恋歌

契沖

> きのふまで 何とはなくて 思ふこと 今日定まりぬ 恋のひとつに

正徹

> たのめつつ いそぐ春日の くれがたみ さらばのどかに 添ふ夜半もがな

実朝

> かもめゐる 荒磯の州崎 潮満ちて 隠ろひゆけば まさる我が恋

よみ人しらず

> 夕月夜 おぼろに人を 見てしより あま雲はれぬ ここちこそすれ

小町

> つゆのいのち はかなきものと あさゆふに 生きたる限り あひ見てしがな

相模

> 恋しとも えこそ言はれね なかなかに 言はばおろかに なりぬべければ

崇徳院

> 恋ひ死なば 鳥ともなりて 君が住む 宿の梢に ねぐら定めむ

藤原実清

> 荒熊の 住むと言ふなる 深山にも 妹だにあると 聞かば入りなむ

宣長

> 青柳の いとかりそめに 見し人を 苦しきまでや 思ひ乱れむ

狭野弟上娘子

> 君が行く 道の長手を 繰り畳ね 焼き滅ぼさむ 天の火もがも

大伴坂上郎女

> 千鳥鳴く 佐保の川瀬の さざれ波 やむ時もなし 我が恋ふらくは

磐姫皇后

> かくばかり 恋ひつつあらずは 高山の 磐根し枕きて 死なましものを

幽斉

> 思ふをば 思はぬを世の ならひとぞ 知りてもまどふ 我が心かな

和泉式部

> たらちめの いさめしものを つれづれと 眺むるをだに とふ人もなき

宣長

> 見せばやな ちしほのもみぢ たをり来て 心の色は 知るやいかにと

宣長

> 飛鳥川 ふちせも知らで 渡りなば 世にもうきたる 名をや流さむ

宣長

> ひたすらに 消えも果てなで うき雲の うき中空に 何かかるらむ

宣長

> 我が恋は 深山隠れの 岩根松 いはねばこそあれ 年も経にけり

実朝

> あしびきの 山の岡辺に 刈る茅の つかの間もなく 乱れてぞ思ふ

実朝

> 須磨の浦に 海女のともせる 漁り火の ほのかに人を みるよしもがな

藤原顕輔

> あひ見ては いとど心の ひまもなし はてなきものは 恋にそありける

宣長

> しげりゆく すゑいかならむ 恋い草の まだ生ひそめて ほども経なくに

景樹

> 夕されば ちどり鳴き立ち 飾磨(しかま)川 汐の満ち来る 恋もするかな

和宮

> うつせみの 唐織衣 なにかせむ 綾も錦も 君ありてこそ

宗尊親王

> 思はずよ 寝くたれ髪の そのままに 乱れて人を 恋ひむものとは

鵜殿余野子

> 朝な朝な けづるとすれど 黒髪の おもひ乱るる すぢぞ多かる

景樹

> やがて身を 離れざりけり 黒髪の すゑ踏むばかり ありし面影

景樹

> あへばかく あはねば絶えて 山彦の おとづれだにも せぬやたれなり

景樹

> 杣人の いかだに作り さしおろす 日の暮れゆけば 恋しきものを

被妨恋
宣長

> いくとせか 雲ゐの雁の 声をだに 聞かでながむる 秋の夕霧

洩始恋
幽斉

> なかなかに もらしてやみむ 思ひ河 せきとどむべき 心ならねば

寄硯恋
宣長

> 塵積もる 硯の海の 涸れ果てて ふみもかよはぬ 山となりぬる

吉田兼好

> かよふべき 心ならねば 言の葉を さぞともわかで 人や聞くらむ

宣長

> かきみだる 恋いの山路の 苦しさを せめてあはれと ふみだにもみよ

宣長

> よそながら 見るよしだにも なき恋いを なぞあふまでは 思ひよりけむ

逢恋
後水尾院

> たぐひなや あふ夜となれば つらかりし 人にもあらず 解くる心も

後藤常広

> たのまじな あふことかたき なかならば すずりの石の 命長さも

宣長

> よしやよし 恋しき人に 立ち添はば 影にもなれな もの思ふ身は

寄弓恋
宮川松堅

> 変はりゆく 人の心は しらまゆみ 手に取るものと など思ひけむ

よみひとしらず

> 我が人に ひさしくあはで あふとせば まづなにとかは こゑをかくべき

よみひとしらず

> 今のをり いかにあらむと おこしても やるべを知らぬ 我が思ひかな

寄草恋
三好元喜

> 夏の野に 刈りも尽くさぬ 恋い草の しげき人目を いかにしのばむ

寄琴恋
宮川松堅

> 松風の 待つ夜ばかりに 弾く琴の ひく手はよそに ありぬやと憂き

貞心尼

