明治30-35年

明治30年 (44才)

品川の沖よりいでて高殿のうちくまなくも照らす月かな

ひともとの松だにみえぬ広庭の芝生の上を照らす月かな

この秋は庭にもいでずたまだれのをがめのうちの菊をこそみれ

いづこよりいづこへわたる雁ならむ軒端まぢかく声のきこゆる

しげりつる入り江の葦はうら枯れて鴨の青羽の見ゆるけさかな

まがねもてふきし屋根より玉あられまろびて落つる音のはげしさ

むら雲をはらひつくしておほぞらの月に吹くなり木枯らしのかぜ

霜ふみて朝ぎよめするとのもりの袖さむげにも吹くあらしかな

たちよればよりくる池のはなち鯉まき餌あたふるときやしるらむ

けふもまた雪やふるらむ富士の山ひとむら雲のみねをはなれぬ

松がねをあらひし波の音たえていそべのどかにたつ霞かな

雪きえぬ山里人は冬よりも春の寒さやしのぎかぬらむ

しもがれの草木もかをるこゝちして梅さく庭に春風ぞふく

春雨のみどりはそひて見えながらいまだみじかし野べの若草

のきばふく風にみだれておばしまのうへまでかゝる糸桜かな

こがくれて咲くとはすれど松風のふくたびにちる山ざくらかな

たかゝらぬ松のこのまにさきながら雲かとみゆる山桜かな

釣舟も同じ処につらなりてのどかにみゆる春のうみかな

とのもりの露をはらひし朝庭に猶夜をのこす虫の声かな

月もいまのぼらむとする山のはにたかくきこゆるさを鹿の声

虫の声しづまりにけりとのもりの朝ぎよめする時やきぬらむ

あまたたびしぐれて染めしもみぢ葉をたゞひと風のちらしけるかな

山かぜの音すさまじきゆふぐれに雨もまじりてちる木の葉かな

高殿のをすまきあげて見わたせばいづくの山も雪ぞつもれる

まどたたく夜嵐さむし埋火のうへにも霜のちるこゝちして

南天の実あさるとやひえ鳥の寒きかきねをたちもはなれぬ

ひむかしの海よりいでゝふじのねの雪にてりそふ朝日かげかな

明治31年 (45才)

