> あまの住む 浜の藻くづを 取り敷きて ここに泊まると いも知るらめや
> 何よりも はかなきことは 夏の夜の あだしの野辺の 旅寝なりけり
> 秋来れば 宿に泊まるを 旅寝にて 野辺こそつねの すみかなりけれ
> あつまぢや さやのなか山 越え来れば 甲斐の白嶺ぞ 雲がくれ行く
> 旅寝して 分かるる嶺の あかつきを 横雲のみと 人や見るらむ
> つらからぬ 宿こそなけれ 草枕 野にも山にも むすび来ぬれば
> 草枕 旅より旅の ここちして 夢に都を ほのかにぞ見む
> 住めばまた いづくも君が 都にて 旅とは誰も 思はざらなむ
> 仮の世に 仮の宿りを とひかねて 旅より旅の 身を歎くかな
> 旅の空 何か恋しき ふるさとは 住み憂くてこそ あくがれし身に
> いたづらに 行きてはかへる 雁はあれど 都の人の ことづてはなし
> 秋風は たが手向けとか もみぢ葉を 幣に切りつつ 吹き散らすらむ
> 受けよなほ 花の錦に 飽く神も 心砕きし 春の手向けは
> 思ひ出づる その神垣に 手向けして ぬさよりしげく 散る涙かな
> わだつみの 手向けのちぬさ 散りみだり 渚に秋の にしきをぞ敷く
> 東路に ありと聞きつる 富士の嶺を 夕日の空に かへり見るかな
> 遠ざかる 都と知れば 旅衣 一夜の宿も 立ち憂かりけり
> 三瀬川 世にしがらみの なかりせば 君もろともに 渡らましものを
> 住み馴れし 都路出でて けふいく日 いそぐもつらき 東路のたび
> いつしかと 思ひかけしも ひさかたの 天の香具山 けふぞ分け入る
> ももしきの 大宮人の 遊びけむ 香具山見れば いにしへ思ほゆ
> とりよろふ 天の香具山 よろづよに 見るとも飽かめや 天の香具山
> いにしへの 深き心を たづねずば 見るかひあらじ 天の香具山
> 畝傍山 見ればかしこし 橿原の ひじりの御代の 大宮どころ
> いにしへの それかあらぬか 耳成の 池は問ふとも 知らじとぞ思ふ
> 脱ぐも惜し 吉野の花の 下風に 吹かれ来にける 菅の小笠は
> 暮るるとも 厭はむものか 灯し火の 明石の浦に 向かふ旅寝は
> いづこにも 露おく袖を こよひしも 月にあかしの 浦の旅寝は