> むかひゐて 千世も八千世も 見てしがな 空行く月の こととはずとも

かへし
良寛

> こころさへ かはらざりせば 這ふ蔦の 絶えずむかはむ 千世も八千世も

貞心尼

> 立ち帰り またもとひ来む たまぼこの 道の芝草 たどりたどりに

かへし
良寛

> またも来よ 柴の庵を いとはずば すすき尾花の 露を分けつつ

良寛

> 君や忘る 道や隠るる このごろは 待てど暮らせど おとづれの無き

かへし
貞心尼

> ことしげき むぐらのいほに 閉ぢられて 身をばこころに まかせざりけり

貞心尼

> そのままに なほたへしのべ いまさらに しばしの夢を いとふなよ君

かへし
良寛

> あづさゆみ はるになりせば 草のいほを とく出てきませ あひたきものを

良寛

> いついつと 待ちにし人は 来たりけり 今はあひ見て 何か思はむ

良寛

> むさし野の 草場の露の ながらひて ながらひ果つる 身にしあらねば

顕恋
後水尾院

> 憂しや世の 人のもの言ひ さがなさよ まだき我が名も もれむとすらむ

貞徳

> つれなしや 同じ岡辺の 松風は 聞こえしものを とふ暮れもなし

あひおもはぬ
幽斉

> 語らひの 苦しさ告げむ つれなさの 心替えする 人もありやと

聞音恋
貞徳

> 閨の戸を 叩く答への なかりける みじろぐ衣の 音はすれども

木下長嘯子

> いざさらば もろこしまでも たづねみむ かかる憂き身の たぐひありやと

祈恋
後水尾院

> ねぎごとの しるしも見えぬ 我がためは 神も諫むる 道を知れとや

宣長

> ふくるまで 人にも人を 待たせばや 来ぬ夜の憂さを 思ひ知るべく

宣長

> 惜しまずよ いとはるる身を 変へてだに 巡りあはむと 思ふ命は

宣長

> この春は 花をも知らで 過ぐすかな うつろふ中の ながめのみして

和泉式部

> まどろまで あはれ幾日に なりぬらむ ただ雁がねを 聞くわざにして

和泉式部

> まどろめば 吹き驚かす 風の音の いとど夜寒に なるをこそ思へ

和泉式部

> 身は一つ 心は千々に 砕くれば さまざまものの 歎かしきかな

俊成

> 恋わぶる 命は知らぬ 命あらば とふ言の葉の いつか絶ゆべき

俊成

> なぐさめて しばし待ちみよ 先の世に 結びおきける 契りもぞある

和泉式部

> ちり積もる ものと枕は なりにけり たがためとかは うちも払はむ

小町

> こがらしの 風にも散らで 人知れず 憂き言の葉の 積もりぬるかな

小町

> 山里は もののわびしき ことこそあれ 世の憂きよりは 住みよかりけり

忍恋

よみ人しらず

> 限りなく 深き思ひを 忍ぶれば 身を殺すにも 劣らざりけり

よみ人しらず

> あぢきなく なるを心に おしこめて 涙も知らじ 忍ぶ思ひは

よみひとしらず

> つれそはむ いもと思はば さつきやみ ほととぎすだに ねにはもらすを

よみひとしらず

> 歎かじよ 我が身のほどの かひなさの ゆゑにぞひとに いとはれにける

互忍恋
幽斉

> いかにせむ 色に出でなば 君と我 ともに忍ぶの 草は摘むとも

忍逢恋
幽斉

> あふ人に まづ打ち解くる 心かな さりとて世には 忍ぶものから

宣長

> 忍びかね 言はむとすれど いかがせむ さすが浮き名を 思ひかへせば

幽斉

> いかにせむ 忍ぶ夜がれの そのままに あふことかたき 仲となりせば

近恋
幽斉

> 忍びつつ 立ち寄る閨に 我がうへを 語ると聞くぞ かつはうれしき

宣長

> たをりても 見せばやいかで 忍ぶ山 心の奥に 染めしもみぢを

田中久三

> あさか沼 かつみし人に いはでただ 室の八島の けぶるのみかは

恨恋

初逢恋
宣長

> あひみては なさけによはる 心かな さしもつれなく 過ぐし恨みも

恨恋
幽斉

> つれなさに こりぬと人や 思ふらむ 恨みぬほどに なりて来し身を

人伝恨恋
幽斉

> 思ひやりて 君に伝へよ むせかへり 言はぬ恨みの 深き心を

恥身恋
幽斉

> いかにして 人にむかはむ 老い果てて かがみにさへも つつましき身を

怨恋
貞徳

> つらしとも 憂しともいかが 恨むべき かくもつれなき ためしなければ

