宣長の二度目の上京

享和元年(1801)、最晩年の年、宣長は若き日の上京以来(宝暦7年(1758年)帰郷)、43年ぶりに京都に赴く。 11月5日(旧暦で9月25日)に亡くなっているのだが、宣長と景樹が京都でやりとりした歌、
宣長

涼しさに 夏もやどりも ふるさとに 帰らむことも みな忘れけり

かへし、景樹

ただひと目 みえぬる我は いかならむ ふるさとさへに 忘るてふ君

かへし、宣長

ふるさとは 思はずとても たまさかに あひ見し君を いつか忘れむ

から察するに、宣長が京都に行ったのは真夏の8月(旧暦6月)くらいだっただろう。

「伊勢国本居宣長京都逗留日記」というものがあるらしい。

京都滞在は面白い。なるほど、3月28日(おそらく旧暦)、

絵島

於是天神、諸命以、詔伊邪那岐命・伊邪那美命二柱神「修理固成是多陀用幣流之國。」賜天沼矛而言依賜也。故、二柱神、立訓立云多多志天浮橋而指下其沼矛以畫者、鹽許々袁々呂々邇此七字以音畫鳴訓鳴云那志而引上時、自其矛末垂落之鹽累積、成嶋、是淤能碁呂嶋

宣長は『古事記伝』でオノゴロ島は絵島だと言っていると wikipedia などにも書かれているのだが、実際『古事記伝』を見てみると必ずしも絵島をオノゴロ島と断定しているわけではない。淡路島の周辺にはいくつか島があって、絵島のほかに、胞島(こしま)、鶺鴒島(せきれいじま)などの名を挙げている。宣長は実際に淡路島に渡ってこれらの島をめぐってみたわけではあるまい。

淡路島の周辺にはかなりたくさん小島が点在していて、どれがオノゴロ島とは言いがたい。比較的大きなものとしては淡路島の南にある沼島で、ここには自凝神社などがある。

風月延年

風月延年とは自然の情景を借りて寿命を延ばす芸能、つまり申楽のことである。能楽で最も古い演目、翁の舞などがまさにそれだ。また連歌師の宗祇は「言の葉の 道こそうけれ さらでやは 心の際を 人に知られむ」と詠んだ。ただ詞を定型に羅列したものを歌というのではないのだ。歌を詠むからには何かの目的がなければなるまい。世阿弥にとって歌は芸能の飾りであり、宗祇にとって歌は己の心を人に知られるための手段であった。詩歌とそれ以外の言葉の区別はまさしくここにある。人真似をして、或いは理屈で、場合にはよっては計算機で自動生成して、それらしき五七五七七を作ることはできよう。しかしそれは、歌のようなもの、それらしきもの、歌の形をしたまがい物に過ぎないのである。

夏目漱石博士問題

今の感覚で言えば、芥川賞を政府が与える

芥川賞や直木賞にも弊害があるのは明らか

スウェーデン王立科学アカデミーが選定して授与するノーベル賞に近い。

サルトルのようにノーベル賞を辞退する人もいる。

今の学位は単なる国家資格のようなもので、本人が努力し望まない限り授与されることはない。

読加茂真淵国意考

『国意考』を改めて読んで、さらに『読加茂真淵国意考』というものも読んでみようとしたのだが、原文が漢文でしかもほとんど注釈らしきものが世の中に存在しない。

著者の淡海野公台とは野村公台という淡路島出身の人で(淡海が淡路国のことを言い、野公台は野村公台を中国人風の名にしたものだろう)、太宰春台の知り合いか弟子のようだ。

再構築中

SEO的に雑記とそれ以外は分けたほうが良いと言われたのでそうすることにした。

達磨面壁堂

https://dharma.tanaka0903.netというサブドメインを作った。

https://tanaka0903.net の過去記事はほとんどすべてレビュー待ちに移した。こちらの記事は一つずつ確認した上で戻そうと思う。

今後は「はかもなきこと」の更新はやめて、ブログは「達磨面壁堂」で更新することにする。

dharma.tanaka0903.net だけ AdSense に登録しようとしたのだが、サブドメインだけ登録することはできないということなので、仕方なくそうした。

やれやれ。さてどうなることやら。

小説英訳

自分が昔書いた小説、と言ってもせいぜい 2013年くらいからなのだが、その中から適当に見繕って英訳して、挿絵もAIで生成して載せている

人が書いた英語の小説を読むよりずっと面白い。というのは、内容は自分で書いていて知っているから(或いはほとんど忘れていても読めば思い出すから)、英語だけどすらすら読めて楽しいのである。もともと自分が好きで書いたものだから面白いに決まってるし、英語で読むと新鮮な気分で読める。