時しらぬ富士のたかねのみゆきにもはるの光はみゆるなりけり

大船のかげもかすみて横浜のみなとしづかに春風ぞふく

江の島はかすかに消えて相模がた波もおとせぬ春のゆふぐれ

春風になびくを見れば昔わがさしておきつるやなぎなりけり

ほの/゛\とあけゆく庭にさく花のかげみえそめて鶯のなく

花の色もおよばぬものは春雨にぬれたる草の緑なりけり

白妙の庭のまさごのうへにのみさすとはみゆる春の夜の月

里の子も翅あらばと思ふらむあがる雲雀の影を仰ぎて

をぐるまのみすまきあげよ道のべにさきつづきたる花のかげ見む

大空の青毛の駒にのりてみむ雲もへだてぬ山ざくらばな

をりてさすをがめの花のひと枝につくゑのうへも春めきにけり

たをりきてかめにさしたる花あやめ池に見しより深きいろかな

うゑしより三年へにけむわがそののひと木のももの実をむすびたる

八重むぐらしげれる夏のふるさとは冬がれよりもさびしかりけり

ふるさとの庭の夏草ふみ分けてみればむかしのみちはありけり

時しらぬ富士のみゆきも消えにけり今やあつさのさかりなるらむ

はこね山秋霧たちぬ夏さけて入りにし人もいま帰るらし

吹く風に尾花波立つ秋の野は海の中ゆくここちこそすれ

岩木たく船のけぶりも消えはてて横浜遠く照らす月かな

はまどののおばしま近くみつしほの上にさしくる月のさやけさ

山はなほあつくやあるらむ夏さけて入りにし人のいまだ帰らぬ

けさはまた厚くなりけむ外堀の氷のうへに石のまろべる

うちよせし波のすがたにこほりけり夜嵐さむき庭の池水

ゆきのうちにつつの音しげく聞こゆなりかりばのきじやのがれかぬらむ

つりあげて照らせる夜半のともしびにくまなくみゆる窓のうちかな

天つ空雲はれわたりふじのねの雪さやかにも見ゆるけさかな

高殿にのぼりてみれば外つ国の船もかかれり品川の沖

大ぞらのものとおもひしふじのねにのぼる道さへひらけぬるかな

天つそらはれ渡りてもふじのねにくものゐぬひはすくなかりけり

春雨のふる日しづけき庭の面にひとりみだれてちる桜かな

はるさめのなごりの風にやへ桜はなぶさながら散るもありけり

かきつばたにほえる池はかけわたす橋こそ花のたえまなりけれ

浜殿の入江の橋はさく藤の波をくゞりて渡るなりけり

棚ゆひてほかにうつさむ藤の花かゝれる松はいたく老いたり

わが国の桜のかげに咲きいでゝ色こそはえねからもゝの花

さみだれの音のみきゝてくらす日は宮の内だにいぶせかりけり

軒ちかく雲たちこめて山里にすむこゝちするさみだれのころ

つくばねは雲にかくれて利根川の瀬の音たかしさみだれの頃

里とほき山田の早苗うゑはてゝかへる月夜やすゞしかるらむ

あさがほの花の色なる大空にのこるもすゞしありあけの月

月に日にさきそふみえて楽しきはわがしきしまのやまとなでしこ

はしゐして水鶏きかむと思ふ夜にかしましきまでなく蛙かな

露をのみはらふとおもひし夕風にちりそめにけり秋萩の花

をちこちの野山のむしもはなたれて鳴くねくらぶる園の内かな

故郷の春日の野辺にたびねして夜たゞをしかの声をきくかな

人みなの月まつ夜なり大空の雲ふきはらへ秋のやま風

宇治川の河上とほく霧はれていはまのみちも見ゆる月かな

鴫のたつおとはきこえて山沢のみぎはしづけきありあけの月

霧はれし山のこのまをもる月にぬれたる苔の色もみえつゝ

たかどのゝすだれまかせて海ごしの山よりのぼる月を見るかな

あきらけき月にむかへば久方の空もしたしくおもほゆるかな

霧はらふ翅のおともきくばかりまぢかき空をわたるかりがね

大空の星はかくるゝ月影に菊のはなのみ見ゆるよはかな

しら菊の花さきみちてあしたづの羽風もかをる園のうちかな

山里の秋もかくやとおもふまでのきばしづかにすめる月かな

池水のうきものしたにすむ亀もいでゝせをほす春ののどけさ

岩根ふみのぼりてみれば二荒山ふねをうかぶるうみもありけり

子わかれの松のしづくに袖ぬれて昔をしのぶさくらゐの里

松風のおとのみきゝて年も経ぬいつかゆきみむ天のはしだて

明治32年 (46才)

