> いつか我 昔の人と 言はるべき 重なる年を おくりむかへて
> 今はただ 世に有りとしも いつしかは 我が身も人の 昔とや言はむ
> 樫の実の 一つ二つの 願ひさへ なることかたき 我が世何せむ
> しきしまや 大和しまねの 外までも わたせば渡す 夢の浮き橋
> 世の中に 我を知らぬと 思ひしは われ世の中を 知らぬなりけり
> 夢のうちに なほ見る夢や 世の中の はかなく過ぎし 昔なるらむ
> いたづらに あすかの川の 瀬をはやみ 過ぐる月日の しがらみもがな
> 歎き来し ととせ余りの 世の中を 夢になしつつ 覚めてましかば
> とにかくに あればありける 世にしあれば 無しとてもなき 世をもふるかも
> あさましや うちまどろめば 今日もまた 暮れぬと鐘の 音ぞ聞こゆる
> 世の中に 思ふことなき 我が身かな とてもかくても あるにまかせて
> 苦しとて 交はりがたき 世を捨てて 生くるは死ぬと ひとしかるべし
> のがれても 柴のかりほの 仮の世に 今いくほどか のどけかるべき
> かくしつつ いつを限りと しらまゆみ おきふし過ぐす 月日なるらむ
> 憂きながら あれば過ぎ行く 世の中を 経難きものと 何思ひけむ
> 大井川 つなぐいかだも あるものを うきて我が身の 寄るかたぞなき
> うきことも しばしばかりの 世の中を いくほどいとふ 我が身なるらむ
> いまさらに 侘ぶとも言はじ 山高み 晴れぬくもゐに 逃れ来し身を
追憶
> 寝れば夢 さむればうつつ とにかくに 昔忘るる 時の間もなし
国
> いかにして 此の身ひとつを たださまし 国ををさむる 道はなくとも
> 民やすき この日の本の 国の風 なほただしかれ 御代のはつはる
> うけつぎし 身の愚かさに 何の道も 廃れゆくべき 我が世をぞ思ふ
> 八百万 神もさこそは 守るらめ 照る日の本の 国つみやこを
> 身のかひは 何を祈らず 朝な夕な 民安かれと 思うばかりぞ
> 雨につけ 風に心を 痛めける 民のしはざの 憂れひを思えば
> 明け暮れも 絶えず心に 忘れぬは 安かれと思ふ 四方の国民
> もののふと 心あはして 巌をも つらぬきてまし 世々のおもひで
> あさゆふに 民安かれと 思ふ身の こころにかかる 異国の船
> この春は 花うぐひすも 捨てにけり わがなす業ぞ 国民の事
> 愚なる 心は寒し 薄氷 あやうきのみに 世をわたる身や
> 矢すじをも つよくはなたむ 時ぞ来ぬ むべあやまたじ もののふの道
> さまざまに なきみわらひみ かたりあふも 国を思ひつ 民おもふため
> 位山 たかきに登る 身なれども ただ名ばかりぞ 歎き尽せじ
> 我が思ひ 比べばいづれ 深き淵 住みも浮かべる 亀に聞かばや
> 惜しまじな 君と民との ためならば 身は武蔵野の 露と消ゆとも
> 身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留置まし 大和魂
> 討たれたる 吾れをあはれと 見む人は 君を崇めて 夷払へよ
> 七たびも 生きかへりつつ 夷をぞ 攘はむこころ 吾れ忘れめや
> かくすれば かくなるものと 知りながら やむにやまれぬ 大和魂
> 皇神の 誓ひおきたる 国なれば 正しき道の いかで絶ゆべき
> 君が思ふ 君にありせば 剣太刀 研ぎし心の かひぞあらまし
> 君こそは 君を知らざれ 天地の 神し知れらば 知らずとも良し
> ほまれある 名をばあふぎて おほかたは 君が心を 知らぬなりけり
> よき人と ほめられむより 今の世は 物狂ひぞと 人のいはなむ
親
> 憂き時も うれしき時も 恋しきは まづたらちねの ありしいにしへ
> 明け暮れに 恋ひぬ日はなし たまくしげ ふたりのおやの ありしその世を
なぐさめて言ひつかはしける
> 家富みて 飽かぬことなく 仕ふとも 報いむものか 親の恵みは