おそらくふだん英語を話している人が読めば、恐ろしく簡単な、ある意味幼稚な英語で書かれているのだと思う。そうではない私が読むとすごく達者な英語に思える。

私が書く日本語はたぶんあまり読みやすい日本語ではない。かなり固い、ひねった文章になっているはずだ。私の日本語をAIになおしてもらうと、まるで口述筆記して、ライターが勝手に書いたような、気持ちの悪い文章になってしまう。同じことがたぶん、AIに英訳してもらった文章にも当てはまるはずなのである。

こうした文章もいっそのこと英訳して載せてしまおうかとも思っているが、今はブラウザの自動翻訳機能もあることだし、どこまで意味があるか不明だ。

観菊の宴などもそれなりに英訳できているように思える。観菊の宴、もしくは観菊の節会をそのまま訳すと The Emperor’s Chrysanthemum Feast とか The Autumn Chrysanthemum Banquet などとなると思うが、この Chrysanthemum という字面が非常にやかましいので、単に An Autumn Banquet とした。

大人のいない村は、子供の描写にやたらとうるさい google に目を付けられるかもしれないなあと思いつつ、とりあえず載せてみた。AKIRA のように、ここに出てくる子供は不老不死の秘薬を飲んで子供にみえる老人なのである。スティーブン・キングの IT みたいなものを書けないかなと思って書いた作品だ。CIA もしくは FBI ものにも影響されているように思える。

One Liner は最新作、というか、かなり久しぶりに、今年書いた新作。なんでこれを書いたかということはいろいろあって説明しにくい。興味あれば、オリジナルの One Liner を読んでみてほしい(既に自分で解説した記事があった)。

特務内親王遼子は、特務というのを訳すと説明的すぎてウザいので、Princess Ryoko: Imperial Agent とした。AIは Imperial Princess Ryoko を推してきたのだけど(内親王は単なる王女ではないから)、なんか長ったらしいだけでそこまでする必要あるかと思い、しかし Imperial というニュアンスは残したかったから、特務を Agent と意訳して Imperial Agent としたのである。特務工作員は special agent、または special operative である。

遼子を外国人、特に中国人がみつけてなんというか非常に興味はある。

一番英訳に向いているのは妻が僕を選んだ理由であろう。AIはアメリカの上流階級の描写が自然だとほめてくれたが、AIは褒めるのも仕事だから真に受けないようにしないといけない。

遼子と妻僕は一部だけの翻訳である。

そのうち挿絵だけでなく自分が書いた小説をまるごと映画にできる日も来るかもしれない。今は指示出ししてもポーズや表情でさえうまく伝わらないが(先にこちらから指示したことを片端から忘れていく)、もっと効率的になることは考えられる。めちゃめちゃ課金してもリターンがあればやろうかという気持ちに私もなるかもしれない。

しかし私が書いた大作、エウメネスとか関白戦記などはまだまだ無理だ。しかし映画会社に頼らなくても個人で映画が作れる日はそんな遠くない気がしてきた。そもそもエウメネスは規模が大きすぎて、今のハリウッドでも、どんなに大金を投じても作れないと思う。

今はきちんと絵コンテを書いて渡してもまともにマンガにしてくれるかどうかもわからん。コンテどおりに描けないんだよね。

ASP

この「はかもなきこと」というサイトは1996年頃に自分でwebサーバーを立ち上げて勝手にwebに公開していたことが元になっている。さらに1987年くらいから詠んでいた和歌をさかのぼって収録していたりする。「はかもなきこと」以外のサイトもあったがそれらもここに集約している。2009年からは tanak0903.net というドメインを取り、匿名サイトにしたつもりだったが、いつの間にか田中紀峰という筆名の公式サイトのようになっている。ドメインは保持しながらwebのメンテは一旦やめてしまったが、わけあって再開した。つまり私にとってはそれなりに思い入れのあるサイトではあるのだが、今回 google adsenseの審査がなかなか通らないので、このサイトのあり方ってことを改めて考えるようになった。

たぶんいろんなことを書きすぎているのである。それを全部webに公開する必要はない。しかし公開しないという理由もない。一旦メンテナンスモードにしようかとも思ったが、とりあえず公開し続けて、過去記事で特に外に見せるほどのものでないものは随時下書きに戻して、そのうち改めて、公開したほうが良いなと思えばしようかと思っている。

socialakiba.com の方はすでに収益化が始まっているのだが、今の段階ではほんとに収益化出来ているのかどうかわからんし、何が収益化できているのかもさっぱりわからない。データが少なすぎるので解析ができない。しかし、楽天アフィリエイトやアマゾンアソシエイトに比べればまだ可能性があるなとは思っている。

