月別アーカイブ: 2014年4月

結城氏と小山氏の関係を調べていて気づいたのだが、 結城直朝の幼名は「犬鶴丸」。 小山義政の息子に「若犬丸」(元服前に死んだか)。 小山朝郷の幼名は「常犬丸」。 小山持政の幼名は「藤犬丸」。 小山氏郷(の子?)「虎犬丸」。 氏郷が若死にしたので山川家から成長を養子をもらい、成長の幼名が「梅犬丸」。 成長は小山泰朝の曾孫。 つまり、結城氏と小山氏には「某犬丸」「犬某丸」という幼名が一般的だったらしい。 そういう幼名を付けた他の武家の例がないわけではないが、 特に結城・小川氏に多い。 結城と言えば結城合戦。 「八犬伝」と無関係ではあるまい。 つまり犬の名を付けるのはもともとは安房ではなく下野、いや常陸の風習だったということだ。 いやいやいや、小山は下野で結城は常陸だわな。 ややこしい。 小山氏と結城氏の家系は養子縁組ばかりでよくわからん。 資料もあるようでないようで。 今も小山市と結城市は隣どうし。JR水戸線でつながれている。 なんか面白いな。 一度行ったことあるがすごい田舎だ。 だんだんわかってきた。 源平合戦のころ頼朝についた武将に小山朝光があり、 彼が結城朝光を名乗る。 つまり結城氏は小山氏から分かれた。 小山氏は藤原秀郷の子孫でもとは太田氏らしい。 だが、朝光の父政光くらいまでしか確かにはたどれないようだ。 要するに小山氏も結城氏も同族で頼朝の時代に、 その住む場所によって家名が… 続きを読む »

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龍ノ口

いま発作的に、「江の島合戦」というのを書いているのだがその取材を兼ねて江の島、鎌倉に遊びにいく。 江ノ電の江ノ島駅からすぐに龍ノ口というところがあり、その隣が腰越、その隣が小動岬、 その隣が七里ヶ浜、その隣が稲村ケ崎、その隣が由比ヶ浜、由比ヶ浜のどんづまりが材木座海岸。 材木座海岸から滑川をさかのぼり、 大町大路と若宮大路が交差する下馬という交差点まで、 これが今日の散歩道だったのだが、距離にして10kmちょいくらいだろうか。 全然普通に歩ける。 一つ確かめたかったのは、龍ノ口というところから狼煙をあげるとそれが平塚から見えるかどうか、 であった。 龍ノ口の山の上にはかなり目立つ真っ白な仏舎利塔が建っている。 なんでもインド首相のネルーから送られた仏舎利を収めているそうだ。 仏陀の骨ってどんだけあるんだ。 後光明天皇が庭にぶちまけた気持ちがよく分かる気がする。 そんで平塚のほうを眺めてみたが、ぼんやりしててよくわからん。 拡大してよく見ると島か、海に突き出した桟橋のようなものがみえる。 これらは茅ヶ崎であるらしい。 だから茅ヶ崎まではまあ肉眼でも楽勝で見えるだろう。 早朝でガスってなければ平塚だって見えるだろう。 夜に火を焚けば当然見えるだろう。 というか茅ヶ崎で誰かが中継すれば平塚には届くだろう。 むしろ龍ノ口の仏舎利塔がどのくらい離れて見えるかを確かめたほうが話は早かったはずで… 続きを読む »

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南総里見八犬伝

南総里見八犬伝が、足利持氏・成氏父子によって引き起こされた、 永享の乱から享徳の乱に至る、関東の騒乱を元にした伝奇小説であることを知り、 今さらながら衝撃を受けている。 古河公方のことを滸河公方(訓みは同じ)などと記している。 [南総里見八犬伝の登場人物](https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E7%B7%8F%E9%87%8C%E8%A6%8B%E5%85%AB%E7%8A%AC%E4%BC%9D%E3%81%AE%E7%99%BB%E5%A0%B4%E4%BA%BA%E7%89%A9) によれば、 長尾景春、足利成氏、上杉定正、千葉自胤、上杉顕定、北条早雲などが登場しているのに、 太田道灌は出てこない。 実に不思議である。 私の小説「川越素描」では、千葉自胤の妹佐枝が赤塚姫で(架空の人物)、太田道灌の愛妾になることになっている。 山崎菜摘と竹田一成、そして木下加奈子の三人は卒業制作に歌劇「赤塚姫」を作る、というものなんだがね。 とにかくもうびっくりである。 滝沢馬琴先生とネタがかぶってたなんて。全然しらんかった。 ともかく原文でじっくり読ませてもらい、ネタをいただこう。 太田道灌と千葉自胤は同世代だが、長尾景春、上杉定正などは少し年下、上杉顕定、北条早雲などはもっと後の人である。 扇谷定正と山内顕定と足利成氏の連合軍が里見を攻める、これ… 続きを読む »

