明治40年 (54才)

めづらしき時すぎたれどふるさとのわかなときけばなつかしきかな

ちりはてて日数へにしをおもかげにいつまでのこるさくらなるらむ

さくら花ところどころに見えそめてあけはなれゆく山のしづけさ

春さむみ花のこずゑのふふまねば宴せむ日をさだめかねつつ

そらくもり風たちそめぬさくら花あすは宴とさだめしものを

桐の葉のかげふみながら夏の夜の月みてをればなくほととぎす

みなといでて都にいそぐわがふねをよこぎりわたるあまつかりがね

うたげにはつらなりがたき老い人に折りてをやらむにはのしらぎく

みやこにてことしも聞きぬ春日野の飛火の野辺のまつむしのこゑ

佃島白魚とらむとほす網にふりかかりたるけさの雪かな

つき山のゆきをみつつも思ふかな樺太島の寒さいかにと

あかねさす夕日の色になりにけりましろなりつる富士のとほ山

はたつものそののうちにもつくらせて田舎のさまをちかくみるかな

ふく風もたえてふけゆく小夜なかにただひとすぢの水のおとする

横須賀のみなとにいりて見わたせばなかばつくれる船もありけり

おもひいづることのみおほきふるさとにのこれる人はまれになりにき

おひたちしさとのかきねの松みればかげにあそびし昔をぞおもふ

月の輪のみさざきまうでする袖に松の古葉もちりかかりつつ

万代をうたひかはしてさとびとはわれむかへけり伊勢の旅ぢに

たびにいでてけふまのあたりみつるかなひなのはてまでひらけたる世を

くに民のむかふるかたにたちよりてたびにおほくの日数へにけり

荒鷹のつばさぞみゆる枯れ枝はあらしに折れし山松のうへに

玉づさをつたへしならむもののふのたむろが上をはとの飛ぶみゆ

雨と降る弾丸をしのぎてたたかひの道にたちにし駒のををしさ

ふるさとの池にうかべるみどりがめ昔はなちしそれかあらぬか

ひらきみて後にや人のしのぶらむことしげき世の文のまきまき

なにはづををしへしうなゐたまづさをかくばかりにも書きならひけり

おこたらずならひしならむをさな子がかきしたまづさ去年にまされり

年の名をしるす瓦にいにしへの家づくりこそおもひやらるれ

万代のこゑをのせてもいくさぶねふなおろしする横須賀の海

おほやしままもらむふねの年々に数そふ世こそうれしかりけれ

たたかひのつつのひびきはきのふにていはふ花火のおと聞こゆなり

ふじのねは空にのこりてちかく見し山も岡べもくれはてにけり

国のためいさををたてし老い人のさかゆくみればうれしかりけり

たらちねのみおやの御代につかへたる老いもすくなくなりにけるかな

かなし子にかたりきかせよ国のため命すてにし親のいさをを

うば車ひかれながらに市中のにぎはひしらでねぶるうなゐ子

世はやすくをさまりたれどいかにぞとおもはぬ間なし民のなりはひ

いさをある人を教へのおやにしておほしたてなむやまとなでしこ

ときのまのあらそひながらくらべ馬おくれしかたぞ力なげなる

おくれじときそへる駒のかけあしをみる人さへぞ汗ばみにける

ゆきめぐりみるものごとにくに民のすすむ手わざをしるぞうれしき

つらねたるうつはに著し年々にひろくなりゆく民のなりはひ

ぬばたまのゆめにひとしきいにしへを寝ざめの床におもひいでつつ

たらちねのみおやの御代はしら雲のよそぢのよそになりにけるかな

その世にはさもあらざりしことだにも過ぎておもへばこひしかりけり

こよひまたむかしがたりは国のためたふれし人のうへにおよべり

かへりごと待つぞたのしきつみためしことのはぐさを人にみせつつ

ぬきがたき山をぬきたるますらをが手ぶりをみする習志野の原

いさをある人のあとをもたづねけりあがたの里の旅にいでつつ

あたらしき年のほぎごときくにはに万代よばふ軒のまつかぜ

すさまじとおもふ光はうせながらまだ風寒し春のよの月

月もまださしのこりたる暁の庭のさゝふにうぐひすのなく

うぐひすの鳴くこゑすなり桜田の堤の松の霞がくれに

ひとたびは花もさくべくあたゝかにしなりにしものを泡雪のふる

さかりなる梅の林はうれしくもこよひのやどの庭にざりける

をさな子につませまほしと思ふかな菫花さく庭をめぐりて

母が手にひかれてあゆむうなゐこのたちとまりては菫つむなり

