酒歌

柿本人麻呂

> 春日なる みかさの山に 月のふね出づ みやびをの 飲むさかづきに かげに見えつつ

大伴旅人

> しるしなき 物を思はずは 一坏の 濁れる酒を 飲むべくあるらし

大伴旅人

> もだ居りて 賢しらするは 酒飲みて 酔ひ泣きするに なほしかずけり

大伴坂上郎女

> 酒坏に 梅の花浮け 思ふどち 飲みての後は 散りぬともよし

藤原仲実

> 薄く濃く 今日咲きあへる 桃の花 酔ひを勧むる 色にぞありける

宗良親王

> 唐人の 弥生の春の 酔ひに乗りて 浮かべし舟の あとをたづねむ

年賀に歩く人を見て
大田南畝

> 生酔ひの 礼者を見れば 大道を よこすぢかひに 春は来にけり

大田南畝

> 朝もよし 昼もなほよし 晩もよし その合々に ちょいちょいとよし

かへし
田中久三

> にごれるも すみて清きも 色濃きも 泡立ちたるも 酒はみな良き

田中久三

> 日の本や こまもろこしと とりよせて よろづの酒を 飲みてしやまむ

大田南畝

> のみつくせ いざこれからは 四斗樽 傾くまでの 月をこそ見め

牡丹
大田南畝

> 咲きしより うつらうつらと 酒飲みて 花のもとにて 廿日酔ひけり

七賢人の図に
大田南畝

> 竹林に やぶ蚊の多き ところとも 知らでうかうか 遊ぶ生酔ひ

大田南畝

> 世を捨てて 山に入るとも 味噌醤油 酒の通ひぢ なくてかなはじ

大田南畝

> 屠蘇の酒 曲水花見 月見菊 年わすれまで のみつづけばや

大田南畝

> 寒き日は 酒売る門に群れゐつつ さかなもとめて 酔へる市人

大田南畝

> 品川の 海にいづこの 生酔ひが ひらりとなげし 盃のかげ

大田南畝

> さかづきを むかふの客へ さしすせそ いかな憂ひも わすらりるれろ

大田南畝

> 玉だれの 小がめの酒を くみ見れば あめが下みな 養老の滝

大田南畝

> 好きならば 随分酒は 飲むがよし のまで死んだる 義朝もあり

大田南畝

> 盃に 飛び込むのみも のみ仲間 洒のみなれば 殺されもせず

返し
のみ

> 飲みに来た おれをひねりて 殺すなよ のみ逃げはせぬ 晩に来てさす

返し
大田南畝

> 口ゆゑに 引き出だされて ひねられて 敷居まくらに のみつぶれけり

大田南畝

> 高砂の 尾上のさくら 咲きにけり ここからなりと みつつのまばや

大田南畝

> 世の中は 色と酒とが かたきなり どうぞ敵に めぐりあひたい

大田南畝

> 酒ぐらは 鎌倉河岸に たえせじな とよとしまやの 稲の数々

大田南畝

> 酒をのむ 陶淵明が ものずきに かなふさかなの 御料理の菊

大田南畝

> けさぞ文 つかひは来たり 酒かふて 頭の雪の 花やながめん

大田南畝

> 淡路島 かよふ千鳥の なくこゑに 又ね酒のむ すまの関もり

蘆庵

> 世の憂さも 忘るる酒に 酔ひしれて 身の愁へそふ 人もありけり

大隈言道

> なき時は なくていくかか 過ぐすらむ ある日は酒の あるに過ぎつつ

大隈言道

> 春雨の こさめさびしみ 瓢さへ ふるに音せぬ 夕ぐれの宿

大隈言道

> 月きよみ 酒はと問へど をとめども ゑみてこたへも なげにみゆ也

大隈言道

> 三日月の 入るをみるまも なぐさめの なきにはまさる 酒の一坏

橘曙覧

> とくとくと 垂りくる酒の なりひさご うれしき音を さするものかな

橘曙覧

> 煖むる 酒のにほひに ほだされて 今日も家路を 黄昏にしつ

橘曙覧

> なりひさご 市より取りて くる酒も おのが夜さむは 温めぬなり

橘曙覧

> たのしみは とぼしきままに 人集め 酒飲め物を 食へといふ時

橘曙覧

> たのしみは 客人えたる 折しもあれ 瓢に酒の ありあへる時

橘曙覧

> たのしみは 雪ふるよさり 酒の糟 あぶりて食ひて火にあたる時

橘曙覧

> 顔をさへ もみぢに染めて 山ぶみの かへさに来よる 人のうるささ

秋成

> 我が岡の 林の梅を 宮人の 酒に浮かべて 我にたまはす

中山三屋子

> 過ぎもせず 足らぬ事なき ほどをこそ はかりて酒は 酌むべかりけれ

大村益次郎

> 朝顔の 花のやうなる コップにて 今日も酒酒 明日も酒酒

田中久三