ふるさとのあれたる庭をきてみればつもりしままに雪ぞのこれる

わが園のうちとはきけどおぼつかな霞がくれのうぐひすの声

椿ちるもりのしたみち春雨にぬれつゝゆけば鶯のなく

蓬とも菊ともわかず春の日のいまだみじかき庭の若草

外堀のつつみのさくらわがにはの松の木のまにみえわたるかな

そでのうへに散りくる花もみえぬまでかすみはてたる春のよの月

ちりやすき一重桜の花のうへに雨さへそひてふく嵐かな

池のおもにのぞめる花のうれしきはちりても水に浮ぶなりけり

白雪もかすみにきえてふじのねのおもかげばかりのこる春かな

むさし野のなごりしられてたましきの庭にももゆる春の早蕨

まがねしく道のひらけてつつじ見にゆく人おほし大久保の里

草も木もうゑざる庭の真砂路にさすかげすずし夏の夜の月

山柿の花もこぼれて夏木立しげれるにはに朝風ぞふく

故さとの嵯峨野の秋はいかならむにはの千ぐさも花さきにけり

早苗とるしづが門田のひろければうゑはてぬまに日はくれにけり

池水にちりうく花のかたよりてひれふる鯉のかげも見えつゝ

山はみな緑になりてふじのねのほかには雪もみえぬ春かな

おそくとくさきし桜もちりはてゝひとつ青葉となれる庭かな

からやまと色をまじへて咲きにけりひろきそのふの撫子の花

ともしびを軒端にかけて涼む夜は月おそしとも思はざりけり

花さかぬにはの芝生もつゆみえて秋としらるる月のかげかな

秋の夜はふけにけらしなはしゐしてみる月かげの寒くなりぬる

海ごしの山よりいでてはまどのの松のこずゑにかかる月かな

高殿のおばしまかけて秋霧のたちのぼりたる夕まぐれかな

とりどりのいろにさけどもきくの花白きにますはあらじとぞおもふ

ひさかたの雲ゐの月も照りそひていよいよしろし白ぎくの花

かがり火のかげはうすれてさす月に光くははる庭の白菊

白ぎくの花もかをりて沖つかぜ吹上のはまは秋たけにけり

かげうすき秋の夕日にとぶ蠅の羽寒げにもみゆるまどかな

水鳥の巣鴨のあたりはいかならむまがきの菊もさきそめにけり

青ぞらにつづくとみえしむさし野の草もみながら冬がれにけり

咲きしよりはなれぬみれば常夏の花のあるじは胡蝶なるらむ

夏さむき越の山路をさみだれにぬれてこえしも昔なりけり

月白きまさごにうつる浜松のかげはさながら墨絵なりけり

野分だつゆふべの空にきこゆなりみだれてわたる初雁の声

九重のまがきのうちにさく菊も風のまに/\世にかをるらむ

はまどのゝ入江のあしま汐みちておばしまちかく月ぞうかべる

木枯のふきたつ庭にきす月のくまとなりても散るこのはかな

もみぢ葉もいまだしづまぬ池水にむすびそめたる薄氷かな

ふりつもるにはの白ゆき殿もりのはらはぬさきに見む人もがな

殿もりのゆきゝに馴れてわが庭の池の水鳥たゝむともせぬ

いたゞきは雲にかくれてふじのねの裾野ましろにつもる雪かな

ふきおろす嶺のあらしに山里はきのふの雪ぞけふもちりくる

月のさす窓をもとぢて冬の夜は埋火にのみうちむかひつゝ

小山田のさとのけぶりもとし/゛\にたちそふ世こそ楽しかりけれ

位ある身をわすれてや池のおもの鷺はあしまの魚ねらふらむ

明治33年 (47才)