さく花のいろまだ見えぬ暁の山しづかなり春のよの月

青柳のかげふむ道にいつよりかにほひそめけむ夕月のかげ

おぼろ夜の月のよみちのくらければ車の影もうつらざりけり

花のかげふむ人もなきふる里のおぼろ月夜やさびしかるらむ

蝶もまだ枝に眠りて花園のあめしづかなる朝ぼらけかな

をちかたに鳴くやかはづの声はして春の雨夜のしづかなるかな

老人がむかしがたりもきゝてけりものしづかなる春の雨夜に

はてもなき野に放てども春駒のひとりは遠くあそばざりけり

親のあとしたひて遊ぶ若ごまのをさな心は人にかはらず

はるの野にむれてあそべるわか駒を庭に放ちてみまほしきかな

山かぜにたわむ桜の枝みれば人のこゝろもやすからぬかな

さくら花さかりになりぬ雨かすむあしたの庭もくらからぬまで

都人そでをつらねてかみぞのゝ花のさかりに遊ぶ春かな

つかさ人さゝぐるふみは多かれど花みるほどのひまはありけり

をさなくて見し世の春をしのぶかなふるき都の花のさかりに

ときのまに散りゆくものか桜花こゝらの日数人にまたせて

人みなの惜む心はしりながらかぎりある世と花のちるらむ

治まれる世の春風をうけてこそ花ものどかに咲き匂ひけれ

さくらばを散るまで春はたけたれど雨なほ寒き朝ぼらけかな

花見つゝ遊ぶ春日におもふかなたがへす民のいとまなき世を

おのがじゝつとめを終へし後にこそ花の陰にはたつべかりけれ

平かに世はをさまりて国民と共に楽しむ春ぞ嬉しき

めづらしきこの初声をほとゝぎすおほくの人にきかせてしがな

あしひきの山ほとゝぎすふた声となのらぬ心たかくもあるかな

まさごぢにうかれ烏のかげみえてすゞみのにはの月ふけにけり

日にやけしいさごのうへも露みえて月夜すゞしくなれる庭かな

かたはらに眠るうなゐは夏草をかるしづのめがうまごなるらむ

俄にも照る日のひかりかきくらしいらかをたゝく夕立のあめ

夕立の雨は高嶺をこえにけり並木の松に風をのこして

ゆふべ/\すゞみのにはにたつことも事なき時に逢へばなりけり

端居せぬよはこそなけれ大空に天の河原のみえそめしより

ありあけの月のしづくを蓮葉の上に残して夜は明けにけり

藻刈舟こゝろしてさせ池水にはすのわか葉の浮びそめたる

つばめとぶ影のみ見えて田うゑ時家に人なき小山田の里

しら露の風にこぼるゝ数見えて朝日すゞしき竹の下庵

文机のもとにかゝぐるともし火の影さへ暑くおもふよはかな

窓のうちに扇とれどもあつき日にてるひをうけてしづの草かる

はる/゛\と風のゆくへの見ゆるかなすゝきが原の秋の夜の月

月のかげふまむとおもふ浅茅生にみちてきこゆるむしの声かな

くさひばり鳴きもぞやむと秋の夜の月なき窓もさゝれざりけり

遠山の雲も動きて秋の野のちはらかやはら風わたるなり

秋風はふきなあらびそ足曳の山田のをしねかりあぐるまで

ゆふづく日かげろふ森のこがくれにひぐらしなきて秋風ぞふく

老人が昔がたりもつきぬべしあまりに秋の夜のながくして

あきのよの月は昔ににかはらねど世になき人の多くなりぬる

松陰の石のともしびけちてみよひるよりあかし秋の夜の月

むかしいま思ひあつめてつく/゛\とふけゆく月をながめつるかな

野分だつ雲のひまよりあらはるゝ月の光のすごくもあるかな

たむろしてよな/\見てし広島の月はそのよにかはらざるらむ

鳴きわたる雲居はおきて水底にうつろふ鴈のかげをみるかな

堤ゆく人かげ絶えてすみぞめの夕霧くらし寺島の里

みせつべき人をかぞへて青山のそのふの菊のさかりをぞまつ

いたづらにをりなやつしそ見ぬ人もまだ多からむ庭の白菊

宴にはつらなりがたき老人にをりてをやらむ庭のしらぎく

一枝はをりてかへらむ旅やかたわがためうゑし白菊のはな

夕日影さすやかきねの初紅葉うすしとしらでをらせつるかな

うちわたす野末の山に雪みえてかれふのすゝき秋風ぞふく

あかねさす夕日の色に匂へども秋のみそらの雲ぞさびしき

たのしみは果なきものを夕日影かたぶきにけり秋の山ぶみ

庭にひくながれも秋はにごらぬを山水いかにすみまさるらむ

しま/゛\もさやかに見えてかゞみなす青海原に秋の風ふく