> 屋根の音 高くしぐるる 夜半にしも ひとつところに 酔はましものを

田中久三

> 酔ふ人の ちまたに満つる 年の瀬に なぞ楽しまぬ 我が心かな

田中久三

> いかにせむ 家に籠もりて 独り酒 飲まばなべての 初春の頃

田中久三

> ぬばたまの 夜のちまたに いちびとら けふもつどひて 酒にたはぶる

田中久三

> しづのをは 友をつどへて をちこちの 店をめぐりて 酔ひあかすらむ

田中久三

> しづのをは こよひの酒に 酔ひ果てて いづちにありとも おぼえざるらむ

田中久三

> さけのみて たのしかりけむ しづのをは 持ちたる金を みな使ひけり

田中久三

> 夕されば やうやく店は 開きつつ まずはいづちへ 行くべかりける

田中久三

> 夜ごと飲む 費えはさすが おほけれど 他にこれてふ たしなみもなし

田中久三

> ひとたびは ふすまかぶりて ねむれども 酒抜けぬれば 起きいでにける

田中久三

> 酒飲まで 秋の長夜の つれづれを いかに過ぐすや 酒飲まぬ人

田中久三

> 夏の夜に 町を歩きて そこここの 店をくぐらば 楽しかるらむ

田中久三

> ゆふされば けふもをちこち 飲み歩く 武蔵野の原 相模野の原

田中久三

> 秋や来ぬ 夏や過ぎぬと 酒飲めば こよひも汗の ふき出づるかな

田中久三

> 酒飲みて やましと思ふ むらぎもの 我が心こそ たのめざりけれ

田中久三

> 盃を 重ぬるまでの かひもなし 飲みて楽しき 酒にしあらねば

田中久三

> 煮こごりも やがて融けぬる 暑さにて こほりを入れて 冷や酒を飲む

田中久三

> 酒もなく 浮かれ歩きも たはぶれも あらぬ一日は のどけかりけり

田中久三

> このごろは つひへもおほく なりければ 酒飲むならひ やめましものを

田中久三

> 朝と夜 酒を飲めると 飲まざると 人の心の かくもうつろふ

田中久三

> 寝覚めして ふすまかぶりて あれこれと 朝はもの思ふ ときにこそあれ

田中久三

> 寝覚めして 起き出でもせで つらつらと きのふのことを 思ひ出だしつ

田中久三

> よべのこと 思ひ出づれば あさましき ここちのみする 浮かれ歩きか

田中久三

> 酔ひは抜け 夜も明けぬれば 楽しきと 思ひしことの 憂ひとぞなる

田中久三

> うらもなく 飲みてかたらふ 人もがな わがつねづねの 憂さも聞かせて

田中久三

> 酒を飲む 我はたれなる 酔ふてふは うつつにかあらむ 夢にかあるらむ

田中久三

> 酔はむとて 酔ひしよはには あらねども 月の姿も 定かにはあらず

田中久三

> 飽き果てぬ 酒に心の 失せぬ間に 酒なき里に うつり住ままし

田中久三

> あさか山 かげさへ見ゆる 山の井の 浅くぞ酒に 酔ふべかりける

田中久三

> 酔はばとて 秩父の山の いはが根の いはずもありなむ よしなし事は

田中久三

> 雨降れば 湯気にくもれる 窓の戸の 酔ひて心の などか晴れざる

田中久三

> 世の中に 酒てふものの なかりせば 花は散るとも のどけからまし

田中久三

> いづこにか 酒をのがれむ みよしのの 奥にも酒は ありてふものを

田中久三

> けふも酒 明日もさけさけ むらぎもの 心のぬしは 酒にこそあらめ

田中久三

> たなつもの 醸し作れる うまざけに わが酔はばこそ けふは終はらめ

田中久三

> 飲みのみて 屋根うつ雨の 音高し 傘はなければ 借るべかりける

田中久三

> 立ち飲みに 並べる人の 四方山の たはごと聞くも あはれなりけり

田中久三

> 妻や子や 親はらからが 諫むれど 呑ままほしきは 酒にぞありける

田中久三

> 身をこはし 心もくるふ ものなれど 夜ごと飲までは をられぬが酒

田中久三

> 飲む前は 飲まじと思ふ 飲めばとく やめんと思ふ されどすべなし

田中久三

> 夢うつつ 酒を飲めると 飲まざると いづれかおのれの まことなるらむ

田中久三

> 紅き塵 振り払ひつつ 降り積もる 巷を今日も 飲み歩きつつ

田中久三

> 酒飲みて 何をか悔ゆる 飲まずとて 生くるかひなき 愚かなる世は

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