> きのふまで 何とはなくて 思ふこと 今日定まりぬ 恋のひとつに
> たのめつつ いそぐ春日の くれがたみ さらばのどかに 添ふ夜半もがな
> かもめゐる 荒磯の州崎 潮満ちて 隠ろひゆけば まさる我が恋
> 夕月夜 おぼろに人を 見てしより あま雲はれぬ ここちこそすれ
> つゆのいのち はかなきものと あさゆふに 生きたる限り あひ見てしがな
> 恋しとも えこそ言はれね なかなかに 言はばおろかに なりぬべければ
> 恋ひ死なば 鳥ともなりて 君が住む 宿の梢に ねぐら定めむ
> 荒熊の 住むと言ふなる 深山にも 妹だにあると 聞かば入りなむ
> 青柳の いとかりそめに 見し人を 苦しきまでや 思ひ乱れむ
> 君が行く 道の長手を 繰り畳ね 焼き滅ぼさむ 天の火もがも
> 千鳥鳴く 佐保の川瀬の さざれ波 やむ時もなし 我が恋ふらくは
> かくばかり 恋ひつつあらずは 高山の 磐根し枕きて 死なましものを
> 思ふをば 思はぬを世の ならひとぞ 知りてもまどふ 我が心かな
> たらちめの いさめしものを つれづれと 眺むるをだに とふ人もなき
> 見せばやな ちしほのもみぢ たをり来て 心の色は 知るやいかにと
> 飛鳥川 ふちせも知らで 渡りなば 世にもうきたる 名をや流さむ
> ひたすらに 消えも果てなで うき雲の うき中空に 何かかるらむ
> 我が恋は 深山隠れの 岩根松 いはねばこそあれ 年も経にけり
> あしびきの 山の岡辺に 刈る茅の つかの間もなく 乱れてぞ思ふ
> 須磨の浦に 海女のともせる 漁り火の ほのかに人を みるよしもがな
> あひ見ては いとど心の ひまもなし はてなきものは 恋にそありける
> しげりゆく すゑいかならむ 恋い草の まだ生ひそめて ほども経なくに
> 夕されば ちどり鳴き立ち 飾磨川 汐の満ち来る 恋もするかな
> うつせみの 唐織衣 なにかせむ 綾も錦も 君ありてこそ
> 思はずよ 寝くたれ髪の そのままに 乱れて人を 恋ひむものとは
> 朝な朝な けづるとすれど 黒髪の おもひ乱るる すぢぞ多かる
> やがて身を 離れざりけり 黒髪の すゑ踏むばかり ありし面影
> あへばかく あはねば絶えて 山彦の おとづれだにも せぬやたれなり
> 杣人の いかだに作り さしおろす 日の暮れゆけば 恋しきものを
> いくとせか 雲ゐの雁の 声をだに 聞かでながむる 秋の夕霧
> なかなかに もらしてやみむ 思ひ河 せきとどむべき 心ならねば
> 塵積もる 硯の海の 涸れ果てて ふみもかよはぬ 山となりぬる
> かよふべき 心ならねば 言の葉を さぞともわかで 人や聞くらむ
> かきみだる 恋いの山路の 苦しさを せめてあはれと ふみだにもみよ
> よそながら 見るよしだにも なき恋いを なぞあふまでは 思ひよりけむ
> たぐひなや あふ夜となれば つらかりし 人にもあらず 解くる心も
> たのまじな あふことかたき なかならば すずりの石の 命長さも
> よしやよし 恋しき人に 立ち添はば 影にもなれな もの思ふ身は
> 変はりゆく 人の心は しらまゆみ 手に取るものと など思ひけむ
> 我が人に ひさしくあはで あふとせば まづなにとかは こゑをかくべき
> 今のをり いかにあらむと おこしても やるべを知らぬ 我が思ひかな
> 夏の野に 刈りも尽くさぬ 恋い草の しげき人目を いかにしのばむ
> 松風の 待つ夜ばかりに 弾く琴の ひく手はよそに ありぬやと憂き