風寒き秋のゆふべにおもふかな水のあふれし里はいかにと

都にて今年もきゝつ春日野のとぶひの野べのまつ虫の声

よむ書もいまはとたゝむ文机のうへにさしくる月のかげかな

さま/゛\の野菊の花をしどけなくうゑたる庭のおもしろきかな

ふきおろす嶺のあらしにさま/゛\の紅葉ちりしく山のした道

霜ふりてさむき朝かな園もりが帚とる手もさぞこゞゆらむ

朝霜のふかさしられて山かげの庭のくま笹青き色なし

むら鳥もやどらむかたやなかるらむ林ゆすりてこがらしのふく

こがらしの風にすまひてひとつ松いくらの冬をしのぎきぬらむ

我山の松の林にかへりけり空にきこえし木枯のかぜ

くみあげし水のけぶりも消えぬまにつるべの雫はやこほりけり

わたどのゝ窓に枯木の影見えて宮のうちまでさゆる月かな

大宮のめぐりの堀を冬ごとにかはらぬやどゝ鴨のつくらむ

つねに住むをしのつがいをあるじにて今年も池にかものつくらむ

朝づく日にほふ堤にねぶりけり夜たゞさわぎしいけの水鳥

めづらしと思ひもあへずとけにけり霜よりうすきけさの初雪

底白くみゆるは月の光にて雪は早くも降りやみにけり

こがらしのふきはらしたる空遠く甲斐のたかねの雪ぞ見えける

しづのをが一人ひきゆくをぐるまの重荷の上につもる雪かな

乗る人はありともみえず苫の上に雪をつみてもくだる川舟

築山のゆきを見つゝもおもふかな樺太島の寒さいかにと

埋火のもとのまとゐに老人が語ることみな昔なりけり

あらたまの年のをはりもちかづきぬ暑し寒しといひくらすまに

高殿のまどおしひらけ桜田のつゝみの松につもる雪みむ

あさみどり晴れたる空になびけども煙の末はさびしかりけり

大空もくもるばかりに靡きけりいとなみひろき里のけぶりは

ひむかしのみそらしらむと思ふまに山の姿ぞあらはれにける

しづかにも眠さめたるあしたかな心にかゝる夢も見ずして

司人まかでし後のゆふまぐれこゝろしづかに書をみるかな

ひらかずばいかで光のあらはれむこがね花さく山はありとも

いかならむ神かまつれる山かげの窟のうへにしめはへてけり

うるはしくうねづくりせる山畑になにの種をかしづはまくらむ

いとまあらばふみわけて見よ千早ぶる神代ながらの敷島の道

絶えたりとおもふ道にもいつしかとしをりする人あらはれにけり

おのが身を修むる道は学ばなむしづがなりはひ暇なくとも

なかばにてやすらふことのなくもがな学の道のわけがたしとて

ゆるされてまなびの窓をいづる子よ思はぬ道にふみな迷ひそ

山川の早瀬の波のたちまちに橋うちわたすいくさ人かな

山川のながれは末になりぬれどにごらぬ水は濁らざりけり

九重のうちもみやまのこゝちして枕にひゞく水の音かな

彼の方や東なるらむあさづく日にほひそめたり沖の波間に

いそざきはかくれ岩こそ多からめよせくる波のくだけてはちる

にぎはへるさととはなりぬいにし年あらのの末とみてしところも

春秋の花に紅葉にこひしきは昔すみにし都なりけり

へだてなく親しむ世こそ嬉しけれとなりの国も事あらずして

事そぎてあればある世と思ひけり旅のやかたに日数かさねて

かきねゆく水にひゞきて松風の音もながるゝやまのした庵

ともしびの細き光をたのみにて山田のしづは縄やなふらむ

うまやぢの並木の松のかげみれば昔の旅のしのばるゝかな

はりまがた舞子のはまの浜松のかげに遊びし春をしぞ思ふ

波風をしのぎ/\て荒磯の松はちとせの根をかためけむ

むさしのといひし世よりや栄ゆらむ千代田の宮のにはの老松

おほぞらの雲より外に千代へたる松の上にはたつものぞなき

大空につばさをのべてとぶ烏もねぐらに迷ふときはありけり

朝まだきねぐら離れてたつみれば鳥もつとめはある世なりけり

にはつとり鳴く声すなり竹村のあなたやしづがすみかなるらむ

ひさしくもわが飼ふ馬の老いゆくををしむは人にかはらざりけり

人ならばほまれのしるし授けまし軍のにはにたちし荒駒

かみつ代のことをつばらにしるしたる書をしるべに世を治めてむ

いにしへの文の林をわけてこそあらたなるよの道もしらるれ

おもふことうちつけにいふ幼児の言葉はやがて歌にぞありける

天地もうごかすといふことのはのまことの道は誰かしるらむ

