春歌2

惜花

赤染衛門

> つれづれと もの思ふことも 忘れけり いくかもあらじ 花を見る間は

伏見院

> とまれかし 春こそかぎり ありとても 花は日かずを さだめやはする

宣長

> いくばくも あらぬさくらの 花ざかり 雨な降りそね 風な吹きそね

宣長

> いかばかり 憂き世なりとも 桜花 咲きて散らずば もの思ひなし

宣長

> ひたすらに たれうきものと 歎くらむ 春は桜の 花も見る世を

宣長

> 桜無き こまもろこしの 国人は 春とて何に 心やるらむ

蘆庵

> 散りがたの 昨日の嵐 けふの雨 いかでか花の たへて残らむ

秋成

> さくら花 うれしくもあるか この夕べ 嵐にかへて 小雨そぼふる

定家

> 都べは なべてにしきと なりにけり 桜を折らぬ 人しなければ

散花

詠み人知らず

> 散ればこそ いとど桜は めでたけれ 憂き世に何か 久しかるべき

景樹

> うぐひすの 鳴くなる宿に 来てみれば 雪とのみ散る やまざくらかな

過ぎし春上野にて花見侍りし時「けふ見る花やかぎりならまし」と言ひしことを思ひ出でて
最忍法師

> うつろふや 今年は花に さき立ちて 散るをば見じと 思ひしものを

真淵

> さくら花 花見がてらに 弓いれば ともの響きに 花ぞ散りける

残花少
景樹

> 残り無き 我が世の春に くらぶれば 散りたる花は すくなかりけり

景樹

> 世の中は かくぞかなしき 山ざくら 散りしかげには 寄る人もなし

蘆庵

> 花はみな 散りはてにけり 今よりは 何にまぎれて 春をすぐさむ

定家

> 恨みても かひこそなけれ ゆく春の 帰るかたをば そこと知らねば

定家

> 散りまがふ 花に心の あくがれて 分け入る山の ほども覚えず

浮かれ心

肖柏

> よしやまた まれなる花の ひと盛り 浮かるる身をも 人な咎めそ

肖柏

> ひとたびは とへかし宿の 桜花 浮かるるほどの 色はなくとも

油谷倭文子

> 昔より 神も諫めぬ わざならし 花に浮かるる 春の心は

景樹

> 春の野の うかれ心は 果てもなし とまれと言ひし 蝶はとまりぬ

景樹

> 青柳に けさ吹く風に 心あらば ことしは花も 乱さざらなむ

熊谷直好

> 春風に 身をまかせたる 青柳の 心はいかに のどけかるらむ

光厳院

> 夕暮れの 春風ゆるみ しだりそむる 柳がすゑは うごくともなし

伏見院

> 末たるる 柳のいとを つたふ雨の しづくも長き 春の日ぐらし

宗尊親王

> ふるさとの 池の堤の 柳原 さすがに春は 忘れざりけり

北条泰時

> 年へたる 鶴の岡べの 柳原 青みにけりな 春のしるしに

御製

> 春きぬと 柳の糸は なびけども くる人もなき 宿のしづけさ

秋成

> 都辺は ちまたの柳 園の梅 かへり見多き 春になりけり

俊成

> 手弱女の 夜戸出の姿 思ほえて 眉より青き 玉柳かな

俊成

> 春雨に 玉ぬく柳 風吹けば 一かたならず 露ぞこぼるる

俊成

> そのにほひ その色としも なけれども 春の柳は なつかしきかな

秋成

> 大寺の 門辺に立てる 古柳 土掃くまでに 枝は垂れにけり

秋成

> 九重も 近くやなりぬ 道広き ゆくてにもゆる 春の青柳

ひな祭り

井上文雄

> をとめごが かしづくみれば いもとせの 紙ひひなとぞ いふべかりける

節分

景樹

> 家ごとに なやらふ声ぞ 聞こゆなる いづくに鬼は すだくなるらむ

幽居有余楽
伴蒿蹊

> 世ばなれて のどかにすめる 山水に このごろ桃の 花も浮かべり

苗代水

御製

> しづの女が 袖うちぬらし 苗代に 水せきかへす 春の小山田

御製

> 苗代の 水の蛙も 釣るばかり 門田の柳 いとたれてける

御製

> せき入るる 水にも花は 流れけり 春のどかなる 小田の苗代

古墳の花
秋成

> しめはへし 苗代小田に かげ見えて 年ふる塚の 花も咲きけり


秋成

> (あた)守る 飛火絶えにし 春日野に ただ新草の もゆるをぞ見る

宮川松堅

> 老いまさる ことをいとひし きのふをも もの忘れして 春ののどけさ

景樹

> 野も山も かすみこめたる 大空に あらはれわたる 春の色かな

良寛

> いづくより 夜の夢路を たどり来し 深山は未だ 雪の深きに

良寛

> かすみ立つ 長き春日に 子供らと 手まりつきつつ この日暮らしつ

良寛

> この里に 手まりつきつつ 子供らと 遊ぶ春日は くれずとも良し

良寛

> この宮の 杜の木したに 子供らと 遊ぶ春日に なりにけらしも

かへし
貞心尼

> これぞこの ほとけの道に 遊びつつ つくや尽きせぬ みのりなるらむ

かへし
良寛

> つきてみよ ひふみよいむなや ここのとを とをとおさめて またはじまるを

真淵

> 霞立つ 春野のひばり 何しかも 思ひあがりて ねをや鳴くらむ

後水尾院

> 分けみれば おのがさまざま 花ぞ咲く ひとつ緑の 野べの小草も

山吹

景樹

> 山吹の 花ぞひとむら 流れける いかだのさをや 岸に触れけむ

加納諸平

> 棹ふれし 筏は一瀬 過ぎながら なほ影なびく 山吹の花

橘曙覧

> すくすくと 生ひたつ麦に 腹すりて つばめ飛び来る 春の山はた

大隈言道

> いづくにか わが身来ぬると 思ふらむ 市にまろべる 奈多(なだ)の蛤

正徹

> あはれにも のきばの燕 来鳴くなり 去年も巣かけし 宿を尋ねて

正徹

> 葉も青く はちすの花の さかりにて 燕飛ひかふ 池の涼しさ

景樹

> 語らはむ 友にもあらぬ 燕すら 遠く来たるは うれしかりけり

つつじ

宗尊親王

> 明日からは 行き来の人も かざすらむ 岡辺のつつじ 今盛りなり

郁芳門院安芸

> 山風に 咲けるつつじは 佐保姫に たが脱ぎかけし ゆるし色かも

井上文雄

> 片岡の 道の小寺の つつじ垣 ほろほろ散りて 人影もなし

惜春

よみ人しらず

> かかるとき あらじと思へば ひととせを すべては春に なすよしもがな

相模

> その方と 行方知らるる 春ならば せきすゑてまし 春日野の原

和泉式部

> 世の中は 暮れゆく春の 末なれや 昨日は花の 盛りとか見し

俊成

> 世の中を 歎く涙は 尽きもせで 春は限りに なりにけるかな

宗祇

> これやその わかれとかいふ 文字ならん 空にむなしき 春のかりがね

藤原為家

> 今ひと日 あらましかばと 思ふにも 春のかぎりの 雨ぞかなしき

宗良親王

> 飽かで散る 花のまぎれに 別れにし 人をばいつの 春かまた見む

宗良親王

いかばかり 今年は春の 惜しみけむ 惜しみなれにし 人の別れを

真淵

足柄の 関の山路を 越えくれば 夏ぞ桜は 盛りなりける

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