しづのをがかへす山田もうるほひてゆふべしづかに春雨ぞふる

まつりごといとましあらばいでてみむ庭のさくらはややさかりなり

ふる里のこけむす庭にいはつつじ木だかくなりていまもさきけり

窓の内のくらくなるまで卯の花のさけるまがきにたたずみにけり

軒ちかき花たちばなにふる里の南の殿をおもひこそやれ

のき近き花たちばなに思ふかな遠つみおやのうゑしむかしを

つぼみのみさしつるものを花あやめをがめの内にさきみちにけり

夕立の空うちはれて月かげはぬれしまさごにさしわたりけり

吹く風のすずしくかよふ高殿にあをうなばらの月もみえけり

秋近くなりにけらしな庭のおもにうゑし八千草花になりゆく

風わたる葦のしげみにのこれるは飛ぶちからなくなれる蛍か

花ぞののあやめ夏ぎく文机のうへにさせてみるぞたのしき

手折らせてかめにやささむ池のおものはちすの巻葉花におとらぬ

秋風の寒くなりぬと箱根山のぼりし人も帰りきにけり

とのゐする人をつどへていざや見む秋ぎりはれしにはの月かげ

文机の上にすだれのかげみえて月さやかなるまどのうちかな

みかはみづさやかにみえて秋の夜の月かげ高く庭にさしくる

大船の板ふみならしみつるかな青海原の秋の夜の月

をしへある庭にさきたる撫子の花は露にもみだれざりけり

撫子の花のうへしろく露みえてあけゆく庭ぞすゞしかりける

しらぬまに山のは高くなりにけり雲のうちなる秋のよの月

秋の田のいなばのうへを思ふかな庭の芝生をてらす月夜に

秋風にはこねあしがら雲はれてはつ雪しろしふじの遠やま

しろたへの衾も雪のこゝちしてうちかさぬれど寒きよはかな

礒山をはなるゝ月に声をのみきゝし千鳥のかげも見えつゝ

冬のよのはれたるそらの月かげにきのふつもりし雪を見るかな

梢よりこずゑをつたふこのは猿つばさあるかと思はるゝかな

冬がれてさむき野原に降る雪をふみちらしつつ兎がりする

厚ぶすまかさねてもなほさむき夜に門守りあかす人もありけり

白菊もうつろはぬまに室のうちの梅さきたりと人のもてくる

風の音はしづまりはてゝ千代よばふたづがねたかしみねのまつ風

ひさかたの雲居のにはにすむ鶴のにひ巣つくらむ時ぞまたるゝ

いくさぶねつどふもうれしよもの海なみしづかなる世のまもりにと

高輪の里よりみれば品川の沖ゆくふねも庭のものなり

海原のなみぢはてなくはれにけりやしまのほかもひよりなるらむ

たかどのの小簾まきあげよわたつみのなみに世わたるあまが舟みむ

まがなぢの車のゆくて空はれてふじのたかねに雲もかからず

外つ国にかよふ船路もやすからむみわたす沖のなみしづかなり

高殿にのぼりてむかふをりしもあれ品川沖をふねのすぎゆく

明治34年 (48才)