ことのはのまことのみちを月花のもてあそびとは思はざらなむ

おのが名もかくべくなりぬうなゐ子が手習ふ道に入るとみしまに

よりそはむひまはなくとも文机のうへには塵をすゑずもあらなむ

国の仇はらはむためときたひてし太刀の光は世にかゞやきぬ

神代よりうけし宝をまもりにて治め来にけり日のもとつ国

末までもきかまほしきをたくはへし声のたゆるが惜しくもあるかな

棹とりて過ぎ行く人はありながら小舟は見えず蘆にかくれて

わが国にありとあらゆる山の名をふねてふ船におほせてしがな

いづこより漕ぎいでぬらむたゞひとつ沖にうかベる海士のつり舟

こぎわたりこぎかへりつゝわたし舟さををやすむるひまやなからむ

ひとりして早瀬をくだす筏にはかへりて波もかゝらざりけり

こぎ帰る小舟もあまたみえしかど沖にみちたり漁火のかげ

なぎさゆく船のありともしらざりきおきべ遥かにうちまもるまは

事しあらば火にも水にいりなむと思ふがやがてやまとだましひ

うつせみの世はやすらかにをさまりぬ我をたすくる臣のちからに

世の中をおもふたびにも思ふかなわがあやまちのありやいかにと

よこさまにおもひないりそ世の中にすゝまむ道ははかどらずとも

世の為にいさをゝたてし老人は千年の山もこえよとぞ思ふ

老人をつどへてけふもかもきゝてけり弓矢とりにし昔がたりを

ゆるしたる杖をちからに老人がけしき聞かむと今日もきにけり

たらちねの親の心をなぐさめよ国につとむる暇ある日は

たらちねのみおやの教へあらたまの年ふるまゝに身にぞしみける

思ふ事おもふがまゝに言ひいづるをさな心やまことなるらむ

みなし子にかたりきかせよ国のため命すてにし親のいさをを

すゝみゆく世に生れたるうなゐにも昔のことは教へおかなむ

幼子のおひたつみれば老人はおもひのほかにかはらざりけり

たらちねのおやの教をまもる子はまなびの道もまどはざるらむ

すゝむ世を見るにつけても思ふかなわが国民のうへはいかにと

山深くかくるゝ人をむかへても世を治むべき道をとはばや

にひばりの田にも畑にも見ゆるかな広くなりゆくしづがなりはひ

すなどりは子等にゆづりて蘆の屋に網すく翁あはれおいたり

いさをある人を教のおやにしておほしたてなむやまとなでしこ

たららねのにはの教はせばけれどひろき世にたつもとゐとぞなる

わけのぼる道のしをりとなる松は位なくてもうやまはれけり

国のため身のほど/\に尽さなむ心のすゝむ道を学びて

かけてだに思はぬことも見つるかなあやしき物は夢にぞありける

慕はしとおもふ心やかよひけむ昔の人ぞゆめに見えける

たむろせし世をこそおもへ広島のさとのうつし絵見るにつけても

目に見えぬ神にむかひてはぢざるは人の心のまことなりけり

めにみえぬかみの心に通ふこそひとの心のまことなりけれ

しるべする人を嬉しく見いでけりわがことのはの道のゆくてに

国民のわくるちからのあらはれて道てふみちのひらけゆくかな

しづかにも世は治まりて月花にあそぶ今年ぞうれしかりける

たらちねの親につかへてまめなるが人のまことの始なりけり

やすくしてなし得がたきは世の中の人のひとたるおこなひにして

世の中にしられていよゝみがゝなむわか敷島のやまとだましひ

おもふこと思ふがまゝになれりとも身を慎まむことな忘れそ

万代にうごかぬものはいにしへの聖のみよのおきてなりけり

言の葉のかずよみしても見つるかなわがまつりごと暇ある日に

世の中の人におくれをとりぬべしすゝまむときに進まざりせば

よの人を導くまではあらずとも進まむときにおくれざらなむ

石上ふるき手ぶりもとひてみむ物しる人に尋ねいでつゝ

いさをある人のあとをもたずねけり県の里の旅にいでつゝ

暇あればまづこそ思へ戦にたゝれずなりし人はいかにと

かみつよの御代のおきてをたがへじと思ふぞおのがねがひなりける

抜き難き山をもぬきしますらをが手ぶりをみするならしのの原

身にうけしいたでもいえてつはものの世わたる道にいまはたつらむ

開けゆくときにいよ/\仰がれぬ聖の御代のたかきをしへは

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