にみだされて心の末は道もとほらず
花のうへの暮れゆく空にひびき来て声に色ある入相の鐘
花よいかに春日うららに世はなりて山の霞に鳥の声々
花鳥の情はうへのすさびにて心のうちの春ぞ物うき
霞たち氷もとけぬ天地の心も春ををしてうくれば
霞みゆく波ぢの舟もほのかなり松浦が沖の春の曙
我もかなし草木も心いたむらし秋風ふれて露くだるころ
我も人も恨みたちぬる中なれば今はさこそと哀れなるかな
堪へずならん身をさへかけて悲しきはつらさをかぎる今の夕暮
去年までは分けこし友も露と消えて独りしをるる深草の野辺
響きくる松のうれより吹き落ちて草に声やむ山の下風
月の入る枕の山は明けそめて軒端をわたるあかつきの雲
月や出づる星の光のかはるかな涼しき風の夕やみの空
更けぬるか過ぎゆく宿もしづまりて月の夜道に逢ふ人もなし
更けゆくは虫の声のみ草にみちて分くる人なき秋の夜の野辺
咲きやらぬ籬の萩の露を置きて我ぞうつろふももしきの秋
山あらしの杉の葉はらふ明けぼのにむらむらなびく雪のしら雲
山の端も消えていくへの夕霞かすめるはては雨になりぬる
山陰や竹のあなたに入日おちて林の鳥の声ぞあらそふ
山桜この夜のまにや咲きぬらし朝けの霞色にたなびく
山風にもろき一葉はかつおちて梢秋なる日ぐらしのこゑ
山風も時雨になれる秋の日にころもやうすき遠の旅人
山本の田の面よりたつ白鷺の行く方みれば森の一むら
思ひ思ひ涙とまでになりぬるを浅くも人のなぐさむるかな
思ふ人こよひの月をいかに見るや常にしもあらぬ色にかなしき
枝もなく咲きかさなれる花の色に梢もおもき春の曙
寺深き寝覚の山は明けもせで雨夜の鐘の声ぞしめれる
愁へなくたのしみもなし我が心いとなまぬ世はあるにまかせて
秋よ今のこりのあはれ措かじとや雲と風との夕暮の時
秋風のさむくしなれば朝霧の八重山こえて雁も来にけり
秋風は遠き草葉をわたるなり夕日の影は野辺はるかにて
春きぬと思ひなしぬる朝けより空も霞の色になりゆく
春とてや山ほととぎす鳴かざらむ青葉の木々のむらさめの宿
春をうくる時のこころはひとしきを柳桜のおのがいろいろ
宵の間のむら雲つたひ影見えて山の端めぐる秋のいなづま
鐘の音をひとつ嵐に吹きこめて夕暮しをる軒の松風
心とめしかたみの色も哀れなり人はふりにし宿のもみじ葉
神やしる世のためとてぞ身をも思ふ身のためにして世をば祈らず
世々たえずつきて久しく栄えなん豊芦原の国やすくして
星うたふ声や雲ゐにすみぬらん空にもやがて影のさやけき
星きよき夜半のうす雪空晴れて吹きとほす風を梢にぞ聞く
足引の山松が根をまくらにてさ寝る今宵は家し忍ばる
舵枕一夜ならぶる友船もあすの泊りやおのが浦々
知られずも心のそこや春になる時なる頃と花の待たるる
長き夜もはや明けがたや近からし寝覚の窓に月ぞめぐれる
鳥のゆく夕べの空よそのよには我もいそぎし方はさだめき
田の面より山もとさして行く鷺の近しと見ればはるかにぞ飛ぶ
道の辺や木の下ごとのやすらひに待つらん花の宿や暮れなん
道野辺やこのしたごとのやすらひに待つらん花の宿やくれなん
年暮るる今日の雪げのうす曇あすの霞やさきだちぬらん
白雲はゆふべの山におり乱れなかば消えゆく峰の杉むら
飛ぶ鳥の送りのつばさしをるらし雲路雨なる春の別れに
風の音の聞こえて過ぐる夕暮にわびつつあれど問ふ人もなし
風はやみ雲の一むら峰こえて山見えそむる夕立の跡
忘れずよみはしの花の木の間より霞みて更けし雲の上の月
民やすく国をさまりて天地のうけやはらぐる心をぞ知る
夢はただぬる夜のうちのうつつにて覚めぬる後の名にこそありけれ
明けぬるか分けつる跡に露しろし月のかへさの野辺の道芝
鳴きぬべき夕暮ごとのあらましに聞かでなれぬる郭公かな
夜の雨に心はなりて思ひやる千里の寝覚ここにかなしも
夕暮の雲とびみだれ荒れて吹く嵐のうちに時雨をぞ聞く
立ちかへる月日やいつをまつら船行方もなみの千重に隔てて
涼みつるあまたの宿もしづまりて夜更けてしろき道の辺の月
涙こぼれ心みだれて言はれぬに恨みのそこぞいとど苦しき
涙だに思ふが程はこぼれぬよあまりくだくる今の心に
恋しさになりたつ中のながめには面影ならぬ草も木もなし
露をみがく浅茅が月はしづかにて虫の声のみさ夜ふかき宿
たちかふる名残やなほも残るらむ花の香薄き蝉の羽衣
見せばやな砕けて思ふ涙ともよも白玉のかかる袂を