> たらちねの 母がかたみと 朝夕に 佐渡の島辺を うち見つるかも
> いにしへに 変はらぬものは 荒磯海と むかひに見ゆる 佐渡の島なり
> 髪白く なりても親の ある人も おほかるものを 我れは親なし
> 親思ふ こころにまさる 親こごろ けふの音づれ 何と聞くらむ
友
> 山里は とはれぬよりも とふ人の 帰りてのちぞ さびしかりける
> みやこびと 帰らばはなほや 山里は とはれぬよりも さびしからまし
> 方々に 思ひあはする 友もがな 我のみ独り 昔こひつつ
> いくとせか 我が身一つの 秋を経て 友あらばこそ 月は見てまし
> 思ひ出でて 昔語らふ 友もがな わがとしなみの よるの寝覚めを
> いつよりか おもてしわびて 老いのどち いづれも同じ 友猿ぞかし
> 山に入る 人のためしは ならはねど 憂き世のあるに まどひてぞ来し
> 我も世に まどひて入りし 山住みよ いざ身の憂さを ともに語らむ
> わが身こそ なにとも思はね めこどもの 憂してふなべに 憂きこの世かな
> 晴れ曇る 人の心に くらぶれば 雲の迷ひは かごとなりけり
> おもふどち 野べに出でつつ 春は摘み 秋は折りとる 七くさの花
遊女
> 漕ぎ出でて ゆききの人の うかれ妻 みは浮舟の 契りなるらむ
> 見も知らぬ 人に枕を かはしまの 月にうたふや おのがうきふし
> かはぎしの かなたこなたに よる浪の 枕さだめぬ ちぎりもや憂き
貧窮
> みづぐきの 筆紙持たぬ 身ぞつらき きのふは寺に けふは医者殿
子
> 子はなくて あるがやすしと 思ひけり ありてののちに なきが悲しさ
> いくばくの おとりまさりも 見えぬ子の おへるおはるる あはれなるかな
> こたへする こゑおもしろみ 山彦を 限りもなしに よばふわらはべ
> もろともに 住めばかしまし もろともに すまねば寂し うたてめこども
> 衣手に 取りすがる子の 泣きながら 親にひかれて 行くがかなしき
夢
> あかつきに 夢をはかなみ まどろめば いやはかななる 松風ぞ吹く
> 覚めてのち 思ひ知るこそ はかなけれ そもうたたねの 夏の夜の夢
> うたたねに 夢とうつつを 取り替へて 覚むればやがて 忘られやせむ
> 埋火の あたりをぬるみ まどろめば 行末とほき 春のよの夢
> 明けぬれば 必ず醒むる ものにして 寝るよひよひぞ はかなかりける
> 思ひ出づる ことも残らず 夢なれば 醒めしともなき 我が寝覚めかな
老い
> 何もせで 若き頼みに 経しほどに 身はいたづらに 老いにけらしも
> 事しあらば 火にも水にも 入らむとは 思ふものから 身は老いにけり
> 老いらくの 来ると見ながら ふりにけり 霜のよもぎに 秋たくる身は
> 人とはぬ 小倉の山の 宿の月 この世一つの 友とやは見る
> あしがもの羽風にさわぐ にごりえの すみがたき世を なほしのべとや
> 夕暮れの なからましかば しらくもの うはの空なる ものは思はじ
> 世の中は ゆめもうつつも なきものを 起きても寝ても 何思ふらむ
> なみだこそ 老いの寝覚めは こぼれけれ 夕つけ鳥の 鳴くにつけても
> むかしなど よをうき物と おもひけむ かくてしもなほ ながらふる身を
> かぞふれば 年はあまたに 積みぬるを なほをさなきは 心なりけり
> 行き帰り 三嶋の神の 宮よりも ふりにしものは 我が身なりけり
> みな月の 有明月夜 つくづくと 思へば惜しき この世なりけり
> 声をのみ 友と聞きつる まつむしの 身のゆくへにも たぐふ秋かな
> 山に来て 避けむと思ひし 世の中の 憂きはさながら 身は老いにけり
> 玉くしげ ふたつの憂さぞ かへり来ぬ 悔ゆる心と 老いの姿と
> 立ち居さへ 身にはまかせぬ 老いらくの 人にまれなる うきふしぞそふ
> かばかりの 老いとなるまで 憂きたびに 生けらむ身とも 思はざりしを