> むかひゐて 千世も八千世も 見てしがな 空行く月の こととはずとも
> こころさへ かはらざりせば 這ふ蔦の 絶えずむかはむ 千世も八千世も
> 立ち帰り またもとひ来む たまぼこの 道の芝草 たどりたどりに
> またも来よ 柴の庵を いとはずば すすき尾花の 露を分けつつ
> 君や忘る 道や隠るる このごろは 待てど暮らせど おとづれの無き
> ことしげき むぐらのいほに 閉ぢられて 身をばこころに まかせざりけり
> そのままに なほたへしのべ いまさらに しばしの夢を いとふなよ君
> あづさゆみ はるになりせば 草のいほを とく出てきませ あひたきものを
> いついつと 待ちにし人は 来たりけり 今はあひ見て 何か思はむ
> むさし野の 草場の露の ながらひて ながらひ果つる 身にしあらねば
> 憂しや世の 人のもの言ひ さがなさよ まだき我が名も もれむとすらむ
> つれなしや 同じ岡辺の 松風は 聞こえしものを とふ暮れもなし
> 語らひの 苦しさ告げむ つれなさの 心替えする 人もありやと
> 閨の戸を 叩く答への なかりける みじろぐ衣の 音はすれども
> いざさらば もろこしまでも たづねみむ かかる憂き身の たぐひありやと
> ねぎごとの しるしも見えぬ 我がためは 神も諫むる 道を知れとや
> ふくるまで 人にも人を 待たせばや 来ぬ夜の憂さを 思ひ知るべく
> 惜しまずよ いとはるる身を 変へてだに 巡りあはむと 思ふ命は
> この春は 花をも知らで 過ぐすかな うつろふ中の ながめのみして
> まどろまで あはれ幾日に なりぬらむ ただ雁がねを 聞くわざにして
> まどろめば 吹き驚かす 風の音の いとど夜寒に なるをこそ思へ
> 身は一つ 心は千々に 砕くれば さまざまものの 歎かしきかな
> 恋わぶる 命は知らぬ 命あらば とふ言の葉の いつか絶ゆべき
> なぐさめて しばし待ちみよ 先の世に 結びおきける 契りもぞある
> ちり積もる ものと枕は なりにけり たがためとかは うちも払はむ
> こがらしの 風にも散らで 人知れず 憂き言の葉の 積もりぬるかな
> 山里は もののわびしき ことこそあれ 世の憂きよりは 住みよかりけり
忍恋
> 限りなく 深き思ひを 忍ぶれば 身を殺すにも 劣らざりけり
> あぢきなく なるを心に おしこめて 涙も知らじ 忍ぶ思ひは
> つれそはむ いもと思はば さつきやみ ほととぎすだに ねにはもらすを
> 歎かじよ 我が身のほどの かひなさの ゆゑにぞひとに いとはれにける
> いかにせむ 色に出でなば 君と我 ともに忍ぶの 草は摘むとも
> あふ人に まづ打ち解くる 心かな さりとて世には 忍ぶものから
> 忍びかね 言はむとすれど いかがせむ さすが浮き名を 思ひかへせば
> いかにせむ 忍ぶ夜がれの そのままに あふことかたき 仲となりせば
> 忍びつつ 立ち寄る閨に 我がうへを 語ると聞くぞ かつはうれしき
> たをりても 見せばやいかで 忍ぶ山 心の奥に 染めしもみぢを
> あさか沼 かつみし人に いはでただ 室の八島の けぶるのみかは
恨恋
> あひみては なさけによはる 心かな さしもつれなく 過ぐし恨みも
> つれなさに こりぬと人や 思ふらむ 恨みぬほどに なりて来し身を
> 思ひやりて 君に伝へよ むせかへり 言はぬ恨みの 深き心を
> いかにして 人にむかはむ 老い果てて かがみにさへも つつましき身を