乗る駒は汗になりたりたづねこし梅の木かげに雪はのこれど

ここよりはあゆみてみむと咲く梅の木かげに駒をひかへけるかな

さきみてる園生の梅をたをりけり花をたのしむ人にやらむと

咲くはなの梢くれゆく山のはをいつまでまもる心なるらむ

風ふけば雪とみだれてさくら花ちるもひとつのさかりなりけり

かりとりてたばねし庭の夏草にあしたの露のむすぶすずしさ

高殿にのぼりてむかふ富士のねも雲のあつまる夏はきにけり

籠にこめてことしも近くききにけり春日の野べの鈴虫のこゑ

思ふことありとはなしに大ぞらのうちまもらるる秋の夕ぐれ

さしのぼる月の光に見ゆるかなただよひ残るにはの夜ぎりも

もろともに千代をうたひてわが園の菊のさかりを人に見せけり

ゆたかなる小田のけしきも見つるかなあがたの里に車とどめて

冬がれの柳さくらにさす月のかげものすごしみやこ大路も

風さえて大ぞらくろくなりにけり待たるる雪はこよひかもふる

ふりつもる雪の光にくれがたのそらまだ明く見ゆるけふかな

あられふるおとかと聞けば樫の実の氷の上に落つるなりけり

小山田もかりはてぬとてもののふのいくさの道をふみならすなり

まじはりのひろくなりゆくよもの海は波たつ風のおともきこえず

海ばらのおきのしま山くれなゐにかがやきながら日は入りにけり

しづがやのけぶりもちかく見つるかなあがたの里に車とどめて

にはとりのあけぬとつぐる声すなり朝まつりごといでて聞かまし

まどゐしてたれあそぶらむ高どのにつねより多くみゆるともしび

吹上の庭木が上にはれわたる富士のたかねをけふも見るかな

秋かぜの吹きはらしたる大ぞらにふじの高ねの雪ぞ見えける

なりどころしむるのみにて山ふかくかくるる人はなき世なりけり

をぐるまの内よりみれば玉ぼこの道もたひらになりまさりけり

玉川の水にひかれて我が庭に落ちくる鮎のおもしろきかな

はなざかり賑ふころは玉桙の道もる人やいとなかるらむ

春寒き山したみちの桜花おくれたりともしらで咲くらむ

ちり残る花まだおほし今ひと日いでゝ遊ばばむ春のそのふに

うつくしく匂ふ籬のえびす草なつかしき名をおほせてしがな

すむ魚もいぶせかるらむ池水の浮葉しげりてさみだれのふる

茂れどもいぶせからぬはいけ水にうかべる蓮のひろ葉なりけり

夏しらぬやまべをさしてゆく旅も道の暑さの堪へがたきかな

民のため年ある秋をいのる身はたへぬあつさも厭はざりけり

あきのよの月はこのまにかたぶきてくらき垣根に虫のねぞする

わがためにあつめしならむ草枕たびのやどりの松むしのこゑ

秋風に柳のかれ葉ちりうきて水の上寒くすめる月かな

はれわたる空にむかひて思ふかな新高山の月はいかにと

このうへにいくへふりそふ雪去らむたかむら高くなりまさりつゝ

嶺たかくつらなる山に雪見えて車のうちもさゆる今日かな

埋火にうちむかひても霜をふむ人の寒さを思ふよはかな

笹原も小松がはらも霜ふりて枯野まばゆく朝日さすなり

ふる里のにはの池水昔わが放ちし亀はいまもすむらむ

旅やかたところかはれどわれをまつ民の心はひとつなりけり

はまどのゝ庭のものともみゆるかな芝のうらわにうかぶつり舟

高殿に身はありながらあま小舟うかぶ波間にゆく心かな

ちはやぶる神のこゝろを心にてわが国民を治めてしがな

明治35年 (49才)