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江の島合戦

成氏が鎌倉公方に復帰するときには当然父持氏についた恩顧の家臣らを鎌倉に連れてきたわけだが、 幕府再建の名のもとに、事実上の鎌倉の領主である上杉家宰の長尾や太田は、 その所領の一部を成氏の名のもとに没収されようとした、というのはあり得る話である。 その多くは実際没収されたであろう。 だが、長尾の本貫である鎌倉郡長尾郷までも、成氏の家臣簗田持助にとられようとして、 長尾は反発した。 家宰長尾景仲は主君関東管領上杉憲忠にその取り消しを願い、また簗田持助と多少の揉め事があっただろう。 それで長尾と太田が先に鎌倉公方の御所を襲撃したという記述も見えるが、 襲撃計画が事前に漏れて逃れた、というほうが事実に近く、おそらくは、 成氏が江の島弁天を参詣したときに簗田あたりがそそのかして、鎌倉に戻らず、 場合によっては頼朝のように海路安房にわたって、それから持氏らの本拠であった結城に戻り、再起をはかりましょう、 くらいのことは言ったかもしれない。 つまりは成氏は幕府再建がうまくいかなそうだから、鎌倉を出て、江の島から房総方面へ逃げようとした。 あるいはいったん江の島を陣として、鎌倉を実効支配しようとしたのではないか。 いきなり長尾太田が鎌倉御所を襲うというのは信じられない。 また江の島合戦という呼称自体が、成氏が江の島を陣としたことによるのであり、 江の島で実際の戦闘があったわけではない。 鎌倉御所で… 続きを読む »

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ややこしい。

とりあえずまとめておく。 [足利満兼](http://www7a.biglobe.ne.jp/~echigoya/jin/AshikagaMitsukane.html) によれば、満兼は義満を討って自分が将軍になろうとした、という。 西国六国の守護大内義弘が乱を起こすと挙兵して上洛をうかがうが、 乱がおさまったので鎌倉に帰っている。 義満はこれに怒り陸奥国伊達政宗に反乱を起こさせるが、 満兼は[上杉禅秀](http://www7a.biglobe.ne.jp/~echigoya/jin/UesugiZensyuu.html)を大将として派遣して平定する。 満兼が死んだとき(1409)、息子の持氏はまだ満11歳で、元服前だっただろう。 満兼の弟[満隆](http://www7a.biglobe.ne.jp/~echigoya/jin/AshikagaMitsutaka.html)は不服として自分が鎌倉公方になろうとする。 当然、満兼を嫌っていた京都将軍家の支持があっただろう。 しかし結局満隆は折れて持氏の弟満仲を養子とする(1410)。 持氏と上杉禅秀は不仲で、禅秀は関東管領を辞する。 不服とした理由は家人が持氏に領地を没収されたからとあるが、まあいろいろあったのだろう。 このとき当然禅秀は満隆に接近したであろう。 持氏と満仲も不和だった可能性がある。 こうして、満隆・満仲・禅秀は持… 続きを読む »

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足利将軍家

こうして系図にしてみると、 足利将軍家というのは兄弟で横にどんどん分岐していて、 しかも徳川氏のように御三家とか御三卿などの区別もなく、 尊氏の子孫のだれが偉いのかという序列もないように見える。 これではお家騒動が頻発してもおかしくない。 そのお家騒動に乗じて守護らが力をつけていき、足利氏はさらに弱体化していったはずだ。 逆の言い方をすれば徳川氏は足利氏のありさまを見て、 争い事が起きないような相続の規則を定めたのだろう。 徳川氏ではめったに起きてない、同族間の抗争が、足利氏では頻発しているのがわかるのである。 しかしまあ、知れば知るほど室町時代は奥が深いな。 そのうえほとんど世間には知られていない。