> つらしとも 憂しともいかが 恨むべき かくもつれなき ためしなければ
> あまりにも 老いぬる人の 心かな とはねど恨む ふしも見えねば
> 人をのみ つれなきものと 恨みけり あまりに身をも 忘れたるかな
> 積もり来し 恨みも今は 忘られて あふうれしさに 袖ぞぬれけり
> とはれつる 夜半の形見と しのばれて 恨みし鳥の ねさへうれしき
> なにかこの つれなき人に 生まれあひて 同じ世ながら さてすごせとや
> 何をかく いとはれぬべき 身のほども 思ひはからで 思ひそめけむ
夢逢恋
> 夢にだに 見ばやと思ふ 荒小田を かへすがへすも 頼むこころは
> うたた寝に 頼むばかりの 夢もがな 恋てふことの なぐさめにせむ
> 聞きしより 心あてなる おもかげの いやはかなしな 夢にさへ見ゆ
> いかばかり 思ひつればや わが君を こよひ初めて 夢に見しかな
> 夢なるか 我が手枕に 我がふれて 人のと思ひし 閨のくろかみ
> ふるさとの いもが手枕 夢さめて 尾花が袖に 秋風ぞ吹く
> おもひねの 夢のすさびに ならひ来て うつつともなき 今宵なりけり
> きみにかく あひ見ることの うれしさに まださめやらぬ 夢かとぞ思ふ
> 夢の世に かつまどろみて 夢をまた 語るも夢も それがまにまに
> はかなくも 夢に契りし 後の世は 覚めたる今の うつつなりけり
> ふたたびは めぐりあはむも たのまれず この世を夢の 契りかなしも
> このごろは 夢もうつつも ひとつにて 明けぬ暮れぬと 面影に立つ
> いくとせも 夢にのみ見て 過ごし来し ならひも今は 忘れてしがな
> 生きてあらむ 死にもやしけむ 夢ごとに 今も見えつる 思ひ出での人
> 夢に見て うれしと思ふ はかなさよ 今ひとたびの 会ふこともなし
> 見し夢よ 誰に問はまし うつつとも 定めもやらぬ 中の契りは
> 無きや夢 ありしや夢と たどるかな 面影残る 夜半の枕に
> うたたねに 枕定めぬ 夜半すぎて 窓にしらじら さす朝日かな
別恋
> 逢ふからに 別れむことも 忘られて 嬉しかりしぞ 今は悔しき
> 逢ふからに 別るる憂さは ありながら またも来じとは えこそ思はね
> からくにの 帝もかくや 歎きけむ 別れののちの 恋のわびしき
> かくばかり 恋しきものか 相思ふ 仲は離れて 知るべかりけり
> みなの川 落ちくる水は 色もなし なにをかあはれと ひとは見るらむ
> やがて去ぬる 身にはかひなし あはれなる 花のにほひも こひの乱れも
> 乱れじと 長き憂き世を くれなゐの 塵のちまたに 暮らしわびつつ
飽恋
> はつかにも 君をみしまの あくた川 飽くとや人の おとづれもせぬ
> 飽かざりし 君を忘れむ ものなれや ありなれ川の 石は尽くとも
追憶恋
> 若草を 駒に踏ませて 垣間見し をとめも今は 老いやしぬらむ
> 我が人は 今はみそぢに なりぬらむ 子もありぬべし なりはひやいかに
> ほにいでて などかは思ひ つげざりし 秋の薄も ほにはいでにける
> 今さらに 思ひ出づるも 憂かりけり おぼろに残る 名もおもかげも
> 我と汝 あひ見しことの なかりせば かくも久しく 憂きこともなし
> 年を経ば 忘るるものと 頼みしに あとかたもなく 思ひけなまし
> 今日死なむ 明日は死なむと あひみてし のちの思もひに 耐たへて幾とせ
> 問はれしを 思ひ出でてぞ しらゆきの ふりにし人は いとど恋しき