春霞へだてはてたり品川の沖のなみまにきづくうてなも

高殿のつつのけぶりは薄らぎて都大路ぞかすみはてたる

大森の梅はいかにとたづぬればまばらに花のさけりとぞいふ

あけわたる高ねはいまだくらけれどさく花白くあらはれにけり

まつりごといとまなき身は春の日をながきものとも思はざりけり

風たえてのどかなりけり浜殿のにはの花見をもよほせる日に

堀のうちにむれてあそびし水鳥もおほかたたちぬ春たけぬらし

九重のにはの芝生も水こえぬふりつづきたるさみだれのころ

玉川のながれをひきしやりみづにあつさわするる九重の庭

蓮の花かをれる池におりたちてつばさをあらふ山がらすかな

この夏はさむくやあらむ二荒山みやこも雨のふりつづくなり

こぞの秋ふみわけたりし宮城野のはぎもこのごろさかりなるらむ

照る月の光にみれば岡のべのすすきみながら穂にいでにけり

魚のとぶかげのみ見えていけ水に月の光はいまだうつらず

乗る駒のおとぞきこゆる庭の月みせむとおもふ人やきぬらむ

川風にながるる霧のあとみえて薄くも月のうかびそめたる

照る月のかげぞさしいる高殿の窓のともしびしばしともすな

かりとりし田のもの落ち穂あさるらむそこはかとなく雁のむれたる

野分だつ風にこころのさわぐかなみのりし田のもいかがあらむと

里近くなりにけらしなささ栗のおつる山路に人の声する

けふもまた車のうちにありながら秋の田のものけしきをぞみる

すめ神にはつほささげて国民と共に年ある秋を祝はむ

不忍のいけのはちすの花ざかりまだみぬさきに夏もすぎにき

昨日今日照る日まばゆくなりにけり山田のいねもいまみのるらむ

たびねする人はいかにととひやらむ都も風のさむくなりぬる

冬がれの野末に見ゆる白雪は何のあがたの峰にかあるらむ

月さえて大路の霜やこほるらむ車の音の高くきこゆる

ふくかぜにおどろきぬらむひき堀の上にひとむら鴨のたつみゆ

水鳥の声ぞ聞こゆる吹上の園のあさ風さむくふくらし

あらたまの年のおはりになるまでも世のまつりごとしげくもあるかな

くにたみの上ことなくてあらたまの年のおはりになるぞうれしき

おく霜のいろよりほかのいろもなきあしたの庭にからすたつなり

青森の雪はいかにとけふもまたあふ人ごとにいひかはしつつ

埋火にむかへど寒しふる雪のしたにうもれし人を思へば

かきくらしみゆきふるなりつはものの野辺のたむろやいかにさゆらむ

やま水のあふれしあたりいかにぞとおもひやるだにさむき夜半かな

いづこよりおこりしならむはれわたる空にひとむらみゆる白雲

朝まだきねやをいでてはおもふかなけふはいかなることをきくかと

まつりごとききをはりたりこのゆふべこころしづかに月をまたまし

けふもまたゆふべになりぬことしげき世のまつりごとききはてぬまに

朝まだきこころしづかにおきいでて山にむかふがたのしかりけり

たまぼこの道のゆくてにともし火のつらなりたるはいちにやあるらむ

おく山のいはがねつたひゆく水もつひには海にいるとこそきけ

今のまに潮やさしけむ浜殿の池による波高くなりけり

むかしわがわたりていでし故郷の橋のみゆるはうれしかりけり

むす苔の下にいまなほくちせぬはむかしわたりし橋かあらぬか

ふく風のやどりとなりしふるさとの松いかばかりさびしかるらむ

ふるさとのむかしがたりをたづぬべき人もおほかた老いにけるかな

外つ国の園のけしきもおもふまで花てふ花をあつめけるかな

旅衣松の木かげにたちよりてともなふ人のつかれやすめむ

旅だちてほどもへなくにみちのくの山みるまでに遠く来にけり

草枕たびのやどりをたちいでて朝日のかげにむかひてぞゆく

たびごろもかへる都にちかづきてふじのね遠くみゆるうれしさ

おもしろき旅路なりけり諸人とくるまがうちに物語して

をぐるまのすぐるまにまにうれしきはむかふる民の心なりけり

窓あけて明けゆく波をみつるかな浜辺の里の旅のねざめに

しきたへの枕に近き鳥がねにおきいでて旅のよそひをぞする

遠くとも渡りてゆかむわがためにかけたりときく野路の川橋

人をして後に折らせむ小車のすぐる野道に梅のさきたる

ふみをよむいとまいとまに文机のをがめの花をみるぞ楽しき

年々にひらけひらけてまがなぢはいちのうへにもかかりけるかな

おく山のおどろが下もふみわけてまがねの道を開きけるかな