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ゴッドファーザー追記

今では映画が一つあたるとシリーズ化するのが当たり前のようになっているが、 ゴッドファーザーの頃はそうでもなかったらしく、 続編を作ることにいろんな抵抗があったようだ。 二作目は一作目の前の話と後の話でサンドイッチする形で作られており、 一作目に相当する時期のちょっとした逸話も挿入されている。 もしマーロン・ブランドがヴィト役を引き受けていたらもっとその部分を膨らましただろう。 興行的にはともかくとして、またこの作品が結果として非常に優れているということもおいておいて、 この二作目はおそらく作る必要のないものだった。 少なくとも一作目から必然的連続的に出てくる話ではない。 コッポラはのちに地獄の黙示録を作ったように、 キューバ革命を描きたかったのだろう。 いや話はほんとは逆で、当時同時進行していたベトナム戦争が、 かつてのキューバ革命をコッポラに思い出させたのだろう。 彼の関心はアメリカという国の大義名分というものではなかったか。 あるいはアメリカ人を負かしたベトナム人やキューバ人に興味があったのかもしれない。 マフィアの話を書きたいのでもなかったかもしれない。 コッポラはヴィトやマイケルになんとかして表の世界、 つまり知事や上院議員などの仕事に就かせようとする。 裏社会の話は彼にはどうでも良い気がしていたのではないか。 コッポラにはゴッドファーザーという持ちネタがあったから、 ある… 続きを読む »

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映画と原作

もともとの出典はわからぬが、ウィキペディア「宮崎駿」には、 > この時期、『となりのトトロ』『もののけ姫』『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』などの原型となるオリジナル企画を構想しているが実現には至らなかった。宮崎の才能に惚れ込んだ鈴木敏夫は『風の谷のナウシカ』の映画化を目論み、徳間書店の企画会議に諮った。が、「原作のないものは、無理」という理由で却下された。 『コナン』の時より宮崎に注目していた徳間書店の『アニメージュ』誌編集長・尾形英夫は、オリジナル企画実現のため「原作付き」のハクをつけることを考案、『アニメージュ』1982年2月号より『風の谷のナウシカ』の連載が始まり、やがて多くの読者の支持を集めるようになる。 と書かれている。 原作がなければ映画は作れない、という通念が存在しているのかどうか、ということが長いこと気にかかっていた。 だもんだから、「川越素描」の中では、 > 私ね、以前に、加奈子にノベルゲーの台本を書いてみてはどうかって、アドバイスされたことがあったのだけど、そのとき気づいたの。私が書きたいのは台本ではなくて、小説なんだってことが。それもラノベとかじゃあなくて、ばりばりの長編小説で、登場人物が百人くらい出てきて、主人公もどんどん代わっていくようなもの。それで、まず私は原作を小説で書くわ。それを台本に落としていくの。たとえば、黒澤明監督の映画にも、山本周五郎… 続きを読む »

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Frank Pentangeli

[Frank Pentangeli](http://en.wikipedia.org/wiki/Frank_Pentangeli)。 映画の中では明示されていないプロットが明かされている。 フランクの兄ヴィンチェンツォはシチリアから来た。 ヴィンチェンツォもまたシチリアのマフィアである。 ヴィンチェンツォはフランクに、 ファミリーに不利益な証言をすることでペンタンジェリ家の名誉を汚すなと目で訴えた。 マイケルはこうしてヴィンチェンツォを連れてくることによってフランクの考えを変えさせることに成功した。 またフランクがシチリアに残してきた一族はヴィンチェンツォによって守られているが、 もしフランクが一族の名誉を汚したらその庇護もなくなるということを意味したかもしれない。 フランクはもともと公聴会の証人としてFBIに保護されていた(Protective custody)のであるが、 今度は偽証罪のために400年間、つまり死ぬまで刑務所に入ることになった。 トムはフランクに面会して、 コルレオーネ一家がフランクの家族の生活を保障する代わりに自殺してもらいたいということをほのめかす。 つまりはマイケルによって口封じされたことになる。 てことを映画を見ただけでわかるはずがない。

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ゴッドファーザー2

面白いんだが、よくまあこんな複雑な話を作ったものだと思う。しかも長い。 少し無理があるなと思うのは、マイケルがネヴァダからマイアミへロスに会いに行き、 その後ニューヨークでフランクに面会したときに、 マイケルを襲撃した黒幕がロスであることに気づいてたということだ。 ネヴァダにいた頃から気づいていたのか。 マイアミで直接ロスにあって直感したのか。 それともフランクの反応を見て最終的に確信にいたったのか。 語られていないことが多いのだが、 いずれにせよ、 あれだけのヒントでどうしてロスが黒幕と断定できるのか。 そこにかなり無理を感じる。 ロスのモデルは[マイヤー・ランスキー](http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC)というユダヤ系ロシア人であろう。 革命前のキューバでのしあがったマフィア。 カストロが親米政権を倒すとラスヴェガスの賭博に目をつける。 晩年イスラエル国籍を得ようとするが拒否される。 映画の中の設定と同じだ。 ラスヴェガスのカジノ産業を創始したモー・グリーンというマフィアのモデルは [ベンジャミン・シーゲル](http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%8… 続きを読む »

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