今宵問へや後の幾夜はいくたびもよし偽りにならばなるとも
霜深くうつろひ行くを秋の色のかぎりとみする白菊の花
いつしかと今朝は時雨の音羽山秋を残さず散る紅葉かな
都にはあらしばかりのさゆる日も外山を見れば雪降りにけり
木の本にながめなれても年ふりぬ春のみ山の花のしら雪
雲はらふ嵐の空は峯晴れて松の蔭なる山の端の月
霜寒き難波の葦の冬枯れに風もたまらぬ小屋の八重葺き
春の色は柳の上に見え初めてかすむものから空ぞ寒けき
おのづから垣根の草も青むなり霜の下にも春や近づく
消えはてし煙の末の面影も立ち添ふ霧の深くさの山
木の間よりうつる夕日の影ながら袖にぞあまる梅の下風
桜花咲けるやいづこみよしのの吉野の山はかすみこめつつ
梢には花もたまらず庭のおもの桜に薄き有明のかげ
群雲も山の端遠くなりはてて月にのみ吹く峯の松風
誰にまた月より外はうれへまし馴れぬ山路の秋の心を
行く秋のすゑ葉のあさぢ露ばかりなほ影とむる有明の月
つらしとて人をうらみむ理のなきにうき身の程ぞしらるる
かぞふれば十とせあまりの秋なれど面影ちかき月ぞかなしき
中御門天皇
時しあれば人の国なるけだものもけふ九重にみるがうれしさ
上野の沼田の里にまどかなる玉のありかをたれかしらまし
光格天皇
身のかひは何を祈らず朝な夕な民安かれと思うばかりぞ
雨につけ風に心を痛めける民のしはざの憂を思えば
明け暮れも絶へず心に忘れぬは安かれと思ふ四方の国民
孝明天皇
茂るをば憂しとも刈るな夏の花秋来る時ぞ花も咲くものを
やはらくも猛き心も相生の松の落葉のあらす栄へむ
もののふと心あはして巌をもつらぬきてまし世々のおもひで
あさゆふに民安かれと思ふ身のこころにかかる異国の船
澄ましえぬ水にわが身は沈むとも濁しはせじなよろづ国民
物おもふわが影さへも人や来てまよふはつらき闇のともし火
燈火は消えなむとすれいつまでか閨にこがれて残るうき身ぞ
おもふ方にはや漕ぎゆかめ吹く風のたよりもしらぬ恋の浮舟
わがいのちあらむかぎりはいのらめやつひには神のしるしをも見む
卯月来ぬあふひばかりか民草にかかるめぐみの露やかけてむ
あるは時雨あるは雪けにくもりても本のひかりはいつもかはらじ
浦つたふ千鳥につれてよよの為まこと正しき人を得まほし
みちのくの忍もじすりみだるるはなれ故ならず世を思ふから
この春は花うぐひすも捨てにけりわがなす業ぞ国民の事
愚なる心は寒し薄氷あやうきのみに世をわたる身や
矢すじをもつよくはなたむ時ぞ来ぬむべあやまたじもののふの道
天が下人という人こころあはせよろづのことにおもふどちなれ
さまざまになきみわらひみかたりあふも国を思ひつ民おもふため
戈とりて守れ宮人九重のみはしのさくら風そよぐなり
神ごころいかにあらむと位山おろかなる身の居るも苦しき
おのづから置きそふ露の玉かつらかけて千世へん菖蒲草かも
暑き日の影もとほさぬ山陰の岩井の水ぞわきて涼しき
おのづから手向け顔にも咲きいづる花の八千草星の逢瀬に
靡くともひとかたならぬ女郎花こころ多かるのべの秋風
夏の日もしばしになりぬ鳴く蝉の声もあはれに聞こえつるかな
あきびとの売るや重荷を三輪の市何をしるしに求めけるかも
春来ぬと柳の糸は靡けども来る人もなき宿の静けさ
おのづから来る人もなくなりにけり宿はよもぎやおひしげりつつ
夏来れば茂る木立の中にしも緑をそふるならの葉柏
よろづ木の枝はさまざまある中にひとり檜原のなほき陰かな
位山高きに登る身なれどもただ名ばかりぞ歎き尽きせじ
漕ぎいでてゆききの人のうかれ妻身は浮舟のちぎりなるらむ
今はただ世に有りとしもいつしかは我が身も人の昔とや言はむ
わが命あらむ限りは祈らめやつゐには神のしるしをも見む
異国もなづめる人も残りなく払ひ尽くさむ神風もがな
蚊も寄らず扇も取らで月涼し夜は長かれよ短きは惜し
富士の峯の姿をここに写し見むみやこも今は雪の山の端
ゆふだちの過ぎても高き川波をうれしがほにも登る真鯉や
堰き入るる水のかはづも釣るばかり門田の柳糸垂れてける
国のこと深く思へといましめの雪の積もるか園の呉竹
この国のけがれぬからは春ごとにかく咲く梅の香りつるかな
我が思ひ比べばいづれ深き淵住みも浮かべる亀に聞かばや
夏涼し池の緑の水の上にくれなゐ深く蓮咲ける見ゆ
賤の女の門田に咲ける朝がほはけふのつとめをいそぐ心か
冬枯れて散りゆく木の葉見苦しとおほひも隠す霜の白妙