ときはなる松の木立をかきねにて千代田の宮に年をふるかな

国の旗高くかかげていくさぶね沖の波路を進みゆくみゆ

まれ人のふねやいりけむ横浜のみなとにつつの音ひびくなり

隅田川堤の家のともしびのかげみなそこにかがやきにけり

こもりゐて歌やよむらむさよふけてさやかにみゆる窓のともしび

しづかなる山のけしきもながめけり朝まつりごといとまある日に

大ぞらのはれしあしたもみゆる日はすくなかりけりふじの遠山

ながき夜のふけわたるまでわらはべがふみよむ声のたえずきこゆる

のる人のちからもみえてかけりゆく駒のあしなみおもしろきかな

ますらをが勇むこころの駒くらべいづれかさきにならむとすらむ

いにしへの人のまことを知るたびにふみはしたしくなりまさりけり

ちはやぶる神のまもりをあふぐかな世のまつりごときくにつけても

今日もまた風ふきたちてふる雨に思ふは水のうれへなりけり

旅路ゆく車のうちにさまざまの昔語りもききてけるかな

まつりごといとまなき身はいそのかみふりにしふみをみるひまもなし

絵をまなぶ人や住むらむ窓の上に花のいろいろあつめたりけり

おのがじしよわたる道にくにたみのすすむときくがたのしかりけり

旅ゐするわれにみせむとけふもまた網引きすらしも浦のあま人

をちこちにつかひをやりて野も山もひらけしさまをきくぞうれしき

朝まだき駒の足音ぞきこゆなる門出しぬべき時やきぬらむ

いさみたつ駒をならべてつはもののたむろをいづるおときこゆなり

わたの原はれしあしたにいくさぶねいづくの沖をゆきめぐるらむ

庭のおもの芝生がなかにつくづくし植ゑたるごとくおひいでにけり

ふるさとの軒端のさくらこの春もわれを待ちてやひとりさくらむ

あらしやま花のさかりを人づてにきゝてことしの春もすぎにき

旅衣こゝろかろくもたちいでゝ花にあそぶは楽しかるらむ

池みづにちりてうかべる花をまたたゞよはしても春風ぞふく

ふるさとの花橘を夏ごとに千代田の宮におもひやるかな

夏の夜の月のかつらのなり所すゞしき風のいかにふくらむ

たかどのゝ内もあつさにたへぬ日にしづがふせやを思ひこそやれ

世をおもふ心の雲もうちはれてこよひさやけき月をみるかな

あしたづのなく声すみてふけにけり千代田の宮の秋のよの月

九重のにはも野分にあれにけりしづがふせやはいかにかあるらむ

ことしげきこの秋にしも千町田のみのりよろしと聞くが嬉しさ

小山田のをしねかるべくなりぬらむ庭の薄もほにいでにけり

故郷の高雄の紅葉ちかゝらば折りとらせてもみてましものを

ゆたかなる年の初穂をさゝげつゝしづもあがたの神祭るらむ

冬がれの芝生の菫さきにけり小春の日影さしわたりつゝ

あかねさす夕日のかげは入りはてゝ空にのこれる富士のとほ山

くにたみのつらなる道をかつみつゝ旅にいづるがたのしかりけり

国民のおくりむかへて行くところさびしさしらぬ鄙の長みち

心ゆく旅路なりけり大空にはれたるふじの山もみえつゝ

遠くとも渡りてゆかむわが為にかけたりときく野路の川橋

大空に風のふきあげし木の葉かと思ふばかりにとぶ小鳥かな

山かぜにふき乱されてたつ鳥のうは毛ちりくる森のしたみち

やどるべき木立多かる森にてもねぐら争ふむら烏かな

のる人の心をはやくしる駒はものいふよりもあはれなりけり

勇みたつ駒をひかへて進めてふ声やまつらむつはものゝとも

さま/゛\の書のつどひてけふもまた机のうへのせばくなりぬる

わたのはら汐ぞみつらし波の上に浮ぶ小島のひきくなりぬる

暁のねざめしづかに思ふかなわがまつりごといかゞあらむと

あた波をふせぎし人はみなと川神となりてぞ世を守るらむ

神垣のみしめゆらぎて加茂山の松の梢にあさかぜぞ吹く

やすからむ世をこそいのれ天つ神くにつ社に幣をたむけて

ちはやぶる神のまもりによりてこそわが葦原のくにはやすけれ

千万の神もひとつにまもるらむ青人草のしげりゆく世を

千早ぶる神のひらきし敷島の道はさかえむ万代までに

はれまなき雨につけても思ふかな今年の秋のみのりいかにと

ものゝふのせめたゝかひし田原坂まつも老木となりにけるかな

つはものと共に野山をわけてみむ手馴の駒にくらをおかせて

梓弓やしまのほかも波風のしづかなる世をわがいのるかな

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