秋成

> あまりにも 老いぬる人の 心かな とはねど恨む ふしも見えねば

景樹

> 人をのみ つれなきものと 恨みけり あまりに身をも 忘れたるかな

やつ

> 積もり来し 恨みも今は 忘られて あふうれしさに 袖ぞぬれけり

よつ

> とはれつる 夜半の形見と しのばれて 恨みし鳥の ねさへうれしき

よみひとしらず

> なにかこの つれなき人に 生まれあひて 同じ世ながら さてすごせとや

宣長

> 何をかく いとはれぬべき 身のほども 思ひはからで 思ひそめけむ

夢逢恋

よみひとしらず

> 夢にだに 見ばやと思ふ 荒小田を かへすがへすも 頼むこころは

宗尊親王

> うたた寝に 頼むばかりの 夢もがな 恋てふことの なぐさめにせむ

景樹

> 聞きしより 心あてなる おもかげの いやはかなしな 夢にさへ見ゆ

よみひとしらず

> いかばかり 思ひつればや わが君を こよひ初めて 夢に見しかな

景樹

> 夢なるか 我が手枕に 我がふれて 人のと思ひし 閨のくろかみ

旅恋
貞徳

> ふるさとの いもが手枕 夢さめて 尾花が袖に 秋風ぞ吹く

土岐筑波子

> おもひねの 夢のすさびに ならひ来て うつつともなき 今宵なりけり

はじめて見奉りて
貞心尼

> きみにかく あひ見ることの うれしさに まださめやらぬ 夢かとぞ思ふ

かへし
良寛

> 夢の世に かつまどろみて 夢をまた 語るも夢も それがまにまに

景樹

> はかなくも 夢に契りし 後の世は 覚めたる今の うつつなりけり

後水尾院

> ふたたびは めぐりあはむも たのまれず この世を夢の 契りかなしも

景樹

> このごろは 夢もうつつも ひとつにて 明けぬ暮れぬと 面影に立つ

よみひとしらず

> いくとせも 夢にのみ見て 過ごし来し ならひも今は 忘れてしがな

よみひとしらず

> 生きてあらむ 死にもやしけむ 夢ごとに 今も見えつる 思ひ出での人

よみひとしらず

> 夢に見て うれしと思ふ はかなさよ 今ひとたびの 会ふこともなし

宣長

> 見し夢よ 誰に問はまし うつつとも 定めもやらぬ 中の契りは

宗良親王

> 無きや夢 ありしや夢と たどるかな 面影残る 夜半の枕に

田中久三

> うたたねに 枕定めぬ 夜半すぎて 窓にしらじら さす朝日かな

別恋

真淵妻

> 逢ふからに 別れむことも 忘られて 嬉しかりしぞ 今は悔しき

かへし
真淵

> 逢ふからに 別るる憂さは ありながら またも来じとは えこそ思はね

相模

> からくにの 帝もかくや 歎きけむ 別れののちの 恋のわびしき

景樹

> かくばかり 恋しきものか 相思ふ 仲は離れて 知るべかりけり

田中久三

> みなの川 落ちくる水は 色もなし なにをかあはれと ひとは見るらむ

田中久三

> やがて去ぬる 身にはかひなし あはれなる 花のにほひも こひの乱れも

田中久三

> 乱れじと 長き憂き世を くれなゐの 塵のちまたに 暮らしわびつつ

飽恋

伊勢

> はつかにも 君をみしまの あくた川 飽くとや人の おとづれもせぬ

和泉式部

> 飽かざりし 君を忘れむ ものなれや ありなれ川の 石は尽くとも

追憶恋

景樹

> 若草を 駒に踏ませて 垣間見し をとめも今は 老いやしぬらむ

よみひとしらず

> 我が人は 今はみそぢに なりぬらむ 子もありぬべし なりはひやいかに

よみひとしらず

> ほにいでて などかは思ひ つげざりし 秋の薄も ほにはいでにける

よみひとしらず

> 今さらに 思ひ出づるも 憂かりけり おぼろに残る 名もおもかげも

よみひとしらず

> 我と汝 あひ見しことの なかりせば かくも久しく 憂きこともなし

よみひとしらず

> 年を経ば 忘るるものと 頼みしに あとかたもなく 思ひけなまし

よみひとしらず

> 今日死なむ 明日は死なむと あひみてし のちの思もひに 耐たへて幾とせ

宗良親王

> 問はれしを 思ひ出でてぞ しらゆきの ふりにし人は いとど恋しき

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