楽天アフィリエイトは楽天アカウントさえ持っていればすぐ入れられるので一番手軽だが、多分コンテンツがなんであろうと何の関係もない広告を勝手に掲載するというようなものであって、一番効果は低いと思う。アマゾンアソシエイトはコンテンツに合わせた商品を貼れるからまだ楽天よりは良いと思えたが実際には誰も広告をクリックしない。さらに言えば、日本人のアクセスだけで収益化できるとは思えない。ものすごいインフルエンサーで一日に何万ビューもあるならともかく。

一方で AdSense だと、広告に掲載された商品が直接購入されなくても、なんかしら、売上に貢献すれば、その関与した分だけ、収益化できるらしい。それは単なる私の推測に過ぎないんだけど、それが1円とか2円とか、或いは0.1円とか0.01円の単位で入ってくる。塵も積もればというか、端数が切り捨てられないのが強みに思える。要するに long tail ってやつ。だから、特にどのページのせいで収益化できた、ということは明確には言えないのかもしれない。あと AdSense はgoogle だけあってコンテンツの中身をきっちり審査してそれに合わせて広告を掲載してくるから効果は高いと思う。楽天は審査なんか何もしない。

国内のASP (アフィリエイト・サービス・プロバイダー)がやってることは楽天アフィリエイトと大差あるまい。AdSense を自分で入れてわかったが、AdSense はああいうウザい広告は入れない。少なくとも入れたくなければ入れないようにできる。ああいう国内ASPを使って儲かっている人がほんとうにいるのだろうか。逆効果ではなかろうか。非常に不思議だ。

socialakiba.com のほうは英文コンテンツだけに絞っているのだが、adsense や analytics の解析によれば収益化されるアクセスはすべて日本からとなっている。これがわけがわからん。google search console (googleはこれを勝手にサチコと呼んでいる)に至ってはこれが何を調べているのか、収益化と何が関係するのかさっぱりわからん。

英語のコンテンツをわざわざ日本人が読みに来ているのだろうか。信じられん。ともあれ日本人のアクセスも当分はあてにしないといけない状態。一番多い国は中国だが、ほとんど読んでない。滞在時間もエンゲージメントも無いに等しい。何しにきてるんだろう。スクレイピングとかクローラー、機械的に記事をスキャンしてデータ集めとか学習に使っているということか。シンガポールも一時期多かったがすぐにほとんど来なくなった。ここもほとんど読んでない。その次に韓国。これも読んでない。読めないから素通りしているのだろうか。次にアメリカ。その他の国もちょこちょこあるがほぼ誤差のレベル。

で、こういう状態で、日本語コンテンツメインの tanaka0903.net で AdSense の審査が通って広告を入れたとしてどんなことがおきるのか。まったく予測がつかない。

あと、firefox の vpn を使ってアメリカからアクセスすることにしたらどうなるか、試してみた。日本国内からアクセスするとブラウザを英語設定にしていても、日本語の広告が表示されるかもしれないと思ったからだが、なんと広告がまったく表示されなくなった。vpn を通したアクセスなど広告主は信用していない、というか、当てにしても儲けがない、何を広告に出せばよいか判断できないということか。いやしかし vpn を切っても広告が表示されなかったりする。ブラウザとして firefox が信用されてないということだろうか。それとも firefox が勝手に広告を遮断している?よくわからんことが多すぎる。

イラスト通りに描けない

これが元のイラスト。

もう一つお願いします。女性はさきほどと同じ人です。看護師の恰好をして手には新聞を持っています。新聞は中国語で書かれているようにしてください。

すみません。ポーズは元の通りにしてください。ベッドで寝ている患者をのぞき込み、新聞を手渡すふうなしぐさにしてください。

すみませんが、絵の構図は私がアップしたとおりにしてください。寝ている患者は描かないでください。右手でペンを持ち、クリップボードを胸にかかえて、左手で新聞を手渡すようにしてください。

※ここでもう諦めた。

今のままで、右手にペンを、左手にクリップボードをもっているだけにしてください。新聞は要りません。

よくわからんのだが、たぶんクリップボードと新聞を同時に持っているという画像データベースがAIには無いのだろう。これは課金すれば済む問題なのだろうか。

元の絵も見せたうえで同じポーズが取れないのでは、漫画や映画を作ることはまだまだ無理なのではないか。今できているように見えるのは、ことこまかな具体的な指示をしていないだけなのではないか。

首から聴診器をぶら下げているのも描けてないよなあ。

ましかし、看護師が人民日報を読んでいる絵というのもシュールでなかなか良いのだけど、ストーリーとなんの関係もないから挿絵にはならんわな。