> うめさくら 芽吹く春こそ うたてけれ やがて我が身の 老いぬと思へば
> つくづくと もの思ふ老いの あかつきに 寝覚め遅れし 鳥の声かな
> 生き過ぎて 七十五年 食ひつぶし 限りしられぬ 天地の恩
> わがよはひ 昔の数に かへらめや この炒り豆に 花は咲くとも
> 老いにけり つひに心の 遅駒は 鞭打たれつる かひもなくして
> もどかしと 人は見るらし いはけなき 心ながらに 身はふりにける
> 若返る 人は一人も あらざりき あふたびにみな 皺ぞ増えゆく
> 松の葉の しづく落つらし 柴の戸に をりをりあらき 雨の音かな
> 夕まぐれ 嵐に落つる 松の葉を 雨のあたると 思ひけるかな
> 空に散る 鳥の一羽の 軽き身を おきどころなく 思ひけるかな
> 樫の実の 一つふたつの 願ひさへ なることかたき 我が世なにせむ
> 山よりも 深き心の ありがほに 市の中にも かくれけるかな
> うつせみの 世にこがくれて 住む宿の 心に夢は ならはざりけり
> 山深く 眺めながめて 雲水の ゆくへあだなる 世とは知りにき
> 何ゆゑに 山には住むと 人問はば 答へむまでの 心ともがな
> 山がつと なりにける身の 心ありて なぞ秋風に もの思ふらむ
> 人疎む 門には市も なさざりき 世をあきものと いつなりにけむ
> 闇ながら 晴れたる空の むら時雨 星の降るかと 疑はれつつ
> 月に寝ぬ やもめからすや 浮かれ鳥 歌へ歌はむ 明けぬともよし
> 朝づく日 出でぬ先にと ひむがしの 市にあきなふ はたのひろもの
> 世の中の 嘆きは我も 懲り果てつ いざ山がつと あひ住まひせむ
> 浅沓の あさましきまで 老いぬれば このたびを世の 限りぞと思ふ
> あさぐつの 浅くは君を 頼まねば などこのたびや 限りなるべき
憂き世
> ことさらに 死なむことこそ かたからめ 生きてかひなく ものを思ふ身の
> 憂き世には 長らへじとぞ 思へども 死ぬてふばかり かなしきはなし
> たまぼこの 道の空にて 消えにせば 憂きことありと 誰か告げまし
> 嫌ひても なほしのばるる 命かな 再び来べき この世ならぬを
> 売ることも あらぬ歎きは 大原や この市柴の しばしなる世に
> くる人も かたりな出でそ 世の憂さは 聞かじと思ふ 山のすまひに
> 折りにあへば 松も緑の色ぞ添ふ 我が身よいかに 志賀の唐崎
無情
> 濃き薄き 花のいろいろ 染めて着る 秋の衣は 今日ばかりかも
> はかなくて 木にも草にも 言はれぬは 心の底の 思ひなりけり
> 見ても知れ いづれこの世は 常ならむ 遅れ先立つ 花も残らず
> 手を折りて うち数へれば 無き人の 数へがたくも なりにけるかな
> 夕顔も へちまもいらぬ 世の中は ただ世の中に まかせたらなむ
> 我れありと 思ふ人こそ はかなけれ 夢の浮き世に まぼろしの身を
その他
> 九重に となりて住める 里人は 宮馴れしても ものは言ふなり
> 花鳥の 色にも音にも ほだされて いとまある身の いとまなきかな
> 畝火山 梢に騒ぐ 朝鳥の 先に群れ立つ 軽の市人
> 商人の 売るや重荷を 三輪の市 何をしるしに 求めけるかも
> 売り買ひの 賑はふ声も 辰の市 治まれる世を 市に知るかな
> 弓矢負ひ いざ駒なめて もののふの 花見がてらに 鳥狩りする岡
> よそぢとて おどろかれしを 夢のまに また一歳も くははりにけり
> あまりにも 差し入る閨の ひかげかな ただよふ塵の あらはなるまで
> 草の庵に 足差し伸べて 小山田の かはづのこゑを 聞かくし良しも
> むらぎもの 心をやらむ 方ぞなき あふさきるさに 思ひ乱れて
> 我が宿は いづこととはば 答ふべし 天の河原の 橋の東と
> 世をわたる 我も市人 身をたてて 名をうることを 思ふはかなさ